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2007年07月15日

 第137回直木賞直前予想!(後編)


後編です。
もったいぶらずにまず第137回直木賞の大本命を申し上げておくならば、
ずばり今回は、北村薫 『玻璃の天』(文藝春秋)が授賞します。おそらく。

北村薫さんは前回、力作長編『ひとがた流し』(朝日新聞社)で候補になりながら落とされています。
(というかこの時は「授賞作なし」というオドロキの結末でした)
山本周五郎賞の選考委員も務めるような実力もキャリアも申し分のない作家に対して、
この仕打ちは失礼ではないか、その時ぼくはそう思いました。

今回の候補作『玻璃の天』は昭和7年が舞台のお話。
士族出身の上流階級花村家の令嬢・英子と、才色兼備の女性運転手・ベッキーさんこと別宮みつ子が
身の回りで起きた事件の謎に挑む、というストーリーです。

シリーズものの2作目(1作目は『街の灯』 )という中途半端な時期ではありますが、
北村作品の王道を行く本格ミステリの連作短編集ですし、エンタテイメント小説界の重鎮でもありますし、
 さすがに今回の授賞は動かないのではないでしょうか。

ただし直木賞選考委員のみなさんは、過去に北村さんのあの『ターン』ですら評価できなかったという
前科があるので油断はできません。ちなみにこの時(第118回)は、他に桐野夏生さんの『OUT』
京極夏彦さんの『嗤う伊右衛門』といった傑作も候補に並んでいながら「授賞作なし」という信じられない 結果でした。


さて、北村さんは授賞間違いなしの大本命。
けれどもぼくは今回はもうひとり受賞者が出るのではないかとにらんでいます。
つまりは2作同時授賞ということ。本命は次の2作品です。


森見登美彦 『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)
松井今朝子 『吉原手引草』(幻冬舎)


まずは森見登美彦さんの『夜は短し歩けよ乙女』から。

言わずとしれた山本周五郎賞受賞作にして本屋大賞2位のベストセラーです。
後輩の女の子に一目惚れした京大生の主人公が彼女を追い回すお話、と言うと
なんだかストーカー小説みたいですが、実はとてもキュートな片思い小説です。

突如現れる三階建ての電車や、竜巻によって天に昇る鯉、このようなアイテムを次々と繰り出し、
作者は京都の街中に不思議な異世界を作り出します。その中をモテない男子と天然キャラの女の子が
追い駆けっこをする。その様子を昔の少女小説を思わせる古風な文体で描き出したのがこの小説です。

このように『夜は短し歩けよ乙女』は、これまで誰も目にしたことがないような類の小説です。
この作品の凝った構成が選考委員に理解されれば授賞は大いにあり得ると思います。


もうひとつの本命作品は松井今朝子さんの『吉原手引草』。
派手さはありませんが手の込んだ意欲作です。

“吉原一”と謳われた花魁葛城。
彼女は花魁として絶頂にありながら、ある日忽然と姿を消します。この小説は、ある男が消えた葛城の謎を追って、関係者を訪ね歩くことで得た証言だけで構成されています。

引き手茶屋の内儀、廓の新造や遣手、番頭、幇間に船頭、およそ吉原に関わりのある16名の関係者が
登場しますが、素晴らしいのは、彼らの証言に目を通していくだけで、当時の吉原のしきたりや様子が
理解できることです。

それもそのはず。作者の松井さんは、早稲田大学大学院で演劇学を学び、松竹に入社後は歌舞伎の
制作をなさっていた方。フリーになられてからも武智鉄二氏に師事するなど、江戸や歌舞伎に関する
知識は折り紙つきです。まさに松井さんでなければ書けなかった小説といえるでしょう。

ただ気になる点もあります。
まさに作者がここで採用している「証言だけで構成する」という手法はどうなのか。

謎を直接描くのではなく、関係者の証言だけで謎の輪郭を浮かび上がらせていく。
そういう高度なテクニックとして作者はこの手法を採用したのでしょう。

この手の手法を採用した小説は他にもありますが、いつも感じるのは、この手法は作者が思うほどの
効果はないのではないかということです。

本来、聞き手と話し手の会話文にすればリズミカルに読めるところを、実験的な効果を狙って話し手の
ひとり語りにするわけですが、ぼくはそうすることでかえって無理が生まれるような気がします。
なぜなら話し手の言葉のなかに聞き手が発した質問も織り込まなくてはならないからです。

本来ならば、


「女郎が初めての客を迎えることを水揚げといいますがこの謂われを教えてください」
「またえらくつまらんことを訊くもんじゃのう」


とでもなる会話が、ひとり語りにすると次のようになります。


「ナニ、水揚げの謂われ?女郎が初めての客を迎えるのはなぜ水揚げというのか知りたいじゃと?
またえらくつまらんことを訊くもんじゃのう」(61ページ)


不自然だと思いませんか?普通はこんな話し方はしません。
こういう箇所に頻繁にぶつかると、ぼくはついつい「無理してひとり語りにしなければいいのに」と思ってしまうのです。松井さんの小説も例外ではなく、この点のみ、最後までぼくは違和感が消えませんでした。


さて、そろそろ結論です。

北村薫さんと直木賞を同時授賞するのは、森見登美彦さんと松井今朝子さんのうちどちらか。

ぼくは森見さんだと思います。

やはりここまでの勢いが違う。
惜しくも2位とはいえ本屋大賞で圧倒的な支持を集め、みごと山本周五郎賞も射止めた勢いは
ダテじゃありません。

選考委員が天の邪鬼にかまえていちゃもんをつけたりしなければ、森見氏への授賞はすんなり
決まるのではないでしょうか。

そんなわけで第137回直木賞、当ブログの予想は、

北村薫 『玻璃の天』(文藝春秋)、
森見登美彦 『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)

以上、2作の同時授賞です!

投稿者 yomehon : 2007年07月15日 23:00