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2009年08月14日

若手真打の二つの高座

先月の「浜松町かもめ亭」では若手真打二名の生きの良い高座に出会えました。
柳亭左龍師匠の「酢豆腐」と講釈の神田阿久鯉先生による「天明白浪伝~むささび三次の捕り物」です。

柳家さん喬師匠門下の二番弟子・柳亭左龍師匠は『浜松町かもめ亭』初登場。
柳家系滑稽噺から『線香の立切れ』のような花柳街人情噺まで、近年、メキメキと腕を上げ、若手真打の中でも寄席の常連メンバーになりつつある師匠です。

この左龍師、端正な芸とは裏腹に「落語界のパパイヤ鈴木」を自称されるメタボ体型・通風族。「集合写真の一番後ろにいても頭が大きい」と謙遜(?)される程の巨頭でも名高く、その風貌から楽屋では「若馬風」とも称されているとか。
「この会場、何か歯医者みたいな匂いがしませんか?」という「かもめ亭初感想」から「飲む打つ買うの“三道楽”のうち、私は専ら酒です。ほっぺが膨らんでいるのも全部酒毒のせい」と笑わせ、“腐った豆腐食ったくらいで腹下しするような根性無しは江戸っ子にはいねェ落語”『酢豆腐』へ。先代桂文楽師匠、黒門町の十八番で、故・古今亭志ん朝師匠も30代終盤から40代へかけて得意にしていらっしゃった「江戸前腐敗落語」です。因みに或る内科医曰く「腐敗と発酵に区別はない」だそうです。

夏の昼下がり、町内の若い連中が集まって「暑気払いに一杯やろう」と計画しますが、酒は三升あるものの、みんな懐が寂しくて肴の都合がつきません。金も無いのに「銭ハ無イケド刺身ハ食ウ!」と雄叫びを上げる奴がいたり、「黒文字(楊枝)で歯糞をせせってりゃ見た目が良い」という奴がいたり、殆ど「変人組合」みたいな連中ですが、左龍師にはこういう「まともじゃない奴」を描くと天下一品の可笑しさがあります。ギャグよりキャラクターが活き活きとするタイプ、「落語とは“普通の人なんてものはいない”って事を証明する芸である」を体現する噺家さんですね。
さらに、「ハァハァ」と熱い息をいつも吐いているという、先代柳亭痴楽師匠にチャウチャウ犬が憑依したような与太郎の登場で会場は一気に盛り上がりました!

古今亭志ん五師匠が20年前に創作した「精神●●与太郎」に匹敵しうる、この「ハァハァ与太郎」が見事に腐らせ、カビを生えさせたのが豆腐。
この腐り豆腐を町内の嫌われ者「伊勢屋の変人若旦那」に食わせよう、って魂胆が後半のメインですが、大きな顔で腰をプリプリ振って歩きながら「コンツワ」と挨拶したり、「ホーホーホーホー、痛イ!」と惚気る「伊勢屋の変人若旦那」の無茶苦茶マンガチックな可笑しさも「ハァハァ与太郎」に匹敵!黒門町の文楽師が「伊勢屋の若旦那」のモデルにしたとされる、東京落語界史に残る珍人「イカタチの圓盛」が平成の御代に蘇ったかと思うばかり!こうなると、落語もゴジラVSキングギドラみたいなもんデス。
腐った豆腐を「ヨク、コウイウ珍カナモノガ手ニ入リヤシタネェ」と知ったかぶりをした若旦那が、その挙句、自ら食す羽目に陥る可笑しさは、文字や音だけでは伝え難い!実際に左龍師の表情を観て戴き、「ホーホーホーホー、痛イ!」のイントネーションの奇天烈さを体感して戴くしかありません!皆さん、寄席に左龍師が出ている時はお見逃しなく!(変人ネタばかり演じられている訳ではありませんが)。兎に角大爆笑の一席に大満足の私でありました。

もう一席、印象に残ったのは神田阿久鯉先生の「天明白浪伝~むささび三次の捕り物」です。阿久鯉先生は神田松鯉先生門下で、真打昇進を果たされたばかりの若手。
講釈師の「浜松町かもめ亭」登場は日向ひまわり先生に続き二人目。阿久鯉先生は女優の梅沢昌代さんを彷彿とさせる、ホワンとした雰囲気の持ち主ですが、話芸は松鯉先生譲りの(私は松鯉先生の講釈も大好き!)連続物を得意とする本格派。

「講釈師は落語家さんの10分の1、東西で70人ほどしかおりません。競争相手の少ない商売です」と笑わせてから、「連続物というのは、今の連ドラみたいなもので、話の切れ場に来ると“この続きが益々面白くなる訳でございますが残念ながら本日はここまで”と言ってお客を呼びます。ここまで、大丈夫ですか?」と、高低硬軟自在の声音で面白く語りだしたのは『天明白浪伝』のうち“凶状持ちは得物を手放しちゃいけねェってェ講釈”「むささび三次の召捕り」。

品川宿の女郎屋・若鶴屋を買い取り、新たな女将となったのが「金棒お鐡」と異名をとった手練れの老婆。お茶を引いた(客のつかなかった)女郎は翌朝、尻に焼け火箸を当てて折檻するという乱暴狼藉ぶりですが、そっぱを剥き出しにして叫ぶ顔つきまで感じさせるお鐡の野太い調子がまず面白うござんす。女流講釈師の先生方でも、こういう「太い声」の魅力は仲々ありませぬゾ。
折檻怖さに、女郎は常連客を逃すまいと店の前を通れば羅生門の鬼さながら袖を掴み、泊まりと決まればお天道様か黄色く見える程の扱いをしてくれる。常連客の方も「馴染みの女郎の尻に焼け火箸の縦横十文字を増やしちゃ可哀想だ」と、身上が潰れる程せっせと通ってくれる。おかげで若鶴屋は大繁盛!という序盤、お茶を引く程度に美人ではない女郎と間抜けな客の姿が活き活きと描かれましたネ。
後半に入ると、この若鶴屋の板頭・お若の下を訪れた客が風呂敷包みを御内証(帳場)に預けます。怪訝に思ったお鐡が風呂敷を開けると中にあったのは「鑿・錐・匕首」。この匕首に湯気を当て、白布で拭うと薄赤く染まる。「これが人を殺めた印」ってのも、江戸時代の科学警察みたいで面白かった!

宿役人と岡っ引きが店に来て客の面体を確かめると大物の凶状持ち「むささび三次」。これを「鰯網に鯨が掛かった」と称するのも港町・品川宿の役人らしさが出ます。
30人の役人で若鶴屋を取り囲んでおき、行灯の油を代えに行く若い衆に岡っ引きが化けて三次を捕らえに掛かります。この短い召捕りの顛末も楽しく、結局、三次は捕まって斬首獄門と決まります。
処刑当日、鈴ケ森の刑場への途中、品川宿を抜ける際、若鶴屋の前で三次が店を見上げる。店の雨戸を少し開けてお鐡が見下ろす。「見上げ見下ろす顔と顔」とあって、三次がこの恨みはきっと晴らす、と叫ぶ辺りも緊迫感がありました。
「やがて、三次の弟分・因幡小僧が若鶴屋に乗り込み、お鐡を嬲り殺しにするという、本講談、これから先が一番面白い所でございますが、ちょうどお時間でございます!」と歌い上げた切れ場まで、如何にも白浪物らしい、荒々しく風の通り抜ける品川宿の風趣をグァッシュ感覚で堪能させて戴きました。

という訳で、第32回『浜松町かもめ亭』の高座から、怪人若旦那の得体の分からない奇天烈キャラクターが炎上するのにワクワクした『酢豆腐』。何で一番面白くなる所で切っちゃうのか分からないくらいドキドキしちゃった『むささび三次の召捕り』と、鬱陶しい暑さを忘れさせる若手真打の快演をご紹介した次第。・・・・・という所で、次回、8月のかもめ亭も、御多数ご来場あらん事を。

                            石井徹也(放送作家)

http://www.joqr.co.jp/kamome/lineup.html

投稿者 落語 : 2009年08月14日 00:37