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2009年11月25日

2009年秋、池袋演芸場・十月上席昼の部は“奇跡の寄席”になった!

池袋演芸場・十月上席昼の部は主任・正蔵師が選んだ出演者による番組たったか
けれど、これがこの三年間で、私の見た「寄席番組中のベスト」!

寄席は一年中、各席亭さんが苦心をして番組を組んではいるけれど、単に「人気
者」「面白い人」「巧い人」を並べれば「素晴らしい寄席興行」が生まれる訳で
はない。そこに「寄席」の難しさがありマス。

「人気者」「巧い人」を並べても、興行として失敗するのは、落語家さんをはじ
めとする寄席の出演者というものが、あくまでも個人芸の集まりだからでしょうね。
特に人気者ばかり集めると、高座でお互いが張り合い過ぎて、前半は爆笑続きで
も、観客は途中から聞き疲れがしちゃう、なんてことが結構あります。
「寄席に行ったら疲れた」な~んてのは本末転倒もいいとこ。
では、「良い番組」が生まれる最大の条件は何かといえば・・・「出演者それぞ
れが役割を心得て、心地よい流れを作ること」だと、私は思っております。

今回、正蔵師が組んだのはこういう番組でした。
前座~ぼたん&たこ平(二ツ目交互出演)~亀太郎(音曲)~百栄~左龍~錦平
~勝丸(曲芸)~馬石<仲入り>たけ平&一之輔(二ツ目交互出演)~市馬~
小燕枝~ロケット団(漫才)~正蔵。
普通に考えると、仲入りは小燕枝師匠か市馬師匠でしょうが、そこに馬石師匠を
入れ、また久しぶりに二ツ目さんを仲入り直後の食いつきに起用したのも特色です。

最初に伺ったのは二日目。この日、正蔵師は休演で(オイオイ)、小燕枝師が代
バネ。正蔵師の代演は喜多八師でした。ロケット団休演の代演は「ホームラン」
の御二人。
百栄師『生徒の作文』、左龍師『粗忽長屋』と、若手真打が面白ネタで客席を温
めれば、続くベテラン錦平師は、恬淡として滋味溢れる『ねずみ』。主任ネタと
いってよい噺を、二十五分程で、手堅く聞かせて雰囲気を締めます。この錦平師
の置き所が今回の絶妙その一。
勝丸さんが軽妙な曲芸で、噺を堪能した満腹感を一度解すと、仲入りに抜擢され
た馬石師が『替り目』を充分工夫してオチまで楽しませてくれ、心地よく休憩
へ。馬石師の仲入り抜擢が今回の絶妙その二。今年に入ってから、寄席の高座で
は『堀の内』など軽い噺で絶好調でしたが、二十五分高座でも十二分に楽しませ
る成長を感じさせてくれました。

仲入り直後の食いつき、この日はたけ平さん。ふつう、「食いつき」は軽い噺で
休憩後の座を温める役目ですが、たけ平さんは敢えて廓噺の難物『お茶汲み』に
挑戦。勢いのある二ツ目さんの「食いつき」は矢っ張りこれくらい意欲的でな
きゃ!しかも、誰が演じても長くなりがちな『お茶汲み』を「食いつき」の役割
を踏まえ、手際よく二十分程で演じると、次の名手・市馬師匠へバトンタッチ。
市馬師はお得意の『目黒の秋刀魚』を二十五分。天高く馬肥ゆる秋を感じさせ
る、まことに清々しい出来で、今、『目黒の秋刀魚』は市馬師に限りやす。続
く、喜多八師は『長短』。これがまた主任を邪魔しない、真に巧みな軽妙さで面
白さ抜群と盛り上げます。ひざ代わり、ロケット団休演の代演はホームラン。
すっかり、「寄席の爆笑漫才」になってきた御二人ですが、これもヒザの出番を
キチンと心得た時間配分で、代バネの小燕枝師匠へつなげてくれました。そのお
かげもあり、小燕枝師はカッチリと『小言幸兵衛』三十分を観客は楽々と堪能す
る、といった具合に全番組が楽しめた流れの良さに私は舌を巻きました。
つまり、「正蔵師が何故自分にこの出番を与えたのか?」という意味を、各出演
者が理解し、それぞれのキャリアに相応しいネタ選びを展開していたからであり
ます。

しかも、これも大切なのですが、正蔵師匠の主任興行の常で、偏屈な落語マニア
が客席に来ないから、客席は池袋演芸場の普通の常連さんや初心なお客さんばか
り。各演者の気力・実力共に充実した高座を、紙が水を吸い取るように吸収し
て、リアクションがよいから相乗効果で番組が盛り上がる盛り上がる。

あんまり良い興行なので、以後、七日ほど通いましたが、馬石師は『駒長』『松
曳き』『粗忽の使者』で急激な成長を示しました。特に『松曳き』の面白さと、
誰が演じても面白く感じたことのな難物『駒長』で見せた情感がすばらしい!た
け平さんは食いつきらしく工夫して『竹の水仙』『甲府ぃ』等の大ネタを二十分
弱で演じる気っ風の良さを見せました。こういう工夫がないと、寄席ネタのヴァ
ラエティは増えませんよ!錦平師は『素人義太夫』『羽織の遊び』『松竹梅』等
をじっくり聞かせて実力を存分に発揮。寄席番組の前半半ばに、こういう「安心
して聞けるベテラン」がいるのは大切ですねェ。
市馬師も出番を心得た『狸賽』『雑俳』『普段の袴』『真田小僧』等、大ネタを
避けて軽快に二十五分楽しませてくれました。『雑俳(りん廻しまで)』なん
て、珍しいし、派手な可笑しみのない噺をタップリ聞かせ、それで自由分面白い
のは実力の深さとしかいいようがありません。
小燕枝師は本来のヒザ前の出番に戻ると『不精床』『道灌』『三人旅』などを感
動的巧さで観客を惹きつけてヒザへ渡します。特に『不精床』で前半、まったく
笑いを取らず、剃刀で客の頭をグイと横に引く件のリアリティで驚かせ笑わせて
から、サゲまで笑わせ続けたうまさには感服致しました。剃刀を横に引いた瞬
間、「痛いッ!」って思ったもんね。
無論、正蔵師も興行の責任者らしく、『星野屋』『子は鎹』『ねずみ』『一文
笛』『鼓ケ瀧』と意欲作・十八番ばかりの三十分高座で観客を最後に満足させ
る、という按配でありマス。

この「素晴らしい流れ」を作ったのは、正蔵師の「芸を見る目」と「観客を心地
よくさせたい意欲」の両面でしょう。それは、正蔵師匠に限らず、これからの落
語界のネクストリーダーたちには不可欠のセンスでしょう。
その点について感心していたのは何も私だけではなかったようです。
今回の番組について、市馬師が楽屋で正蔵師にこう仰られたと聞き、私の嬉しさ
は倍加しましたね。
市馬師曰く、「この十日間は終わるのが惜しいねェ」。
目白の小さん師匠から「寄席の流れを壊すな」と厳しく教えられた市馬師の評価
に間違いはありませんゾ。
                 
                   
                           妄言多謝 放送作家 石井徹也

投稿者 落語 : 2009年11月25日 10:48