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2007年03月19日

マサイの嫁


世の中にはいろんな人がいる。
(そんなことは百も承知だ)

世の中にはいろんなヨメがいる。
(それもまぁそうだろうなと思う)

ではアフリカのマサイ族のヨメとなった女性がいるとしたら?
「ええっ!!マジ!?」
さすがにこれは驚きますよね。


『私の夫はマサイ戦士』永松真紀(新潮社)は、
正真正銘、本物のマサイ戦士に嫁いだ日本人女性の手になるノンフィクション。

自分の知らない世界について知ることができるのが
ノンフィクションを読む楽しみのひとつだとすれば、
この本に書かれているのは、
僕らが知らないどころか想像もつかない世界についてのお話。
本を開いているあいだは、楽しさを通り越してただただ驚きっぱなしでした。


大学卒業後、海外旅行添乗員となった永松真紀さんは、
ケニアの魅力に取り憑かれ、やがて仕事の拠点を首都ナイロビに移します。

サファリで動物と触れあうだけの単純な観光ツアーに疑問を持ち、
ケニアのいろんな面を知ってもらおうと一般家庭でのホームステイや
伝統文化を体験するカルチャーツアーなどを企画するようになった
永松さんは、その活動のなかで、マサイ族の青年ジャクソンさんと出会うのです。


ところでマサイ族と聞いて、みなさんはどんな人々を思い浮かべるでしょうか。
長い髪を赤く染め、赤い布を身にまとい、色とりどりのビーズアクセサリーで
首元を飾った人々、と聞けば、誰もが一度は目にしたことがあるとうなずくはず。
日本人にとってマサイの人々はテレビなどを通じてアフリカ人の典型的なイメージに
なっているといえるでしょう。

ところがビジュアルイメージはそれなりに浸透しているものの、
マサイ族の実際の生活がどんなものかとなると
僕らのイメージはとたんにあやふやなものとなります。


ケニアの表も裏も知り尽くした永松さんも
さすがにマサイの文化にはカルチャーショックを受けました。

マサイの男性は、少年期、下級青年期、上級青年期、長老期、最長老期と
5つの世代にわかれ、どの世代にも次の世代に移るための儀式があります。
特に下級青年期と上級青年期は「戦士時代」と呼ばれ、共同生活に必要なルールや
サバンナで生き抜くために必要な知識などを教わります。

永松さんがジャクソンさんと出会うきっかけとなったのは、
「エウノト」という下級青年から上級青年へと移るための通過儀礼の場でした。
このマサイ最大のイベントを目の当たりにして、永松さんは衝撃を受けます。
長老を敬い、伝統を大切にする彼らにすっかり惚れ込んでしまったのです。

そして後日、同行したカメラマンから送られてきたジャクソンさんの写真をみて、
永松さんは恋をします。

人を介してふたりは連絡を取り合うようになりますが、
電話ひとつとっても想像もできないような手間がかかります。
ジャクソンさんは永松さんに連絡するためにサバンナを1時間半歩いて
ロッジにある公衆電話を借りなければなりません。
けれども現代の日本ではまず考えられないこのもどかしいまでの手間が
かえって永松さんの恋心を燃え上がらせます。

やがてジャクソンさんの村に招かれた永松さんは、
月明かりの下で催された歓迎会で、
長老からジャクソンさんの「第二夫人」として迎えたいと告げられるのです。


この世に一夫多妻制が存在することを知識としては知っていても
それがどんなものかというのはなかなか想像しづらいものがあります。
でも僕はこの本で初めて一夫多妻制のなんたるかが
おぼろげながらわかったような気がしました。

マサイには抱き合ったりキスをしたり愛の言葉を囁いたりといったスキンシップの
習慣がありません。セックスを中心としたベタベタしたふれあいはないそうです。

ではマサイの人々にとって愛の表現とはどんなものかといえば、
それにもっとも近いのは僕たちの社会で「信頼」と呼ばれているものです。

夫は第一夫人も第二夫人も同じように扱わなくてはなりません。
家畜をプレゼントするにしてもふたりに同じ数を渡し平等に扱わなくてはなりません。
そのバランスが保たれていれば、ふたりの間に嫉妬の感情も生まれないのです。


「そうはいっても嫉妬はあるんじゃないの?」

そう思う人の頭のなかにあるのはやはりセックスの問題ではないでしょうか。

夫と第一夫人が愛し合っているのを想像して
第二婦人は嫉妬に狂わないのかと普通は考えてしまいます。

けれどこれも永松さんが正直に書いているのですが、
マサイの男性のセックスは、僕らが知っているものとはまったく違います。

マサイの男にとってセックスというのは
まずなによりも子どもを作るための行為であり、
それとともに男としての性的快楽を得るための手段なのだそうです。

女性にも快楽があるなんてことはマサイの男たちは知りません。
ですからお互いの愛を確かめるために
抱き合ったりキスをしたり愛撫をしたりということも一切ないのだそうです。
(永松さんは、あまりに一方的で時間も短い夫のセックスに悩み、
アダルトビデオを見せて学習させようとするなど悪戦苦闘したりもしているのですが、
その顛末はぜひ本でお読み下さい


永松さんの表現を借りるなら、
一夫多妻制というのは「信頼という精神的な愛での結びつき」であり、
僕たちの知っているような「肉体的な愛」がまったく介在しないもののようなのです。

進んだ社会とか遅れた社会などという考えはそもそも間違いで、
外からは未開にみえる社会でも、そこで暮らす人々にとってはきわめて合理的な
システムを持っているというのが文化人類学の教えるところですが、
西洋流のどろどろした男女の肉体愛を介在させることなく、
精神的な結びつきのみをベースとしたマサイの一夫多妻制は
それなりに安定した社会システムといえるのではないかと思いました。

ことほどさようにこの本にはいちいち驚かされることばかりが書いてあります。
あまりにドライな死生観とか他にも興味深い話題が詰まっていますので
ぜひお読み下さい。

投稿者 yomehon : 2007年03月19日 10:00