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2012年03月23日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年3月中席号
3.11の大震災から一年。まだまだ復興には遠い状況ですが、今年の三月は、一応(一年前にくらべれば)平穏に近いものだと言えるでしょう。当たり前のように落語や寄席を楽しめることに感謝しなくてはなりません。
さて、今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年3月中席号をお送りします。3月20日には有楽町よみうりホールで「文化放送開局60周年記念落語会」も開催されました。稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、渾身のレポートをどうぞ!
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◆3月11日 立川生志独演会第20回「生志のにぎわい日和」(にぎわい座芸能ホール)
生志『明烏』//~仲間入り~//サブリミット/生志『柳田格之進』
★生志師匠『明烏』
ほぼ、家元の昭和50年代型演出だが、冒頭に地口行燈の件が入るのは先代馬生師や
盲の小せん師同様(家元は演ってたっけ?)。時次郎が遣手に連れ去られようとした
時、「あなた方、今、ほかにするべき事があるでしょう」と、座敷にいるみんなに向
かって言うくらいで、新工夫や新しいギャグは少ないが、至極まともに演じて落語ら
しく、源兵衛・太助の愛すべき町内の札付きぶり、時次郎の硬野暮ぶりはちゃんと出
ている。これから、それぞれのキャラクターに生志師の味がどう出てくるのか楽し
み。
★生志師匠『柳田格之進』
ネタ卸し。当人の言いだした願いに従い、「離縁」した娘を吉原に売って柳田は金を
作る。帰参が叶って後、娘を身請けに行くものの、娘は「自分は柳田の家とはもう無
縁の者」と面会を拒絶。翌日、再び柳田が会いに行くと、既に娘は喉を突いて自害し
ていた、という展開。また、萬屋主従を許した後、娘の最後を告げて永久に(そうで
なくてはなるまい)萬屋を立ち去ろうとする柳田の姿に、萬屋が「お待ち下さい」と
袖に縋ると、「萬兵衛殿、決めたではないか。“待ったは無し”じゃ」とサゲる。こ
れは中盤で伏線として仕込んである。娘の自害を単体で見れば悲劇ではあるけれど
も、柳田の侍心、娘・琴の武家娘としての心、萬屋主従の君臣の忠義心、それぞれを
通した結果の物語となる。その中で、琴の「武家娘としての矜持を通した死」を安易
に「悲劇」と取るのは「人の尊厳」に対して僭越に過ぎると私は感じる。立ち去ろう
とする柳田の姿・セリフに、生志師らしいヒューマニズムから来る苦衷があるので
(永遠の友を失う事でもあるから)、「救いの無さ」は感じはしない。「自ら死を選
ぶ」という娘の姿勢もまた「自尊」「自立」の一部と考えるからだ。かといって、噺
の全体像は堅苦しくなく、落語味を加えた人情噺である。構成には一貫性があり、町
人感覚・現代の女性的な正義感覚では測れない、「江戸の侍心」を主題とした「柳田
親娘の堪忍譚」となっているというべきだろう。初演故、観客に対して、些か説明的
になりすぎるセリフも幾つか残ってはいる。演技面でいえば、侍にしては柳田の体が
終始無駄に動き過ぎる事が表現としての曖昧さを生んでもいる。また、最後の萬屋座
敷に上がってから、柳田が刀の鯉口に左手を終始添えている、さながら「敵陣内の備
え」という物腰にも違和感は感じた。とはいえ、演出の一貫した方向性と同時に、各
所に生志師ならではの配慮・工夫があり、「志ん生師・先代馬生師・志ん朝師と伝
わってきた『柳田格之進』を、現代でどう演じるか?」に一石を投じる演出であるの
は事実。生志師の持つヒューマンな味わいと、今後の研鑽の結果が、どのような奥行
きを付けて行くのか、更に楽しみな噺である事は間違いない。
◆3月11日 宝塚歌劇団月組霧矢大夢ディナーショー『GrandDreamer』千秋楽
(第一ホテル東京ラ・ローズ)
◆3月12日 宝塚歌劇団星組公演『天使のはしご』(日本青年館大ホール)
※イギリス近世の階級社会の「偏見」は『ピグマリオン』『ミー・アンド・マイガール』と主題
になる場合が多いけれど、翻訳らおける言葉の扱いが難しい。「中流」と「ミドルクラス」
では全く意味が違ってしまう。
◆3月12日 シス・カンパニー公演『ガラスの動物園』(シアターコクーン)
※佳作の舞台だとは思う。戯曲の素晴らしさは年齢をとっていない。半面、立石涼
子の演じるアマンダを観ると、戯曲が優れている場合、役者の演じ方が「巧くても批
評的」だと、作品本来の持つ意味に歪みが生じるなァ、とも感じる。立石の演技は作
品の「女の正義」に対する苛立ちばかりが先んじるように思う。文学座系の女優さん
と「円」系の女優さんの違いかな(根は同じだったけれど)。ローラに扮した今回の
深津絵理は大竹しのぶに似ている。何か、いつでもオリジナルを感じさせない演技を
するのが物足りない。鈴木浩介演じるジムの「普通の演技」が作品の魅力を自然に引
き出していた。トムの瑛太には違和感あり。アマンダへぶつける言葉で自分が傷つい
ていない。草彅剛のトムが観たくなる。長塚圭史の演出は70年大以降の映像世代を
感じる。「絵」がないと不安になるらしい。もう少し戯曲の言葉を信用して舞台を
作っても良いのでは?と思う。カーテン前の鈴木と深津、二人だけの場面が一番魅力
的だった。ウロウロする「ダンサー」は邪魔だ。
◆3月13日 上野鈴本演芸場昼席
正雀『大所の犬』/さん喬『肥瓶』/ロケット団/馬風『かえるの体操』(漫談)/喜多八『短命』/
ストレート松浦/雲助『粗忽の釘(下)』//~仲入り~//ホームラン/玉の輔『紙入れ』/
琴調『小政の生立ち』/正楽/圓太郎『宿屋の富』
★圓太郎師匠『宿屋の富』
目白型に古今亭型の神社境内のワイワイガヤガヤを咥えた構成。田舎者の「ハーハッ
ハ」の空笑いに迫力があり、宿屋亭主の何でも受け入れてしまうへりくだり方と対照
的。だから、田舎者の「人の言う事、何でも聞き(入れ)やがって」のぼやきが非常に
受ける。宿屋かみさんの「貧乏人が富籤に外れてがっかりする様子を見るのは面白う
ございますよ」は、鑑定団を視てる感覚で残酷に可笑しい。富が当たったショック
で、田舎者の体が右に傾いてしまい、そのまま帰ってくるのも大笑い。もう少し、全
体に軽みが欲しいが。
★雲助師匠『粗忽の釘(下)』
力まずサラサラと演っているけれどタップリ目。あてこまず、ひたすら馬鹿馬鹿しい。
こういう時の雲助師の可笑しさは格別。
◆3月13日 第253回小満んの会(お江戸日本橋亭)
さん坊『子褒め』/小満ん『羽衣』/小満ん『湯屋番』//~仲間入り~//小満ん『味噌蔵』
★小満ん師匠『羽衣』
天女が急に伝法な口調に変わる演出は志ん生師演にはない工夫で可笑しいが、羽衣伝
説そのものがこのサイズの噺では記憶に残り憎い。オンシアター自由劇場の上演した
『魔神遁走曲』みたいに、異種恋愛譚の人情噺にでも書き換えてしまうべき題材なの
か。
★小満ん師匠『湯屋番』
若旦那が自ら梅の湯のかみさんに惚れて、銭湯奉公に志願して出掛けるという演出。
こんな能天気な若旦那は初めてで、銭湯の主人や客がまともなのとのギャップが凄く
可笑しい。先代馬生師の『湯屋番』みたいな「変人爆笑譚」であり、また番台の上の
妄想で若旦那が発する擬音などが矢鱈と可笑しい。独自の演出が多数な分、口調にま
だギクシャクする箇所もあるが、そこがスムーズになったら、それこ、すさまじい大
爆笑編になること間違いなし。
★小満ん師匠『味噌蔵』
吝屋の極く真面目にケチな性格がセリフの端々に現れているかと思えば、子供が生ま
れて喜ぶ笑顔の可愛さが愛しくなるなど、人格が凄く面白い(家元みたいな人格であ
る)。番頭が「あたしもこの店にはこの先、そんなに長く勤めるつもりはないから」
と、居直り気味にドガチャカ散財の首謀者になって行くのも可笑しい。「芋を物置に
隠れてコソコソ喰うのでなく、ふかしたてを目の前に山と積んで食いたい」と言い出
す奉公人を番頭が「お前、大丈夫かい?」と心配する可笑しさの中に、奉公人たちの
過酷な食生活が如実に現れるのも抱腹絶倒物。定吉が板みたいな下駄を履いて大きな
重箱を背負い、主人について歩いて行く姿が目に浮かぶのも面白いなァ。帰り道で定
吉が重箱を忘れた事を大マジで主人が怒る辺り、人格が並じゃなく破綻しているし、
鯛を「嫁の実家で一度見ていて良かった。見てなきゃ気を失う所だ」のセリフが本当
に可笑しかったのは初体験。登場人物全員、人格に歪みがあるのだけれど、同時に存
在感があって、リアルに馬鹿馬鹿しい。
◆3月14日 上野鈴本演芸場昼席
ホームラン/馬風『NO梗塞』(漫談)/さん生(喜多八代演)『親子酒』/ストレート
松浦/小燕枝(雲助代演)『小言幸兵衛』//~仲入り~//ロケット団/玉の輔『生徒の作文』/
琴調『淀五郎』/二楽(正楽代演)/圓太郎『癇癪』
★圓太郎師匠『癇癪』
物凄いオバサン団体客を相手に、「クソババァ」と亭主が妻に向かって叫ぶまでの夫
婦漫談を振ってから、力業でこの演目に入った。些かカリカチュアが強いとは言え、
小三治師型の『泣かせの癇癪』ではなく、道化した可笑しさの中に「男の側の本音と
嫌気」を苦い笑いとして現した馬力に感心。
◆3月14日 五街道四門三月初夜『双蝶々通りしリレー』(日本橋劇場)
白酒『発端・湯島大根畑』/龍玉『定吉殺し』/雲助『権九郎殺し』//~仲間入り~//
馬石『雪の子別れ』
★白酒師匠『発端・湯島大根畑』
リズムが落語と人情噺の中間で、如何にも半端なまんま。仕種は巧いと思うから、人
情噺系演目の慣れ不足であるね。
★龍玉師匠『定吉殺し』
雲助型演出だから、定吉が嫌らしくない半面、権九郎や長吉に「悪」の色気が無く、
妙に普通の若二枚目と中年二枚目になっている。とはいえ、ツウツウ喋っている訳で
はないのに人情噺になる辺りは、雲助師譲りで圓朝物に慣れている強味か。全体に、
芝居味がもっと欲しいのと、権九郎に長吉を悪心のある不良から本格的な悪に追いや
る「大人の悪」の面が足りない。
★雲助師匠『権九郎殺し』
一人だけ桁違いの出来(当たり前である)。平舞台にピンスボ的な照明、敷物一枚
で、一人芝居っぽい芝居掛かりの展開が中心。仕種、セリフの芝居味、特に権九郎が
義太夫芝居的な半道になる面白さ、決まり決まりの形の良さ、就中、花道の引っ込み
の悪二枚目らしい良さは、一寸真似手があるまい。太田その師匠の唄がまた適切で効
果を高めた。
※客に定式幕を引いて道具替わりをする事を知らせなかったため(雲助師で仲入りと
分かるだけのプログラム一枚で済むのに)、客がバラバラ立ってロビーに出てしま
い、暗くなってから慌てて戻ってきたのは、明らかに主催側の観客に対する不親切で
「趣向惚け」である。一方、定式幕は閉まっても休憩の灯りは付かないし、「箱根八
里」の出囃子が鳴っているのに勝手に「仲入り」と判断して席を立った上、暗い中を
慌てて席に戻ろうとして「すみません」と同列の客に声を掛けたりしたのは、歌舞伎
系の客席体験不足の客側の責任でもー、「野暮」と「恥知らず」である。席を立った
後、自己責任で後ろでちゃんと観ていた人もいたというに。
★馬石師匠『雪の子別れ』
長吉は二枚目で似合うが、お光には色気が、長兵衛には片意地な親爺気質が足りな
い。芝居の演技は出来るけれど、歌舞伎芝居の趣向にはまだ場数が足りない。
※場面によって、照明を変えたのは主催側の「野暮」の骨頂。話芸における場面の色
合いは演者が作り出すもので、「演出」というと、直ぐに見た目を変えたがる(特に
証明だけならば安上がりだし)のは「素人じみる」としか言えまい。寧ろ、演者の作
りだす舞台面をフォローし、場面を繋いだり、カットバックの効果を挙げる意味では
「音」の方が重要だ、というのは歌舞伎や新派の芝居を見ていれば分る。さもな
きゃ、衣装を引きぬきにしたりするかだがね。「音が繋がらないと場面が繋がらな
い」「音の変化によって場面は変わる」というのは、日本の芝居でも西洋の芝居でも
同じだいうのも見てりゃ分る事である(D・ルヴォーの音の使い方の巧いこと)。実
は映画でも「音の繋がり・分け目」が大切だ、というのは山田洋次監督のお弟子さん
から取材で聞いた事がある。
◆3月15日 上野鈴本演芸場昼席
正雀『紀州』/ホームラン/馬風『漫談』/さん生(喜多八代演)『松山鏡』/ストレート
松浦/雲助『ずっこけ』//~仲入り~//ロケット団/玉の輔『マキシム・ド・呑兵衛』
/琴調『小田原相撲』/正楽/圓太郎『火焔太鼓』
★圓太郎師匠『火焔太鼓』
やや重かった運びに軽さが出て来たのが嬉しく、「妙な似た者夫婦の噺」としての可
笑し味がグッと増して来た。甚兵衛さんもかみさんも、至って普通に口をきいている
のに内容が無茶苦茶なのは大笑いで、特に「三百金」とお屋敷で言われて以降、甚兵
衛さんの示すパニックの可笑しさはかなりランクアップした。古今亭系・さん喬師型
とも違う、職人風似た者夫婦像で、独特の愉しさがある。
◆3月15日 池袋演芸場夜席
久蔵『浮世床』/紫文(東京ガールズ代演)/文左衛門(白鳥代演)『雜俳』/玉の輔『財
前五郎』/美智美都/正朝『六尺棒』~仲間入り~//龍玉(菊之丞代演)『ぞろぞろ』/
小袁治(権太楼代演)『夢の酒』/勝丸/小里ん『山崎屋』
★小里ん師匠『山崎屋』
浚い無しで掛けたのか、言い淀みが多く、噺のテンションが上がりきらなかったのは
惜しい。頭の良さは相変わらずだし、若旦那の芝居掛かりの可笑しさ(無言で仕種だ
けってのがまた可笑しい)、若旦那が描けとりから帰ったのを迎える親旦那の笑顔の
良さや、「倅が嫌だというならあたしの嫁に」の可笑しさ、番頭の洒脱な智謀家ぶり
と、一級品の素材が揃っているだけに、返す返すも言い淀みが惜しい。
★小袁治師匠『夢の酒』
演じ慣れをされてきたのか、噺が落ち着いて滑らかさがあり、ベテランの小品らしい
味わいが感じられるようになったのは結構なこと。「冷やでよかったんだ」とポツリ
と言ったサゲが格別に良かった。
★正朝師匠『六尺棒』
この噺、こんなに色々あったのか!と驚く。鸚鵡返しの仕掛けが幾つもあり、丁寧。
若旦那のフワフワ感は元より持ち味にあるが、大旦那の厳めしさのカリカチュアが適
宜なリアリティを持って愉しい。今まで聞いた『六尺棒』の中で一番面白かった。や
はり、中堅として、得難い落語らしさを備えた師匠である。
★龍玉師匠『ぞろぞろ』
『駒長』『夏泥』と並び、龍玉師では馴染みの演目だが、クドくない人物の喜怒哀楽
が明確で、予てと違い、非常に面白かったのは嬉しい。
★文左衛門師匠『雜俳』
「要町巷談」みたいなマクラを長めに振ってから。最近では割と珍しい演目かな。本
題は遊んでいたけれど、聞いた事の無い句もあったし、気楽に可笑しかった。
※代演多数で権太楼師・白鳥師・菊之丞師と出ず、落語会系落語ファンには地味な顔
触れの番組だったろうが、落語味に優れ、手堅い地力のある演者がこぞって丁寧に演
じてくれたので、寄席落語ファンとしては充実感のある、嬉しい夜になった。
◆3月16日 上野鈴本演芸場昼席
さん喬『子褒め』/玉の輔『動物園』/ホームラン/馬風『かゑるの体操』(漫談)/喜
多八『竹の子』/ストレート松浦/雲助『強情灸』//~仲入り~//ロケット団/正雀
『紙入れ』/琴調『誉れの馬揃え』/正楽/圓太郎『短命』
★圓太郎師匠『短命』
余りクドくなく、嫌らしくないのが結構。前半の八五郎と隠居の遣り取りは『道灌』
に近い雰囲気である。また、かみさんが亭主の頼みを聞いて科を作る辺り、『青菜』
の延長線上にある夫婦噺としても楽しめる。武骨なようでかみさんに色気のあるのは強味だ。。
★雲助師匠『強情灸』
勿論、峯の灸型だが、二人の意地の派手目な張り合いが非常に愉しく、小品における
雲助師の落語味が堪能出来る。マクラ噺の朝湯での意気がりから愉しい。
★正雀師匠『紙入れ』
押さない、淡彩な演出だが、間男をするかみさんに滑っとした色気があり、以前ほど
気味悪くなく、蛇(くちなわ)っぽいのは独特。
◆3月16日 池袋演芸場夜席
美智・美都/才賀(正朝代演)/『台東区』~仲間入り~//菊之丞『浮世床・夢』/小袁
治(権太楼代演)『唖の釣』/勝丸/小里ん『試し酒』
★小里ん師匠『試し酒』
久蔵の酔いがジ~ンワリと伝わってくるような、真に味わい深い高座。目白の小さん
師ならではの細密な演出を見事に受け継ぎ乍ら、一度外に出て戻って以降の久蔵は、
試しに呑んだ五升の酒の酔いが、賭けの酒に導き出されたのか、次第に人物像に明る
さを増してゆくのが愉しい。そこに、酒を呑む楽しさと共に、小里ん師の歪みの無
い、五代目柳家小さん流落語本道の持ち味が投影されているのは如何にも目出度い。
久蔵の呟きも、酔いの愉しさの中で、ふと心に浮かんだ言葉を呟いているだけであっ
て、その巧みの無さが面白いという、柳家ならではの「段取りの無さ」が素晴らしい。
★小袁治師匠『唖の釣』
この演目を小袁治師で聞くのは二度目くらいかな。与太郎に小袁治師の可愛さが現
れ、六尺棒で叩かれて泣く姿さえもいじらしく愉しい(『子は鎹』の亀が聞きたく
なった)。七兵衛が江戸前で、余り悪党じみないのも良く、見廻りの武士の仕種、言
葉の侍らしさもキッチリ描かれている。昨夜の『夢の酒』といい、柳家の中堅として、
円熟味を確実に増して来ているなァ。
◆3月17日 東京マンスリーvol.50.「十八番作り3」(らくごカフェ)
菊志ん『花見の仇討』/三木男『大工調べ(上)』/菊志ん『時そば心中』//~仲入り~
//菊志ん『水屋の富』
★菊志ん師匠『花見の仇討』
地が殆ど無く、セリフからセリフへ、カットバックの連続で無駄を省いた短い構成。
それぞれが上野のお山へ向かう道筋や野次馬などもカット。遊雀師に近い型かな。
カットした分、リズムがまだ全部滑らかとは言い切れず、フッと隙間も出来るが、展
開に違和感を感じる程ではない。四人組のキャラクターのうち、六さんを除く三人は
ハッキリしていて、それぞれに能天気のタイプが違って可笑しい。だけに、殺陣の稽
古をする場面はもう少し欲しい。巡礼役の二人に絡む、酔っていない方の侍が『柔道
一直線』の近藤正臣みたいで、矢鱈とクサく清々しい喋り方をするのは面白い工夫。
もう一人が田舎侍っぽいのと好対照である。狂言の敵討になってから、野次馬など入
れて(『水屋の富』と雰囲気が被るから外したのかも)、もう少し尺があっても良いと思う。
★菊志ん師匠『時そば心中』
最初のそば屋と騙りの件はほぼ江戸前に、普通に展開するが、後半はボヤッとした男
と「食べて下さい!」と自ら懇願してくる悲惨なそば屋の爆笑展開。商売が上手く行
かず、かみさんに先立たれて、青っ洟を垂らした九歳の男の子を連れているそば屋
の、客から「夜鷹そばにしては重いよ」と言われるキャラクター(リアルに貧しく悲
惨で切羽詰まっている表情なのに可笑しいのは偉い)、「美味しいと言って戴かない
と親子して明日から生きて行けません」というセリフ、「しっぽくしか出来ないんで
す!」「細く切れないんです!」と親が言う不味いそばをフォローしようと男の子が
そばを啜る音を立てる演出(腕を後ろに廻してるのが可笑しい)、遂にそばを啜るシー
ンの無いまま、客が勘定をする羽目になる展開、「一文だまされた、もう生きて行け
ないとそば屋親子が吾妻橋から身投げをして、よなよな男の下に化けてでるという
『時そば心中』の上でございます」とサゲるまで、爆笑の連続。古今亭はこれくらい
でなくちゃ詰まらない。鯉昇師の怪演出に対向しうる「飛び道具」である。
★菊志ん師匠『水屋の富』
水屋のキャラクターを、富が当たった場面でかなりデフォルメして可笑しくしてある
のと、「コツコツ」の音を余りさせず、水屋の悩みも息苦しいまでのリアルさではな
いから、全体の印象が落語らしくて愉しい。展開も早く、シニカルさは弱まるが、こ
れでも十分に良いと思う。リアルに過ぎない水屋のキャラクターを聞いていると、
『富久』を聞きたくなった。
★三木男さん『大工調べ(上)』
初めて三木男さんの噺を「ちゃんと出来るんだ」と思った。まだ、上手くも面白くも
ないが、目白型の演出を守りキッチリ演じる中で、棟梁の物言いや肩の線などに「二
枚目芸なんだな」と感じさせる所がある。こりゃ、三代目三木助師の血だな。家元の
高評価も頷ける「素質」を垣間見た印象。半面、これまでの『猿後家』や『時そば』
の酷さから判断するに、まだまだ「噺を教える側次第で変わっちゃう芸」だから、誰
に、どんな演目を教わるかで将来が全く違る可能性・危険性も高い。『崇徳院』や
『明烏』『お花半七』みたいな「お局好み」の甘い噺でなく、目白系の噺を、丁寧に
教わるのを進めたくなる。三代目三木助師も『道具屋』など良いのだから。
◆3月17日 上野鈴本演芸場夜席「菊志ん~自分と先人に挑戦する九日間」
菊太楼『子褒め』/はん治『背中で老いてる唐獅子牡丹』/夢葉/一朝『強情灸』/左龍
(馬石代演)『壷算』//~仲入り~//燕路『薬罐舐め』/扇辰『道具屋』/ストレート松
浦(和楽社中代演)/菊志ん『九州吹き戻し』
★菊志ん師匠『九州吹き戻し』
一寸緊張気味だったのか、稍調子が硬かった。それに、あと五分長くても良いくらい
の尺。諸国の売女の名前を並べ立てる件はもう少し、水主頭の言葉に喜之助の混ぜっ
返しを入れさせたい。とはいえ、江戸へ帰ったらと喜之助が夢想を繰り広げる件のト
ントン運ぶ可笑しさは小満ん師とも違う愉しさがあり、嵐の描写にはリズムと心地好
さがある。落語慣れない観客の中には、ポカンとする人もいたろうが(今の寄席の主
任でこの噺を出せるだけで凄いのだが)、この噺本来の洒落た味わいを十分に抽出出
来た高座で面白かった。波静かな場面の「新曲浦島」の下座は尺も良いが、嵐の場面
の「碇知盛」の合方はもっと長く弾いても良いのでは?(確認したら、下座さんへの
連絡ミスとのこと)。出来るなら、風音に笛も入れたい(一朝師とまでは欲張らない
が巧い人の笛でね)。上方版『三十石』の演出にある楽屋からの群衆声があっても良
いな。最後、桜島に打ち上げられる件では大太鼓で「ドドン」と浪音を入れ、「百二
十里、吹き戻されました」でチョンと柝を入れて「九州吹き戻しの一席、まず本日は
これぎり」と納まる、つまり嵐から後は御趣向という雰囲気を徹底しても良かろう。
落語研究会で下座フル活動で演らせて上げたい演目だ。売り物になる噺だから。
★燕路師匠『薬罐舐め』
面白くなったなァ。侍のチャチャクリしてる所が喜多八師とは違う面白さである。侍
の「本当に治ったのか?」の呟きも抜群に可笑しい。
★扇辰師匠『道具屋』
「小沢一郎のバット」には笑った。勿論、扇橋師型、つまり三代目三木助師型だが、
与太郎に独自の味わいがあって愉しい。
★左龍師匠『壷算』
手に入ってきたのか、無理矢理爆笑にせず、独自の展開を作りつつある。中盤のダレ
場をちゃんと凌げる基本の確かさはさん喬師一門ならではか。終盤、瀬戸物屋が混乱
しながらの「いいよね、いいよね」のセリフが酷く可笑しいのも、そこまでの我慢が
活きている。
◆3月18日 第297回圓橘の会(深川東京モダン館)
翔丸『他行』/小圓朝『お花半七』/圓橘『近江八景』//~仲入り~//圓橘『文違い』
★圓橘師匠『近江八景』
先代小圓朝師が演っていたとは初耳。志ん朝師や橘ノ圓都師と比べ、短めである。易
者のそれらしい風なのと、占いを頼む男の間抜けさは愉しい。
★圓橘師匠『文違い』
圓生師型だが、シニカルさは余りなく、一方、お杉の切なさは圓生師にはなかった味
わい。角蔵も好色の気よりは自惚れた田舎者の間抜けさが勝つ。半七は少し怒り過ぎ
て怖いかな。芳次郎の二枚目声は流石だ。
★小圓朝師匠『お花半七』
言葉が稍あやふやだが、切れ場は独特で面白い。お花半七が掻巻に入る演出は初めて
聞いたが、古風で納得出来る。雷とは些か季節感は違うが。
◆3月18日 上野鈴本演芸場夜席「菊志ん~自分と先人に挑戦する九日間」
二楽/菊太楼『肥瓶』/はん治『子褒め』/夢葉/一朝『宗論』/馬石『粗忽の使者』//
~仲入り~//燕路『間抜け泥』/琴調(扇辰昼夜代わり)『芝居の喧嘩』/和楽社中/菊
志ん『お直し』
★菊志ん師匠『お直し』
湿り気がなく非常に面白い。菊志ん師は頭が良いなァ、見事に落語である。蹴転の客
を相手に、顎を引いて喋るかみさんの遣り取りが抜群で、職業的嵋態ではなく、「男
を蟻地獄のように誘い込む女性の本質的な演技」として、客を手玉に取ってみせるの
には脱帽。「女の人生は芝居だ」と感じさせる面白さは志ん生師にもなかった。松任
谷由美の『まちぶせ』だもん。「わァ、いるいる」「こういう誘い方するなァ」と感
じる可笑しさは同性の女性の方が分かるかも(男は騙されてる訳だから)。亭主がまた
子供っぽくて(似合う)、「男そのもの」で、「焼き餅じゃない!」と言い張るの理屈
の幼稚さが面白い。夫婦が仲直りするのも、かみさんの「自分の“好きだ”が常に主
導権を取っていたい。それを維持していたい」という、男女関係における女性の基本
的スタンス、権勢志向で亭主を手玉に取っているのが分る。客も亭主も同じなんであ
る。これまでの「夫婦の情」という、飽くまでも男側のロマンでなく、どちらかとい
えば同性愛者的な冷静さで夫婦関係、女性のしたたかさを捉えた可笑しさは独自だ。
★馬石師匠『粗忽の使者』
抜群。治右衞門の「ああいい」のM気質も可笑しいが、留っ子の指先をクチュクチュ
動かし乍ら(少しイヤラシイのがまた可笑しい)「指先に力量がある」という件、別
当の「誰も見ておりませぬ」、三太夫さんの「そんな間抜けな者などおらん」など、
セリフ・仕種に無駄がなく、キャラクターを表して余す所がない。馬石師の粗忽物の
可笑しさは先代馬生師系だな。
★一朝師匠『宗論』
一寸変えたのかな…以前はもっと小三治師的だったが、正朝師や玉の輔師の『宗論』
に近くなった印象。それでも形は崩れないから、カラッと可笑しい。
◆3月19日 上野鈴本演芸場昼席
燕路(玉の輔代演)『辰巳の辻占』/ホームラン/馬風『漫談』/喜多八『旅行日記』/ス
トレート松浦/雲助『肥瓶』//~仲入り~//ロケット団/正雀『紙屑屋』/琴調『度々平住込み』/
正楽/圓太郎『薮入り』
★圓太郎師匠『薮入り』
職人気質丸出しの親父と長屋の阿っ母ァそのもののかみさん、目玉のクリクリした子
供と揃えばまさに適した演目。夜中の会話、長屋の衆に熊さんがテレて素っ気ない
件、子供(割と静かでませ過ぎない)との遣り取りと、骨太に親子関係が描かれる。可
笑しくて切ない。三代目金馬師ほどの厳つい愛しさではないが、この世代では更に今
後に期待したくなる佳作である事は間違いない。
◆3月19日 真一文字の会(内幸町ホール)
一力『子褒め』/一之輔『五人廻し』/一朝『片棒』~仲間入り~//一之輔『紺屋高尾』
★一之輔さん『五人廻し』
江戸っ子の啖呵は大分粒が立ってきたが、最後がアンニャモンニャになっちゃった。
通人・官員・田舎者・相撲取りと、稲荷町型をベースに小三治師型を加味した展開だ
が、官員のウジウジしたり脅かしたりの口調の変化や、通人の「貴君と遊びやしょ
う」を喜助が受け入れたりする部分に工夫はあるが、「一之輔さん独自」とインパク
トを強める所まではまだ行かない。小三治師ネタ卸しの「二階を回しておる…偉大な
る、力だねぇ」のような凄さが一ヶ所くらいはそろそろあってもよい。
★一之輔さん『紺屋高尾』
竹之内嵐石先生と吉原へ向かってからの久蔵が殆ど与太郎みたいで感心せず。高尾
は、色気は薄いけれど悪くはない。故文朝師がそうだったくらいで、今時、珍しいく
らいに「そのまんま」の圓生師型がベースだか、誰から教わったのだろう?一朝師の
『紺屋高尾』はどんなだったかなァ。
★一朝師匠『片棒』
ハプニングゲストで、「一之輔さんを宜しく」との挨拶から噺へ。悪い訳がない(こ
んな事を書くのも恥ずかしい)。
3月20日(祝)、有楽町よみうりホールにて
「文化放送開局60周年記念落語会」が昼夜にわたって開催されました。
昼の部は「立川志の輔独演会」。
夜の部は「正蔵・たい平二人会」でした。
◆3月20日 文化放送開局六十周年記念落語会夜の部 正蔵・たい平二人会(よみうりホール)
※昼夜の会の夜の部を鑑賞。
はな平『壷算』/たい平『幾代餅』~仲間入り~//六十周年記念口上/正蔵『一文笛』
★たい平師匠『幾代餅』
細かいギャグは散りばめてあるものの、本筋は歪みなく、「恋の落語」になってい
る。清蔵が自らの正体を語り、思いを打ち明ける場面も湿潤に流れず、搗米屋の若い
職人の純情で言っているから、噺が陰気にならないのが中でも一番良い。全体に人物
の了見はマジだけれど、だからといって、たい平師の長所である「熱さ」をクドくは
感じない。「熱さ」が清爽に出ているから、幾代も美しく見えるのは結構なこと。
石井徹也(落語”道落者”)
投稿者 落語 : 22:34
2012年03月21日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年三月上席号
今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年3月上席号をお送りします。東京の桜はもうちょっと先になりそうですが、寄席の高座では「花見の噺」が聴かれるようになりました。ひとあし早い、噺の花見です。稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、怒涛のレポートをどうぞ!
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◆3月1日 池袋演芸場夜席
マジックジェミー/南なん『転宅』/桃太郎『歌謡曲を斬る』//~仲入り~//
チャーリーカンパニー(ひでこやすこ代演)/遊雀『粗忽長屋』/歌春『元犬』/うめ吉/圓馬『花見の仇討』
★圓馬師匠『花見の仇討』
三年続けて、三月~五月の池袋演芸場主任で聞くと次第に巧みになり、無駄が消え、
面白さ増して、噺がなだらかに愉しくなって来たのが分かる。特にこの噺みたいな
『八笑人』系お馬鹿江戸っ子噺は、「落語らしさ」が出るか出ないかで違って来る。
落語協会で言えば左龍師・甚語楼師的な存在になってきた。熊さんの仕切りたがりと
巡礼二人の腑抜けた可笑しさは愉しい。六部役の半さんと耳の遠い伯父さんの遣り取
りがまだ輪郭が弱いか。
※通常の演出だが、伯父さんと道で出会う必要があるのかな。六部役が独り者なら、
六部姿になって出掛けようとした所へ伯父さんが来ちゃう方が、巡礼兄弟役と侍の御
成街道の場面と雰囲気が被らなくて良いと思うが。しかも、伯父さんが花見に誘いに
来て勘違いするとかね。
★遊雀師匠『粗忽長屋』
普通~に演ってんだけど、一寸したひと言のリアクションが良いから可笑しい。『粗
忽長屋』で「巧いなァ」と思える人なんてェ者はそういない。
★チャーリーカンパニー先生
「葬儀屋」とでもいうべきか、酔っ払いが葬儀の道案内役と、呑み屋の客引きを間
違えるという、他愛ない話だが、言葉のもじり方が可笑しいのと、二人とも演技が巧
いので、かなり面白い。一寸クセになる可笑しさだね。
★桃太郎師匠『歌謡曲を斬る』
五年ぶりとのこと。アナクロなとこが酷く可笑しいのは留さん文治師の『歌劇の穴』
や先代文治師の『歌謡曲の穴』と同じ。市馬師と共演してる高座で聞きたい。
※「『一週間に十日来い』なんて、石井さんだって来ないよ!」(苦笑)に高座袖で吹
いてたのは遊雀師かな。
◆3月2日 池袋演芸場昼席
平治『幽霊の辻』/笑三『頭ン中カラッポ』//~仲入り~//章司/柳橋『金明竹』/
右紋『犬の目』/健二郎/寿輔『龍宮』
★寿輔師匠『龍宮』
上方の『小倉舟』、東京の『龍宮』というより、明治の改作『浦島屋』(小ゑん師で
聞いた事がある)に近い雰囲気。鳴り物入りで小拍子を使うアクセントの付け方は上
方原典のこの噺にはやはり効果的。龍宮へついた主人公が浦島太郎に間違えられてか
らは、『地獄八景』同様、龍宮の繁華街めぐりで『店版魚問答』みたいなもじりの連
続になる。龍宮城の宴会風景が少しあって、「グロテスクな烏賊と蛸が龍宮ではもて
る?」「スミに置けない」とサゲるから『小倉舟』『龍宮』の謂わば中盤までという
展開。分かりやすい可笑しさがあるだけに、時事ネタを増やしたい。
◆3月2日 池袋演芸場夜席
鯉津『転失気』/双葉『子褒め』/花/夢吉『越後屋』/南なん『探偵饂飩』
★南なん師匠『探偵饂飩』
この噺で「巧い」と感じさせるんだから畏れ入る。終盤、やや言葉が乱れたが、強盗
の恐気な雰囲気など、普段のとぼけた南なん師とは別人の趣がある。
◆3月2日 毎日新聞落語会「渋谷に福来る」SPECIAL「~落語フェスティバ
ル的な~“江戸暦/域”」(@渋谷区文化総合センター大和田内伝承ホール)
市馬『雛鍔』/一朝『二番煎じ』//~仲入り~//小柳枝『井戸の茶碗』/小満ん『居残
り佐平次』
★小満ん師匠『居残り佐平次』
稍箱が大き過ぎるが、初めて聞く唄が入ったりして、兎に角全部が真に結構な「粋の
見本の居残り」。佐平次の飲み食いの誂えの鮮やかで小綺麗なこと、盲の小せん師時
代の品川コンシェルジュといった風情だ。
★小柳枝師匠『井戸の茶碗』
落語協会にはいない、寄席主任サイズの早間の展開だが決め所のセリフには貫目があ
り、圓菊師の味わい、リズムを小柳枝師流に洗練した愉しさが堪能出来た。
★一朝師匠『二番煎じ』
寄席サイズに近い。何時に変わらぬ出来だが、今夜は見廻りの侍が殊に良かった。千
代田卜斎みたいな声で月番を問い詰めたかと思うとニッコリ笑って酒を呑む。頬をほ
ころばせて酒を重ねる表情が素晴らしい。
★市馬師匠『雛鍔』
サラッと寄席のスケサイズで、言葉なども収録を意識して省いたものがある。簡略な
分、了見が出過ぎて噺が重くなる弱味が出なかったのは結構。
※「江戸暦/粋」と銘打っている割には、純粋な江戸・東京育ちの演目が『居残り』
だけというのは合点が行かない(『井戸の茶碗』は講釈ネタなので「江戸・東京育ち
の落語」とは言い難い)。主催者の見識不足だろうか。
◆3月3日 毎日新聞落語会「渋谷に福来る」SPECIAL「~落語フェスティバ
ル的な~“大吟醸”」(@渋谷区文化総合センター内大和田さくらホール)
さん喬・雲助・権太楼『鼎談』/市也『牛褒め』/雲助『お見立』//~仲入り~//さん
喬『そば清』/権太楼『お化け長屋(上)』
★雲助師匠『お見立』
何時もと変わらぬ可笑しさで杢兵衛大尽の異様な泣き声、喜瀬川の冷淡、喜助の困惑
と揃っているのだが、入れ物が大きすぎて雲助師にイマイチ適さなかったのは残念。
伝承ホールで聞きたかった。
★権太楼師匠『お化け長屋(上)』
最初の借り手を怪談噺で追い返した後、古狸の杢兵衛と長屋の男の遣り取りが初めて
聞く演出で大爆笑。目白の絶妙な「それから?!」を権太楼師的に展開して、「(大
袈裟に怖がって)それから?!」「(大袈裟に怖がって)それから?!」と話の合間合
間に長屋の男が何度も聞き返す。これが物凄く可笑しい。目白も偉いが、それを展開
して爆笑シーンを作り出した権太楼師も偉い。イベント落語会で、目白型を展開した
新たな演出をぶつけてくる権太楼師の意気地が偉い。確かに最初の「それから?!」
は言い損なったが、直ぐに見事に立て直していた。
★さん喬師匠『そば清』
少し丁寧に演じて、何時に変わらぬ出来と爆笑。「好き勝手」に演じてるさん喬師も
凄いが、こうして観客のレベルまで下りてきた時のさん喬師がまた凄い。
※イベント落語会だから客席のレベルが高くならないのは仕方ない。
◆3月3日 第五回らくご・古金亭(湯島天神参集殿一階ホール)
駒松『道灌』/馬吉『湯屋番』/馬石『按摩の信心』(ネタ卸し)/馬生『百年目』//~
仲入り~//小里ん『お直し』(ほぼネタ卸し)/雲助『花見の仇討』
※自分が主催する会なので感想は無し。
◆3月4日 毎日新聞落語会「渋谷に福来る」SPECIAL「~落語フェスティバ
ル的な~“古典ムーヴ春一番”」(@渋谷区文化総合センター内大和田さくらホール)
辰じん『六銭小僧』/三三『明烏』/白酒『花見の仇討』//~仲入り~//喬太郎『おせ
つ徳三郎』
★三三師匠『明烏』
稍ハネ加減で、終盤の時次郎のシラッとした変身、嘘臭さを変えたのは結構なこと。
まだウブマジには見えにくいが。源兵衛・太助のヤクザ臭さも改訂された。翌朝の太
助の甘納豆など、言葉のギャグに動きの可笑しさを加味するようになってきたのは、
擬小三治離れには結構なこと。
★白酒師匠『花見の仇討』
勿論、この世代ではダントツに可笑しい『花見の仇討』である。とはいえ、昨夜、原
型の雲助師を聞いたばかりだから違いも良く分かる。熊さんと六さんのキャラクター
が出来ているのに比べ、金ちゃん半さんのキャラクターがまだ明確ではない。全体の
流れの中では、この点がまだ弱い。また、花見の場で敵討の趣向が始まった際、先代
馬生師風の、前に押し出され過ぎて刃と直面して怖がる野次馬を初めて聞いたが、昨
夜の雲助師の野次馬連中の見事な配置、役割分担に比べると造りの甘さが耳について
しまう。『抜け雀』の若い絵師と老絵師のレベルの差が歴然なんなのも仕方ない。
※先代馬生師や雲助師の落語は、登場人物が好き勝手に話をしていて、それがコミュ
ニケーションしたり、すれ違ったりする面白さから成り立っている。目白の小さん師
の落語でいえば「了見」で喋っている。そういう意味で言えば、先代馬生師、先代小
さん師、雲助師の落語は「チェーホフ的」ともいえるのだね。最初から終着点を決め
ていない面白さ、そこに生まれる可笑しさがある。それと比べると、今夜の三師は
「終着点を目指して登場人物が予定調和的に喋っている」という面が見えるのは単な
る世代差なのか?
★喬太郎師匠『おせつ徳三郎』
どうしても、一席物の悲恋人情噺にするなら、もう少し噺の展開に手を入れるべきで
は?親旦那が余り優しくない作りなのだから、身分差の葛藤から噺を解き放つなら
『ロミオ&ジュリエット』にするか、身分差を残して葛藤を納得させるには『春琴
抄』にするか…徳三郎が刀屋で絶叫すればするほど、「若さ故」でなく、
「自我・自尊への執着」となり、おせつ徳三郎の「恋」から離れてしまうと私には思えるのだ。
◆3月5日 宝塚歌劇団月組大劇場公演『エドワードⅧ世の恋』『霧のステイショ
ン』千秋楽(宝塚大劇場)
◆3月6日 新宿末廣亭夜席
右團治『やかん』/健二/圓丸『後生鰻』/小南治(伸治代演)『写真の仇討』/小天華/
栄馬『元帳』/圓輔『欠伸指南』//~仲入り~//昇乃進『大安売』/陽・昇/金太郎
『天狗裁き』/金遊『小言念仏』/扇鶴/夢太朗『死神』
◆夢太朗師匠『死神』
この三年程で新宿末廣亭夜主任だけで3~4回目になる。次第に主人公のキャラク
ターが明るさを増し、良い意味で図太くなってきた分、落語らしさは高まっている
(『図々しい奴』の主人公みたいな雰囲気あり)。力みが抜けてきたかな。今回は女は
一人で温泉巡りに出る設定でこれは初耳。穴も首を括ろうとした松の木の根元にあ
る。それだけに、穴の中に連れて行かれてから、主人公が急に弱気になるのが不自
然。
◆陽・昇先生
相変わらず陽先生のキレ方が凄く、放送しにくい新ネタからアフリカ地図へ入った。
いっそ、30分、トリで聞きたいくら可笑しい。
◆3月7日 『サド侯爵夫人』(世田谷パブリックシアター)
◆3月8日 宝塚歌劇団星組公演『天使のはしご』(日本青年館)
◆3月8日 「社団法人落語協会主催・春風亭一之輔真打昇進披露パーティー」
(帝国ホテル富士の間)
※結婚式以外、噺家さんの公式なパーティーに出るのは生まれて初めて。
※今週は結果的に三日に渡り、生の落語を全く聞けなかった。次第にストレスが溜ま
り、イライラして体調もおかしくなってくる。「生落語中毒」かな。
◆3月9日 上野広小路亭
左圓馬『笠碁』/京丸京平/茶楽『廐火事』//~仲入り~//右團治『垂乳根』/真理/
伸之介『真田小僧』/寿輔『龍宮』/健二郎/蝠丸『匙加減』
★蝠丸師匠『匙加減』
まとめ方、笑いの作り方が抜群。若い医者を脇役に回して、大家の達者さを主役に据
えて仕立て直し、おなみは全く登場させず、陰にしてある。講釈臭が殆どない、軽く
愉しい噺で、政談物より長屋物に近い。聞きながら、この師匠が『髪結新三』を演じ
たら、どういう落語になるのか?と思ったらワクワクしてしまった。
★寿輔師匠『龍宮』
この所、『龍宮』尽くしである。短期間にこなれて来て、寿輔師ならではの客弄りの
駆引きで笑えるが、『魚問答』や『地獄巡り』の芝居街と雰囲気が似てしまうのが気
になる。
★茶楽師匠『厩火事』
少し品の無いのがお崎さんに町育ちの可愛さを与え、「(台所には)したじのひとった
らしもねェんだから」というセリフの現すこまめさに髪結いの亭主らしい、人格の偏
り具合が鮮やかに浮かび上がる。『夕暮れまで』の伊丹十三の髪結い亭主を思い出し
た。フランス映画っぽいのだ。
★左圓馬師匠『笠碁』
先代可楽師匠系なのかなァ…余り聞いた事の無い型。「オッパイ」のセリフは入って
いるが全体が如何にも古風。
◆3月9日 談春アナザーワールド12(成城ホール)
春太『猫と金魚』/談春『黄金の大黒』//~仲入り~//談春『お若伊之助』
★談春師匠『黄金の大黒』
意外とテンポが遅く、調子も落語にしては硬いが(家元の得意ネタを演じるとそうな
りやすいみたい。『不動坊』の時と同じ口調で良いと私は思うのだけれど)が、吃音
気味の男の口上など馬鹿馬鹿しく可笑しい。鮨をわざと落としてせしめようとする男
も小狡さが談春師の愛嬌で嫌味にならない。大家がらしくない、というか大店の旦那
みたいである。
★談春師匠『お若伊之助』
こちらは調子が柔らかくなったのが印象的。入相の鐘を狸の化けた伊之助とお若の出
会いに配して春の夕暮れの雰囲気をくどくなく演出。頭と長尾一角の話の背景に桜を
散らせて風情と為し、頭と話す本物の伊之助に「桜はあやかしの樹と申しますから」
と言わせて怪異を匂わせ、狸が撃たれる途端に桜花が部屋に振り込む妖しさまで、演
出をかなり変えて噺の背景を改良したのは目出度い。一本の銚子に伊之助の恋心を描
いて(こういう雰囲気が出せるようになったのか)、話にロマンティックさを香辛料
として添えたのも悪くない。『紺屋高尾』の久蔵みたいな伊之助である。いっそ、伊
之助の執着がお若を訪ねる夢となり、それが狸として顕在化するくらいのゴシックロ
マンがあっても良い。半面、一昨年のアナザーワールドから愉しかった頭の可笑しさ
は抑えられ、落語らしいテンポは下がった。といっても、長尾一角は侍らしくなって
いる。終盤、衝撃でお若の原の児は流れ、夫婦と結ばれたお若と伊之助が狸の供養に
因果塚を立てる、という改訂は草食的カマトトセンチメンタルで、お局好みで、落語
としては甚だ詰まらない。談春師自身が高座で言っていたように「(狸の双子を死産
して因果塚に埋める従来の展開の方が」民話みたいでオレは平気」という感覚の方が
納得出来る。同時に、取材で聞いた伊丹十三監督の「ホラーはハイセンスなエンタテ
インメント」の言葉を盾に取るのは狡い論理だけれど、笑いを捨てて、グロテスクさ
を香辛料にしてしまうゴシックホラー・ロマンにするのか、民間伝承説話的落語に徹
して馬鹿馬鹿しく終えるのか、談春師の了見がまだ定まってない。「好き勝手」に演
らないで、最大公約数の芸をすると後悔するんじゃないかね。
※比ぶれば、志ん生師の「お客さんがあんまり“志ん生に逢いたい逢いたい”と思う
と、狸があたしに化けて・・・」というサゲは下らなく可笑しく、「怪異譚を落語に
引き戻す」という天才の傑作センスなのだな。
※「恋」が不要な噺という点では、『猫忠』を談春師で聞きたくなった。
※この噺、「狸の子を孕むのは気持ちが悪い」というなら、狸を「根岸の里に住む若
狐」に変えても、別に良いんじゃないの。『信田妻』の逆で、若い雄狐なら、二枚目
の伊之助に化けても違和感は少なかろう。葛の葉が安倍保名の子を孕み、人と狐の
ハーフを生んでおかしくないなら、お若が狐の子を産んでも構うまい。「狸の双子」
で生々しければ、それが見た目も人間の子として生まれ(私なら、目の光る、ラス
プーチンみたいな子にする)、伊之助が義父として育てる、というロマンになる。
『グイン・サーガ』だな(笑)。「時代に合わせて、否定はしな」いで変える意欲」
が演じ手側に不足し始めると芸は停滞する。「入相の鐘」「庭に散る桜」「桜は妖し
の樹」を考えだせるセンスがあるなら出来る筈である。
※「狐の子」に変える演出を何方かに提案してみようかな。二枚目の芸が必要だけれ
ど、現在、狐の得意な噺家さんといえば・・・。
◆3月10日 宝塚歌劇団星組公演『天使のはしご』(日本青年館)
石井徹也 (落語”道落”者)
投稿者 落語 : 22:20
2012年03月01日
石井徹也の「らくご聴いたまま」 2012年2月号
あっと言う間に過ぎ去った2月。寒さもようやく一段落し、春の兆しが見え始めたようです。 今回はおなじみ石井徹也さんによる、ごく私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の2012年2月号をお送りします。上席・中席・下席をまとめてUpしますので、気をシッカリ持ってお読み下さい!稀代の落語”道落者”石井徹也さんによります、怒涛のレポートをどうぞ!
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◆2月1日 新宿末廣亭夜席
小勝『風呂敷』/正楽/種平『お忘れ物承り所(上)』/小里ん『親子酒』//~仲入り
~//鉄平『権助提燈』/ホンキートンク/馬の助『動物園』:百面相/小團治『蟇の
油』/ペペ桜井(勝丸代演)/たい平『不動坊』
★小里ん師匠『親子酒』
稍堅いところはあるが、目白の小さん師の世界で、悠々と可笑しく、ちゃんと受けて
もいる。親父夫婦の遣り取りでは、かみさんがまた良い。
★たい平師匠『不動坊』
見事にショートカットして冒頭から改訂したサゲへ。「八代目可楽師みたいに受ける
所ばかりを巧く繋いで」と思って聞いていたら、屋根に上がってから、「おれはアン
コロって聞いたもん」と引き下がらず、徳さんと喧嘩を始める萬さんのキャラクター
が如何にもたい平師で凄く可笑しい。幽霊役の前座正八(これは昇太師の前座名昇八
のもじりかな)が何とか鉄さんと仕掛けを進めるけれども、これがまた、肝心の事は
何も聞いてない迂闊さで、四人の混乱をグレードアップさせる。正八が降りる途中で
折れたり伸びたりする仕種の巧さも独特で鍛えた動きなのが分かる。萬さんがお崎さ
んへの思いに涙ぐみ乍ら太鼓を叩き出すのも爆笑だが、萬さんの太鼓の代わりに鉄さ
んが物真似で「幽霊三重」をするのが「鶯の初音」になっちゃう辺り、特技を活かし
たギャグもまた可笑しい。吉はお崎さんといた寝床から出てきて、ひたすら怯えて幽
霊の裾を引っ張ると四人が落ちてくる、という展開も愉しい。サゲの「アンコロでも
火がつくじゃねえか」は少し苦しいが、元が男の嫉妬だから、「アンコロ餅じゃねえ
か?!」「いいや、焼きもち」というのはどうだろう。矢張り、もっと寄席・東京で
の落語会に出演を期待したい人である。
★鉄平師匠『権助提燈』
権助の皮肉さが、嫌な皮肉さでなく、ホノボノと鋭いので聞き心地が良い。「秀
逸」の一寸手前くらいの出来栄えだが、十分に面白い。
※言っては何だが、この夜席の番組はおかしい(いびつで無人である)。たい平師匠
の久々の末廣亭主任を潰すような、先代三平一門はともかく、それ以外に「悪意」さ
え感じる出演者の組み方がなされているのではないだうか。
◆2月2日 池袋演芸場昼席
龍玉『ぞろぞろ』/文雀『近日息子』/ペー/白酒『壺算』/伯楽『お花半七』/仙三郎
社中/喬太郎『初音の鼓』//~仲入り~//三三『雛鍔』/雲助 『持参金』/小円歌/ 馬
石『幾代餅』
★馬石師匠『幾代餅』
白酒師と同じ演出だが、雰囲気は全く違う。清蔵が犬のような眼差しをしたピュアな
感じで、恋患いもピュアさが勝つのと、幾代が綺麗に映るから、人情噺に先代馬生師
の可笑しさを色付けした印象になる。勿論、出来はなかなかである。落語としての面
を高める上では、親方夫婦のキャラクターをもう少し職人的に立てたい。
◆2月2日 池袋演芸場夜席
おじさん『平林』/志ん八『七福神オーディション』/左龍『野晒し(上)』/ホンキー
トンク/仲蔵『かつぎ屋』/花緑(たい平代演)『初天神』/小菊/権太楼『笠碁』//~仲
入り~//朝太『熊の皮』/正蔵(扇遊代演)『身投げ屋』/正楽/志ん輔『火事息子』
★権太楼師匠『笠碁』
目白の小さん師型をマンガにした愉しさがある。言えば、雰囲気が丸っきり旦那同士
でなく、職人同士の幼馴染みなのだが、「待ってくれないかな、ね?」とひと押しす
る「ね」に友情のしさがあるのが私は好っき!
★志ん輔師匠『火事息子』
鶴本の志ん生師⇒玉井の可楽師⇒田端の三木助師⇒家元と伝わった演出がベース(古
今亭としては先祖返りになる訳だ)。志ん輔師の芸は一昨年後半くらいから、明らか
に変わってきている。言葉数を減らして、「情」本位に噺を進める方向へ、志ん輔師
もシフトしているのではあるまいか。前回聞いた時同様、番頭が「勘当をされた若旦
那、徳三郎様で」を受けて親旦那が「やっぱり」という前後の遣り取りは良き人情を
語る噺に私が何故か感じる「耳奥が何かに満ちる感じ(こちらが自然と息を詰めてし
まいためだろう)」がある。語り終えた志ん輔師が少し首を傾げていたが、それは最
後で阿っ母さんが親旦那に怒り、それを受けた親旦那が稍強い泣きになったためかも
しれないが、クサ過ぎる訳ではない。志ん輔師の望む所からすれば、まだまだベスト
ではなかろうが、一朝師や雲助師と並ぶ現代の代表的『火事息子』になる魅力を感じ
させる高座だ。
◆2月3日 人形町市馬落語集(日本橋社会教育会館ホール)
市也『転失気』/市馬『厄払い』/市馬『締込み』~節分手拭い撒き//~仲入り~//市
馬『二番煎じ』
★市馬師匠『厄払い』
前回聞いた時同様、与太郎のフワフワ感は小三治師に近づくものだけれど、今夜は
時々、フワフワが硬くなったのは残念。先代柳好師みたいな与太郎がいずれ出来上が
るとは思うんだけどね。
★市馬師匠『締込み』
序盤、亭主が「嬶ァ、間男しやがった」と蒼くなるまでと、泥棒が隠れていた縁の下
から出てきてからは素晴らしいが、まだ夫婦喧嘩で亭主の調子が鋭く、「嫉妬」の了
見が出過ぎてしまうのが惜しい。「昔の事、一々覚えてやがって」など嬉しい工夫の
セリフも、調子が鋭いと愉しさが拡がらない。かみさんと泥棒は真に結構な物だか、
言えばリアクションを愉しくする間がまだ緩いのだ。
★市馬師匠『二番煎じ』
「さんさ時雨」を酔った旦那がタップリ歌う事で隠れ宴会の愉しさが拡がる。「旦那
衆にしては若いな」と、それまでは感じるのだが、「さんさ時雨」がその雰囲気を消
す。得意技を持っているのは強いなァ。夜回りの声と「さんさ時雨」は良き御景物。
とはいえ、御景物に頼るような高座ではない。見廻りの侍が名前を覚えてしまい、
「宗助」と言って酒を注がす可笑しさは昨年までなかったが、これも憮然たる表情の
侍だからこそ、余計に可笑しさが引き立つ。人物の了見を描き過ぎていない場合の市
馬師は、同世代以下では、やはり抜きん出た名手である。
◆2月4日 第19回赤鳥寄席第13回「平治おさらい会」(目白庭園赤鳥庵)
平治『鼻欲しい』/昇々『御面接』/平治『壷算』//~仲入り//~平治『うどん屋』
★平治師匠『鼻欲しい』
この噺と『おかふぃ』は平治師に現在は誰も敵わない。馬鹿馬鹿しくて、ちゃんと意
味が分かり、最後の奥方の見得などは渋くなく面白い。侍の「雉も鳴かずば射たれま
い」のセリフが単にマンガ的なのではなく、恬淡とした人柄を伴う辺り、余人と違う
繊細さが魅力だ。
★平治師匠『壷算』
簡略化した米朝師型かなと思ったら、枝雀師型ベースで権太楼師⇒南なん師経由だっ
た。フラの強い南なん師に比べ、人物全体が明るくまともで、意外と爆笑編でなく、
賑やかだが騒々しくはない。特に兄貴分と瀬戸物屋の遣り取りなど、派手目の目白の
小さん師といった、クドくない愉しさがある。権太楼師からの隔世遺伝かな。
★平治師匠『うどん屋』
華柳師の梅枝時代に稽古を受けたというが、姿形の輪郭が物凄く目白の小さん師に似
ていた。勿論、演出の細部は違い、うどん屋は目白型ほど酔っ払いに愛想を振り撒か
ず、憮然一寸前の対応をしている(当然、酔っ払いに「おめえ、如才ねェな」のセリ
フは無い)。路地を抜けて大通りへ近道する場面の雰囲気は圓輔師に近いかな。酔っ
払いは近年のこの噺では珍しいくらい鬱積がなく、ひたすら明るく、みィ坊の婚礼を
喜んでいる。目白型だと、あくまでもうどん屋がシテだが、平治師の場合、前半のシ
テは酔っ払いで、うどん屋がワキになるから(ある意味、平治師のうどん屋は夜商人
としての人物像がリアル)、うどん屋に愛想がなくても、嫌な遣り取りにならない(ワ
キだからリアクションの印象が軽いのだ)。長屋のおかみさんのひと言を挟んで、後
半もうどんを食べる男がシテで、うどん屋はワキだ。この、無言でうどんを食べる男
の輪郭は正に目白の小さん師で、明るくて暢気で実に愉しい。うどん屋をリアルなワ
キにして、江戸の夜を描く演じ方があるとは思わなかったので、一寸驚きつつ、感心
した。いずれは十八番になる噺。
◆2月4日 立川生志・林家木久蔵二人会“ブーとパーその2”「サタデーナイト・
ブーパー」(内幸町ホール)
ブーとパー「漫才」/生志『幇間腹』/ブーとパー「大喜利」/木久蔵『やかん舐め』
★生志師匠『幇間腹』
風邪で声の条件はかなり悪いが、それを時事ネタから切れネタまで多彩なギャグで補
い、生志師の『幇間腹』では可笑しさで今までのうち一番かも。
◆2月6日 池袋演芸場昼席
龍玉『道灌』/文雀『音曲風呂』(殆ど『色事根問』)/ペー/白酒『粗忽長屋』/伯楽
『替り目』/仙三郎社中/喬太郎『転宅』//~仲入り~//三三『しの字嫌い』/雲助
『身投げ屋』/小円歌/ 馬石『井戸の茶碗』
★白酒師匠『粗忽長屋』
行き倒れ現場にいる無責任な野次馬のセリフが抜群に可笑しい。勿論、八と熊の面白
さもグレードアップして、私が生で聞けた『粗忽長屋』では一番可笑しく愉しい。
「これぞ落語」という凄さがある。
★雲助師匠『身投げ屋』
他の人が演じると硬くなる雲助師演出が、御本人だと、どうしてこんなに可笑しいの
か、不思議でならない。
★馬石師匠『井戸の茶碗』
淡彩な中に人物表現の手堅さからくる面白さが浮かんでくる。高木の口調、清兵衛の
口調にも清々しさがある。反面、まだ手慣れていない雰囲気で、リズムが一定しない
のと、人情噺の影響か、人物のマジな部分が出過ぎて、落語離れする事が度々あるの
はのは課題。落語なんだから、全体はもっと柔らかくないとね。
★喬太郎師匠『転宅』
泥棒の感激が前ほどマジに出過ぎないので、無駄な圧迫感が噺から消えたのは目出度
い。
★伯楽師匠『替り目』
珍しくオチまで。かみさんが適当につっけんどんなのと、亭主の甘え方のバランス
が良い。うどん屋の海苔を炙る手付きは魅力あり。
◆2月6日 池袋演芸場夜席
花どん『金明竹』/才紫・志ん八(交互出演)『本膳』/左龍『浮世床・夢』/ホンキー
トンク/仲蔵『短命』/花緑(権太楼代演)『時そば』/小菊/たい平『明烏』//~仲入り
~
★左龍師匠『浮世床・夢』
余り演じない演目ではあるが、骨格が確りしているから、こういう噺のすっとこ
どっこいな可笑しさは安定感があるなァ。
◆2月6日 新宿末廣亭夜席
~仲入り~//鉄平『欠伸指南』/ホンキートンク/馬の助『権助芝居(上)』・百面相/
小團治『蟇の油』/和楽社中(勝丸代演)/たい平『明烏』
★たい平師匠『明烏』
池袋の仲入りで演じたのは稍簡略版。こちらはちゃんと寄席主任サイズ。ギャグは
色々あるが、それ以外の演出はさのみ手を入れている訳ではなく、用語など、非常に
気の配られた演出。源兵衛・太助はひたすらロハで遊びたい奴らで、ちょい悪の雰囲
気はあるが、根が間抜けなのは分かる愉しい二人。時次郎はもう少し「手弱男」を作
りこんだ上で、脇役にしてしまい、源兵衛・太助を主役にした方が更に良くなると思
う。ドラエモン口調の遣手は抜群に可笑しいから、もっと活躍させたて欲しい。
★鉄平師匠『欠伸指南』
最初の「朝湯の欠伸」で都々逸から念仏になる件が凄く良い。全体に平坦気味だが、
淡い面白さがある。
◆2月7日 池袋演芸場昼席
馬吉(交互出演)『元犬』/龍玉『子褒め』/文雀『鍬盗人~和歌三神』/ペー/白酒『親
子酒』/伯楽『噺家事情』(漫談)/仙三郎社中/喬太郎『幇間腹』//~仲入り~//三三
『不孝者』/雲助 『粗忽の釘(下)』/ホームラン(小円歌代演)/ 馬石『甲府ぃ』
★馬石師匠『甲府ぃ』
白酒師匠とほぼ同じ演出なのに面白さのベクトルが全く違う。この兄弟弟子の実力は
底が知れない!法華色を抜いた演出だが、爆笑編ではなく、人物造型の優れた面か
ら、ジワジワと面白くなる展開に感心する。特に、女の造型に優れた持ち味を活かし
て、豆腐屋のかみさんと娘お花の使い方の巧さ、良さは曾て聞いた『甲府ぃ』の中で
も傑出している。かみさんと亭主が善吉とお花を夫婦にする話をする件でも、かみさ
ん主導で、亭主は物分かりの良いのが真に味わい深い。お花の可愛さは絶妙。先代馬
生師型の『おせつ徳三郎』のおせつは馬石師なら出来るな。
★白酒師匠『親子酒』
目白型と全く違うのに、老夫婦の会話で爆笑に持って行ける凄さ。「うがつ」という
言葉の典型。凄まじい進歩である。
★雲助師匠『粗忽の釘(下)』
力まないけれど、テンションが高く可笑しい。下卑たような事を言っても下品になら
ず、落語の範疇に止まって面白いとこに、世話噺とはまた違う、雲助師の軽い噺の真
価がある。
※ケタケタと笑い乍ら、全く逆のタイプの噺、雲助師で『四千両』の「堀端」が聞き
たくなった。「おでん~燗酒ェ~、甘いと辛いィ~‥‥旦那ァ、なんと野暮な声じゃ
ございませんか」を雲助師で聞きたいのだ(小満ん師でも聞きたい)。『怪談嬉野の
森』の発端も聞きたいなァ。
★三三師匠『不孝者』
三三師のこの噺は、何度聞いても巧いのに感心する。色気を普段は感じない三三師な
のに、この噺の年増芸者金弥のヒヤッとして陰のある色気には毎回ゾクッとする。
★龍玉師匠『子褒め』
『道灌』『子褒め』と二日続いた軽い噺を聞くと、人物造型や雰囲気の表現、仕種の
手堅さ、巧さを感じる。特に赤ん坊を褒める件の可笑しさ!基礎がちゃんと養われて
いるから、笑わようとせずに笑わせる力がある。「海苔焼いて 三人の子に分かちけ
り」とは良く言ったもんだ。
◆喬太郎師匠『幇間腹』
若旦那のニッコリサディストキャラクターが深みを増している。リズムも喬太郎師独
自になってきて、明るいサディズムを愉しめる噺になってきた(この噺と『長屋の花
見』と『寝床』は同じ世界だな。喬太郎師の『長屋の花見』も聞いてみたくなる)
※客席にいた知人の「寄席落語ファン」が「この芝居は息が抜けない」と言っていた
が、今日は特に「五街道一門VS柳家精鋭タッグ(喬太郎・三三)」みたいな、超真
剣勝負で聞いててドキドキしちゃった(これで市馬師匠でもいたら、怪物的番組にな
る)。しかも物凄いのは、超真剣勝負なのに、ちゃんと「流れ」が分っていて、誰一
人として「独演会的な力み方」をしていないこと。プロの噺家さん揃いなのである。
また、伯楽師匠の漫談が息抜きになって、「流れ」が再活性化する(昨日の伯楽師匠
の『替り目』は息抜きでなく、真剣勝負の方。先代馬生師匠の本の取材の際、「後半
は演らない」と言ってた伯楽師匠が演ったんだもん)。「寄席の凄さ」を堪能出来る
興行で、特にこの昼席の観客になれた人は幸せだと思う。夜も顔ぶれといい、凄いん
だよね。こういう番組を一年の序盤に観せられてしまうと、「売れっ子」の顔だけな
らべた落語会には行く気がしなくなる。
◆2月7日 一之輔、レレレレレ、(国立演芸場)
宮治『幇間腹』/一之輔『粗忽の釘』//~仲入り~//ロケット団/一之輔『花見の仇
討』
★一之輔さん『粗忽の釘』
少し無理して伸ばしたみたいな印象で前半が長い。八がかみさんに惚れてる可笑しさ
や、かみさんが八の粗忽ぶりを面白がっている可笑しさはあるのだが、終盤の「ホイ
~ホイ~」まで、それが炸裂しない。先代柳朝師の見事に潔いテンポを取り入れた方
が、より爆笑編になると思うが。
★一之輔さん『花見の仇討』
こちらも間の取り過ぎは感じるが、演出を変えて面白さは増している。稽古の場面は
稍丁寧な、焦らす可笑しさに乏しい。ここでボケて、後半の本番はハプニングだらけ
でないとリアクションが同じになる。巡礼役の片方(今回は松さん)が、刀の重さに泣
き出すのは元々、誰の型だっけ?助太刀の侍の言うまま、泣き顔の松さんがキレて熊
さんに斬りかかる可笑しさは遊雀師に近い雰囲気。キャラクター作りでは、松さんの
弱々しく物が覚えられない可笑しさが全体をリードしているか、対照として、浪人役
の熊さんの「仕切りたがり」をもっと強調したい。
★宮治さん『幇間腹』
来月から二ツ目とはいえ、これだけ手を入れて笑いを作れる才能は得難い。一八が登
場してからは屈折した芸人キャラクターが非常に可笑しく、噺の空間も拡がるが、序
盤の若旦那一人の件のテンションが低い。若旦那が鍼の試し打ちする猫を豚に変えて
はどうだろう。先代馬風師のギャグに「座敷豚」ってのがあったが、宮治さんにはそ
の方が似合う。鍼で殺害した座敷豚を若旦那がお茶屋の座敷で酒の肴にするくらい飛
ばしても今は大丈夫だろう。
※『花見の仇討』を聞いていた感じたが、浪人に分する熊さんのモデルに宮治さんは
ピッタリ。落語国の熊さん顔なんだな。これは得難い。
◆2月8日 月例三三独演(国立演芸場)
市江『鮑熨斗』/三三『試し酒』//~仲入り~//三三『お花半七』/三三『雛鍔』
★三三師匠『試し酒』
二度目に久蔵が部屋に入ってきた時、頭の上げ方で酔っているのが分かるのには舌を
巻いた‥が、酒を飲みだしたら、酔いの程度が定まらず、醒めたり酔ったりなのに呆
れた。一杯目から呑む時に音をさせていたが、目白の小さん師系ではないのかな?あ
と、酒を呑まない人の酒呑み噺の弱味で、呑みだしてから陰気になったのには驚いた
な。珍しいよ、『試し酒』の陰気なのは。
★三三師匠『お花半七』
冒頭の親旦那と半七の遣り取りは『六尺棒』みたいな雰囲気の入り方。全体にギャグ
を増やして、おやかし気味にしたから可笑し味が強まった。お花の白い脚を見て半七
の「ゴックン(音)」には大笑い。
★三三師匠『雛鍔』
植木屋のパニック症候群みたいな性格がひたすら可笑しく、金坊のわざとらしい子供
ぶりのタチの悪さも似合う。人物の「普通の性格」や了見には凡そ頓着しないシニカ
ルな構成だから、植木屋と旦那の遣り取りも市馬師のように重くならない。ニンにあ
る噺だな。旦那の「(おかみさんは)お屋敷勤めで羊羮の蓋を舐める」には笑った。
◆2月9日 池袋演芸場昼席
仙三郎社中/喬太郎『抜け雀』//~仲入り~//左龍(三三代演)『棒鱈』/雲助 『権助
魚』/小円歌/ 馬石『火事息子』
★馬石師匠『火事息子』
彫物の柄である「九紋龍」を「くもんりゅう」と言ったのには驚いたが、全体的には
佳作。稍、母親が泣き過ぎるとは思うが、倅・藤三郎の顔を見た際の嬉しそうな表情
が如何にも優しく、親旦那を振り切る辺りも烈婦にならず結構。若旦那は二枚目に見
えるのが強い。「阿父っつぁんだって“ひと言、あいつが謝れば許す”と言ってる」
も納得の代弁。親旦那の前で若旦那が殆ど口をきかないのは特色不足。親旦那はまだ
若いが、これは得意ネタになりそう。脇役の番頭が、目塗りが怖くて腰が浮いた可笑
しさや宙ぶらりんの仕種の面白さは素晴らしい。
★喬太郎師匠『抜け雀』
何だか妙にテンションが急上昇したり、急降下(鬱ほどではないが)したりしてい
たのが不思議。テンションが上がると、新作の場合と違い、人物像がやや平坦になる
か。全体としては面白かったけれどね。雲助師匠一門勢ぞろいの中で『抜け雀』を出
したせいとも思えない。なんだろう?
◆2月9日 談春アナザーワールド11(成城ホール)
春樹『湯屋番』/談春『源平盛衰記解説』//~仲入り~//談春『夢金』
★談春師匠『源平盛衰記解説』
家元追慕の一席だが、解説と談志ファンとしての思いに止まる。言葉や人物名の間違
いが多いのも、追慕としては残念。「コピーを期待する談志教信者への決別」になれ
ば良いのだが。
★談春師匠『夢金』
部分的に志ん朝師の演出も入っているのだね。何となく、前席の「家元追慕」を引き
摺ったみたいで、テンションが低かった。熊は以前より談春師らしい愛嬌が増して、
魅力を高めている。半面、侍を破落戸にしないと悪党に出来ないのは弱味。御家人か
浪人にしても、侍らしさ皆無で、這出しが素人芝居で定九郎演ってるみたいじゃ魅力
がない。一人でみんな想像させるのが落語で、テレビの時代劇の安い役者じゃないん
だから。
◆2月10日 池袋演芸場昼席
志ん公(交互出演)『六銭小僧』/アサダⅡ世(ダーク広和代演)/龍玉『駒長』/文雀
『探偵うどん』/ペー/白酒『笊屋』/伯楽『粗忽の釘(下・我忘れまで)』/仙三郎社中
/喬太郎『小政の生立ち』//~仲入り~//三三『しの字嫌い』/雲助 『辰巳の辻占』/
小円歌/ 馬石『柳田格之進』
★馬石師匠『柳田格之進』
ショートヴァージョン。演技的には芝居になり過ぎず、萬屋・柳田の人となりも現せ
ており、お絹にも侍の娘らしさがある。とはいえ、殿様拝領の刀を娘の代わりに売っ
て、家名の汚れを防ぐ展開で「武士道」と二度、三度、口にするのは、却って「侍心
の欠如」を耳立たせてしまう。町人の了見で成り立たないという事は、『阿部一族』
などを読んで考えた方が良いと思う。
★伯楽師匠『粗忽の釘(下)』
「我忘れ」のサゲは東京では非常に珍しい。伯楽師で『粗忽の釘』を聞いた記憶は今
までないが、サラッと馬鹿馬鹿しくて、適当に下世話で結構な出来である。
★龍玉師匠『駒長』
前半の喧嘩と、長兵衛が酔ってしまう件の馬鹿馬鹿しさが改善されて、噺に可笑し
味が出て来たかな。
◆2月10日 池袋演芸場夜席
半輔『やかん』/志ん八(交互出演)『牛褒め』/左龍『棒鱈』/ホンキートンク/仲蔵
『長屋の花見』/たい平『干物箱』/小菊/権太楼『幽霊の辻』//~仲入り~//朝太
『壷算』/扇遊)『努の酒』/正楽/志ん輔『愛宕山』
★たい平師匠『干物箱』
稍ショートヴァージョンとはいえ、部分的な可笑しさが連続して行かなかったのは、
噺全体のテンションが些か低めだったからか(浸潤主任の不入りが応えているのか
な?)。十分に可笑しくなる筈の噺なんだけれど・・・。
★権太楼師匠『幽霊の辻』
勿論、十分に可笑しい上、「この男が堀越村から帰ってきて血みどろの惨劇になる
という、続きになるんですが、それは来年演ります」という初耳のサゲに大笑い。
★志ん輔師匠『愛宕山』
志ん輔師の『愛宕山』を始めて聞いてから30年になるが、最後に一八が着地した瞬
間の迫力はこれまでに聞いた中で最高。こういう瞬発力が若い頃からの魅力だ。一八
が飛び降りられず「気持ちは飛んでいるのにィ」と崖っぷちで身悶えする辺りからが
良く、谷底に落ちて小判を集める欲の現れ方、小判を手に入れた浮かれ方が愛嬌を伴
うのが素敵に愉しい。縄を綯い始めてボヤくのが、芝居のセリフか義太夫の詞章みた
いになるのも結構な工夫である。半面、前半は軽快さに乏しい。旦那も洒脱さが定
まっていない。毒蝮三太夫さんが家元を線路に突き落として、上がってきた家元と
「何すんだ!」「洒落だよ」「死んじゃったらどうすんだよ!」「洒落の分からない
奴だって言うよ」と遣り取りしたエピソードがあるけれど、『愛宕山』の旦那はそう
いう感覚の人じゃないかしら。また、小判を二十両、谷の深さを三十尋と変えていた
が、これは嘘でも三十両と八十尋でないと噺がスケールダウンすると思うので賛成し
かねる。
-----以上、上席------
◆2月11日 第七次第一回圓朝座(お江戸日本橋亭)
玉々丈『権助魚』/馬桜『怪談牡丹燈籠発端~刀屋・新三郎の夢』//~仲入り~//白
鳥『普段の正拳(下)』
★白鳥師匠『普段の正拳(下)』(こういう題名になったらしい)
稍刈り込まれ乍ら、主人公の思いの切なさが滲みる噺で、それに馬鹿馬鹿しいサゲが
付く。天才ぶり躍進中。ヒロインが「白金生まれ、白金育ち」ってのは初めて聞いた
が、時代設定からいうと「成城育ち」「六本木育ち」の方がグレードはまだ高かった
筈だが(白鳥師より六~七歳上の白金生まれ、白金育ちの私としてはそう感じる)。
★馬桜師匠『怪談牡丹燈籠発端~刀屋・新三郎の夢』
圓生師的なメリハリでサラサラと演じた印象。若手の稽古向きで、喬太郎師のように
「演者の体臭・感覚」が感じられないのが弱味。「千家十職」にならないんだな。
◆2月11日 鈴々舎馬桜独演会(お江戸日本橋亭)
玉々丈『牛褒め』/馬桜『らくだ』//~仲入り~//馬桜『亡き人を偲ぶ』
★馬桜師匠『らくだ』
本人も次の高座で言っていたが、前半は昭和50年代までの家元のコピー。後半は六
代目松鶴師や先代小染師の演出を取り入れたもの。レプリカントとして丁寧な出来だ
が、上なぞりの感が強い。
★馬桜師匠『亡き人を偲ぶ』
家元の思い出話だが、どちらかと言えば、前座から二ツ目時代の思い出話・エピソー
ドが中心。
◆2月11日 池袋演芸場夜席
圓『近日息子』//~仲入り~//ひでややすこ/蝠丸『死ぬなら今』/桃太郎『大安売』
/正二郎/柳橋『蒟蒻問答』
★柳橋師匠『蒟蒻問答』
芸術協会独特の簡略型の構成。六兵衛が和尚に化けてそっくり反る場面、そのプレー
リードッグの立ち姿みたいな可笑しさがステキに馬鹿馬鹿しい。八五郎の能天気と択
善の硬さもちゃんと出ているが、惜しむらくは、会話になると、終演時間厳守でス
ピード重視になり、声が小さくなってしまう(多分、小柳枝師譲りか経由だと思う。
口調が速くなると声の小さくなる短所が似ているから)。
★蝠丸師匠『死ぬなら今』
キッチリと受け続ける構成力に感心。閻魔大王が袖の下を貰って右肩上がりになる場
面での案山子みたない格好の可笑しいこと。茶屋で赤螺屋吝兵衛が頼む「六甲の美味
しい死に水」や「血の池袋演芸場」の愉しさは相変わらず。『地獄八景』的な言葉遊
びは噺家さんの大事な基礎能力だね。
◆2月12日 さん喬喬太郎親子会(IMAホール)
つる子『垂乳根(上)』/さん弥『もぐら泥』/さん喬『肥瓶』/喬太郎『ハムバーグが
出来るまで』//~仲入り~//喬太郎『粗忽長屋』/さん喬『心眼』
★さん喬師匠『肥瓶』
珍しい完演。スイスイサラサラ、目白風に演じて、キレが良く、クドくなく面白いの
は流石だ。
★さん喬師匠『心眼』
最後の梅喜の笑いが変わって、最後が稍明るくなったのは救いがある。山の小春が梅
喜に惚れている話を上総屋がしないのも残酷さを薄める。お竹と山の小春は今、誰が
演っても似ちゃうなァ。
★喬太郎師匠『ハムバーグが出来るまで』
終盤、昇が少し怒って、里美が謝る遣り取りは初めて聞いたかな。このセリフが入る
と、里美が去ってからの空虚さが些か解消されて、「人参って美味いんだ」のサゲの
示す昇ちゃんの変化が一寸だけ明るくなる。
◆2月12日 池袋演芸場夜席
マジックジェミー/金遊『千早振る』/左圓馬(圓代演)『二番煎じ』//~仲入り~//ひ
でややすこ/蝠丸『履き物屋裁判(正式題名不詳)』/桃太郎『桃太郎』/正二郎/柳橋
『代り目』
★柳橋師匠『代り目』
前半俥屋をからかって亭主が家に入るまでが可笑しく、中盤の夫婦の遣り取りが一寸
中弛みした。かみさんの「戴きましたよ」の「よ」が強くて邪魔なのだ。かみさんが
おでんを買いに出たと思い、亭主が泣き出してから盛り返し、鍋焼きうどん屋と亭主
の遣り取りは実に軽妙で愉しい。うどん屋が去ってから、「新内流しが聞こえる」と
亭主が話してから、都々逸を口ずさみ始めるが、これも軽くて結構なもの。特に「夜
の夜中にふと目を覚まし、今日か明日かが分からない」は受けた。やはり、落語らし
い巧さと愉しさのある師匠だ。
★蝠丸師匠『履き物屋裁判』(正式題名不詳)
金語楼師匠の無名作とのこと。履き物屋の学問に凝った若旦那が弁護士になりたいと
言い出し、家業を継げという親旦那の前で「履き物屋が番頭に乗っ取られた事件」の
裁判を始める、という展開。もう少し擽りが増えれば、という試作段階。
★金遊師匠『千早振る』
「千早ふる」の歌の仕込みが変だったが、あとは真に軽いリアクションの可笑しさ
と、浪曲になる件の声の大きさ、節の抑揚のちゃんとしている所など、ジワリジワリ
と愉しい。
◆2月13日 池袋演芸場夜席
金遊『千早振る』/圓『鹿政談』//~仲入り~//Wモアモア(ひでややすこ代演)/蝠丸
『金婚旅行(『銀婚旅行』改訂版)』/桃太郎『唖の釣』/正二郎/柳橋『ねずみ』
★柳橋師匠『ねずみ』
この演目を柳橋師匠で聞くのは柳橋襲名興行初日以来かな。スイスイ、全く溜めずに
話すから、卯兵衛の回想が辛気臭くならず、甚五郎の職人らしさも活きる。最後、鼠
に語りかける甚五郎の言葉のサッパリと情のある良さ、鼠の「虎?猫かと思った」の
簡略でドッと受ける良さ。明らかに成長している。言っちゃあ何だが、落語協会にい
たら「寄席名人候補」の一人だ。
★蝠丸師匠『金婚旅行』(『銀婚旅行』)
故・圓右師が演じていて、今も右左喜師たちが演じる『銀婚旅行』を金婚式の夫婦に
置き換えた。金婚式くらいの方が奥さんが素っ裸で宴会に飛び込み、余興のストリッ
パーと間違えられ件から生臭みが取れて可笑しさも増す。ギャグも工夫してあり、演
出力と口演力が分かる。演目は差別しちゃいかんね。
★金遊師匠『千早振る』
少人数だけれどお客が良かったから、受けるべき所でちゃんと受ける。ちゃんと演じ
ているから。
★桃太郎師匠『唖の釣』
遂に、この噺にも唄が入った(笑)。与太郎も七兵衛も調子を張ってリズムのある件
は馬鹿に可笑しい。引いた、桃太郎師独特の駄洒落的な間になると受けにくい。筋物
はやはりリズムが必要という事か。マクラに振った桃太郎師の「噺家になるまでの半
生」を七兵衛に「自身の半生」として語らせたら、桃太郎師らしい可笑しさが増すの
ではないだろうか。
※Wモアモア師匠も面白く(新ネタかな)、正二郎師匠の太神楽曲芸は若手では相変
わらずピカ一だし、圓師匠の短縮版『鹿政談』も見事なものと、終わってみたら、全
員面白かった。「寄席落語ファン」としては幸せな一夜。観客は僅か15人前後だっ
たが拍手の音が違ったのも当然。
◆2月14日 WAZAOGI落語会「通ごのみ“扇辰・白酒二人会”」(日本橋社
会教育会館ホール)
辰じん『道具屋』/白酒『萬病圓』/扇辰『心眼』//~仲入り~//扇辰『紋三郎稲荷』
/白酒『明烏』
★扇辰師匠『心眼』
収録なので言葉の制限あり。稍暗くアートな面を強めたか。梅喜が月見とろろを食べ
たりする件は笑いを意識したかもしれないが、逆にこの噺の残酷な面を強める気がす
る。小春が駆け寄る息遣いは独特だが、お竹と小春の違いがより曖昧になってもい
た。
★扇辰師匠『紋三郎稲荷』
安定感ある愉しさ。調子を張り気味で山崎平馬の調子に乗る様子が明晰に描かれてい
た。
★白酒師匠『萬病圓』
侍の悪ふざけ性質、町民小馬鹿感覚を強めながら、噺自体の古めかしさ、いかつさを
消してきたのは生半な腕ではない。侍のキャラクターの立ち方が三代目金馬師等と明
らかに違うので、笑いが新しくなった。
★白酒師匠『明烏』
春近く「蝶々の時次郎」ヴァージョン。各キャラクターはある程度固まっているが、
時次郎が貸座敷の二階で「一年生になった~ら」と口ずさむのは初めて聞いたが「可
笑しい言葉」であると同時に「キャラクターを出す言葉」「うがつ言葉」を選び出す
センスには驚嘆する。また、オタオタする、泣きじゃくる、困る、呆れるといった仕
種のマイム的なフォルム、リズムの的確さは古今亭本道とはいえ真似手がない。あ
と、浦里がしとやかなだけでなく、だいぶ色っぽくなってきたのも印象的。
◆2月15日 第三十回新文芸坐落語会「“市馬・志らく 二人会”」(新文芸坐)
市也『元犬』/志らく『長短』~『時そば』//~仲入り~//市馬『二番煎じ』/市
馬・志らく「対談 懐メロ談義&家元追悼」
★市馬師匠『二番煎じ』
「宗助さん、有難う」と見廻りの侍が言ったのは受けたが、前回の「宗助、注げ」よ
り丁寧過ぎて一寸変。会場のせいで音が伸びなかったのは残念。
★志らく師匠『長短』
無駄の多い長さんとせっかちな短さんの噺。こういう友情もありうると納得出来る
し、無駄口の多い奴には焦れるから、可笑しさに実感を伴う爆笑編。
★志らく師匠『時そば』
最初の男のお世辞、二番目の男の困惑、二番目のそば屋の摩訶不思議なキャラクター
設定と、可笑しさは堪能出来るのに、落語ファン向けの解説を入れて世界を狭くし
ちゃうのは(サービス精神旺盛としても、対象が狭い)、家元の呪縛か家元への追悼
か。目白の師匠への尊敬も感じるけれど、テレにしても量が過剰だな。
◆2月16日 浅草落語番外地Vol.8(ことぶ季)
喜多八『子褒め』/正蔵『狸の札』/喜多八『藥罐舐め』/~仲入り~//正蔵『悋気の
独楽』/はな平『蒟蒻問答』(二ツ目昇進杵トリ)
★喜多八師匠『子褒め』
「二人とも前座噺を演る」と当日、喜多八師が突然言いだしたとかで、喜多八師の
『子褒め』を聞くのは前座時代以来かなァ。開演前に浚ったとかで(笑)、スイスイ
演っていたけれど、そこが久し振りらしく、リアクションが今の喜多八師のものでは
ない。でも、良き御景物なり。
★喜多八師匠『藥罐舐め』
癪の治った御内儀の色気が更に強まっただけでなく、それを見ていた侍の表情に、
ちゃんと「御内儀の美しさに見惚れている」という変化が現れるようになった。こう
いう形に進化した『藥罐舐め』は初めて。可笑しさに色気のプラスアルファがつい
た。
※今夜の『藥罐舐め』を聞いていて思ったが、この噺は「藥罐に似ている物」を頭以
外に置き換えるとバレになる色気を秘めているんだな。聞きながら、西郷隆盛の大○
○伝説をふと思ったのである。
★正蔵師匠『悋気の独楽』
リズムを溜める訳ではなく、リズムの中で旦那の好色、妾の本妻に対する嫉妬と優越
感を加味して、人物像をさりげなく出した。山本進氏のサジェストによるものだそう
だが、言われたからって直ぐに出来るものではない(正蔵師の場合、寧ろ「出来たも
のを定着させる」のが課題)。勿論、これ以上、芝居をしては圓生師的なクドさが出
る危険性もあるから、用心は必要だが、落語としてのレベルが明らかにまた一段階上
がった。
★はな平さん『蒟蒻問答』
喜多八師が「二ツ目昇進記念にトリを取らせてやろう」と配慮して(酔ってだそうで
ある・笑)下さったとのこと。噺のテンポの速い分、やや上ずる所もあるが、溜めず
に人物の基本が出るし、噺の骨格、落語らしい笑いの作りがある。特に調子を張ると
若い頃の市馬師や南喬師に似ている(声がまだこもるのは惜しい)。割と目白の小さん
師系の「眠り眼」の芸風だが、問答になって、六兵衛と択善の目が俄然活きるのには
感心。その他、視線の使い方が非常に丁寧で、「大器」の可能性を感じさせる。
※先日のたこ平さんの『鼠穴』といい、今夜のはな平さんの『蒟蒻問答』といい、正
蔵一門には精鋭が揃いつつある。正蔵師、たい平師、たけ平さんと並べると、新根岸
一門は「本筋」に変身したのに感心する。
◆2月17日 池袋演芸場昼席
Wモアモア/枝太郎(米福昼夜代り)『不動坊』(たい平師型)/鯉昇『千早振る・モンゴ
ル編』/うめ吉/笑遊『くしゃみ講釈』
★笑遊師匠『くしゃみ講釈』
益々強烈な寄席の爆笑落語。講釈師の顔が歪んで「柳家金語楼」、「本多、本多、本
多、ほんだらほだらかほ~いほい」には笑った笑った。くっだらなさの天才かも。
◆2月17日 池袋演芸場夜席
鯉和『好きと怖い』/小痴楽『道灌』
★小痴楽さん『道灌』
しばらく見ないうちに確りしてきたのに驚く。髪型は兎も角、『道灌』の骨格も確り
してきたし、嫌みにならないくすぐりを入れて少ないお客でも笑わせたのは偉い。
◆2月17日 <噺小屋スペシャル>『如月の三枚看板』(銀座ブロッサム)
辰じん『道灌』/扇辰『夢の酒』/文左衛門『竹の水仙』//~仲入り~//喬太郎『死
神』
★喬太郎師匠『死神』
少し短め。最後も余り「死ぬよ」で引っ張らないので、くどくないのが却って良かっ
た。但し、さん喬師匠の演出と比較すると、従前の演出の「誰が主役なの?」という
違和感が解消はされていない。
★扇辰師匠『夢の酒』
扇辰師にしては、稍派手目の演出だが、若いかみさん・お花が如何にも可愛いのが良
い。蕾の色香があり、それが夢の中の女の年増の色気と対照になる。親旦那が夢の中
でクドく酒をねだらぬ中に、お花が起こすのも真に味わいが良い。
★文左衛門師匠『竹の水仙』
甚五郎の、先代柳朝師みたいに威勢の良い職人ぶりが真に愉しい。大杉屋亭主の気弱
さも、文左衛門師らしい繊細さで、重くなり過ぎない。細川家家臣・上田馬之助の馬
鹿馬鹿しさがコメディリリーフになる。兎に角、全体の運びが明るく、適当な「情
感」を伴うのが愉しい。
◆2月18日 春風亭昇太独演会「昇太のらくごin日本橋」(日本橋三井ホール)
昇太「前説」遊雀『悋気の独楽』/昇太『時そば』/昇太『浮世床』//~仲入り//~
★昇太師匠『浮世床』
芸・碁・将棋・講釈本。二ツ目時代以来の演目で、今年に入って二回目の口演とのこ
と。まだ、昇太師らしい手が殆ど入っていないので、芸~将棋は笑いがイマイチ。講
釈本になると昇太師らしさが出てくるだろう。『くしゃみ講釈』が聞きたくなる講釈
本。
★昇太師匠『時そば』
十八番だから可笑しいのは当然だが、今回は枝雀師匠の噺の作り方に似ているのを感
じた。
★遊雀師匠『悋気の独楽』
邪魔にならない、寄席サイズの押さえた演出だが、この会の客層では遊雀師匠らし
い巧さと可笑しささを十分に発揮した「押す演出」で行かないと笑わないし、遊雀師
匠自身が噺家さんとして評価されない。ちと、主役を立てて、遠慮しすぎで勿体な
い。
◆2月18日 雲助月極十番其之拾番(日本橋劇場)
市楽『弥次郎』/雲助『二番煎じ』//~仲入り~//雲助『明烏』
★雲助師匠『明烏』
掛け違いもあって、久し振りに聞く演目。演出は今風の笑い中心ではないから、親父
と時次郎の序盤は雰囲気が稍硬いが、源兵衛・大助が本役で、時次郎をボンヤリ待っ
ている初登場場面の風情以降、貸座敷の二階で泣きべそをかいている時次郎を横目に
無言で盃を口に運ぶ表情、翌朝のボーッと「おはよう」と言う表情、「朝の甘味は乙
だね」を全く当て込まずに言うセリフ廻しの良さと(これは出来ないよ。素だからこ
そ、振られた可笑しさが堪らなく可笑しい)、立て続けに素晴らしい。浦里が見事に
女郎ならではの後朝の口調なのも(浮世を知ってる女になる)一寸真似手があるまい。
大抵はお嬢さんみたいになっちゃうんだ。小満ん師匠の花魁部屋の色香、小里ん師匠
の時次郎の可笑しさと並ぶ、私の聞いた『明烏』の三幅対。時次郎が遣り手の手を跳
ね退ける仕種(白酒師の演る仕種の原型)は、昔の高座では印象になかったが(こちら
にそこまで見る目が無かったんだなァ・反省)、凄く可笑しい。先代馬生師は、この
仕種は演ってたっけな?
★雲助師匠『二番煎じ』
唸る。一朝師匠と双璧の『二番煎じ』である。月番・謡師匠・上方者・鉄火といった
夜廻りの人々を的確に演じ分けながら、寒さ・江戸の夜らしさを描き出す。高田先生
の猪を食べる口元が入れ歯っぽい可笑しさなど、動きの細部が巧みであり、目立ち過
ぎない。また、見回りの侍のひと癖ありそうな、しかも侍らしい面白さはない。半
ちゃんの吉原で夜廻りをしていた時に再会した女が後のかみさんで、先に死に、名前
が左の二の腕にある、という件は何度聞いても良い。「母の名は親父の腕に萎びて
い」の江戸川柳そのまんまの世界が出る。
※二席の出来栄えのバランスから言って、「十番」の最終回に相応しい、ハイレベル
な会となったのは目出度い。さん喬師匠、雲助師匠、一朝師匠、権太楼師匠の四師匠
を「現代東京落語界の四神剣」と賞するべし。
◆2月19日 新宿末廣亭昼席
米丸『手術話』(漫談)//~仲入り~//平治『進藤盛衰記(漫談)』/東京ボーイズ/夢
太朗『禁酒番屋』/壽輔『老人天国』/ボンボンブラザース/可楽『甲府ぃ』
★可楽師匠『甲府ぃ』
「面白くないからストーリーだけ聞いてって」と謙遜していたが、昔より先代可楽師
に似てきて、ぶっきらぼうな口調と他愛ない笑いの中に慈味を感じるようになった。
◆2月19日 「心技体」vol.13(なかの芸能小劇場)
辰じん『手紙無筆』/扇辰『三方一両損』/彦いち『卒業文集』(正式題名不詳)//~仲
入り~//喬太郎『人情噺風提燈屋~館林』
★喬太郎師匠『人情噺風提燈~館林』
「昇太師匠に“喬太郎さんは何でも人情噺に出来る口調を持っている”と言われたん
ですが、落語を人情噺風に演ってみましょうか。何かリクエストありませんか?」と
いうマクラに、私がうっかり反射的に『提燈屋』と声を描けてしまい(『手紙無筆』
が出ていたのを完全に忘れていた)、そこから十分程の『人情噺風提燈屋』へ(職人と
提燈屋の遣り取りが成る程人情噺風になる)。結果、高座と客席のリズムを狂わせて
しまい、他のお客さんに迷惑をかけてしまった。大反省\(__)。
更に、ほぼマクラ無しで『館林』へ。『扇辰・喬太郎の会』で聞いて以来、2~3年
ぶりの演目。最近になく、八五郎の調子が妙に強かった事もあるが、マニアックなネ
タだけに『人情噺風提燈屋』から続くと、お客さんも当惑気味のリアクションだった
(本当に、差し出がましいリクエストをしてしまい申し訳ない)。剣術の先生の落ち着
き方は『抜け雀』の老絵師に通じるものがあり、「喬太郎師は師匠が似合うのだな」
と感じた。
★扇辰師匠『三方一両損』
職人気質の良く出た、江戸っ子らしい癇の強い人物の魅力は扇辰師独特で、キッパリ
と潔い気質の分かる面白さは出色。また、大家二人の江戸っ子振り好きの可笑しさ
が、喜多八師とはまた違う面白さで堪能出来る。
★彦いち師匠『卒業文集』(正式題名不詳)
噺がまだ分裂している印象。卒業文集の話は不要な素材ではあるまいか。電車の中で
話しかけてくる変な人たちの面白さや(こういう会話の同時進行形の雰囲気は新作派
の中でも独自)、マクラの故郷の旧友の噺を一席にまとめた方が遥かに落語になると
思う。体験の中の「落語」になる素材の選別がイマイチ出来ないのかな。部分的に白
鳥師みたいなギャグもあるが、受けたのは内輪受けの落語・噺家パロディが大半。
『卒業文集』に関しては、まだ落語になっていないと思う。
◆2月20日 新宿末廣亭昼席
小南治『河豚鍋』/雷蔵『お花半七』/今丸/米丸『心臓手術体験記』//~仲入り~//
平治『代書屋』/東京ボーイズ/小圓右(夢太朗昼夜代り)『初天神・飴』/壽輔『親子
酒』/ボンボンブラザース/可楽『らくだ』
★可楽師匠『らくだ』
ヒザ前が『親子酒』なのを無視するように始めたのは気概か(可楽師の主任前で酒の
噺はしちゃまずいだろう)。終盤、下座からチンが入って稍急いだが、先代型ベース
の本ネタ。平治師の『らくだ』の原型か。前半も急ぎ加減で、カンカンノウの件も受
けなかったが動じずに進め、呑み出して立場が逆転する辺り、屑屋の酒に弱く酒に呑
まれる雰囲気がグワッシュのような、線の太い可笑しさと鐵(くろがね)のような風
景として出てくる。らくだの髪を毟り、酒の表面に浮いた髪を吹き、酒と共に口に
入ったひと筋の髪を摘み取る件でピークに達する。やはり、酒呑み噺としての東京版
『らくだ』は明るい可笑しさで志ん生型、迫力と不気味な面白さで可楽型・馬生型、
この三演出の系統に他の演出は敵わない。
★平治師匠『代書屋』
権太楼師型。原典に比べ、まだ言葉の息が平治師の物になってはいないけれど、「学
習院」の可笑しさは似合う。「学習院」直前の「登校拒否したり、お祖父さんが手術
したり、色々あったけど‥」には笑った。
◆2月20日 落語立川流in平成中村座(平成中村座)
談笑『東北弁金明竹』/志らく『疝気の虫』//~仲入り~//生志『反対俥』/談春『白
井権八』/高田文夫・談春・志らく・生志・談笑・勘三郎「家元追善座談会」
★談春師匠『白井権八』
非常に達者な家元のレプリカント。家元追悼の意味はあるが、他の三人と比べて、演
目によって、芸が大人にならない弱みも出ている(家元の「少年心」を受け継いでい
るとも言えるが、「少年心」は志らく師にも明確にあるが、志らく師は目立たせな
い)。中村屋が演舞場で『鈴ヶ森』の権八を済ませて中村座に来るのを承知で(だと思
う。会場の場所から選択すれば『小猿七之助』だから)、この演目を選んだ洒落っ気
は流石だと思うんだけれど。
★志らく師匠『疝気の虫』
わざとグロテスクな風にカリカチュアして、自分の風体・持ち味に合わせているか
ら、マンガとして無理がない(それが分かっ演ってるだろう事が偉いし、愛しい)。な
らば、シネマ落語を演るのに、『悪魔の毒々モンスター』みたいなD級SFセミエロ
映画を落語に出来ないかな。
★生志師匠『反対俥』
最近の「長くマクラを振ってからの小ネタはリズムが落語に戻せない」という状態が
今夜も続いた。それだけ、「普通の落語体質」になっているともいえる訳なのだが、
マクラから本題への切り替えが利くのも、噺家さんとしての技のうちでは?。
-----以上、中席------
◆2月22日 第五回「喬太郎の古典の風に吹かれて」(紀伊国屋ホール)
辰じん『金明竹』/南喬・喬太郎「対談」/喬太郎『松竹梅』/南喬『お見立』//~仲
入り~//喬太郎『按摩の炬燵』
★喬太郎師匠『松竹梅』
余り手を入れずサラサラと。梅さんのキャラクターに先代圓遊師のような「ボヤッと
陰気」等、明確な所がまだ無いので「大蛇になられた」以降がイマイチ映えない。あ
と「番茶」は言葉遊びとして無理がある。「忍者」「間者」「卍」「饅頭」等に代え
て良いのでは。
★喬太郎師匠『按摩の炬燵』
米市の呑み出してからがタップリあって、いつもより長め。米市の酒が機嫌の良い酒
なので、噺全体が明るいのは結構。酔い乍ら「素に返ると」等、喬太郎師自身に戻り
たくなった気持ちも分かるが、酔い方が明るいから、素に戻らなくても良かったので
はあるまいか。しかし、そこから直ぐ、みんなの真ん中で米市が一人呑んでいる雰囲
気に戻したのは流石の腕前と感心した。米市が呑み乍ら「愉しいな」と口に出すのは
蛇足だけれど(言わなくても分かる)、番頭に「ありがとね」と告げるひと言や、序盤
の番頭の「寒いな」は変わらぬ良さがある。みんなが寝静まってからサゲまでが短い
のは「寒夜の寂莫」の味わいに乏しくなり、ちと勿体無い。まず、演者が楽しみ、そ
れが観客に伝わる噺の典型だろう。
※世代的に盲人噺が多いのは喬太郎師と扇辰師だけど、静寂名手の扇辰師だと『按摩
の炬燵』はどういう雰囲気になるのだろう、と聞き乍ら思った。
★南喬師匠『お見立』
全体的に些かアウェイ感が強い高座だったのかな。杢兵衛大尽が珍しく稍ウェットな
演出で、田舎者の馬鹿馬鹿しさを殆ど強調せず、「恋する杢兵衛大尽」の可笑しさが
メインとなっていた。とはいえ、喜助のリアクションがサラッとしているので、いつ
もの寄席での高座に比べ、どちらかといえば「表現本位」で、笑いが盛り上がりきら
なかったのは残念。
◆2月23日 池袋演芸場昼席
きょう介『手紙無筆』/歌扇(交互出演)『金明竹』/小せん『紋三郎稲荷』/文雀『子
褒め』(鬼丸・歌橘代演)/紋之助/木久蔵『藥罐舐め』/白酒『転宅』//~仲入り~//
百栄『御血脈』/菊之丞『幇間腹』(交互出演)/二楽/歌奴『妾馬』
★歌奴師匠『妾馬』
一朝師型ベースか。一寸古今亭・雲助師系の演出も感じる。まだ若い出来だが、「兄
貴と妹に身分の差があってたまるけェ!」のひと言には若い頃の志ん輔師に通じる良
さがある。そして、「違うって言われたらどうしようかと思った」の呟きが活きる。
このひと言が聞けただけで今日は十分。期待の若手真打である事に変わりはない。
★白酒師匠『転宅』
いつもよりディテールが細かく、笑いは落とさずに、余り感じさせた事の無い陰影を
感じさせ乍ら、泥棒や妾キクのキャラクターを出した。
★百栄師匠『御血脈』
宗教のマクラから本題はサラーッと流し加減だが、「地獄行きの基準を緩める」と閻
魔大王が言い出して、軽罪で地獄行きになる、という件が入るのは初めて聞いた。
◆2月23日 新宿末廣亭夜席
正楽/志ん橋『酒粕~から抜け』/市馬『普段の袴』//~仲入り~//左龍『粗忽長屋』
/美智・美都/正朝『蔵前駕籠』/扇遊『垂乳根(上)』/ゆめじうたじ(ロケット団代演)
/さん喬『明烏』
★さん喬師匠『明烏』
上野のネタ出し興行も含め、比較的珍しい方の演目かな。今夜は簡略型で、かなり
カットしてある。時次郎の御辞儀姿や女将の挨拶姿など、形は真に綺麗で人物の表現
もあるが、言葉の整理が今夜は乱れていた。
★扇遊師匠『垂乳根(上)』
笑いのリアクションの弱い客席だったので、明らかにメリハリを強めて一番受けたの
は流石。
★正朝師匠『蔵前駕籠』
こちらは聞かせに徹して、無理に笑いを取らず、キッチリ、サゲで笑いを取った。サ
ゲにおける江戸っ子のマンガ的な姿が抜群に可笑しい。
★左龍師匠『粗忽長屋』
左龍師のこの演目、声を潜めたサゲの言い方が次第に枝雀師匠のSRっぽくなってき
たね。
◆2月24日 池袋演芸場昼席
菊之丞『犬の目』/二楽/歌奴『片棒』
★歌奴師匠『片棒』
一朝師型か。細部はまだ荒いが活気がある(活気や分かりやすさは平治師に似てい
る)。銀次郎の最初の言葉に「“簡単”、好きな言葉だ」と親旦那が感嘆するのには
笑った。親旦那のキャラクターにピッタリのセリフだもん。
※銀次郎のお祭り騒ぎの件で、「祭囃子が出来ないと演じられない噺」になってきて
いるのは気になる。赤螺屋の店を明治初期の横浜馬車道辺りにある設定へ変えて、
「各国領事館の皆さんもお招きして」「鯨幕の代りに万国旗を飾って」「メリケン海
軍の鼓笛隊が先立ちになって“アメリカン・パトロール”を演奏する」「その次はブ
ラジルのカルナバルのパレード」「親父の骨の入ったボールでラグビーを」「“今や
遅し”と街受けた横浜沖の軍艦が祝砲をズド~ン」等、国際色豊かな、ヤッパンマル
スなお祭り騒ぎに変えるくらいの演出がそろそろ現れても良いのではないか。
◆落語協会特選会・第六回奮闘馬石の会「遠しで演る会」(池袋演芸場)
駒松『垂乳根』/馬石『鮑熨斗』・踊り「深川」~仲入り~馬石『宮戸川』
★馬石師匠『鮑熨斗』
一寸何時もより口調が硬かったのは『宮戸川』の「通し」を意識してか。動きと表情
の可笑しさは変わらないけど、出来は何時もほどではない。雲助師系の演出らしく、
大家さんが終盤、甚兵衛さんに語りかける質問が意地悪や負けず嫌いからでないのは
嬉しい(質問に至る流れをとちりかけたけど)。
★馬石師匠『宮戸川』
勿論、雲助師型の古風な演出。半七の二枚目ぶりは雲助師より似合う。橘屋より五代
目音羽屋の感じ。(下)で正覚坊の亀の話に疑いを持ち、仁三を止める心の動きも鮮や
かに出るのに感心。また、その出方が文学座的な雲助師よりも歌舞伎味が濃い。余り
の鮮やかさに「ハッ」とした私が「ブッ」と息を吐いてしまったのは失礼をしてし
まった。申し訳ない。但し、亀を向いた視線で話の内容への疑いが分るので、仁三を
見ての視線まで使うと「心理描写」が重なり、少しクドくなるのも事実。仁三を見る
形が良いから、亀を見つめる時にはわざと「素知らぬふり」を表現するのも「噺」と
しては手段だろう。お花も序盤の船宿の娘らしい「ませ方」方に雰囲気がある。それ
だけに(下)には出番が殆どないので、若妻らしい件が一つ欲しくなる。正覚坊の亀と
仁三の二人は、雷門の登場場面以降、セリフの陰から雲助師の声と表現が常に聞こえ
てしまうのは、柄違いもあって、まだ仕方ない。定吉にお花が連れ去られた事を告げ
る乞食婆も雲助師ソックリ。叔父さん夫婦が嫌みやクサ味なく出せて、しかも老いの
色気があるのは馬石師の年齢では出来すぎなくらいである。50歳以下の真打の中で
も「巧い」という点で、馬石師は白酒師と並んでズバ抜けているのを再確認した(二
人とも、巧くて面白いのだから、空恐ろしいくらいである)。
◆2月25日 第18回三田落語会昼席(仏教殿堂会館ホール)
朝呂久『のめる』/一朝『黄金餅』/兼好『崇徳院』//~仲入り~//兼好『置泥』/一
朝『子別れ(上・下)』
★一朝師匠『子別れ(上・下)』
一朝師の「こわめしの女郎買い」は初めて聞いた。多分、全体は矢来町型だと思うけ
れど(『こわめし』には染谷の小柳枝師のニュアンスが入っていると後に聞いた)、
熊さんの気持ちのすさんだ雰囲気が酔態から醸し出されるのは独特で、一朝師として
も珍しい人物像で、紙屑屋の長さんの好人物ぶりと対照を為す。廓の若い衆は矢来町
や雲助師とは、また違う軽さと裏仕事の雰囲気を併せ持つのが面白い。夫婦別れは地
で話して、『子は鎹』になると熊さんがガラッと人が変わり、真っ当真面目な職人に
変わる。演じている回数が少ないのか、言い間違いやトチりもあったとはいえ、亀が
可愛く切なく(熊さんにあって直ぐにヒ~ンと泣くが無邪気)、かみさんは涙で亀を叱
るのが母親らしくて良く(勿論、金槌を振り上げたりしない)、熊さんは職人の典型像
を描いて見事なものである。笑いあり泣きありの「落語らしい子別れ」らしさを十分
に味わえた。
★一朝師匠『黄金餅』
トントン運び、家元系の息苦しさの無い、能天気で愉しい落語。古今亭直系ほどマン
ガチックではないが、今回は和尚の金魚経が矢鱈と可笑しかった。
★兼好師匠『崇徳院』
ギャグ的な語り沢山の爆笑演出で可笑しいのだけれど、所々、ストンと穴が空いたよ
うに「噺の呼吸・リズムが抜ける隙間」のあるのは気になる。
★兼好師匠『置泥』
静かに遣り取りする場面が多いためか、こちらの方が隙間は少ない。半面、テンポの
速い割に「コント」っぽくて、ピン芸の雰囲気が余り感じられない。遣り取りのテン
ポが演劇的なのかな。
◆2月25日 第18回三田落語会夜席(仏教殿堂会館ホール)
朝呂久『幇間腹』/さん喬『権兵衛狸』/文左衛門『化物遣い』//~仲入り~//文左衛
門『竹の水仙』/さん喬『寝床』
★さん喬師匠『権兵衛狸』
村の若い衆を相手に民話的な語り部ぶりを権兵衛さんが発揮する序盤が二話分付く独
特の演出で、若い衆が権兵衛さの家に集まってくる理由が分る。今夜は2話だった
が、本当は4話あるのとの事。狸の「ゴ~ンベ」の籠った調子も独特で、権兵衛の言
葉の合間にひと言「ゴ~ンベ」の入るのが凄く良い。権兵衛の怒り方に出る骨太な人
物像と、文楽のピンの人形みたいな若い衆の対比の面白さ、狸を縛る、吊るすといっ
た仕種の的確さ、権兵衛の怒り声が響いて感じる山中の夜の雰囲気と、こういう『権
兵衛狸』は聞いた事がない。
★さん喬師匠『寝床』
原典は目白型。最初、発声練習をしながら店の者に用事を言い付け、更に茂蔵を待つ
旦那の可笑しさ、テンションの高さに爆笑。発声練習の義太夫が巧さとカリカチュア
の両方を備えているのにも驚く。茂蔵の報告は話の途中から無声に近くなり、パント
マイムになったり、長屋連中との愚痴の遣り取りになったりと多彩に可笑しい。報告
を聞き乍ら、旦那が次第にムカッとしてくる様子が如実に分かる面白さから、茂蔵が
「みなさ~ん、お世話になりました。茂蔵は立派に討死して参ります」と両腕を拡げ
るまでの可笑しいこと。受け入れたい気持ち十分の旦那に乗じて、「芸惜しみをなさ
るのは」と番頭が油を掛ける遣り取りもわざとクサくて面白い。頭の言い訳は時間の
関係で半分ほどにカットされたが四代目⇒目白に伝わった可笑しさを受け継いでい
る。義太夫が始まってからは、古今亭系ほど殺人的破壊力の強さはないが、「オット
セイに似てる」と真似する可笑しさ、飲み食いをしながらボヤく店子連中の「暇人っ
ぽい可笑しさ」と他の『寝床』には無い面白さが続出する。
★文左衛門師匠『化物遣い』
ミッチリ語って、杢助が去るまでが稍長いが、旦那に愛嬌があり、杢助が誠実なので
ダレはしない。化物が出てからは旦那の可愛さ、化物の可愛さが交錯して非常に面白
い。確か、白酒師譲りだと思うが、全く面白さのベクトルが違う。文左衛門師の噺に
共通するが、文左衛門師の中から滾々と涌き出る「人間の可笑しさ・愉しさ」がある
のは強いなァ。
★文左衛門師匠『竹の水仙』
聞き終った時にスカッとする、ハッカ菓子のような愉しさで、甚五郎の職人気質と大
杉屋主人の養子気質を聞いているだけで愉しい。細川の殿様がまた適度に立派なのが
良いスパイスで、この噺につきまとい勝ちな鬱陶しさを全く感じない。落語国の名職
人譚に浸れる良さは、市馬師をも凌ぐものがある。
◆2月26日 第296回圓橘の会(深川東京モダン館)
橘也『金明竹』/きつつき『佐々木政談』/~仲入り~//圓橘『鰍沢』
★圓橘師匠『鰍沢』
勿論、柏木型。中盤過ぎまで非常に良い出来だった。序盤、旅人とお熊の遣り取り
は、圓彌師ほど旅人に好色の雰囲気がなく好人物で(女房子がある)、お熊も圓彌師の
冷悧な感じでなく、艶めかしさはあるが客商売上がりの愛想がある。懐金を見ての目
付きも圓生師ほど「これみよがし」ではない。玉子酒を旅人が呑む姿のリアルさも良
い。伝三郎が戻り、ぶつくさ言いながら(捨て科白っぽいのが良い)、残った玉子酒を
呑むのも実感がある(この夫婦は旅人をカモにしてきたと後に分かる)。外から帰って
から、お熊の科白が極端な強弱になり、「諦めて死んでおしまい」の非情さは出る
が、駆け落ち者の風情には些か乏しくなる。伝三郎の断末魔はクドくなく、旅人が雪
の仲に転げ出て毒消しの御封を呑むまでは再び緊迫感があって良い。逃げ出してから
は描写が少な過ぎるかな。川を見下ろしての歌い上げは圓生師の独壇場で、やはりリ
ズムと抑揚に乏しい。お熊が髪を掻き上げて鉄砲の狙いを定める様子はステキ。それ
だけにお熊に追われてからの描写の少なさが惜しい。
★きつつきさん『佐々木政談』
唸る。荒い所はあるが、四郎吉の言葉に対するお奉行、与力のリアクションをちゃん
と入れ、色々とギャグの工夫も入れていながら、落語としての流れを壊さず、噺を崩
さずに構成をしなおしてあるのに感心した。四郎吉も単なるこまっしゃくれの嫌みが
ない。親父(圓丈師みたい・笑)と大家が気を失うのも可笑しいが、奉行の「また一本
取られてしまった。訊かなければ良かった」という反省の呟きも抜群に可笑しい。白
酒師匠に次ぐ「爆笑本格派」の期待が益々高まる。
◆2月26日 新宿末廣亭夜席
正楽/志ん橋『から抜け』/市馬『トンコ節入り粗忽の釘(下)』//~仲入り~//左龍
『棒鱈』/ロケット団/正朝『町内の若い衆』/錦平(扇遊代演)『紀州』/美智・美都/
さん喬『柳田格之進』
★さん喬師匠『柳田格之進』
凄い。マクラ無し。やはり、基本は先代馬生師型か。必要最低限の地だけで、会話に
よる見事なカットバックの連続による実質40分弱の高座。それでいて、柳田と萬屋
が碁を打つ「ピシッ、ピシッ」という音だけが何度も繰り返され、「問わず語らず」
の中に、身分を超えた二人の友情が育まれる。その友情が客席を包んで行く。碁を打
つ音を聞いているだけで涙が出た。咳一つ聞こえない客席とそれを生み出す高座の物
凄い密度。「友情の名人・五代目小さん師匠」に聞いて貰いたかった高座だ。柳田に
金を番頭が催促したと知った萬屋の「馬鹿ーッ!」の悲痛さ、柳田の抑えた「黙れ、
黙れ、黙れ、黙れ、黙ってくれい」の悲痛さ。萬屋主従を斬れない柳田の父親として
のすまなさ、友情の強さ、主従三世に打たれる侍心、様々な葛藤が柳田の言葉には含
まれている。『寺子屋』の「奥にバッタリ、首打つ音」に匹敵する重層的な表現力の
魅力。兎に角、凄いとしか言いようがない。
◆2月27日 第53回浜松町かもめ亭五周年記念特別公演(文化放送メディアプラ
スホール)
こはる『三人旅・跛馬』/喬太郎『禁酒番屋』//~仲入り~//一之輔『雛鍔』/雲助
『妾馬』
★雲助師匠『妾馬』
雲助師の噺は場面ごとだけでなく、会話ごとのカット割が細かく、非常に明瞭なので
雰囲気が出るのか!という事を感じた。観客にはカメラの寄り引きを分かりやすく提
示してくれる。だから、セリフが素に近い場合ほど、セリフと雰囲気のコントラスト
が良くなる。八五郎が素で言うセリフの良さは忘れ難い。また、殿様の柔らかく品の
ある事、三太夫の厳めしく硬い面をかなり作ってあるのが、八五郎の素な能天気さと
対照になって面白いのも愉しい。
★喬太郎師匠『禁酒番屋』
番屋の侍が酒を呑むシルエットが目白の師匠ソックリになってきた。声の大小強弱の
使い方が巧くて、そこから自然と笑いが生まれる。侍の語り口自体にも人情噺風の輪
郭の明確さがある。「硬めの作りの喬太郎師の面白さ」が前に出てきた感がある。
★一之輔さん『雛鍔』
植木屋と旦那の人間関係がちゃんとしているのと、植木屋の述懐が陰気にならない軽
さが結構なもの。倅は古今亭系の「親を小馬鹿にしきったキャラクター」だが、重く
ないから嫌みやクドさは無い。植木屋に子供に対する愛情がちゃんと感じられるから
こその印象だろう。かみさんが妙に冷静なのも冷たい感じがしないのが良い。「普通
に落語を演じて十分に面白い」事は真打興行直前としては嬉しい高座。
◆2月28日 新宿末廣亭夜席
正楽/志ん橋『居酒屋』/市馬『高砂や』//~仲入り~//左龍『羽織の遊び(上)』/ロ
ケット団/正朝『手紙無筆(上)』/扇遊『狸賽』/美智・美都/さん喬『幾代餅』
★さん喬師匠『幾代餅』
恋の想いは切なく甘く…中盤まではそういう世界に浸りきれる。「来年三月」ではな
く、「思えば去年三月の・・」で、昨年3月12日、大震災翌日の新宿夜主任も『幾
代餅』だった。あの時は僅か20~30人の客席を励ますように明るく温かい高座
だったが・・あれから一年、「清蔵の恋の想い」に浸れる嬉しさを改めて噛みしめさ
せて貰った高座である。
★左龍師匠『羽織の遊び(上)』
左龍師の「変な声の、少し気味悪い人」は本当に可笑しい。 デッサンが確りしてる
から安心して楽しめる。「二番弟子の鑑」だ。
★扇遊師匠『狸賽』
扇橋師の狸を彷彿とさせる可愛さ、面白さ。
※正楽師からさん喬師まで、寄席ならではの見事な流れがある。市馬師に「若さ」を
感じてしまうくらい、円熟した顔ぶれによるレベルの高い、しかもその高さを誰も目
立たせない、潔い高座が主任へ向かって流れる心地よさ。また、この顔触れの中で左
龍師が「若い」と感じさせないのも偉い。
◆2月29日 池袋演芸場昼席
紋之助/木久蔵『大師の杵』/白酒『禁酒番屋』//~仲入り~//歌橘(交互出演)『紙入
れ』/白鳥(交互出演)『マキシム・ド・呑兵衛』/アサダⅡ世(二楽代演)/歌奴『佐野
山』
★歌奴師匠『佐野山』
平治師型がベースか。まだ硬めだが、闊達な歌奴師の芸質なら、谷風が佐野山にうっ
ちゃられる展開でも良いと思う。また、呼び出しの調子に「相撲場らしさ」があるの
に感心した。張るばかりでなく、一種の哀調があるのが良い。
★白酒師匠『禁酒番屋』
珍しくマクラが余り受けず、何となく、この演目に入ってしまった印象で、そうい
う出来。
★木久蔵師匠『大師の杵』
地噺を演ると御父さんと同じ「素人口調」になってしまうんだね。
★白鳥師匠『マキシム・ド・呑兵衛』
妙に丁寧に、そして急いで演じていたのが摩訶不思議に可笑しかった。
◆2月29日 第二期林家正蔵独演会「冬の正蔵」(紀尾井小ホール)
はな平『鮑熨斗(上)』/正蔵『松山鏡~葱鮪の殿様』/たけ平『ラストソング』/正蔵
『試し酒』
★正蔵師匠『試し酒』
初演。まだ硬さは残るが、小里ん師から教わった目白型を丁寧に演じて、噺との相性
も悪くないのを示した。全体に、目白型の克明な演出を丁寧に演じ過ぎたところがあ
り、もう少し派手めに演じても良いだろう。また、三人ともが酒好きというのを強調
するアクションが欲しい。
★正蔵師匠『松山鏡』
初演。小満ん師譲り。噺と持ち味はピッタリで素朴な可笑しさがあり、自然と頬が緩
む。持ち味で正助のかみさんが鏡に映った自分を見て、「狸みてえな顔しやがって」
には大笑い。奉行は姿勢に課題あり。
★正蔵師匠『葱鮪の殿様』
初演。小満ん師譲り。明るく朗らかな良い殿様で品も良く、三太夫・留太夫の家臣も
素直な侍で、「大名家三馬鹿トリオ」的な可笑しさがある。殿様が葱の鉄炮仕掛けを
喜ぶ様子がことのほか愉しい。
-----以上、下席------
石井徹也 (落語”道落者”)
投稿者 落語 : 18:25