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2007年07月16日

 海の街を舞台にした傑作コミック


いい本と出会う方法は世の中に3つしかありません。

①信頼できる書店に足を運ぶこと。
②信頼できる書評家の文章を読むこと。
③信頼できる本好きの友人のオススメに従うこと。


先日、都内某所の鉄板焼きレストラン(最近流行ってますよね)にて、
本好きの友人たちとの楽しい宴が催されました。友人はいずれも編集者。
いつものようにあちらから出版界のゴシップ(か、書きたい!)を教えてもらい、
こちらからはヨメの悪口(お望みとあらばいくらでも書きますけど?)を聞いてもらった後は、
お楽しみ「最近読んで面白かった本」についての語らいです。

特にメモをとったりはしないのですが、たとえどんなに酔っぱらっていても、
この手の話は忘れないから不思議です。

この日も「絶対に読むべし!」と友人にすすめられた本をしっかり脳裡に刻み込み、
翌日さっそく二日酔いの頭をかかえながら書店に足を運びお目当ての本を手に入れました。
そして帰りの電車の中で読み始めた途端、不覚にも涙ぐんでしまったのでした。


『海街diary1 蝉時雨のやむ頃』吉田秋生(小学館フラワーコミックス)は、
今年出会ったコミックのなかでは群を抜いて素晴らしい作品。いやほんとうに素晴らしいです、これは。


舞台は鎌倉。古い家で暮らす3姉妹が主人公。
両親は彼女たちが子供の頃に離婚し、父親も母親も家を出てしまったため、
姉妹は祖母の家で暮らしていましたが、やがて祖母も亡くなり、
いまでは古い家に3姉妹だけが残っています。

ある日、知らない町から父が亡くなったという報せが届きます。
幼い頃に別れたっきり15年も会っていない父親の死。
娘たちは父が亡くなったという実感が持てないまま山形の町を訪れます。
そこには父が別の女性に産ませた中学生の女の子がいました。

父の死を悲しめない娘たち。そして年に似合わずしっかりものの腹違いの妹。

作者は、娘たちが父親の死をゆっくりと受け容れていく様子を丁寧に描きます。

父が好きだったという町が見下ろせる場所。
そこで3姉妹ともうひとりの妹が交わす会話のシーンは落涙必至の名場面となっています。


吉田秋生さんといえば『桜の園』 むかし映画化されました)とか
『吉祥天女』さいきん映画化されました)とか
『BANANA FISH』 (ハリウッドで映画化希望!)とか、
数々の傑作を発表してきたコミック界の超大物です。

この『海街diary』は、そんな吉田さんが、誰にでも覚えがあるような身近な出来事や
日常の光景を描くのに、これまで培ってきたテクニックを惜しげもなくつぎ込んでいる感があって、
ものすごく贅沢な作品に仕上がっています。
もしもこのコミックが映画化されたとしたら、とてもいい作品になるのではないでしょうか。
なによりストーリーが素晴らしいし。それになんといっても舞台が鎌倉だし!


ところで古都鎌倉には年間2千万人以上の観光客が訪れるそうですが、
以前『中世都市 鎌倉』河野眞知郎(講談社学術文庫)という本を読んでいたら、
意外にも鎌倉時代の建築物はひとつも残っていない、と書いてあってびっくりしたことがあります。

古いお寺はあっても建物は鎌倉時代のものではなく、ましてや当時の武家屋敷などは
とうの昔に焼け落ちたり朽ち果てたりして、いまや遺跡として地中に眠っているのみなのだとか。
当時の町の様子を描いた絵画や、人々の暮らしぶりに言及した文献資料なども
きわめて限られたものしか残っていないため、当時のことを具体的に知ろうと思えば
遺跡を発掘するしかないのだそうです。
どうやら鎌倉時代というのは、いまや考古学のジャンルに属するものなのですね。


けれどもぼくは鎌倉の街を歩いている時、
ふと往時のにぎわいを感じたような錯覚にとらわれることがあります。

それはやはり街のそこここで歴史が層をなしているからだと思うのです。

『海街diary』にも「佐助の狐」と題する佐助稲荷が出てくる話がおさめられていて、
三女のチカが、悪い子は佐助の狐に食われると子供の頃おばあちゃんに言われていた、
と振り返る場面が出てきます。

佐助稲荷は源頼朝に平家討伐を決意させた神が祀られている神社ですが、
このような古い歴史を持つ神社が日常会話の中に自然と出てくること自体、
古都ならではだと思います。というか、このように古い街で暮らすということは、
意識するしないにかかわらず、日々歴史と向き合うことを意味します。

最近いろんな雑誌で「鎌倉に住む」というような特集を目にしますが、
それはたぶんぼくらが歴史性を捨て去った都会で暮らしていることの反動ではないでしょうか。

地縁も血縁もなく、周囲の店や建物もどんどん変わっていくような環境では、
しっかりと根を張って生きている実感を持ちにくい。でも、鎌倉のような歴史ある街では
「自分がなにかにつなぎ止められている」という確かな感覚が得られるのかもしれません。


ともあれ『海街diary』の舞台が鎌倉であることの意味は大きいと思います。
おそらくこの物語の大テーマは「家族の再生」ではないかと思いますが、
鎌倉を舞台にしたことで、地に足のついたドラマが展開されることは約束されたようなもの。

天才・吉田秋生がこれからどんな物語を紡いでいくのか、楽しみに次回作を待ちたいと思います。

投稿者 yomehon : 2007年07月16日 10:00