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2006年05月11日

ミニチュアという距離感

他人のプロフィールで「趣味」ほどあてにならないものはないと思います。

あくまで僕の経験則ですが、
「趣味は料理」という女性は、まず間違いなく料理が下手です。
もしあなたの身近にそういう女性がいたらこんな質問を投げかけてみてください。
「じゃぁどんな料理が得意なの?」
かなりの確率で「肉じゃが」か「パスタ」という答えが返ってくるはずです。

毎日あたりまえのように料理をつくっている人は
決して「趣味」だなんて言いません。
それに、そういう人ほど得意料理を聞かれると答えに窮します。

「得意料理?冷蔵庫の残り物でちゃっちゃと作っちゃうし・・・特にない」
「得意料理?まぁ普通に家庭料理かな~」

このように相手の女性が答えたらまず間違いなく料理上手!
迷わず結婚を申し込みましょう。(ただし責任は持ちません)


これとまったく同様なのが「趣味は読書」というやつですね。
「読書が趣味」という人で、ほんとに本を読んでいる人に
お目にかかったことがありません。

毎日あたりまえのように本を読む人間にとって、
読書は「ごはんを食べる」ことや「ウンコをする」のと同じこと。

また、ほんとう読むのが好きな人はもっと具体的に表現します。
「アメリカのミステリーを読むのが好き」
「司馬遼太郎が好き」

それに倣えば僕の趣味は、
「料理本を集めること」、
それに「写真集を集めること」のふたつです。


ところで、本棚にある写真集をみると、
もっとも多いのが「リトル・モア」という出版社の写真集たちです。

この原宿にある小さな出版社は、良質な写真集を出すことで知られています。

クールな都会の子供の表情をみごとにとらえたホンマタカシ『東京の子供』。
人間が存在しない都市を写しだした『Tokyo nobody 中野正貴写真集』。
平凡な日常がいとおしいものにみえてくる川内倫子『うたたね』。

いずれも近年の名作ばかりです。
そんななかに最近また新しい写真集が加わりました。

本城直季写真集『small planet』です。

この写真集を初めて目にする人はきっと混乱するはずです。

高層ビル群や高速道路、夏のプール、公園などなど、
写真に写されているのは都会ではお馴染みの場所ばかり。
でも、そのどれもが精巧につくられたミニチュアのようにみえるのです。

たとえば東京駅の写真があります。
ちょうど丸の内の南口あたりが写されているのですが、
辰野金吾設計のクラシックな東京駅がまるでドールハウスのように見え、
お客を待つタクシーの列はまるでミニカーのようなのです。

これはまったく新しい視覚体験です。

20世紀に驚異的な発展をとげたテクノロジーによって
僕たちは次々と新しい視覚を手に入れてきました。

たとえば僕たちは気が遠くなるほど遠く離れた
宇宙からの視覚を体験することができます。
 『ビヨンド 惑星探査機が見た太陽系』をみてください)

また逆にものすごくミクロな視覚も体験することができる。
有名なのは「ミルククラウン」の写真でしょう。
出典は「横浜物理サークル」のホームページです)

極端に遠いところから極端に近いところまでの光景を、
テクノロジーの力を借りて、僕たちは見ることができるのです。

けれど本城直季さんがつかまえたのは、
ちょうど都市がミニチュアのようにみえる距離感です。

都市を俯瞰して、あるポイントでカメラの焦点をあわせると、
突如、都市が「作り物」のように表情を変える。

都市を被写体にした写真は腐るほどあるけれど、
このような距離感で撮影された写真集は初めてです。

ひとりのカメラマンが見出した、
都市を見つめるまったく新しい距離感。
そこから生み出された「ミニチュアみたいなホントの景色」。
これは凄い!面白い!
ぜひあなたも体験してみてください。

投稿者 yomehon : 2006年05月11日 12:23