« ミニチュアという距離感 | メイン | フジタに会いに行く! »

2006年05月12日

「白石さん」も面白いが「梅原さん」もかなり面白い!

新しく家を探すことになりました。

まるで大雨で川の水位がどんどんあがり、
警戒水域を超え、ついには限界水域も超えて溢れ出したかのように、
我が家の本が生活領域にどっと流れ込んできたのです。

もうダメ。
さすがにこれでは生活に支障をきたします。
そんなわけで引越し先を探し始めたのですが・・・・
いつもは本のことで半狂乱になるヨメが、
今回は無口なのがちょっとコワイ。
いったい何を考えているんでしょうね?

まあそれはともかく。

新しく住む町の条件として譲れないのは
「商店街が充実していること」、
それに「個性的な本屋さんがあること」のふたつ。

現在住んでいるところは
都内でも指折りの商店街が元気な町なのですが、
残念ながら本屋に関しては、雑誌と参考書しか置いていないような
小さな書店があるだけ。
おおいに不満だったので、今回の引越しを機に良い書店を探したいのです。

良い書店というのは、お店の人の顔がみえます。

まず本の品揃え。
良い書店は棚がメッセージを発しています。
本の並べ方から店の人の個性が読み取れるのです。

もっと直接的にお店の人の顔がみえるのは「POP(ポップ)」です。
ポップ広告というのは、店頭広告のこと。
本が平積みされたところに、店員の推薦コメントが書かれた
手づくり広告があるのを目にしたことがあるでしょう。あれです。

本の業界では、ポップひとつで本の売上げが左右されると言われています。
そんなポップ広告づくりの達人の作品集(?)がこのほど出版されました。


『書店ポップ術 グッドセラーはこうして生まれる』梅原潤一(試論社)
本好きなら誰もが楽しめる一冊です。


梅原潤一さんは、横浜の名物書店、有隣堂に勤務し、
現在はランドマークプラザ店でフロアマネージャーをなさっている方。
彼はポップ広告の名手として知られています。

本を開くと、
「ミステリー小説」「小説(ミステリー以外)」「エッセイ・ノンフィクション」
「海外小説」「コミック」のカテゴリー別に、
ページの見開き左側に本の写真と梅原さんのコメントが、
右側にはどかーんと梅原さんが作ったポップが掲載されています。


いや、見ていて飽きない。
素晴らしく面白いですね。

いくつか紹介しましょう。

まずは奥田英朗さんの傑作クライムノベル『最悪』のポップです。
メインコピーが


「最悪最高!」


そしてその下に書かれたコメントが


「襲い来る不幸のつるべ打ち!
これぞ災難のジェットコースター!!
直木賞受賞(予定)作家による痛快犯罪小説!」


いいなぁ。梅原さん。すごくよくわかる。
「最悪最高!」っていうのはうまいコピーだけど、
これ自体は頑張って考えれば思いつける文句でしょう。
僕が共感するのはむしろ「直木賞受賞(予定)作家」のくだり。
読んで面白い作家がいると、こんなふうに肩入れしたくなるのは
本好きに共通する性向ですから。


次は「うまい!」と思わず膝を打ったポップ。
保坂和志さんの『プレーンソング』です。
まずメインコピーが、


「あ、これは面白い。」


その下に書いてある文句は、


「ちょっと不思議な味わいの、青春(?)小説 
猫好きな人、良かった頃(!)の村上春樹が好きな人は是非。」


このメインコピーには唸りましたね。
梅原さんによれば「小説のもつ空気感を伝えるようなコピー」を
目指したようですが、わかるわかる、わかりますよ。

保坂さんの小説でよく言われるのは「なにも起こらない小説」ということ。
じつは深く読みさえすればそんなことはないんですが、
波乱万丈の物語かどうかということを基準にするなら、
たしかに「なにも起こらない」といえる。

平凡な日常を淡々とスケッチしたような保坂さんの小説は、
まさに読みながら「あ、これ面白いかも」と気がつくような種類のものです。
街を歩いていて「あ、風が気持ちいい」とふと思うような。そんな感じ。

このポップは、保坂さんの小説の特長をよくつかまえていると同時に、
「良かった頃(!)の村上春樹」と梅原さんなりの批評も入っていています。

個人的には、保坂さんと村上さんは、
顔はそっくりでも作品はまるで違うと思いますが、
でも、こんなふうに意見の相違について考えさせられた時点で
すでに梅原さんの術中にはまっているのかもしれません。


梅原さんはインタビューで
自分が「面白い」と思った本を他の人にも知ってほしいという
気持ちがすごく強いと話していますが、僕が深く、深く共感したのは、
ベストセラー作家だけではなく、売れない人をなんとかしたいという
気持ちを持っているところ。

「なんとかして、みんなに知ってほしいよ、この人の面白さを」
梅原さんのそんな思いが現れているのが、
夏石鈴子さんの『バイブを買いに』という小説のポップでしょう。

「女性からみたセックス」が率直に描かれた短編集で、
特に男性読者にとってはいろいろ勉強になる本です。
この本のポップのメインコピーは


「まっすぐな恋愛小説です」


これ自体は平凡なコピーです。
ところがその上にこんな文句がくっついている。


「タイトルと表紙でひかないで!」


「お客さん、ちょっと待って!」と必死に呼び止める梅原さんが目に浮かびます。

この本のなかで僕がもっとも傑作だと思ったのは、
『黒のトリビア』新潮社事件取材班(新潮文庫)のポップですが、
それは実際に本を手にとってご覧ください。
こんな素晴らしいコピーまでここで紹介してしまってはさすがに申し訳ないので。


それにしてもこんなふうに一堂に会したポップをみるのはすごく新鮮な体験です。
ポップは書店員の強い思いが込められた立派な作品なのですね。

ちなみに以下は、僕がこの本について考えたコピーです。


「白石さん」も面白いが、「梅原さん」もかなり面白い!

1963年横浜生まれ。立教大学卒。趣味:映画鑑賞。
職業:どんな本もベストセラーにしてしまう伝説の書店員!
「生協の白石さん」の次は「有隣堂の梅原さん」に注目! 


投稿者 yomehon : 2006年05月12日 09:00