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2010年12月31日

石井徹也の「落語聴いたまま」 2010年師走の巻

放送作家の石井徹也さんによりますおなじみ「落語聴いたまま」、
2010年12月分(1日~大晦日)をお送りいたします。

石井さんの感性による怒濤のレポート。
ぜひ、みなさんのご意見と照らし合わせてみてください。

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◆12月01日 にぎわい座「鯉昇平治二人会」
宮治『狸の札』/平治『鈴ケ森』/鯉昇『宿屋の富』//~仲入り~///鯉昇『歳そ
ば』/平治『子は鎹』
★鯉昇師匠『宿屋の富』・圓馬師匠の原型。沢山富札を持った男の言葉の順番は
鯉昇師の方が可笑しい。
★鯉昇師匠『歳そば』・太くて不味いそはが何と二本だけになっちゃった(笑)
★平治師匠『子は鎹』・亀吉が鰻屋で言う「阿っ父っつぁんもいて、阿っ母さん
もいて・・・・良かった」が一番の科白。こういう科白、表情が出るのが平治師
の佳さだ。但し、まだ全体的に芝居をかなりする噺になっている。そのため、平
治師らしい情の濃さが重くも感じる。熊サンのテレは似合うが、カミサンは稍ク
ネクネ動き過ぎ。亀も表情があるだけに声を変え過ぎに思う。手が大きく体重が
あるから三人が何度も床を叩くのは些か煩い(笑)。

◆12月02日 『令嬢ジュリー』

◆12月02日 銀座ブロッサム「小三治独演会」
燕路『悋気の独楽』/小三治『2010年回顧談』//~仲入り~//小三治『大工調べ
(上)』
★小三治師匠『大工調べ(上)』・二席目でこのネタとは一寸驚いた。序盤、棟梁
と遣り取りしてる間の与太郎は扇橋師匠みたいにホワッとして長閑で愉しい。最
後の啖呵は普通に戻っちゃったけど。大家はまともな事を言ってたのが意固地に
なってく変化が小三治師本人みたいで可笑しい。ある意味、棟梁がぶって跳ねっ
返るのも小三治師本人っぽいのだが、大家と違い、「二枚目ぶってる」点も最後
まで残るので面白味は乏しい

◆12月03日 新宿末廣亭昼席
文楽『六尺棒』//~仲入り~//鉄平『代書屋』/たかし/喬太郎『幇間腹』/小燕
枝『強情灸』/猫八/小ゑん『ミステリーな午後』
★喬太郎師匠『幇間腹』・若旦那のホワホワッ感がグフフと微笑んじゃうくらい
可笑しい。
★小ゑん師匠『ミステリーな午後』・課長のいじましさがシニカルに可笑しいの
は変わらない持ち味。

◆12月03日 新宿末廣亭夜席(この夜の末廣亭の客席は今年一番の“演芸を楽し
む大人揃い”だった)
扇『六文銭』/市江『権助魚』/ゆめじうたじ/彦いち『わくわく葬儀店』/多歌介
『短命』/三朗/歌武蔵『黄金の大黒』/勢朝『漫談』/わたる/扇橋『加賀の千
代』/金馬『掛取薪屋』//~仲入り~//左橋『親子酒』/時蔵『新聞記事』/駒三
『不精床』/アサダⅡ世/市馬『味噌蔵』
★市馬師匠『味噌蔵』・何度か聞いた市馬師の『味噌蔵』だが、こんなに出来の
良いのはお初。テンポが良くて細かい会話に吝兵衛や番頭の人物が出、表現のア
クが抜けて可笑しく愉しい。私の聞いた市馬師の中でも屈指の出来。「あたしも
我慢の限界だ」「この歳まで豆腐屋を知らないのは峰吉の罪じゃない」「甚助は
大洗の出だし」等の科白には笑った笑った。目白の小さん師匠に聞かせたかった
くらいの高座。
★歌武蔵師匠『黄金の大黒』・リズム感抜群。トントンと運んで停滞なく爆笑の
連続。漫談も可笑しいけど矢張り落語が素敵な師匠だ〓
★金馬師匠『掛取薪屋』・会話の間と八五郎・薪屋の科白の強弱が抜群で実に面
白い。薪屋相手の遣り取りで苦味を感じさせない経験は初めて。
★左橋師匠『親子酒』・何度か聞いたがコクがあって今夜は素晴らしい。
★駒三師匠『不精床』・軽くて溜めなくて、スイスイスラッと可笑しい。
★彦いち師匠『わくわく葬儀店』・発想と葬儀店のカミサンの熱さが可笑しい。
もう少し「廉価販売」「時期限定」のギャグを増やしても良いな。

◆12月05日 下谷稲荷神社第十回「柳噺研究会」
朝呂久『間抜け泥』/小燕枝『千早振る』/小里ん『言訳座頭』//~仲入り~//右
橘/雲助『首提燈』
★小燕枝師匠『千早振る』・前半、話をはぐらかそうとしている間の隠居の胡散
臭さが無闇と可笑しい。半面、龍田川の話が始まると胡散臭さが消えるのは惜し
いな。
★小里ん師匠『言訳座頭』・相手が「待つよ」と言った瞬間、「あ、そりゃどう
も済みません」と逃げ出す富の市の仕草の素早さ、言葉と表情が可笑しい。目白
の小さん師匠より愉しい。又、この噺につきまといがちな「言い掛かりで相手を
たばかる」という暗さが無いので聞き心地が良いのも長所。富の市が終盤に言う
「巧くいったね」という表情と言葉は目白の小さん師そのまま。また、富の市の
肩の線に寒さがあるのには感心した。
★雲助師匠『首提燈』・
冒頭に上方の『上燗屋』のついた型。古い速記による物だと伺ったが昔は東京も
こうだったのかな?酔漢が侍にぶつける悪態の数は圓生師匠より多いかもしれな
いが圓生師匠のように聞いていて不愉快にならないのは持ち味。侍が酔漢に呆れ
ていう「行け!」に怖さがあるのは雲助師匠らしい。首が横にズレるのはサン
ダーバードの人形みたいで矢鱈と可笑しいが首が前に落ちかかる件の迫力はイマ
イチ。その代わり、火事場見物の野次馬にドヤされて首が横に倒れかかるマンガ
味は素晴らしい。

◆12月06日 池袋演芸場昼席
ぼたん『転失気』/わたる/扇里『ひと目上がり』/喬太郎『時そば』/世津子/扇
好『お花半七』/はん治『禁酒番屋』/ロケット団/菊丸『片棒』//~仲入り~//
白鳥『シンデレラ』/喜多八『小言念仏』/正楽/志ん橋『掛取り』
★志ん橋師匠『掛取り』・狂歌・義太夫・芝居・喧嘩。義太夫は稍苦しいが無邪
気な個性故、喧嘩に嫌らしさの無いのは結構。

◆12月06日 上野鈴本演芸場夜席
まめ平『間抜け泥』/一之輔『加賀の千代』/和楽社中/時蔵『牛褒め』/三三『妾
馬(上)』/.遊平かほり/白酒『壷算』/金馬『按摩の炬燵』//~仲入り~//夢葉/
志ん橋『文七元結』
★志ん橋師匠『文七元結』・終わって「70分くらいかなァ」と思ったら、実に84
分〓小三治師匠より長い。ま、志ん朝師の快速話術で63分掛かったのだから、志
ん橋師の押す調子で演ればこれくらい掛かるのは仕方ない。志ん朝師譲りで仕種
が芝居的で特に八ツ口を使う仕事が多い。長兵衛は最初、割と芝居っぽく硬かっ
たが吾妻橋からグングン落語国の住人になる。「(助けたり殺したり)そんな器用
な真似は出来ねェ」の佳さは明らかに志ん生師匠系の魅力。酒も博打も好きな職
人の江戸っ子気質に溢れている。押し引きが強いので笑えるのに笑いに繋がらな
い箇所が幾つかあるのは惜しい。佐野槌の女将も怖くなく泣かない世話女房。文
七の庇いたくなる幼さは扇橋師匠に似ている。近江屋も江戸の商人で達磨横丁で
実直に謝る姿が素晴らしい。台詞の無い頭の使い方も巧い。泣くのは冒頭の長兵
衛カミサンくらいだが、終盤で怒って長兵衛に火箸を向ける気持ちも分かるが、
かといって本当に亭主を突っ殺すような烈女ではない。84分はウ゛ォリューム
タップリだが後味の真に良い『文七元結』。
★金馬師匠『按摩の炬燵』・杢市から炬燵を持ち掛ける演出。先代春團治師匠的
に杢市の酔いなど稍全体が陽気で聞き易い半面、みんなが寝入ってからの寒さに
乏しい。膝の関係で釈台を使っているため炬燵型になり難いのは残念。
★白酒師匠『壷算』・途中から少し走り加減になり瀬戸物屋主人のパニックが怒
りに近くなったのは惜しい。

◆12月07日  第109回談笑月例独演会
談笑『千早振る』/談笑『錦の袈裟』//~仲入り~//談笑『宮戸川』
★談笑師匠『千早振る』・四代三木助⇒文左衛門型のオチだが和尚さんの所へ行
くのと「お花」の名前、「とは」の言葉が後半の『宮戸川』へのフック。単体で
は鯉昇師匠の『モンゴル型』から、改作では喬太郎師匠の『オトミ酸』、ろべえ
サンの『龍田川博士』の可笑しさもあるしね。
★談笑師匠『錦の袈裟』・『宮戸川』に繋げる為の簡略型。洒落も繰り返すと野
暮になる、の典型。
★談笑師匠『宮戸川』・序盤はヤク漬けのお花と半七の恋物語。『愛と誠』の裏
返しみたい(早乙女愛追悼記念かね)。後半は生きていたお花と半七の再会劇。お
花が暴行はされないで川水に流される辺りが家元的ロマンティシズムで、和尚か
「とはの理由がやっと分かった」とオチをつける。『宮戸川』の後半の改作とし
て面白いかねェ。ピカレスクが安でのメロドラマになっただけのように感じる。
家元のロマンティシズムを受継ぐ心情的ベクトルの改作としては『ジーンズ屋』
や『竈幽霊』の「有難う。阿父っつぁん」が限度ではあるまいか。

◆12月08日 宝塚歌劇団星組公演『花の踊り絵巻~秋の踊り~』『愛と青春の旅
立ち』

◆12月08日 ぎやまん亭番外編「扇辰・三三の会」
市也『元犬』/扇辰『三方一両損』/三三『二番煎じ』//~仲入り~//三三『看板
のピン』/扇辰『野晒し』
★扇辰師匠『三方一両損』・了見だけでなくテンポも大分江戸っ子になってき
た。まだリアクションの頭に無駄なひと言があるのは惜しい。両大家の可笑しさ
は出色。
★三三師匠『二番煎じ』・コンパクトに可笑しい個所を繋げた雰囲気。反面、擽
りがギャグに聞こえるのはキャラクターの出し方不足。一番似合うのは見回りの
侍の怖さで老人酒飲み懇親会の楽しさは薄い。あと、黒川先生の謡風はマズマズ
だが廓夜回り経験者の「火の用心、さっしゃりやしょう~~」まで声音程が変な
のは課題。
★扇辰師匠『野晒し』・元はさん喬師匠型だと思うが八五郎が夢想する奇怪な声
の年増の変さ加減は近年一番馬鹿馬鹿しい。半面、幇間が登場してからの「愚か
愚か愚か」になると間延びする。

◆12月09日 池袋演芸場昼席
市也『元犬』/ぼたん『ひと目上がり』/世津子/扇辰『権兵衛狸』/喬太郎『粗忽
長屋』/元九郎/扇好『寄合酒』/小袁治『女天下』/小菊/菊丸『時そば』//~仲
入り~//白鳥『新ランゴランゴ』/喜多八『代書屋』/正楽/扇遊『片棒』
★扇辰師匠『権兵衛狸』・ユッタリした口調と稲荷町⇒扇橋師匠系の牧歌的雰囲
気の適った心地よい愉しさがある。オチね狸のひと言のみ家元的で牧歌調から覚
める気はするが。
★喬太郎師匠『粗忽長屋』・ホワホワと熊が可笑しく、困る役人も良い意味で共
感出来るリアリティがある。つっこみの八五郎が叱り口調なのは誰も同じだが、
心配の余りの説得口調じゃいけないのかな。『長短』に似た人間関係の噺だか
ら。
★菊丸師匠『時そば』・序盤の寒さの表現から、最初の男とそば屋の遣り取りに
当て込みが全くなく、真に結構。こういうサラサラと騙りを感じさせない、悪戯
心の『時そば』は珍しい。
★扇遊師匠『片棒』・オヤジがケチというよりマジなのが3人の倅と好対照であ
り、扇遊師匠らしい。

◆12月09日 上野鈴本演芸場夜席
しあわせ『転失気』/風車『浮世床・講釈本』/和楽社中/吉窓『半分垢』/正蔵
『新聞記事』/にゃん子金魚/扇辰『悋気の独楽』/一朝『尻餅』//~仲入り~//
文左衛門『道灌』/夢葉/小里ん『雪の子別れ』
★扇辰師匠『悋気の独楽』・噺全体が二枚目造りで妾に色気があり、旦那も中々
渋い二枚目になる。内儀も結構乙な年増で、結果、女同士の悋気や張り合う気分
の実感は伴うが、噺の雰囲気がシニカルドライになり、落語としての愉しさは減
る。
★一朝師匠『尻餅』・先月下席で聞いた時より丁寧な上、気組が実に良く、サラ
サラと軽く運ぶ中に暮の季節感があり、餅つきが更にリズミカルで愉しく、女房
の呆れ方や少し可哀想な可笑しさ、亭主の能天気が好対照で面白く、東西通じて
随一の『尻餅』である。
★文左衛門師匠『道灌』・今日の客数と客質に対するネタの選び方、演出が的確
で八五郎も低調子から隠居の家に入ってくる。中盤少しラフになった部分もある
が落語味は確実。「一度女形をしてみたかったんだ。芝居でもいい男しかしない
からな」のセリフがバカに愉しい。『蛙茶番』が聞きたいなァ。
★正蔵師匠『新聞記事』・出来は安定しているが今夜の客席なら『熊の皮』か
『芋俵』を選ぶのが適切だと感じた。
★小里ん師匠『双蝶々~雪の子別れ』・演じなれない分、言葉違いや息の乱れは
あるものの、芝居を踏まえながら、芝居にになり過ぎない人情噺という印象。つ
まり、雲助師匠の人情噺ほど、芝居の気分が強くないのは、矢張り古今亭系と柳
家の違いが大きい。特に多田薬師の石切場で母のお光が「長吉!」と叫んで袖に
すがる件の仕種のキレや、長屋で父の長兵衛が一度立ち去り掛ける息子に「長
吉!」と呼び掛ける気組は見事なもの。半面、お光の出会う中間の出番が稍少な
い。圓生師匠のように嫌らしくはないのだから、もう少しお光に絡んでも良いの
では?雪の奥州路を急ぎ来る長吉の姿は、闇の中にクッキリと描かれ、雲助師匠
の長吉より、寧ろ生世話物の味わいの濃い、スッキリした二枚目になっている。
長吉の見た目は正に幕末の大谷広次そのまま。科白がヤクザにならない辺りの程
も流石。母お光も婆臭くないのが「後妻」らしさを感じる。どうも、大抵のお光
は婆になり過ぎる。病で寝込んだ長兵衛が、お光のいない長屋で隣家などへ呼び
掛ける最初の科白に、夜更けて人気の耐えた長屋の寒さが現れる。登場当初の長
兵衛は少し爺むさいが、長吉を迎えて以降、芝居的な科白のメリハリこそ稍薄味
だが(飽くまでも噺の世界である)、病で衰えてはいても、息子への情は強く、ど
こか「世話の喜内」といった気分・気概を感じた。言えば、もう一寸、気強くて
も良いが、お光に向かって語る、病弱りの科白があるから、そこと長吉相手の意
見叱言の按配は確かに難しい。吾妻橋の芝居掛かりの科白廻しも生世話の骨法に
敵っているが、些か走り気味でもあったのは、テレもあるのかな。長くは無い噺
だが、(上)(中)の物語をマクラで話しているのだから、30分を切る口演は矢張
り、ちと短い。ラストで一っ調子張り上げて見得を切るように噺を終える、なん
て具合に押さないのは如何にも目白の小さん師匠の弟子らしいが、ここでキッパ
リと「双蝶々、雪の子別れでございます」と言い切る手強さがあればあったで、
更に優れた佳作になっただろうとも思える。何となく、ソソクサと話し終えたの
は惜しい。それだけに、太棹で「雪の合方」を入れるウ゛ァージョンも是非一度
聞きたい。

◆12月10日 安田生命ホール「春風亭昇太独演会~古典とわたし」 昼の部
柳好『目薬』/昇太『二番煎じ』/昇太『宴会の花道』//~仲入り~//昇太『富
久』
★昇太師匠『富久』・久蔵を「芸人でいるには気の小さい男なんだ。だから直ぐ
に酒に逃げる」と語る旦那の優しさ。観客としても好きにならずにいられない久
蔵の可愛さと小心さ、芸人臭さが愛しい。帳面付けのダレ場もカワユイ酒の飲み
方でクリア。晩飯の膳についた銚子を「一本開けて物足りなそうな顔をしている
と(女中の)お清サンがニコッと笑って、もう一本つけてくれる」という旦那の家
の雰囲気は某師匠がマクラで語った「昇太師匠の優しさ」に通じる。富札が無い
と千両が貰えないと分かっても「いつもそんなんだ」と諦めてしまう、ある種の
芸人気質もステキで昇太落語の中でも人間味を一番感じた。
★昇太師匠『二番煎じ』・今回のネタ卸し。先日の三三師匠以上に「可笑しい
所」しか演らないから短いのなんの。笑い話に近いが、本質的にウダウダするの
が嫌いなんだろうから仕方ない。
★昇太師匠『宴会の花道』・どんなに好きなものでも大量だと飽きる、という現
象の裏っ側にある「自由の扱いが下手」って可笑しさは『日照権』等、柳昇師匠
の日本人観に繋がる可笑しさがある。同時に、水平な人間関係が好きなんだなァ
と苦笑してしまう。

◆12月10日 新宿末廣亭夜席
市江『転失気送』/笑組/彦いち『エロ本母サン』/多歌介『短命』/三朗/歌武蔵
『黄金の大黒』/歌奴『棒鱈』/わたる/扇橋『二人旅(みたいなもの)』/金馬『掛
取薪屋』//~仲入り~//左橋『紙屑屋(物真似入り)』/ゆめじうたじ/時蔵『新聞
記事』/駒三『後生鰻』/アサダⅡ世/市馬『富久』
★彦いち師匠『エロ本母サン』(正式題名を知らない)・この噺のオフクロ像は女
同士の井戸端会議実感があって矢鱈と可笑しい。
★金馬師匠『掛取薪屋』・前の扇橋師匠の壊れ方に引きずられて噺に乗り損ねた
印象。
★左橋師匠『紙屑屋』・猫八先生のような鶯・虫などの物真似入りで客席を見事
に盛り上げた。
★市馬師匠『富久』・上がり時間は少し押していたが35分強は真に適宜な高座。
体型的にも幇間の芸人臭さは少ないが、ベーシックな『富久』の典型。家元と目
白の小さん師匠の折衷型か?序盤は家元、酔って酒乱は目白。終盤はまた家元っ
ぽい。持ち味で、愁嘆はあってもメソつかず、落語らしい軽さが全体を覆ってい
るから、聞き心地が良い。酔って荒れ出す手前で久蔵を寝かす演出も適切。強い
て言えば、もう少し古今亭系風の芸人キャラクターが強く出ても良いか。寝た久
蔵について語る旦那や番頭の人柄の佳さも嬉しい。千両を貰えないとなってもメ
ソつかない。それだけに富札を見つけてからは、黒門町のように泣かず、目白の
浮かれ出す演出を採る方が市馬師には似合うのではないか。とはいえ、自分が誕
生日に末廣亭の座敷で、市馬師匠の『富久』を聞く。これに勝る幸せはそうな
い。

◆12月11日 六本木Splash「第二回正蔵・馬石・一之輔の会」
なな子『廻り猫・味噌豆』(初高座)/馬石『替り目』/一之輔『蒟蒻問答』//~仲
入り~正蔵『芝浜』
★正蔵師匠『芝浜』・序盤、勝を騙す件のカミサンが少し単調。芝居になり過ぎ
てはクドくなるが「なんで?」という雰囲気は欲しい。勝が割とボーッとした、
「夢だ夢だ」で言いくるめられるのも無理ない江戸っ子なのは嬉しい。但し、冒
頭、芝の浜までの道筋で「寒い寒い」と言い過ぎ、魚屋らしさや夜明け前の暗さ
が見えなくなる。大晦日、カミサンの言う「お前さん、今、何て言ったの?」は
矢張り正蔵師らしい名科白。最後、湯飲みを手にしてからカミサンに余計な事を
言わせず、勝の無言の仕種だけで「よそ、夢になるといけねェ」と繋げたのは良
い工夫。
★馬石師匠『替り目』・雲助師匠演出の「カッポレ」や、アンコ入り都々逸が入
るなど変化した。
★一之輔サン『蒟蒻問答』・稲荷町⇒先代柳朝師匠型だろうか。沢善のマジボケ
が一番似合う。六兵衛のしかめっ面の大和尚も可笑しい。八五郎と権助はまだ
キャラクターが定まらず。

◆12月11日 三輪田学園百年記念館「この人が聞きたい~平治・馬石二人会」
昇々『垂乳根』/平治『普段の袴』/馬石『夢金』//~仲入り~//馬石『初天神』
/平治『佐野山』
★平治師匠『佐野山』・『佐野山』という噺の世界観を変えた、可笑しく一寸切
ない名演出である事に違いはない。引退した佐野山が「谷風関のような相撲取り
になって下され」という件では涙が出る。また、谷風が佐野山に「あの打っちゃ
りはお前さん自身の力だ。そして儂の天狗の鼻をへし折ってくれた」と頭を下げ
る件では谷風が一層大きく見える。最後の志ん生師匠のエピソードのみ蛇足。
★平治師匠『普段の袴』・マクラを振り過ぎて本題は少し簡略型。しかし、八五
郎のバカバカしさは出色。序盤の老武士の件が硬くなりがちな噺なのに硬くなら
ないのも独特。
★馬石師匠『夢金』・基本的には雲助師匠型だろう。龍玉師匠ほど硬くない代わ
り、武士が圓生師匠風の二枚目には見えない。声の強弱は使い分けていても、口
調の本質が柔らかく、見た目も堺雅人みたいなやさ男の印象になる。半面、熊の
欲と裏表な愛嬌や噺の可笑しさは前に出てくる。仕種は雲助師同様、羽織を簑に
使う辺り、芝居的だが、全体に世話味やピカレスクのドスが弱いのは課題、とい
うより持ち味の違いか。
★馬石師匠『初天神』・先代馬生師匠⇒雲助師匠の演出を継承。時間が押してい
たので団子を簡略にして凧揚げまで。一之輔サンのようにインパクトの強い笑い
は少ないが、何処かホノボノしているのは聞き心地がよい。

◆12月12日 新宿末廣亭昼席
北見伸&スティファニー/歌蔵『鮑熨斗』/金遊『他行』/Wモアモア/金太郎『ぜん
ざい公社』/助六『東西の長短』/京太ゆめ子/圓遊『ノンちゃん』//~仲入り~
//鯉枝『実践英会話教室』/一矢/伸治『時そば』/圓『近日息子』/喜楽/平治
『禁酒番屋』
★平治師匠『禁酒番屋』・近藤が酒屋に入ってくる時の迫力と大きさにまず驚
く。番屋の役人が酔って、張った科白の一部がフニャフニャになるのが抜群に可
笑しい。それでいて手は膝から落ちず、背筋も大丈夫で武士らしさを失わないの
は偉い。「毎度お先で忝ない」でドッと受けたのも感心。小便は先代馬生師匠同
様、女性も使う。大真打への道を予感させる爆笑編。
★圓遊師匠『ノンちゃん』・孫の可愛い失言エピソードの羅列漫談だが年配に相
応しい老夫婦話として巧く並べてある。
★伸治師匠『時そば』・オチまで行かないがフワフワと実に可笑しい。

◆12月12日 上野鈴本演芸場夜席
一力『子褒め』ぬう生『遅刻の神様』(正式題名不詳)/ダーク広和/歌奴『掛取
り』/燕路『欠伸指南』/にゃん子金魚/一之輔『代脈』/正蔵『蜆屋』//~仲入り
~//わたる/扇辰『お血脈』/和楽社中/白鳥『新あたま山』
★白鳥師匠『新あたま山』・白鳥新作としては古典だが久しぶりの口演か。心臓
の暴走によるホルモンの異常流失で若返るストーリーの滅茶苦茶さが愉しい。序
盤は『元帳』、終盤は『養老の滝』を書き換えたみたいな話だけど、内蔵それぞ
れの鬱積したキャラクターが可笑しいのは白鳥師独特。
★扇辰師匠『お血脈』・派手にクサく演じて受ける事優先の高座で可笑しい。
★正蔵師匠『蜆屋』・今夜は舌の廻りが良くない。最後の芝居掛かりの芝居っ気
が薄れている。留の可笑しさは安定。
★一之輔サン『代脈』・熱血思い込み大馬鹿者ギャグ沢山で爆笑。ま、人物はさ
ておき。

◆12月13日 新宿末廣亭昼席
Wモアモア/金太郎『松山鏡』/助六『凝り相撲』/うめ吉/圓遊『権助提燈』//~
仲入り~//春馬『つる』/東京ボーイズ/栄馬『かつぎ屋』/圓『漫談』/ボンボン
ブラザース/平治『死神』
★平治師匠『死神』・死神が時に見せる迫力、主人公のお気楽さは魅力的だが、
圓生師匠型のオチに至って違和感が強い。平治師には『誉れの幇間』のような
ウ゛ァイタリティ溢れる主人公が似合うのでは。・・話は変わるが蝋燭の部屋で
「アジャラカモクレン」で死神を消して蝋燭を点けたものの「ここから出られな
い」ってシニカルな演出はあるのかなァ。チリの鉱山事故の救出劇からイメージ
したが。
★栄馬師匠『かつぎ屋』・先代圓遊師匠や文朝師匠とは違う垢抜け方でヌケヌケ
とシニカル。落と玉と帳面付けの件だけだが実に可笑しい。

◆12月13日 国立演芸場「月例三三独演」
こみち『紙屑屋』/三三『しの字嫌い』/三三『言訳座頭』//~仲入り~//三三
『鼠穴』
★三三師匠『言訳座頭』・富の市の言葉つき・態度が這い出しの居催促の典型み
たいで、どうも強請がましい嫌味が残る。「薮原検校」や「不知火検校」じゃあ
るまいし、長屋のお節介で良いと思うのだが。後、大晦日の店先で話しているの
に富の市の体に寒さが無いなァ。
★三三師匠『鼠穴』・冒頭、誠に狡い目をした竹次郎が出てくる。その不遜を見
抜いた兄貴は冷徹な眼力の持ち主と言えるが(十年後、兄貴が目の話をするのは
余計)、あの目をした竹次郎にその後の頑張りが出来るとは思い難い。また、兄
貴も十年後に「とっつぁまに代わって兄が褒める」という科白は蛇足。結果的に
二人が兄弟だ、としみじみ感じさせる場がない。「おらも人には言えねェ苦労が
あった。泊まってってくれろ」と泣くのも「とっつぁまに代わって」という気質
とのギャップが大きく聞いてい、嫌な泣かせに聞こえる。娘芳も妙にさかしらで
扇遊師匠のような「訥」や「善」が登場人物から感じられない。夢の中なのに些
末な説明や科白が多いのは駄目な『芝浜』みたいなものか。
★三三師匠『しの字嫌い』・旦那も権助も誠に嫌な奴で、それが似合って可笑し
い。

◆12月14日 紀伊国屋ホール「市馬・喬太郎 忠臣蔵でごさる!」
市場・喬太郎 御挨拶/市馬『七段目』喬太郎『カマ手本忠臣蔵』//~仲入り~
//忠臣蔵コント/二楽/市馬歌「俵星玄蕃」
★喬太郎師匠『カマ手本忠臣蔵』・絵に描いたようなハイテンションの浅野タカ
マ守で吉良の迷惑そうな渋面が引き立つ。しかし、松の廊下の刃傷の謎がは日本
芸能史に与えた影響は計り知れないなァ。マクラの噺家忠臣蔵配役見立ても爆笑
だったが、AKB48=「浅野吉良バトル」の翻訳など、ギャグも色々と変化して可笑
しい。このカマ設定は『オセロ』にも使えるな。因みに「俵星玄蕃」で市馬師に
絡んだ「先生!」の科白は間が良かった。演劇が好きなんだなァ。
★市馬師匠『七段目』・丁寧。櫓のお七の人形振りの形の的確さ、お軽平右衛門
の遣り取りの的確さと感心するだけでなく、ちゃんと可笑しい。
※落語ではないが昔々、旧本牧亭で鹿芝居の『五段目』『六段目』が催された
時、志ん橋師匠が講釈の『忠臣二度目の清書』、扇遊師匠が浪曲の『南部坂』を
演った事がある。『二度目の清書』の骨太だった事は今も記憶しているし、志ん
橋師は女衒源六も実に面白く、「老巧な脇役の減っていた歌舞伎界にトレードし
たら」なんて馬鹿話を当時の若手噺家さんとしたのを思い出した。

◆12月15日 新宿末廣亭昼席
歌蔵『松竹梅』/遊吉『鰻屋』/Wモアモア/金太郎『お見立て』/助六『浮世床・
講釈本』/南玉/圓遊『加賀の千代』//~仲入り~//春馬『ぞろぞろ』/東京ボー
イズ/栄馬『元帳』/圓『悔やみ丁稚』/ボンボンブラザース/平治『肥瓶』
★平治師匠『肥瓶』・時間が少し押していたので昼席主任らしく爆笑ネタへ。瓶
買いから丁寧目で新聞紙も登場するが平治師ならではのカラリとした可笑しさ。
「何処の水だろう?」と言われてガラリと箸を落とすのが爆笑の中で意外とリア
ル。
★栄馬師匠『元帳』・不思議だねェ、昼席なのに栄馬師の亭主がボヤキ乍らトロ
トロ酔っていると熟した夜の気分になる。夜の似合う芸なんだな。
★春馬師匠『ぞろぞろ』・茶店の老夫婦がワザワザでなく日常的に太郎稲荷の掃
除をしている。積善の家に余恵アリで、草鞋のゾロゾロも現れ方を説明したり強
調しない。で、草鞋の噂を聞いた近隣の床屋が7日間、裸足参りをした結果がオ
チになる。この方が自然でオチでドッと受けた。
★圓師匠『悔やみ丁稚』・生では初めて東京で聞いた噺。丁稚がハキハキして
『サザエさん』のカツオみたいな可笑しさ。

◆12月15日 国立演芸場「立川生志らくごLIVE『ひとりブタThePremium』師走ス
ペシャル」
志の八『十徳』/生志『だくだく』/談志『短命』//~仲入り~//生志『らくだ
(上)』
★生志師匠『らくだ(上)』・こちらも稍緊張気味。家元型だが屑屋がもっとお人
好しで、手斧目の半次もヤクザ者なりに真っ当になる。「弔いくらい出してやり
たい」「世の中、そういうもんだ」がマジな本音に聞こえる。酔ってからも屑屋
は口調は余り乱れず顔色が青くなる雰囲気。全体に淡彩なのは目白の小さん師匠
に近い。家元型に登場する「らくだの青龍刀」も生志師なら押入れから探しだし
て髪の毛剃りに使い、手元が狂ってらくだの首を落としたり(天秤棒を切って胴
体と繋ぎ直せば良い)、屑屋の秤でらくだの体の重さを測るなどマンガ的要素を
増やしてもグロテスクにはならないのでは?
★生志師匠『だくだく』・滅茶苦茶緊張してる、と感じたが・・・。
★家元『短命』・喉が駄目なので却って非常にシンプルな展開だったが終盤、無
理に「立川談志の短命」にしようとした印象。「柳家小ゑんの短命」で良かった
のに・・

◆12月16日 新宿末廣亭昼席
右左喜『ぜんざい公社』/Wモアモア/夢太朗『元帳』/助六『浮世床講釈本』/う
め吉/圓遊『湯屋番』//~仲入り~//春馬『猫の皿』/東京ボーイズ/伸治『幇間
腹』/圓『長短』/ボンボンブラザース/平治『佐野山』
★平治師匠『佐野山』・30分強というテンポの良さだと最後の志ん生師匠のエピ
ソードも邪魔にならない。爆笑から人情噺への流れで谷風が佐野山に言う「有難
う」のひと言が噺の楔になり、料理屋を始めた佐野山が後輩を励ます際も泣き過
ぎずに結構。
★圓遊師匠『湯屋番』・簡略型だが懐かしい先代圓遊師匠型。文朝師匠もやって
たが落語協会の『湯屋番』より下世話なのが味。

◆12月16日 浅草演芸ホール夜席
わたる/歌る多『元帳』/小袁治『長短』/和楽社中/雲助『子褒め』//~仲入り~
//菊志ん『鼻欲しい』三朗/甚語楼『狸賽』/はん治『背中で老いてる唐獅子牡
丹』/遊平かほり/鉄平『大安売』/アサダⅡ世/正蔵『四段目』
★正蔵師匠『四段目』・定吉が実に定吉らしい言葉で喋っているのは、他の演者
に無い楽しさ。旦那はどちらかというと「必要な科白を言うための脇役」扱いし
ているのは古今亭的でもある。形の綺麗さと可笑しさを兼ね備えた出来。
※12月中席は浅草演芸場ホールがテスト的に新聞の招待券を廃した興行をしてい
るとかで一階がザッと一杯の入りだが大変に良いお客さんだった。

◆12月17日 新宿末廣亭昼席
遊吉『浮世床講釈本』/Wモアモア/伸治『時そば』/助六『長短』/うめ吉/金遊
『高砂や』//~仲入り~//春馬『阿弥陀池』/東京ボーイズ/金太郎『代り目』/
圓『強情灸』/えつややすこ/平治『らくだ(上)』
★平治師匠『らくだ(上)』・寄席主任では二度目。長屋の衆、大家のリアクショ
ンをわざと同じにして、酒を呑み出す迄の変化を抑える演出。屑屋が「何であの
時」と繰り返し悩むのは三代目柳好師『鰻の幇間』同様のパニック心理のリアリ
ティを狙ったものか。誰の型だろう。困り乍ら明るい屑屋、首を斜めに頸骨を鳴
らしながらヒヤ-ッと低い声で怖がらせる兄貴分の対比は噺を重くし過ぎず、カ
ンカンノウをアクセントに笑いを取って酒態に噺を進める。三杯目から屑屋の態
度が変わり始め、四杯目を空けて「雨降り風間!」の科白に場内爆笑。「カンカ
ンノウを踊らせろ」で呆れた兄貴分に「大人しくしてるうちに注ぎねェよ」と押
して、ドーンと受けサゲになる。
★春馬師匠『阿弥陀池』・『阿弥陀池』の流れで似合う噺だと思うが、後半の米
屋の噺までの進行がまだ整理不足。

◆12月17日 JTホール「J亭談笑独演会花鳥風月“月”Part1」
談笑『山号寺号』/市馬『掛取り美智也』//~仲入り~//三三『鮑熨斗』/談笑
『鼠穴』
★談笑師匠『鼠穴』・良く出来た現代版書き換え。ただ、原典の火事の不可避さ
と改作のサイバー・テロの対処可能さの違いは主人公を自業自得にも見せる。
後、サイバー・テロの間に個人財産まで奪取されるシステムがどうも良く分から
ない。国相手の所まで話が広がっている分、その辺りのカラクリ(腹心に裏切ら
れるとか株を買い占められるとか)の展開部分が必要ではないか。また、原典の
日本人と改作の中国人では親族の絆の強さが違うと思うが、その辺り、兄のキャ
ラクターが簡単な敵役過ぎる。BSフジでオンエアしたベジ佐々木氏のインタ
ウ゛ューなどで聞いた「成り上がりに対する日本の金融機関の視点」の印象など
から、そういう「鼠穴」をこの改作には感じてしまう。
★談笑師匠『山号寺号』・可笑しいのは家元の「自画自賛問題児」くらいかな。
幇間は現代だと代理店の営業だと思うが。
★市馬師匠『掛取り美智也』・三橋美智也で終わらず「早慶戦」や「春日八郎」
か「藤山一郎」「岡晴夫」くらいは聞きたいな。
★三三師匠『鮑熨斗』・甚兵衛サンの直ぐにシクシク泣く、というキャラクター
が抜群に可笑しく、町内みんながその厄介者ぶりを認めているのも可笑しい。半
面、甚兵衛サンはカミサンの子供じみるように、町内全体が擁護者風なので甚兵
衛を取り巻く人間関係がどうしても上から視線になるなァ。


◆12月18日 仏教伝道会館ホール「第十一回三田落語会 夜の部」
朝呂久『ひと目上り』/扇遊『蜘蛛駕籠』/権太楼『睨み返し』//~仲入り~//喜
多八『粗忽の釘』/扇遊『三枚起請』
★権太楼師匠『睨み返し』・意外なほど元気な高座でホッとした。薪屋の掛取り
は互いに威勢良く言い掛かりの暗さがなく愉しい。睨み返しに掛かってからは目
白の小さん師匠のような詰めたリアクションでないフワァ~ッと外す米屋の手代
(小僧かな)、直ぐ帰る魚屋のリアクションが可笑しい。壮士風の男との遣り取り
はマンガとしての可笑しさはあるがやや力感に乏しいのが残念。
★扇遊師匠『三枚起請』・三バカトリオは亥之サンの能天気さが愉しく、「こん
な奴と一緒に騙されたかと思うと・・」と清サンが悔しがるのも分かる。しか
し、それ以上に印象的なのは喜瀬川がいい女であること。茶屋女将に挨拶する様
子は棟梁がたばかられるのも分かる風情と色香アリ。
★喜多八師匠『粗忽の釘』・珍しく箪笥運びから。序盤の夫婦の遣り取り、強妻
ぶりには一寸枝雀師匠の雰囲気があり、亭主のダラシ無さも愉しい。但し、釘の
出先探しからは稍噺が走って面白味が減った。
★扇遊師匠『蜘蛛駕籠』・安定しているが、少し忙しなく印象に残りにくい。

◆12月19日 「四季の正蔵~冬の正蔵」其の五
はな平『牛褒め』/正蔵『不動坊』/正楽/正蔵『富久』
★正蔵師匠『不動坊』・完全な初演ゆえ、序盤から銭湯までは稍走ったが吉公の
浮かれ具合は明るく愉しい。三バカトリオはそれぞれキャラクターが出ている
が、中でも屋根の上でボーッと遠くの火事を見物してる鉄の可笑しさが抜群。ま
た幽太になる林家病雀の宙吊りになってからの動きは非常に可笑しく、かといっ
て滅茶苦茶ではないのが結構。
★正蔵師匠『富久』・これも初演で、まだ忙しさは残る。最近では珍しい目白の
小さん師匠型故、序盤の久蔵に芸人臭さや愛嬌がちと乏しいのも事実。此処は志
ん朝師の「汲み立ての冷たい水でも飲んで行きませんか?」を加味したい。ドテ
ラに荒縄で火事見舞に駆け付ける場面も、目白は奴凧みたいなシルエットを感じ
させた。そういう絵面が欲しいな。久蔵の酒は三代目小さん系で酒乱だが、酔い
方・荒れ方にリアル味が勝つので、正蔵師なりの酒乱のマンガに変えたい。富札
を焼いて千両を貰えないと分かると啖呵は切らずアッサリと諦める。この後の
「親父が(俺が)芸人になる時、言ってた。“芸人になんかなるんじゃねェ。芸
人なんてのは野垂れ死にするんだぞ!”冗談じゃねェと思ってた。親の言うこと
は当たってるなあ。もうついてねえ。これから何も良いことねえだろう。あ~
あ、死んじまおう」や、頭に会っても「若い者じゃ信心心はないから、大神宮
様ぁ、運んでねぇだろうな」の両科白は実に優れた工夫で、自分に運は無いと思
い込む悲観型人間の悲しみや辛さがある。その辛さが富札を手にした最後の欣喜
雀躍を一層引き立て、噺を明るく締め括るのは、この噺の祝典性を高め、同時に
正蔵師に似合う。

◆12月19日 新宿末廣亭昼席
圓『権助魚』/正二郎/平治『掛取り』
★平治師匠『掛取り』・狂歌・寄席・芝居・喧嘩。寄席は柳昇師匠と彦六師匠の
物真似。狂歌は大家サンが腰に手をやってる様子が老人らしく、芝居は上使が圓
生師型の二枚目でなく柄と声を活かした瀬尾か春藤玄蕃の雰囲気で憎々しく高座
ぶりが大きい。迎える側はちゃんと二枚目と使い分ける等、可笑しいだけでなく
細部が凝っていて愉しい。

◆12月19日 第25回特撰落語会“さん喬・雲助二人会~冬の長講対決~”
ありがとう『転失気』/小んぶ『短命』/雲助『富久』//~仲入り~//さん喬『掛
取り』
★雲助師匠『富久』・55分。三代目型だが酒乱ではない。非常に丁寧に演じたが
少し長い。酒に対する久蔵のだらしなさを見せる件が前半の見せ場。酒への執
着、飲んでの嬉しさを視線で強調したのが印象的。同時に、富札が焼けて千両を
貰えないとなって、周囲の視線を気にする辺りの久蔵の視線が酒を飲んで周囲を
気にする件とダブり、「久蔵の感じている世の中からの見られ方」が見えてく
る。但し、其処まで演ると演劇的に過ぎる気もした。千両貰えないとなっての啖
呵から落胆は稍マンガ的な軽みに欠け昨年の山野亭ほどには共感しえなかった。
とはいえ、旦那・頭の会話の良さなど、現代の『富久』では傑出した高座である
事に違いは無い。
★さん喬師匠『掛取り』・狂歌・義太夫・喧嘩・芝居・三河万歳で55分。「緊張
感の無い、アットホームな掛取り」とマクラで言った通り、掛取りに来る連中が
「好きな物に惹かれる瞬間のリアクション」に焦点を当てた演出で、人間味の可
笑しさ&愉しさ中心の高座。中でも狂歌の大家、義太夫の浪花屋が言葉を発せ
ず、ニマッとする可笑しさが如何にも「さん喬師のマンガ」らしい。義太夫で八
五郎が「出ンッ」と何度も語るのは声も表情も馬鹿に可笑しい。半面、魚屋相手
の喧嘩は八五郎の啖呵がマジ過ぎて重く感じるのと(魚屋の困りきったリアク
ションは可笑しい)、ここだけどうしても尺が伸びるので稍聞きダレする。最後
の三河万歳はさん喬師本人が草臥れたのか短め(苦笑)。

◆12月20日 新宿末廣亭昼席
伸治『垂乳根』/圓『反対夫婦』/正二郎/平治『源平盛衰記』
★平治師匠『源平盛衰記』・二回席の学生団体客を意識してか、大半はとりとめ
のない漫談で合間に『木曾義仲』『屋島檀浦』を挟むスタイル。とりとめの無い
漫談が自棄にオカシク、合間の大声が故・文治師匠を彷彿とさせるのが愉しい。

◆12月20日 第回浜松町かもめ亭
白酒・小せん・龍玉 真打昇進披露口上/春樹『ろくろ首』/小せん『夜鷹の野晒
し』//~仲入り~//白酒『転宅』/龍玉『夢金』
★龍玉師匠『夢金』・今年四月に聞いた時より明らかに進歩している。特に眼の
配り、仕種の的確さは若手真打離れしており、侍が熊を見る胡散臭そうな目付き
は忘れ難い。熊と船宿女将が連れだって船に向かう様子も良く分かる。また、長
身が活きて脱いだ羽織を簑に見せる仕種は雲助師匠以上。噺全体に艶が出たので
此処という件で笑いが取れるようになった。半面、舟で熊の科白の調子に櫓の動
きが左右される、要となる中州の件で、侍、熊、共に科白が稍流れる、といった
点は今後の課題。
★小せん師匠『夜鷹の野晒し』・前回聞いた時よりまとまってきたが、調子が細
くインパクトが弱めで、前半はリズムに乗り切れなかった印象。とはいえ、八五
郎が釣に行く様子は完全に植木等でスーダラした可笑しさ。また、釣の仕種や状
況説明も丁寧で細かい。後半、婆夜鷹が登場、八五郎の家で顔を隠す件の仕種が
可笑しく受け、その婆を家に閉じ込める可笑しさ、更に尾形清十郎の所に現れた
娘が実は隠し子だった、という新展開と終盤はかなり受けた。
★白酒師匠『転宅』・ギャグを入れ替え乍ら楽々と受けまくる。とはいえ、何と
言っても泥棒(いつもは中沢圓法、今夜は伊藤リオン)の愛すべきキャラクターと
仕種と人間味の連動がが素晴らしい。特に翌朝、完全に二枚目気取りで現れる件
は絶妙のおバカぶりだ。小三治師匠、喬太郎師匠、文左衛門師匠といった現代を
代表する『転宅』の中で泥棒の愛おしさは一番。西原理恵子のマンガに出てくる
「贈り物泥棒」を思い出す。課題は妾お菊の色気かな。

◆12月21日 第五回射手座落語会
宮治『元犬』/喬太郎『~ナイショ~』/正蔵『富久』/生志『芝浜』
※自分が主催している会なので評は控えますが・・お客様にはいずれも好評。演
目の並びは往年の東横落語会の志ん朝師匠・談志師匠・小三治師匠の競演といっ
た豪華版。

◆12月21日 落語協会特選会柳家小里んの会
朝呂久『饅頭怖い』/麟太郎『天狗裁き』/小里ん『長短』『短命』////小里ん
『宿屋の仇討』
★小里ん師匠『長短』・滅多に演らない噺だが、真にシンプルだが結構なもの。
短七が飽くまでも短気なだけで喧嘩っ早い訳ではないのが分かるし、長サンが短
七を信用してるのが分かるのは凄い。
★小里ん師匠『短命』・これもシンプルな演出だけれど隠居の「ナッ」が独特の
リズムを生み出して実に可っ笑しい。隠居が焦れて「お前、頭を一度、叩いてみ
ろ」と言い出したのには大笑い。
★小里ん師匠『宿屋の仇討』・ベースは稲荷町型か。語り慣れないせいか、稍言
葉遣いは多めだったが江戸っ子三人はトントンと運び、一方、侍、特に前半の武
張り方には楠運平の剽逸な雰囲気が漂うのが面白い。また、隣が侍と聞いての江
戸っ子のリアクション、表情の変化や伊八のサラサラした対応の仕方が落語らし
くて愉しい。
★麟太郎サン『天狗裁き』・持ち味からか、お伽噺を聞いているような優しい可
笑し味があるのは珍しい。

◆12月22日 宝塚歌劇団星組公演『花の踊り絵巻~秋の踊り~』『愛と青春の旅
立ち』
 二度見て、明らかに「共和党プロパガンダ的軍隊称揚ストーリー」なんだけ
ど、ポーリー軍曹が最後に主人公ザックいう「殿はいりません。今日から貴方は
私の上官なのですから」を聞くと涙が出る。『長い灰色の線』『ビロクシー・ブ
ルース』、さららいえば『チップス先生、さようなら』に共通する「集団生活人
生物」に私が弱いってことでもある。またね。「宝塚音楽学校」と「士官学校」
が見事にダブるのだなァ。それと、陸軍と違って、海軍士官の真っ白い正装がま
たカッコいいんだわ。宝塚の生徒だと、NAVYというより江田島っぽく見えは
するんだけど。

◆12月22日 立川談春東京独演会二日目
談春『棒鱈』//~仲入り~//談春『文七元結』
★談春師匠『文七元結』・佐野槌の女将が待つのが二年に延ばしてあるが、喬太
郎師匠の「一年後の大晦日」程の意味は感じない。しかし、全体的にキャラク
ターが落語になっていて終盤は実に愉しかった。特に近江屋の番頭が「佐野槌」
を文七に思い出させたため、却って旦那に「そんなに遊んでたのか」と呆れられ
るのが単なるギャグでなく、文七や名も知らぬ長兵衛やお久のため、一所懸命に
なった結果のクスグリになっているのが素晴らしい。この番頭と近江屋の遣り取
りを見ていて、『百年目』が聞きたくなった。この番頭の件で初めて本当に愉し
めた。近江屋からラストまでは見事に落語。中でも、最後の達磨横丁でカミサン
に「五十両やっちまって、五十両借金があったら、合わせて百両じゃないか」と
言われ、それまで「オレが働いて五十両返しゃいいじゃねェか」と意気がってい
た長兵衛が「アッ」と気が付く“すっとこどっこいぶり”はこれまで誰の『文七
元結』には無かったくらいにマンガになっていた。そんな長兵衛だから「やった
んだから、もうあっしの金じゃねェ」と言われた近江屋が「ハァッ?」と困惑す
るのがまた馬鹿に可笑しい。前半でも佐野槌の女将が今までのように「怖い人」
ではなく、最後に長兵衛に言う「待ってるよ」のひと言で、冷徹だが情のある人
になっているのが良く、お久が長兵衛について言ったという、「お金が無いから
荒れると思うんです」が親をよく見てる娘の言葉であると共に、長兵衛の本質で
ある気の小ささをパッと現すセリフなのも優れた着眼点。因みに女将が語る「博
打打ち、仕事師なんぞ、年取ったら何もなくなるんだよ」が、談春師匠の博打打
ち的了見であると共に「紫ゃお部屋の食い潰し」、女郎という商売の盛衰を冷徹
に見てきた女将の姿をも連想させるのが興味深い。吾妻橋上で文七が妙に長兵衛
を納得させる「親子関係」に関する屁理屈のみが「親子が分からない変な奴な
の?」って疑問を感じさせるのたけが、ちと違和感として残るのは惜しい。
★談春師匠『棒鱈』・この噺に登場するのは酌婦に近い存在だと思うが、談春師
匠は「酌婦でなく芸者」と注文させている。酔っ払い二人はさのみインパクトは
ないが、田舎侍は独特でガハハ笑いが小型馬風師匠風で、野暮ったさが実に似
合って愉しい。「十二ケ月」を丸一年歌うのも可笑しくて良い。「琉球」の音程
は稍変だが。芸者が若い子(下地っ子ではない)を二人、「鮫塚様のお座敷は勉強
になるから」と連れて来るが「ねっ、勉強になるでしょ」という演出は正朝師匠
と同じ。兄貴分が隣の部屋に乱入した男の襟っ首を掴む件はあんなに克明に演っ
てたかな。稍動きが大き過ぎるけれど。侍がいきなり刀をダーッと抜くのは良い
けれど、芸者が「廊下をタタタターッ」と駆けて行くのは噺がオチ前で間延びし
て蛇足。大体、そんなデカイ店かな。

◆12月23日 龍玉襲名披露雲助一門会
ぽっぽ『やかん』/馬石『堀の内』/白酒『徳ちゃん』/雲助『鹿政談』////二女
囃子(優子その)/龍玉『子は鎹』
★龍玉師匠『子は鎹』・次第に柔らかみが出て、笑いもちゃんと取れるように
なってきた。特にカミサンが優しくなった。カミサンの色気の分、益々圓生師走
に似て見える。番頭さんの計略で亀と再会するだけに、以後、番頭さんが出てこ
ない展開に稍疑問あり?
★雲助師匠『鹿政談』・珍しい。奉行も芝居っぽく、逆に上方言葉は余り多用し
ない。サラサラしているが語り口にコクのあるのが強み。全体の雰囲気は「硬め
の裁き物」だけれど、鹿の蘇生に電気ショックを使ったりと遊んでもいる。

◆12月23日 雲助蔵出し再び
ぽっぽ『悋気の独楽』/市楽『表札』/雲助『雁風呂』『四宿の屁~将軍の屁』//
~仲入り~//雲助『芝浜』
★雲助師匠『芝浜』・三木助型がベース。カミサンは別に賢女ではないが、割と
普通の世話女房で夫婦噺のヒロインにしては魅力がイマイチ乏しい。魚勝も極く
当たり前の江戸っ子で、性格的に誇張された部分は殆ど無いから市井の一寓話の
雰囲気になる。浜でも帆掛け船を二艘出すが、矢鱈と景色の描写をしたりしな
い。「暗い浜で煙管の火皿だけがポッと明るい」というのは短く的確な表現だっ
た。終盤大晦日で「酒を」と許されると酒好きらしさが横逸する。「人間は働か
なきゃいけねェ」なんて野暮は言わない人格になっている。オチで語尾を下げる
のは酒呑みの悔しさを感じて良いが、その前の「あたしのお酌じゃあ」は矢張り
蛇足。
★雲助師匠『雁風呂』・黄門様一行は武士らしくというより講釈風の硬めの口調
だが、二代目淀屋辰五郎主従は砕けた口調。辰五郎の「雁風呂」絵解きが稍走っ
たが、全体としてはジックリ聞かせて満足感があった。テンポやリズムでなく演
者の話術・信頼感でストーリーを聞かせる高座の典型、という意味では松鯉先生
の『雁風呂』に近いか。
★雲助師匠『四宿の屁~将軍の屁』・絵に描いたような小噺の羅列だが、そうな
ると『雁風呂』とは正反対の軽みが活きて、ホンッとに下らなくて真に結構。

◆12月24日 新宿末廣亭昼席
喜多八『粗忽長屋』/才賀『台東区の老人たち』/ペペ桜井/市馬『掛取り』//~
仲入り~//しん平『漫談』/笑組/雲助『身投げ屋』/圓丈『強情灸』/仙三郎社中
/さん八『試し酒』
★市馬師匠『掛取り』・狂歌・相撲・喧嘩。喧嘩もクドくなく明るくトントンと
進めるので聞き心地が良い。相撲は部屋尽くしの言訳が中心で甚句をもっと聞き
たい〓狂歌は柄に無いだけに、さん喬師匠のようなリアクションが欲しい。
★さん八師匠『試し酒』・久蔵がニコニコして外から戻ってくる、という相手旦
那の描写は良い工夫。呑み始めてから久蔵が酔わないのは酒豪さん八師らしいが
酔態を見る楽しみも欠ける。義俶の話や都々逸の文句を色々上げる久蔵に相手旦
那が言う「お前さん、博学だねェ」は笑った。

◆12月24日 第8回北沢落語名人会柳家さん喬独演会
しん歩『垂乳根』/しん平『御挨拶』/喬之進『厄払い』/さん喬『棒鱈』//~仲
入り~//小菊/さん喬『柳田格之進』
★さん喬師匠『柳田格之進』・さん喬師匠の優れた出来の高座に共通する、空間
密度が高まって鼓膜を押されるような口演だった。終盤、柳田が再仕官してから
の娘光の見受けと光の哀れな境遇は先代馬生師匠の演出に依っているが、序盤か
ら終盤まで細かく配慮され、描写はあるが多弁饒舌でなく、間は有るが間延びせ
ず、山中貞雄の『人情紙風船』のように四季の描かれた出来には感服する。この
噺は身分を越えた友情と男同士故の嫉妬が交錯する噺だと私は思うが、萬屋善兵
衛と柳田の友情、番頭長兵衛が柳田に抱く嫉妬は明瞭に分かる。長兵衛が終景色
で自らの嫉妬を告白するのは、こうでなければ観客に理解しがたい面があるだろ
うから致し方ない。善兵衛の友情は見事である。私は某落語会を主催するOサン
の人柄を善兵衛に感じた。終景で庇い合う善兵衛主従に柳田の告げる「黙れ、黙
れ、黙ってくれい」も熟考された見事な科白で、いまだかつて此を越える柳田の
科白は記憶にない。「黙ってくれい」のひと言(その音調)だけで、柳田が二人
を許してしまうのが分かるのが凄い。こうした表現を人情噺(広義の)で発揮出来
るのは今や雲助師匠とさん喬師匠、一朝師匠しかいないだろう。柳田に残された
のは「侍心を捨てた自らの変心」の理由を、父の「侍心」を立てるために身を売
り、今は一人孤独に嘆き哀しむ光に説くのに必要な「父としての言葉」だけであ
る。それが続く、「光に掛ける言葉を教えてくれ」という血吐の一言に繋がる。
今日のさん喬師の口演を聞いていると、志ん生師がなぜ『柳田』を演じ、先代馬
生師・志ん朝師がなぜ受け継いだかは「折れた侍心」の魅力に惹かれてではない
だろうか、と思えてならなかった。光の言葉では「赤き心」と表現しているが、
それはあくまでも「侍心」であり、「侍心」が分からない人が演っても仕方ない
噺になる。というか、その柳田に対して、善兵衛側は町人として「男がすたる」
から自らを捨てようとするので、これは『文七元結』の長兵衛に通じる。つまり
『文七元結』の吾妻橋における長兵衛の行為が、違和感無しに演じられる噺家さ
んなら、『柳田』を演じる糸口は見つかる筈なのである。今夜のさん喬師の口演
に関して細部に拘れば、惜しむらくは柳田の人柄が稍不明瞭なものに感じられ
た。光に「お腹を召す事だけはお止まり下さい」と言われ、「光に嘘はつけん」
と語るのは小満ん師匠に似ているが、小満ん師の柳田は「儂に嘘はつけん」と語
る言葉の自嘲が其処までの善兵衛との遣り取りの風趣に繋がる。しかし、さん喬
師の柳田は其処までが妙に若々しく明るいので、聞いていて風趣が繋がり難いの
である。また、湯島切通で頭巾を取るのでなく、傘を横に外して長兵衛に顔を見
せるのは、駕籠から出た直後である事を考えれば理に叶って優れた演出だが、そ
の後の立ち話の形に問題がある。いつもの歩き方同様、少し背中が丸いのは侍の
立ち姿として気にならざるをえない。とは申せ、2010年に私が聞いたさん喬師の
高座の中でも、一、二を争う出来である。聞き終わった時、「この『柳田』を喬
太郎師匠に受け継いで欲しい」と感じたのも事実。
★さん喬師匠『棒鱈』・序盤の鯛と芋蛸の話をカットして、直ぐに仲居を呼ん
だ。出来は今更言う事ではないが、安定感抜群で文句なし。分かりやすく、師の
柄にない田舎侍もマンガになっている。酔っ払った男が赤ベロベロを掛けるのが
侍の顔面でなく紋服であること(これが一番耳立った。羽織は脱いでいた訳ね)。
芸者の数が三人より多いこと(「旦那、お声を」を言う人数がかなり多い)。兄貴
分が隣室へ来ない。都々逸を唄わず、文句も羅列したい(後半二つの要素はは時
間短縮のためか)等、幾つか普段と違う点がある。

◆12月24日 第五回銀座山野亭落語会年忘れ落語祭第一部 桂平治・柳家喬太郎
二人会~芸協と落協の若手の怪物~
ありがとう『壽限無』/平治『木曾義仲』//~仲入り~//喬太郎『文七元結』
★平治師匠『木曾義仲』・見事にとりとめの無い45分で楽しませてくれた。タッ
プリ演って倶利伽羅峠までだったのは、アンコになった漫談の分量が多かったか
ら。
★喬太郎師匠『文七元結』・佐野槌の女将が花魁上り、という設定は初聞き。風
声気味で声が枯れ(最後の達磨横丁では夫婦喧嘩で声を張れず)、全体にロー
トーンだった結果、今までにない情感の奥行が感じられたのは運が良い。女将も
長兵衛を怒りすぎず、「今年、アタシは泣かなかったんだよ。それが・・一年分
の涙、絞りだしちまった」の辺りから冷徹だが情があって良かった。吾妻橋は稍
金を出す迄の遣り取りが長く、文七は三三師匠みたいな雰囲気で稍違和感があ
る。「お久が此処にいりゃあ“アタシの事はいいから、この人に上げて”ってい
う奴なんだよ」は心に滲みる。近江屋の旦那も番頭も遊び人で佐野槌女将の気質
を知ってる、というのは大笑いだが、鼈甲問屋だかんね。終景の達磨横丁は少し
時間を気にしたかトントンと。しかし、それも好結果となって、聞きもたれのし
ない結末となり、佳き高座をしめくくった。

◆12月24日 文左衛門倉庫vol.8“スペシャルクリスマス!”
文左衛門『笠碁』/兼好『壷算』/文左衛門・兼好アンケート紹介//~仲入り~//
文左衛門『猫の災難』
★文左衛門師匠『笠碁』・老人たちの「碁マニアッぼさ」のリアリティよりも、
二人とも口を尖らせる表情や仕種の子供っぽいのが、「子供のまま大きくなっ
た」みたいで可笑しい。その二人の喧嘩を、一人だけまともな大人である美濃屋
のカミサンが、呆れている表情や声音も結構で、噺に良きリアリティを与えてく
れている。
★文左衛門師匠『猫の災難』・なかの小劇場で演じた時より時間的には稍コンパ
クト。「残った片身を猫が背中にヒョイと」の件は抜いたのか抜けたのか。兎に
角、目白の小さん師匠以上に酒を呑む件が魅力的で酒を呑む愉悦・法楽に満ちて
いるから、それでも構わない。二合目くらいで酔いが廻り始め、可愛いボヤキ酒
になり、「無尽かなんか当たったんだな・・汚ねェ金だ」が可笑しい。畳に溢し
た後の「どうしよう」の困り方、寝ぼけ眼で調子をあげない「よ、暫く」も愉し
い。兄貴分が笑い乍ら言う「手前ェ、酔ってやがんな」の佳さは不変。『一人酒
盛』『棒鱈』『富久』の酔態が見たいなァ。
★兼好師匠『壷算』・「私、金と瓶を足したのが生まれて初めてなもので」の科
白は笑ったけれど、全体に“人間の穴へ突っ込みまくる、小股掬い系ギャグの羅
列”中心の噺に留まっており、キャラクター性の愉しさには乏しい。そのため、
「落語」ってよりは、どうも「コント」ッぽく感じられる。番頭のキャラクター
も前半と後半で変わり過ぎまいか?基本的に三三師匠同様、ドライな笑いの芸な
のは決して悪くないが、併せ持って欲しいキャラクター造りが弱い。独特のニコ
ニコ笑いと裏腹な突っ込み方が、白酒師匠の福顔と毒舌のアンビバレンツに比べ
ると、どうも作り物めくのだね。

◆12月26日 遊雀勉強会師走会
遊雀『御挨拶』/小痴楽『』/遊雀『干物箱』//~仲入り~//遊雀『蒟蒻問答』
★遊雀師匠『干物箱』・扇遊師匠に近い型かな。良い声の低音を活かした若旦那
と善公の幇間的ヨイショぶりの対比が可笑しい。惜しむらくは小音の演者故、俥
を引く時や「こっちは客じゃねェか」の件で張り上げる声が小さく、馬鹿な大声
を出す、という快感を伴う愉しさ迄には至らない。
★遊雀師匠『蒟蒻問答』・鯉昇師匠譲りか、芸術協会系の細部説明簡略型。手を
揉み合わせながら択善の相手をする八五郎のキャラクターが幇間みたいで可笑し
いだけに、八五郎と権助の酒盛など、もっと聞きたい。六兵衛が問答の最中にす
る半口開けた、呆けたような表情は爆笑物。択善の二枚目ぶりは矢来町とタイマ
ンが張れるが、その択善が問答の途中からすっかりビビリ出し、ガタガタ震えて
「命ばかりはお助け下さい」と逃げ出す様子がまた、殴られた後の海老蔵みたい
でいと可笑し。

◆12月26日 年忘れ市馬落語集
市江『寄合酒』/市馬『首提燈』/三三『不孝者』/志らく『死神』//~仲入り~
//市馬懐かしの昭和歌謡ショー(ゲスト・談志&志らく)
★市馬師匠『首提燈』・市馬師で聞いたのは多分初めて。侍は余り田舎侍には見
えないが、謡を唄い乍ら去る風格や、「二本差しが目に入らぬか」の怖さは他を
圧している。また、居合いの切れは目白の小さん師匠を思い出させた。斬られた
首が横にズレる可笑しさも結構。酔っ払いの悪態も圓生師匠のように嫌味になら
ない。首が前に落ちかかる瞬間の凄さは圓生師、首がコテッとなるマンガ味は彦
六師匠に敵わないけど、現代の佳作。
★志らく師匠『死神』・これだけ理屈は立て乍ら、馬鹿馬鹿しく演じられるのは
矢張り偉い。死神がドスを効かせると怖いのに、その短所を隠して、此処までオ
ブストラクトなマンガに見せる。自分を隠す才能に長けているのは家元譲りだ
なァ。
★三三師匠『不孝者』・これと『五貫裁き』の皮肉な笑い、ドライな人間のアラ
探しは三三師に誰も敵わない。なんで『算段の平兵衛』を演じないのか改めて不
思議でならない。
★市馬師匠『昭和歌謡ショー』・市馬師の唄の最大の長所は声が清潔な事ではな
いだろうか。藤山一郎・青木光一・三浦洸一に共通する清潔さが聞くものを気持
ち良くさせてくれる。半面、気持ち良い声は面白味に乏しくなりがちである。こ
の良い声を持ち、奇矯さ皆無の芸であり乍ら、あれほど面白い落語を演じるため
に、市馬師がどれだけ苦労・苦心をしてきたのか。小幸・さん好当初の「真っ当
だが落語らしい面白味には乏しい」高座ぶりから現在の高座ぶりへの変貌。市馬
師が辿ってきた生半でない足跡をあの明るく、愉しい唄声から私は感じた(昔、
池袋演芸場の仲入りで若手噺家に連日、喉自慢をさせ、自ら審査員となって見事
な歌唱評=芸評をされた談志家元の真似を一寸させて戴きました。妄言多謝)

◆12月27日 桂平治独演会“練る”
昇々『千早振る』/平治『棒鱈』//~仲入り~//平治『文七元結』
★平治師匠『棒鱈』・さん喬師匠→南々師匠経由で教わったとのこと。確かに細
部の演出はさん喬師匠である。しかし、無茶苦茶に似合う田舎侍だけでなく
(唄ってると、いや雄叫びを上げてると、時々、故・文治師匠みたいになるのが
また可笑しい)、酔っ払いも鬱屈がなく、飽くまでも明るい。白石加代子サンが
与太郎になったみたいな雰囲気の仲居や芸者も可笑しい。でも、そこに色気があ
るんだよなァ。最後にちょいと出てくる板前がまた馬鹿に可笑しい。何となく枝
雀師匠が『棒鱈』を演るとこんな感じかなという雰囲気アリ。顔に赤ベロベロを
掛けられた時、田舎侍の言う「あまつさえ」は、現在殆ど誰も言わなくなってい
るけれど、平治師には似合うと思うんなァ。
★平治師匠『文七元結』・華柳師匠譲りという事だが長兵衛の印象が物凄く強い
『文七元結』である。序盤は稍暗めの表情乍ら、佐野槌に入ると上座に座らされ
(志ん朝師の演出との事)、只管畏れ入る様子が如何にも職人なのだが、柄が良い
から並の職人でなく親方に見える。余りメソメソせぬのも良い。或る部分、権太
楼師匠っぽさも感じるが良い意味で自然に明るい。目白の小さん師匠や市馬師匠
に通じる親方ぶりがある。佐野槌女将は情ある人だが、稍表情と仕種が過多で芝
居っ気が強い。柄があるから表情は抑えたいな。お久が女将に言われて隣部屋か
ら現れるのは場が広がって佳い演出。吾妻橋では両の腕を一杯に広げて欄干の前
に立ち塞がる長兵衛(ここで上下が入れ替わるのも志ん朝師演出を取り入れたも
のとか)のダイナミックな情の大きさに驚く。一度、金はやれぬと感じての「死
んじゃえェ~」があるから余計に立ち塞がった姿が大きく見える。「俺の金じゃ
ねェ、娘の金だ」は佳い科白。文七は最初、与太郎っぽいが(笑)次第に真面目さ
が出てくる。近江屋内に戻ると旦那は一見柄になく映るが全てを聞いた後の「文
七、お前には長い一日だったな」に情があり、江戸の大店の主らしい言葉だと感
心した。達磨横丁はカミサンの「(娘を売った金で博打を)する~、する~、する
~、お前サンならする~」に大笑い。近江屋が中の騒動を聞いて済まなそうに
「ごめん下さい」を低い調子で入るのが私は滅茶苦茶に可笑しかった。文七が凄
く嬉しそうに「親方!~」っと長兵衛に声を掛けるのが平治師だと何とも長兵衛
の江戸っ子がりもマンガになるから愉しく、最後にカミサンを呼ぶ声のクサくな
い目出度さも愉しい。部分的にまだ粗く感じる面もあるが、聞き心地がポカポカ
と温かく、これから何度も聞きたい『文七元結』の一つである事に間違いはな
い。

◆12月28日 三越落語会特別公演三越師走寄席「菊之丞・三三二人会」
昇々『千早振る』/菊之丞『幾代餅』/三三『三井の大黒』//~仲入り~//三三
『口入屋』/福丸/菊之丞『二番煎じ』
★菊之丞師匠『二番煎じ』・矢来町型がベースだが矢来町の言葉数を刈込まず、
スウィンゲするリズムも無いままここなそうとするから矢鱈と慌しくなっちゃ
う。口調がハッキリしてるから笑いは取れるが、熟年小父さんたちの可笑しな夜
廻りや愉しい酒盛りには聞こえない。
★菊之丞師匠『幾代餅』・調子を張って偉くタンタンと演ったがこういう噺か
なァ。ストーリー以外、情も花魁の風趣も恋する可笑しさ愉しさも記憶に残らな
い。
★三三師匠『三井の大黒』・甚五郎が最後に浪曲クサ収まらないのは結構。ちょ
いと皮肉に軽い甚五郎だが、曽我廼家五郎とまで枯れてはいないのは当然乍ら、
もっと甚五郎に身を任せてもよいのではあるまいか。板っ削りや大黒の件には一
種の清澄感が欲しい。政五郎はややヤクザッポイのが気になり棟梁とは見え難
い。カミサンの喧しいのは似合う。「丁稚」と呼ばれて怒り乍ら、最後にポン
シュウが甚五郎と知って、「生涯丁稚と呼んで下さい」と直立不動になる権次が
一番愉しい。
★三三師匠『口入屋』・寄席などで少し演り過ぎか、艶色譚で笑いは確実に取れ
るが噺の骨格が縮小した感じ。また、夜這いの艶色ストーリー先行で、上方版
『口入屋』のまま放ったらかしになっている点などが改訂されず、噺の中途半端
感が拭えない。一度は『口入屋』の女子衆目見えの立て弁の件からから演ってみ
たらどうかなァ。

◆12月28日 いわと寄席ラスト「古今亭志ん輔独演会」
半輔『ひと目上がり』/志ん輔『柳田格之進』//~仲入り~//志ん輔『掛取り』
★志ん輔師匠『柳田格之進』・サゲ方がちとキザクサめではあるが、丁寧で抑え
た高座。娘・絹は見受けされた後、出家した設定なので、運命論的な無常感をラ
ストシーンに感じた。柳田の「清廉潔白に過ぎる弱さ」「結果として生ずる人間
的な小ささ」の捉え方も印象的ではあるけれど、その点を突っ込んで描いている
訳ではない。そのため、ストーリーの流れや柳田の困窮した暮らしぶりなど、登
場人物個々のキャラクターを離れた部分が耳立つ。志ん輔師の思い入れと『柳
田』という噺の背景にある「侍心」の折り合いがついていない、というべきかも
しれない。番頭徳兵衛の柳田に対する嫉妬ぶりや、金が出た後の困惑の可笑しさ
は過不足なく、寧ろ愉しく描かれているだけに、主人・源兵衛と柳田の交遊をも
う少しタップリと描いて、源兵衛との交際を通じて柳田の頑なさが稍緩む様子を
出した方が、志ん輔師としても折り合いがつけ易いのでは?
★志ん輔師匠『掛取萬歳』・萬歳は付足し気味だが、狂歌・喧嘩・義太夫・芝
居・萬歳と演って尺も丁度良く聞きモタレしない。狂歌は遣取りのリズム感が軽
快で、喧嘩は八五郎と魚屋の金太、どっちも意気がりの軽さが心地い。更に金太
が去った後、八五郎がカミサンに応えて言う「ああ、春になったら払ってやらな
くちゃな」がポンッと気持ちよいフェルマータになる。また、言い方が志ん輔師
ならではの、サラッと素になった情の佳さなのは嬉しい。義太夫は『豊竹屋』程
ではないが、芝居共々、凝り性の頬緩む愉しさが結構。本筋を踏まえて本筋に拘
泥しない、落語らしいパロディになっている。

◆12月30日 松尾貴史のオススメ落語会uol.1
※放送用映像収録の会と分かってしまうと落語会としては些か期待が出来なくな
る。
白酒『松曳き』/志の輔『緑の窓口』////喬太郎『竹の水仙子』/鯉昇『茶の湯』
★白酒師匠『松曳き』・三太夫や殿様のキャラクターは何度聞いても抜群だし、
演出も非常に優れた作品を確実に演じている。半面、映像収録を意識してか、テ
ンションが余り高くないので可笑し味は稍弱い。
★志の輔師匠『緑の窓口』・外れる訳がない。ただ、聞いているうち、『代書
屋』の変形である事が次第に鼻についてくるのは、次々と現れる客のうち、二人
目の老夫婦の勝手さが妙にリアルで(実際に緑の窓口に並んでいて、その場任せ
のオバサン客に焦れた自分のいやな思いをフィードバックするのだな)、『代書
屋』ほど、馬鹿馬鹿しい程に浮世離れした愉しい人たちではないためかなァ。
★喬太郎師匠『竹の水仙』・宿主人のアイデンティティー回復が前より軽くなっ
た結果、噺を以前より愉しめたのは「養子」というキーワードを今回は言わな
かったためではないかと私は思った。甚五郎は稍年寄り臭いが、職人には勿体無
い程の風格があり(道具屋の旦那みたい)、聞き心地は真に良い。茶金さんや
『百年目』の大旦那、落語以外なら中村雅楽か秋山小兵衛を口演して貰いたい
なァ。
★鯉昇師匠『茶の湯』・恬淡としたマクラから噺の導入部はいつに変わらず結構
なもの。半面、長屋の頭などは柄違いで鯉昇師匠らしさが失せる。あと、後半余
りにも地の科白ばかりになる噺だから、恬淡と語られると飽きが来る。南喬師匠
の『茶の湯』のように、運びのメリハリ、お百姓の皮肉な大笑いでポンッと終止
符を打つ感覚が必要なのではないだろうか。さもなきゃ、隠居と丁稚の遣り取り
から、一気に最後の客との会話展開に繋いでオチを付けるとか、鯉昇師の口調・
味わいを活かす改訂の必要を感じる。

◆12月31日 第二回下北のすけえん
一之輔『御挨拶』/朝呂久『饅頭怖い(上)』/一之輔『加賀の千代』/『粗忽の
釘』/ポニー憲一郎(当人の仮装)『2011年間回顧~一之輔裏表十大ニュー
ス~』//~仲入り~//一之輔『子は鎹』
★一之輔サン『子は鎹』・偉く淡彩というか、ローテンションで「静かな子は
鎹」。序盤は志ん朝師匠だが中盤は一朝師匠っぽく、鰻屋で亀が両親に仲直りし
てくれと頼むのは正蔵師匠と同趣向。とはいえ、如何にも全体に上なぞり的で噺
の面白味はまだ乏しい。熊五郎と亀の遣り取りは亀の言葉に熊の緊張が解けて行
く様子は志ん朝師の雰囲気を感じさせるが志ん朝師の芝居的落語で行くには突っ
込みが足りないし、一朝師の落語らしい落語で行くには演技になり過ぎている。
★一之輔サン『粗忽の釘』・最近では珍しい先代柳朝師匠型でカミサンが亭主が
帰ってこない暇潰しに鯱鉾立ちしたり、新規に腕立臥せをしたりする。主人公の
粗忽ぶりの強調も挿入された多数の新ギャグから分かる。尤も先代柳朝師の可愛
さが無いため、ギャグが上滑りして主人公のキャラクターと溶け合っていないた
め、何となく馬鹿馬鹿しさに空々しさが伴い。その原因には噺のテンポが先代柳
朝師より可なり遅いためもある。新婚時代の惚気に登場するカミサンに色気があ
るのは結構なこと。
★一之輔サン『加賀の千代』・最近、続けて聞く噺で、三三師匠の演出に近い
か。しかし、隠居が甚兵衛サンの発言行動に対して発する「可愛いよ」が、コ
ミュニケーションとして上から視線ではない。甚兵衛サンが少し乱暴に聞こえる
せいもあるが・・そのため、まだ語りはの技術は粗いが、噺としての魅力は三三
師に勝る。その辺り、一朝一門育ちと小三治一門育ちの差かな。

石井徹也(放送作家)

投稿者 落語 : 2010年12月31日 23:52