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2011年04月23日

石井徹也(放送作家)による私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の三月下席号です。

時期的には震災十日後からのレポートになります。
この頃、寄席や落語会は(いま以上の)混乱に見舞われていましたが、
そうした状況の中だからこそ、それぞれの芸人さんの「スタンス」「振る舞い」がはっきりと
見られたそうです。
そして、それを十日間、一日も休まず見届ける落語耽溺者、石井徹也。
同時代の記録として(毎度たいへんなボリュームですが)ここに全文をUPします!


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◆3月21日 落語協会特選会第46回柳家小里んの会

いっぽん『転失気』/麟太郎『熊の皮』/小里ん『綴り方教室~ラブレター(上)~手紙
無筆』//~仲入り~//小里ん『百年目』

★小里ん師匠『綴り方教室~ラブレター(上)~手紙無筆』

『無筆』終盤で「お猪口も借りておくれよ」と言ってしまった時は驚いたが、何とか
本来のオチをつけた。それ以外は非常に可笑しい、ちゃんと目白の小さん師匠の落語
世界を満喫出来る『手紙無筆』。『綴り方教室~ラブレター(上)』は愉しい御景物。

★小里ん師匠『百年目』

序盤、番頭が店の若い衆を叱る件から向島の花見へ掛けては「商家物」「親旦那物」
「華やか物」はニンじゃないか、という無い雰囲気が強かった。しかし、親旦那と出
くわした番頭が慌てて帰宅。二階の自室に閉じ籠って煩悶する辺りから、押さない芸
ならではの可笑しさが出て、番頭も次第に番頭らしくなってくる。番頭の悪夢も押さ
ないから「番頭が可哀想」に陥る胸苦しさがなく「落語」として愉しめる。翌朝、早
起きした番頭が店先を掃き出す姿の可笑しいこと!旦那の意見になって、栴檀と南縁
草の件は普通だが「商いの付き合いで遊ぶなら使い負けしてくれるな」辺りから親旦
那の気骨がクッキリ描かれる。特に「昨晩は寝られたかい?」からの親旦那の言葉の
良さは驚くばかりで、「(帳面を調べて)これっぱかりの穴も無い。あたしは嬉しかっ
た」と泣く辺りは目白の小さん師匠的な「情」の表現として真に優れていた。米朝師
匠の「商人倫理の情」、小南師匠の「奉公観の情」とも違う「良き人間関係」の
「情」を感じた。強いて言えば、生志師匠の「上方に修行に行ってる息子が戻って来
たら必ず店を持たせるから」のような独自の展開、小里ん師匠ならではの言葉がもう
一つあるといい。この情感覚と芝居好きをベースにした『淀五郎』が聞きたいなァ。

★麟太郎さん『熊の皮』

遊雀師匠に似ているが、カミサンと先生の両方から「音で覚えなさい」と言われる甚
兵衛さんが如何にも甚兵衛さんで愉しい。

◆3月22日 新宿末廣亭昼席

米丸『骨折漫談』//~仲入り~//圓馬『つる』/京太ゆめ子/歌春『垂乳根(上)』/小
柳枝『元帳』/正二郎(ボンボンブラザース代演)/圓『殿様団子』(途中軽震アリ)

◆3月22日 第21回白酒ひとり(内幸町ホール)

白酒『宗論』/白酒『アンケート読み』/白酒『よかちょろ』//~仲入り~//白酒『山
崎屋』

★白酒師匠『宗論』

いつも通りの邪教宗論で何時も通り可笑しいが、若旦那が讃美歌もどきを歌った(小
三治師匠が初演した時に歌った曲だと思う)のは初めてかな。

★白酒師匠『よかちょろ』

ここだけ聞いたのは初めてだと思う。「よかちょろ」の歌は低調。声も小さい。雲助
師匠の演出より、家元の演出に近い雰囲気。全体に洒落っ気や色気、馬鹿馬鹿しさが
まだ乏しい。阿っ母さんが「あんなに歌が巧くなって」と泣くのは可笑しいけどね。
この阿っ母さんが『山崎屋』だと消えちゃうのは改訂したい。

★白酒師匠『山崎屋』

以前より刈込み乍ら、ベーシックな演出に近づけ、独自のギャグよりキャラクターの
造形で愉しませてくれた。親旦那は倅が集金からちゃんと帰って来たのを無邪気に喜
ぶ姿が嬉しく、守銭奴的なケチのアクも無い。若旦那も割と無邪気で、番頭の妾囲い
白状を迫る時も「長年の贔屓だから」と言う辺りの了見に嫌らしさがないから聞いて
いて愉しい。売掛金紛失狂言での芝居掛かりもクサくないのに、クサく演るより可笑
しいのは偉い。頭のキャラクターは小里ん師匠ほど江戸前ではないが、鰹節と十両の
目録の両方を受け取ったりしないのは志ん生師匠的な「噺を成立させるための必要最
小限のリアリティ」として結構。番頭の策士ぶりも悪辣な感じがしない工夫がある。
特に「店がこんなに大きくなったのも、みんなお前のお陰だと分かってる」と若旦那
が番頭に言うのは独特だが、この噺の人間関係の造形としては過去の演者にない、良
きアイディアである。

◆3月23日 新宿末廣亭昼席

圓『禁酒番屋』

◆3月23日 新宿末廣亭夜席

松之丞『山田真龍斎』/笑松『堀の内』(交互出演)/まねき猫/遊雀『手紙無筆(上)』/
春馬『看板のピン』/扇鶴/松鯉『山吹の戒め』/正二郎/桃太郎『金満家族』/遊三
『子褒め』//~仲入り~//茶楽『持参金』/Wモアモア(ひでややすこ代演)/歌助『金
明竹』/右紋『可哀想でしょ(漫談)』/北見マキ/圓輔『火焔太鼓』

★春馬師匠『看板のピン』

 ボケのキンキン声は可笑しいがも周囲のリアクションに難。

★茶楽師匠『持参金』

 主人公のボヤきぶり、小間物屋甚兵衛さんの言葉遣いの巧さ・配慮、番頭さんの驚
きと、会話の面白さが抜群!

★松鯉先生『山吹の戒め』

 つまり、落語の『道灌』なんだが、これほど簡潔に武士者・人物伝として魅力的に
描かれるのを伺うと、「道灌も人情噺になるのね」と感嘆してしまう。この表現力に
拮抗出来る噺家さんが現在、何人いるかなァ・・・本当に手を抜かない先生である。

◆3月24日 新宿末廣亭昼席

笑三『間違い』/右紋(雷蔵昼夜代り)『都々逸親子』/健二/米丸『心筋梗塞手術記』
//~仲入り~//圓馬『浮世床・芸~将棋・講釈本』/京太ゆめ子/歌春『九官鳥』/小
柳枝『長屋の花見』/ボンボンブラザース/圓『天災』

★圓馬師匠『浮世床・芸~将棋~講釈本』

講釈本の読み方が殊の外可笑しい。「此処から二上がり」には笑った。

★圓師匠『天災』

名丸宅から始まるが、名丸の偉そうにしない人柄、八五郎が帰宅後の頓珍漢は結構な
もの。「俺は走れねェんだよ。心の臓が悪くて」「走れ!」「走るよ」「今更走って
も仕方がない」の件は何度聞いても愉しい。

◆3月24日 新宿末廣亭夜席

羽光『転失気』(鶴光型)/笑松・A太郎『つる』/まねき猫/遊雀『初天神・飴』/遊史
郎(春馬代演)『看板のピン』

★羽光さん『転失気』

※申し訳ないが、芸ではなく、演出の話。鶴光師匠の『転失気』は伺った事がない
が、どう聞いても鶴光師匠の演出。花屋の「あんまり重いので満州に置いてきた」
(仁鶴師匠の『向う付け』と並ぶ満州ギャグ!)や、八百屋の「Yahooオークションで10
億円の値がついた」という言い訳、珍念が4日間、街を探した挙句、間違え、てケイ
ン・コスギを連れてくる!という設定とギャグの馬鹿馬鹿しさ。和尚が物知らずと
知って珍念がやさぐれてしまう等、兎に角可笑しい、

◆3月24日 J亭落語会月替り独演会ストスペシャル揃い踏み公演(J亭アートホー
ル)

らく兵『初天神・飴』/三三『笠碁』/白酒『禁酒番屋』//~仲入り~//志らく『五人
廻し』

★三三師匠『笠碁』

出来は良くなっているのだが、どうしても美濃屋の碁への執着を友情より強く出した
いなら、『碁泥』を演じた方が良いと思うのだが・・・

★白酒師匠『禁酒番屋』

時節柄、侍同士の殺しあいをカットして、殿様の気まぐれみたいな禁酒にした。十分
に可笑しいけれど、風邪気味との事で、確かに終盤調子が不安定になったのは気の
毒。

★志らく師匠『五人廻し』

 ※これも芸でなく、「噺そのもの」への疑問。

この噺はどうしたら面白くなるのだろう?最初の職人体の客の啖呵がどう細かく語っ
ても情報の羅列で「吉原細見」の視覚的な色気等は浮かび上がらないのがまず弱味で
ある。客の順番を入れ替えるか・・『大工調べ』の棟梁の啖呵は直ぐ後に与太郎の鸚
鵡返しがあるから可笑しいが、こちらは「妓夫といプロに啖呵を切っちゃう、キレて
るが故の野暮」(昔は客席にいる振られ経験者の共感を得る意趣返しだったのだろう
が)ばかりで愉しくない。寄席や劇場で詰まらない高座、芝居に出くわしても、少な
くとも、その場で文句は言わないからね。野暮だもん。ソープランドでソープ嬢の仕
事ぶりに文句を言ったり、指導するという野暮なADが以前いたけれど・・ああいう
とこは今だって「馬鹿な、甘い客」になりに行く所でしょうが。本当に嫌になったら
客は黙って帰りゃ良いんだから(歌舞伎座とPARCO劇場では頭に来て途中で帰っ
た事はある)。喜助側の混ぜっ返しでもないと詰まらない。さもなきゃ、喜助側が四
人の野暮な愚痴を見事に丸め込むプロぶりを発揮する噺に変えるとかしなきゃ。『お
見立て』に比べると、客=妓夫=女郎の立ち位置が定まっていないし、『二階素見』
の吉原マニアのスタンスもない。 志ん朝師匠が『お茶汲み』を「廓での男と女の遣
り取りを雰囲気として楽しむ噺」と語ったというが、そんなフックも無い。オチだけ
は粋でシビアなだけに惜しい。

◆3月25日 新宿末廣亭昼席

米丸『半生記~司会者時代』//~仲入り~//圓馬『高砂や』/京太ゆめ子/歌春『短
命』/小柳枝『小言幸兵衛』/正二郎(ボンボンブラザース代演)/圓『蛙茶番』

★小柳枝師匠『小言幸兵衛』

 冒頭省略で豆腐屋の入りから。豆腐屋に幸兵衛が怒って言う「鉈ァ持ってこい!ど
んな色の血が流れてるか見てやる」、仕立屋が言う「短刀はございませんが鎌なら」
等、中々ヴァイオレンスな言葉に驚きつつ大笑い。終盤も「宗旨はなんだ?天理教!
法華はまだ良いんだ、覚悟はよいか、南無妙法蓮華経・・天理教かァ。古着屋の宗旨
は何だ?イスラム教!」と可笑しい。

★圓師匠『蛙茶箱』

旦那と番頭の遣り取りから入る演出は最近では珍しい。また、圓師匠の丁稚の可愛さ
は独特。小南師匠の丁稚を思わせる懸命さがある。半ちゃんの「東西!」の言い方も
古風。

◆3月25日 第九回北沢落語名人会「小満ん市馬二人会」

しん平『豆屋』/市馬『七段目』/小満ん『夢の酒』//~仲入り~//市馬『唄入り山号
寺号』/二楽/小満ん『長屋の花見』

★小満ん師匠『夢の酒』

予て以上に、真に明るく酒脱で、オチの「冷で飲んどきゃ良かった」まで型に入って
型を脱する愉しさあり。女を急かす親父の酒好きが滑稽で嫌らしく聞こえないのがま
た結構。

★小満ん師匠『長屋の花見』

「俺が呼ぶと、店賃と思うだけ可愛いじゃねえか」と微笑む大家の良さ。その人格が
上野の山へ向かうに連れて残忍性(笑)を帯びて店子連中を苦しめるのは『寝床』を彷
彿とさせる。「言っちゃぁ何だが御前のオフクロさんの世話はみたよ」と来月の月番
に酔うように迫る辺りが大家の厄介な趣向好きの白眉。小満ん師だけに「長屋中 歯
を食い縛る花見かな」の句を聞きたかったと思うは聞き手の贅沢かしらん。

★しん平師匠『豆屋』

市馬師匠が「しん平さんの『豆屋』なんて聞いた事がない」と語っていたが、昨年秋
口に何度か聞いている。その頃以来、久しぶりに演じるらしく、この「落語の天才」
が間違えまくったが、それもまた一興ということで(笑)。

◆3月26日 雲助蔵出し その八(浅草三業会館二階座敷)

志ん吉『不精床』/雲助『やかん』/雲助『佐野山』//~仲入り~//雲助『お若伊之
助』

★雲助師匠『やかん』

兄貴分が偉そうにソックリ返って大声で弟分を馬鹿にするだけで馬鹿馬鹿しさの極地
のように可笑しいという稀有な出来。雲助師の『やかん』を聞くのは私も先代馬生師
匠の亡くなった二日後、1982年9月15日の『四季の会』以来かな。

★雲助師匠『佐野山』

遊び沢山で長演。終盤、やや息切れを仕掛けたくらいだが、「(ギャグが)古いね」
「だから、その頃に習ったんだよ」など、自虐ギャグも含めて、実に下らなく可笑し
い。

★雲助師匠『お若伊之助』

 人情噺的な長尾一角の無骨さと、落語的な頭のすっとこどっこいぶりでは全

 然トーンが違うのに、それが組合わさっているのが奇妙というか不思議というか。
一寸違和感もある。最後にかしらが狸の死骸を怒鳴りつけながら愚痴る、「このスケ
ベ狸、○○狸、○○狸、○○狸、○○狸、○○狸(みんな噺家さんの名前)」には笑っ
たが音源としては大ヤバ(笑)。狸の双子が生またとせれず、「この二人が姉弟と知ら
ずに契るという、長いお噺の発端」といった結び方をした『因果塚』は初めて聞い
た。

◆3月26日 新宿末廣亭夜席

春馬『看板のピン』/扇鶴/平治(松鯉代演)『倶利加羅峠』/遊史郎(歌助代演)『悋気
の独楽』/正二郎/桃太郎『金満家族』/遊三『長屋の花見』//~仲入り~//富丸『老
稚園』/ひでややすこ/小圓右(茶楽代演)『元犬』/右紋『ババァんち』/北見マキ/圓
輔『うどん屋』

★圓輔師匠『うどん屋』

酔っ払いに「お前ェ如才ねェな」と言われる夜鳴き商人らしさ、愛想、人当たりの柔
らかさは今、この噺を演じる噺家中で一番だと思う。雲助師の『夜鷹そば屋』のモデ
ルにしたいようだ。酔っ払いも稍屈折はしているが本質的に陽気で前半の遣り取りは
結構である。半面、圓輔師の実年齢と見た目に合わせて声が強いものだから、酔っ払
いが去ってからのうどん屋の愚痴が、それまでの愛想に較べてちと重い。また、笑い
を取るべき店者がうどんを啜る件が短い過ぎて、最後の盛り上げに欠けるのも惜し
い。うどん屋が「お代わりですか?」と訊くのは、オチの分かりやすさでは良い工夫
かもしれないが、スーッと来てトンと落とす、落語らしい「虚を衝く」意味からは蛇
足。

★遊三師匠『長屋の花見』

 「酒柱」でサゲる目白型で、「長屋中 歯を食い縛る」の句が入るのは珍しい。
「長屋中」の前に甚兵衛さんが「花散りて」「散る花に」と縁起の悪い句を陰気に読
む可笑しな演出は現在、遊三師だけか。

◆3月27日 第17回この人を聞きたい「三三馬石二人会 その三」(中村学園フェ
ニックスホール)

きょう介『子褒め』/三三『釜泥』/馬石中村『仲蔵』//~仲入り~//馬石『元犬』/
三三『高砂や』

★馬石師匠『元犬』

矢張り傑出した出来。大抵の『元犬』の場合、シロは珍事件の狂言廻しだけれど、馬
石師の場合は見事な主役になっている。当然シロがシロの了見で困ったり喜んだりし
ているから、特に目新しいギャグが無くても、抜群に可笑しい。兄二匹の死に方をサ
ラリと曖昧に流した時節柄の配慮も結構。

★馬石師匠『中村仲蔵』

勿論、雲助師型。まだ上なぞりで、本所割下水の旗本など凄みに乏しい。併し女房お
吉に情のある点、落語らしい面白さのある点等、特色は発揮されており、いずれ龍玉
師匠と個性を違え乍ら、雲助型を継承する感触は十分。雲助一門の粒揃いぶりは「海
苔焼いて 三人の子に分かちけり」(万太郎)だなァ。

★三三師匠『高砂や』

余り聞いた記憶の無い入り方をした。何だか「今日は一寸」と盛んに言っていたか
ら、何処か調子が悪かったのかもしれないけれど(演ろうと思ってた噺が暗くて時節
にそぐわないとか『仲蔵』を演るつもりだったとか)、その分、サラッとして、何時
もより気楽に可笑しかったのは皮肉なり。

◆3月27日 三遊亭遊雀独演会「遊雀玉手箱~春は花見の巻~」(内幸町ホール)

遊雀・ナイツ『御挨拶』/遊雀『崇徳院』/遊雀『締込み』/ナイツ//~仲入り~//遊
雀『花見の仇討』

★遊雀師匠『崇徳院』

痩せたのか、何だか面窶れして表情が全般的にマジに見える。稍、使用過多ではある
が、若旦那の泣きっちゃべりの我が侭や泣き言は十八番だから可笑しい。熊さんがお
嬢さんを探しに出てからは、困り方が短いので可笑しさのテンションが下がるのは惜
しい。

★遊雀師匠『締込み』

泥棒のマクラ無しで入るが、これの方が突如物語が立ち上がる面白さあり。面窶れの
せいだろうか、低い良い声でする夫婦喧嘩が以前よりマジに展開するが、にも関わら
ず(夫婦の馬鹿さ加減をちゃんと描いているとはいえ)、気楽に傍目で聞けて可笑し
い、という印象を受けたのは、この演目で初めての経験。泥棒の受けもさん喬師匠型
の「そこです」ではなく、無言だったりするのは珍しい。

★遊雀師匠『花見の仇討』

熊さんが頭に来て、いきなりズバーッと刀を抜く演出は矢張り現在、一番可笑しい。
今夜はまた、敵討ちに観衆が集まってきたのを見て、熊さんが心底嬉しそうに笑う表
情が馬鹿に可愛らしく可笑しい。この件の三馬鹿トリオが一番の出来。その熊さん
が、マジな助太刀の登場に一層マジに困る表情も愉しい。マジな侍のマジ加減は適切
だし、本所の伯父さんの硬さ、「女子供の面倒をまた俺に見させようってのか」の科
白で六さんの常が出るのも良い。でいながら、面窶れが祟って、全体のテンションが
低く感じられたのは残念。

◆3月28日 新宿末廣亭昼席

米丸『半生記』//~仲入り~//圓馬『短命』/京太ゆめ子/歌春『子褒め』/小柳枝
『鰻屋』/正二郎(ボンボンブラザース代演)/圓『長短』

★圓師匠『長短』

前が押していたのでサラッと。長さんがタップリと間合いを取り、可笑しさも十分。
友情の慈味あり結構なもの。

◆3月28日 第33回讀賣GINZA落語会(ル・テアトル銀座)

菊志ん『権助提燈』/三三『崇徳院』/市馬『猫忠』//~仲入り~//喬太郎『純情日
記:横浜編(『母恋いくらげ』変更)』/昇太『宿屋の仇討(プログラムは写真の仇討)』

★昇太師匠『宿屋の仇討』

 かなり手を入れてダレ場を減らし、面白くなった。怪談噺の件を入れたのは面白
い。相撲の件を外しても良いのではあるまいか。それでいて、縛られた三人は土間に
置かれている等、本来の演出に忠実な点もあるのがユニーク。キャラクターでは伊八
の困り&気弱キャラが矢鱈と可笑しいが、源兵衛も色事話で調子に乗る辺りから可笑
しさを増して来る。万事世話九郎が最初から我が侭っぽいのも愉しい。

★喬太郎師匠『純情日記:横浜編』

乗りでガンガン演って、細部の遊びも含めて非常に可笑しい。

★市馬師匠『猫忠』

メリハリがあり、常兄ィの貫禄、カミサンの年増嫉妬、六と次郎の嫉妬から来る悪戯
者ぶりと揃って結構な、大看板を感じさせる高座。特に本物の常が座敷に現れてから
の遣り取りで、怪異な雰囲気がちゃんと漂うのは、市馬師匠の演目では珍しいだけで
なく、現在の噺家さんの中でも優れたもの。「ここに居るオレは誰だ?」が可笑しく
も不気味なのは圓生師匠を凌ぐ。狐言

葉は中音の高音部が耳に綺麗で申し分なく、仕種も佳い。特に「あれ、あれ、あれ、
あの三味線が・・」の狐手の動きが実に結構。笛が狐言葉のキッカケを外しちゃった
のは残念。

★三三師匠『崇徳院』

運びはほぼ三代目三木助師匠そのまんま。熊さんとカミサンの能天気ぶりは愉しい
(熊さんが謎のお嬢様探しに疲労困憊して日に日に痩せるのにカミサンは日に日に太
る、ってのは笑った)。半面、若旦那のひ弱さや恋煩いの馬鹿馬鹿しい可笑しさはも
う少し強調したい。

★菊志ん師匠『権助提燈』

 演目の選択ミス。場内を温めようと調子を張って演るものだから、却って噺の皮肉
な可笑しさが消えて、単調に聞こえてしまう。サラで演るなら、もっと菊志ん師匠ら
しい軽快な演目があるのに惜しまれる。

◆3月29日 新宿末廣亭昼席

米丸『漫談』//~仲入り~//圓馬『辰巳の辻占』/京太ゆめ子/歌春『鮑熨斗(上)』/
小柳枝『長屋の花見』/正二郎「ボンボンブラザース昼夜替り」/圓『強情灸』

★圓師匠『強情灸』

今日も押していたのでサラッとだが、見舞いから入る丁寧な演り方で結構なもの。

★圓馬師匠『辰巳の辻占』

洲崎と裏の埋立地を舞台にする演出は初めてきいた(何時の時代設定だろう)。埋立地
の方が、大きな石が落ちている事に成る程違和感が無い。お花は兎も角、若旦那の
キャラクターの情けなさも似合う。

◆3月29日 新宿末廣亭夜席

あ光『秘伝書』/笑松(A太郎と交互出演)『堀の内』/まねき猫『枕草子』/遊雀『桃
太郎』/春馬『道具屋』

★まねき猫師匠『枕草子』

 構成も出来も悪くないのだけれど客席をシーンと静かにさせる演目だから、今晩の
ように、20~30人の客席では、後の演者は演り難いのではあるまいか。色物さんの叙
情的な出し物にはありがちだが・・

◆3月29日 シブヤ落語会「平治 東風吹く会」(渋谷区総合文化センター伝承ホー
ル)

昇也『転失気』/平治『鈴ヶ森』/ナイツ//~仲入り~//平治『二番煎じ』

★平治師匠『鈴ヶ森』

演出は喜多八師匠と同じだが、子分の馬鹿馬鹿しさが圧倒的に大きく、尻の穴の筍を
刺すのも無理はない、と思わせる。皮田の春團治師匠や先代の春團治師匠、枝雀師匠
系、マンガなら赤塚不二夫のギャグに近い可笑しさ。

★平治師匠『二番煎じ』

全体は赤塚不二夫的なコメディ。だが、細部の手配りがちゃんと落語で、或る意味、
枝雀師匠的な佳さがある。月番と旦那方に身分差の感じられる台詞や口調の違え方
(月番一人が余り大様でなく口喧しい)。夜回りに出る際の寒さの強調。宗助の猪鍋の
仕立て方の細かさ(「肉の紅に葱の白と緑、丸で花が咲いたみたいだ」は佳い科白)。
辰っつぁんの「火の用心、さっしゃりやしょう」は声量を活かして本格で二枚目なの
に伴う仕種はマンガであり粋にしすぎないこと。月番・黒川先生が飲み食いする様子
をタップリ見せ(黒川先生の「世間に隠れて呑む酒は美味しうございますなァ」も実
感あり、)、三河屋がジレて怒るのと同じ気持ちを観客に与える事。見回りの侍が一
見怖モテ武骨で話すと清新な感じがする・・など、勘所は押さえてあるから噺が可笑
しさだけに陥らず、散逸しない。46分の長講だったが、爆笑の連続で長さを感じな
かった。猪鍋の上に座った宗助が「猪だけに、上の二つ玉のお陰で大人しくしてる」
と言うのは五代目圓生師匠系のクスグリだが、生で聞いたのは今回が初めて。※誰か
北大路魯山人的な「猪は脂身を食うもの」で『二番煎じ』を演る人はいないかな。脂
身だから「どんなに熱くても火傷をしない」なんだと思うのだが・・・

◆3月30日 第一回彦いち落語組み手「お相手=市馬」(北沢タウンホール)

彦いち「御挨拶」/遊一『元犬』/彦いち『蒟蒻問答』(甚だまとまりの無い高座)/市
馬『粗忽の釘』//~仲入り~//彦いち『神々の唄』/市馬&彦いち「アフタートーク」

★彦いち師匠『神々の唄』

こんなに噺の入り方が白鳥師匠に似てたかな。瓢箪から駒の嘘付き噺だけれど、主人
公が人前だと嘘、というか大法螺を吹いてしまい、結局は自分を追い込んで行く姿に
妙な共感、切なさがある。それが馬鹿馬鹿しい展開の香辛料になっているのは面白
い。「好きよ好きよ嘘つきが、牙の取れた手負い熊」だね。この噺では地の部分の多
さが気にならない。

★市馬師匠『唄入り粗忽の釘(下)』

序盤は珍しく変なリズムで噺に入ってしまい、「?」な出来だったが、中盤から盛り
返して、軽い可笑し味のある高座になった。余り聞いた記憶の無い台詞も多数あり、
市馬師にしては珍しい内容の『粗忽の釘』だね。

◆3月31日 池袋演芸場余一会昼の部「柳家喬太郎の会」

市也『ひと目上り』//喬太郎『小町・つる・子褒め』喬之助『金明竹(骨皮抜き)』/
喬太郎『子別れ(中・下)』//~仲入り~//喬太郎『つる』

★喬太郎師匠『子別れ(中・下)』

両親の離婚によって子供が感じる喪失感、痛みには変わりがない、という従来の『子
は鎹』のスタンスがベースにある。そして番頭さんの仕掛け(亀も組んでいたみた
い)で熊と亀坊が出会う。亀は帰宅して、五十銭を見つかると直ぐに「阿父っつぁん
と会った」と母・お徳に話す。亀をお徳が玄翁で仕置きしようとする件はない。最終
的に、子供の痛みをお徳が受け入れた、という印象でのサゲになる。お徳が元亭主の
熊さんをハッキリ嫌っているという設定ではないが(その辺りはまだ曖昧)、聞き終
わって、フランスの女性戯曲家が改訂したフェミニズム台本で宮本亜門氏が『椿姫』
を演出した舞台に感じた際と同じような戸惑い、ためらいをサゲに感じた。同時に、
従来の『子は鎹』は男の勝手な夢物語であり、『ハムバーグ・・』の元妻の方がリア
ルなんだなァ、と感じたのも事実。『子別れ』という噺の内容が、漸く本当に変わろ
うとしているのか・・・

★喬太郎師匠『小町・つる・子褒め』

根問物のパターンを幾つも出してみた雰囲気。遊んでたと言えば遊んでた話だけれ
ど、或る意味、トリの『つる』ネタ卸しのための仕込みかも。

★喬太郎師匠『つる』

ネタ卸し(『義眼』に続き、習わなくても馬鹿馬鹿しい小ネタは出来るし、その方が
噺の世界が広がる、という見本)。「極道篇」というかァ、隠居と八五郎でなく、非
合法業界の兄貴分から鉄砲玉候補の大馬鹿者のヒデが教わる展開。ヒデは街中で一般
市民を捕まえて「首長鳥が鶴になった理由」を無理矢理教える。オチは血がツーで電
話がルーで「あっ、ツルだ」。爆笑に次ぐ爆

笑改作。矢張り、鼻の圓遊と三語楼の改作センス(特に落語らしい馬鹿馬鹿しさ)を受
け継ぐのは喬太郎師匠と・・・あとは白鳥師匠だね。

◆3月31日 第270回県民ホール寄席『柳家三三独演会』(神奈川県民ホール小ホール)

ろべえ『もぐら泥』/三三『崇徳院』//~仲入り~//三三『不孝者』/三三『花見の仇
討』

★三三師匠『花見の仇討』

 遊雀師匠と基本演出は同じ(三世金馬師匠的な野次馬の件が混じる)。ただ、遊雀師
の方が人物の入り込みが強く、リアクションもより強い。結果、人物の了見になって
いるから四馬鹿カルテットが愛しく可笑しい。三三師の場合は飽くまでもコミカルな
ストーリーを聞いている雰囲気。寄り引きのバランスで言うと「引き」が多すぎるの
かな。狂言敵討ちとなって、待たされ続けた熊さんが刀を横にズバーッと抜く件で
も、遊雀師のように、自分のせっかち&仕切り癖を棚にあげて頭に来ている熊さんの
可笑しさが、三三師には感じられないのが食い足りない。

★三三師匠『不孝者』

十八番であり、今回の出来も結構。親旦那の本質的な助平さは圓生師匠より出ている
のではあるまいか。黒門町の文楽師匠の『星野屋』みたいな物だ。芸者金彌が親旦那
の言葉に泣いたり、色気をだす辺りで、本音の中にもある女のあざとさ(生きる術と
しての演技)を突き放して描き出す所等も、如何にも三三師らしいシニカルさを感じ
る。本音だけど狡い二人の噺。

★三三師匠『崇徳院』

熊さん、カミサンは悪くないけれども、若旦那が爺ィ臭いので序盤の盛り上げに欠け
る。三世三木助師匠のように若旦那の恋煩いが臭いのも困るけれどね。


石井徹也(放送作家)

投稿者 落語 : 2011年04月23日 23:35