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2007年05月04日

驚異の2打席連続ホームラン


小説の世界では時おり、デビュー作でいきなり大ブレイクする作家が現れます。
けれどデビュー作が大成功をおさめた作家は、ほぼ例外なく2作目で失敗します。
失敗、という表現がキツすぎるなら、2作目は影が薄いと言い換えても構いません。

確かめてみましょう。
たとえば村上龍さんのデビュー作は何でしょうか。
この質問に答えるのはそんなに難しいことではありません。
そう。ベストセラーとなった『限りなく透明に近いブルー』です。

では2作目は何でしょう???
この問いに即答できる人はそうそういないはずです。
(答えはこちら)

同じようにデビュー作がベストセラーとなった田中康夫さんはどうでしょうか。
彼のデビュー作はこれもまた有名な『なんとなく、クリスタル』ですが、
では2作目はとなると、もはや知っている人はほとんどいないのではないでしょうか。
(答えはこちら)

ことほどさようにデビュー作が成功した作家にとって
2作目というのは難しいものなのです。


万城目学さんが『鴨川ホルモー』という変なタイトルの作品をひっさげて
突然ぼくらの前に姿を現したのは昨年のことです。
一読、そのあまりの面白さと新しさに驚愕したぼくは、
8月23日付のブログでこの本を取り上げました。

『鴨川ホルモー』は京都の大学を舞台にした青春キャンパス小説です。
でもただの青春小説ではありません。
京大生の主人公が、「ホルモー」という奇妙な名前の
オニを戦わせる競技にかかわるはめになるという、実に奇抜な設定の小説なのです。

オニ語を操り、式神を使役し、相手チームと戦うという競技の面白さもさることながら、
若者にありがちな恋の悩みであるとか、
京都ならではの風物詩であるとかもしっかり盛り込まれていて、
読み始めると止まらない見事なエンターテイメント小説に仕上がっていました。

当然のことながらこの作品は話題となり、
先日の本屋大賞でも多くの書店員の支持を集め、
デビュー作にしていきなり上位に食い込むという快挙を成し遂げました。


このようにデビュー早々大成功をおさめた万城目学さんが
2作目として世に問うたのが『鹿男あをによし』(幻冬舎)です。
さて、はたしてこの作品に「2作目のジンクス」は当てはまるのでしょうか。


物語の舞台は奈良。
主人公は大学院で人間関係に行き詰まり、
女子校に理科の代理教員として赴任した青年です。

冒頭では、生徒にからかわれて主人公が大人げなくキレたり、
キレたことに対して自己嫌悪に陥ったり、
いかにも学園ものな感じの場面が続きますが、
主人公が鹿に話しかけられるところから(!)
物語はあらぬ方向に動き始めます。


奈良を訪れたことのある人であれば
「そうそう!」と頷いてくれるのではないかと思いますが、
あの街にはあっちにもこっちにもこれでもかというくらい鹿がいます。
鹿が道路を悠々と横切り、そこらかまわずプリプリと糞を落とし、
観光客とみれば鹿せんべい目当てにわらわらと寄ってきます。

奈良において鹿はひとつの風景です。
まわりに鹿がいるのが当たり前になっている。
でもいくら鹿が日常の風景のひとつだからといって、
その鹿がいきなり話しかけてきたらいくらなんでも驚きます。

人目につかないところでこっそり鹿せんべいを食べてみた主人公に
「鹿せんべい、そんなにうまいか」と話しかけてきた鹿は、
「神無月だから先生の出番だ」「目を探せ」などと訳のわからない命令を下します。

鹿はなぜ言葉をしゃべれるのか。
「目」とはなにか。
主人公はどんな使命を負わされたのか。

ここまでくるともう、一読、巻を措く能わず。
あっという間に読み終えたあなたはきっと、
この作品がデビュー作を凌ぐほどの傑作であることを知り驚くことでしょう。


『鹿男あをによし』の物語の構造は、前作『鴨川ホルモー』と似ています。

主人公の安定した日常が、
突拍子もない出来事によって
ガラガラと音をたてて崩れていく一方で、
大昔から僕らの日常を裏でひっそりと支えていた別の原理が姿を現す。

『鴨川ホルモー』の場合、
物語が進むうちに姿を現してきたのは、
平安期の陰陽道でした。

『鹿男あをによし』でもその構造は同じ。
ただしネタとなっているのは、
平安よりもはるかに時空を遡る弥生時代。
この時代にいくつものクニを統一して
女王として君臨したある人物が物語の鍵となります。

けれども物語の構造(パターン)が同じだからといって、
『鹿男あをによし』が前作の二番煎じというわけではありません。

『鹿男あをによし』を読む人は、
この作品がある小説と似ていることに気がつくはずです。

都会から地方の学校に赴任してきた
正義感に燃える若き主人公が騒動を巻き起こすお話といえば?

そう、『坊っちゃん』です。

『鹿男おをによし』は『坊っちゃん』ととてもよく似ています。
(もっといえば漱石の『坊っちゃん』+カフカの『変身』=『鹿男』なんですが、
これ以上あれこれ言うとネタばらしになってしまうので控えておきます)

たしかに前作とパターンは似ているかもしれない。
けれども、前作をはるかに凌ぐ読後感の爽やかさがこの小説にはあります。
青春小説としてみた場合、こちらのほうが優れているのではないかとさえ思います。

それはきっと『坊っちゃん』を思わせるような主人公と
テンポの良い文章のせいではないでしょうか。


つい先日のこと。

三浦展さんの新刊『吉祥寺スタイル』(文藝春秋)を読んで
ひさしぶりに吉祥寺の街を歩いてみたくなって、
あちこちお店をのぞいていると、パルコの地下のリブロで
『鹿男あをによし』がワゴンに山積みで売られているのを見つけました。

見ると手書きのPOP広告に「吉祥寺在住!」と書いてあります。
「へぇ~そうなんだ」と呟きながら、ふと考えました。

出身は大阪で、デビュー作で京都、2作目で奈良と、
歴史が層をなすような街を取り上げてきた万城目学さんが、
東京を舞台に小説を書く日は来るのだろうかと。

もしそのような作品が書かれることがあるのならぜひ読みたい!

初打席から2打席連続でホームランを放った
この才能あふれる作家から、
ぼくはもう目を離すことができません。

投稿者 yomehon : 2007年05月04日 10:00