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2012年12月01日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年11月上席号

はや師走と相成りました。みなさま如何お過ごしでしょうか。
今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年11月上席号をUPいたします。名古屋での雲助独演会にまで足を運んだ石井さん。今回も渾身のレポートです!(おまけに「エリザベート」ガラコン評もどうぞ)

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◆11月1日 新宿末廣亭夜席

柳好『動物園』/幸丸(雷蔵昼夜替り)『昭和三十年代歌謡史』/章司/南なん『粗忽長屋』/茶楽『子は鎹』//~仲入り~//右左喜『善哉公社』/Wモアモア/富丸『老雅園』/栄馬(遊三昼夜替わり)『元帳』/ボンボンブラザース/とん馬『井戸の茶碗』

★とん馬師匠『九官鳥~井戸の茶碗』

やはり、芸術協会ならではの「ただ者ではない師匠」である。昇太師とほぼ同じ演
出。小柳枝師や遊三師とも違う。快舌快弁、停滞なく、面白く、ダレなくスッキリと
して大ネタぶった所の無いのは昇太師同様。吹き矢・鎖鎌の可笑しさも活きる。一番
前の席の八歳の女の子も逸らさない良さ。千三屋の名が夢之助なのには笑った。

★茶楽師匠『子は鎹』

亀と遣り取りするかみさんに、いつもよりほんの若干だが「情」を強く出したのが噺
に色気をそえて堪んなく良かった。落語の『子は鎹』のお手本。

★南なん師匠『粗忽長屋』

最初の男が滅法明るく、熊が対照的にヘタレなリアクションなのが非常に可笑しい。
特に、熊の情けなさそうでボーッとしてるひと言ひと言の面白さは傑出した素晴らし
い。こういうキャラクターの『粗忽長屋』は初めて聞いた。

★栄馬師匠『元帳』

栄馬師独特の、ボソボソと呟くような亭主のセリフと、一寸高っ調子なかみさんの遣
り取りの良さ。そこに夜のしじまが滲んで見える。落語協会の現在の寄席の『元帳』
が失ってしまったこの噺の原風景が感じられる。四代目小さん師の演じていた『替り
目』はこんな感じだったのかな…。

◆11月2日 新宿末廣亭昼席

真里(今丸代演)/米丸『夢をみない男』(正式題名失念)//~仲間入り~/遊雀『悋気の独楽』/東京ボーイズ/笑遊『好きと怖い』/歌春『垂乳根(上)』/北見伸&スティファニー/桃太郎『金満家族』

★笑遊師匠『好きと怖い』

序盤の誕生日の件で、矢鱈と大きな声を出しあって遣り取りするのが無類に可笑しく
愉しい。どうしても「誕生日」の件は地味になりがちだけれども、こういう「船を見
送るみたいな声」の効果ってあるんだなァ。

★桃太郎師匠『金満家族』

父親が次男に言った「(女性と)付き合うなら、シャープの社長の娘にしろ!!」に馬
鹿受け。今日は変えた時事ネタがバンバン嵌まって大受け。こういう時の桃太郎師は
強い。また、若布の味噌汁で宝石の混ぜご飯を食べる件が、噺の展開に対して、何と
もナンセンスで可笑しいのは相変わらず。

◆11月2日 新宿末廣亭夜席

富丸『老稚園』/ぴろき(章司代演)/南なん『徳ちゃん』/茶楽『紙入れ』//~仲入り~//右左喜『猫と金魚(上)』/Wモアモア/雷蔵『天災』/遊三『親子酒』/ボンボンブラザース/とん馬『猿の証人~色事根問~稽古屋』

★とん馬師匠『猿の小噺~色事根問~稽古屋』

「色事根問」は小朝師演出の簡略型で「金」や「肝」の細かい遣り取りを省き乍ら
(「芸」で「宇治の蛍踊り」は入る)、十評判まで。「色事根問」丸こかしは東京では
久々だなァ。主人公の間抜けな醜男ぶりと呆れて付き合ってる隠居の気分が出て愉し
い。「稽古屋」に場面が移ってからは「喜撰」「道成寺」と進んで、焼き芋と小便で
濡れた草履を鉄瓶で乾かすくすぐりが入り、「摺鉢」に変わる。従って後半は『歌火
事』型の『稽古屋』になる。「喜撰」の節に些か難ありは残念だけれど、「道成寺」
の所作は踊り手だけに安心して楽しめる。やはり、『稽古屋』はこれくらいの流れと
総尺は欲しい。

※『色事根問』は15分で出来る、分かりやすくて面白い噺なのに、東京の寄席で演
じ手が少ないのは残念。金や芸、肝の件でおやかせるのに。

★遊三師匠『親子酒』

目白の小さん師型がベースだけれど、一本、一本とかみさんに頼んで行く過程で、親
旦那のセリフに次第と酔いの加わって行くのは、或る意味、分かりやすくて面白さの
増す工夫である。煙管を咥えた後に一寸寝てしまうのも独特で面白い(今夜、聞いた
工夫はどれも遊三師では初めて聞いたかな。というか『親子酒』でこういう演出は初
めて聞いた)。倅も話をしながら、一寸微睡む間の入るのが可笑しい。先代可楽師や
先代文治師の演出とも違い、簡にして要領を得た上、酒呑みの面白さを描き出したの
は老巧の腕の冴えである。

★右左喜師匠『猫と金魚(上)』

右左喜師では初めて聞いた演目か。独特のスローな口調と旦那・番頭の頓珍漢な遣り
取りが適って独自のナンセンスを感じさせて面白い。

★雷蔵師匠『天災』

 名丸の家から始まったけれど、三代目小さん師⇒柳橋先生型で丁寧に。「鼠は忠と
鳴き」など、前半の仕込みが心学者らしく、現在では難解でもあるが、その分、後半
の鸚鵡返しで頓珍漢な勘違いが増えて、笑いも増すのだね。

◆11月3日 第9回全生亭(全生庵本堂)

平井住職『御話』/馬治『片棒(中)』/白酒『心眼』//~仲間入り~//吉川忠英/馬生『塩原多助一代記~発端』

★白酒師匠『心眼』

白酒師では初聞きの演目。全体に暗くない演出を採り、サゲも陰気にならない。薬師
境内での梅喜も矢鱈と泣いたり叫んだりしないから、文学臭くない。それでいて上総
屋がいなくなる、夢ならではの空間の変化、梅喜が一人、群衆の中の孤独を感じた所
へ山の小春がフッと現れるのは「先代以来、夢の場面が得意の金原亭」らしい。小春
も普通に色気があり悪くないし、梅喜がお竹の悪口を酔いにまかせて羅列しないのも
気持ち良い。全体に「落語の『心眼』」への更なる進化を期待させる高座。

★馬生師匠『塩原多助~発端』

侍・塩原角右衛門が陪臣・岸田右内の密通のとばっちりで浪人する件から、岸田右内
の百姓・角右衛門襲撃、多助の養子縁組までを会話中心で語り、その後、お亀母娘の
災難からお竹の死、お亀の後添いまでを地で語って一時間強。構成の巧みさで面白
い。圓朝師らしい「発端の上手さ」がまずあり、そこへ馬生師らしい侍・角右衛門、
右内の哀れな忠義が活きて、二人角右衛門の邂逅が分かりやすく描かれる。言えば、
右内が撃たれる場面は銃声一発あって偉丈夫の侍・角右衛門がヌッと現れるとなる所
だが、それでは切れ場になってしまうか。そこからお亀の後添いまで、お栄の姿が謎
のまんま、ちゃんと次回(来年だが)に期待を繋げる展開に拵えてある。

★馬治さん『片棒(中)』

次男まで。今日から演出を大幅に変えたとのこと。長男・次男の性格並びに立場から
来る違いを、これだけ的確に演じて可笑しい『片棒』は珍しい。世間体を気にして大
袈裟な弔いになってしまうが、半面、ユッタリと品の良い長男、ひたすら能天気で祭
好きの騒がしい次男と鮮やかな違いで実に面白い。

◆11月3日 新宿末廣亭夜席

章司/南なん『犬の目』/歌春(茶楽昼夜替り)『短命』//~仲入り~//右左喜『英会話』/Wモアモア/雷蔵『蔵前駕籠』/遊三『時そば』/ボンボンブラザース/とん馬『代り目』

★とん馬師匠『代り目』

後半は都々逸~小噺アンコ入り都々逸~かっぽれで、雲助師の基本形と同じ。新内流
しの「兄妹なんですよ」のセリフも同じ。先代馬生師や先代圓遊師とも運びが違う。
誰のが原型なんだろう。栄馬師に感じる「夜のしじま」はないけれど、亭主が可愛く
て、かみさんが良い女ぶらない世話女房で、俥屋とうどん屋が夜商人らしくて、新内
流しのテレがまた良い。惜しい事に都々逸の調子が定まらない。

★遊三師匠『時そば』

平成二十二年の正月に聞いて以来の演目。ベースは目白型でキチンとしていて、確実
に面白味も十分。「苦いってのは初めてだ。まあ、良薬は口に苦しってェからな」
「太いねェ、マカロニじゃねェの?…そば?日本の?」の二つは『時そば』全体で初
めて聞いたんじゃないかな?(前回の細かい記憶が無い)馬鹿に可笑しい。なんで売
り物にされてないのか?と不思議に思ったほどの出来栄え。

※昨夜の『親子酒』といい、今夜の『時そば』といい、遊三師は七十代半ばに至って
艶が出てきた印象を感じる。私の知る限りで、この年齢で芸が上昇したなんてのは稲
荷町の正蔵師匠以来ではあるまいか。小三治師も三年くらい前からが一番面白いけ
ど。高齢化社会で芸の熟成も高齢化してるのかな?

★南なん師匠『犬の目』

 簡単なネタのようでいながら、妙に納まったシャボン先生の口調から、奇天烈な人
物が表現されると、可笑しさのグレードが普通の『犬の目』とは全く違ってしまう辺
りに、南なん師の底の知れなさが垣間見られる。

◆11月4日 新宿末廣亭夜席

富丸『老稚園』/章司/遊吉(南なん代演)『道灌』/茶楽『目黒の秋刀魚』//~仲入り~//歌若(右左喜代演)『看板のピン』/Wモアモア/雷蔵『厩火事』/遊三『高砂や』/ボンボンブラザース/とん馬『宿屋の富』

★とん馬師匠『宿屋の富』

古今亭型。一文無しの胡散臭げな感じが面白い地味なスリみたいなのである。宿屋の
主は静かなマジボケ。湯島天神の二番富の男も騒がしいタイプでなく、スイスイと能
天気。一文無しも宿屋の主も富が当たった場面では大騒ぎさせないから、此処では山
を賭けずに運び、最後の遣り取りまで抑えて、サゲで沸かすという、古今亭型には珍
しい慈味ある演出。一文無しが宿から出掛ける際の「履き物を出しておくれ…あっ、
草履が出てるからこれでいいや」のセリフが利いている。また、亭主が蒲団を捲る仕
種が綺麗で派手なのも利いてる。

★茶楽師匠『目黒の秋刀魚』

珍しいなァ。多分、茶楽師では初めて聞いた演目。雰囲気は小満ん師に近い。但し、
秋刀魚の数は二十三匹。品が良くて艶があって、一寸我が儘な殿様が可愛らしく、三
太夫さんが的確で愉しい。

★遊三師匠『高砂や』

稽古は簡略化したけれど、前半が丁寧で、主任の『高砂や』でも聞いた事の無いセリ
フが幾つも出てきた上に、それがまたみんな面白い。都々逸の調子も本格で、最後の
困惑もまた可笑しい。佳作。

★雷蔵師匠『厩火事』

堅い調子の師匠だからお崎さんのシナッとした可笑しさはないけれど、根問物の隠居
波に、お崎さんの珍返答に呆れている兄貴が可笑しく、亭主の半公のスラッとした様
子とカンの強そうな辺りも独特の面白さ。

◆11月5日 新宿末廣亭昼席

伸之介(米丸代演)『ろくろ首』//~仲間入り~/遊雀『桃太郎』/東京ボーイズ/笑遊『うちのカミサン(旅行編)』/歌春『子褒め(上)』/北見伸&スティファニー/桃太郎『裕次郎物語』(客席いじり倒し)


◆11月5日 新宿末廣亭夜席

夢七『煮賣屋』(芸術協会では珍しい)/鯉八(交互出演)『出家とその弟子』(正式題名不詳)/美由紀「蘭蝶」踊り・さのさ/鯉朝『夜のてんやもの』/歌蔵『天災』(圓師型)


◆11月5日 古今亭菊志ん独演会「東京マンスリーvol.56~十八番作りの一
年(9)」

菊志ん『鰻屋』/三木男『五貫裁き』/菊志ん『火焔太鼓』//~仲入り~//菊志ん『夢の酒』

★菊志ん師匠『火焔太鼓 』

夫婦像は古今亭ならではで愉しい。その夫婦像と新たに加えたギャグの折り合いがま
だ上手く行ってない場面がある。甚兵衛さんがお屋敷で三百両と言われて、パニック
に陥る部分の動きに、例えばラジオ体操みたいな動きとか、一時期のXileとか
(古い所作ならば彦六師匠のステテコとか)、もっと今の時代に相応しい、何か流れ
に形のあるナンセンスな仕種が欲しい。それが「志ん生師のギャグは動きを伴うから
二倍可笑しくなる」という、志ん生師匠⇒先代馬生師匠&志ん朝師匠へ繋がる「古今
亭の落語らしさ」をより増すと思う。

★菊志ん師匠『夢の酒』

大爆笑。前半から黒門町型の小綺麗な小品ではなく、暢気な若旦那とマンガみたいな
かみさんの焼き餅噺で愉しい。その中で親旦那のキャラクターが落ち着いていて、昼
寝を始める辺りは「午後の睡り」の雰囲気さえ醸し出す。それが夢に入ると急展開し
て、親旦那は空を飛ぶは、次から次へと夢ならではの不条理、ナンセンスな場面が連
続。「中国を怒らせると怖い」がキーワードなり、嫁さんに起こされた親旦那が逃げ
出す。ルイス・ブニュエルの『ブルジョワジーの密かな楽しみ』や『去年、マリエン
バードで』に匹敵する不条理世界になり、「小言はどうされたんですか?」「小言ど
ころじゃない。大事になった」の大ナンセンスでサゲる。燗酒をねだる卑しい感じと
も無縁で、夢落語としては先代馬生師の『夢の瀬川』並の凄い落語になった。鼻の圓
遊師、三語楼師レベルの改訂。

※マクラで「新作落語を考えました。“小言はどうされたんですか?”“小言どころ
じゃない。大事になった”これに繋がる(前半)部分を考えて下さい」と言われたセ
リフから「小言どころじゃない。大事になった」が頭から離れないでいたけれど、こ
うまで見事な計略に嵌まるとは思わなかった。

★菊志ん師匠『鰻屋』

基本的にはこれで十分に面白い。鰻を掴み損なう辺りの仕種にもっと馬鹿馬鹿しさが
あって、それが「何か憑りついたのかい?」の仕種への流れになると良いのでは?

★三木男さん『五貫裁き』

大家はもう少し悪賢くてもよい。八五郎のキャラクターが定まらないと、この噺の面
白さがは成り立ち難いのが良く分かる。圓生師の『一文惜しみ』なら、こすっからい
町の怠け者が似合うけれど、志ん生師の演っていた『一文惜しみ』の八五郎はどうい
/う奴だったんだろう?三木男さんの持ち味で落語らしさを高めるならば、『南瓜
屋』の与太郎みたいでも良いのかもしれない、と感じた。三代目金馬師の『孝行糖』
の与太郎も参考になるかも。

※この噺、三代目金馬師が演ったら巧かったろうなあ。

◆11月6日 新宿末廣亭昼席

遊雀『夫婦喧嘩』/東京ボーイズ/笑遊『好きと怖い』/歌春『越後屋』/北見伸&スティファニー/桃太郎『受験家族』


◆11月6日 新宿末廣亭夜席

章司/南なん『胴斬り』/茶楽『厩火事』//~仲入り~//右左喜『銀婚旅行』/Wモア
モア/雷蔵『お花半七』/遊三『お見立て』/ボンボンブラザース/とん馬『猿の小噺~井戸の茶碗』

★とん馬師匠『猿の小噺~井戸の茶碗』

出来はちゃんと普通。無茶苦茶早口だったので初めて聞いたらお客の中には筋が分か
らない人がいたかも。時間的な刈込みはもう少し方法があると思う。

★遊三師匠『お見立て』

こちらも大急ぎだったが、刈込みがちゃんと出来ているから、杢兵衛大尽のキャラク
ターが見事に出ていて、それがこの噺の軸になる可笑しさを失わせない。数ある『お
見立て』の中で杢兵衛大尽のキャラクターは遊三師がダントツである。

★茶楽師匠『厩火事』

黒門町演出よりざっかけない所に良さのある分、落語協会の噺しか知らない人には違
和感があるかもしれないけれど、細部までキャラクター表現が行き届いて、実に面白
い。お崎さんのセリフにいつも以上に無駄なギャグ性が無く、いつもより更に面白い
秀作高座。

★南なん師匠『胴斬り』

フラだげてなく、かなり丁寧に帰宅してから奉公に出るまでを語った。ダレずに終始
馬鹿馬鹿しく面白い。サゲは小便と褌の二つを続けて演じた。


◆11月7日 『エリザベート・スペシャル・ガラ・コンサート』(シアター・オーブ)

出演:一路真輝・高嶺ふぶき・轟悠・香寿たつき・花總まり・朱美知留etc.

★本日の主要キャストはほぼ初演時の雪組オリジナルメンバー。一路の艶の増して強
弱に巧みな歌唱力、香寿の甘やかに哀れな歌唱表現力、花總の不変な声の可愛らしさ
と宙組時代には失われていた演技力の復活、轟の不変の存在感と輝きに圧倒され唸っ
た。現役生徒とは桁違いな実力、存在感だけでなく、40~50代が舞台人にとって
の成熟期である事を改めて認識させられた。ますます、現役の宝塚を見る気力が失せ
る。このメンバーで二カ月くらい公演して欲しいくらい。

◆11月7日 第72回月例三三独演(イイノホール)

三木男『人面瘡』/三三『ひと目上り』/三三『くしゃみ講釈』//~仲入り~//三三『文違い』

★三三師匠『文違い』

圓生師的な冷ややかさが半ちゃんからは消えて来たのは嬉しい。お杉や芳次郎にはま
だ、その冷やかさが残るのが落語としては気掛かり。特に芳次郎にはお杉と別れてか
ら、騙されている小筆のとこへ急ぐイソイソ感が欲しい。お杉は戸の開け閉めの違い
みたいな「テクニックで差を見せる些細さ」は消えているから、芳次郎に騙されたと
分かってから半ちゃんと喧嘩をするまで、もっと丁寧に自暴自棄な可笑しさを維持し
たいとこ。お杉・芳次郎・半七ん・角蔵が四人とも惚れてる相手に騙されてる暢気さ
みたいなものがまだ足りないと私は思う。二時間ドラマじゃないんだから。

★三三師匠『くしゃみ講釈』

権太楼師型か。主人公の間抜けで何でも受け入れちゃう可笑しさはあり、乾物屋の店
先や講釈場でのセリフに出ている。覗きからくりのメロディは残念乍らやはり外れて
いた。乾物屋の「単に困ってる可笑しさ」はちゃんと出ている。講釈師がくしゃみを
誤魔化して辺りを睥睨するのは枝雀師の考案した傑作演出だけれど、今回の三三師の
リアクションの仕方にも、その片鱗は感じる。講釈は『太閤記』の[本能寺]で、
『難波戦記』とはリズムの違うとこも面白く、信長が槍をひっつかんで立ち向かおう
とする場面とクシャミが出て来る展開が美味く合っている。講釈が夜席で真打が直ぐ
に出てくる、という明治期の上方演芸風俗は変えても良いのではあるまいか(別に昼
席の出来事でも構うまい)。あと、こういう笑いの量の多い、無邪気で派手な噺を聞
くと遊雀師や喬太郎師より明らかに[まだ線の細い芸]であるのが歴然とする。

★三三師匠『ひと目上り』

ちゃんとしてる割に面白さが込み上げてこない。どうやら、隠居、大家、先生の全員
共、八五郎の頓珍漢に対するリアクションの調子が下がるせいらしい。

◆11月8日 平成二十四年・秋 むかし家今松独演会「江戸人の悲喜こもごも」(国立演芸場)

半輔『元犬』/小辰『金明竹』/今松『三軒長屋』//~仲入り~//ゆめじうたじ/今松『大坂屋花鳥』

★今松師匠『大坂屋花鳥』

「成田の証文」から始まり、「吉原火事」「牢内」「嶌送り」「島抜け」「花鳥長門
の再会」「花鳥斬首」「喜三郎の死」まで駆け抜けの75分。『島鵆』あり「実説花
鳥」あり、今松師独紙の改訂と思われる場面ありで、悪く言えばごちゃ混ぜ。実説を
軸にした岡本綺堂の猟奇的悪女伝説『半七捕物帳~大坂屋花鳥』、先代馬生師が『島
鵆』の抜き読みとして構成した哀れ深い『大坂屋花鳥』と比べると、構成に軸っても
のが感じられない。「吉原火事」が比較的会話が多いけれども、「成田の証文」と、
「牢内」から「島抜け」までは殆ど地の説明を聞いている雰囲気でかなりダレた。花
鳥は実説に近い悪女キャラクターでにこにこしながら悪事を働くタイプ。といって
も、悪が効くほどでなく、落語的人物像とも言えず。ダイジェストとしても説明過剰
で、「噺」としては感じる物に乏しい。

★今松師匠『三軒長屋』

志ん生師以来の古今亭・金原亭系の展開乍ら、「志ん生師ならではの人物像」を描け
ない、という芸風の違いが前に出ている。

◆11月9日 ラッパ屋第39回公演『おじクロ』(紀伊国屋ホール)

★面白いっちゃ面白いんだけど、「イベントで盛り上がる」というマスメディア的思
考形態の胡散臭さも感じる。失職したイギリスの炭鉱夫たち(だっけ?)がおじさんば
かりで一念発起してダンスだったか男性ストリップだったを公演して大ヒットを飛ば
した話(映画にもなった)や、日本の『フラガール』に比べると話自体が二番煎じじみ
る。『桃色クローバーゼット』のダンスを踊って元気を付けるってのも、炭鉱夫や
『フラガール』の追い詰められ方ほどの強さを感じない。『なでしこジャパン』や
『桃色クローバーゼット』に励まされる「団塊の世代のおじさんたち」と言われても
「日本の男は本当にだらしがなくなった」と思っちゃって共感しにくいのである。

◆11月10日 五街道雲助大須独演(昼の部)-昼は長屋ー(大須演芸場)

獅籠『仕立て卸し』/雲助『大工調べ(上)』//~仲間入り//~雲助『三軒長屋』

★雲助師匠『三軒長屋』

時間が押していたので少し端折り加減だったけれど、今まで聞いた雲助師の『三軒長
屋』では一番可笑しい。特に前半から中盤へ掛けて。鳶の連中の能天気さは折紙付き
で、喧嘩も可笑しいけれど、序盤、お燗番が妾を見て驚く辺りが素晴らしく愉しい。
頭のかみさんは少し世話になりすぎかな(志ん生師や目白の小さん師匠の自然さが凄
すぎるんだけど。先代馬生師のかみさんも仇っぽくて良かったね)。楠先生と門弟は
柄に無いようでいながら真にマンガで、稽古の場面から非常に愉しい。頭は二枚目だ
けど智謀の人に見えないのが弱味。伊勢勘は先代馬生師に似ていて大人しいタイプ。
飄々とはしていないので楠先生や頭との遣り取りの盛り上がりが些か物足りない。

★雲助師匠『大工調べ(上)』

雲助師では非常に珍しい演目。私は初めて聞いた。与太郎が妙に老けて聞こえて、
「棟梁、もう帰ろうよ」は故・千代若師匠みたいである。棟梁は若めだが鯔瀬で良
い。惜しいことに、大家相手の啖呵になると口調が変わって芝居掛かる。また、与太
郎の啖呵に対する棟梁の突っ込みが鋭くないので笑いが起きない。もう少しマジでな
いと。

★獅籠さん『仕立て卸し』

柳橋先生の十八番『支那そば屋』から始まって『元帳』を経て『仕立て卸し』。この
長さで先代助六師や今の助六師から聞いた事はあるかな。

◆11月10日 五街道雲助大須独演(夜の部)-夜は廓ー(大須演芸場)

獅籠『時きしめん』/雲助『品川心中(上)』//~仲入り~//雲助『よかちょろ~山崎屋』

★雲助師匠『品川心中(上)』

少しゆっくり目で、分かりやすく丁寧に演っている雰囲気。その分、この噺らしい、
金蔵や仲間連中の能天気さが弱まってしまった。お染もやや重め。

★雲助師匠『よかちょろ~山崎屋』

これもユッタリ目で一時間余の長講。乍らもダレず、雲助師のこの演目では今までで
一番面白かった。若旦那のいい加減さと親旦那のケチ真面目がぶつかりあう『よか
ちょろ』がまず愉しい。親旦那の発する大怒声の可笑しさ!若旦那が花魁との痴話喧
嘩を思い出しての独り惚気も凄く馬鹿馬鹿しい(こんなに丁寧に惚気を演っことあっ
たかな?)。尤も、花魁に色気というか可愛さが足りないのは雲助師の弱味だな。男
を演じるのは本当に名手なんだけど。若旦那が「スッと体をかわして」と言いなが
ら、体を下手向きに開いた形の見事な色気と所作の良さは完全に先代馬生師譲り。番
頭との遣り取りはまた番頭が悪賢すぎず智謀の人で面白く、感心して頷いてるだけ
だったり、手で自分の顔を歪めて妾相手に鼻の下を伸ばしてる番頭の顔を表現したり
と奔放な若旦那のリアクションが絶妙。狂言当日、「はてな?」を二枚目で言う若旦
那の可笑しさも強烈である。あくまでも篤実な頭(勿論、礼金を受け取ったりしな
い)、心底からケチだけれど若旦那に甘い親旦那、平然たる作者ぶりを発揮する番頭
と揃って、可笑しがらせずに愉しさ十分。若旦那と番頭の「真面目じゃない人物魅
力」に関しては、志ん生師以来の古今亭・金原亭ならではの人物表現の典型だろう。
妾に関する番唐の言い訳を聞いた若旦那の「尼ヶ崎の相関図じゃあるまいし」とい
う、強烈にタイムリーなギャグの見事さ・可笑しさにも脱帽。この、古今亭・金原亭
系ならではのドライなセンスがちゃんと白酒師に伝わってるんだよね。

★獅籠さん『時きしめん』

 最初の客が江戸っ子、二人目の客が名古屋人の設定。名古屋人の可笑しさが爆笑
物。最初の男の「いつ、むう、生まれはどこだ?」「名古屋(七ご八)」と、サゲの
「いつ、むう、「生まれはどこだ?」「四日市」「にい、さん・・・」は笑った。


石井徹也 (落語”道落者”)


投稿者 落語 : 2012年12月01日 21:46