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2007年01月09日

 2007年はこの人に注目!

ずいぶん前のことになりますが、
プロ野球のスカウトにお話をうかがう機会がありました。

その際、何千、何万という選手のなかからこれはという選手を見つけ出すコツについて
訊いてみたところ、スカウト氏は、「とにかく数をみることです」と教えてくれました。

これは読書にも通じる極意かもしれません。
本もスカウト業と同じく、読めば読むほど面白い本を見つけ出す確率が
飛躍的に高まるからです。
それだけではありません。
数読むことで「これからブレイクする作家」なんていうのもわかるようになるのです。

え?
なんだかウソっぽい?

ようがす。
ウソだと思うなら、これから紹介する作家の小説を読んでみてください。


今年ぼくがもっとも注目する作家――。
その人の名前は、山本甲士(こうし)といいます。


山本甲士さんは1963年生まれ。
スポーツクラブのインストラクターや地方公務員を経て
96年に『ノーペイン、ノーゲイン』で横溝正史賞優秀作に選ばれデビュー。
しばらくはサスペンスやミステリを中心に執筆していましたが、
このころはまだそれほど目立つ作家ではありませんでした。

ところがそんな山本さんが
『どろ』、 『かび』、 『とげ』のひらがな三部作で突如変貌を遂げます。

この三部作はよく「巻き込まれ型小説」というふうによばれますが、
ひとことでいえば、たびかさなるトラブルや次々降りかかる災難にたいして
堪忍袋の緒が切れた主人公が爆発し、一転、過激な反撃や報復にでるというのが
ストーリーの基本型です。

個人的にいちばんオススメなのは『かび』(小学館文庫)。
脳梗塞で倒れた夫を退職に追いやろうとする会社のやり口にキレた主婦が、
たったひとりで大企業に対し戦いを挑む話です。
戦いを挑むといっても、弁護士をたのみに正々堂々と法廷で争うというような
方法ではありません。ねちっこく執念深く嫌がらせを繰り返すようなやり方で
敵を追いつめていくのです。

争い事を好まず他人に気を遣ってばかりの優等生の主人公は、
たまりにたまったストレスが臨界点に達した途端にキレて別人に豹変しますが、
この作品の読みどころのひとつは、主人公をキレさせるために作者が仕掛けた
数々のプチ・ストレスです。

幼稚園の送り迎えでの親どうしのちょっとしたトラブル、
姑のちくちくした嫌みや冷めてしまった夫との関係、
脇道から強引に割り込んでくる車や礼儀を知らないウェイトレスなどなどが
これでもかというくらいにディテール細かく書き込まれています。

初めて山本甲士さんの作品を読んだとき、
日常生活で誰もが身に覚えのあることをすくいあげるのが
うまい作家だなあと感じたのをおぼえていますが、
この『かび』をはじめとするひらがな三部作では
山本さんの美点がいかんなく発揮されています。


ともかくここ最近の山本甲士さんの作品の充実ぶりをみていて感じるのは、
ブレイク前の奥田英朗さんが漂わせていた雰囲気とすごく似ているということ。
確実にこれは近いうちおおきな賞を受賞するのではないかと思うのです。


さて、そんな山本さんの最新作は『わらの人』(文藝春秋)という連作短編集。

町でふと入った理髪店で、女主人のおしゃべりにウトウトしているうちに
髪形を変えられてしまった登場人物たちが、それをきっかけに性格までも
変わってしまい、さまざまな事件を巻き起こします。

職場の不正に荷担させられている気の弱い女性、
同族会社のジュニアといっしょに研修登山させられるハメになったサラリーマン、
自宅に忍び込んだ泥棒とはち合わせしてしまったOLといった人々が、
初めて訪れた理髪店で運命を変えられていきます。

オススメは、定年退職した男性を孫娘の視点で描いた短編「花の巻」。
退職した自分をうまく受け入れられず、
ヒマを持て余すあまり毎日を無気力に過ごしていた男性が、
散歩の途中に入った理髪店で頭を坊主刈りにされてしまいます。
ところが孫娘から作務衣をプレゼントされたことで、
男性の内面が少しずつ変わり始めるというお話。

あっと驚くようなどんでん返しなどはありませんが、
全編が「負け組応援歌」とでもいうべきあたたかい視点で描かれた短編集です。


最後に山本甲士さんが別のペンネームで書いた
ちょっと毛色の変わった小説も紹介しておきましょう。

『君だけの物語』山本ひろし(小学館)は、
会社からは左遷され、妻子にも捨てられた主人公が、
ある日突然、小説家を目指すというストーリー。

作中、山本甲士さん自身が登場して主人公の「山本ひろし」にアドバイスするなど
ノンフィクションぽい体裁で書かれてはいますが、実はフィクションです。

この小説がとてもユニークなのは、
内容がそのまま「小説の書き方」の教科書にもなっていること。
しかもなかにおさめられた習作のうちのいくつかは、
実際に山本甲士さんが文学賞に応募したことがあるものだったりします。

小説の指南本であると同時に、
ひとりの男の自己再生の物語でもあるというアクロバティックな小説。

山本甲士さんはこんな作品までものしてしまうほどに腕の立つ作家なのです。

投稿者 yomehon : 2007年01月09日 10:00