2009年06月23日
一目散(担当☆石森則和)

東京地裁の記者クラブ
(文化放送の記者が座ってる席)から
法務省方面を見たところ。
ヨーロッパの旧市街みたいで
きれいでしょ。
この風景好きです。
では本題。
その日、僕はマイクを握り締め、
赤い絨毯の敷き詰められた階段を
もみくちゃになりながら懸け下りていました。
スポーツは得意なほうではありませんが
こういうときには
妙に足がついていくのが不思議です。
階段を一目散に駆け下りていくのは
二階経済産業大臣。
記者の質問にも一切答えず
混乱の中を、逃げ回ります。
だいぶ
エキサイトしている記者もいましたが
僕は
「この姿を、支持者や
子供やお年寄りなどの一般の国民に見られていることを
自覚されているのだろうか」と
妙に醒めた気持ちでいました。
あとコケないか
心配で。
自民党二階派の政治団体「新しい波」が
西松建設のダミー団体からパーティー券代
約830万円を受領したとされる問題で、
東京第3検察審査会は
「会計責任者だった国会議員らを、
東京地検特捜部が不起訴とした処分」について、
「不起訴不当」とする議決をしました。
また、起訴猶予とされた西松建設の前社長、
国沢幹雄被告については「起訴相当」としました。
「不起訴不当」と「起訴相当」はどう違うのかというと・・・
「不起訴不当」ってのは
「十分な証拠があるのに、起訴しないのはおかしいぜ!?」
さらに詳しく捜査をするべきだよ」
ということです。
一方「起訴相当」はさらに強い意味で
「これ、起訴するべきだよ」ということです。
「ところで検察審査会ってのは誰がやっとんの?」と
お思いかもしれませんが、
これは僕ら、国民です。
選挙権を有する国民の中から
「くじ」で選ばれた11人の検察審査員が,
検察官が被疑者を裁判にかけなかったことについて
良し悪しを審査するのが
「検察審査会」
これまでに検察審査員又は補充員として選ばれた人は54万人。
これをお読みのあなたも選ばれる可能性アリなのです。
とはいえ、
起訴するかどうかについて最終的な責任を負っているのは
あくまで検察官なのですが。
「えー、じゃああんまり意味ないんじゃないの?」
・・・と思ったら
大間違い。
結局、検察官が再検討した結果
「やっぱ起訴」となった事件は1,400件を超えているのです。
サラミ。
もとい、
さらに、
先月(平成21年5月)21日以降に出された「起訴相当」の議決に対して
検察官が起訴しなかった場合、
またまた検察審査会議で審査し、
そんでもって、またまた
「やっぱし起訴すべきだっつーの」と議決された場合には
「検察官の判断にかかわらず起訴する手続がとられる」
ことになりました。
説明が長くなりましたが。
つまり、今回の二階派に関わるニュースのポイントは
《国民の視点で審査する》検察審査会が、
「不起訴で片付けるのはおかしい」という
結論を突きつけたことにあります。
記者らが二階大臣を追っかけていた理由は
「そうした《国民の判断》を、どう受け止めるか」を
聴きたかったからです。
もちろん犯罪者のような扱いをしているわけでは
ありません。
確かに
取材される側には「答える義務」はありません。
しかし、国民に選ばれた国会議員として
無言で赤い絨毯の上を逃げるだけ、
というのはどうでしょう。
国民に選ばれた国会議員である以上
潔白なら「潔白である」と
きちんと国民に説明したほうがよいと思うのです。
・・・ところで、
よく国会議員が記者に囲まれている会見で
非常に横柄な態度や
憮然とした姿が映し出されることがあります。
「こんな態度をとるなんて、
有権者がどう見ているのか考えないのかなあ?」と
不思議に思っているかたもいらしゃるかもしれません。
しかし
国民に対して横柄な態度をとっているわけではなく
あれは、殆どが
我々「若手(でもないけど)記者」に対しての
態度なのです。
ある政府首脳に聞いたのですが
「自分を取り囲んでいるのが若い記者たちなので
カメラやマイクのむこうに国民がいることを忘れ
つい君ら(記者ね)に対して喋っている気持ちになってしまう」と
話してました。
(それも失礼な話じゃ)
ただただ
逃げ回るのではなく
国民の代表であるという自覚と矜持を持って
堂々と説明してほしいものです。
投稿者 文化放送報道部 : 00:21
2009年06月07日
記憶を伝えて(担当☆石森則和)
報道スペシャル
「のんちゃんの靴下
~誰の記憶にも残れなかった子供たち」
文化放送 、秋田放送さん、山梨放送さんに続き
「福井放送」さんでも
6月8日(月曜日) 19時から 放送予定です。

(絵:増田昭一さん)
お近くのかたは お聴きください。
(今回はナレーションなどを
改めて収録したバージョンです)
それから既におお聴きくださった皆さん、
ありがとうございました。
終戦間際の満州、
旧ソ連軍の侵攻から逃げる中、
親とはぐれたり 死に別れた孤児たちが集められた
「日本人難民収容所」
飢えと寒さで孤児たちが次々に息絶えていくなか
「クリスマスになれば、サンタさんが
天国のお母さんにあわせてくれる」
と信じていた3歳の女の子がいました。
そしてイブの日、吹雪の中を
のんちゃんはサンタさんの姿を探しに出かけます。
この春、
この番組が文化放送でオンエアされた際、
様々な反響を頂きました。
実際に満州で戦後を過ごした男性リスナーからの
長い手紙。
何枚もの便箋には
「誰にも語ることのなかったつらい思い出」が
手書きでつづられていました。
これだけで特別番組を制作できそうです。
また、神奈川県内の女性は
放送をカセットテープに録音し、
何本もダビングして
近所の人や、知り合いに
ぜひ聴いてほしいと配ってくださったそうです。
もっと事前に宣伝したほうがよかったとも言われました。
ありがたいと思っています。
このほか
個人の人気ブロガーさんが感想を書いて下さったり
出演してくださった声優さんのファンサイトにも
沢山の感想を寄せていただきました。
様々なアドバイスも頂き
大変勉強になりました。
この取材を続けてよかったと思っています。
またこの機会を与えていただいたことに
感謝しています。
さて、話は変わりますが
先日、作曲家の三木たかしさんのご葬儀を取材した際、
往年のアイドルのかたがたを囲んでインタビューしたのですが
その際、若いディレクターが
芸能レポーターのおばさま
(マカロニほうれん荘のきんどーさん似)に
いちいち「あれ、誰っすか?」と聴いているのです。
あぬなー。
あのひとの彼は、左利きなんだよっ!
あの人は、横浜でたそがれてんだよ!
あの人はピンクレディーの歌の超有名作曲家だよっ!
もうがっかり。
この業界にいて知らないってのはどうなのさ。
・・・って思っていたら
芸能レポーターさん
(マカロニほうれん荘のきんどーさん似)は
「あらあら、最近の若いスタッフは
山口百恵を知らないのよ、
聖子ちゃんをギリギリ知ってるぐらいなのよ」
・・・とおっしゃる。
そうなんすか。
がびーん。
ニュースパレードキャスターの
角谷○一さんなんざ
往年のアイドルファンであるからして
居酒屋のカウンターで
岡田奈々さんの「青春の坂道」を
涙ながらにうたっちゃうんだぞ。
知らないとか言ったら
きっと泣いちゃうぞ。
ちなみに僕は
石野真子さんのファンだぞ。
あれ?なんの話だっけ。
とぼとぼ帰って
友達にその話を伝えたら
「アイドルどころか、
最近の高校生は
日本が戦争をしていたことすら
知らない子がいるのよん」だって!
絶句。
学校で授業聴いてないのか?
それとも
学校で近現代史を軽んじているのか。
でも確かに
僕らの子供のころに比べ
戦争の語り部たるお年寄りが少なくなりました。
今回、のんちゃんのことを
語ってくださった増田さんも
「戦争の話は、なかなか聴いてもらえない」と
嘆いていました。
戦争を知らない子供たち・・・だった僕らですが
戦争の悲惨さを上の世代から教え込まれてきた僕らは
若い世代にそれを伝える責任があると思います。
特別なことでなくても
たとえば、自分のこどもに話すとかね。
投稿者 文化放送報道部 : 16:14
2009年05月22日
油断大敵(担当☆石森則和)
連日、新型インフルエンザに関する取材が続きます。
先日は成田のホテルに7日間停留していた
大阪の高校生ら47人が、
停留解除になって大阪に帰るところを取材しました。

生徒らは
ちょうどニュースパレードのレポート中にバスに乗り込み
レポートが終わるころにバスが走り出す、
・・・というタイミングで
その様子を実況しながらお伝えするかたちになりました。
(バスがちょうどホテルを出て行くところ)
このホテルは国がまるごと借り上げ、
周辺では機動隊がものものしく警備をしていました。
また、停留者に対しては
外出はおろか、部屋同士の行き来も
厳しく制限されていました。
毎日検査を受けなくてはなりませんし、
勉強の遅れも気になる・・・
食事も向かい合わず、数メートル離れて食べる・・・
停留していた生徒らは
検疫所長らから「解除」の知らせを聞き
ハイタッチで喜びあいました。
「互いに、そばには近寄れなかったけど、
みんながいたからがんばれた。
みんながいなかったら、もっとつらかった」
ホテルや、厚生労働省のスタッフも
本当に優しく接してくれたし、
食事もおいしかったと
感謝の言葉を述べる方も。
バスに乗る女生徒らは、
私服でファッション雑誌にでてくるようなファッション、
モノクロの制服姿の女子高校生を想像していたので
面食らいました。
屈託なく、報道陣に笑顔とピースサインをおくり、
待ちきれないとでもいうように
バスに駆け足で乗り込んでいきました。
みなさん、お疲れ様でした。
検疫で感染がわかった4人も退院の方向で
とりあえず、よかったな。
・・・と思ったのが金曜日。
まさか
こんなことになろうとは。
日曜日から月曜日にかけての泊りデスク担当中、
信じられないスピードで
「感染者数」が増えていきました。
ニュース原稿を書いても書いても
新しい感染者の情報が飛び込んでくる。
ニュース速報を読みに上の階まで走ったり、
大阪の放送局や通信社と連絡をとりあったり
結構忙しい。
そこに、民主党の鳩山新代表が新執行部を内定させたので
会見する!って情報。
取材は国会キャップに休日出勤をお願いすることに。
大阪府知事の声や、
鳩山さん、岡田さん、小沢さんの声も編集しなきゃ。
「ぺーぽーぺーぽー」
おっ!通信社からの報道機関向けの速報だ。
感染地域広がる?!まさか犠牲者が!?
緊張はピークに。
「ニュース速報です!
吉本興業がダウンタウンの松本人志さんの結婚を発表しました!」
あ、そうですか。
おめでとうござ・・・・
ぎゃー!
そ・く・ほ・う・の
き・じゅ・ん・て・な・あ・にっ!?
ふーはーふーはーふー
その後も朝にかけて感染者は増えつづけ
100人を超えたのです。
国会に行っている高尾記者から電話。
「国会ではマスク着用ることになりました!
消毒液も用意されました!」との連絡。

実際に国会に来て見ると
本当に入り口にマスクがおいてあって
「ご自由にどうぞ」状態でした。
参議院はマスク義務付け
衆議院はせきの出る人マスクして、とのこと。
・・・中でつながってんのに。
国は当初想定してた「強毒性」ではないとみて
対策を見直そうとしています。
確かに状況に応じて対応を変えるのは
妥当な判断だと思います。
でも、だからと言って油断はいけません。

確かに日本人の悪い癖で
ついつい騒ぎすぎる傾向にあります。
しかし、本当に怖いのは
騒ぎすぎて「飽きてしまうこと」です。
確かに弱毒性ではあり、これを書いている段階では
国内に重症化の報告はありません。
ただ、海外の例をみますと
糖尿病や心臓病など
ほかに病気をもっているかたが合併症を起こして
重症化する例があります。
また、妊婦のかたなども
免疫が下がっているということもあり
注意が必要です。
なぜか今回、感染者に若い人が多く、
中継車のベテランドライバー、ハリカエさんは
「俺、じぇんじぇん、へーき!」と言ってましたが
(確かにウィルスがよりつかなそうですが)
なんの根拠もないので皆さん気をつけましょう。
番組(吉田照美 ソコダイジナトコ)のなかでもお話しましたが
かつて「スペインかぜ」という感染症が流行りました。
感染者は6億人、死者は5000万人といわれています。
これも今では
「インフルエンザのパンデミックだった」といわれています。
1918年3月にアメリカで最初の流行(第1波)があり
その年の5月から6月(今ごろですね)に
ヨーロッパ中心に流行したのですが
このときは
さほど犠牲者が多かったわけではないといいます。
本当の悲劇は夏を越え、その年の秋でした。
世界同時多発的に第2波が発生、
このときには病原性が強まっており
多くのかたが命を落とされたのです。
当時は第一次世界大戦の最中であり
医療面、衛生面でも今に劣るので
単純に比較はできないかもしれませんが
気になることがあります。
その後の研究で
スペイン風邪は、鳥由来のH1N1亜型とわかりました。
(今回もH1N1亜型)
実は、一般にこの「H1」は
「弱毒性」とされているのです。
それなのに
スペイン風邪では
あれだけのパンデミックがおきたのです。
今回も、感染が繰り返される過程で
強毒性の鳥インフルエンザの遺伝子と混ざりあうなどして
病原性が高まることも考えられます。
幸い、重症化患者がでていないことを
「猶予が与えられた」と考えられるのはどうでしょう。
今回、「病床の不足」や「検疫の難しさ」など
様々な課題を知ることができました。
これを教訓にして
今後こないとは限らない「パンデミック」に
備えるチャンスととらえるべきだと思います。
投稿者 文化放送報道部 : 16:18
2009年05月07日
水際作戦!(担当☆石森則和)
新型インフルエンザを連日取材中です。
水曜日の朝は成田にいました。
検疫が強化されて初めて、
メキシコからの便が到着したためです。

防護服にマスク、ゴーグルと
完全防備の検疫官が機内に入っていきました。
表情は見えませんが、緊張感が伝わってきました。
しかし検疫官が機内に入ってから
1時間近くたっても誰も出てきません。
サーモグラフィーで一人一人の発熱をチェックするなど
時間をかけてチェックするのです。
報道陣も
ブリッジのそばで待ち続けます。

全員マスク姿。・・・異様な光景です。
現在、メキシコのほかアメリカやカナダからの便に
こうした機内検疫が行われているんですが
検疫官が不足していおり、かけもち状態。
本当に飛行機から飛行機へ駆け回っていました。
感染が確認された国も増えているので
行き届いた検疫ができるのかどうか
空港関係者からも懸念する声が聞かれます。
それでも今できることを
精一杯かつ慎重に
検疫官は遂行していきました。

↑横浜市の市営地下鉄の駅にも
異例のメッセージが!

↑改札の前にも
ボードが置かれ、こんな張り紙が!
気になっているのは
感染が疑われて後に感染していないと判明した
あの横浜の高校生のこと。
感染を疑われたかたがた
心に傷を負っていないだろうか。
まわりのみなさんの優しい対応を
望みたいと思います。
話は変わって
こんどは海のお話。
警視庁・東京湾岸警察署の
「警備艇」をご紹介。

今回乗ったのは25人が乗れる警備艇「ふじ」
いわば海のパトカーです。

よく見るとパトカーと同じように
「赤色灯」もついています。

湾岸署には現在は25隻の警備艇がありますが
「ふじ」は最大級。
どーゆーときに活躍するかというと
普段は海上からのパトロール。
また要人がくるような
大規模なイベントの会場警備なども行います。
東京オリンピックがもし行われれば
その警備にあたるという重要な任務を担っているのです。
ときには災害派遣のために
出動することもあります。

前方に見えるのはレインボー・ブリッジです。
いよいよ船内へ。
救命胴衣もちゃんとつけます。

↑顔が真剣です。
救命胴衣ちっちゃいもん。

↑これがコクピット。
操縦しているのも警察官です。
警察官になってから船舶の免許をとるのかな?と思ったら
そういう船の学校を卒業してくるのだそうです。
スペシャリストなのねん。

ナビゲーター席に座ってみました。

かなりスピードがでます。(単位はノット)
エンジンは2基。
スクリュー式ですが、
このほうが機敏に動けるといいます。

後ろの視認性も抜群。
後方の甲板に出ると爽快な潮風を感じます。
でも何かに掴まっていないと振り落とされそう。

この船はテロ対策として
テロリストと戦う可能性もあります。
そのための訓大規模な合同訓練にも参加しています。
日本は島国です。
海に囲まれているため
外から迫る危険から
国内を守りやすいという側面もあります。
それだけに
水際作戦が重要となります。
防護服に身を包んだ検疫官。
強い日差しと潮風の中、
日々警備を続ける水上の警察官。
体を張って守っている人々がいることを
覚えておきたいものです。
投稿者 文化放送報道部 : 00:48
2009年04月22日
東京が本当に誇れるもの(担当☆石森則和)
20日まで東京を訪れていた
IOC=国際オリンピック委員会の「評価委員会」
東京に対し、おーむね好印象を持ったようです。

また、環境問題への取り組みについてアピールしたことや
大会が赤字になった場合の財政保障など
様々な政府保証が示されたこともプラス材料だったでしょう。
あまり伝えられてはいませんが
面白いところでは英語が苦手なひとも
極力、英語でプレゼンテーションしました。
・・・これ結構大事で、
英語力不足はマイナス要因になるとの指摘もあるんです。
正直、東京として気になる部分といえば
ほかの候補地に比べて「世論の支持率が低い」ことです。
今回、IOC独自の調査結果は公開されませんでしたが
招致委員会自身が調べてIOCに提出した「70%」を超えるとは
考えにくいところです。
例えばこれまで行われてきた招致機運を盛り上げるイベント会場で
観客席にいる人に取材しようとすると
「すみません実は東京都の関係者なんです」というかたが目立ち
ちょっと痛々しい印象がありました。
かと言って
効果的な支持率UP策を
打ち出しているわけでもありません。
5億円かけてジオラマを作ったりしていますが
むしろ世論の理解を得るために有効に使ったほうが
評価につながるのではないでしょうか。
僕は「MOTTAINAI」と思うのです。

(会見時の僕の手元、スペースが足りない~)
一方、今後
海外へのアピールのために
東京ができることは何か。
立候補した4都市には、
6月にスイスのローザンヌで
IOC委員へのプレゼンテーションの機会が設けられますが、
これだけじゃ不十分。
大事なのはロビィ活動です。
んが、これが下手なんですわ日本人は。
そもそも機会が少ない。
直接IOCを訪れてアピールするのは禁じられているため
いろんなスポーツの世界選手権などの機会を狙って
説明するなどしていくことになりますがうまく交渉できるかどうか。
各国オリンピック委員会や
各国際競技連盟への働きかけも大事。
また
各国メディアの日本への理解も大事でしょう。
今回、IOCの現地調査を取材するために来日した海外メディアを対象に
東京の様々な文化を案内する「オプショナルプログラム」ってのも
予定されていました。
内容は「相撲部屋の朝稽古の見学」や、「浅草見学」
「ちょっと内容が薄いんじゃない?」とは思ったのです。
だってこれはボリュームや質から言っても
ふつーの東京観光ツアーに及ばない内容。
東京の「文化を紹介するにしても
「環境」や「ホスピタリティー」に関するものなど
もっと題材を選ぶべきだったのではないでしょうか。
だって、記者の立場から言えば、
このプログラムに参加したところで
本国に送るようなクオリティーの「記事」は書けません。
記者クラブ制度の無い海外のメディアの選択眼は
決して甘くは無いのです。
ただ今回、
実は僕も初日の相撲部屋や浅草見学に申し込んでいました。
「取材する海外メディアを取材」しようと思っていたからです。
ところが、前日
招致委員会に明日宜しくお願いしますね~と電話したら
「海外からの参加希望者が0だったので中止します」とのこと。
招致委員会はその後のリリースで
海外メディアの来日のタイミングを読み違えたこともある、としていますが
実はあと2回行われたオプショナルプログラムも
参加者は2~3人(!)
・・・これは明らかに「企画ミス」です。
もっと「深く」考えるべきです。
言葉の問題もあり
交渉力に劣ることは否めない日本が誇れることは
「日本人独特のホスピタリティー」
ではないでしょうか。
「相手を思いやり、敬い、感謝する文化」
古くから「都市」が形成されていた江戸には
特に優れたコミュニケーション文化があります。
これは大いに
国際社会にアピールするべきです。
ただ、その東京のトップが
東京オリンピックにも関連する東京マラソンのために
体を張ってアピールしようとして倒れた松村邦洋君のことを
「あんなデブは出ないほうがいいんだよ」と嘯くような
ホスピタリティーとは縁遠い人じゃあなあ。
投稿者 文化放送報道部 : 07:52
2009年04月07日
たよりにゃい(担当☆石森則和)

北朝鮮が発射を予告した期間の
初日である4日土曜日
僕は防衛省に朝から詰めていました。
今回、報道部は
通常のデスク(編集長みたいな存在)とは別に
ミサイル対応のデスクをおき、
官邸や防衛省にも記者を配置してその瞬間に
臨もうとしていました。
防衛省では
普段の倍近い数の記者がつめかけたために
パイプ椅子が並べられ、
座席にも制約が設けられました。
午前10時過ぎに
北朝鮮の朝鮮中央通信が「まもなく発射」と発表、
予測していたとはいえ緊張が走ったんですが、
それからウンともスンとも情報が動きません。
トイレにも行きづらい・・・
それでもトイレに入っていると
何か音が聞こえるたび、もしや表の迎撃ミサイルPAC3が
発射されたのでは!と気が気じゃない。
昼食にも行っていられないから
入る前に買ったカレーパンをもぐもぐ。
もしテポドン以外の中距離ミサイルも同時発射され
国内が標的になるなら
定石としては「国防施設」を狙うよなあ・・・
このカレーパンが最後の晩餐だったりして。
新しいパンツはいてきてよかった。
(思考は悪いほうにばかりいくもの)
しばらく記者クラブで、
ちゅうぶらりんな緊張感の中
どーでもいい内容のテレビ番組を見ていたんですが、
(↑ものすごく退屈)
そこで臨時ニュースが入りました。
「発射した模様」
次の瞬間、記者たちは
不満げな表情で広報室前に詰め掛けていました。
「なぜ、
テレビニュースのほうが
防衛省の発表より情報が早いのだ!」と。
各自治体や報道機関には
官邸からエムネットというシステムで
情報がメール配信されるのですが、
これで「発射」という情報が流れたようなのです。
しかし、防衛省では「SEWからの情報は無い」との答え。
このSEWというのは
アメリカの早期警戒衛星システムのことで
発射されたかどうかの大きな判断材料でした。
「なんだそれ、どっちなんだ?」ともめている間に、
エムネットでは
「さきほどのは誤探知だった」との配信があります。
僕らは窓に駆け寄ってブラインドのすきまから
防衛省のグラウンドを見ました。
PAC3の発射車両に発射などの動きはありません。
まもなく、千葉県にあるレーダーが捉えた航跡を
ミサイルだと誤って探知したと伝わってきました。
そこで、記者たちはしぶる防衛省がわに
説明を申し入れ
結局、北朝鮮が発射を予告していた時間が終わる16時以降に
会見に応じることになりました。
会見で、配られた資料を見て
記者からは「やばいじゃないか!」という声が出ました。
その理由は2つ。
レーダーが誤って探知したというよりも
情報の伝達の段階で信じられないミスをしていた
ヒューマン・エラーであったこと。
そして自衛隊から発せられた誤報は
これ以外にも存在していたことです。
まず、千葉のレーダーに関する誤報ですが・・・
午後12:16分
航空自衛隊の防空指揮群から航空総隊司令部に、
千葉の飯岡にあるミサイル監視用レーダー「FPS5」
(これ、カメの甲みたいなカタチをしているので
ガメラレーダーといわれていますが)、
ガメラレーダーが不審な航跡を探知したと連絡が入ります
具体的な言葉では「飯岡探知」という言い方をします。
ちなみにこの航跡は
やがて消えてしまったといいます。
これは何だったのかはわかりません。
(これも気になる・・・)
ところがそれを受けた担当者は、別の担当者に伝える際、
「飯岡探知」とだけ伝えればいいのに
「飯岡探知」「SEW入電」と伝えてしまいます。
つまり、
「アメリカの衛星も発射を探知した」
・・・と勝手に付け加えてしまったんです。
航空総隊司令部はこれを
防衛省の中央指揮所に報告。
担当者が、
ただちに「発射!」と専用回線でアナウンスしたわけですが
これも変。
発射されたかどうかは情報を元に総合的に判断するものですから
一担当者が勝手に「発射」と発言したのもおかしいわけです。
指揮所内の音声は官邸で同時モニターされているため
これをもとに官邸からエムネットで
自治体やメディアに配信されてしまったわけです。
このため
誤報が防衛大臣より先に官邸に伝わるという逆転現象が。
だから、防衛省の広報室前に記者が詰め寄っても
防衛省側も何がなんだかわからなかったわけですわ。
そもそもSEWと勝手に付け加えたのは
「航空総隊の単なる言い間違い」だったことが判明。
「訓練で繰り返している言葉が出てしまったようだ」とか。
漫然と訓練していたことの証拠だな。
また、SEWが発せられた場合
市ヶ谷でもモニターできるわけだから
「おかしい!」と思わないまま
そのまま情報がスルーしたのはどーゆーわけだ。
もし誤報を「真に受けて」
北朝鮮を非難するメッセージを出していれば、
逆に非難されてるところでした。
もうひとつあったミスは、
午前10時48分ごろ、
陸幕指揮所からコンピューターの不具合で
「発射された」という誤った情報を
秋田県に派遣されている
自衛隊連絡官に送信されたというもの。
これはエムネットではなく
自衛隊の中でやりとりする通信システムです。
これを受けた自衛隊連絡官が秋田県に誤情報を伝え、
市町村にも伝わった・・・とプレスリリースには書かれています。
書かれていますが。
会見などで明らかになったのは
誤った情報が伝わったのは秋田の自衛官にだけではなく
全国数百箇所に一斉送信されていたということです。
たまたま自治体にまで伝わったのが秋田だったと。
なんでリリースにそう書かない!
ぞっとしました。
重大な間違いが起きていたかもしれない。
こんな伝言ゲームのミスをしておいて
迎撃なんてできるのか?と心配になりました。

自衛隊にとっては存在をアピールする機会でもあり
非常に高額なシステムを導入しておいて
失敗は許されないというのもあったでしょう。
しかし、システム云々以前に
組織上の甘さを露呈したかたちになり、
しかもミスった過程をはっきり伝えようとしない姿勢まで
見せてしまいました。
だいじょうぶか?
たよりにゃい!
投稿者 文化放送報道部 : 08:46
2009年03月23日
のんちゃんの靴下~誰の記憶にも残れなかった子供たち(担当☆石森則和)

1945年、
日本との中立条約を一方的に破棄した旧ソ連軍が
突然、満州全土への侵略を始めました。
現地で暮らしていた一般の日本人(開拓団など)は
逃げ惑うしかありませんでした。
命からがらの逃避行の中、幼い子どもたちは置き去りにされることも多く
現地人の養子(いわゆる中国残留孤児)になるか、売られるか
極寒の地で死を迎えていったのです。
しかし、
肉親探しが行われている「中国残留孤児」の存在は知られていても
「中国残留孤児」にもなれず、
現地で幼い命を落としていった子供たちのことは
殆ど知られていません。
逃げてきた日本人が身を寄せた
「日本人難民収容所」
・・・その名を聞いたことがありますでしょうか。
「難民収容所」といっても
校舎の跡地や、テントのようなものまで様々で
いわば「難民キャンプ」のようなものだったといいます。
それ故、国にも詳細な資料が残っていません。
この
「日本人難民収容所」は
屋内であっても零下50度の風が吹き込み、
食糧不足や、不衛生であったこともあって
幼い孤児たちは殆どが命を落としていったといいます。
しかし、「生き残った」人がいました。
小田原市に住む増田昭一さんです。
増田さんは少年時代、
この収容所に入り、仲間の孤児たちと過ごしていました。
そこに、連れてこられたのが
「サンタさんが死んだお母さんを連れてきてくれる」と信じる3歳の少女、
「のんちゃん」でした。
のんちゃんは
お母さんの遺体の横で泣いているのを発見され
連れてこられたのです。
増田少年は「サンタさんはいない」と言い出せないまま
とうとうクリスマスを迎えることに・・・。

増田氏は、こうした
「誰の記憶にも残れなかった孤児たち」の想いを今に伝えるのが
「生き残った自分の使命」だと思うようになり、
自らの苦しい記憶と向き合おうとしていました。
そのひとつの方法として
絵本を描いたことをきっかけに
そして、あの「収容所跡」を再び訪れる機会を得たのです。
そこに増田さんは何を見たのでしょうか・・・。
僕は、今回
この増田さんの証言を元に
「日本人難民収容所」とは何だったのか、
また
「孤児たちはなぜ
自分の国に守ってもらえなかったのか」を
取材することにしました。
わずかな孤児の情報を求めて厚生労働省へ、
また、
数多くの中国残留孤児から聞き取り調査をしてきた
研究者を訪ねて神戸へ・・・。
そして、
今月31日(火曜日)の夜9時、
文化放送開局スペシャル
報道特別番組
「のんちゃんの靴下
~誰の記憶にも残れなかった子供たち」として
ドキュメンタリー番組を放送します。
※秋田放送でも4月3日(金)の夜8時から、
また山梨放送でも4月4日(土)の夜10時から放送されます。
途切れさせてはいけない記憶があります。
最近、「戦争」という言葉が
僕が子供のころよりも
軽々しく使われているような気がします。
戦争の語り部が少なくなった現代、
この機会に、是非、お聴きください。
絵:増田昭一(「来なかったサンタクロース」夢工房)
投稿者 文化放送報道部 : 09:54
2009年03月06日
夢の新エネルギー!(担当☆石森則和)
これ、自動車なんだよ。

ガソリン1リットル相当の「水素」で、
5385キロを走破したギネス記録保持車、スイスの車「PAC CARⅡ」です。
世界最大規模の新エネルギー技術の展示会、
「第5回国際水素・燃料電池展=FC EXPO2009」と
同時開催の
「第2回国際太陽電池展=PV EXPO2009」を取材しました。
国内のほか、欧米や、
成長著しい中国などから450社が参加しています。
燃料電池とは’水素と酸素を反応させることで電気を得るもので
排出するのは「水のみ」です。
要はあれだよ。
学校で習った「水の電気分解」の逆をするわけだね。
(報道記者は一部を除きモロ文系なので、
これ以上質問しないように)
すっごいなあ。
でも、渋滞になったら、
あたりが水浸しにならないのか?
(注:なりません・・・)
エネルギー・環境問題への対応だけでなく、
世界不況を乗り切る「切り札」になると期待される
「新エネルギー技術」!
大企業から小規模な企業まで「裾野が広い」ため、
この分野の発展は、
大きな経済効果をもたらすと注目されています。
特に注目なのは「岐路に立つ」自動車業界!
逆風に苦しむ中、新エネルギーを突破口とするために
トヨタ、ホンダ、日産、メルセデス・ベンツ、GMなど
国内外を代表する
自動車メーカーの燃料電池車が展示されています。
自動車好きな僕は
この「燃料電池車」に試乗させていただくことにしました。
いくつかある中で選んだのは
日産の「X-TRAIL FCV」。
これはすでに自治体などにリースされ、
実用化されているもの。
ガソリンスタンドならぬ「水素スタンド」も既に存在しています。
ガソリンと併用の「ハイブリッド」ではなく
自社開発の「燃料電池」のシステムを積んだ、完全な「電気自動車」です。
とは、いいましても
外見は市販のRV車、X-TRAILそのもの。
こんなゴッツイの電気で動くのかや?と思ってしまいます。
僕はハンドルを握らなければいけないので
技術の滝ちゃんに後部座席に座ってもらい
マイクを口もとに近づけてもらいま・・・・
「ガチっ!」(歯にマイクが当たる音)
まだ乗ってないってっ!
・・・そんな小芝居を経て、乗り込んだのでした。
助手席に日産の担当、山梨さん。
後部座席に滝ちゃんと中継車のプロドライバー、ハリーさん。
取材者自身が運転する場合は公道を走れないので
会場のビッグサイトのテラス部分を走ります。
ほほう。
ちゃんとイグニッション・キーがあるんだね。
でも、まわしてもエンジン音はしないの。当たり前だけど。
ランプがつく程度。PCの電源を入れたのとおんなじ。
で、アクセルを踏むと
ラジオのボリュームを上げるように
すーっと踏んだだけ進む。
トランスミッションの衝撃もゼロ・・・ギア無いし。
不思議な感じ。
パワーもあるし、最高速度は150キロほど。
こりゃええ、車に意思が100%伝わる。
ええかええかええのんか。(←?)
日産の山梨さんは言う。
「遠慮しないで(アクセルを)踏んでみてくださいね」
当日は雨が降っていて、下はタイル。
ちょっと加速しながらステアリングを切ると
うひょひょひょ~。タイヤが鳴りました。
・・・と思ったら同乗車の面々が「どっぴき」になってました。
すみません、がまんできませんでした。
もっと乗ってていいですよ。
と言われたので、プロドライバーのハリーさんに交代。
楽しそうでした。
いいなあ、これ。と思ったので
山梨さんに、
「これ、一台いくらですか?」と聴いてみました。
「あー、一億弱ですね」
「・・・!?」
「フェラーリ3台買えますわー、わっはっは」
よかった~、先に聞かなくて。
先に聞いたら、緊張して運転できへんわ。
(うひょひょ~なんて言ってたし)
ただ、開発担当の山梨さんは
チェックもかねて通勤に使うこともあるそうな。
う~ん、豪快!
燃料電池はすばらしいんだけど
コストが問題です。
もちろん量産されれば
価格は下がります。
300万円台ぐらいが理想とか。(できるのか?)
日々開発が進んでいますので
安く日常的に使える日を待ちたいものです。
※ところで僕は中学生のとき
「太陽電池とライトを接続して、
そのライトで太陽電池を照らせば
ライトは永久に点灯する」
・・・という
すごいアイディアを考えたのですが
これって特許とれますかね?
(注:だから文系なんだってばよ)
投稿者 文化放送報道部 : 01:39
2009年02月19日
ラーメンたびたひ(担当☆石森則和)
これなあんだ。
これ、インスタントラーメンを使った
独創性豊かな料理です。
これはニュースパレードで放送した
「インスタント・ラーメンオリジナル料理コンテスト」の模様です。
(社)日本即席食品工業協会が
毎年、全国の「栄養士・調理師を目指す学生」を対象に開催しているもので
インスタント・ラーメンをおいしく、健康的に食べられるアイデアを競います。
また、独創性・盛り付けなどもポイントになります。
今年の決勝大会には、1464通の応募の中から、
書類選考を通過した全国各地の12人が出場しました。
女子高生が多く、女子大生の姿もありました。
2003年に始まったこの大会、
毎年、チャレンジしている学生もいます。
ユーモラスなイメージがありますが、現場で見ていますと、まるでアスリート。
額に汗を浮かべ、真剣そのものです。
ゲスト審査員でソムリエの田崎真也さんは
「僕は即席ラーメンが誕生した年に生まれました。
相手のことを思って、どんな組み合わせがいいか考える。
それはワインも、ラーメンも同じことだと思います」
・・・とおっしゃっていました。
そういえば審査のとき、
「誰に食べてもらうつもりで作ったの?」と
ひとりひとりに聞いていました。
出品作品は確かにおいしそう。
イタリア料理のような香りや、エスニックな香りや・・・。
盛りつけも、おっされ~。
おっされのかごやだほいさっさ。
出品作品では
「どんぶり」を使ったものは少数派。
確かにシンプルな素材だから
アレンジのしがいもあります。
さすが若い発想は独創性に富んでいます。
・・・でも、あくまで僕個人の感じたことだけれど。
普通の食べ方で
ラーメンを食べたくなりました。
インスタント・ラーメンは
「がんばっている人のたべもの」だと思うのです。
受験勉強、部活のあと、残業中、家事の合間・・・
はふはふ言いながら、すすりこむ。
どっちかってゆーと
独りで食べることのほうが多いんじゃないかな。
お金はないけど、時間と夢はある!
いつか叶えてやる!
・・・ってかたも
よく召し上がっているでしょう。
とっても安いけど、
結構、満足できて
とってもあたたまる。
・・・以上のことを考えると
あれ?インスタント・ラーメンって、何かに似てる。
そうです!
「AMラジオ」です!
勉強に仕事に家事に、
がんばっている人が生活の一部にしてくれてる。
独りで聴いていることも多いでしょう。
お金は(・・・聴いてる分には)全くかからない。
結構、満足できて(・・・努力目標)
とってもあたたまる。
だいたい、僕は受験生時代、
吉田照美さんの番組を聴きながら
夜食に「出前一丁」食ってたからね。
(あれ?勉強は?)
今、照美さんにお会いすると
なんだかおなかがすいてくる。
ぐー。
AMラジオとラーメンは
「相性がよい」のです。
唯一違うのは
「番組は3分では出来上がらない(涙)」
ということなのさ。
おまけ:石森的には
「とろけるスライスチーズを乗せる」のがお勧めです。
投稿者 文化放送報道部 : 01:43
2009年02月08日
ちびるぜ(担当☆石森則和)

ベテランのGTOデスクが、
酒の席などで度々口にされることがあります。
「僕の書いた原稿を
アナウンサーが、つっかえたりするのを聞くとね、
それは『僕の書いた原稿が良くなかったから』だと
ひとり、反省するんです」と。
つまり、GTOデスクは、
「自分の文章が『こなれていない』から
アナウンサーが読みにくいのだ」と仰りたいのです。
アナウンサーが読みにくい文章は、
リスナーにも伝わりにくい・・・と。
自省的に聴こえるこの言葉に
僕は、いつもドキっとさせられます。
ドキって言っても「恋」ではありません。
速報など
今でもニュースを読む機会のある自分にとって、
この言葉は「冷や汗もの」だという意味です。
僕は「アナウンサー兼記者」ということで
この世界に採用されたのですが、
新人の頃に繰り返し言われたのは
「句読点に惑わされず、
『意味を理解し、意味で区切って読め』」ということでした。
アナウンサーが文章の構成や意味を理解してなければ、
いくら滑らかに美しく読んだところで
相手に届かないというわけです。
アナウンサー経験のない記者のレポートが
説得力を持って伝わることがありますが、
それは「今、これを伝えたい!」という一途な気持ちのもとに
マイクに向かっているからです。
また、難しい「早口言葉」でも
言葉の意味を消化して、それを伝えようという気持ちで読むと
意外にクリアできたりするのです。
絵を思い浮かべながら、やってみ?↓
「竹やぶに、竹、立てかけたかったから、竹、立てかけたのだ!」
でけた?
つまり、
伝え手の「理解度不足」も
「つっかえる原因」だったりするのです。
ニュースの書き手が「魂」で書いている原稿。
アナウンサーやキャスターも「魂」で読まなければいけない。
後輩たちに優しいGTOデスクですが
あの自省的な言葉は
「原稿を書き、そして伝える厳しさ」を
僕らに伝えてくださっているように聴こえます。
ちびるぜ。
投稿者 文化放送報道部 : 19:30
2009年01月19日
普通の感覚(担当☆石森則和)
先日(1月2日)の
「石森則和ソコダイジナトコ」
(吉田照美さんのピンチヒッター)
感想や
ご意見ありがとうございました。

多くのかたから、番組終了後にも
「楽しかった」などの感想や
「また聴きたい」という励ましのメッセージをいただき
感謝しております。
あ、そうそう。
「石森さんも記者ならば
アシスタントの唐橋ユミタンが
《今年の目標は結婚ですう》と言った発言について
もっとつっこんでくださいおー!」
・・・という趣旨のメールをくださった
唐橋さんファンのあなた。
もし突っ込んでいたら
自分が傷つく結果になったかもよ。
うけけのけ。
・・・大丈夫です。ご安心ください。
すでに唐橋さん本人、言ったことを忘れているようです。
それから
わざわざ絵葉書に
励ましの言葉を書いてくださったあなた。
暖かい文章が嬉しかったけれど・・・
なぜ
「南沙織さん」の写真なのですか。
これは何かの
「指令」なのですか?
シンシアッ!
そんなエキセントリックなメールや葉書も
大歓迎でございます。
照美さんの留守を預かる以上、
楽しんでいただくところは
バカバカしいほど楽しんでいただく、
その一方で
伝えるべきニュースは
責任を持って丁寧に伝える・・・という
メリハリある番組を目指しました。
ソコトコでは、月曜日の
「朝いち情報デリバリー」で
毎週お話をさせていただいていることから
身近に感じてくださったリスナーも多かったようです。
ありがたや。

(国会の記者クラブから、取材した音を送る装置)
ところで、番組中、
「ラジオの報道記者って
どんな仕事をしているの?」というメールを頂きました。
実は同様の質問を、
レコメン(若者向け番組)のゲストとして
呼んでいただいたときにも頂いたことがあります。
・・・こっ、これは、いかん!(笑)
リスナーと、
報道の現場との距離が「遠い」!
いえいえ、
ニュース番組においては
記者やキャスターは決して主役ではなく
本来、「ニュースそのもの」が主役です。
客観性が求められるのです。
ただ、ニュースも「DJ番組」や「トーク番組」同様、
ラジオの前で聴いてくださっているかたの姿を
きちんと思い浮かべて
伝えなければいけないと思うのです。
例えば「誰もがニュースをわかっている」ことを前提に伝えると
これからニュースを知りたいと思っていた方は
どんどん「おいてけぼり」にされてしまいます。
同様に「ニュースの常套句」ばかりを並べても
その意味がわからなければ伝わりません。
でも、それではいけません。
ラジオは
生活に深く入り込むメディアです。
毎日、商店や工場で聴いてくださっているかたとか
子育て中の主婦とか、受験生とか
おじーちゃん、おばーちゃんとか・・・
そんなみーんなに、ニュースを
生活の一部として感じてほしい。
詳しく理解しなくてもいいから
身近なこととして受け止めて欲しいんです。
そのためにはどうすればいいかっつーと
記者自身が
ひとりの人間として
「普通の感覚」を忘れないことなのだと思います。
普通の感覚を持った記者が
ニュースの最前線から伝えることに
意味があるのだと思います。
いまさら聞けない、というようなことも
限られた時間で、わかりやすく伝える、
それがラジオ記者に求められる「能力」でもあります。
日ごろのニュースとは別に
記者たちがレギュラー出演する番組が増えています。
土曜日の朝7時半からは
「高木美保 close to you」
(鈴木敏夫記者)
木曜日の夜9時からは
「ロンドンブーツ1号2号田村淳のNewsCLUB」
(永野景子記者)
金曜日の夕方6時には
「竹内靖夫の電リク・ハローパーティー」
(吉野アイ子記者)
みな、それぞれのスタイルで
ニュースをわかりやすくお伝えしようとしています。
また、そのほかの記者も
普段のレポートや原稿、番組作りの中に
「正義感」や「信念」などが染み出していたりします。
記者の人柄に触れる機会でもありますので
よろしかったらお聴きくださいな。
僕ががいうのも変ですが
みな、人間味のある記者ばかりですよん。

(石森のソコトコを終えた帰り道、富士山がきれいでした)
投稿者 文化放送報道部 : 16:08
2009年01月01日
今年も文化放送の報道を宜しくです(担当☆石森則和)
いやあ、本年も宜しくお願いいたします。
元日のブログ担当、石森でございます。

しかし、報道の仕事に正月もなにもございません。
この三が日も、記者たちは飛び回っています。
政治の世界でも、国際社会においても
本当に大きな変化がおきるのは今年です。
そして全てのニュースは
僕たちの生活につながっています。
ことしも「ニュースパレード」始め、
文化放送の報道番組やニュースを
あなたの生活の一部としてお聴きください。
また、
今年も報道特別番組に取り組み
長期間に渡って取材を進めています。
3月ごろには複数のドキュメンタリーを
お届けできると思います。
放送予定が固まりましたら
またご報告いたします。

さて、
このたび、私、不詳・・・じゃなかった
不肖、石森
いつもお聴き頂いているリスナーの皆様の暖かい声、
プロデューサーはじめスタッフのみなさんのご厚意によりまして
明日の朝、(1月2日)吉田照美さんのピンチヒッターを
務めさせていただくことになりました。
高校を卒業して浪人した僕が、失意の中(笑)上京し、
ひとり暮らしを始めたころ
毎晩聞いていたのが照美さんの番組でした。
文化放送から流れてくる番組は
孤独や不安をブチコワしてくれたのです。
夜中に夜食を買いに行くときも
トイレにいくときでさえラジオは離しませんでした。
それは大人になってからもかわりません。
一般に、ラジオの仕事につくと
ほかの番組をプロの耳で聞いてしまい
無意識にアレコレ分析して楽しめないことも多いのですが、
照美さんの番組は違いました。
一時、ラジオの仕事から遠ざかっていた時期も
番組を心のよりどころにしていました。
その照美さんのピンチヒッター、
前回はかなり肩に力が入っていましたが
今回は、自然な自分のしゃべりで楽しもうと思います。
照美さんをリスペクトしながらも
本来の自分のしゃべりで、
リスナーのみなさんに楽しんでいただこうと思います。
放送は
来年1月2日(金曜日)
朝6時から7時半まで
(箱根駅伝中継のため1時間短縮)です。
初詣やお年始のおともにどうぞ。
みなさま
今回もメールなど、応援お願いいたします!
番組のあてさきは
soko@joqr.netです。
投稿者 文化放送報道部 : 07:04
2008年12月17日
夢のステアリング(担当☆石森則和)

12月5日。
「ホンダがF-1から撤退」
・・・その一報は外電からでした。
驚いて
ホンダに問い合わせると、
社長による緊急会見が開かれるとのこと。
すぐにデスクに連絡すると、
「取材せよ!」と指示が。
ホンダの本社に到着すると
モータースポーツ関連以外のメディアも
続々と集まっていました。
ホンダの福井 威夫社長が会見場に姿を見せるまで
少々時間があり
僕は1階のショールームに降りてみました。
懐かしかったからです。
実は数年前まで、
仕事の関係で、青山のホンダ本社の前を通ることが多く、
そのたび、このショールームに寄っていました。
ここではフォーミュラーカーが展示されたり
レーサーのトークショーが行われたりと
車好きにはたまらない空間だったのです。
それなのに
この日は
レースっぽい展示が見当たらない・・・
子供の頃、
僕はホンダをライバル視(笑)していました。
僕は浜松の出身なのですが
この町はホンダ、スズキ、ヤマハなどの発祥の地。
何の比喩でもなく
軽自動車やバイクに囲まれて育ちました。
不思議な光景です。
だって、走ってる車がみんな小さい。
僕の父はスズキの開発部で働いており
僕の住んでいた村の殆どの家庭は
スズキと何らかのつながりがありました。
だからホンダは「ライバル」だと(笑)
でも、その気持ちの中には
「リスペクト」もありました。
なぜならホンダは
「F-1」に参戦していたから。
ホンダは、創業者の本田宗一郎氏の夢を実現する形で
1964年のドイツGPでF-1デビュー、
翌年にはメキシコグランプリで優勝するなど
華々しく活躍しました。
今のF-1とは
ずいぶんカタチが違いました。
葉巻型の真っ白なボディーに
誇らしげな真っ赤な日の丸。
剥き出しのエンジンから伸びた太いパイプが
ボディに絡みつき、
まさに弾丸のようでした。
セピア色の写真には
このF-1をコピーした玩具の車にまたがって
レーサーを気取った幼い僕がいます。
ホンダは68年まで参戦したあと
しばらく活動を休止していましたが、
83年から92年にかけては
「エンジン供給」というかたちで復帰、
アイルトン・セナ、アラン・プロストら
伝説的なドライバーがステアリングを握り
日本にF-1ブームを巻き起こしました。
ヒーローたちが
日本のエンジンで走ってる。
どんなに日本の少年たちにとって誇りで
自信にもなったことでしょう。
おととしからは再び、
車もチームも自前の
「フルワークス体制」で参戦していましたが
「3シーズンで優勝は一回のみ」と成績が振るいませんでした。
福井社長は会見で
過去2回と違い
「休止」ではなく「完全撤退」だと述べました。
車大好き少年が「そのまま大人になった」記者たちは
落胆の色を隠せませんでしたが
社長は決して冷淡に撤退を決めたのではないことを
「元・車好き少年」らは知っていました。
なぜなら
社長はモータースポーツ畑の出身だから。
ホンダにはF-1などの
モータースポーツをやりたくて入社する人も
少なくないのです。
だからこそ
継続が不可能であることを本当にわかっていたのでしょう。
「私だってできることなら続けたい」
その言葉は大変重いものでした。
自動車産業を取り巻く環境が
激変する中で
今後はF-1のリソースを
「原油高などふまえた
自動車産業が迎える新しい時代」につぎこむとのことですが
・・・でも。
このままでは
スポーツカーが
無くなってしまうかもしれません。
ワンボックスやワゴンなどは家族向けには便利だし
ハイブリッドも大賛成だけれど
止まっていても
疾走しているような流線型のボディ、
少々無理してでも乗る
オープン・ツーシーターなどが消えてしまうのは
大きな損失であると思うのです。
時代遅れと笑わば、笑え!
わらわはわらわれるいわれはないわえ
(↑アナウンサー練習用)
おあやややおやさんにおあやまり
(↑これにもちゃれんじ!)
少年たちが
世界の舞台で戦うレーシングカーに憧れ、
いつか大人になって
同じ車のステアリングを握ることを夢見る。
そんな幸せな時代が
失われませんように。

(↑これがA級ライセンスでヤンス)
なんてことを書いていたら
スズキが
WRC(世界ラリー選手権)撤退を発表との情報が。
大ショック!・・・と思ってたら
今度はあのスバルまでもが撤退!
WRCの顔!と言ってもいい存在なのに・・・。

(WRC出場車 スバルインプレッサ&スズキSX4:所蔵、いしもりミュージアム)
うう。
楽しみだったのにぃー。
投稿者 文化放送報道部 : 16:58
2008年11月30日
ZIDORI物語(担当☆石森則和)
いやあ、もう
早いもので今年も残すところ
あと一ヶ月ですね。
報道部では今、
通常のニュース取材に加え、
恒例の「マイクの1年」など
今年1年のニュースを振り返る企画を進めています。
わたくし石森と、吹野記者は
文化放送のオンエアで不定期に流れる
1本40秒ほどの
「ニュース プレイバック2008」を制作中。

(↑編集中の吹野記者)
12月、後半から
20本ほどが流れる予定ですが
今年も
絞り込むのに苦労するほど
様々なニュースがありました。

(↑思い入れのあるニュースを40秒にまとめるのは難しくて
何度も書き直しました)
自分たちが現場で録音してきた音を
聞き返していると
あのとき
「取材に答えてくださった
大地震の被災地のかたがたはどうしているかなあ」とか
「事件の被害者や遺族のかたがたは
どんな想いで年末を迎えるのだろう」と
様々な想いを抱きます。
「ニュースプレイバック2008」
どうぞお聴きください。
では、今回の本題。
「地鶏」
宮崎で炭火焼を食べたときには
香ばしくて美味しかったなあ。
僕にはちょっと
脂が多い気もしたけどね。
・・・そのジドリではない。
この場合の「ジドリ」は、
事件現場などで、近隣の人々から
目撃情報や地域の事情などを聴いてまわる取材のことです。
以前、ジドリで入った老夫婦の家で
「お手洗いを使っていきなさい。
外の仕事はつらいだろう」
・・・とおっしゃっていただきました。
おろろーん。
先日も
ある事件現場で取材をしていたのですが
なかなか有力な情報が得られない。
テレビで頻繁に流されている目撃情報は
実際に現場で聞いてみると
さほど信憑性がないのです。
どーしよっかなー、と佇んでいると
現場のすぐ近くから
おばあさんがトコトコと出てきました。
昔話に出てくるような
優しそうなおばあさんです。
聞いてみると
このおばあさんは、
体を悪くしていて、ここ数日ずっと寝込んでおり
事件が発生したことも
家の人に聴いて知ったとのこと。
でも夕方の時間だけは報道陣が少ないので
(注:各社、ニュースの準備をする時間だから)
新鮮な空気を吸うために外に出てきたのだと。
僕はなんだか
申し訳ない気持ちになりました。
「・・・すみません。
こんなに静かな街なのに報道陣が押しかけて、
落ち着いて休めないですよね?
ご迷惑でしょう?」
すると、おばあさんは、
「いいえ、迷惑なんておっしゃらないでください。
外での取材、寒いでしょう?
記者さんも頑張ってくださいね。
私は情報は何も持っていませんが、
皆さんの報道が
少しでも早く犯人逮捕につながることを
願っているのよ」
おろろーん!
ばーちゃーん!
ありがとう、おばあちゃん。
あ、そういえば
ポケットにフリスク(超強力ミント)が。
・・・食べないやね。
さらに古いアパートの前では
5~6才の男の子が
ひとりで自転車(補助輪つき)に乗って遊んでいる。
この付近には規制線が張られ
通学路は通行止め。
集団下校も行われており
遠くまで遊びにいけないのです。
子供にしてみりゃ
ぷんぷん!だろうなあ。
すると
男の子の自転車(補助輪つき)が
マイクを持った僕のほうへ
近寄ってきました。
なんだなんだ?
「おじさん、あっちいけー!」
とか言われちゃうのか?
(経験に裏付けられた被害妄想)
すると男の子は
僕を見上げ、
こう言ったのです。
「ぼくのおはなしは
きいてくれないの?」
えーと、
日曜日には
パパがブロックで遊んでくれるんだそうです。
また、怪獣ごっこでは
いつもパパが「怪獣パパゴン」で(以下略)
・・・以上、現場からお伝えしました。
ひゃー、
かわいいなあ。
あ、そういえば
ポケットにフリスク(超強力ミント味)が。
食べ・・・ないって。
悲惨な事件現場として
連日テレビに映し出される街にも、
まっとうに心を痛めた、
優しい人々が暮らしているんさね。
投稿者 文化放送報道部 : 16:14
2008年11月14日
これが現実になりませんように(担当☆石森則和)
まず、ニュースパレードアネックス
お聴き頂きましてありがとうございました。
番組内では読みきれませんでしたが
たくさんのメールをいただきまして感激です。
石森が担当した日は
東京地裁の判事をお招きして
裁判員制度についてお届けしました。
せっかくの「アネックス(別館)」ですから
わかりやすいことを前提に
スタッフとも話し合って
あえてDJ調のしゃべりでお届けしました。
ニュース番組としては異色の手法だったと思いますが
お聴きいただいたかたの感想を聞いたり
お寄せいただいたメールを読みますと
多くの方には好評でほっとしています。
・・・では、
今回のブログ、はじまりはじまり。

これは
東京都が中心となって行った
1000人規模のテロ対策訓練。
先ごろ、東京ビッグサイトで行われたものです。
今回の特徴は
「ダーティー・ボム」が
テロに使用されたという想定で行われた
国内初の実動訓練だったことです。

(人々が吹き飛ばされた現場に駆けつけた自衛隊車両)
ダーティー・ボムとは
爆発によって放射性物質を撒き散らすという爆弾で
核兵器ではありませんが、
深刻な放射能被害をもたらすものです。
このため、警視庁や東京消防庁、自衛隊だけではなく
放射線や原子力の専門機関も参加していました。

ビッグサイトの受付付近には
模擬爆弾が用意されました。
東京都の担当者は朝早く集まった我々報道陣に対し
注意事項を伝えます。
「えー、今回の模擬爆弾は
爆発の際、非常に大きな爆音がします。
また、銃撃戦の訓練も皆さんの間近で行います。
鼓膜が破れるという可能性がありますので
私たちには耳栓が配られていますが
皆さんのぶんはありませんので
ご注意ください」
早く言えー!
こっちはヘッドホンをしていて
耳を塞ぐわけにはいかんのじゃ。
どかーん!
ばきゅーん!ばんばんばん!
・・・じいいいいいいいん。
なんとか鼓膜は無事でした。
被害者役の人たちが
一斉に倒れこみます。
訓練は
体についた放射性物質を除去するための
特殊車両が使われたり
リモートコントロールで動く
無人のレスキューロボット
「ロボキュー」が登場したりと
大変興味深いものでした。
このレスキューロボ。
キャタピラ付の大きな蟹みたいな感じ。
ガンタンク(わかる?)的なイメージです。
倒れている人のもとに近づいていて
2本のはさみで体をつかみます。
いったいどうやって運ぶのだろう?と思ってみていると
口がぱかっと開いて
その中に飲み込んでいきました!
ビジュアル的に
すごいものがありました。
思わずその技術に感心。
ただ、音を録音するのが忙しく
ロボキューの画像は撮ってません。
興味のあるかたは
東京消防庁の「消防装備」のページをどうぞ。
ところで。
なぜ、こうした訓練が行われるのか。
有事などを想定したいわゆる国民保護法では
各自治体が人々の救助にあたる、としているためです。
なぜかというとテロや戦争が起きた場合、
警察や自衛隊などは
テロリストや「敵」と戦うことに集中するため
実際に人々を避難させたり救助するのは
自治体主導でやることになるためです。
指令本部のボードに貼られた地図を見ると
お台場付近を中心とした同心円が
東京全域に広がっていく様子にぞっとしました。
・・・それは放射能の飛散地域を示していました。
かねてから言われていることではありますが
不審なものや不審な人がいないか
気をつけることの重要性を改めて思いました。
※12日が担当日だったのですが本日UPしました。
投稿者 文化放送報道部 : 12:57
2008年10月27日
悲しいネックレス(担当☆石森則和)
まずはお知らせから!
永野記者のブログにもありましたが・・・
文化放送報道部では
あす28日~30日までの21時~22時
「 ニュースパレード ANNEX 」を放送します!
3夜連続のスペシャルで
28日は永野景子記者、
29日は、石森が、
30日は鈴木敏夫デスクがキャスターを勤めます。
石森の担当する29日(水曜日)の
「スペシャルアネックス」のテーマは
「あなたも裁判員!・・・というけれど」
まもなく始まる裁判員制度。
・・・しかし、正直な所
「呼ばれたくないなー」と思ってる方が
国民の7割といいます。
仕事休めないんだよな~?
育児が大変なのよ~?
法律のことなんか知らない俺が
裁判員やってもいいの~?
疑問や不安は沢山あるはず。
そんな疑問を
スペシャルゲスト(超スペシャル)とともに
解消していきます。
つきましては
あなたからのメールを大募集。
具体的な質問や
ご意見をお寄せ下さい!
抽選ですが図書カードも差し上げます。
あてさきは
iken@joqr.net
・・・です!
では、本題。
今回は「振り込め詐欺」の話を。
(ちなみにニュースパレードアネックス初日は
永野景子記者が、この問題に深く切り込みます!)
警視庁の
振り込め詐欺撲滅キャンペーン。
僕は島倉千代子さん、
堺正章さんが出演する啓蒙イベントを取材しました。
↑島倉さんはどこでしょう。
こちらは堺さん。

参加者のお年寄りに聴いて驚くのは
実際に振り込め詐欺の電話がかかって来たというかたが
多いこと多いこと。
気をつけてねというと
「だいじょうぶ、わしゃひっかからん!」とケタケタ笑う。
・・・いやいや
電話がかかってきたら
これはもしかしたらと思ったほうがいいですよ。
先日
警視庁内で
振り込め詐欺の被害をまとめた
「地図」を見せてもらいました。
白地図に
いろんな大きさの丸が並んでいます。
丸の大きさは
そのポイント(地域)の
被害者の数や犯行に使われたATMを表しています。
ふと気がつくことがありました。
大きな丸が東西に連なっているのです。
まるで大玉のネックレスのように。
なんですか?このネックレスみたいなのは?
「中央線沿線で被害が大きいのです」
なるへそ!
そのほか
京王線など
都心と多摩方面をつなぐ路線沿いに
被害のラインが出来ていました。
つまり。
古くからの住宅地にあり、
お年寄りがよく使うであろう
駅のそばの銀行が犯行に使われるのです。
そして
都心部の上のあたりと
多摩地区のある区域にも
集中して大きな丸が集まっています。
まるで
からまったネックレスのように。
これは?
「なぜこの地域に多いのかはわからないのです」
・・・いえいえ、わかりますって。
この地域は
「光が丘」、「高島平」、「多摩ニュータウン」じゃありませんか。
いわゆる高度経済成長後に出来た
かつての巨大団地。
いわゆるニューファミリーの住んだ地域です。
子どもが大きくなって街から離れ
住民は高齢化し、独居老人も増えています。
僕も様々な取材で訪れたことがありますが
多摩方面などでは「廃墟化」が進んでいました。
ここには相談できる人も身近におらず
家族も遠くに住んでいる方が多いのです。
つまり孫などが
今どういうことをしているかも知らない。
いや、教えてもらえない。
未だにオレオレに騙されるお年寄りが多いのは
孫思い・・・ということもあるでしょうが
それだけではなく
疎遠になっている孫が「自分を頼ってくれてる」という
切ないほどの想いが
「頼むから、ふりこませてくれ!」と
行員を怪我させるほど
暴れることにつながるのかも知れません。
日頃から
家族同士で声をかけあう。
それも大事な
振り込め詐欺対策だと思うのです。
投稿者 文化放送報道部 : 18:36
2008年09月08日
「ソコダイジナトコ」(担当☆石森則和)
今、朝の5時前なんですけど
さっきブログの当番表を見て
実は4日が僕の担当だったことがわかり
「懺悔の意味」で書いてます。

↑反省している姿。
・・・もうすぐ「ニュースデリバリー」本番の時間です。
さて、
最近は大相撲の麻薬問題と
福田総理の辞任に伴う
自民党の総裁選の話題を取材することが多いです。
(幅広いでっしゃろ?)
どちらの現場でも共通するのは
ずーっと待機することが必要なんだけど
かといって常に周りの様子注意していないと、
どこでどんな会見や出来事が起こるかわからないということ!
トイレに行くタイミングを選ぶのも緊張します。
あと、
登場人物に大人気ない人が多い(苦笑)ということ。
どっちも自分勝手な言い分が多いんだよ!
「一般の社会では通用しないわがまま」が
「政界」と「角界」では通ってしまうのでしょうか?
というわけで、夏も終わりだというのに
「取材で日焼け」してる石森なのでしたー。
顔だけね。
そうそう。
せっかくの機会を頂きましたので
お知らせさせてください。
不詳、じゃなかった
不肖、私、石森則和。
今度の金曜日(12日)「吉田照美ソコダイジナトコ」で
照美さんの夏休みピンチヒッターとして
パーソナリティーを担当させていただくことになりました。

少年時代から親しんだ文化放送で
少年時代から好きだった照美さんのピンチヒッターということで
正直、とても光栄です。
関係者の皆様に感謝です。
番組では、その朝のタイムリーなニュース、話題はもちろん、
取材の裏話、「大好きな音楽」の話などもする予定です。
本業は記者ではありますが、
その日だけは立場にとらわれす
1人のパーソナリティとして楽しい番組にしたいと思っています。
もちろんメールも読みます。
どーぞ皆様、
(助けると思って・・・笑)番組にメッセージをお送りください。
宛先は、メールなら、soko@joqr.net
お手紙なら〒105-8002 文化放送『吉田照美ソコダイジナトコ』です!
番組URL:http://www.joqr.co.jp/soko/
どうぞ
暖かい目で見守ってください。
そうそう、「暖かい目」といえば
先日の「サテライトプラス」における
鈴木純子アナと石森が組んだユニット「どまどま」のライブ。

まさかの大盛況(?)でした。ありがとうございました。
「今度いつやるの?」という意外な声もたくさんいただき
本人たちは喜んでおります。
いろいろご感想もございましょうが
きちんと本業の記者としても
今後も精進しますので
どうぞ
ながああああああああああい目で
見守ってください。
投稿者 文化放送報道部 : 04:50
2008年08月18日
夏のモノローグ(担当☆石森則和)
第一部『ふるさと』

2008年8月15日の空です。
僕は今、
ある出来事を追いかけて
旧日本軍の兵士だったかたを取材しています。
「私はね。
なまじっか生き残ってしまったために
後ろめたさの中で生きてきたんです」
うめくように語った元兵士は、
取材の合間に、
呟くように言いました。
「靖国神社に閣僚が参拝するのしないのと
今年もマスコミは取材するんでしょう?」
ただ、その是非については何も語らず、
記憶の糸をたぐるように続けました。
「戦闘に加わったものとして
伝えておかなくてはいけないことがあるんです」
「伝えておかなくてはいけないこと?」
「あす、いよいよ全員戦死、という日。
上官はこう言いました。
いいか。
みんな、
死んで魂になったら
ふるさとへ帰ろう。
あの時、
少なくとも私たちは
大事な両親や妻、子供たちのために戦っていたんです。
あの兵士たちの
ふるさとの村や町、我が家を思って命を投げ出したその想いは
どこに行ってしまうのでしょうか」
8月15日
靖国神社での取材。
心を掻き乱すような蝉時雨の中で、
もし自分が兵士だったら
何のために戦うだろうと思いました。
そのとたん、
昔話のように教えられてきたあの『戦争』が
体温のある生き物のように
生臭い息を吐いたような気がしました。
僕なら。
第ニ部『余興魂』

今週の金曜日(※8月22日)
文化放送の正面広場で開かれている「サテライトプラスライブ」に
鈴木純子アナと組んだ音楽ユニット「どまどま」で出演します!

入場無料だよ~ん。
結成は、十数年程前のこと。
オリジナル曲を中心に
イベントやストリートでライブを行ってきました。
幻のCD「ラムネ色の空」もリリース。
作曲にはプロミュージシャンのSHIMEさん
編曲にはクレヨン社さん(加藤さん)も参加してくださいました。
(※この曲も久々にやる予定です)
でも、ここ10年は
充電状態だったのです。(何をだ)
参考までに
それぞれの音楽歴は・・・
石森:
小学5年生からコントラバス、翌年からギターを開始。
高校の時、オーケストラの先輩からバンドに誘われ、
人生で初めて自分の声(歌)がラジオから流れたのは
ヤマハのポプコンの応募曲をかける某番組でした。
鈴木アナ:
実は、なんとサックスが吹けます。
ウクレレも弾けて、
番組で披露したことがあります。
このとき、ラジオの前に犬が集まったとか、
壊れた時計が直ったとか、
長年悩んだ肩こりが治った人もいるらしいです。
2004年11月21日には
「キツネとタヌキ」(夜明けの惑女)でデビュー。
テレビの歌番組への出演も果たしています。
あとビールをすごく飲んで
ふにゃふにゃになります。
ライブスケジュールは
以下のとおりです。
18時ライブ開始
1組目:どまどま
2組目: Ragdollさん (ダンス系!)
3組目 クノシンジさん
(文化放送オリンピック中継のテーマソング「ヒカルミライ」)
※ただし、石森の本業は報道記者。
当日、その時間に事件や記者会見などがあった場合には
鈴木アナのソロになります。
また、天候によってはライブが行われない場合もあります。
果たして、石ちゃんは本当に登場するのか?
それは「蟹の味噌汁!」
もとい。
「神のみぞ知る!」
そのあたりも含めて(笑)お楽しみに。
投稿者 文化放送報道部 : 17:10
2008年07月31日
暑いけど元気?(担当☆石森則和)
「第1部:風化させない」
「現場に寄ってもいいですか?」
八王子駅前に向かっていた中継車のドライバー・HARRYさんに
3人の尊い命が奪われた現場に向かってもらいました。

1995年7月午後9時15分ごろ。
東京八王子市にあるスーパー「ナンペイ大和田店」の2階事務所で
パートの稲垣則子さん(当時47歳)と、
アルバイトで高校2年の前田寛美さん(当時16歳)、
矢吹恵さん(当時17歳)の3人が
至近距離から頭などを撃たれて死亡しているのが見つかりました。
また、金庫にも弾1発が撃ち込まれていましたが、
売上金など500万円は手付かずでした。
鍵はささっていましたがダイアルが開けられなかったようです。
時候まで、あと2年。
この事件は犯人逮捕に結びつく有力情報の提供者に、
懸賞金を出す「捜査特別報奨金制度」の対象となりましたが
(報奨金の額は、上限300万円)
1年たっても有力情報は寄せられず、
もう1年延長となっています。
捜査本部では30日、八王子駅前で
町の人々らとともに80人体制で、
情報提供を求める文章が印刷されたメモ帳や
クリアファイルを配布しました。
これを取材するため、駅へ向かったのです。
そこから1~2キロの住宅街に
「スーパー・ナンペイ」跡地はありました。
本当にここなのか?
・・・そう思うほど、そこは「日常」で、
現在は平地の駐車場になっていました。
(※98年に閉店)
向かいのジーンズショップの脇に
情報を求める立て看板はあったものの
駐車場周辺には特に事件の痕跡はありません。
僕以外に取材記者の姿もありませんでした。
死亡した3人のうち、
2人の遺体は粘着テープで縛られていましたが
銃を手にした犯人が縛れるはずもなく
おそらくは、3人の被害者のうち残る1人に縛らせたのでしょう。
そしてその1人も殺害。
なんて残酷なことをするのでしょう。
鍵がささっていたところをみると
被害者から鍵を奪ったものの目的を果たせず、
顔を見られたこともあって
理不尽な怒りから引き金を引いたのかもしれません。
しかし、捜査は現在も続いています。
これまでに投入された捜査員は13万人。
今年になって現場に残された足跡に、
溶接作業の時などに飛散する鉄粉が
付着していたことなどが明らかになっています。
メモ帳を配っている人の中に
被害者の学校の先生の姿がありました。
「きょう、町の人と接して、
事件が風化しつつあることを感じた」と涙ぐんでいました。
その一方で
根気よく街頭取材を続けていたところ
被害者に関係する人にも複数出会いました。
きっと何らかの情報を持っている人はいます!
スーパー跡地は大通りからは一本奥にあるものの
住宅に囲まれていて決して寂しいところではありません。
あの夜は、夏祭りの盆踊り大会でした。人通りもあったはずです。
いつも記者らから
「いっかちょ!情報を教えてくださいよ」と言われている
警視庁・捜査一課長が姿を見せ
自ら配布に参加しました。
「きょうは僕が君らにお願いする番だ。少しでも情報を届けてくれ」
そしてマイクのない場所で
「一刻も早く、犯人を見つけて
被害者家族にご報告したいんだ」と語りました。
情報提供先は、捜査本部=電042(646)4240=です。
「第2部 お。重い・・・」
「無駄なものは入っていないんだけどな?」
自分の「取材用バッグ」を持つたび、そう思います。
「笑っちゃうほど重い」のです。
しかも、どこに行くのも持ち歩いているのです。
休日に買い物に行くときも髪を切りに行くときも。
だって、いつ災害や事件で出ることになるかわからないから。
「あ、荷物お持ちしますよ」と
バッグを預かってくれたスレンダーな美容師さんが
そのまま静かに前に倒れました。(本当)
でもこのあいだ
「鈴木敏夫デスク」こと「びんさん」(あ、逆だ)のバッグを運んだら
更に重かったのでびっくりしました。
そういえば、吉野亭アイ子記者のカバンもヘビー級。
よく見ると、どの現場記者のカバンもでっかく、
デイパックや肩からかけるタイプのものが多いのです。
「子なきじじい」のように重い記者のカバン。
いったい何が入っているのでしょうか。
恥ずかしいけど、見せちゃうわ。
この耐衝撃袋には、
おなじみ「文化放送の黒いマイク」やら
録音機やら各種コードやらが詰まってます。
たとえば・・・
これなんあんだ?
中から「げそ」が!
こうして広げると・・・
記者会見用のマイクスタンドに!(軽いのよ)
ほかにも
さまざまな時間計算のできるストップウォッチ
「サウンド・プロデューサー・バージョン2」
これは、初めて文化放送に登場したときに
朝の番組のスタッフから頂いた「エアモニ」(モニター用のラジオ)
昔の文化放送のロゴが泣かせます。
これは先輩や後輩の皆さんから頂いたミニバッグ。
お泊りセットのほか、予備の電池、携帯電話の充電器が入っていて、
実際に被災地で重宝しました。
これはお守りね。(笑)
これは無差別殺人の取材や災害の取材で役に立ったボイスレコーダ。
マイクの準備が間に合わないときに使い、
PCにつなぐとそのまま音声ファイルをコピーできます。
ほかにも入ってるけど
企業秘密だから教えない。(うふ)
何より
このカバンの最大のメリットは
・・・体を鍛えられるということかもしれません。
「第3部:のりかずの、お・す・す・め」
ラジオ好きな、あにゃたにお知らせです。
絲山秋子さんの「ラジ&ピース」という小説が
講談社より出版されます。
芥川賞作家でありながら、
現役のハガキ(?)職人であるイトヤマさんが
愛するラジオをテーマに描いた作品です。
僕も実名でチラッっと出ていますので、よかったらどうぞ。
投稿者 文化放送報道部 : 23:00
2008年07月14日
隔世の感。(担当☆石森則和)
携帯電話、どんな風に使っています?
「刻々と変わる通信社の配信をその場で確認」できたり
「住所しかわからない場所へ
ナ○ターイム!で駆けつける」ことができたり
「記者会見中でもメールでなら連絡」をとりあえたり
今や取材には必須アイテムです。
「そんなの普通じゃん!」と思うかも知れませんが・・・。
16年前、
初めて記者(アナウンサー兼記者)になった頃
最初に持たされたのは、「ポケベル」でした。
・・・しかも「ディスプレイ」がついてないやつ。
ベルトのところに「黒いそいつ」がついていて
何をしてようが、いつだろうが
「ぴーぴーぴー」と鳴っちゃうのです。
するとね、
とにかく会社に電話しなければいけません。
ところが車で移動中だったり、山間部で取材中だったりすると
なかなか公衆電話が見当たらなかったり、
あっても「ぴんく電話」(Hな電話ではない)だったりして
テレカも、コレクトコールも使えなかったりするのです。
そーなると、石森は心配性だから。
「なんの用だ!?大事件じゃないか?」と
電話が見つかるまで気が気じゃあないわけです。
新人時代、僕は群馬県警担当の記者でした。
地方なら事件は少ないんじゃないの?と思われそうですが
群馬では「大久保清連続殺人事件」、
「巧明ちゃん誘拐・殺害事件」などの凶悪事件のほか
「あさま山荘事件」、「御巣鷹山への日航機墜落事故」など
歴史的な事件や事故が発生してきました。
デスクはおっかないし、県警担当記者の意識はかなり高いのです。
しかも結構頻繁に呼び出されていました。
・・・で、電話してみて実際事件だったら
現場に飛ぶわけですが
メールで原稿を送る、なんてことはできないわけで
常に「ニュース用原稿用紙」を持ち歩き(自宅にも置いてある)
可能ならば現場で書いて
コンビニからFAXで送る!なんてことやってました。
でもコンビニすらなかったりする田舎の場合、
なんと電話での口述筆記。
「えー、きょう未明」
『えー、きょう未明』
「前橋市の民家に男が」
がちゃぷーぷーぷー。
あああっ!もう10円玉が無いっ!
・・・大変だったのです。
そういえば
ある有名な報道キャスターは
会社を辞めてフリーになるとき
海に向かってポケベルを投げた!という伝説があります。
(リースじゃないのか?)
その後、
僕も携帯電話を使うようになったのですが
初期の携帯電話は、でっけえ弁当箱みたいなのを肩からかけ
そこからびろりろり~んと受話器を引っ張って使うタイプ。
もう片方の肩にはデンスケ(録音機)がかかっているのですが
この2つを近づけちゃうとテープにノイズが入っちゃう場合がある。
このため、やじろべーみたいになりながら
取材レポってこともあったのです。
さらに音素材を送るための無線機を背負っていたこともあり
取材相手に「だ、大丈夫ですか?」と心配されたこともありました。
ああ、
便利な世の中になったものです。(笑)
なんつったって軽いもん。
らりほー。(←壊)
さて、11日、アメリカ・アップル社製の携帯電話
「iPhone 3G」を世界22カ国で発売されるっつーんで
そのカウントダウンイベントに取材に行ってまいりました。
たくさんの報道陣!&お客さんの長蛇の列!
すごい人気です。
ビッグカメラ有楽町店で行われた
カウントダウンイベントにはiPhoneを販売する
ソフトバンクモバイルのCMキャラクター、
上戸彩さんも登場しました。
iPhoneは全面タッチパネルの携帯電話でipodの機能もあり、
指で直接、画面に「触れたり」「はじいたり」することで
感覚的に操作できるのが特徴です。
おサイフケータイやワンセグなどの機能は無いものの
一言で言って、小さなパソコン。
使いこなせるようになれば
「携帯電話」という概念もひっくり返すかもしれません。
またタッチパネルでの操作は
「片手でのブラインドタッチに慣れた日本の若者に
受け入れられるか?」との声もありますが
画面に触れるという感覚的な操作は
むしろ、お年よりなどには使いやすいのかも知れません。
ただ、タッチパネルの場合、
視力が弱いかたへの配慮はいるかもしれませんが。
僕は最近、
ラジオ関係者全員が持ってる(?)と言われた「ラジデン」から
新しい機種にしたばかりなので
iPhoneのニュースリリースを読んでも
あまり「欲しい」という感覚は持っていなかったのですが・・・
実機を上戸彩さんが操作しているのを目の当たりにして
ちょっと「いいかも」って思ってしまいました。
いいわ・・・上戸さん。(←目的が変わってる)
あ、肝心の
iPhoneの写真撮ってこなかったわ。
投稿者 文化放送報道部 : 15:52
2008年06月27日
岩手宮城内陸地震を取材して(担当☆石森則和)
奥山記者がブログに書いていたのは
石森の別人格、「バラエティー石ちゃん」が
グラビア・アイドルと「本気で恋愛を語ってきた」番組
「ガールズパーティー」の打ち上げのことです。
別れはさびしいですが
トークが苦手だったグラビアアイドルたちが
「ラジオが好きになった!
番組が終わるのってドッキリですよね」と言ってくれたのが
嬉しかったです。
聴いてくださっていたみなさん、
ありがとうございました。
さて、
ここからは「報道バージョン」石森に戻って
お送りします。
最初に申し上げておきますが今回は長いです。
ご了承ください。
14日、土曜日。
ニュース速報のメールで起こされました。
先週、秋葉原の事件で
飛び出したばかり。
また何か事件か?と思いつつ
寝ぼけ眼で携帯電話を見て、
反射的にYシャツをつかみました。
震度6強。
文化放送の報道制作部では
「全員出社」のレベルです。
取材に必要なものがたいてい入っているリュックを手に
報道部に向かいました。
ほかの社員も続々と出社してくるなか
しばらくは情報収集や電話での録音取材にあたっていたのですが
まもなく報道部長から「石ちゃん、行って!」と指示が出ました。
車が用意できるまでの間、
バイトくんに、できるだけの水と食料、
それから携帯電話の電池式の充電器などを買ってきてもらいました。
カーナビの目的地を「奥州市役所」に設定しますと
到着時間は6時間後、と音声が流れました。
しかし、これは「高速道路が走行できる場合」のタイムです。
途中、古川―築館の区間で通行止めに。
やはり遠回りになりました。
刻々と入る被害の情報から、行き先を「一関」に変更、
途中、東京消防庁や新潟県の消防本部の車両にも会いました。
一関につくや否や、
「現在、ヘリコプター6機で
次々に孤立した人の救助作業が行われている」という情報を得ました。
救助された人が運ばれている本寺小学校に向かいます。
しかし、カーナビを使っても場所がよくわかりません。(建物が無いため)
真っ暗な山道を走っていくと
闇の中に、しゃがみこんでいる3人の姿を見つけました。
「ヘリで運ばれてきて、ここまで歩いてきた」といいます。
おかげで小学校が近いことはわかりましたが
「危険ですよ」と伝えました。
するとそのとき、
異変に気が付きました。
雷のような音が
空からではなく、地を這うように聞こえ、
その唸るような音に、
まわりの山々が響きあっていました。
そのうち、突き上げるような揺れがきて
全員が固まりました。
ぐらぐらとかゆらゆらではなく、
山そのものが、ぶるぶるっと身震いするような余震でした。
10分ごとに襲う余震、それほど大きくなくても
地盤がゆるくなっている山道では緊張が走ります。
ゆれがおさまったころ
頭上、低空をヘリが過ぎていきました。
「あっちだ!」
山間の小さな学校が暗い明かりに浮かび上がっていました。
子供の姿のない夜のグラウンドに
もうもうと土煙を巻き上げながら自衛隊のヘリが降りてきます。
咳き込みながら実況し、避難所の中へと入っていきました。
対策本部では
「ヘリは暗くなると着陸が危険、日が暮れる前に、
毛布や食料&水を現地に投下する」と聞いていましたが
ぎりぎりまで救助を続けたようです。
体育館にはすでに30人ほどのかたが避難生活を始めていました。
不気味に襲う余震に怯え、
インタビュー中、座り込んでしまう女性もいました。
その後、拠点を宮城県に移すことにしました。
駒の湯温泉が倒壊て7人が生き埋めになったのも
また工事の作業員3人が流されて死亡したのも宮城県内です。
震源地に近い「栗駒山」のふもとにある避難所につくと
避難したかたがたが過ごす和室の大広間は
報道陣立ち入り禁止になっていました。
それでもロビーにいると
若いお母さんが2人でてきて
ロビーにある簡単な図書室のようなところで
子どもに絵本を読ませ始めました。
その間に自分は携帯電話を取り出し
余震があるたびに
誰かに電話しているようでした。
・・・電話の相手は
現地に残してきた家族でした。
現地に畑がある、養殖場がある
お年寄りがいる、様々な理由で
避難しないかたがたが現地には残り
小さなお子さんのいるお母さんだけ
ここで過ごしていたわけです。
避難民のかたは
積極的に取材に応じる元気は残っていませんでした。
取材陣もどうせ取材に応じないだろうと深追いはしません。
でも、この母親は
僕の取材には応じてくださいました。
母親は「パパに会いたいねー」
「パパに会いたいー!」と子どもに言わせていましたが
それは、
文化放送と書かれたマイクに子どもの声を乗せ
その声を届けたい相手が、
ヘリでなければ行くことのできない我が家にいるからです。
涙をこらえた赤い目を見れば
すぐにわかりました。
その日は、そのまま
県道42号線を走っていくことにしました。
その先には
7人が生き埋めになった「駒の湯」があります・・・。
夏らしい濃い緑の山々は、どれも3分の2ほどが崩れ落ち
生々しい山肌を見せていました。
その濃い緑と、茶色が残酷なコントラストに思えました。
途中、通行止め個所がありましたが報道車両は通行できました。
しかし、やがてすぐに先へ進めなくなりました。
2車線の道を塞ぐように、高さ数メートルの土砂の山がありました。
その山の上で、自衛隊のカーキ色のショベルカーが数台作業をしていましたが
大型のシャベルカーが小さく見えました。
付近の民家は、ひしゃげ、屋根が落ち、
あたりにはなんともいえない下水のにおいが立ち込めていました。
危険で住むことが出来ないことを示す赤いが貼られ、
いずれも人の気配はありません。
すると、数人のお年寄りが歩いているのが見えました。
他の記者たちは気にとめていないようでしたが
僕はどうしても気になり、どうしたんですか?と聞きました。
すると・・・
「これから陶芸家のいとこの家にいく」ということでした。
心配で見にきたという親戚のかたでした。
「え?まだ人が住んでいるんですか」と聞くと
「一緒にくるかい?」といいます。
「え?いいんですか?」・・・とついていくと
土砂崩れの10メートルほど手前に
森に隠れた工房がありました。
「栗駒焼」と書かれています。
「あがりなさい」・・・中から出てきたのは、
写真家のアラーキーさんによく似た陶芸作家、小柳さんでした。
長年作りつづけてきた作品だけでなく
煉瓦造りの焼き釜は、跡形も無く崩れおちていました。
「しょうがねえだろ」
無理につくった笑顔で
人生をかけた焼きがまを見つめます。
「おちこんでたって、しょうがねえだろ」
「元気出すしか、しょうがねえだろ」
沢山の消防車が列をなして走ってきました。
降りてきたのは地元消防団のかたがたで
荷台のポンプを解体し
深刻な顔で話あっています。
そばによっていくと
マイクは車に片付けてしまったので
近寄っていくと
気さくに話し掛けてくれます。
「駒の湯温泉の捜索現場に行って
俺たちのポンプを提供したんだ。」
「でも次々に壊れちまってな、
これで3台目なんだが、
こいつも調子が悪くなっちまった」
消防のポンプは
本来、防火用水から水を吸い上げて
勢いよく放水するためのもの。
しかし駒の湯の現場で
泥水を吸い上げるだけに使われ
焼きついて壊れてしまったのです。
私がお疲れ様ですというと
「お疲れ様はまだ早いよ」とつぶやくように言っていました。
・・・避難していたかたを含め
取材期間中
「疲れた」という言葉を聞きませんでした。
被災者を思ってのことはもちろん
被災者も捜索チームのことを思いやっていました。
17日の朝8時40分すぎ。
生き埋めになった人の生存率が著しく下がるといわれる
72時間が経過しました。
その日の朝
「吉田照美、ソコダイジナトコ」のオープニングで
最新情報を入れたあと
1時間後にもう一度生レポートを入れることになっていました。
そこで、オープニングが終わったあと、急遽
もっと被災地に迫ることにしました。
「国道398号線」(地元ではサンキュッパと呼ぶ)
この道は秋田県の湯沢に続く山道で、バスが土砂に巻き込まれ転落した現場も
作業員が土砂崩れで行方不明になった現場も、この先にあります。
道路には地割れや段差が多く、車両通行止め。
ただし、徒歩でなら通行できるため、
そこから山に登りはじめました。
切り立った崖と谷に挟まれた道、
一緒に歩いていたドライバーと
「もし、今大地震があったら、最後かな」と話しながら上ると
数百メートルにわたって崩れ落ちた山の斜面がありました。
途中地鳴りとともに余震がおき、
道端に停めてあった大型のショベルカーが
左右に大きく揺れ続けました。
そうだ、予定を変更して
ここを上りながら中継しよう。そう決めました。
100数十メートルにわたって
くずれ落ちた山肌。
文字通りの土や砂ばかりではありません。
大きな岩、それをどければ倒木、その繰り返しです。
よく見ると巨大な岩が落ちそうになっています。
脇の「けものみち」のようなところから
行けなくもなかったのですが、危険すぎるので回避しました。
ここで気をつけたことがあります。
テレビのようにヘリに乗らないかわりに
被災地の人々の声をできるだけ伝えたい、
あくまで至近距離における地震の被害を伝え
被災するというのはどういうことかを
リアルに感じていただこうと思っていました。
ですから、いたずらに危険な地域に入り
あたかも地震に興奮しているようなとられられかたはしたくない。
・・・しかし被害の恐ろしさは、素直に驚きをもって伝えたい。
その加減に気を配りましたが
どう受け止められるだろうかという気持ちもありました。
しかし
リスナーのみなさんから
現地のかたを気遣う内容のメールを頂きました。
先ほどのレポートについての反応で
現地の人や、捜索活動をしてるかたがたへの想いが
レポートの感想などとともに書かれていました。
僕への気遣いの言葉も。
邦丸さんの番組の三中ディレクターは
わざわざ電話口でこうしたメールを読んでくださいました。
ああ、伝わったんだな、少しは役にたったかな?
そう思うと、とても励みになりました。
レポートを終えて気が付くと
あんなにたくさん停まっていた警察車両が
ほとんどいなくなっていました。
最初は、あす福田総理がくるから
その警備のため、という情報も現地では流れたのですが
・・・それは誤りでした。
生き埋めになった命のリミット、
「72時間分の装備」しか持っていない11の県警が
帰らざるをえなかったのです。
いたずらに時間が経過してしまったことを
感じさせる出来事でした。
最後になりますが
テレビの場面では
崩れ落ちた茶色の山肌や
倒壊現場ばかりが映し出されます。
でも
あの町は
本当は美しい町でした。
道端には
色とりどりの花が植えられ
人の心のやさしさを思わせました。
土砂崩れを借景に
犬を連れたおばあさんが
のんびりと農作業をしていました。
黄昏の水田は
鏡のように夕焼けを映して
自衛隊のヘリのシルエットが
雁の群れがゆくように見えました。
被災者のかたが、
安心してくらせる日常が戻ること、
そして
亡くなったかたのご冥福をお祈りしたいと思います。
被災地でお世話になったみなさん
ありがとうございました。
投稿者 : 19:34
2008年06月11日
地下鉄に乗って(担当☆石森則和)
浜松出身の僕が、生まれて初めて地下鉄に乗ったのは
大学受験のために上京したときでした。
隣のシートに、
どこかで見たようなかたが座られたと思ったら
「三木のり平」さんでした。
「おお!
『江戸む☆さき』が隣にいるだら!
さすが江戸だにぃ!」
・・・と、遠州弁で変な納得をしたものです。
地下鉄といえば先日、
浅田次郎さん原作の映画
「地下鉄(メトロ)に乗って」をテレビでやってました。
僕はこの小説が好きで
「へえ、原作に忠実だなあ」と思いながら見ていたら
喫茶店のシーンで
奥の席でコーヒーを飲んでいるオジサンは、
どう見ても浅田さん!(笑)
・・・お茶目です。
この作品は
主人公が「地下鉄が開通したばかりの東京」に迷い込むところから
物語が動き出すのですが、
確かに「地下鉄」って、
異世界と繋がっている気もします。
ともあれ地方出身の僕にとって、地下鉄は
「東京を象徴する乗り物」のひとつです。
さて、今週の土曜日。
東京メトロ、「最後の地下鉄」が開通します。
東京メトロ9番目の路線、「副都心線」。

「最後の」というのは、
未来永劫地下鉄を作らない!という意味ではなく、
「東京に計画されてきた地下鉄は
延伸も含めてすべて完了する」という意味です。

副都心線は東京13号線として
昭和47年に、原型となる構想が示されました。

学生時代に僕が一人暮らしをしていた池袋の近くでも
ずうううっと関係する工事が行われていて、
あまりに工事が長いものだから
「そこにあって当たり前の風景」として感じていました。
思い出の中には、
いつも「あの工事現場」があります。
それだけに副都心線開業には
感慨深いものがあります。

きのうはマスコミ向けの試乗会が行われ、
僕も200人の報道関係者と一緒に参加しました。

地下鉄・副都心線は「池袋―渋谷間」を11分で結ぶほか
埼玉県の和光市駅で東武東上線、
小竹向原駅で西武有楽町線・池袋線と、相互に乗り入れます。
更に4年後には、渋谷で東急東横線と直通運転、
「副都心を中心に、埼玉、横浜が繋がることになります」

明るく開放的なホーム、
吹き抜けのある駅もあります。

車両は、未来的なフォルムですが
路線カラーがブラウンなので
渋いというか、落ち着いたイメージを持ちました。

(↑営業一の鉄道ファン!見よ!この幸せそうなお顔を!)
シートは明るい山吹色、
車両と車両をつなぐドアは大きな強化ガラスでできていて
治安の面でも配慮されています。

(モデル:はしやまなみさん)
大江戸線など、最近の車両はコンパクトなものが多いですが
この10000系(すごい名前だ・・・)は幅も広く、
天井も通常より20センチほど高くて
混雑時でも窮屈さは薄まりそうです。

今回は「新宿三丁目駅」から乗ったのですが、
ここはかつての宿場「内藤新宿」をモチーフにしており
壁には縁の「藤色」があしらわれています。
また、通路の真ん中は、
ガラススクリーン(透明な壁)で仕切られているのですが
よく見ると、宿場町を行き来する江戸の人々の姿が施されています。
開通すれば、
「21世紀の乗客と、江戸時代の人々の姿が重なる」という趣向でしょう。
車両もホームも、すっごく未来的ですが、
雑司が谷の駅の出口を出たら
目の前に豊かな緑が広がっていました。
数分前まで
新宿のデパートの下にいたのにね。
初夏の日差しの中、
目の前に
幅の狭い線路が横たわっているのに気が付きました。
視線をあげると、
昔ながらの都営荒川線が、
のんきにトコトコ走ってきました。
あは、
学生時代と
なあんにも変わってないや。
本当に
タイムスリップしたのかと
思っちまったぜ。
投稿者 : 00:00
2008年05月26日
72時間(担当☆石森則和)
「やり残したことがある、という気がしています」
責任者の隊員は唇をかみ締めました。
「生存者を救出できなかった・・・」
「もっと早く現場に到着できていれば・・・」
悔しさがにじみ出てきます。
中国・四川大地震に派遣されていた日本の国際緊急援助隊が帰国し
去る21日、警視庁で帰国報告をする、
というので取材をしました。
この日、飛行機が1時間ほど遅れた関係で
日本隊が到着するのも遅れました。
でも、警視庁の幹部や報道陣は
早くから、日本隊を待ち受けていました。

今回の「日本隊」は
第1陣32人、第2陣29人のあわせて61人。
警視庁、外務省、海上保安庁、東京消防庁、JICAなどから選ばれた
精鋭たちです。
このうち今回帰国報告を行ったのは
警視庁から派遣された隊員17名と、
「警備犬」3頭でした。

警備犬のうち一頭は、
新潟県中越地震で、生き埋めになった2歳児を発見した「レスター号」。
あの感動的なシーンは
記憶に新しいところです。
「レスター」くん、
帰国報告をする隊員の前に、きちんと座っています。

・・・あれ?「警察犬」じゃないの?と
思った方もいらっしゃるかもしれません。
「警備犬」は
事件の捜査で鑑識にあたる「警察犬」とは別モノです。
警備犬は、人間の数千倍といわれる嗅覚を生かし、
麻薬や爆発物の発見のほか、
災害現場で生存者を探すのが役目。
「遺体」を捜すのではなく
「命」を探すのが警備犬の使命です。
また、凶器を持った犯人に飛び掛ることもあります。
これらの力を兼ね備えていることが求められる
スーパー・ドッグなのです。

アルジェリア地震やモロッコ地震でも
警備犬は派遣されてきました。
派遣は今回で三回目になります。
オールマイティーな能力を誇るレスターは
その中でも優等生。
ほかに2頭が一緒でしたが
いずれも日本隊の「精鋭メンバー」の一員です。
しかし・・・。
今回、日本隊は苦戦しました。
日本隊は今月16日午前、
当初活動を予定していた青川県に到着しました。
ここでは700人が土砂崩れで生き埋めとなっていましたが
日本隊は都市型災害の精鋭チームのため、
がれきに埋まった場所へ移動するほかありませんでした。
しかも被災地入りできたのは、
生存率が大幅に低下するとされる「72時間」が経過した後です。
およそ20人の遺体を見つけただけで、
最新技術をもってしても
生存者を見つけることはできませんでした。
30度を超える気温の中、
陸路の移動だけで約460キロ。
殆どが遺体の収容作業で重労働だったけれど
食事はほとんど「カップめん」(一部菓子パンや、おかゆ)
寝泊りは車中泊で、18日からは仮設テント生活でした。
トイレも小川に板を2本渡しただけです。
疲れとストレスで体調を崩す犬もいました。
日本とは違うコンクリートのため、
足の裏を痛めた犬もいます。
しかし、それでも、必死でがんばったといいます。
日本隊(警視庁)の隊員が
取材に応じてくださいました。

「かすかな命でも見逃すまい」と格闘してきた隊員の言葉を、
リスナーに確実に届けたいと思いました。
上の画像のように
精一杯マイクを持つ手を伸ばして、隊員に近づくと
誇りっぽいにおいが立ちのぼりました。
崩れた学校で
生徒の遺体が見えているのに
出してあげられないまま撤収した悔しさ。
崩れた病院で見つけた母親は
赤ちゃんをかばう姿で死亡していました。
思わず隊員の頬を
涙が伝ったといいます。
身重の妻を日本に残してきた隊員もいたのです。
最近の報道では
初めて海外の救助隊を受け入れた中国側の指示が不慣れで、
情報提供も不十分だったことが指摘されています。
「都市型の日本の援助隊を
山間部の土砂崩れ現場にいかせてしまった」と
中国当局が非難されているのです。
ただ、隊員の一人は
「あくまで個人的な考えだが・・・」とした上で
「あの新潟の災害現場も、
決して自分たちの得意とする現場ではなかった」と言います。

ただ、もっと早く到着できれば・・・・。
せめて「72時間」以内に・・・。
中国側が海外の援助隊受け入れに難色を示し
双方の外務当局が調整を行っているうちに
いったい、
いくつの命が尽きていったのでしょう。
「やり残したことがある」
隊員の言葉は
まるで搾りだすかのようでした。
ただ、
数百人の子供たちが生き埋めになた中学校の倒壊現場では
行方不明になっている子供の親がこう話しました。
「中国当局は余震を警戒してなかなか来てくれなかったんです。
危険を乗り越えて来てくれた日本の人に感謝します。」
ある隊員は帰国後、こう話しました。
「中国語はわからなくても
たくさんの感謝のことばをいただいたんです。
それが、私たちの原動力でした」
高齢者医療の問題、硫化水素自殺の連鎖、
猟奇的殺人・・・
そんなニュースばかりの日本にいると
大事なことを忘れてしまいそうです。
自分の鼓動を確かめて、
命の重さを
もう一度実感したくなります。
(撮影:永野キャップ)
投稿者 : 00:35
2008年05月08日
ランボーが来た!(担当☆石森則和)
きのう、
来日している2人のアメリカ人の会見に行きました。
ひとりは超肉体派。
もうひとりは超頭脳派です。
午前中に行ったのは
俳優のシルベスタ・スタローンさんの会見。
今回の来日は、
ロッキーと並ぶ、スタローンさん監督、脚本、主演の人気シリーズ、
「ランボー」の完結編=「ランボー 最後の戦場」の
キャンペーンのためです。
(5月24日 日比谷スカラ座他全国東宝洋画系にてロードショー)


(C)2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH&CO.KG IV
PRのための来日は「ロッキー・ザ・ファイナル」以来、1年2ヶ月ぶりですが
「ランボー」のPRのための来日は
「ランボー3 怒りのアフガン」以来20年ぶりとなります。
現在、61歳のスタローンさん、
生で見たらどんな感じなんだろう・・・。
かなりわくわくです。
会見場に向かう
中継車の中での会話。
ドライバーの張替さん(60代):「スタローンって誰?」
石森:「ロッキーですよ」
張替さん:「おお、ロッキー好き!」
・・・この会話は、まあ納得。
しかしである。
現在20代前半の技術の滝ちゃん(♀)は
信じられないことを
のたまったのである!
滝ちゃん:「・・・スタローンって誰ですか」
石森:「(ズルッ!)知らないの?」
滝ちゃん:「どんな顔?」
石森:「どんなって・・・
う~ん、マッチョなポールマッカートニーって感じ」
(↑この説明もどうかと思う)
滝ちゃん:「あ、そうですか。
・・・で、ぽーるまっかーとにーって誰ですか」
一同コケる。
石森:「ポール知らないの?」
滝ちゃん:「あたしが知ってる外国人は、
・・・サモハンキンポーだけなんです(←本気)」
なんと滝ちゃんの携帯に
香港映画「燃えよデブゴン!」の主演俳優、
サモハンキンポーさんの画像が!
石森:「ならばジャッキー・チェンは知ってるだろ?」
滝ちゃん:「くまの名前?(←意図不明)」
そのときの僕の気持ちといったら
・・・今これを読んでくださっている
あなたの気持ちといっしょです。
滝ちゃん:「あたし英語だめなんです」
・・・いや、そういう問題じゃないって。
滝ちゃん:「だから、あたしってば
洋楽を聴いていても
どこが『サビ』だかわかんないのですう」
ぶーーーーーーっ!
ちなみに彼女は
某FM局でもミキサーを担当しているのだが
これは致命的ではなかろうか。
・・・話が大きくそれたので
ランボーの話に
乱暴に戻します。(←お?)
スタローンさんが
颯爽と登場!
も、腕なんか
多分、僕の太ももよりも
ぶっとい!
か、かっこいい。
期待を裏切らない姿で
あの声で語ります。
えいどりあ~ん。
「ランボー」は1982年に第1弾が公開された戦争アクション。
85年には第2作の「怒りの脱出」、88年に前作「怒りのアフガン」が公開されました。
(前作ではアフガンゲリラと協力してソ連部隊と死闘を展開)
今回は帰還兵のランボーが、
少数民族の迫害を繰り返すミャンマー軍に戦いを挑み、
軍に誘拐された宣教師らを救出するストーリーで
リサーチに基づいたリアルな迫害や虐殺の場面もあります。
(シリーズ初のR15指定)

(C)2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH&CO.KG IV
迫害を受ける一人一人の『痛み』を
リアルに伝えたかった、
現実のものとして受け止めてほしかったのが
理由だといいます。
スタローンさんは、きょうの会見でも
ミャンマーの軍事政権を強く非難し、
今回のサイクロンで多くの犠牲者が出たことについて
「軍事政権が彼らをないがしろにしたことが
被害を拡大させたんだ!」と
怒りをあらわにしました。
暴力を更なる力で制するキャラクターは、
いかにもアメリカ的とも言えそうですが・・・
ミャンマー国内では、この映画のソフトが
「闇ルートで大変な人気」になっているという情報もあります。
出演したミャンマー人俳優も
軍事政権に脅されながら、出演を決意したそうです。

(C)2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH&CO.KG IV
スタローンさん、
プレミア試写会でも
装甲車で高さ5メートルの火柱へ突っ込むなどのアクションを披露!
ここでランボー豆知識。
実はこの映画、第1作の原題は「First Blood」でしたが
「ランボー」という邦題がつけられ大ヒットしました。
アメリカサイドはこれに注目、2作目からは原題もランボーになりました。
日本に感謝してるとのこと
ちょっと誇らしい。
続編では
メキシコで数百人の女性が捕らえられているという情報に基づき
彼女らを救うストーリーを考えていると話していました。
でも、日本にも
他の国に捕らえられたままの人がいるってことを
知ってほしいな。
夕方からはビル・ゲイツさんの会見なんだけどさ。
どうやら滝ちゃんは
・・・アクション・スターだと思ってる模様。
なんとかしてくれ。
ランボー!
それか
サモハンキンポー!
投稿者 : 06:33
2008年04月22日
○○の為の自転車教室?(担当☆石森則和)
先日、滅多に見られない
面白いものを見ました。
それは・・・
警視庁の地域部が作った
「町のおまわりさんに対する
自転車の乗り方教室」という内容の映像です。

注:実物の画像がないので自作しました↑
実はこれ、
全国の警察署が参加する
「パワーポイントを使った教材のコンテスト」
・・・に参加した作品。
よく、交番のおまわりさんが
白い自転車に乗ってパトロールしてますよね。
でも、一般市民から
「自転車の乗り方が悪い、違法だ」という指摘が
意外にあるそうなんです。
そこで作られたのがこの作品(笑)
この作品を見て
実際に「あれ?そうだったの?」と驚く警察官も
少なくないとか。
たとえば・・・!
「自転車は左側通行」です・・・よね?
では、
「路側帯」がある場合は?
「路側帯の中を走る場合に限り
道路の右側の路側帯を走ってもよい」のです。
知ってました?
ただし路側帯の中はキープレフトになります。
もちろん歩行者の通行を邪魔してはいけません。
じゃあ、路側帯の白い線が
二重に引かれていたら?
それは
歩行者専用、
自転車で走ってはいけません。
では自転車で横断歩道を渡るとき、
「横断歩道の外側の
何も描かれていないところを
自転車に乗って渡った」
・・・ってのは違法でしょうか?
いいえ。
そもそも
自転車は「軽車両」(車両のなかま)であり
本来、横断「歩道」では乗ったままで渡らず
自転車から降りて押すべきです。
若しくは
「横断歩道の外側を
横断歩道に沿って横断する」のが正しいのです。
じゃあ、
よく歩道で
白い自転車に乗ったおまわりさんが
横に並んで走っているのは?
・・・あれはダメ。違法です。
(「併走可」のところはOK)
夜、肩の部分に懐中電灯をつけて
暗闇を照らしながら走っているのは?
これもダメ。
自転車の車体にライトが装着されていなければ
いくら道を明るく照らしていても違法なのです。
じゃあ、肩の無線機で
しゃべりながら乗っているのは?
これ、携帯電話の場合は違法なんですが
警察の無線機は違法ではありません。
でも安全上好ましくないので
控えたほうがいい、と教えています。
この映像を見た後、
警視庁地域部の幹部に疑問をぶつけました。
「そういえば・・・東京の交番のおまわりさんは
白い原付バイクよりも
白い自転車に乗ってパトロールしていることが多いですよね?
加藤茶さんのコントでも、金八先生のドラマでもそうでした(笑)
あれ、何か理由でもあるんですか?」
・・・あるんだって。
実は、犯人を捕まえるなど緊急の場合には
自転車のほうが都合がいいんです。
なぜなら
東京のような都会は「一方通行」などの交通規制が多い。
すると(赤色灯の無い)白い原付バイクだと
駆けつけたり追いかけたりするときに
困ってしまうのだそうです。
むしろ自転車のほうが早いとか(!)
知らなかったなあ。
ご存知でしょうが
酔っ払って自転車に乗っている場合、
危険性があったりすれば
しっかり捕まえるとのこと。
自転車に乗っているときにも
どうぞ安全運転で。
投稿者 : 17:00
2008年04月04日
THE MAN IS EVIL!(担当☆石森則和)
去年3月、
語学学校講師のイギリス人、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)が
首を絞められて殺害され、
千葉県市川市のマンションのベランダで
バスタブに詰め込まれた土の中から見つかった事件。
覚えていますか?
先日、
ご遺族のかたが来日して
改めて情報提供を呼びかけました。

この事件では
この部屋に住んでいた市橋達也容疑者が逃亡、
千葉県警が追跡しましたが
見失ってしまいました。
それ以来、
彼の行方はつかめていません。
死体遺棄の疑いで指名手配された市橋容疑者、
いったいどこに行ってしまったのでしょう。
巷には死亡説も流れてはいますが
噂に振り回されてはいけません。
警察は「生きている」と確信しています。
捜査人員を大幅にアップし、
追跡の手を緩めてはいません。
捜査本部は先月19日、
警察OBらでつくるNPO法人「POLICEチャンネル」で
情報提供を呼び掛ける動画の配信を開始しています。
http://www.police-ch.jp
また、女装姿まで掲載したポスターを制作し
全国に貼ることにしています。
これは彼の部屋から
女性用のかつらが見つかったためですが
裏を返せば、
それだけ有力な情報が集まっていないということです。
リンゼイさんのお父さん、ウィリアムさんは、きょうの会見で
「ここまで見つからないのは
誰かが、かくまっている可能性がある。
もしかくまっているならその人も同罪です。
第2の殺人が起きる可能性もある」
・・・と感情を押し殺して語りました。
そして市橋容疑者の家族から
事件後すぐに手紙をもらったものの
その手紙には、英語で
「息子は英語を学んで、アメリカで講演をしたかったようだ。
リンゼイさんについてはregrettableである」
・・・という趣旨のことが
書かれていたことを明かしました。
「Regrettable」とは「遺憾に思う」という意味です。
決して謝罪ではありません。
リンゼイさんのご両親は
この日本でよく使われる曖昧な表現を
「この言葉は適切ではない」と切り捨てました。
また、リンゼイさんが殺害されたあと
ホーカーさん一家も
市橋容疑者の家族に対して手紙を出しましたが
返事はなかったといいます。
時折涙をぬぐいながら
努めて冷静に語っていた父親のウィリアムさんですが
一度だけ堪えきれないように
「THE MAN IS EVIL!」
・・・とはき捨てるように言いました。
「ヤツは、邪悪だ!」
リンゼイさんのご家族が情報提供を求めて来日したのは
今回が初めてではありません。
去年6月にも来日して会見しています。
また、去年夏には、ヒースロー空港で
日本に向かう乗客に対し、
情報提供を求めるなどしました。
ご家族を
理不尽に失った悲しみは万国共通です。
まして遠い外国で愛する娘が、
大切な家族の命が奪われたのなら・・・
ご家族は行かせてしまった自分たちを責めるかもしれません。
僕ら日本人は
その痛みがわかる
優しい国民だと信じたいです。
市橋容疑者は
ごく身近にいるかもしれません。
匿名でも、
例え、わずかな疑念でもいいので
気が付いたことがあれば情報提供したいものです。
それが
第2の事件を防ぐことになるかもしれません。
去年6月に
警察庁がこの事件を公費懸賞金制度の対象に指定、
市橋容疑者逮捕につながる情報を
今年6月28日までに提供した人に対しては
最高100万円を支払うことを決めています。
変装をしている可能性もありますが
かなり目立つはずです。
身長180センチ、
上の画像のように特徴的な顔立ちです。
情報提供は
捜査本部
電話047-397-0110
gyoutoku-police@docomo.ne.jp
携帯電話メールのアドレスですので
おや?と思ったら
どこからでもメールしましょう。
投稿者 : 17:17
2008年03月19日
春がきたー!(担当☆石森則和)
春の花が咲き始めました。
鎌倉では梅がきれいです。

このころになると
学生時代の友人たちを思い出します。
僕はバブル期の末期に
大学を卒業しました。
その頃の就職活動ってのは
そりゃあもう売り手市場もいいところ。
もっとも僕は
超高倍率のアナウンサー志望だったので
まったくそういうお祭り騒ぎとは関係ない状況でしたが。
どのぐらい売り手市場だったのかというと
アパートの床が抜けそうなくらい。
なんで床が抜けそうなのかというと・・・
企業の資料がギッシリ詰まった段ボール箱が
大量に、且つ一方的に送りつけられてきたから。
その中には
今では信じられないのですが
会社説明会に来れば海外旅行に行けるだの
フェラーリに乗せてあげるだの・・・
なんだかいろいろ
福袋のように景品が詰まっている箱もありました。
さらに驚きなのは
ある流通関係の企業などは
資料請求したら
資料の代わりに
採用通知が届いた(!)のです。
そんなのにつられて入社した人が
どれくらいいたのかはわかりませんが
世間では「バブル入社組」などと呼ばれ
「実力を伴わないもの」として
揶揄されたりしたといいます。
実力のある人たちも
多かったというのに。
さて、
ここ数年も「売り手市場」と言われています。
これは景気の回復も一因とされていますが
それに加え、
団塊世代の大量退職時代を迎え
企業が
「技術低下への危機意識」を持っていることもあるでしょう。
したがって
今回も売り手市場ではありますが
優秀な人材を見極めようという姿勢が強く
取材してみますと
必ずしも就職活動は楽ではなかったと聞きます。
就職氷河期が終わりを告げますと
新入社員のモチベーションは上がります。
なぜなら
就職先の選択肢が拡がることによって
「なりたい仕事に就ける」可能性が高まるからです。
ただし
本当の仕事のやりがい、モチベーションは
実際に仕事について
初めて知るものです。
そこにいる仲間、上司など信頼・尊敬できる人々と
ひとつの目標に向かって闘うこと
その成果を喜び、分かち合うこと
そこに
「やりがい」を見出していくのだと思います。
本当に人とのめぐり合いは大切。
この春、僕自身も改めてそう思います。
僕が取材した大手流通グループの入社式で
そこの会長は、
「今、あなたがたが持っている
お客さんとしての目を無くさないでください」と挨拶しました。
これはラジオ業界にも言えます。
ぼくらは作り手の論理で放送するのではなく
元ラジオ少年・少女だったころの気持ちを無くさずに
永遠のリスナーでいたいと思います。
投稿者 : 21:14
2008年03月03日
砕ける波(担当☆石森則和)
最近は、イージス艦と漁船の衝突事故の取材で
防衛省に詰めたり、
新勝浦市漁協へ行ったりしています。
漁協の岸壁に打ち寄せて砕ける波は
もう春の光を
撒き散らしていました。
僕も海の近くで育ったので
・・・なんとなくだけど
季節の訪れがわかるのです。

防衛省側を取材して思うのは
とても考え方が「幼い」ということです。
たとえば、
事故直後の海保側への虚偽報告が
ぼろぼろ明るみに出ていますが
それに対しての釈明が
「だましたと言われたら謝るしかない」だって。
なんだその言い方。
だましたのじゃなかったら、なんなのだ?
でも、これ、
「どっかで聞いた、言いまわし」です。
館山での清徳丸の船体が親族に公開されたとき、
横須賀地方総監部幕僚長は親族に対し
「報道陣がいますが、知らんぷりで通って下さい」と言いました。
これに怒った記者に対する釈明が
「そう聞こえたなら誠に申し訳ない」
・・・あのね(笑)
ほかにどう聞こえるんだ。
「おわああっ!
間違えてミサイルのボタン押しちゃった」
ちゅどーん!
「えーと・・・
誤爆だと言われたら謝るしかない」
謝ってすむか。
防衛省内ってのは、
こんな謝罪(?)の仕方で許されるほど
寛容な組織なのでしょうか?
閉鎖された社会なので
コミュニケーションの基礎が
できていないのでしょうか。
コミュニケーション能力の有無が
何によって決まるかというと
実は「想像力」だったりします。
「こういったら相手はどう思うだろう」
「こういう行動をとったら相手はどう動くだろう」
そうした考えが根本にあってこそ
コミュニケーションは成立します。
これは
ラジオの基本でもあります。
いずれバレるような嘘をつくのも
「想像力の欠如」によるのではないかと思います。
ただし。
例外として
相手のことを思いやる想像力が無くても
どうにかなる場合があります。
・・・それは。
相手が
どうにかしてくれる場合です。
「だましたと言われたら謝るしかない」
「そう聞こえたなら誠に申し訳ない」
という釈明に共通するのは
「相手任せな言い回し」だということです。
相手任せ。
そう、だから
漁船が沢山浮かんでいようと
自分たちは
「自動操舵でいい」
なぜなら
~どうせ相手がよけてくれるから~
イージス艦の乗組員らは
そう思っていたような気がしてなりません。
せめて。
防衛省に自ら
捜索打ち切りを申し出た親族の胸の内や
艦長が謝罪に訪れたとき
「頭を上げずに謝りつづける人を責められんよ」と
力なく許した漁協のかたがたの想いを
あの波が砕ける瞬間だけでも
想像してくれないか。
投稿者 : 17:00
2008年02月14日
恐怖の「都市伝説」報道部版(担当☆石森則和)
(注:今回はくだらない)

世の中には、まだまだ
科学では解明できない
不思議な出来事が存在する。
「都市伝説」
あなたもひとつぐらいはご存知でしょう。
実は、
ここ浜松町の文化放送報道部にも
知られざるミステリーがいくつもある。
信じるか信じないかは
あなた次第ですがね・・・
ふふふふふふ。
次のうち
本当なのはどれだと思いますか?
まずは中継車編・・・・。
伝説①
「中継車のナンバープレートは
文化放送の周波数と同じ1134である」
伝説②
「中継車(新車)の上についている巨大なアンテナは
四谷時代に長年に亘って活躍した旧中継車
《通称、オレンジ色のにくいヤツ号》から
そのまま移植されたものである」
伝説③
「中継車の後部には数々の中継機材が積まれているが
これらの機材が整頓されている棚は、
ドライバーの張替さんが
日曜大工で自作したものである」
なんと
以上の中に真実があります。
どれかというと・・・
全部ほんと(!)
以下、解説。
伝説①・・・本当に1134である。
ちなみに他社だけど
「ニッ☆ン放送」さんのラジオカーのナンバーは
「1242」なのだ。
「TB☆」さんのは知らない。
伝説②・・・屋根のアンテナは
旧2号車の形見なのである。
さまざまな現場から
長年レポートを送ってきた
尊敬すべき八木アンテナなのだ。
見かけたら合掌。
親指隠してる君。
リアクション間違ってるじょ。
伝説③・・・ちなみに車の中のカーペットは
意外に器用な技術のタキちゃん(♀)が
丁寧に貼ったものであるが、
最近、非情にも
飲みかけのコーヒーをこぼした記者がいる。
・・・私がやりました。
(急発進するんだもん)
さらに文化放送報道部の
背筋も凍るような「都市伝説」を続けよう。
伝説④
「ちょっと前の話だが・・・
あるニュースで電話取材をしたあと
録音素材を聞いてみたら
なんとバックに
入っていてはいけない筈の
【笑い声】が録音されていた。ぎゃー!
取材から帰って来られた
☆☆さんの楽しげな笑い声であった」
伝説⑤
「泊まり勤務の夜、
異様な気配に振り向くと
ずらりと並んだテレビモニターの全てに
火野正平さんが映っていることがあった(F野記者も証人である)」
伝説⑥
「一日だけ、翌日のニュース予定を書くホワイトボードに
《・・・特になし》と書かれていたことがあった」
伝説⑦
「エレベーターホールから報道部に入ろうとして
入り口にある入館証のセンサーに
何度もsuicaをかざし、
首をかしげていた記者がいるらしい」
・・・僕である
伝説⑧
「スポーツ部にスポーツアナとして
異動されたはずの扇記者なのだが・・・
どうも背後にいらっしゃる気配がする」
伝説⑨
「角谷キャスターが
にやにやしながら
楽しい冗談を僕に語りかけて下さるが
だいたい
遠くて聞こえない」
伝説⑩
「独身の記者が
仕事帰りに合コンに行くことがわかると
報道部全員(&スポーツ部のみなさん)に
万歳と敬礼で送り出される」
伝説⑪「笑っているのに怒った髪型の記者さんがいる」
伝説⑫「吉野記者が、飲んだコーヒーを片付けない」
伝説⑬「吉野記者は、警視庁記者クラブでも片付けない」
伝説⑭「けさなんか僕のコーヒーを間違って飲んだ」
伝説⑮「しかも気がつきゃしねえ」
・・・ほかにも数々のミステリーがあるが
またの機会にご紹介する。
さて、
ミステリー好きのあなたに
ぜひお勧めしたい番組がまもなく放送される。
それは・・・・
来る3月1日(土曜日)
朝、5時50分(早っ!)
全国の民放AMラジオ局が、
共同で制作している番組「録音風物詩」!
この週は
文化放送報道部制作の
「虚無僧の尺八が聴こえる街」
(PD:ひでを部長)
都会のまんなかでありながら、
年に1度
100人もの「虚無僧」が出没するという
謎のスポットを直撃!
歴史のはざまに見え隠れする
謎の「虚無僧」の秘密に迫り
その「浪漫」は
遥かな時代を超えて
現代のビジネスマンの
心を振るわせる内容となっています!
自分の中に
もうひとつの世界を持ちたい。
そんなかたには
是非聴いていただきたいのです。
「全米が泣いた!」
うそ。
泣いてない。
牛込柳町あたりは
泣いたかも。
でも心が癒され、
元気付けられる内容です。
ベッドの中ででもいいからお聴きくだされ。
投稿者 : 23:00
2008年01月29日
あやまれよ。(担当☆石森則和)

↑9階のパソコンのとこにいる「わんこ」
ちょっと和んでいただけましたでしょうか。
さて、
とても不思議に思ったニュースがあるんです。
「某放送局職員のインサイダー疑惑」です。
報道記者らが
「外食大手が回転ずしチェーンを傘下に収める」
というスクープを放送前に端末で知り、
回転ずしチェーンの株を購入したというもの。
こうした原稿は
約1万1000人の職員のうち、
記者や編集担当者ら約5000人が閲覧を認められ、
割り当てられた職員番号とパスワードを端末に打ち込んで
閲覧できたっていうんですけど・・・。
取材した記者は
今、どんな気持ちでいるのよ?
なんの比喩でもなく
ニュースの当事者との間の「信頼」は財産で
スクープやニュースソースは「記者の命」です。
僕にも
過去に取材して以来、
継続的に連絡を取り合っているニュースの当事者の皆さんがいて
何かあればすぐに連絡が取れるようにしてあります。
そういうかたがたは、
「君だから話すけど」
「ほかのところはこう報道してるけど本当はこうなんだ」
などと話してくれるのです。
時に、批判的なレポートになったとしても
互いに「信頼」があるからこそ
また取材に応じてくださるのです。
それは、1日2日で構築できるものではなく
長い時間をかけてできた「絆」だと思ってます。
スクープってのは
偶然転がり込んでくることもありますが
時間をかけた取材の中で
それが報われるかのように
鉱脈を掘り当てるかの如く辿りつくことが多いのです。
僕もこれまでの取材の中で画期的な新薬や
技術開発の情報を得ることもありましたが
オンエアまでは細心の注意を払いました。
インサイダーがどうとか言う前に
正直、ほかのジャーナリストに奪われないためです。
取材活動の中で得たスクープは
取材相手との信頼のもとに見つけられたもので
自分の子供のように愛しく
放送までは大事に守ってあげなければいけません。
そして
何が一番の喜びかといえば、
それが多くの人に向かって放送され
大事な情報がきちんと伝わることです。
それをね?
こそこそ株の売買に使うなんて発想、
記者として考えられないわけです。
ただ、同じ報道部のデスクや仲間の記者とは
チームでニュースを作っているので
情報を共有しないわけにはいきません。
でもお互いプロなので
互いの取材を尊重し、
情報漏れや悪用は発生しないのです。
今回、スクープした記者と
株を買った記者は別人のようですが
少なくとも同じ「記者」を名乗るなら
そんなことはわかってるはずじゃないのか?と
本当に不思議なのです。
視聴者へのおわびも必要ですが
世の中、全ての記者に
「記者という仕事」を侮辱したことを
謝って欲しいのです。
「ごめんなさい」は?
投稿者 : 17:40
2008年01月11日
110番のヒ☆ミ☆ツ!(担当☆石森則和)
きのうは110番の日でした。
僕としては初めて
警視庁の通信司令室に入って取材させていただきました。
ひっきりなしに通報が入ってくる司令室は
正面の大型スクリーンに向かってずらりと機器が並び、
まるで
宇宙船と連絡をとるコントロールルームのような感じ。
ところで。
いつごろ、どうやって110番ができたか
ご存知でした?
調べてみると結構面白いです。
日本最初の110番は1948年、
GHQの勧告がきっかけでした。
東京は最初から110番だったんだけど、
・・・大阪や京都では違いました。
どう違ったのか?というと!
なんと、1がひとつ多い(笑)
「1110」だったのです。
名古屋では、また違うのです。
一時期、「118」になってます。
「イイヤ(118)?」
これは消防の「119」と間違えやすかったかも知れませんね。
ばらばらだった緊急通報電話が
全国で110番に統一されたのは、
1954(昭和29)年になってのことでした。
地方ごとにばらばらだと
人の行き来が多い大都市では
誤りが生じるおそれがあったからです。
考えてみれば
「ひゃくとーばん」という語呂は
実に覚えやすい響きです。
もし「1110」番だったら
どんな風に呼べばよかったのでしょう。
じゃあ、なんで
「ひゃくとーばん」になったのか?
これは
今の若者には
わからんかもしれんがのう。(←急に老けた)
電話機の形状が主な要因なのじゃ。

昔はのう。
電話はボタン式ではのうて
ダイヤルを
指先でジーコ、ジーコ(サッカーとは無関係)と
回してかけてたのじゃ。
ダイヤル式電話のダイヤルにおいて
「1」は、
一番ストッパーまでの距離が近いので
指をちょっとだけ回せばよかったのじゃよ。
つまり、素早くかけられるのじゃ。
(ストッパーというのはダイヤルを回したときに
最後に指がひっかかる金具のことね)
しかし、ここで疑問が残ります。(あ、普通に戻った)
確かに「1」はストッパーに一番短いから
「まわす距離」が一番短いけれど・・・
「0」は、逆に「最も遠い」じゃないか!
・・・あー、ついてこれてますか?
ダイヤル電話を知らない平成生まれのチミたち?
でも、このまま、続けます。
「0」は、
ぐいーんと
ほぼ一周ダイヤルを回転させなければいけないんです。
「それじゃあ、時間がかかるじゃないか!?」と思うかもしれませんが、
「0」が選ばれたのには、やはり理由があります。
その理由とは!?
「間違いをふせぐため」なのです。
つまり、あわてて「1」を2回まわしたあとに
「ああ、最後に、ぐいーんと長く回さなきゃ。
いや、でもその前に
もう一度冷静になってみよう」
・・・と思わせるためなのです!
あーでも
プッシュ式の携帯電話になった今
ほとんど意味をなさなくなっちゃいましたね。
初期のころは32個の電話機を置いて、
どの電話が鳴っているのか
それぞれの電話に耳を近づけていたそうで・・・
「あっ!こっちじゃないぞ」
「おわ!これでもない」
「ああ!切れちゃった」
・・・そりゃあ、まずい。
陣内智則さんのコントにありそうなことが
本当に行われていたのですね。
さて、今は携帯電話を
ほとんどのかたがお使いでしょうが、
注意すべきことがあります。
去年からは携帯電話を使用した場合に、
どの場所で通報したかが
通信指令センターに通知されるシステムが開始されてはいます。
でも電波受信状況により、
誤差が、数キロメートルに及ぶことがあるのです。
ですから
住居表示や自販機に書いてある住所を伝える必要があります。
でも、もしそれらがなくても大丈夫。
交通標識や交通信号、電柱に書いてある番号でも
OKなのです。
覚えておくといいのじゃ。
投稿者 : 00:00
2007年12月31日
よいお年を!(担当☆石森則和)
2007年がすぎてゆきます。
この年末、
番組と番組の間に
「ニュースさよなら2007」が流れていたことに
お気づきになりましたでしょうか。
これは2007年におきたニュースを
報道部が取材した音を柱に
1分間で振り返るものです
高尾記者が原稿を書き、奥山記者のディレクションで
石森がナレーションを担当させていただきました。
日ごろ、ニュースパレードなどで
報道記者がレポートをする場合、
その長さはおよそ1~2分。
ニュース原稿に書くなら
1本につき数十秒といったところでしょうか。
しかし取材するときには
その10倍も20倍もの情報を集めて整理します。
その中から、何が大切なのか
削りだしていく作業をするのです。
取材の方法や量は記者によりますが
高尾記者は「ものすげえ」勉強するタイプです。
だからこそひとつひとつのニュースに思い入れも強いですし
改めて1分間にまとめるのは至難の業だったことでしょう。
反面、そのニュースで何がポイントだったのか把握しているので
的確な原稿になっていたと思います。
また、奥山記者も「伝わる」ことに重きをおき、
BGMやニュース素材、ナレーションのタイミングにこだわり
納得がいくまで練習してから臨んでいました。
ナレーションを収録中、
あらためて今年取材した音を聞いていると
様々な想いが去来しました。
ニュースの当事者に取材したときのこと
そしてその当事者たちは
「あれからどうしているのだろう」ということ
そして今年も1年、記者もデスクも
熱く動きまわったなあということ。
このブログを書くようになって
ラジオ記者なのに、現場にカメラを持っていくようになりました。
ただ、あくまで音を録音するのが仕事ですから
カメラマンと同じようには写真をとることができません。
それでも思い出に残るショットはあります。
いくつか振り返ってみましょうか。
まずは笑顔編。
朝早くから、
保育園の前で待って取材したのがこれ。

かわいい笑顔でしょ?
保育園を卒園して、門を飛び出してきた青木鈴花ちゃん。
鈴花ちゃんは
「喉頭軟化症」というのどの病気で
痰の定期的な吸引措置が必要なことを理由に
東京都東大和市に保育園入園を拒否されたのですが
裁判で入園を認める判決が出され、
夢が叶ったのです。
嬉しさあまって
報道陣の前をダッシュでかけぬけた鈴花ちゃん。
「卒業したよおおおおおおお」
ドップラー効果たっぷりに
嬉しそうな声が響いたのでありました。
今ごろは小学校の初めての冬休み。
楽しくやってるかな?
そしてこれ。

かわい・・・い笑顔?
ニュースパレード月曜日のキャスター
角谷浩一さん。
これは組閣の速報を伝える、官邸の特設テント。
現場では
国会担当の吹野記者が奮闘しまくりました。
石森もその指示のもとレポートをさせていただきましたが
角谷さんのこの余裕の笑顔。
ふてぶ・・・いや、さすが貫禄がおありです。
このときは官邸から
角谷さんとのかけあいでお伝えしました。
吹野記者も、そのあとの番組まで残ってロングレポート。
思い出に残る一枚です。
しかし、今年は選挙が何度もあり内閣改造もあって
この写真を見ても
一瞬、いつの組閣だったっけ?と思ってしまいました。
角谷さんは今年、一時体調を崩されましたが
角谷さんが復帰されるまでの間、
僕はピンチヒッターとして
ニュースパレードのキャスターをさせていただきました。
皆さんからアドバイスや応援をいただき
正直、これは本当に勉強になりました。
ありがとうございました。
まもなく角谷さんは不屈の魂で復帰し、
そのあと
サシで飲みに連れていっていただきました。
そこでいろんな話をしましたが
これは2人の愛・・・もとい
絆が深まった出来事でした。と勝手に思ってます。
取材では、
「これまでなら考えられなかった経験」もしました。
この写真はオウム真理教の元代表、上祐史浩氏です。

これは元オウム真理教の本部内で撮った写真です。
上祐氏はアーレフを脱退し、5月7日に新団体「ひかりの輪」を設立して、
代表の座についたのですが
これはその時、
上祐氏の部屋の中で
本人に直接インタビューした時の写真。
しかしここに教団施設がある限り
周辺の住民のかたは警戒を緩めてはいません。
さて、報道部には
24時間、365日休みはありません。
今も僕の横で
伊藤デスクと
吹野サブデスクが一生懸命原稿を書いていますし
小谷さんも編集に備えています。
新人、吉野記者(女性)は
初めての「アメ横」取材に出かけていきました。
吉野記者、がんばっております。
「営業時代のほうが
美味しいものが食べられた」とかブツブツ言ってるくせに
警視庁の「変なトッピングの蕎麦」を美味そうに食ってます。
あと、おなかはしまっておきなさい。
僕もいつでも取材に出られるように待機中。
(遊んでいるわけじゃないお)
でも平和な年末年始になるといいですよね。
交通事故や火災などには十分気をつけてください。
年末年始も取材は続きます。
帰省や初詣のおともに
楽しいトークと音楽が聴けて
なおかつ、ニュースや交通情報、天気予報など
必要な情報が「なんと無料で」お聴きになれる、
(どこでもそうだけど)
文化放送にぜひ、
すていちゅーん。
※これまでこのブログを
月曜日と、木曜日に書かせていただいていましたが
2008年からは
石森も他の記者の皆さんと一緒のローテーションに入ります。
次回は1月11日です。
投稿者 : 11:03
2007年12月27日
どこまでもいこう(担当☆石森則和)
僕ら記者や技術スタッフを
あらゆる現場に運んでくれる
報道部の中継車。

事件が発生すれば
あらゆる場所にすっとんでいきます。
車の中でも
記者は情報を収集し、
記事をまとめ、編集し、
レポートまで行います。
それどころか災害現場や人質事件などでは
車内に何日も泊り込むこともあります。
アンテナを空高く伸ばせば
犬に吠えられることもありますが
そんなことはなんのその。
報道陣の中で揉みくちゃになったときや
過酷な天候のもとで張り込むとき、
また一人で事件を追いかけているとき
彼方からやってくる銀色の車体に
ほっとさせられます。
「運命共同体」っていうのかなあ?
僕らにとっては
まさに「食べちゃいたい」ぐらい
かわいいやつなのです。
では。
いっただーきまああああす!

・・・なんつって、びっくらした?
文化放送リスナーとして
いつもニュースパレードなどを聴いてくださっている
プロダクト・デザイナーの鈴鹿繁実さんが、
ワンオフ(特別にひとつだけ手作り)で製作した貴重な一台。

すげえっしょ?
鈴鹿さんは大手自動車メーカーで、
車のクレイモデル作りに15年間とりくみ、
オートバイ用品を作る会社でも
「開発マネージャー」として活躍したかた。
取材を通じて知り合ったのですが、
さすがに器用だなあ。
僕なんか、子供の頃プラモデルを作ると
なぜが部品が余ったものです。
中継車の運転手のHさんに見せたら
驚いて絶賛してました。
そんなわけで
きょうも
この車で会見に行ってきました。
あしたも行くでしょう。
(あ、本物の車のほうね)
いつかどこかで
この車体を見かけたら、
文化放送にダイヤルを合わせてくださいな。
あなたの近くから
報道部員がレポートしているかもしれません。
投稿者 : 21:07
2007年12月24日
僅かな光でも(担当☆石森則和)
「吝か」
↑これなんて読む?
答えは「やぶさか」
では、意味は?
「けち」です。
ですから
「やぶさかではない」となると
「けちけちしないでやりますわ」
・・・という意味になります。
福田総理は、きょう記者団に
「(C型肝炎訴訟の原告団と)会って話をすることは
やぶさかではない」と、面談に応じる可能性を示しました。
「努力を惜しまない」と言いたいのでしょうが
なんだか「高いところからの物言い」という感じがします。
福田総理はきのう
一転して、
「被害者全員の一律救済」を含む議員立法を
提出する考えを示しました。
これを前提に
「けちけちしないで会ってあげてもいいよ」と言ったわけですが
きょう会見した「原告・弁護団」には
殆ど笑顔は見られませんでした。

なぜ笑顔がなかったのか?
原告側は
この議員立法に
「被害を拡大させた国の責任&謝罪」を盛り込むことを
強く求めているのですが
舛添厚生労働大臣は
「国の責任を明記すること」について明言を避けていますし
町村官房長官も
「道義的責任が政府にある」ことは認めながらも
「法案には必要最小限のことを書く」という姿勢です。
しかし、
この姿勢には矛盾があります。
「じゃあ、一律救済をする根拠は何なのよ?
『国が責任を認めたから』じゃないのかよ?」
そもそも
国が責任を認めないまま
この問題を終結させようとするならば
真相が究明されないまま
闇に葬られる、ということであり
再発防止に結びつかないことになります。
支持率が下げ止まらないことへの福田総理の焦りが
急転直下、「一律救済」発言をさせたのでしょうが
今ひとつ信用できません。
もしも本気で取り組むなら
「やぶさかでない」なんて言い方でなく
「ぜひお会いしたい」
「年内にお会いしましょう」などというのが筋でしょう。
まさか福田総理、
「消えた年金」問題の時のように
あとから
「ん?そんなこと、言ったかな?」なんて
トボケないだろうな。
毎日毎日が戦いの日々。
戦いの相手は国と
自らを蝕む病気の両方。
原告団長の山口美智子さんは
「きょうが何曜日」なのかも、「何の日」なのかも
気が付かないほどだそうです。
「あ、きょうはクリスマス・イブなんだ」と思ったという山口さんは
黒いセーターの控えめな刺繍を指して
「せめて、このキラキラがクリスマスっぽいかな」と
初めて笑いました。
総理の言葉に
まだ完全に心を許せない皆さんも
本当は、本当は、
僅かな「光」にも期待をしたいのです。
原告団の久野郁子さんは
「あまりに突然のことで、本当にきのうは戸惑い、
不安という感じで受け止めましたが、
時間がたって、少し喜んでいいのかなという気分になってきました」
と期待を語りました。
期待させておきながら
この気持ちを裏切って欲しくないと思います。
文化放送に帰る途中
中継車から見るイブの街は、
星空が降りてきたような
青い光の海でした。
サンタクロースが願いを聞いてくれるなら
どうか「この答え」が欲しいのです。
「人は幸せになるために生まれてきたのなら
なぜ病気など、あるのですか?」
投稿者 : 18:59
2007年12月20日
ELEANOR RIGBY(担当☆石森則和)

横浜のランドマークホールでやっている映画イベントで
ティム・バートンの映画「コープス・ブライド」を観ました。
気弱な青年「ビクター」と、
親同士が決めた婚約者「ビクトリア」
そして、
そのビクターに「結婚を申し込まれた」と思い違いをした
「死体の花嫁(Corpse Bride) 」
この3人をめぐる
ブラック・ユーモア満載のストップモーション・アニメ。
・・・これだけ読むとグロテスクな印象がありますが
本当は悲しくも美しい物語なのです。
「死体のエミリー」は結婚詐欺に殺害された過去があり、
「ビクター」は結婚そのものに恐怖を感じている。
「ビクトリア」は親の言うなりにしか生きられない。
「ビクターとの結婚」をめぐる
「奇妙な三角関係」がそこにあるわけですが
それぞれが互いを思いやり、悩み、
やがて切なくも優しい結末を迎えます。
「エミリーを殺害した男」や、
「家柄や富を求める両親」たちの
醜い打算や企みの中、
3人が「結婚」を望む気持ちは純粋でした。
機会があったらごらんあれ。
さて、
きょうは去年12月に渋谷で起きた
バラバラ殺人事件の初公判を取材しました。
三橋歌織被告は
酔っ払って朝帰りした夫をワインボトルで撲殺し、
遺体を自宅で切断して
新宿や渋谷、町田に捨てたのです。
歌織被告は夫の家庭内暴力に苦しみ、
骨折などの大怪我をしたり
家の外まで逃げ回ったこともありました。
避難施設へ入った時期もあります。
外出先には頻繁に電話がかかり、
帰宅すれば「浮気していないか」と
「体の匂い」をかがれるという生活の中、
夫に名前を呼ばれるのが嫌になったことが高じて
「誰に名前を呼ばれても」嫌悪感を抱くまでになったといいます。
弁護側は
「こうした執拗なDVが、PTSDを引き起こした」として
「被告には責任能力が無かった」と主張しています。
一方、検察側は
夫婦は「暴力を振るったら離婚して多額の慰謝料を払う」という
「歌織被告に有利な公正証書」が作られたものの
夫のDVが止んだり、逆に夫から離婚を突きつけられたため
歌織被告は
「離婚を有利に進められなくなる」という危機感を持ったとしています。
どちらの言い分が真実かは
今後の裁判の行方を見守ることになりますが
現実のほうが、映画よりよっぽどグロテスクですね。
歌織被告は
遺体を切断した理由は
「予想以上に重かったから」といい
「早く取り去りたかった」と供述しています。
まるで迷惑なものを捨て去るように。
2人は
夢と引き換えに外資系へ就職してから
何かを失っていったようです。
結婚当初、
夫は「司法書士」という夢をめざして法律事務所で働き、
年収3百万でがんばっていました。
歌織被告もアルバイトで支えていたといいます。
この時点では
お金でも束縛でもない「絆」があった気がします。
大切に支えあっていたもの。
「相手のために何ができるだろう」
そのシンプルな願いこそが
愛の素顔なのではないでしょうか。
結婚はある種の「約束」ですが
互いの存在に感謝するとき
「約束」より確かなものが
きっと二人を繋ぐと思うのです。

All the lonely people
Where do they all belong?
No one was saved .
投稿者 : 17:33
2007年12月17日
ドライバーさん、落ち着いて!(担当☆石森則和)
「運転中に緊急地震速報が伝えられたら、
どーすりゃいいのか!?」
・・・を体験する訓練が
きょう、警視庁によって行われました。

運送会社やタクシー会社、
JAF=日本自動車連盟などから54名が参加し
30台の車両が集合しました。
それにしても、
これだけの規模の訓練をどこで行うのか?
なんと!
開通を今月22日に控えた
「首都高速・中央環状新宿線」のトンネルの中です。
これは板橋から西新宿方面にかけて伸びる
長―い地下トンネル。
(前回、白井デスクも書いていらっしゃいましたね)
まだ工事の続く現場から
取材陣を乗せたマイクロバスが
時速25キロで、注意深く入っていきます。
長い長いトンネルの半ばに立つと
どちらを見ても出口の光は見えません。
こんなところを車で走っていて
「まもなく地震がきます」なんてラジオから流れてきたら・・・!
やっぱり
早く逃げ出したくなるのが人間ってもんです。
でも、スピードを上げたり、驚いて急ブレーキを踏んだりすると
事故を招く可能性があります。
そうならないための「予行演習」なのです。
きょうの訓練には、ガス会社など
ライフライン関係の車も多数参加しました。

僕は「東京ガス」さんの車に同乗させていただき
取材することになりました。
(ありがとうございました)
「速報が流れるカーラジオの音」や
「ハザード・ランプのカチカチ音」をバックに、
訓練中の車両の様子を実況するためです。
すると、思いがけない問題が
発生したのですううううっ!
カーラジオから流れていたのはTBS。
「げっ!」
このままでは
ニュースパレードにTBSの声が流れてしまう。
「すみません、文化放送に変えていただけませんか?
あとボリュームをちょっと大きく・・・」
「ああ、かまいませんよ。
電波状態で選んだだけですから。
訓練中は番組を楽しんだりする雰囲気じゃないし、
内容は別に聴いてないから」
「すんません、お願いします」
トンネルの中でも
文化放送がクリアに聴こえてきました。
・・・すると。
それまで黙っていたドライバーさんと
助手席のかたが
「大笑い」し始めました。
大竹まことさんと
太田アナウンサーの会話を聴いて
大ウケ!しているのです。
また、メールの内容に
「うんうん」と、うなづいたりと
急に車内に会話が生まれはじめました。
おお!嬉しい。
これだよ!
ラジオのパワーはっ!
いや、でもさ。
・・・それは嬉しいんだけど、
訓練開始までに
この「大笑い」もおさまってくれるかしらん?
さらに、もうひとつ心配が。
「番組中に、急に速報に切り替わる瞬間」を
録音したかったのですが
もしCM中に緊急地震速報が入った場合、
ニュースではCMの音を使いづらい!
・・・さて、どうしたもんか。
これについては
結局、番組の本編中に速報が流れたので
取り越し苦労。
でも、結構心配しました。
こう見えても
いろいろ悩んで作ってるのよ。(?)
マスター、おかわり頂戴。
さて、訓練で「緊急地震速報」が流れると
走行中の車は後方を確認して
ハザードランプをつけました。
ラジオを聴いてない車もありますから
周りへの車への注意喚起が必要なのです。
時速60キロで走っていた訓練車両は
ゆっくりと時速20キロぐらいまで減速。
もし安全に止められるようなら
左の路肩に寄せて停車。

訓練は無事終了しました。
でも、実際には自分が気をつけていても
まわりの車がパニックになってるかもしれません。
落ち着いて状況を把握し、
臨機応変な対応が必要でしょうね。
「緊急地震速報がどんなものであり
どう対処したらいいか」ということは
ドライバーへは、まだまだ伝わっていません。
教習所できちんと教えたり
免許の更新時などの機会を利用して
きちんと周知させるべきだと思います。
また、ドライバーに一番近いメディアはラジオでしょう。
文化放送をはじめ、東京の民放ラジオ局では、
緊急地震速報を来年の4月以降、運用を開始します。
まだ始めていないのには「理由」があって
交通事故など二次被害が発生しないよう
周知徹底した後に運用するためなのです。
そこで、運用開始を前に
在京の民放ラジオ局では、
来年1月17日(木)(防災とボランティアの日)
午後7時から、
「緊急地震速報・民放ラジオはこう伝える」を
同時生放送します。
来年1月の17日ね、
ら・い・ね・ん
つまり来月の
じゅう・し・ち・に・ち。
ドライバー以外の皆さんにも
広く、お聴きいただきたい番組です。
投稿者 : 18:29
2007年12月13日
今年の変わり雛は!?(担当☆石森則和)
人形の町・さいたま市岩槻区にある人形店「東玉」は、
きょう、
「今年の世相」をテーマにした「変わり雛」を発表しました。

東玉では、1980年から毎年
「その年に最も印象に残った出来事」を一般公募し、
それをモチーフに「変わり雛」を製作しています。
よく、この時期にニュースで取り上げられますので
ご存知のかたもいらっしゃるでしょう。
今年も5000通以上の応募があったといいます。
でも、
そもそもなぜ、こうしたことを始めたのでしょう?
東玉、といえば創業155年の老舗。
それにしては、
随分「柔軟」ですよね。
そこで戸塚隆社長に伺ってみました。
すると・・・
「いやあ、始めは職人たちが工房で
面白がって作ってたんです、遊びでね。
でも、これらを見た外部のかたがたから
『これを世に出さないのは、もったいないよ』って
言われたんです。」
なるほど!
最初は「職人さんの遊び」だったのか。
では、東玉のかたにOKを頂いたので
得票数の多い順に、ここでご紹介しましょー。
まず、特別雛!
「AFCチャンピオンズリーグ初優勝雛!」
これは今年の後半に決まっため
得票数が少なかった、という理由で特別に「入選」したのです。

浦和レッズの永井雄一郎選手と、
田中マルクス闘莉王選手の姿!・・・似てる?
第5位!

あれ?これ
普通のお雛さまじゃないの?
いえいえ、よくご覧ください。
「永遠にともに智則・紀香雛」
十二単衣姿の藤原紀雛さんと陣内智則さんです。
似て・・・・・・・・・(パス!)
第4位!

ビリー隊長と、小島よしおさんの筋肉男2人!
筋肉つながりで。
(あ、ビリー・バンドやってる)
「メタボなんて関係ねえ雛」
第3位!

「そのまんま知事雛」
・・・本当に「そのまんま」だな。
隣にいるのは柳原可奈子さん。
今回、一番似ているかも?
第2位!

「偽装どんだけ~雛」
これが一番表現に困ったんだろうなあ。
さすがに「ペ○ちゃん」は表現されていません。
手に持ってるのはどこぞのお土産。
食品偽装、まだまだ出てきそうですね。
そして第一位は!?
これじゃ!

「国会ねじれ雛」
安倍さんはわかるけど
熊手で票集めをしてるのは「小沢さん」?
にてねー(笑)
でも小沢さんがこの顔だったら
政界は変わってたかも?
安倍さんの「足をひっぱってる」のは
「あの閣僚」だそうですが
今回は「手だけ」の出演でした。
取材後、
東玉の戸塚社長は
「本来人形は愛してもらうためのものなんです」
と話してくださいました。
「偽装」や「政治とカネ」がテーマになった人形を作るのは
正直、心が痛むそうです。
来年は明るいテーマの
「変わり雛」が沢山登場するといいですねー。
投稿者 : 18:04
2007年12月10日
いつか会える(担当☆石森則和)
北朝鮮による拉致問題を解決するため、
被害者家族らが国境を越えて連携しようとしています。
きょう
「家族会」と「救う会」それに「議員連盟」が主催する
「拉致の全貌と解決策・国際会議」が開かれました。

第2回となる今回は
韓国、タイ、ルーマニア、アメリカなど5カ国から、
北朝鮮による拉致被害者の家族らが参加しました。
タイ人拉致被害者のアノーチェ・パンジョイさんの甥
バンジョンさんも
日本の家族会や救う会に連携を求めました。
アノーチェさんは1978年
自称・日本人の男に誘い出されて
消息を絶ちました。
その後、拉致被害者・曽我ひとみさんの夫である
ジェンキンスさんの著書で
「北朝鮮に拉致された」ことがわかったのです。
ただ、甥のバンジョンさん。
今回の会議で事実上承認された国際拉致解決連合には
参加していません。
(参加したのは韓国の2団体、ルーマニア、アメリカ、日本の家族)
これは趣旨に反対しているわけではなく
帰国したあと父親に「確認をとる」ためです。
・・・実はタイには
他の国とは異なる「ある事情」が存在するのです。
タイは日本と違い
北朝鮮と「国交」を持っています。
「国交があるのだから
北朝鮮側と交渉しやすいのでは?」と思うかもしれません。
でも、全く逆なのです。
タイは「拉致」という言葉を用いないまま
北朝鮮に「アノーチャさんのこと」を問い合わせました。
しかし、北朝鮮側からは
「そんなタイ人は存在しない」との返事が。
こうなるとタイ政府としては、
国交を持つ北朝鮮に対し
「それ以上追求しづらい状況」になったのです。
事情をよく知る「救う会」の幹部は、
タイ政府の現在の対応を
「まるで以前の日本政府のように
のらりくらりとしている」と表現します。
「北朝鮮は、国交がある国に対しても拉致を認めず、
被害者を帰さないのか!?」と、これだけでも驚きなのですが・・・
見過ごしてはならないのは
アノーチャさんが拉致された時点で、
すでにタイと北朝鮮には
「国交があった」ということです!
安倍政権時代の「圧力重視政策」とは
一線を画す福田政権下では、
「国交を正常化すれば
拉致問題解決につながる」との
意見も出てきています。
とんでもない。
北朝鮮は
「国交のある国の国民を平気で拉致した」のです。
国交の正常化は
拉致問題進展に何も影響しないでしょう。
きょうの会議で、
家族会の代表を先月退任された横田滋さんに
久しぶりにお目にかかりましたが、
顔色もよく、元気そうで安心しました。
新しい代表は飯塚繁雄さん。
拉致被害者・田口八重子さんのお兄さんです。
つまり「親の世代」から「兄弟の世代」になったのです。
来日した海外の被害者家族も
被害者の「親」ではなく「兄弟」などが目立っています。
国籍を問わず
「もう時間がない」と焦りの言葉を何度も聞きました。
自分の国の政府や、
世論が見方になってくれない海外の被害者家族にとって
日本の被害者家族の活動は
心の「よりどころ」になっているようでした。
吹きっさらしの新潟港で
横田早紀子さんのつぶやきを
聞いたことがあります。
「マスコミの皆さんが
こんなに来てくれるなんて夢みたいなの。
少し前まで、
誰も本気でとりあげてくれなかったんですもの」
ひとりごとだったのか
僕に言ったのかはわかりません。
でも、
家族会の皆さんが
海外の家族に暖かく接するのは
過去に
こうした想いがあったからかも知れません。
かの地にも
雪の季節がやってきます。

投稿者 : 18:04
2007年12月06日
現場だからわかること(担当☆石森則和)
文化放送の前にあるクリスマスツリー。
事件の取材から帰ってくると
この光に、少し癒されます。

今年10月、埼玉県川口市で
帰宅直後の女性が自宅で殺害され
キャッシュカードを奪われた事件がありました。
これが今週、急展開したのです。
このアパートでは
7月にもよく似た手口の事件がおきていました。
その「7月の事件」の容疑者が逮捕されました。
逮捕されたのは
自称配管工の「清田龍也」容疑者。
「10月の渡辺さん殺害事件にも関わっていたのかどうか」が
焦点となっていますが、
殺害された渡辺さんの服についていた汗から
清田容疑者のものと「ほぼ一致するDNA」が見つかりました。
きょうは、
その取材に行きました。
現場のアパートは、
古い一戸建てが多い中、
ひときわ目立つ可愛らしいデザイン。
女性に好まれそうですが
オートロックもエントランスもなく、
簡単に玄関の前に辿りつくことができます。
近くに住む女性は
「10月の事件」は防げたのではないかと
悔しそうに語りました。
「2つめの事件(渡辺さん殺害事件、10月)の時に
初めて私たちは7月の強盗事件のことを知ったんです。
・・・もし、ひとつめの事件の時に警察が注意を呼びかけていれば、
地域で気をつけてあげることが出来たかもしれないのに」
もっとも「7月の事件」では
被害者の女性が暴行されていますので
詳しい被害情報を公にすることには抵抗があったかもしれません。
しかし効果的な注意喚起の方法はあったはずです。
このアパートから街道沿いに100メートル歩くと
大きなスーパーがあります。
この辺りは高い建物がないので大変目立ちます。
「近所のかたは皆ここを使うんだろうなあ」と想像できる店舗です。
しかし、見方を変えれば、
犯人にとっては「標的」を見つけるのに好都合ということになります。
殺害された女性もここに寄って帰るのが日課だったようですが
事件前日と当日、女性が店にいた同時刻に
店の防犯カメラが容疑者の姿を捉えていました。
容疑者は「スーパーにいたこと」は認めていますが、
目的については「ぶらぶらしていた」だけとしています。
しかし、実際に足を運ぶとわかるのですが
容疑者の自宅からは2.5キロも距離があります。
ちょっと「ぶらぶら」というのは不自然な感じがします。
捜査本部では、清田容疑者が
渡辺さんを「狙っていた」可能性があると見ています。
また、
現場に行ってみて
「ちょっと気になること」があるのです。
殺害現場となった被害者のアパートの住所は「川口市」ですが
最寄の駅は「東浦和」になります。
一方、清田容疑者の自宅は「東川口」に近いのです。
・・・これが問題なのです。
今回、清田容疑者が7月の事件の容疑で逮捕された経緯を
振り返ってみますと・・・
▽今月2日、JRの駅で捜査員が職務質問する。
▽しかし清田容疑者は、「うその住所」を語り
飲み干した缶コーヒーの缶を投げ捨てて立ち去る。
▽不審に思った捜査員がこの缶を持ち帰り
埼玉県警科学捜査研究所にまわす。同時に住所を割り出す。
▽コーヒーの缶についていた唾液からDNAを検出、
このDNAが、7月の事件で部屋に残された犯人の体液と一致する。
▽任意同行して4日に逮捕。
・・・問題は、
上の「逮捕の経緯」の
最初の「▽」にある「JRの駅」は
容疑者の最寄駅の「東川口」ではなく
また、「あのアパートの最寄駅」である
「東浦和」だったことです。
彼は「何の目的」で、そこにいたのでしょうか?
「どこに」用事があったのでしょう?
上記の「逮捕の経緯」では
もうひとつ不思議な点があります。
警察は
「なぜすぐ立ち去った男の住所が割り出せたのか?」
・・・というのも、
実は容疑者には住所が「2つある」のです。
実際に住んでいる家の住所と、住民票上の住所です。
住民票上の住所は、別の市の「ある事務所」になっています。
(多額の借金が関係しているようです)
つまりそこには「住んでいない」・・・。
なのに捜査本部が「住所をすぐに割り出せて」
しかも「任意同行」できたのは不自然な気がします。
それに職務質問から立ち去ったからといって
すぐにDNA採取までするのも不自然です。
・・・ということは、
警察は、もっと早い段階から
「かなりの確信を持って動いていた」可能性が高いでしょう。
このブログを書いている途中、
清田容疑者が
「渡辺さんのカードを使った」と話しているという情報が!
まもなく、捜査は大詰めを迎えます。
今後は「なぜ犯罪に手を染めるほど追い詰められたのか?」も
追求されていくでしょう。
容疑者には、消費者金融などからの
「多額の借金」があることが判明しています。
それなのに、容疑者の家にはワンボックスカーが2台ありました。
そのうち1台は、旧型ながらも手がかけられています。
・・・ということは、ある時期から
急激に借金を背負ったことが考えられます。
いったいどんな事情があったのか?
そもそも合法的な借金なのか?
お金が全てを狂わせてしまったのか?
容疑者の妻が(戸籍上は元妻)カメラマンに叫んだ、
「写真撮ったら、お金取るからね!」という声が耳に残ります。
「お金・・・?」
理不尽に亡くなった渡辺さんのためにも
犯行の背景も含め、真相究明を期待したいと思います。
平日夕方5時からの「ニュースパレード」や
「文化放送ニュース」では、
ラジオ特有の機動性を持って取材をし、
「今まさに動いている情報」をお伝えしてまいります。

どうぞお聴きください。
ニュースは多かれ少なかれ
私たちの暮らしに結びついています。
投稿者 : 19:29
2007年12月04日
思い出のタクシードライバー(担当☆石森則和)
取材する際、
タクシーの運転手さんは
強い味方になってくださいます。

特に地方で、腰を据えて取材する際には
新聞にも載らないような
細かな地元の事情を教えて下さったりします。
広島・尾道で選挙の取材をした時には
滞在期間中、ずっと同じ運転手さんを指名し
時には借り切って移動しました。
一人で複数の候補者を追いかけなくてはならないのですが
その時の選挙は候補者が皆
「どぶ板」選挙を展開!
選挙事務所も事前にコースを明かさず
まさに神出鬼没な上、
選挙区内には山深い集落もあります・・・。
それでも、この運転手さんは
タクシー無線を駆使して
ほかのドライバー仲間から情報を集めてくださったり
僕が候補者をつかまえてインタビューするときには
わざとメーターを止めて
「今から自分の食事休憩ってことにするから、
石森さんは気にせず、ゆっくりやってきな」と
ずっと待っていてくださったりしました。
候補者の車を山道で発見したものの
追跡中にガス欠になりそうになり
別の会社のタクシーにLPGの販売所を教えてもらって
燃料補給したこともあります。
・・・タクシーがガスを補給するところを初めて見ました。
「つき合わせてしまって悪いですね」というと
「なあに、なんだか楽しくてウキウキしてるんだ」と
笑顔で答えてくださいました。
そして帰り際には「がんばってね」と励ましてくださって。
全国ネットのラジオとはすごいもので(笑)
ニュースパレードは広島でも聴けます。
「あのとき苦労して取材した音、こっちで聴けたよ」
運転手さん、電話口で
はずんだ声で話してくださいました。
また、新潟で取材したときにも
やはりお世話になったタクシーの運転手さんがいました。
使い古された地図を広げ、
限られた時間の中で取材先をくまなく回ってくださいました。
まだ若い運転手さんは、僕が毎回お礼をいうたび
「お役に立ててうれしいですっ!」と答える情熱家でした。
「また新潟に来る時にはご指名くださいね。
今度は観光でいらっしゃい。
今回は忙しくて見られなかった見所を
沢山ご案内しますから」
男同士の約束です。
その後
新潟で大きな地震があり
先輩の記者が現地に行く事になったので、
先輩にその運転手さんを紹介しようと
運転手さんのタクシー会社に電話をかけました。
病気で
亡くなられていました。
僕はあの運転手さんのことを、
そして運転手さんと走り回った新潟の道を
生涯忘れないでしょう。
東京都内でも出会いがありました。
2005年3月、僕は泊まり勤務・・・だったのかな。
夜、急遽出動することになりました。
東武伊勢崎線の竹ノ塚駅近くの踏切で
人身事故が発生したのですが、
なぜか「2人死亡、2人がけが」という異常事態!
「何があったんだ?」
タクシーに飛び乗りました。
この事故は
「通行者の苦情を避ける」ために
保安係が規則を無視し、
「自己判断で遮断棒を上げ下げ」したため
おきたものでした。
もっとも、事故直後にはまだ
こうした原因は、わかっていませんでした。
しかし現場へ向かう途中のタクシーの中、
運転手さんが
「よくあそこを通るんだがね、
保安員が強引に通行人を渡らせていたよ?
それと関係があるんじゃないか?」と指摘。
僕は鞄の中から
急遽マイクとレコーダーを取り出し
その場で車を停めて
運転手さんにインタビューさせてもらいました。
「いつか、こんな事故が起こると思っていましたね」
これだけ親身になってくださるのは
ドライバーの皆さんにとって
ラジオがパートナーだということもあるようです。
「いつも聴いてますよ」と
ミラー越しの言葉が
僕らの背中を押してくれるのです。
・・・しかし、そんな心優しきドライバーの皆さんが
今、大変苦しい思いをなさっています。
きょうから東京都内のタクシーの初乗り運賃が
710円に値上げされました。(中型、50円値上げ)
なぜなのでしょうか?
東京地区の運転手の平均年収は2005年度で40万円。
それまでの10年間で122万円ダウンしました。
全産業平均より266万円も低い水準です。
これを救済することが最大の目的だといいます。
東京乗用旅客自動車協会を取材した際には、
今回の値上げにより
「乗務員の年収は60万円程度改善される」ということでした。
そもそもタクシー業界は
なぜ、こんなことになってしまったのか?
平成14年の道路運送法改正で需給規制が緩和され
都内だけで95社が参入、タクシーが7000台増えた事が
収入低下に大きく影響しています。
ドライバーからは
「再び需給規制をして欲しい」という声をずいぶん聞きました。
実際黄色いタクシーが名物のニューヨークでは
いったん緩和された需給規制が再びかけられています。
ただ今回、
「ドライバーの収入をUPさせるための値上げ」にも関わらず
ドライバーから
「値上げで、たたでさえ少ない利用者が減らないか?」
「結局、燃料代の値上がり分を吸収するだけなんじゃないか?」と
心配する声が目立ちます。
確かに原油価格の上昇で
燃料の高騰が厳しくなっているのはご存知の通りです。
それに各社の努力不足も否めません。
一般にはあまり知られていませんが、
「タクシー多すぎ!」と指摘があるのにも関わらず、
実は多くのタクシー会社では
「持っているタクシーの8割ぐらい」しか走っていません。
労働条件の悪さからドライバーのなり手がいないのです。
結果、2割ぐらいの車両投資が無駄になっているのですが
曜日によってはフル稼働するので
車を手放すわけにもいかないという事情があります。
値上げだけして経営努力をしなければ、
客のみならず乗務員まで減ってしまいます。
協会では今後、禁煙タクシーを増やすと同時に、
選んで乗れるように禁煙タクシー乗り場を設けたり、
乗り場に主な目的地までの料金を示すなどサービスに努めるといいます。
「深夜の割増料金引き下げ」もアピールしようとしています。
・・・ただ、それが値上げに見合うほど
利用者がメリットを感じるかは不透明です。
大手各社でも配車システムの新技術を導入するなどの動きがありますが
どのぐらいの効果を挙げるかは未知数です。
タクシー会社の勝負どころは値上げ後だと言えるかもしれません。
投稿者 : 00:20
2007年11月29日
防衛省に家宅捜索!
東京地検特捜部が、きょう
防衛省を家宅捜索しました。

とは言っても
特捜部が
「きょう○○時から捜索しますよ~」
・・・と高らかに予告するわけではありません。
きのう守屋前事務次官が逮捕されて
自宅が捜索されたことや、
記者が得た様々な情報から
報道部デスクが(きょうは白井デスク)
「きょうにも防衛省に家宅捜索が入るだろう」と
判断するわけです。
防衛省に着くと、
他社もボチボチ来ていて
やがて数十人に膨れ上がりました。
しかし特捜部の係官が、
どこからどのようにして
どの建物に入るかという情報は無く
テレビ局各社は、人海戦術で
正門のほか、主要な建物の複数ある入り口に
記者やカメラマンを待機させていました。
・・・んが。
ラジオは少数&機動性で勝負するのです。(強がり?)
記者+技術担当者+ドライバーの3人しかいません。
人海戦術が使えないなら「頭」を(無理して)使うのです。
正門前ならほぼ確実に押さえられますが
ここだと係官の乗った「車」しか確認できません。
捜索するとすれば、例えば
次期輸送機の開発を所管する「経理装備局」。
それならば、普通に考えて次官室もあるメインの建物だろうけど・・・
ただ「装備施設本部」や「技術研究本部」などが入る別の建物も怪しい。
どっちだ?どっちだ?
「やっぱり次官室のあるほう!」
ってんで、メインのほうで待機していると
昼過ぎ、100人ほどの係官が姿を現しました!
このころには報道陣も
150人ぐらいに増えていて
玄関前は大変なことになっていました。
ちなみに捜索は
両方の建物で行われました。
かなり大規模な強制捜査だったのです。
防衛省内に入ると
あちこちに「ついたて」があり
捜索の様子は見えません。
だれかが入ってこないよう
防衛省の職員が見張りをしているのですが、
「いつまで続くのか、わからない」と語り
かなり戸惑っていました。
特捜部は大量の関係書類を押収して分析し、
便宜供与を裏付けて
官業癒着の全容を目指す構えです。

ところで、今回特捜部は、
逮捕事実以外にも守屋容疑者が
陸上自衛隊の「生物偵察車」などの調達を巡って
便宜供与をしたとみています。
話はそれていきますが
資料を見たとき、ひっかかりました。
「生物偵察車」って何でしょ?
「生物がいるかどうか偵察」するの?
「隊長!前方にカブトガニ発見!」
「天然記念物だ。捨ておけ」
・・・それとも生物が偵察するの?
猫が乗っていって
敵に見つからないように偵察し
「隊長!報告するにゃ!
アジの開きを発見したにゃ!」
そんなわけないにゃ。
まさか・・・
「なまもの(生物)を偵察」するのでは!?(意味わからん)
冗談はこれくらいにして。
生物偵察車とは
炭疽菌や天然痘ウイルスなどの「生物兵器」を検知し
「汚染された地域を偵察するため」の車両なのです。
形はトラックみたいな感じ。
ただし、既に
これに変わる車両の開発が進んでいます。
それが「NBC偵察車」。
これは生物兵器だけでなく
化学兵器や核兵器(!)にまで対応できるもので、
2009年で開発完了予定。
2010年度での装備化を目指しているといいます。
薬品や細菌を使ったテロなどでも活躍しそうですが
今度はフェアな形での導入を求めたいと思います。
あと、つくづく
これらの車を使わなくていい世界を望みます。
投稿者 : 19:25
2007年11月26日
きっといいことあるさ(担当☆石森則和)
きょうは
今年の年末ジャンボ宝くじの発売日。
朝一番最初に並んでいる人にインタビューするために
朝7時すぎに西銀座チャンスセンターに到着。

・・・すでにこの状態。
なんたらジャンボのたびに来てるので
「宝くじ」側の担当者とも顔見知りになったど。

さて、一番乗りは?と見ると、
これもおなじみ「横浜のSさん」
「ほぼ毎回一番乗り」で、今回は
きのうの朝(!)から並んでいたそうな。
「一番乗りだと当たりそうな気がする」んだって。
当たったこといないけど。
発売時間の8時半になると
和太鼓演奏にマーチング・バンドの演奏、
「和洋折衷」っつーか何でもありの大騒ぎ。
「幸運の女神」が販売開始を告げます!

おほっ?

ふふふん。(←?)
ちょっとはっぴー。
実は最近、
なんたらジャンボ宝くじよりも、
数字を自分で選べるタイプの
ナンバーズやロトに人気が集中してるそうです。
そういえば一時期に比べ、
買いに来てるのは年配のかたばかり。
若者がいると極端に目立ちます。
男同士で来た若者2人は
当たったら「ベガスに行って、賞金をもっと増やす」だって。
う~ん、夢がある・・・のか?
並びながら牛丼を食べていたカップルは
「当たったら結婚資金にするんだもんね」「ねー」だって。
う~ん。
だいじょうぶか?
人の夢を聴くのはなかなか楽しい。
当たったら・・・
家を買うんだ。車を買うんだ。旅行に行くんだ。
前回聞いたときには
「貯金するんだ」って答えが多かったけど
若干、消費意欲が増えたのかもね。
並んでいたおばあさんは
「年をとってあちこち具合が悪くなってね」
立っているのがつらいからと、小さな椅子を持参。
「・・・でもね、新聞を読んだら
今まで治らなかった病気を治すような
画期的な最新医療が載ってたの。
もし当たったら、
体を治して元気に生きたいの」
当たるといいね。
でも大切なのは、その
「これからも、なんとしても元気で生きたい」という
おばあちゃんの気持ちだと思うよ。
いつまでもお元気で。
チャンスセンターでの取材を終えて
警視庁に向かうタクシーの中、運転手さんが
「皆さん、
早くから並んでいるもんなんですねー。
当たる確立は、どの売り場でも
そうそう変わらないと思うんですが」と言う。
確かに以前、取材したときには
「よく当たりがでる」売り場は
「よくハズレもでる」ことがわかった。
運転手さんに
「そうですねー、宝くじって
そうそう簡単には当たらないですよねー」
と話したら。
少し間があって・・・
「いや、お客さん、
私、2回当たったんです」
「ええっ!」
「○○○円が2回」
どしぇえええええええええっ!
「おまけに昨日の競馬でも×××円が△△△円にっ!」
ひょええええええええっ!
なんて強運な運転手さんなんだ。
僕にもどうか、その秘訣を教え・・・
「あ、着きました、950円になります」
とほほ。
投稿者 : 16:22
2007年11月22日
とんかつ屋さんが入っていないのが不満 (担当☆石森則和)
レストランやホテルなどの格付けをするミシュラン・ガイド。
そのアジア初となる「東京版」がきょう発売されました。

※おまけについてる栞。
あ!ビバンダムが、ごはん食べてる!
文化放送の近くの書店では
1000冊入荷して4時間で完売する勢い!
調べてみるとこれはほかの書店でも同じで
店のかたが皆、驚いていました。
丸の内の「丸善本店」を取材したのですが
ハリーポッターを超える勢いで売れているそうです。
開店を1時間早めた上、店の内外に特設コーナーを設け、
ほかの売り場にもあちこち積み上げられていました。
このうち2階の特設会場には、
フランスから借りてきたという貴重な「昔のミシュラン・ガイド」や
ミシュランのマスコットである
「ビバンダム」(マシュマロマンみたいなの)の
アンティークな人形もあって興味をそそられます。
フランスのミシュラン・ガイドを見ると
「挿絵」が美しく
装丁も立派で「飾っておきたい」かんじ。
一方の「東京版」は写真が多く、
「実用的なガイドブック」という感じでした。
40代以上の男性が買っていく姿が多く見られ
「接待や商談でつかうんだ」という声をよく聞きましたが
もっともっと上の世代の男性も多いようです。
・・・なぜなんだろう。
街で取材させていただいた
年配の男性はこう言いました。
「ぼくらの世代は
『いつか役にたつ日がくるかもしれない』って思えて
ついついこうした『本』を買っちゃうんだ。
おばさんがデパートの包装紙をとっとくのと同じさ。
それに僕らの世代は、
若い皆より好奇心が旺盛な気がするな。
・・・まあ、いわば情報についての「貧乏性」なんだよ。
しかも『本』から情報を欲しがるんだ。
若い人は何でもネットで調べちゃうけど、
僕らの世代は紙に書いてあるほうが
信頼性が高い気がするんだ」
はあ、じゃあプリントアウトすれば・・・
「ちっ!そういう問題じゃないの。
出版社を通しているから
キチンと裏づけがある気がするの!」
・・・はあ、なるへそ。
「それにネットだと、その店について一直線に調べるでしょ?
本のほうが、調べる過程でいろんなことがわかって面白いんだ。
ほかの店の情報まで『道草的に』知ることができるってことさ。
だあから本ばかりが増えて
妻に邪魔にされたりするんだな(笑)」
↑「妻に邪魔」については
「本だけが原因」かどうか疑問の余地が残りますが。
・・・それはともかく。
「データのみ」でなく
「質量のあるモノ=本」のほうが、
ご年配のかたには
「情報を所有してる実感」があるのかも。
年配のかたのなかには
「たまには妻を連れて行ってあげようかと思って」とか
「夫に頼まれて買いにきたの、一緒にお店探そうって」とか
そんなかたも多かったようです。
「お金持ちではありませんが、
三ツ星は無理でも一ツ星の店で
一緒に楽しもうって思いましてね」って。
一冊の本がそこにあるだけで
小さな楽しみが生まれるのなら素敵です。
「たまー」の贅沢でも
思い出に残れば「一生の宝物」でしょう。
好奇心かあ、
僕も「好奇心を忘れないオジーサン」に
なりたいっす。
投稿者 : 19:29
2007年11月19日
星みっつですっ!(担当☆☆☆石森則和)
「夕べの残りのカレーが世界で一番美味い」
・・・と思っている食通の僕が、行ってまいりました。
「ミシュランガイド東京版・発刊記者会見」に。

世界的な権威を持つホテル・レストランの格付け本
「ミシュランガイド」の東京版、
「ミシュランガイド東京 2008」が今月22日に発刊されます。
ミシュランガイドとしては「アジア初」となります。
きょうの会見では
評価されたことの「証」である「星」が
「どの店に幾つ与えられたのか」も発表されました。
「100年以上の歴史」を誇り、
「およそ100か国で100万部」出版されている「ミシュランガイド」
権威あるが故に、
過去には「複数のシェフの自殺の動機になった」という
罪作りなエピソードも残ります。
ミシュランの調査は主に「覆面」で行われます。
(覆面をかぶっていくわけじゃないお)
東京版発刊にあたっては
レストランなどに5年以上勤めた
3人のヨーロッパ人と2人の日本人が、
身分を明かさずに店を訪れ
デートや商談を装って千数百件を調査しました。
しかし、
和食の料理人の中には
「ヨーロッパの人に
日本の伝統の味わい深さがわかるのか?」
・・・という声もあります。
確かに2005年に発刊されたニューヨーク版では
三ツ星が与えられた3人のシェフが全員フランス人だったために
物議をかもしたこともありましたが・・・。
このミシュランガイド。
日本食を
「日本の文化がそのまま溶け込んでいる」と評価しています。
反面、「シェフのキャリア」や「店の歴史」、「店のつくり」などは
全く評価の対象になっていません。
原則として「皿の上だけ」をシビアに評価しています。
「おいしい」か「おいしくないか」だけを
あくまで客観的に判断するのです。
世界中で販売され、
世界の食通がこの本を参考に来日することを考えれば
どんなに伝統がある味でも
「国際的に評価される味」に達していなければ話にならないのです。
その厳格さが100年続いている要因かもしれません。
伝統や雰囲気だけに甘えていてはいかんのよ。
さて結果はいかに?

なんと掲載された150店全てに「ひとつ以上の星」がつきました。
(6割が日本料理店)
最高の評価となる「三ツ星」レストランは8店!
世界中に50件あまりしか「三ツ星」が無かったことを考えると
非常に多い!
そのうち半数以上の5件が日本料理でした。
星の数の累計では世界最多!
まさに東京は「食の都」ということなのでしょう。
さて、「ミシュランガイドの取材に行く」と行ったら
警視庁キャップの永野記者は
「警視庁の食堂」(みそ・つけめん)を三ツ星候補に挙げていました。
それを言うなら
「気象庁の食堂」(日替わり定食)も捨てがたいです。
そんな話を、さっき山本かおりん記者に話したら
「私は防衛省の食堂が美味しいと思う!」と言ってましたが
そんなとこに
ミシュランの覆面調査員が行くかい!(ぱしっ!)
行ってたりして。
以上、
「10回以上かき回してから醤油をたらした納豆ご飯」が
宇宙で一番美味しいと思っている
グルメな石森がお伝えしました。
投稿者 : 17:39
2007年11月15日
本当に好きだったんだから(担当☆石森則和)
きょう行われた黒川紀章さんのお別れ会には
各界から2000人以上のかたが参列しました。
弔問客には
黒川さんの写真やイラストが載った
小冊子が贈られました。


黒川さんが愛した風景です。
愛嬌あるキャラクターで広く愛された黒川さん。
奇抜な行動が印象に残りますが、
実は自分の「使命」に真摯に向かい合う、プロ中のプロでした。
1957年に京都大学を卒業したあと
64年まで東京大学大学院で丹下健三研究室に在籍。
この頃から著書を出版したり、自分の事務所を開設するなど
早くから頭角を現していました。
特に「依頼者の意図を瞬時に理解する」能力に長け、
ほかの建築家を驚かせたといいます。
数多い建築家の中でも独特だったのは
建築を社会や自然とからめて語り、
特に晩年は「共生」など独自のキーワードを提示し続けた
「思想家」の一面もあったこと。
ただ、「思想家」ではありましたが
単なる「夢想家」ではありませせんでした。
例えば亡くなる前、
ラストスパートのような2年間で
自分の想いを「行動」で示そうとしました。
耐震偽装が問題となった2005年には
国土交通大臣に意見書を提出し
「建築士事務所の許可制」などの案を示しました。
また、今年の東京都知事選や参院選へ出馬。
オリンピック招致への反対など
環境と都市のあり方を冷静に見つめる目は、
「選挙運動での奇抜なパフォーマンス」とは対照的に
浮き足立った世の中を諌めるようでした。
田中真紀子議員は
きょうの取材に
こう振り返りました。
「黒川さんから
『共生新党の副党首をやらないか』と
電話がかかってきたの。
『あんたも、いつまでも無所属じゃいかん』って(笑)
あたし冗談だと思って笑い転げていたけど、
悪いことしたと思ってます」
もうひとり副党首を薦められたのが
東京都知事戦で戦った桜金造さん。
「赤坂の料亭なのに酒も飲まず
ふかしイモとソラマメを食べてたんです。
そしたら黒川さんに参議院選出馬を促されました。
共生新党の副党首をやらないか、と。
僕がソラマメを食べながら
『う~ん』って言ってると
『じゃあ、君が党首をやればいい』って。
あの人、僕のこと大好きですから」
「いつでも遊びに来いって言ってくれるんです。
来たら近藤勇の刀も見せてやるし
若尾文子にもあわせてやるぞ、って(笑)
あの人、奥さんのこと大好きでね。
若尾さんが朝、スズメにエサをあげてると
『いいなあ、スズメは。
若尾文子の手料理を毎日食べられて』
・・・って言うんですよ」
「本当は、きょう来るつもりはなかったんです。
沢山の人が来ていると思って。
でも、ネクタイを探していたら黒川さんの名刺が出てきて。
『・・・ああ、これは
また遊びに来いよ』って言ってくれてるんだなって思って」
金造さんや真紀子議員のように、
涙で語る人よりも
楽しそうに思い出を語るかたが多かったように思います。
その中で井上ひさしさんは、
演出家の目で語りました。
「黒川さんが出馬したのは
病気を振り払いたい気持ちもあったんじゃないかな?
若尾文子さんという、あの大女優が
恥をかくことを承知で
一緒に出馬したのは、
黒川さんを
それほど愛していたということなのでしょう」
2人だけになった最後の病室で、
若尾さんと黒川さんは
こんな会話を交わしていました。
「私、あんまりいい奥さんじゃなかった」
「そんなこと、そんなこと、そんなこと。
本当に好きだったんだから」
世界中からその才能を求められ
寝る暇もなかった黒川さんですが、
きっと満足のゆく
幸せな人生だったのでしょう。

投稿者 : 17:11
2007年11月12日
怒っちゃや~よ!(担当☆石森おだやか則和)

※品川駅構内のポストには、こんな遊び心が。
忙しい乗客の皆さんに和んで頂こうという
駅員さんの心配りでしょうか。
鉄道の駅員や乗務員が
乗客から暴力を受けるケースが増えているとか。
読売新聞によれば
「全国の主要な鉄道事業者で、去年1年間に
乗客から暴行を受けて負傷した駅員や乗務員の数」は
250人にも上るそうな。
そういえば、「暴力」とまではいかなくても
乗客が駅員にくってかかる姿は見たことがあるし
乗客同士のトラブルもよく見かけるなあ。
「キレる若者」って言葉があるけれど
でも、実際にトラブルを起こしているのは
「年配の男性」が多いそうです。
キレルおじさん。
キレオジ。
・・・なぜだろう?
キレオジが増えてしまったのは。
不景気な上、仕事のストレスがたまっているから?
ひいては政治が悪いってか?
ちっ、ちっ、ち。
ちっちきちー。
(どう?今、最新のギャグ!)
そこで「おじさん初心者」の石森が
ひとつの仮説をたててみます。
キレオジさんたちは多くの場合、
「注意されたことに腹を立てている」ようですが
では、なぜ注意されたことに腹が立つのか。
・・・もしかしたら、
「プライド」の問題じゃないかと思うのです。
長年勤めてきた職場では、
立場が上になるにつれて
「ある程度の振る舞い」が許されるようになります。
例え横柄な態度をとろうとも
自分に「意見する人間」も減っていく・・・。
ところが会社を離れ
「外の社会」に放り出されれば
そうはいかない。
「お山の大将」、「猿山のボス」ではいられない。
まして、
「夢見る少女じゃいられない♪WAO!」
あ、すみません、取り乱しました。
おそらく、
「態度やマナーの悪さ」を
自分よりも若い人間に注意されると、
「職場が自分の世界の全て」だったおじさんは
「注意されることに慣れてないため」ショックを受けてしまう。
なけなしの「プライド」が傷ついてしまって
キレてしまうんじゃないでしょうか。
民主・小沢さんの言葉を借りれば
「ぷっつん」しちゃう。(あー、久しぶりに聞いた)
あー、そういえば最近、
いい大人が「ぶちきれて」自暴自棄になるニュースが
多い気もします。
自分の親ぐらいの世代のオジサンが
ネクタイ掴んで髪ふりみだして喚いているのは
なんだかもの悲しい。
「自分の振る舞いを、どう周りが感じるのか」という想像力は、
いつ無くしてしまうものなのでしょう。
もうすぐ団塊の世代の先輩方が
大量に定年を迎えるというけれど、
余裕を持って生きる姿を
後輩の僕らに示して下されば、
年を重ねるのも
悪くないと思えるのになあ。
大人とは、こうあるべきだぜ!と。

※有楽町駅で
心を和ませてくれる「ぽんたの広場」
投稿者 : 16:37
2007年11月08日
オイルショック再び?(担当☆石森則和)
ガソリンの価格が上がっています。
しゃれにならないぐらいに。
22都県のガソリンスタンド(以下GS)では
既に150円の大台を突破しています。

そこできょうは
中継車に乗って浜松町の文化放送をスタート。
板橋から中山道を埼玉方面に走り
街道沿いのGSなどの状況を取材しました。
最初に行ったGSで、いきなりショック。
「うちはレギュラー・リッター164円だよ」・・・高っ!
途中、ある運送会社でお話を伺ったところ
「でも、燃料の価格があがったからと言って
運賃をあげるわけにはいかないんだよ。
荷物を減らしたり、お得意様を失うぐらいなら
誰もが値上げ分を自分で負担するのさ」
また、個人タクシー協会で伺うと
「法人タクシーの殆どはLPガスが燃料だけど
個人タクシーは7割がガソリン車なんだ。
これから寒くなると暖房は必要だから
エンジンをきるわけにもいかない。
ちょうど一斉値上げが予定されていたのが救いだが
もともと原油高を見越しての値上げではないから
値上げ分だけでは吸収できないんだ」
う~ん、確かに大打撃。でもGSを恨むのは筋違い。
GSこそ、大ピンチを迎えているのです。
ガソリン価格が高騰したのは
原油価格の高騰で
石油元売各社が今月、値上げに踏み切ったから。
先月末には
「駆け込み需要でシステムがパンクした」会社もありました。
ところがガソリンスタンド同士の競争は激化しており
値上げ分をそのまま価格に乗せるなんてできない。
「人件費削減」にも限界があります。
競争の激しい地域では
「値下げ」で相手を振り切ろうとする「捨て身の作戦」も!
共倒れの危険だってあるのに。
「あ、そうだ!
最近セルフ式のガソリンスタンドを見かけるよな。
あれは人件費を削減が目的なんだろうし、
このセルフ・スタンドが、現状を救ったりしないのか?」
・・・と思ったのですが、そう簡単ではないそうです。
セルフ・スタンドは「薄利多売」を目指し、
「回転をよくすることで利益を得よう」というもの。
ってことは「沢山売らなきゃ」話にならない。
ところが、若者の車離れが進んだり
ハイブリッドカーの普及で
ガソリンの需要が減ってしまいました。
しかも、セルフ・スタンドが林立してしまったもんだから
少ない客を奪い合う形になっているのです。
こうした中で中堅以下のガソリンスタンドでは
撤退を余儀なくされるところもでてきそうです。

そもそもなんで原油価格が高騰したのか、ですが
「ニューヨーク市場の先物価格が高値で推移してる」から。
で、なんでそーなってるかというと
中国、インド、ブラジルなど新興国の経済成長で
「伸び続ける消費量に供給が追いつかない」と投機筋がみているから。
さらに、アメリカの低所得者向け住宅ローン
(サブプライムローン)問題で
アメリカ経済の先行きに不安感が生まれ、
資金が金融・株式市場から原油市場へと流れ込んだってこともあります。
と、いうことは
先進国と途上国、産油国が連携し、
価格安定への取り組みを強めるほかに
現状を打破する方法は見あたらないのです。
戦争したりイガミあってる場合じゃないのです。
投稿者 : 16:17
2007年11月05日
あの町この町日が暮れる(担当☆石森則和)
浜松出身の僕にとって
少年時代、
東京は「とにかくなんでも最新の街」でした。
しかし、よくよく考えてみれば
「街」としての歴史は
多くの地方都市に比べて古いわけです。
東京の街は「東京を模倣した地方都市」に比べ、
歴史の中で培われた
「強い個性」と「人々の結びつき」があることを
取材に出かけるたびに感じるのです。
先日取材に行ったのは
学生と芸術家が多く住む街「江古田」でした。
学生時代、僕はこの街の老舗ライブハウス
「マーキー」のオーディションを受け、
そのままスタッフとしても働いてました。
20年ぶりに訪れたのに
店の様子は殆ど変わっていません。

地下に降りていく狭い階段。
コーヒーの香りが漏れる扉を開けると
壁には伝説のミュージシャンら
歴代の出演者が書いた落書きが。
あの頃、ここの出演者は
皆、夢にすがりつくように
ギターをかき鳴らしていました。
コーヒーと木の香りに包まれていると
今にも彼らが
重い扉を開けて入ってくるようです。
あの頃僕が弾いたピアノも
そのまま待っていてくれました。
この街は、流行なんかとはまるで無関係に
時間がゆっくり流れているようです。
再び階段をあがると黄昏が舞い降りて
駅の屋根が切り絵のようです。
古くからの商店街には
創業数十年の店舗が立ち並び、
飛び込みで取材に行ったのに
暖かく迎えていただきました。
サイフォンが「ぽこぽこ」音を立てる喫茶店では
常連さんたちが引き立てのコーヒーを啜りながら
快く地元の情報を語ってくださいます。
忙しい最中に伺った、創業90年のパン屋さんは
「取材がんばってね。いいから、これもって行きなさい」と、
遠慮する僕の手に
野菜たっぷりのパンを渡してくださいました。
翌日がお祭りだ、ということで
お神輿を神社から運び出していた商店街の店主らは
「文化放送、ずっと聴いてきたよ」と、いろんな出演者の名前を挙げ
「皆さんによろしくな」と手を振ってくださいました。
その中には僕の知らないような「大先輩」の名前もあって
「そんなに昔からラジオを生活の一部にしてくださっていたのか」と
じ~んとするものがありました。
喜ばしいのは、
老舗に混じって「若者が起業した店」も目立つこと。
「鯛」だけではなく
「たこ」や「アジの開き」などの「ユニークな焼き型」で
「珍たい焼き(?)」を焼く若き夫婦は陽気に夢を語り
「なべやかんさんとも懇意」という若者が起業した
「昔の怪獣の人形」の専門店では、
たくさんのお客さんが懐かしそうに品選びをしていました。
ただ、少し気になったのは・・・
若者が起業した店が増えている一方で、
「創業数十年という店」に「若者の姿」が見えないこと。
そして、若者が企業した店は
「趣味色」が強いこと。
つまり毎日買い物にいくような店が少ない。
暮らしに寄り添う店ではないってことです。
あと何年か過ぎても
この商店街は「生活に密着した場所」でいられるのでしょうか。
若い学生や芸術家を見守ってきた優しい空気は
いつまでここに息づいていてくれるのでしょう。
少子高齢化で若者が少なくなり
若者は若者で定職に就かない。
まさに今、この国で問題になっていることが
昔ながらの小さい商店街を
ひとつひとつ幻にしてしまう気がするのです。
投稿者 : 12:56
2007年11月01日
Smokin' Boogie (担当☆石森則和)
すいません。
僕は煙草を吸いません。

でも喫煙室の硝子越しに
何やら立場をこえて会話が弾んでるのを見ると
う~ん、このときばかりは
ちょっと羨ましい気が。

さて。全国で初めて路上喫煙者に罰金を科す
「生活環境条例」を施行した千代田区が、
きょう、条例施行5周年を記念したイベントを行いました。
千代田区の「生活環境条例」は
2002年、皇居を除く6割の区域を対象として始まり
再来年には全域が対象となる見込みです。
5年前の条例スタート時、
僕もニュースパレードの取材で
「違反を注意してまわる職員」に同行しましたが
逆切れする人、逃げ回る人・・・
「うわー、大人がみっともないや」と思ったものでした。
同時に、
「こんな人達が、罰金が怖くて路上喫煙を控えても、
根本的な解決にはなってないのでは?」
・・・と思ったものです。
果たしてうまくいくのかな?って。
で、これがうまくいっちゃった。
例えば4本の街路樹の定点観測で
思考前に995本だった吸殻が2本になったのです!
実際に取材してみると
「罰金が怖くて・・・」というよりは
「問題意識が高まるきっかけ」になったみたい。
これまでの5年間で「違反をした」として
過料2000円を支払ったのは3万4000人!
最近では4割以上が「秋葉原での違反」で
ここ2年ほどは急増しています。
ただ、これは「マナーが悪くなった」というより
「アキバブーム」や、「つくばエクスプレスの開業」で
「外部からの、人の流入」が増えたことがあります。
(条例の対象区域が広がった影響も)
その意味では広報の仕方を一工夫するなどの必要が
あるかもしれません。
千代田区民で、長年清掃活動をしている女性は、
「条例は効果があった」とする反面、
「住民よりも遊びに来たり働きにくる人が多い都心では
『条例を作りました』だけではだめだとおもうの。
時々見直したり、啓蒙活動をしたりしないとね」
時間の関係でニュースパレードでは放送できませんでしたが
タレントの清水國明さんが、きょう
こうおっしゃっていました。
「環境ってのは、
自分をとりまく『環』(わ)っかみたいなものだと思うんです。
・・・『環』が自分と外との『境』になってる。
その『環』の大きさを意識することが
『環境を意識する』ということだと思うんですよね。
その『環』が小さいと、自分の身近なことばかり意識することになり
他人の気持ちになって考えてあげられない。
でも、その『環』が大きく広がって、
ほかの人の『環』とも一部重なれば
お互いのことを自分のことのように思って
尊重し合える気持ちよさがある」
なるほど。
「自由ってのは、何をしようと自由なんだけど
他人の自由を奪うことだけはダメなんです」
重い言葉です。
某国のトップに聞かせてやりたい。
「煙草を吸いだしたのは
火をつける前から火を消すまでの一連の仕草に憧れたから」
「形からでも早く大人になりたかった」
「仲間が吸っていたから、自分もかっこつけたくて」
そんな人が多いのでしょう。
でも、本当にかっこいい大人は
まわりを気遣うエチケットと余裕を
持ち合わせている人だと思うのです。
投稿者 : 18:47
2007年10月29日
Come On Baby!(担当☆石森則和)
先日、文化放送の夜の番組
「レコメン」のゲストに出させていただきました。
(「レコメン」出演者&スタッフ ※「レコメン」月~木、22:00~25:00)
中学生や高校生のみんなに
「マスコミとはどんな仕事か」を紹介する企画で
現役の放送作家やディレクター
アナウンサーや記者などのマスコミ関係者が、
リスナーからの
「どうしたらなれるの?」
「どんなしごとなの?」
・・・という質問に答えました。
これに僕は
「報道記者」として出演したのです。
(K太郎さん、スタッフの皆様お世話になりました!)
でも野球で時間が短くなったこともあって
「面白経験話」で終わりました・・・ごみんね。
でもね、
もし中高生のみんなが
「いつかあんな仕事につきたいなあ!」って夢見てくれたら
嬉しいなあ。
そこで、
ラジオでは語れなかった、
「僕が報道の仕事をするようになったいきさつ」を
今回は、ちょっと書いちゃうのさ。
タイム・ワープ!
わにょにょにょにょにょにょ・・・・
(以下、回想)
僕が事件の取材などを担当するようになったのは25歳の頃。
群馬県のFMラジオ局に入社してすぐに
「群馬県警察本部」の記者クラブに所属しました。
「FMラジオ局で報道?」・・・と思われるかもしれませんが
当時の部長が「元NHKの記者」で
「バリバリの叩き上げ」だったのです。
この部長の悲願が
「通信社や新聞社だけに頼らず、報道セクションを立ち上げ、
独自の取材でニュースを放送する!」こと。
このため、そのラジオ局では
初めて「記者」を採用することになりました。
かくして僕は、「局アナ」兼「報道記者」として採用され、
「記者専門」として採用された同期と一緒に
様々な取材をすることになるのです。
新人だけでなく、一部のベテラン社員も「記者」となりました。
いやあ、それからはもう
「新人記者たち」には厳しい日々で(苦笑)
記者クラブから原稿を送っても
何度も書き直すことになるのはあたりまえ。
電話が鳴れば、十中八九、怒鳴り声が聞こえてくるので
みんな受話器を少し耳から離して構えたりしました。
「きょうはネタがありません」なんて許されません。
なんとかしてネタを拾ってきます。
ベテランだろうがなんだろうがお構いなしに怒鳴られて
入社早々「大人が泣く」ところを見ました。
「住む家は、放送局から10分以内のところ」と決められ
家にもニュース用の原稿用紙を常備。
「いざ!」というときにはこれを抱えて
車で現場なり、所轄なりに飛び出していくのです。
PCで原稿を送る、なんてまだ先のお話です。
現場の近くにFAXが無ければ
「電話で原稿を読み上げ、書き取ってもらう」
なんて原始的なことをしてたっけ。
・・・あれ?これじゃあ、中高生
いやんなっちゃうかな?
でもね、
この鬼部長とはケンカもしましたが
今では基本を叩き込んで下さったことに感謝してます。
群馬では過去、
大きな事件がいくつも発生しました。
1987年に
当時5歳の男の子が誘拐された事件。
僕は時効が迫る中
事件の経緯や捜査状況を検証し、
貴重な「犯人の肉声」も放送しました。
「わずかでも、新たな情報が出てくれれば」という祈りをこめて。
「功明ちゃん事件」です。
この事件は発生後、
史上最悪の展開となっていました。
何度目かの「身代金要求電話」の後、
近くの川で「幼い遺体」が発見されたのです。
橋の上から
「男の子が、生きたまま放り込まれた」という川を覗き込むと
川底はコンクリート張りで、水はわずかでした。
「なんて惨いことをするんだ!」と犯人を憎んだものです、
群馬県警では
本部長に就任すると「この川」を訪れ、
手を合わせて「解決を誓う」のが慣わしだったのですが・・・
とうとう犯人が捕まらないまま時効を迎えてしまいました。
「戦後の身代金目的の誘拐殺人」では「唯一の未解決事件」です。
被害者の子やご遺族のことを思うと今でも胸が痛みます。
群馬には、ほかにも「未解決の誘拐事件」があります。
1996年7月7日午前10時半頃、
群馬県太田市のパチンコ店から
「横山ゆかりちゃん(当時4歳)」が姿を消しました。
防犯ビデオに「犯人らしい男の姿」が写っており、
何枚も映像が公開されたにも関わらず今でも未解決のままです。
少しでも早く、ご両親の元に帰ることを願ってやみません。
もし何かを知っているかたがいらっしゃいましたら
群馬県警(それ以外の警察でも可)に連絡してください。
事件だけではありません。
御巣鷹山に日航機が墜落した際、陣頭指揮を執られた県警のSさんには
随分と取材でお世話になったものです。
Sさんは自分で冗談言って笑ってるような明るく優しいかたでしたが、
お酒を飲むと、その悲惨な現場や当時の対応について
繰り返し繰り返し僕に語りました。
時は流れ。
文化放送報道部に籍を置かせて頂くようになってからの
ある年の8月12日(墜落した日)・・・
「そうだ、Sさんにあの頃の話をしてもらおう」と思い立ちました。
Sさんにしかできない話をリスナーに伝えよう!
Sさんに了解がもらえたら、デスクに提案しよう!
そう思って久しぶりに電話をかけたのですが・・・
「亡くなりました」
報道部の片隅で
受話器を持ったまま絶句する僕を見て、
まわりの記者は「?」と思ったかも知れません。
数々の記憶は「思い出」なんてものではなく
今でも脳の血管に絡みついているようです。
群馬時代に基本を教わったとすれば、
歴史ある文化放送・報道部では
第一線の現場で鍛えていただいてきました。
「拉致被害者のご家族が降りてきた滑走路」
「万景峰号が留まった新潟港の夜」
「オウム本部の内部」
「鳥インフルエンザの感染で処分が進む養鶏場」
「お金もうけだけではありませんと演説するホリエモンの事務所」etc、etc.
・・・多くの歴史的場面を取材させて頂いた経験は
そのまま毎日の糧になっています。
反省の連続ではありますが
自問自答しながら、丁寧に取材していきたいと思います。
さて、僕は「DJになりたくて」この世界に入りました。
つまり、最初は「報道志望」ではありませんでした。
実際、入社早々パーソナリティとして
「2時間の帯バラエティ」に打ち込むことになりました。(※報道と並行)
今でも自分のバック・ボーンはDJ番組にあると思ってます。
ただ、報道部で「ニュースの当事者」と接していく中で
また、多くのかたから反響を頂く過程で
自分をカテゴライズするのは無意味に思えてきました。
「リスナーのリアルな声」を受け止め、
「自分なりの言葉を探して返していく」のがDJなら
「目の前のリアル」を受け止め、
「今、目の前で起きていることを
リスナーに伝えられるのは自分だけ!」という「使命感」のもと、
自分なりの伝え方を探して届けていくのが報道記者。
根っこのところでは
リスナーを想う気持ちは一緒なんじゃないかと。
まあ、偉そうに書いたけどもさ。
「将来何になろうかな?」
・・・って考えてる中学生、高校生のみなしゃん、
決して楽じゃないけど
この「ラジオ稼業」、
人生賭ける価値はあるぜ。
かもん、べいべ。
(前の2人、何やってんだ?)
投稿者 : 19:32
2007年10月25日
東京(担当☆石森則和)
「東京へは、もう何度も行きましたね」
ほぼ毎日使ってきた東京駅なのに
ここにくると、心のどこかでそんな歌が響きます。
高校を卒業し
浜松から出てきた僕にとって、
また、地方の放送局から
自分なりの覚悟を持って東京に戻った僕には、
やはり東京駅は
人生の分岐点に存在するターミナル駅でもあります。
その待ち合わせのシンボルとして親しまれてきた
「銀の鈴」が新たに設置されました。これは4代目となります。

・・・なぜ、
「銀の鈴」は生まれたのでしょうか?
1964年、東京オリンピック開催&東海道新幹線開業
1965年、阪神高速開通、初の国産旅客機YS-11が就航。
1966年、ビートルズ来日、石森くん生まれる。
1977年東京で都電銀座線など9系統廃止(マイカーが増えたから)
1968年、東名高速道路開通
・・・そしてこの年、銀の鈴は生まれるのです。
高度経済成長時代、新幹線を使う人も増え、
進学や就職のために状況する人も増えました。
出張でモーレツ社員が全国を飛び回りはじめたこの頃、
東京駅の改札前は大変混雑したのです。
このため、改札付近が「待ち合わせの人で込まないように」
「待ち合わせ場所を別に設ける」のが目的でした。
でもさ、何で「鈴」なのか?
今はこの鈴とは別の待ち合わせシンボルとして
「巨大なSLの動輪」もありますが、
・・・これはわかる。鉄道つながりだあね。
上野駅には「どんだけジャイアントだよっ!」という
でっけえ「ジャイアントパンダ」がありましたが
これも「上野動物園」があるからわかる。
鈴ってなんなの!?
その理由とは!?
当時の東京駅乗客助役さんが
「巨大な銀色の神社鈴を吊り下げたらどうだろう」
というアイデアを思いついたから・・。
神社の鈴!!おーう、じゃーぱにーず、かるちゃー。
あのお賽銭のあとに「からんからーん」ってやるやつね。
(あれ、何て名前なんだ?)
「神様にお祈り」するために
「神様に気づいてもらうために鳴らす」鈴。
その案が駅長にも認められ、設置されたとのこと。
銀、といっても初代は竹の骨組みに和紙を貼り
その上に銀紙を貼った「はりぼて」でした。
なんか巨大な「KISSチョコ」みたいだ。
・・・でも、実はこれ、ハイテクだったんです。
中にスピーカーが内臓されいて「鈴の音」が鳴ったそうな。
なんだか素朴でいいですねえ。
2代目から金属に代わり、そして、この4代目。
JR東日本が東京駅中央コンコース地下1階に開いた
エキナカ施設「グランスタ」のオープンにあわせての登場なのです。

(↑このあと、思いっきりコケてました・・・涙)
新たな鈴には、
イルカをモチーフにした彫像で知られる「東京芸大の宮田亮平学長」が
イルカや波のデザインを施しました。
銀、といってもメタリックなものではなく
故郷の海に煌く波光のように、
なにか有機的な優しさを湛えています。
取材の合間に製作した宮田学長にじっくりと話をお聞きしました。
(放送できませんでしたので、ここで初披露・・・)
「芸大の学長、っていうから気難しいひとなのだろうか?」
と思って覚悟したのですが
鈴が完成して、本当に嬉しそう。
宮田学長によれば
「日本」が世界の大海原に旅立っていくイメージで作ったといいます。
宮田学長は
「僕、佐渡から集団就職列車で東京に出てきたんですよ。
・・・そのときに『心のよりどころ』がなかった。
何か『よりどころ』が欲しかったんです。
~いるかの鈴の前で会おうよ~なんて
誰かの『心のよりどころ』にできたら、
そしたら、こんなに嬉しいことはないと思って
寝食を忘れて作り上げました。」
とニコニコしながら話してくださいました。
光栄です、と。
・・・そうだろうなあ、
出会いの場におけるオブジェというのは
そっと誰かの想い出の中にありつづけるもの。
みんな忘れているかもしれませんが
この東京は
やはり「希望の街」なのです。
カラオケで「東京のばかやろうー」と歌い、
ナガブチキックをしたくなることもありますが、
ここで夢が叶うかどうかは自分次第、
街に責任転嫁しちゃいけまへん、
街が悪いわけじゃない。
本当は東京は、
一人でふんばるひとに優しい。
東京へは
もう何度も行きましたね。
この歌詞の続きは、
「君が咲く、花の都」
きっとだいじょうぶさ。
迷ったら自分の原点に戻るために
東京駅に行くのもいいかもな。
だって
あの鈴はもともと
「神様に会える鈴」だったんだから。
投稿者 : 19:25
2007年10月22日
聖なるジャングル(担当☆石森則和)
ここ最近、ボクシング関係の取材を担当しています。
取材のため
ボクシングの聖地「後楽園ホール」にも足を運んでいるのですが、
ここには個人的に
いくつかの思い出があります。
(写真撮影&特別提供&SPECIAL THANKS:
プロカメラマン、矢内耕平氏)
WBC世界フライ級王者
内藤大助選手がチャンピオンになったときの試合では
勝利者インタビューを担当させていただきました。
(前にも書きましたね)

(写真提供:宮田ボクシングジム)
「放送席、放送席、新チャンピオンの誕生です!」
その声にあわせ、おなかの底に響くような歓声。
歓喜に満ちた泣き笑い。
カクテルライトに輝くチャンピオンベルト。
リングの上から
「この風景」を見られるボクサーは限られているのです。

(写真提供:宮田ジム)
僕が、生まれて初めてボクシングの実況を経験したのは
元WBA世界ミドル級王者竹原慎二さんの引退試合でした。
(2001.2.19 後楽園ホールにて
鈴木悟選手との2回エキシビションマッチ)
現役を退いたといっても
その気迫に驚いたものです。
また、ボクシングではありませんが、
2000年に東京ドームで行われた
「船木誠勝VSヒクソン・グレイシー」の実況(DVD)を担当した関係で、
後楽園ホールで開催された
船木選手率いる「パンクラス」という総合格闘技も観戦にいきました。
何度行っても「特別な場所」です。
座席数1,873席、最大収容人数2,005人。
4回戦もやれば、世界戦も行います。
一年のうち全国で行われる試合数の半分は
ここ、後楽園ホールで行われているのです。
漫画「あしたのジョー」の
あの力石徹の死も、後楽園ホールのリングでのことでした。
(ああ、今回は趣味に走っています・・・でももっと走っちゃうもんね)
非常階段の壁には
プロレスファンらが選手らへの想いを書いた落書きがびっしり。
(本当は書いちゃダメだお)
リングのある5階に到着すると
ロビーには歴代のチャンピオンの写真が並びんでいます。
重い扉を開くと、突然別世界。空気が変わります。
中央のリングを囲むように、すり鉢状にベンチが並んでいるのですが
テレビで見るよりは広くない印象があります。
つまり、リングが「近い」のです。

(写真提供:宮田ジム)
格闘技ブームで
大きなドームや広いアリーナで試合が行われていますが、
重いパンチの打ち込まれる音、セコンドの声・・・
汗が降りかかるような生々しさは、後楽園ホールならではです。
前出の竹原さんもこのホールについて
「観客席がすごく近くて、お客さんの顔々が目線の高さにある。
・・・だからでしょうか。
闘争心がどんどん沸いてくる」とHPで語っています。
よい試合が生まれやすい環境を生み出しているのです。
また客席が近いことで「目の肥えたファン」が生まれます。
応援もしてくれるけど厳しい声も飛ぶ。
それがまたいい選手を育てていきます。
「俺たちボクシング好きなんだなもんねー」というような
不思議な一体感があり、
ジムの先輩後輩やボクサーの恋人や奥さん
子どもたちいて、暖かく必死な応援が心に響きます。
・・・でも、なぜここが
ボクシングや格闘技の聖地なのかご存知でしょうか。
歴史は1952年に遡ります。
この年の4月、
日本プロボクシングコミッショナーが設立され
「日本初の世界タイトルマッチ」が
「後楽園球場の特設リング」で行われました。
この試合で白井義男さんが
「日本人最初の世界チャンピオン」になったのです。
(世界フライ級王座)
そして1958年、
旧講堂館を改装して「後楽園ジムナジアム」が誕生します。
この頃になると、さかんにTV中継が行われました。
この「後楽園ジムナジアム」が発展する形で
1962年、後楽園ホールが誕生します。
そのあと、数多くの名試合が繰り広げられ
多くの世界チャンピオンを輩出してきたことは
ご存知のとおりです。
つまり後楽園ホールの歴史は
日本のボクシングの歴史そのものなのです。
観客と選手らを育ててきた後楽園ホール。
アンフェアな試合をこのリングは許しません。

(写真提供:宮田ジム)
チャンピオンになれなかったとしても
多くのボクサーやトレーナー、
ジム関係者や支援者の無数の夢が
ここには今でも息づいているのです。
けっこうぼろっちくも(失礼!)なってきていますが
どうか歴史的財産として残っていって欲しいと想います。
内藤大助選手は
前王者のポンサクレック選手に
3度目のチャレンジで勝ち、チャンピオンになりましたが、
次回の防衛戦は
そのポンサクレック選手と戦う見通しで、
たぶん試合は来年の1月か2月ごろになるでしょう。
3度目にして勝った強敵相手に
王座を守れるか注目されますが・・・
不思議なもので
チャンピオンになったボクサーは、
「チャンピオンたる力と精神」を手に入れているもの。
以前の彼ではありません。
世間の騒ぎに心乱さず
自分を見失わない内藤選手の勝利を信じています。
投稿者 : 17:29
2007年10月18日
自分の足で立ち上がれ(担当☆石森則和)
ボクシングの世界タイトルマッチで反則を繰り返し
1年間の出場停止処分を受けた亀田大毅選手が、
けさ、対戦相手だったフライ級チャンピオンの
内藤大助選手の自宅をひとりで訪れ、謝罪しました。

(「内藤大助選手」写真提供:宮田ジム)
大毅選手の謝罪を受けた内藤選手は
「突然自宅まで来られてびっくりしたが、
直接謝罪を受けて、誠意が伝わった。
素質のある選手なので、
これからも頑張ってほしい」とコメントしました。
また内藤選手は、
きのう憔悴しきった様子の大毅選手をテレビで見て
「僕が一声かけて元に戻れればいい。
お疲れさんという感じでたたえ合いたい」と話していましたから
自宅を訪れた少年を
彼らしく、優しく招き入れたのかもしれません。
それにしても
なぜ、あれだけ強いチャンプが
これだけ亀田選手に優しいのか?
その理由は、
彼の半生を思えばよくわかる気がします。

(写真提供:宮田ジム。王者になったときのタイトルマッチ
・・・ずげえ、前王者(左)のからだが飛んでるよ!)
彼がこんなに優しいのは
「四面楚歌になった人の痛みがわかる」からです。
内藤選手は自分で打ち明けているように
元「いじめられっ子」でした。
お金を取られたりヤキを入れられたり・・・
そのころの自分のことを、彼は
「大嫌い」だったといいます。
思えば、人と同じでないと不安で
やられるばかりになっていたと。
でもボクシングを始めて、
初めて「自分」を意識したというんです。
「人と違う(ことにうちこめる)自分が好きになった」と。
一方、大毅選手は
・・・あまり伝えられていませんが
「ボクシング、好きちゃう」と言ったことがあります。
ボクシングをやってる3兄弟のうち
1人だけ「わんぱく相撲」や「空手」で優勝経験がなく、
「ボクシングをやめようとしたこと」も
3人のうちで、最も多かったのです。
・・・しかし、それは環境が許しませんでした。
内藤選手とは事情が対照的です。
しかし大毅選手は、
誰にも言わず5キロずつの重りを足につけて走り
下半身を強化したこともありました。
過激な発言や
歌を歌うパフォーマンスで派手に見えますが、
本当は地道な努力家でもあるのです。
しかし、父や兄が
仮にもタイトルマッチで「反則」を促したことは
チャンピオンに対して失礼なだけではなく
コンプレックスに負けず
誰にも言わずに努力してきた次男坊に対する
「最大の侮辱」でもあります。
亀田親子は粗暴に見えますが
反則行為をしたり、指示したりするのは
「精神力が弱いから」です。
ここ一番で
跳ね返さなきゃいけない逆境を迎えたときに、
ズルをすることで逃げようとする。
・・・その弱さの理由は明白で、
「家庭内」で依存しあうことが彼らの全てだったから。
ただ、大毅選手に限っては、
コンプレックスを跳ね返し
「誰にも頼らずに見返してやる!」
・・・という素地を持っているのだから
まだ救いがあったはずなのです。
つまり、その点に於いては
実は内藤選手とも似ているところがあります。
ただ、惜しむらくは環境が悪かった。
だから内藤選手のような先輩や
宮田会長のような人物の元で
彼が今後成長していければいいのかも?
とも思うんですが・・・。

(写真提供:宮田ジム、宮田会長)
父親の史郎氏は内藤選手側への謝罪について
「大毅がああいう状態なので日を改めて考えます」と答えていましたが
逆に、勇気をだして
ひとり直接謝罪したことが
大毅選手自身の心を救うことになるかもしれません。
もし大毅選手がこれを読んだら
「育ててくれた親父には感謝しとるんや!
おまえなんかにわかるか!」
と言うかもしれません。
・・・そうかもね。
でも男には
それでも
「断ち切らなければいけない時」が来るものです。
投稿者 : 19:01
2007年10月15日
リングの光と影(担当☆石森則和)
中継では
ドライバー、技術担当、記者、のそれぞれがプロフェッショナルで
自分の仕事はきっちりこなします。
互いに尊敬しあい、力を合わせます。
でも、人がレポートの内容をまとめているとき・・・

水戸黄門にはまっているおじさんがいます。↑証拠写真。
すごくはまってます。
ちなみにきょうは、下読みをしていたら目がちかちかするので
「なんだろう?」と見てみると
いつのまにか机の上に
ネオンのように「光るライター」がピカピカ。
「見てー!」
おこちゃまか!
・・・えー、近々、倫理委員会に諮ろうかと思っています。
さて、きょうは先日のWBCフライ級タイトルマッチで
チャンピオンの内藤選手に対し反則行為を繰り返した亀田陣営に対し
JBC(日本ボクシングコミッション)の倫理委員会が処分を下しました。

所属する協栄ジムの金平桂一郎会長に
3カ月のクラブオーナーライセンスの停止、
父親の亀田史郎氏にセコンドライセンス無期停止、
亀田大毅選手自身にはボクサーライセンスの1年間停止。
セコンドについた兄・興毅選手は厳重戒告処分です。
重い処分です。
僕自身、今回の反則行為は許せません。
重い処分もしかたないかなと思います。
でもこの処分、疑問だらけです。
あくまで僕の印象ですがメデイア&世論に押される形での
なし崩し的な処分、という感じがします。
例えばね?
まず、今回の処分にあたって
亀田陣営からの事情聴取は行っていません。
(まあ、釈明の余地はないにせよ・・・です)
ちなみにボクシングの世界には
過去、犯罪を犯したボクサーや元ボクサーもいるのですが
JBCはここまでのペナルティを課していません。
異例の厳しい処分を
「事情聴取なし」に行うのは
「不自然」な気がします。
しかも指導、監督責任があるはずの
JBC自身についての処分は全くありません。
そもそも、WBCは親族がセコンドにつくことを禁じているのですが
今回は特別な「ローカルルール」として
父と兄をセコンドにつかせました。
内藤陣営が批判したにも関わらず、です。
なぜ、そうする必要があったのか。
父親の史郎氏はこれまでもファンとのトラブルなど問題を起こしており
厳重注意をしてきた経緯があったのに
そうまでしてセコンドを許したのはなぜか。
そのヒントは会見で倫理委員長が、ポロっともらした
「ビジネスだから・・・」という言葉にあります。
つくづく内藤チャンプが気の毒になりました。
内藤選手にインタビューするのは実は2回目です。
彼がチャンピオンになったときに
リング上で勝利者インタビューをしたからです。
彼は何度も何度も
客席やカメラに向かって感謝の言葉を述べました。
なぜか?
実はそのタイトルマッチは
幻になるところだったから。
当初中継予定だった某テレビ局が
「やっぱりやめた」と降りてしまったため
もともと大きくない宮田ジムは
数千万円かかるタイトルマッチを行う
見通しがたたなくなったのです。
中継してくれる局を探しましたが
相手にしてもらえません。
しかし宮田会長は
「大借金をしても内藤をリングにあげる」とがんばりました。
そうした経緯を知ったファンら支援者らカンパをはじめ
協力してくれる企業も現れはじめました。
そこに手を上げたのが、なんと東京のローカルテレビ
「MXTV」でした。
東京で行うタイトルマッチなんだ、僕らが放送する!と。
しかし、MXはタイトルマッチどころか
ボクシング中継の経験もありません。
どうにかボクシング中継の経験があるスタッフや実況アナを集め
手探りで中継を行ったのです。
下馬評では相手のポンサクレック選手圧倒的有利。
スタッフは
「試合がはやく終わったときのプラン」も練っていました。
しかし、内藤は支援者の声を背に、
序盤から優勢に試合を進めます。
もう会場は泣き笑いと地鳴りの様な歓声。
疲労がたまってきた終盤のインターバル。
セコンドと一緒にいた僕は、
笑顔を隠せない宮田会長が
内藤選手に「珍しい言葉」をかけているのを聞きました。
「内藤、ほら。
みんながついてるよ」
鳥肌が立ちました。
妻子を抱える33歳。月収10数万円の内藤選手に
セコンドから声がかかりました。
「おい!内藤。あと1ラウンドで人生が変わるぞ!」
・・・そして。
「判定の結果を申し上げます・・・勝者、内藤!」
僕はいじめられっこでした。
でも、ほら勝ったよ。
彼がグローブをはめたドラえもんのような手で
しきりに自分のほっぺを「こにょこにょ」しているので
何してるんだろう?と思ったのですが
ほっぺをつねろうとしていたのでした。
「夢じゃないか?」と。
あの日、宮田会長が控え室の前で
僕に「もう僕、ボクシングやめてもいいや」と
笑って話してくださったのを思い出します。
TV中継のスタッフも
初めての中継でチャンプ誕生、
それはもう喜んでいました。
防衛線が楽しみだ、と。
(このころはまだ対戦相手は決まっていませんでした)
・・・ところが不思議なことが起こりました。
放送してくれるTV局を探していたころ応じなかった某キー局が
深夜、MXの映像をそのまま使った中継を放送したのです。
そしてその放送局が
亀田戦も放送することになりました。
きょう会ったMXの記者は冗談まじりに
「もっていかれちゃったなあ」と苦笑いしていました。
ところが中継をすることになった放送局は
主に亀田サイドに立った放送を行います。
中継に対しても公平な実況ではないという批判が集まりました。
でもあの反則が起きてから
また一転しました。
その放送局の番組は
「内藤賛美」に変わったのです。
賛美はされたけれど。
内藤選手は極めて冷静でした。
押し寄せた報道陣に驚いて
「いやだあー、芸能人みたい」とは恥らったものの
「ほんとうなら、防衛おめでとう、チャンピオン、といってもらえる筈なのに
あんな後味の悪いことでこんなに報道陣が集まってきちゃった」と
悲しそうに言いました。
内藤選手はすぐれたボクサーなのに
「亀田のことで注目された」ということを
冷静に捉えていたのです。
なんだか翻弄されている選手が
気の毒に思えてきました。
なぜ反則行為が起こったのか。
10代の「彼」が起こした異常な行為は
「何」に追い詰められたためなのか。
わずかに救いだったことがあります。
同時に放送されたラジオ中継のほうは
きちんと亀田の反則を批判していました。
他局のことで褒める義理もありませんが(冗談)
ラジオの良心を感じました。
投稿者 : 21:50
2007年10月11日
銀河通信(担当☆石森則和)
いちばんぼーしー
みーつけたー。
幼い頃
祖父に手をひかれ
一番星をさがしました。
おそらく、祖父が
群馬から僕の家に遊びに来ていたときの記憶です。
祖父は旅行が好きでした。
僕の記憶の中の祖父は
冗談しか言わず、
祖母にツッコミを入れられ
子どものように「へへへ」と笑ってばかりいました。
ちょうどその頃、昭和46年。
「最後の天の川」が夜空を流れていました。
東京23区では
この年に練馬区で観測されて以来
「肉眼で天の川を見ること」は
できなくなってしまいました。
眠らぬ街となった東京の明るさは
淡い光の川など
干上がらせてしまったのです。
でも
僕はきょう、「天の川」を見ました。
池袋サンシャインシティのプラネタリウム「満天」が
リニューアルにあたって
記者発表と試写会を開いたのです。

最新の投影装置は40万もの星を密集させ、
天の川を再現しました。

これが肉眼で見えない星さえも投影できる装置です。
「等級」ごとの明るさや色までも表現します。
奥行きのある「夜空」を見ていると
本当に何万光年もの彼方から
光が届いているように思えてきます。
不思議です、
光の集合体を
人は何故、美しいと想うのでしょう。
もしかしたら星空は、
生きとし生けるものへの
無償の贈り物なのでしょうか。
でも、何万年もの時を超えてきた光さえ
秒刻みの都会では、「借景」に過ぎません。
あなたはいつ
夜空を見上げましたか?
しばらく前、
久しぶりに祖父に会いました。
「もう、旅にはいけないなあ」
かつて冗談しか言わなかった祖父は、
自由の利かなくなった体を持ち上げて
僕に言いました。
「のり、
人生なんて夢だ」
懐かしい笑顔で
「へへっ」と笑った瞬間
その頬に
とめどなく涙がこぼれました。
「みーんな夢」
きのう。
祖父が息をひきとりました。
満天に映し出された星空に
祖父の顔が浮かんでは消えます。
そうだね。
星の一生に比べれば
人生は儚い。
ふと天井のスクリーンから星が消え
暗闇にライトアップされた東京タワーだけが
映し出されました。
駅から文化放送に向かう陸橋の上で
いつも見ているのと同じ姿です。
静かな語りが聞こえてきました。
~今は見えないけど
都会の空の彼方には
今もたくさんの星や「天の川」が輝いていることを
思い出してください・・・
次の瞬間、
東京タワーのバックに
息を呑むような「満天の星空」が広がりました。
うわあ。
~天の川は見えなくなってしまったけれど
私たちの「地球」も
「その中の星のひとつ」として
天の川に包まれています・・・
おじいちゃん。
こっちからは見えないけど
そこにいますか。
どうせ人生が夢ならば
とびきりの夢を見てやろうと思うんだ。
ひとつひとつの人生は儚いけど
星に負けないほど輝いているのが
そこから見えるだろ?
「へへっ」
投稿者 : 18:42
2007年10月08日
Across the Universe(担当☆石森則和)
ミャンマーで反政府デモの取材中に射殺されたジャーナリスト、
長井健司さんの葬儀・告別式が、
東京都港区の青山葬儀所で営まれました。
時間を追って強まる雨の中、葬儀はしめやかに始まりました。

生前、交流があった報道関係者も参列し、
1000人近くが長井さんを悼みました。
一般のかたも参列し、記帳する人の長い列ができました。
在日「ビルマ」人の皆さんも100人近く参列しました。

なぜ、これほど多くの「ビルマ」人が集まったのか?
在日ビルマ人の皆さんは
「長井さんは、私たちの置かれている現状を
命がけで世界に伝えようとしてくれました」と涙していました。
また、テレビカメラは追っていませんでしたが
長井さんの両親の前で
「ビルマ」人女性の一人が、ひざをつき
深く深く頭を下げている姿を見ました。
僕の聞く限り、
きょうの葬儀では
「ミャンマー」という呼び方は
使われませんでした。
鈴木びん記者も書いていましたが、
当地の軍事政権は、1989年、
国名の英語表記を「Union of Myanmar」に改称し
国連と関係国際機関は、呼び方を「ミャンマー」に改めました。
日本政府も「軍政をいち早く承認(!)」し、
日本語の呼称を「ミャンマー」と改めたという経緯があるのです。
しかし、アウンサンスーチーさんら民主化を求める人々は
改名が軍事政権による一方的なものだとし、
この変更を認めていません。
「にほん」と「にっぽん」の違いぐらいだよ、という人もいますが
背景を鑑みれば、そんなに簡単なことではないのです。
長井さんは生前「圧制だけは許せない」と話していましたから
きょうの葬儀では
皆、敢えて「ビルマ」と呼んだのかも知れません。
長井さんのように強い信念を持って
「戦場や紛争地帯に乗り込んで取材すること」に対し
「無謀だ」という批判を時々聞きます。
なぜ、そうまでして危険な場所に
ジャーナリストは踏み込んでいくのか?
・・・もしもの話をします。
もし日本が戦争や紛争に巻き込まれ
家族や友人が理不尽に殺されていったとしましょう。
情報も操作され
インターネットも遮断されて・・・
そんなとき
誰かがその「ありのままの姿」を
世界中に伝えなければ、
日々、死者数が増加していく様は
「数字」で報じられたとしても
僕ら自身や、
僕らの愛する人々が血を流し、
嘆き悲しむ叫び声は
一向に
世界に届くことはないでしょう。
ジャーナリストがその国に入り
そこでしかわからないことを伝える意義は、
世界中の人々に
「自分とそう変わらない人たちが
こんなに苦しんでいる、
理不尽な状況におかれている」と
気づかせることにあるのです。
多くの「ビルマ」人が自然に集まり
「感謝」を口にしたのは、
そうした長井さんの気持ちが
伝わったのだと思います。
でも、
長井さんは照れるかもしれません。
なぜなら
「その場所でなければわからないことを
その場所から伝える」ということは
ジャーナリストにとっては
責任感とか使命感から、というよりも
「宿命」に近いから。
葬儀場には
長井さんの大好きだったジョン・レノンの歌が
絶えず流れていました。
・・・そういえば遺影を見ると
どことなくジョンに似ているような。
人々が花を手向けているときに流れていた曲は
「Across the Universe」というジョンの歌です。
内容を要約すると・・・
「永久に止むことのない雨が
紙コップを満たしてくみたいさ、
伝えたいことは
止めどもなくあふれ出していくんだ
そして世界の向こうへ
流れ出していくのさ」
そして繰り返される言葉は、
「誰も、僕の世界を変えることは出来ない」
何人であろうと
暴力で報道を阻止しようとすることは許されません。
長井さんのカメラは、まだ返却されず
日記の一部も破られていたといいます。
強まる雨は
すべてのジャーナリストの怒りの雨のような気がしました。
取材陣の誰もが雨を厭わず
敬意と決意を持って出棺を見送りました。

この事件を受け、
鳥越俊太郎さんや田丸美寿々さん、江川紹子さんら、
生前、長井さんと交流のあったジャーナリストらが署名活動をはじめ、
葬儀場でも署名を呼びかけました。
これは「犯人の特定と厳罰」と
「ビデオカメラと、テープを一切消去などをすることなく返却する」よう
求めるもので、僕も署名しました。
詳しくはこちらになります。↓(署名フォームもあります)
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927
出棺の際には
「Imagine」が流されたのですが
なんだか長井さんから
ジャーナリストの後輩へのメッセージのような気がしました。
最後に歌詞の
ほんの一部を引用します。
You may say I'm a dreamar
But I'm not the only one
投稿者 : 17:51
2007年10月04日
消えた噴水(担当☆石森則和)
僕にとっての
「初めての東京」は「高田馬場」でした。
上京し、ひとりぐらしを始めたばかりの僕は
高田馬場駅のホームに立つたび
いつも気になるものがありました。
それは・・・。
目の前のビルの屋上で
千代の富士っぽい関取の人形と
裸のマリリン・モンロー風の人形が向かい合い、
なぜか真ん中から噴水が吹き上がり
さらに、これらがグルグル回転しているのです。
・・・それが有名な質屋さんの「看板」であることは
しばらくして知りました。
そして、
このシュールなセンスに若干の怖れを感じたりもしていました。
「質屋ってどんなところだろう」と。
ひさしぶりに高田馬場を訪れたとき
いつのまにかこの噴水がなくなり
質屋さんも新しい建物になっていたのを見て、
時の流れを感じたものです。
あれから「質屋さん」のイメージは変わりました。
ブティック風にして
女性が入りやすくした店もありますし、
ネットを積極的に活用するように
なってきたそうです。
きょうは池袋のサンシャインシティで始まった
「第4回、池袋質屋まつり」を取材してきました。
23店の質屋さんが
30億円相当の質流れ品を販売する催しです。

5万円相当のブランド品50点が
5000円で売られる抽選会には
オープン前から長い列ができましたし
タイムセールのときには
お客さんが殺到して地響きがするほど。

例年1万人以上が訪れているそうで
今年も、きょうからの4日間で
1万5000人の入場者を見込んでいます。
ルイ・ヴィトン、エルメス、ロレックスなどの高級ブランド品はもちろん、
着物や、毛皮、電化製品もならび
まるでデパートの売り場のようですが
すべてが質流れ品で、価格が大変安く
新品の価格の5分の1、10分の1というものも目立ちます。
来場者のほとんどが女性です。
お話を伺うと
「未使用品も多いし、
5分の1、10分の1の価格で買えることが魅力です」
とのことでした。
あまりに安いので
「ニセモノだったり粗悪品が混じっていたりしないのか?」
・・・と疑いたくなりますが
これについて実行委員会は
「質屋は商品の質を見極め、
その価値を査定するのが主な業務なのです」と説明します。
「宝飾品や高級時計等の査定で培って来た、目利きの知識と技術で、
ブランド品等も一点一点その目で丁寧に査定しております」
と自信を見せていました。
昔と違い各店舗で取り扱うのはブランド品が圧倒的に多く、
女性が「ブランド品を売って
新しいものを買う場所」になっているといいます。
よくバブルの頃に
「好きでもない人からの贈り物を、抵抗なく
質屋さんに売ってしまう女性」のエピソードを聞きましたが
今の女性は質流れ品を買うことにも
抵抗はなくなっているようです。
「リユース」の概念が浸透し
リサイクルショップなどが増えたことも
抵抗がなくなってきた一因かもしれません。
「生活に困ってモノを預けにいく人が殆どだった時代」は
あの「噴水」と一緒に去ってしまったようです。
投稿者 : 15:06
2007年10月01日
Please Mr. Postman!(担当☆石森則和)
郵政民営化が実現しました。

僕は数日前からこの問題を復習し、
はりきって臨みました。
「う~む、知っているようで知らないことがあるなあ」
そんでもって早起きし、
満を持して、朝、電車に乗ろうとしたら
地震でいつもの電車がストップ・・・。
「ぎゃー」
・・・別の路線でたどり着きました。ふう。
テープカットを行ったのは
日本郵政株式会社の西川善文社長など、
新たに誕生する5つの事業者のトップと福田総理ら関係閣僚です。
小泉元総理も出席しました。
「改革の本丸」悲願の郵政民営化が実現したわけですが、
嬉しそうというよりも、感慨深げでした。
↓

あ、写真が違う。(だれだこれ)

長島一茂さんも登場!
初企画した主演映画「ポストマン」
(今井和久監督、来春公開)では
郵便配達員を演じています。
式が終わり
日本郵政内の郵便局に行くと早くもお客さんがいました。
でも、肝心の窓口の対応の様子がわからない。
テレビや新聞記者も遠くから撮影したり
横のほうから見ているだけ。
そこでマイクを持ったまま
切手を買ってみました。
「・・・・」
「あの、80円切手ください」
「はい」
ああ。聞きたかったよ
「いらっしゃいませ」をよ。
なぜオン・エアでこの様子を使っていないかというと
「声が小さくてほとんど聞き取れない」から。
う~む・・・。

さて、ここからは
郵政民営化によって
わたしたちにとって
何がどうかわるのかって話をしましゅ。
日本郵政グループは、
政府が全額出資する持ち株会社「日本郵政」の傘下に
郵便局会社、郵便事業会社、ゆうちょ銀行、かんぽ生命保険の
4つが、ぶら下がる形となります。
なんで分けるかっていうと
リスクを分散させたり
各事業が競争力を手にして市場での自立を促す狙いがあります。
手紙などの事業は郵便事業会社が受け継ぎ
料金は変更せず全国均一のままです。
ただ、小包の料金には全国均一の義務はなく
代引きの手数料は大幅に値上がりします。
↑代引きってのは「代金引換」ね。
どういう人にかかわってくるか・・・というと
主に通信販売をやってる業者に関わってくるんだけど
ネットオークションをやってる人とか
あと「同人誌」などの通販をやってるチミにも
負担がかかる。
値上がりっていえば
ゆうちょ銀行でも一部が値上がりする。
非課税だった印紙税が課されるようになった!
ってことはどういうことかっていうと
一律30円だった公共料金の払込手数料が
「3万円未満は30円、3万円以上は240円」に引き上げられます。

「あんまりかわらないどころか、
・・・むしろ値上げされちゃうの?」
はい。
一般の国民にとって
具体的に「何がどう得なのか」は
ショージキわかりにくいです。
もっとも郵政民営化の最大の目的は
特殊法人に流れる郵貯資金を断つこと。
どっちかっていうと
競争激化によるサービスの向上ってのは
あとからついてくるようなものなのです。
JRやNTTのときの民営化とは
大きく違う点があります。
「分割」のしかたが
地域ごとではなく、
役割のみで分けたことです。
ネット全盛の今、
「本当にこうした分割のしかたで
リスクは無いのか?」というのも疑問です。
(だって例えば郵便局会社って
各種手数料が収入の柱だっていうんですぜ、
郵便事業だって国際物流に頼るつもりらしいけど大丈夫?)
また最も心配されるのが
国内の隅々まで付き届いたサービスができるのかってことです。
高齢化が進んだ過疎地域などが見捨てられることがないよう
しばらくは検証しながら進めるべきです。
投稿者 : 15:40
2007年09月27日
死の土俵(担当☆石森則和)
「もう終りよ!」
真っ赤な服を着た女性が
いつのまにか僕の傍らに立っていました。
明らかに僕に話しかけています。
・・・・誰だっけ?
どちらさま?
「私は相撲ファンです」(本当にこう言った)
ここは序の口の力士が死亡し
集団暴行の疑惑が持たれている時津風部屋の前。

(シャッターは閉まったまま・・・)
僕は所在のわからなくなっていた時津風親方を待って
道の傍らに張っていたのでした。
6月25日、名古屋場所を前にした宿舎。
逃げようとして連れ戻された若い力士は
ちゃんこをモリモリ食べている親方の斜め後ろに
しょんぼりと座っていました。
親方の背中をどんな気持ちで見つめていたのでしょう。
次の瞬間、若い力士自身にも
何が起こったのか
わからなかったかもしれません。
親方は前を向いたまま
いきなりビール瓶を水平に振り、
後ろに座っていた力士の顔面を殴打したのです。
さらに兄弟子たちに「可愛がってやれ」と暴行を指示し
その夜には数人の兄弟子が暴行を加えたといいます。
翌日も
金属バットで暴行しながらのぶつかり稽古。
30分ほどたったところで力士は土俵に沈み、
そのまま目覚めることはありませんでした。
バスタオルにくるまれた
息子の変わり果てた姿を見て怪しんだ遺族は
身の引き裂かれる想いで
新潟大病院に行政解剖を依頼、
外傷性のショック死だとわかり
当初は事故だと判断しかけていた警察も
立件に向けて動き出したのです。
僕の傍らに突然出現した
主婦に見える60代ぐらいの女性は、
スポーツ新聞を片手に怒りに震えていました。
「私は大学相撲も欠かさず見るぐらいの相撲ファンなの。
だから、厳しさが必要なのはわかるわ。
でも金属バットを持ち出したり、
親方がちゃんこ食べながらビール瓶で顔面を殴るのは
厳しさではないわ!」
新宿から怒りを抑えきれずに
やってきたそうです。
「人様の大切なお子さんを預かっているのが相撲部屋なのに
人が死なせてしまったなら、もう廃業するしかないわ」
「時津風親方もきちんと説明するべきだけど
相撲協会はなぜきちんとコメントしないの?
誰一人、きちんと話す理事がいないじゃないの。
全員辞めるべきよ!」
そういって、肩で息をし、
「あー、誰かに言わないと気がすまなかったの」と言って
帰っていかれました。
ああ、びっくりした。

でも、この女性の言っていることは
必ずしも間違いではありません。
親方にも協会にも「説明する義務」があります。
時津風部屋から出てきた弟子は
「親方の所在はわからない、言うなといわている」
と話しましたが
結局親方は部屋から姿を現し
報道陣に悪態をつきながら国技館での理事会に臨みました。
一方、理事会終了後に会見した相撲協会の高砂親方も
理事会での時津風親方の発言を聞かれると
冒頭で謝罪したことのみを認め
まだ質問が続く中
一方的に退席しました。
理事長自身も、ほかの親方なども
まるで緘口令がしかれたように答えません。
「現時点では立件されていないのだから」
という理屈なのかもしれませんが
事態が事態だけに何らかのコメントをするべきです。
仮にも「国技」と名乗るならば
国民に説明するのは当然です。
先日も相撲ジャーナリストの取材パスを
一方的に取り上げた問題がありましたが
「都合の悪いことは黙殺&抹殺する」姿勢は
問題点を改善しようとしない、ということでもありますし
プロスポーツ組織として恥ずべきことです。
きょうは相撲教習所(新弟子が6ヶ月の研修を受ける)の
卒業式でした。

新弟子たちは屈託のない笑顔で国技館を出てきます。
体は大きいのですが少々幼い感じすらしました。
とても明るく、丁寧に受け答えをしてくれました。
「がんばってくださいね」と声をかけましたが
・・・亡くなった力士のことを思うと複雑な想いがしました。
投稿者 : 19:43
2007年09月24日
まじで深刻!高齢者の事故!(担当☆石森則和)
お年よりの事故が増えています。
昔なら交通安全教室に登場するのは
こんな少年の人形でしたが・・・

今はこうした「おじいさん」も登場します。
(反射材のついた服のモデルです)

きのう現在、
警視庁管内でおきた交通事故で亡くなったかたは
去年の同じ時期より4人多い185人なのですが
このうち65歳以上の高齢者は76人で
半数近くを占めています。
しかも去年を21人も上回っているのです。
こうしたことから、きょう
高齢者に対する「自転車実技教室」が
多摩川の河川敷にある
警視庁の白バイ訓練コースで行われました。

都内の「高齢者交通安全モデル地区」から
86歳を最高齢とする、91人のお年よりが参加、
スラロームやクランクに挑戦したり
一本橋の上を走ったりしました。

周りを確認せずに
駐車車両の脇を通り抜けようとして
急に開いた車のドアに驚く、おばあさんや
一本橋の上を走るつもりが
あらぬ方向に走っていってしまうおじいさんなど
苦戦するかたもいました。

「おわー、とまらない~」
(思わず警察官が自転車を支えたの図)
皆さん、自分が思っている以上に
身体能力や判断力が衰えていたようで
苦笑いしながらもショックを受けていました。
つまり自分の身体能力を過信しているところがあるのです。
ただ、なかなか
人間、自分の衰えを認めることはつらいもので
いかにお年よりに注意を促すかは難しいところです。
こうした「教室」に積極的に参加しようというかたは
まだいいのですが、
組織や地域コミュニティに参加していないお年よりもいるため
警視庁では訪問しての指導もはじめています。
さて、今回。
「ある乗り物」についての講習も行われました。
・・・それは何かとたずねたら!べべんべん。
「電動車椅子」!
これを試したお年よりの皆さんは、たいそう気に入ったらしく
「いくらなんですか?」などの質問が飛んでいました。
(35万円くらい)
僕も「興味」があったので
メーカーのかたと話をしたのですが、
面白い話が聞けました。
まず、これは軽車両ではなく、通常の車椅子と同様に
「歩行者」扱いになります。
しかし最近では車のように
「保険」がきくようになっているそうです。(メーカーによる)
一時は「特殊なもの」だった電動車椅子が
最近一般的になってきたのは、
車やバイクの運転経験を持つお年よりが増え
「運転」に抵抗がなくなってきたことがあります。
ただ、メーカーのかたは
「なまじ運転経験を持っているために
歩行者扱いのはずなのに
自動車のようなつもりで(車道などを)
運転するかたがいる」と心配されていました。
また、
求められても売らないケースもあるそうです。
運転能力に問題があると思われる方や、
運転方法を正しく理解できないかたのケースです。
「お金を出すから売ってくれ」と言われても
メーカーとしての責任から「売らない」そうです。
また、困ってしまうのは「飲酒」。
歩行者扱いなので「飲酒運転」に法的な罰則はありませんが
「これに乗って飲みに行くのは絶対にやめて欲しい」と話していました。
あと、雨の日も危険だそうです。
まわりのかたが、とめてあげてくださいね。
核家族化が進むことで
「車椅子を押す人」が少なくなったいま、
電動車椅子の需要は更に増えつつあるようです。
だからこそ、こうした講習は
今後、更に大切になるでしょう。
さて、
今回は実技のほかにペーパーテストも行われました。

あなたもチャレンジしてみます?
○かXかでお答えください。
問題:
①自転車に乗っているときは
常に「一方通行の標識」のある道路を逆行してもよい
②今年の7月までに都内で発生した
高齢者の自転車による交通死亡事故の中で、
一番多かった違反は「信号無視」である。
③自転車に乗って「自転車横断帯」のある交差点を通行するときは
自転車から降りて、押して歩かなければならない。
(※解答はこの下に)
解答:
① X
自転車も一方通行を逆行することはできません。
ただし「自転車を除く」と書かれた補助標識がついていれば
逆行できます。
② X
一番多かったのは安全不確認。
左右や後ろの安全確認をせずに
進路変更した、などです。
③ X
乗ったままでOKよ。でも十分気をつけて。
投稿者 : 18:01
2007年09月20日
世界最大のゲームショウ!(担当☆石森則和)
どうも。
ゲーム歴は「インベーダー」で止まってるぼくちんです。
あと「ゲームウォッチ」ね。
(知ってる?)
きょうは「東京ゲームショウ」に取材に行ってきたですのー。

会場内で上を見上げれば、様々な大型ディスプレイ。
映し出されるゲームの画面は、とても綺麗。

ハドソンのコンパニオンさん(左)とテクモのコンパニオンさん(右)
テクモのコンパニオンさんが
マンツーマンでゴルフゲームを指南してくれるブースがあり
「うほ!」と思ったのに、
・・・チャレンジする勇気が出ませんでした。
うぶな自分のばかばか。
さて、
きょうは関係者やメディアのみが入れる日で
一般のかたはいません。
よく見ると外国人のかたが沢山来場しています。

(※ゲームショウを取材する海外のテレビ局)
そこで、外国からの来場者に
いろいろ聞いてみました。
ナイジェリア出身でアメリカで働いているというゲーム開発者は・・・
「日本のグラフィックの表現は
アメリカとは比べ物にならないほど繊細なんだ」
フランスの技術者は・・・
「フランスで今、大流行しているものは
みんな日本のものなんだ!
どのコンテンツもフランス語に翻訳されているから
違和感なく楽しめるよ」
ロシアのカメラマンは・・・
「ロシアでは日本のレーシングゲームが好まれていてね
グラン・ツーリスモなんかは大人気さ」
アメリカの西海岸から来たというライターさんは・・・
「今までゲーム・コンテンツ市場はアメリカがトップだったんだけど
今年、アメリカ最大のE3っていうゲーム展示会が規模を縮小したんだ。
だから事実上、東京ゲームショウが世界最大さ、来られてうれしいよ」
・・・ま、だいたいこんな感じ
最近あんまりほめられていない日本人よ。
ほめられちゃったぞ。

せっかく来たし
僕も何か最新のゲームにチャレンジすることにしました。
「ロシア人も大注目」というソニーのPS3のソフト、
「グラン・ツーリスモ5」のブースには長蛇の列。
そこで僕もチャレンジしてみましたが・・・・
これ、本当に凄いです。
まず車が
「リアル」なこと、この上なし。
なんと、本当の自動車メーカーが
発売を予定しておきながらまだ全貌を現していない
「新型GTーR」も登場していたりする。
なんとこの日、擬装をほどこされた実車も登場し
取材陣を驚かせた。
「ボディーに移りこむ景色の変化」や
「木々の葉、石畳やアスファルトの色」の再現も凄い。
本当に「実写か?」と見紛うばかり。
リアウィンドからわずかに見える
ドライバーの動きも、
プレイしている僕の動きを
「そのまま再現」していることに気が付きました。
・・・しかも結構難しい。
僕は車が好きで
サーキットやジムカーナコースを走った経験もありますが
車の挙動は実車そのもの。
ハンドルにも路面の感覚が伝わってきます。
ゲームだからといって130キロでカーブに突っ込めば
そのままウワー!な事態に。
担当のかたは、こう説明します。
「ええ、これまでのレーシングゲームは
言わばドライブシュミレーターでした。
でも、これは本物の車マニアが
カーライフを楽しむように遊べるゲームなのです」
う~ん、確かにそんな感じ。
感心するばかりです。
それから
携帯電話を使って遊ぶゲームが
進化していることに驚きました。

(※携帯ゲーム
「それは無理だよオオスガさん」をアピールする
芸者東京エンターテインメントのコンパニオンさん)
コナミの戦闘ゲーム「メタルギアソリッド」の携帯版は
会場でも注目の的、となっていました。
・・・でもこれ、電車の中とかでやってたら
画面にあわせて体が動いちゃいそう。
今年は既に、
「任天堂のウィー」
「ソニーのプレステ3」、
「マイクロソフトのXボックス360」など
新型の家庭用ゲーム機が出揃っていて、
それらのソフトは
ファンも驚くような「高機能化」が進んでいます。
一方でいわゆるゲームファンを対象にしたものではなく
中高年や女性をターゲットにしたものも目立ちます。
これらは身体能力を試したり、向上させたりするゲームが多く
ゲームの在り方自体、変化しているようです。

(※ヨガを指南してくれるゲームも・・・)
ゲーム、というと
コミュニケーションの低下につながると言われがちですが
今後は、家庭用ゲーム、携帯ゲーム、
そして携帯電話用ゲームが全てネットワークでつながり、
国籍も年齢も性別もさらにはシチュエイションも超えて
遊ぶ時代がくるとの見方もあります。
むしろコミュニケーションを広げていく「架け橋」として
進化する気配も見せています。
あ、ゲームの写真が一枚もないや。
投稿者 : 17:12
2007年09月17日
ぺんぎん村の長老(担当☆石森則和)
こんにちは。
報道部の「どうぶつ」担当(?)
石森です。
せんせいあのね。
きょうは、うえのどうぶつえんにいきました。
すごいよ、ペンギン。

ペンギンって寒いところだけにいるイメージがあるけど
気温25度のところから零下40度のところまで
いろんな環境に住んでいるのです。
9月も半ばを過ぎたのに
残暑が続くざんしょ?
なのに上野動物園のペンギンは
もうぺんぺん、ぺんぺん元気です。
敬老の日のきょう、
上野動物園では
「長寿動物をお祝いする集い」が行われました。
今年の主役はケープペンギンの「ハチ」
1973年にやってきた「ハチ」は39歳、
普通、ケープペンギンの寿命は20年前後と言われますから
相当な長寿で、
この種としては国内最高齢です。
飼育係のお兄さんたちも
敬意を込めて「おばあちゃん」と呼んでいます。
「お祝いの集い」では、ハチに対し、
小宮園長からお祝いの言葉が贈られました。
園長も「人間としては上野動物園最高齢」なので
このかっこ。

シャア専用。
「猛暑が続いてこの夏休みは客足が鈍った」という動物園も
「3連休最終日」のきょう、沢山の人で賑わい
わしら文化放送はじめ
各テレビ局なども取材に来ていましたが
長寿のお祝いの「アジ8匹」を食べさせようとしても
「ハチおばあさんは」ヘソを曲げて穴から出てきません。
「年寄り扱いするんじゃないよ!」ってなことなのでしょうか。
飼育係によりますと
ハチおばあちゃん、実は「怒ると長引くタイプ(笑)」で
謝っても許してくれないそうです。
おや?
大観衆を前に困り果てる飼育係のお兄さんの背中を
つんつん、つっつく別のペンギンがいます。
お兄さんはくちばしをなでてあげますが
お兄さんのそばを離れようとしません。
実はこの若いペンギンはほかのペンギンと違い、
「人間(飼育係)に育てられた子」なのです。
「ねえねえ、おばあちゃんが食べないなら
あたちにちょーだい?」
・・・とねだっているのです。
空気が読めないタイプです。
結局、ハチおばあちゃんは
アジを食べることなく
裏の冷蔵室に帰っていきましたとさ。
さて、
実は上野動物園にはまだまだ長寿の動物たちがいます。
ジャイアントパンダ「リンリン」は22歳
最近は黒い部分に「白髪」らしきものがチラホラ目立つそうです。

(どーでもいーけどリンリン師匠、やる気ないっす。↑)
おいおい、このままだと
パフィー歌うところの「白のパンダ」になっちまうのでは?と思いましたが
そんなことはないそうです。
そりゃそうか。
初めて日本にきたカンカンとランランは
10歳と11歳で他界していますから
リンリンは倍以上生きていることになります。
こちらは42歳のマナヅル。(国内最長寿)
僕より長生きです。

ただ・・・名前がちょっと。
知りたい?
びっくりするよ?

「・・・・・・。」
去年、お祝いにスイカをもらったガラパゴス・ゾウガメの「タロウ」は
78歳以上、上野動物園では最高齢ですが、
200年生きるといわれるゾウガメとしては「壮年」でまだまだ元気です。
それにしても「200年生きる生き物」ってすごくね?
高橋小枝子キャスターとドライバーのハリカエ王子さまは
「えー、だって亀は万年っていうじゃん」と
異口同音におっしゃってましたが
・・・そんなには無理でまんねん。
ただ、おじいちゃんが子供のころ見たのと同じ亀を
孫も動物園で見る可能性があるんですよ。
上野動物園では近年、
タヌキとヒグマを一緒に生活させたり、熊の人工冬眠に成功したりと
動物の特性を生かし、環境を自然に近づける工夫が施され、
高齢の動物たちものびのび暮らしています。
ペンギンのコーナーでも
一緒にアザラシが気持ちよさそうに泳いでいて
集まった観衆と一緒に
ハチおばあさんの長寿を祝うセレモニーを眺めていました。
孫を連れたお年よりたちは
「寿命の倍」も生きている動物たちに驚き、
「あやかりたいわねー」と話してました。
どうぞ
長生きしてくださいね。
次回、「石森の動物王国」
お楽しみに。
うそ。
投稿者 : 15:59
2007年09月13日
どたばったん。(担当☆石森則和)
きのう突然辞意を表明した安倍総理。

(うう、今となっては・・・)
次の総理は誰になるのか、
永田町は「どたばた」してます。
きょうは「派閥の総会」や
「両院議員総会」など取材することがいっぱい。
誰かが「出馬表明する」可能性もありますし
忙しくなりそうです。
そこで国会担当の吹野記者のもと、
石森と吉野aiko記者が合流。
「お笑い☆メガネトリオ」を結成し・・・
もとい。
「(ある意味)最強国会取材団」を結成し
国会民放クラブできょうの作戦を練っていたのです。
しかし。
「さあ、これから・・・」って時に
驚くべき情報が飛び込んできました。
「安倍総理入院か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・!」
(声も無くあわてる3人)

(病状を説明する医師団)
タクシーで病院に駆けつけると
ちょうどメディア各社が集まってきたところでした。
病院が同じだったこともあり
「元農相と同じケースか!?」と踏んで、
あわてて駆けつけたTV記者もいたようです。
総理の車が入って約1時間後に
夫人があわただしく入っていきました。
病状がなかなか公表されなかったですし
もともと腸に病気があるかたなので少々不安でした。
会見でわかった病状は、
「機能性胃腸障害」
内視鏡では病巣が見つからないものの、
ストレスや疲れでオナカが痛くなったり
食欲不振になったりする病気です。
でも胃薬とか飲んで2~3日入院すれば大丈夫らしいです。
重篤でなくてよかった・・・。
体を壊されたのは気の毒ですが
気になったのは「医師の説明」の歯切れのわるさ。
石森も会見で
「診断を聞いた時の安倍総理の反応は?」
と質問したのだけれど
ちゃんと答えられないし、
「よくわからない」
「覚えてない」ってゆーし。
「内視鏡検査では見つからない病気って言いますけど
そもそも今日の検査で内視鏡検査をしたのですか?」
「・・・してません(汗)」
ええっ!?
じゃ、病院に入ってからの4~5時間
何してたのさ?
だんだん、記者の質問の口調にも
イラだちが感じられるようになりました。
さらに医師は言います。
「総理は午後からの両院議員総会に出席して
辞意表明について自ら説明しようとしていました。
・・・しかしワタクシが止めました」
うーん。
会見では「日常生活には支障がない」
というような説明もあったのに
・・・本当にドクターストップ?
「はい時間ですから」
病院の広報担当者が終わらせようとします。
でもそれに重なるように、
記者から、立ち上がった主治医に向けて
滑り込むように質問が飛びました。
「先生!
もしも総理がきのう、
辞意を表明していなかった、としても
先生は総理を入院させましたか?」
「う。」
主治医は絶句し、
背中を半分向けたまま
「・・・はい」と小さな声で答えました。
総理の
ご回復を願います。
この数日、お疲れの体と心を少しでも休めて
残りわずかな日々、最後まで投げ出さず
使命を全うしていただきたいものです。
こんなことを書いているうちにも
さんざんもめた挙句、総裁選の日程が決まったり、
福田氏が出馬を表明したり
・・・政治の世界は動いています。
よって吹野記者はまだ取材中。(おつかれさまです)
参議院選挙や組閣のニュースを
報道部一丸となってお送りしたばかりですが
まだまだ国会の取材は走り続けなくてはいけません。
文化放送報道部がお送りするニュース番組、
熱い気持ちでお届けしています。
どうぞお聴きください。
投稿者 : 18:23
2007年09月10日
あなたに会えて(担当☆石森則和)
先月1日に亡くなった阿久悠さんを送る会が
きょう、行われました。

会場に入ってすぐのところには
阿久悠さんの遺影が
たくさんの花に囲まれています。

カウンターでグラス片手に
今にも「よう!」と声をかけそう。
とてもダンディです。
遺影の下には先日贈られた旭日小綬章が。
通夜・告別式は、既に親族のみでとり行われたため
きょうは多くの歌手や芸能関係者が参列しました。
ただ、
しめやか、というより穏やかな雰囲気でした。
阿久さんの作詞した曲が弦楽奏で奏でられ、
スクリーンに、その曲の詞が映し出されたのですが
詞のすばらしさが際立ち、
取材陣を含む会場の人々は皆
いつしか口ずさんでいました。
戒名は天翔院詞聖悠久居士(てんしょういんしせいゆうきゅうこじ)。
しせいの「し」は作詞の「詞」
5000曲の作品を残した作詞家としての生きざまが
そのままあらわされました。

たくさんの賞状などが並びます。
作詞のみならず、小説などでも
たくさんの賞を受賞した阿久さんですが
和田アキ子さんの話によれば
少しも偉ぶるところがなく、
よく飲みに連れていってくださったといいます。
出会ってしばらくした日のこと、
阿久さんは
「和田さんのことを10代と知らなかった」ことを詫び
「もっと明るくはじけるような詞を書けばよかったな、ごめんな」と
話したといいます。
「あの鐘を鳴らすのはあなた」は
和田さんにとっては
ある意味で「初めて」の歌でした。
これまで一人の男性に「あなた」と呼びかけ
愛を歌う詞はあったけれど、
この詞の中の「あなた」は誰なのだろうと
不思議に思ったといいます。
そして阿久さんに尋ねたそうです。
すると阿久さんは、
「アッコのこれまでの人生で
出会った人すべてだよ。
男も女も、先生もご両親もね」と
笑ったそうです。
和田さんは、きょう
大切な財産をありがとうと
遺影に手を合わせました。
和田さんにとって「あなた」の中には
阿久さんも入るのです。
「アッコ、
君が歌える限り歌えるような歌を作ってあげる」
・・・そう言っていた阿久さんが
和田さんに贈ったこの歌の出だしは
「あなたに会えて、よかった」・・・でした。

投稿者 : 20:50
2007年09月06日
大人のつとめ(担当☆石森則和)
台風には気をつけてくださいね。
報道部のモニターに
各地の気象警報が次々に飛び込んできます。

海や河川に近づいたり
うかつに屋根に上ったりしないでくださいよー。
さて、最近のニュースで
ちょっと気になっていることがあります。
横浜市、鶴ケ峰駅改札前の路上で
定時制高校の16歳の男子生徒を平手打ちしケガをさせたとして、
傷害の現行犯で神奈川県警の巡査長(33)が逮捕されました。
巡査長は「大変申し訳ないことをした」と
容疑を認めているということなのですが・・・
当初の発表によれば
この男子生徒、電車内でピストル型(本物そっくり)のライターを
「乗客に向けて」遊んでいたというのです。
電車から降りたあと、
巡査長はこの男子生徒を呼び止めて注意します。
しかし、ここで口論となりました。
つまり男子生徒は反抗したわけです。
それで結果的に平手打ちをした・・・。
ピストルライターも取り上げた・・・。
このニュースが伝えられると
巡査長を擁護するメールが沢山送られました。
これに驚いた県警は改めて会見、
そこで語られたこととは・・・!
高校生は普通電車の中からホームに向けて
(あれ?乗客にじゃなかったの?)ピストル・ライターを撃つまねをした。
車掌の注意に、高校生は「分かりました」と従い、ライターをしまった。
(あれれ?巡査長が取り上げたってのはそのあとなの?)
その一部始終を隣の車両から見ていたのが巡査長。
注意後も高校生が笑っているのを「反省していない」と思い込み、
降りた高校生を呼び止め、髪の毛とカバンをいきなりつかんだ。
そして「カバンの中のものを出せ」と顔を殴った。
しかし高校生はずっと黙っていた。
(あれ?口論となって平手打ちってのは・・・?)
県警は
「注意したというより、因縁をつけて殴った状況だった」
と話しています。
この話、どちらか事実なのかはわかりませんが・・・
ちょっとイヤな推測をしてみます。
神奈川県警といえば痴漢をはじめ様々な不祥事
・・・いや「犯罪」が現在でもあいつぎ、
ローカルニュースを見ていても(横浜在住だから)
驚かなくなってきました。
警察のあとの会見が本当だと仮定すれば、
「少しでも巡査長の罪を軽く見せようとした結果、
逆に思わぬ同情論に攻められてしまった」
という構図に思えてきました。
よくよく見ると警察は「嘘」までは言っていません。
「乗客」って聴くと、「乗ってる人」という印象を受けるけど
確かにホームに並んでいる人も「乗客」と呼びます。
また「巡査長がライターを取り上げた」って聞くと
「まだ高校生がライターでふざけている」印象があるけど
カバンにしまったやつを出させたのが本当らしいです。
確かに「取り上げて」はいますけど。
言葉のマジックです。
記者クラブ制度の中には「警察発表」に頼りがちな記者もいます。
しかし結構「警察に都合のよい表現」になっていることも少なくありません。
電話で確認したり現場に行ったりすると
「ええっ?本当は、そうだったん?」ってこともよくあります。
今回の件は注意喚起と捉えたほうがいいと思います。
いずれにしても
この騒ぎが
「子どもを叱りづらくなる」前例にならなければいいけど、
・・・と思うのです。
以前、ある教師は取材にこう答えました。
「ちょっとこづいただけでも
子どもたちはみな、体罰だと囃し立てるんです。親にいいつけるぞって」
「例え手をあげなくったって、
今は叱ること自体、大変難しいのです」
別のベテラン先生も言います。
「君らのときもツッパリブームでさあ、確かに手を焼いたよ。
でもなあ、今とは比べ物にならないほど教えやすかったなあ。
叱られるのは自分が悪いからってわかってたからな、
叱られたことを、親になんてとても言えなかった」
「大人が叱れない環境で育った子ども」は
やはり
「子どもを叱れない大人」や
「叱る行為を理解できない大人」に
育ってしまうのではないでしょうか。
この男子生徒は、反省したのでしょうか。
「俺を注意しやがったからだ、ざまあみろ」だなんて
まさか思っていないでしょうけど。
もしも彼が
「自分の何がいけなかったのかを知るチャンス」を
この騒ぎで逸してしまったのなら、
残念でなりません。
投稿者 : 13:44
2007年09月03日
デパート「あしたはどっちだ」(担当☆石森則和)
子どものころ、
デパートに連れていってもらうのって
「一大イベント」だった!
・・・よね?そうだよね?

いろーんな楽しい商品や珍しい商品があって
もちろん、おもちゃ売り場もあって。
食堂ではお子様ランチ。
もちろんチキンライスの旗は持って帰るぜ。
ウチのお茶碗には
恐ろしく似合わないけどさ。
もうちょっと大きくなってからは「かつカレー」
ツナサンドもデパートで知ったんだ。
父は五目そばをすすってた。
・・・ってことは、なんでもあったんだな。あの食堂は。
屋上にはちょっとした遊園地もあって
熱帯魚や亀も売ってた。
アドバルーンもあがってた。
でも、最近のデパートは
どこかあのころとは違います。
高級ブランドはたくさん入っているけど
似て非なるものって感じがするのです。
経営統合した大丸と松坂屋が、
きょう新体制での営業を開始しました。
経営統合時の事業規模は、
今年2月期連結売上高の単純合算で1兆1737億円。
高島屋を上回って、業界首位に浮上しました。
今後、阪急百貨店と阪神百貨店も経営統合する予定だし
来年になったら三越と伊勢丹も経営統合します。
(業界首位になる見込み)
こうした「業界再編」の背景には
「少子高齢化によって市場が縮小していく」危機感があります。
だから、もう
「家族がターゲット」という感じでもないのかも。
それから、今回の統合には
「地方での経営の相互補完」という側面も。
故郷の浜松で過ごした子供時代、
よく連れて行ってもらったデパートは2店舗あったのですが
どちらも、もうありません。
地方によっては
マーケットがもう、ヨレヨレのところもあるのです。
こうしたことから
関西がホームグラウンドの大丸と
中部地方が基盤の松坂屋が、
「地方ごとの経営の弱点を補いあおう」という狙いもありそうです。
きょう、あるデパートに許可をもらって、
店から出てくるお客さんに
「デパートの経営統合をどう思うか」伺いました。
すると・・・
「伊勢丹と三越はそれぞれターゲットが違うから
統合する意味もあるだろうけど、
大丸と松坂屋の統合は
客にどんなメリットがあるかわからんな」
「催事場でやっている催しについて1階の店員さんに聞いたら、
その催しのことを知らなかったんだ。
昔の銀座のデパートなら、そんなことは無かったよ。
経営統合の前に、社内をまとめるほうが先じゃないのかね」
・・・うーむ、銀座のお客さんは厳しい。
こんな方もいました。
「昔のデパートのほうが何でも売ってたよ。一箇所で用が足りたんだ。
でも今は高級ブランドがテナントでごそっと入っているだけ。
楽しみは地下の食品売り場ぐらいかな」
「デパートは少しずつ私たちから遠い存在になっていった気がするの。
経営統合して規模が大きくなることで
ますます遠ざかっていく気がするわ」

上品な笑顔のおばあさんは
銀座の町並みを振り返ってこう言います。
「デパートの変化は
ちょっとこの町の変化にも似ているわね。
昔は銀ぶらしていると
高級だけどここにしかないお店が
たくさんあって楽しかったの。
でも今の銀座通りは
ブランドのビルばかり並んで、
つまらなくなったわ。
デパートとおんなじね」
そういえばお客さんは年配のかたばっかり。
若い人がいたかと思うと外国からの観光客。
・・・ただ、
元気なデパートがないわけではありません。
例えば伊勢丹。
何が違うのかというとまず現場主義。
現場の社員が
ブランドの枠を越えた品揃えや陳列をしているのが特徴で
テナント任せにしていません。
つまり現場の社員のモチベーションが高いのです。
よい意味でのプライドがある。
それこそ
活気があった昔のデパートの姿に似ている気がします。
「わざわざデパートにいく楽しみ」を
売り場に作れるかどうかが、
覇権争いの中で生き残る
「鍵」になるのではないでしょうか。
投稿者 : 18:20
2007年08月30日
映画泥棒を追え!(担当☆石森則和)
なんかすごいぞ。
ニューヨークで、このほど
海賊版DVDを売っていた拠点3箇所が摘発されて3人逮捕、
数千枚の海賊版DVDが押収されたんですけどね?
「誰が違法DVDを見つけたか」といいますと・・・
「犬」だわん。
ラブラドルレトリバーの「ラッキー君」と「フロー君」。
彼ら(?)は「DVD探知犬」なのです。
スーツケースの中のDVDまで嗅ぎ当てるんですって。
・・・すごいなあ。つまり「犬」まで動員されるほど
「海賊版問題」は深刻なのです。
さて、日本でも、きょう大きな動きがありました。
きょうから「映画盗撮影防止法」が施行されたのです。
国内の最初の有料上映日から8カ月以内の録画・録音を禁じ、
違反した場合は、10年以下の懲役
または1000万円以下の罰金、
または、その両方が科せられます。

(啓発キャンペーンの様子、中央は07年度映画大使の小林麻央さん)
※以下、画像掲載許可済
でも、「ん?」と思いません?
「これまでだって
スクリーンを撮影するなんて、
著作権法で即アウトじゃなかったの?」と。
・・・ところが。
もし録画しているのをとがめても
その人に
「だって自分で楽しむために録ったんだもーん!へへだね」
と言われたら、そこまでだったのです。
なぜかというと、
著作権法には
「個人的または家庭内で楽しむ場合に限って複製できる」
という「条文」が、しっかりあるからです。
でも、じょーしき的に考えて
録画された画像は「海賊版」として売られたり、
ネットに流出される危険がありますわな。
3人で座り、真ん中の1人が小型のデジタルカメラを回す。
観客の頭が移ってもおかまいなし。
両脇の2人は周りから見えないようにする役まわりで
その画像は秋葉原などの電気街の屋台で
1枚1000円前後でうられちゃう。
・・・ひどい。
こうした海賊版ソフトの「闇流通」で
配給会社や映画館などが被った損失は・・・
2005年だけで推定約180億円~200億円!(国内)
これは「年間の全興行収入の1割」にあたります。
業界としては「こりゃたまらん」・・・です。
こうしたことから、
理由の如何を問わず、
上映中の映画の録画・録音はダメになったのです。
警察との連携も確認されているので
うかつに録ったら摘発されちゃいますよ。

(東映の岡田社長が、大捕り物?)

(真ん中の赤い人、ちょっと鍛えたほうが・・・)
さて、
ここでちょいと業界の話をしましょう。
僕らは時折、試写会に招待されることがあります。
・・・しかし一昔前に比べ、
入場時のチェックが格段に厳しくなってます。
映画会社にもよりますが
身分確認はもちろん、
ガードマンがカバンの中を念入りにチェック。
空港並みのボディーチェック(金属探知機)なんか当たり前で
カメラやカメラつきケータイも入り口で預けなければなりません。
つまり
メディア関係者に対してすら警戒しているわけです。
・・・いえ、それだけではありません。
「内部の人間」にすら警戒しています。
僕には
「アテレコ」(画面を見ながらのアニメや洋画の吹き替え)をする仲間がいますが
例えばアメリカの「ちょー有名なアニメ映画」などのアテレコの場合、
吹き替えの声優さんたちは最近、かなり苦労しているのです。
なぜかというと、
「吹き替えの際に使われる画像」が
「すげえ不鮮明」だから。
・・・台詞を合わせるのも大変です。
実はこれ、
吹き替え用の画像が「海賊版として流出する」ことを
防ぐための措置なのです。
・・・そこまでスル!?

また、映画のフィルムってのは、
実は20分ぶんごとにリールに巻かれているのですが、
ある洋画系配給会社では
試写会用のフィルムのリールを
「別の配送会社でバラバラに」送っています。
これも、内部からの流出を防ぐため。
つまり、裏をかえせば
「新作の海賊版の出所が、よくわからない」
ということなのです。
例えば、
洋画の海賊版につけられている字幕は
「盗撮サイド」が書いているようなのですが、
翻訳のレベルや内容から
「翻訳者が内部・関係者である可能性が否めないのです。
もし関係者が絡んでいるなら
そのプロ意識の欠如に暗澹たる気持ちになりまする。
今回取材をお願いした東映の岡田社長は
今回の法整備のために尽力した中心人物の一人。

(悲願の法整備に感無量!)
「これまでも盗撮の手口はわかっていました。
ここではいえませんけど(苦笑)
法整備が無くて摘発できなかっただけ。
きょうからは警察と連携しながら
善良なお客さまに迷惑をかけることなく摘発できます」
・・・と話す岡田社長。
入り口でのチェックを厳しくすることは
お客さんに嫌な思いをさせるので難しく、
その代わりに
事情に精通したマネージャーらが
場内で目を光らせます。
「皆さんも、もし隣の席で不審な動きをしている人がいたら
映像文化を守るためにも通報してください」と話していました。
投稿者 : 16:00
2007年08月27日
さよなら三角また来て組閣(担当☆石森則和)
きょう、安倍改造内閣が発足しました。

(総理官邸です↑)
午前中に自民党の役員人事が明らかになり
午後からは内閣改造人事が行われ,
閣僚候補者が次々に官邸に呼ばれました。

総理官邸の前庭には
マスコミのテントが並びます。

(テレビ局のセットの裏はこんなものなのね)
いわゆるテント村です。
各放送局は、ここから
「官邸に呼ばれた閣僚候補の顔ぶれ」など
最新の情報を放送します。
文化放送も
報道部・国会班の記者、技術スタッフ
ドライバーさんが力を合わせてテントを設営!(撤収も)
こじんまりとして可愛らしい形のテントです。


(角谷キャスターと打ち合わせをする吹野記者)
ニュースパレードの時には
石森と、角谷キャスターと、技術の大谷くんの3人が
このテントの中からお送りしたのですが
・・・誰かのせいで狭いっ!
誰のせいでしょう?

(↑ヒント:楽しそうな角谷キャスター・・・)
横の壁の部分が
人の形に盛り上がっていました(笑)
記者、技術さん、デスクが力を合わせて
何度もレポートした長い一日。
撤収するときには
いちも・・・失礼。
一抹の寂しさを感じました。
夕空に映える国会議事堂の屋根、
骨組みだけになっていくテント、
「縁日の屋台が片付けられる様子」に
よく似ていたからかも。
さて、安倍総理はきょう
新たな自民党3役を決めました。
でも「党3役って何?」という説明があまりなされていないように思います。
総理を勤める安倍総裁に代わって党のトップを代行するのが「幹事長」(麻生さん)
党運営の最終意思決定機関・総務会の議長を務めるのが「総務会長」(二階さん)
政策の最高責任者として党内の意見調整や集約をするのが「政調会長」(石原さん)です。
また
午後からは注目の内閣改造人事。
参院選で大敗したことを受け、
党内からの「挙党態勢を求める声」が強くなっていましたが
安倍総理は今回も、
「派閥の推薦は受けずに人選を進める」とはっきり言っていました。
「お友達内閣」「論功行賞内閣」とよばれた
「身内偏重」から脱却できるかが注目されていましたが
結局、ふたをあけてみれば
「やっぱりおともだち、だけど若くはないベテランさん内閣」
・・・という感じでした。
「人心を一新」というわりには留任も多かったしなあ。
あなたはどう感じましたか?
さて、僕は官邸から戻ってきて
これを書いているのですが(現在午後8時半)
きょう一日、一緒に取材した吹野記者は、
この時間も官邸に残って取材中。総理の会見に出席するためです。
ご苦労様です。
さらに詳しい内容は
国会担当の吹野記者が書くことでしょう。
お楽しみに!
投稿者 : 20:17
2007年08月23日
不都合な「真実」?(担当☆石森則和)
初の「夏休み子ども環境国会」が行われるというので
取材に行ってきました。

これを主催したのは
「GLOBE JAPAN」という超党派の議員連盟。
アメリカやヨーロッパなどの国会議員らでつくる
地球環境問題に取り組む国際議連「GLOBE」の日本支部なのです。
今回の「子ども環境国会」は
主に地球温暖化問題について
議員と子どもらが「対話」をしようというもの。

学校単位で行っている
「地域での自然保護活動への取り組み」には
関心させられるばかり。
例えば川崎市立上丸子小学校では
地元多摩川の自然保護状況を
「鮎の成育ぶりから知ろう」という活動をしており
今回は「劇」を演じることでわかりやすく伝えていました。
でも。
議員の先生方の話しかたが
とっても「残念」なレベル。
いくら「子ども国会」といえども
国会答弁風の言いまわし。
とても「子どもを相手に話している」ことを
念頭においているとは思えず
あれでは小学生には伝わりません。
・・・っていうか純粋に伝えようとしているとは思えません。
だって、環境省のポストについている議員などは
相次いで
「あと数日で内閣改造なので
私は外れるかもしれませんけど・・・」なんて話をしていましたが
んなこたあ、
言わなくていい!
子どもたちには
全く関係ない。
これは「誰に向けての何のアピールなのか?」
主催者側の議員が自らこうした発言をすることは
この「子ども環境国会」開催の意義自体を危うくしてしまいます。
別の某議員は
「私は30ウン歳ですが
国会では皆さんと同じで
~こども~と呼ばれています。
・・・小泉チルドレン、ってね」
し~~~ん
面白いか、面白くないかは別にして(面白くないけど)
明らかに「ほかの議員にむけて」の自虐ギャグ。
子どもは「置き去り」
つまりこの瞬間、
「議員先生」の意識は子どには向かっていません。
「出席者の皆さん、
ここに私が参加していることを認識してください」ぐらいのものです。
ただ、
子どもたちの
「環境に対する危機感や責任感」に関しては
素直に頼もしく思いました。

「台本の無い」休み時間に
彼らに聞いた環境に対する想いは、ずっと切実です。
「僕、温暖化が不安で、CO2を出さないように
時々息を止めてるの」
「そ、そんなことしなくて
大丈夫だよ・・・。」
切実なのは当たり前です。
自分たちが
生きていかなくてはいけない未来なのですから。
こうしたイベントが
「子どもたちと環境問題を
議員自身の宣伝に使っただけ」
・・・なんて「誤解」をされないように
第2回の時には一考の余地がありそうです。
投稿者 : 18:25
2007年08月20日
どすこい、どすこい(担当☆石森則和)
那覇空港での航空機炎上で報道部はフル回転。
犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いでした。
事故原因をしっかり究明し
再発を防いでいただきたいものです。
さて、横綱・朝青龍の問題で
相撲診療所の吉田博之所長は、きょう
相撲協会が指名した2人目の精神科医・高木洲一郎医師の診断として
朝青龍は「解離性障害」という病気であり
「治療できる環境を整えてあげるべき」だと明かしました。
その上でモンゴルへ返すことも
「選択肢のひとつ」として勧めました。

親方や協会は
「直ちに帰国させることはない」としていますが
国内で入院治療するにしても
早く判断してあげないと「拘禁反応」が心配されます。
とにかく今は「悪化させない」対応を望みたいところです。
さて、本場所が行われていない現在、
両国国技館は、ひっそりとしています。

・・・でも完全にお休みになっているわけではありません。
相撲協会ではたくさんのかたが働いていますし
相撲記者クラブにも各報道機関の記者が常駐しています。
相撲博物館もオープンしています。

錦絵や番付、化粧廻しなどが展示され、
現在は「ライバル」展を開催中。
ここ、入場は「無料」で、
きょうもお客さんが何人も来てました。
夏休みの「自由研究」にもいいかも。
正面入り口から入って記者クラブに向かうには
大相撲が行われる「大ホール」を突っ切っていくと近いのですが
その真中あたりが、「土俵」の位置です。
ただ、今の時期は土俵は無く、ただの「床」
だから「まんまんなか」に立つことができます。
照明が消え、ひっそりした「大ホール」の
土俵部分で立ち止まり、客席を見上げると谷底にいるよう。
「ほお、関取からはこんな風に見えるんだあ」と感激します。
写真をお見せしたいところですが
暗くて撮影できませんでした、あしからず。
「バックステージ」を歩いていると
いろいろ発見があります。
例えば、トイレの個室。
便器の大きさは普通と同じですが
「広い」・・・なんだか落ち着きません。
一瞬、
「トイレットペーパーに手が届かなかったらどうしよう」と思いましたが
そんなには広くありません(そりゃそうだ)
それから、
「おっ?こんなところに、でかい机が?
でも車輪がついてるぞ?」って思ってよく見たら
「負傷した力士用の車椅子」でした。
でっけえ!
さて、この大ホール。実は「貸し出し」てます。
目的によって料金設定は様々なのですが
例えば、「平日に私的な催しで1日借りる」となると
195万5,000円。
準備に1日かかるとすれば120万円プラスになりますが
一生に一度のイベント!であれば
不可能ではない金額かな・・・?
桟敷席なども可動式で、いろいろ対応でき
最新の音響照明設備が備えられているというからオドロキ。
でも、せっかく国技館でイベントやるんだから
それっぽい何かを・・・というときには
ちゃんこ屋台や相撲甚句、呼出太鼓実演、
拍子木などの担当者を紹介してもらえるのです。
工夫次第では面白くなりそう。
中継車の中で技術の「たきちゃん♀」に
「国技館借りられるって、どう思う?」って聞いたら、
「あたしは、まだいいですう」と言ってました。
「まだいいって何だ?」
「国技館での結婚式を勧められた」
と勘違いしたらしいです。
・・・特にコメントはございません。

(↑ちょっと幽○っぽい。夏にぴったり?)
話は変わって、
現在「大相撲」は地方巡業中。
もし自分が住んでいる地域に
大相撲の巡業を呼びたい!って場合
予算はいかほどかかるのでしょう?
相撲の場合、主催者のことを
「勧進元」(かんじんもと)と呼びます。
勧進元となって仮に土日のどちらかで開く場合、
移動費や力士の昼食代、土俵の俵代など込みで
契約金は900万円。
小移動費が数十万円。宿泊費は200~300人分。
そして土俵を作るのに80~95万円、
ただし20人ほどが設営のお手伝いをする必要があります。
このほか会場代やチケットの印刷代は自分もち。
・・・えらい大金のようですが
実際にはスポンサーをつけるケースが多いですし
力士の宿泊費も一人8000円程度でOK。
巡業ならではの楽しさもあります。
まず「朝稽古」。
近くの公園などで行う場合もありますし
ちびっこに関取たちが「稽古」をつけるなどの交流もあります。
また取組の間に相撲甚句・櫓太鼓のほか
初切(本物の力士たちが演じる相撲コントみたいなの)など
本場所では見られないようなお楽しみもあります。
子供のころ「初切」を見て爆笑したのを思い出します。
でも、あれはただの「余興」ではなく
48手ある“決まり手”や、
“禁じ手(反則)”などを分かりやすく説明する
という意味があったのですね。
相撲が
なんだかワイドショーネタとしてばかり
取り上げられたるようになってますが、
子供からお年寄りまで楽しめるスポーツとして
その魅力をアピールしきれていない気がします。
そのためにはスーパースターの出現を待ったり
ただただ強さを追求するばかりでなく
入場料の価格を下げ、多くの人にチケットが行き渡るようにして
「生の取り組み」が見られる機会を増やしたり
各力士と出身地との交流を蜜にして
サッカーや野球のチームのように
「わが町の代表」的な意識を育てていくのはどうなのかな?
・・・と思うんですけどね。
投稿者 : 18:31
2007年08月16日
心頭を滅却しても・・・(担当☆石森トロピカル則和)
これなあんだ!

たわし?
ほうき?
いいえ、これは
「カナダ・ヤマアラシ」の「おヒップ」です。
岐阜や埼玉で40度を越えるなど
いい加減にしてくれ!というぐらいの猛暑の中、
我々取材班、異動してきたばかりの吉野記者と
不詳・・・じゃなかった、不肖ワタクシ石森めに
白井デスクから下った指令は!?
デスク:「じゃ、暑い!ってのテーマで」
記者2人:「テーマ、広っ!?」
確かに「ネタ探しから自分たちでやる」というのは
新人・吉野記者にとっても
「勉強」になります。
そこで2人で取材候補をずらっとあげ
そこから絞り込んだ結果、
「動物園の動物たちは、この暑さをどう凌いでいるのか?」
というテーマに決まりました。
で、上野動物園に取材依頼をしたのですが
担当の杉本さんが紹介してくださった動物は
ホッキョクグマやペンギンではなく
この「カナダ・ヤマアラシ」だったのどえす!
・・・どんな動物だったっけ?
確か背中に針がいっぱいあったような?
さっそく動物園に向かったのでした。
杉本さんいわく、
「カナダの涼しい森に生息するこのヤマアラシは
普段は木の上で暮らしていますが
排泄のときや、あまりにも暑いときには
地上に降りてきます。
地上で息切れしている姿が可愛そうなので
試しに地面に氷を置いてみることにしたのです」
ヤマアラシの展示してある場所に行くと
大きな木の根元に
バケツからぽこっと取り出したまんまの氷がありました。
すると木の上に何か動く気配!
何かトゲトゲのものがゆっくりと降りてきます。
その降り方がなんとも微笑ましいのです。
お尻を下にして
へっぴり腰で「こわごわ」降りてきます。
実況してても
言うことがなくなっちゃうぐらい
ゆっくり。
やっと地上に着き
氷のほうに近づいていく途中、
不意にこちらを振り向きました。
「?」
こっちのほうに近寄ってきます。
そして差し出したマイクを
両手でつかむと
「ふがふがふがふが・・・きゅう?きゅう?」
(「これなあに?遊んでくれるの?」訳BY石森)

かっ!かわいいっ!
初めて顔が見えたけど
なかなか愛嬌があります。
そして気の済むまで「ふがふが」何かを主張したあと
氷のほうへ行き、その上に乗っかって
氷をおなかの下に抱え込みました。「ふう」

(頭はこっちを向いてます)
そして
「カリカリカリカリ」
氷をかじっています。
それを見ていた子供が
「ママ、カキ氷食べたいー」
長い間氷を抱えていたヤマアラシは
おなかがシモヤケになったのか
ときどき体を起こし、
おなかをポリポリかきながら
また「よいしょ」と氷に乗っかるのでした。

(↑みんな氷を抱えています)
あー癒された。
僕らも暑さに耐え切れず、
ドライバーのハリカエ王子様ご提供のアイスクリームを
もりもり食べたのでした。
そのあと取材班は
ホテルニューオータニのプールへ!
この暑さで8月の売り上げが
「前年比6割増!」と聞き、
取材することにしたのです。
到着すると、たくさんの家族連れ!
今年は予約制の特別なデッキチェアが別料金1万円で用意され
飲み放題のトロピカルカクテルを運んでもらえたり
「本のソムリエ」にプールサイドにぴったりの本を選んでもらえ
その本をプレゼントされたりします。
これが大人気。
景気が回復しているということもあるのでしょうが
「自分の大切な時間のためにお金を使う」ことに
日本人が慣れてきたこともあるようです。
ところでバブルの頃に流行したトロピカルカクテル、
カクテルの女王と呼ばれる「マイタイ」を覚えていますか?
あのマイタイを生み出したのが
このホテルに入っている「Trader Vicc’s」
本店はサンフランシスコにあります。
多くのカクテルを考案したことで知られるVicc氏が
17年物のラムを使ったフルーツカクテルを
タヒチ人にご馳走したところ
「Mai Tai Roa Ae!」
タヒチ語で「最高だ」とほめられたことから命名されました。(諸説あり)
オレンジやパイン、レモンジュースも入ったカクテルは
暑い夏に体にもよさそう。
そこで、僕も「元祖マイタイ(アルコール抜き)」を
プールサイドで頂いてみました。

うーん、甘さがさわやか。
(・・・顔が暑苦しい)
はじける子供たちの笑い声と
水しぶきの中
太陽を絞ったマイタイを口にしながら僕が思ったことは
「プールサイドにネクタイは似合わない」ということと、
「ホテルの広報の方に
プールについてのインタビューをしていた筈なのに
ここでは結婚式はいつまでに予約すればいいのですか?
予算はいかほど?と聞いている吉野記者を見ながら
・・・うーん、何から伝えればいいのか(←小田和正さん?)」
という疑問でしたが、
その疑問は
灼熱の太陽に
とろけて消えました。
とろりんちょ。
投稿者 : 18:37
2007年08月13日
「彼」のさびしい夏休み(担当☆石森則和)
残暑ざんしょ?
そのマンション前につめかけた数十人の報道関係者は
日時計のように角度を変える日陰を求め
少しずつ移動していたのでした。

そこは朝青龍の自宅のあるマンション。
きょうから相撲協会が「2人目の精神科医」として指名した医師が
朝青龍を往診して本格的な治療を施すとみられたため
みな朝から張っていたわけです。
しかし。
・・・こない。
医者も親方も、お目当ての人はだーれも。
時々近所のおばあちゃんが通って
「熱射病にならないでねー」(・・・涙)と励ましてくれるぐらい。
わずかな日陰に片寄せあって(余計暑いわっ!)いると
ある情報が。
師匠の高砂親方が一転、
「やっぱり1人目の精神科医に見てもらうことにした」というのです。
その「1人目の精神科医」は、
夏休みを海外で過ごしている真っ最中で帰国は16日。
・・・ってことは、
きょうは「医者は来ない」ってことじゃん!
皆がポカーンとしていると
急にざわめきが!
カメラマンらも臨戦態勢に!
誰が来たのだ?

あれ?ただのレポーターじゃん。
・・・いいえただのレポーターではありません。
彼女らは
「CNN」の東京特派員なのです。
世界200か国、10億人に向けて
自宅前の様子をレポートしているのです。
もっとも「朝青龍の一件をストレートにレポートする」というよりも
「報道陣のフィーバーぶりを面白がっている」感じ。
ところがその取材風景を
日本のメディア各社が撮影し始めました。
・・・これにはCNNスタッフもびっくり。
アメリカのメディアであるところのCNNが日本の報道陣のフィーバーぶりを面白がっているのを日本のメディアが面白がっているのを面白がって撮影してみました。ああっ!ややこしい。あと恥ずかしいっ!
あるテレビ局のディレクターは
「いやあ、だって何も撮らずに帰るのはちょっと」と苦笑い。
CNNのレポーターも
「お互いを撮りあっている日米のカメラマンの姿」に失笑してました。
さて。
墨田区のこのあたりは
下町の雰囲気が残る優しい町です。
近所の人も気軽に話しかけてくださいます。
ただ、あまりにも報道陣の姿が増えてしまったため
さきほど各報道機関の記者たちが集まり
近隣のかたがたへの迷惑を考えて
今後は自宅前での待機は自粛しようという
申し合わせが行われました。

さて、朝青龍に対してはもちろん
親方の指導力や協会の対応についても批判が高まっています。
それは「ごもっとも」。
僕も「横綱としての人間性、心構えを求めるなら
そうした指導をきちんと行ってきたのか?」と疑問です。
お互いの間にきちんとリスペクトはあったのか?
ただ、本当に横綱が「病気」なんだとしたら
その原因が自業自得だったとしても
協会側には冷静且つ慎重な対応が必要に思えます。
モンゴルへの帰国云々はさておいて
「第三者的立場の医師」による客観的な診断のもとに
まず、きちんと治すべきです。
今のところ
双方が「指名」した医師しか診断を行っていませんし、
こんなに医師が次々に変わるのでは
「都合のいい診断を待っているのでは?」
と勘繰ってしまいそうです。
きちんと診断した上で本当に「病気」ならば
決して「精神論」では治りませんし
むしろ逆効果になるばかり。
原因がどうあれ
心の病気だったら「責める」のも「励ます」のもご法度なのです。
協会側から
病気について理解しようとする姿勢が伝わってこないのが
個人的には気がかりです。
医師の正確な診断を待ちたいところです
投稿者 : 18:32
2007年08月09日
WHO IS GOD?(担当☆石森則和)
退職した公務員の再就職の斡旋を一元的に担う
「官民人材交流センター」
=いわゆる「新人材バンク」のありかたを検討するため、
政府が発足させた有識者懇談会
「官民人材交流センターの制度設計に関する懇談会」が開かれました。
4回目のきょうは各省庁の元次官らからの聴取。
石森は、終了後の会見に出席しました。
って言っても
・・・どうです?
ピンとこないでしょ?(苦笑)
でも、今回はこのお話
「あまくだり」についてです。

来年設置される「官民人材交流センター」ってのは、
将来、各省庁に代わって
国家公務員の再就職を一元的に担うところ。
「なんでそんなことするのか?」といいますと
これまで行われてきた、
「省庁による、企業ヘの押し付け的な天下り」を根絶するため。
これまでそれぞれの省庁でやってきた
「再就職のあっせん」をやめさせ、
かわりに「新人材バンク」としてのセンターが
いっぺんに引き受けましょうというわけです。
安倍総理大臣が
選挙を先送りしてまで会期をのばし
改正国家公務員法を成立させたのは記憶に新しいところですね。
・・・でも。これ、お気づきのように
「天下りを全部やめまーす!」というわけではありません。
一律に「天下り全面禁止」にしちゃえばいいのに、とも思いますが
「就業の自由を不当に制限し憲法違反の疑いがある」
などの理由でだめらしいです。
じゃあ、「全く制限できないのか?」っちゅうと
実は現在でも「ある制限規定」が存在します。
これまでの国家公務員法では
「退職する前に関与した民間会社に再就職すること」を
退職後2年間禁止しているのです。
(※退職前5年間の地位に関与した企業が対象)
ただ、この規定は
「センター」のスタートに伴って
今後「無くなる」んですが・・
でもそれって、なんだか「おかしい」です。
なぜか?というと
実は「あまり語られていない盲点」があるから。
仮に、この規定が
「天下りによって生じる企業・団体との癒着や
利権の温床化を防ぐため」のものであり
「センターがスタートすれば
癒着を防ぐように人を振り分けるので
この規定はもう必要ない」
・・・ってゆーことならまだわかります。
しかし!
「この規定が作られた理由」は別にあるのです!
それはっ!?
実はこの規定ができた理由。
よく調べてみると・・・
「公務員として知りえた機密情報が
漏洩することを防止するため」の規定なのです!
(だから人事院が「機密情報漏れないや」と判断すれば
2年待たなくても再就職できました)
そんなら、
「センターができるから」という理由でこの規定を無くすのは
おかしいじゃあーりませんか?
そもそも「天下り」の実態って
あまり知られていません。
おかしなことだらけ。
役所を「定年退職」した人が、
ただ企業や団体に再就職するだけと思ったら
おーまちがい。
そもそも「定年退職」ばかりじゃなかったりする。
省庁には「早期勧奨退職慣行」ってのがあります。
同期に入省したキャリア官僚は者は大体同じペースで
昇進していくわけですが
同期入省者や後輩入省者が事務次官になった場合
なんとその他の同期入省者は全て退職するのです。
「なんだそれ?」とお思いでしょうが
これ、別にそういう「規則」があるのではなく
あくまで「慣行」。
でも、このため「定年を待たずに退職する官僚」が
どっちゃりでてきます。
こんな理由でやめた人たちのために
再就職先が必要、だというのです。
どう思う?

↑「退職金についての資料・・・」
さらに「再就職できたら、ご満足」ではないのです。
「渡り」というものをご存知でしょうか?
「大門軍団」とは関係ありません。
(↑わかりにくい?)
「渡り」とは省庁の人事当局が
「ひとりのOBを2回以上斡旋すること」
つまり「再々、再々々・・・就職させること」
え?
一度やめた人なのに
なんでまた省庁が「斡旋」を?
・・・と思うでしょう。
何度も再就職するということは
何度もやめる、ということ。
何度もやめる、ということは
何度も・・・
「退職金をもらう」
ということなのです(!)
この「渡り」の存在については
否定する省庁OBもいますが
一連の懇談会における聴取では
「自分もそうだった」と素直に認めているOBもいます。
もし本気でこの問題に取り組むなら
こうした「実態」を徹底的に洗い、
毅然とした態度で臨まなければ
この改革に消極的な省庁側に
骨抜きにされてしまいかねません。
省庁だけではなく
地方自治体でも理不尽な「天下り」は露骨に行なわれ
天下られた地方の企業が
「役所のやり方」をそのまま持ち込まれたり
「実務経験もないのに勝手にふるまわれたり」することで
経営上マイナスになっているケースも少なくありません。
こんな理由でも
経済の地域格差は広がっていきます。
そもそも「天下り」という言は
相応しくない気がします。
だって「天下り」という言葉は
もともとは神道で「神様が天界から地上に下る」こと。
誰が神なのさ。
投稿者 : 16:58
2007年08月06日
報道に王道なし!(担当☆石森則和)
TBSの情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」が今年1月、
不二家の元従業員の内部告発を基に、
「賞味期限切れのチョコレートを回収し、牛乳を混ぜて再利用していた」
・・・と放送したことに対し、
不二家が「捏造の疑いがある」と抗議しました。
Tこの問題で
NHKと民放連加盟社による第三者委員会BPOが5月に新設した
「放送倫理検証委員会」は
「審理の結果」を発表しました。
簡単にまとめると
「取材時間が10数分でと短かったり、取材対象が狭かったこと」や、
「疑惑の段階なのに司会者が断定的、
断罪的に扱ったこと」などを問題視しながらも
「捏造はなかった」と結論づけたのです。
この「検証委員会」は今年5月、
関西テレビの「発掘!あるある大事典2」の捏造問題をきっかけに、
NHKと民放でつくる第三者機関のBPOが
「公権力によるメディア規制への危機感」から新設したもので
今回の問題が最初の審理対象となっていました。
ですからこの委員会、
ある程度の「権限」は与えられているものの
法的な強制力などはもたず
問題があった場合、「見解」を表明したり「勧告」をしたり
「再発防止策を検証する」役割なのです。
しかし、今回の「調査」には難しい課題がありました。
それは「内部告発者」の「告発」を根拠にしていた、
・・・という特殊性です。
報道する者には
「取材源の秘匿」という職業倫理があります。
「報道の自由、言論の自由などを守るために
取材者自らが守らなければいけない事実上のルール」
と言っていいでしょう。
しかし今回の場合、問題となっているのは
「内部告発者」の言っていることが事実なのか?
そもそも「内部告発者」自体、実在するのか?
・・・それらを確認しなければいけません。
匿名性の高い「内部告発者」を
「取材源の秘匿」を犯さずに調べるのは至難のワザです。
結局、今回の場合、放送局側が「個人を特定できない形」で
委員会に放送素材を提示する形になりましたが
果たしてこれでよかったのか?また、
内部告発者はこの放送素材が委員会に提供されることを
了承しているのか?・・・課題は残ります。
今後のためにも議論すべきでしょう。

(会見場となったビル)
今回の委員会の指摘には鋭いものがありました。
例えば企業などを取材するときの「広報頼み」の姿勢。
もちろん企業や団体を取材する場合
基本的には「取材は広報を通して」と言われますが
企業にしても、公的機関にしても、「広報頼み」の取材は
時に、「自分のところに都合のいい情報を出してくる」という
危険性をはらんでいます。
特に今回のような企業倫理を問う取材の場合、
ほかの社員やOBなど
周辺から裏づけをとらなければいけません。
しかし、そのあたりのことは基本中の基本で
プロならば当然、考えるはずです。
また、取材時間が短いのも
「欲しい声がとれた」時点で終えてしまい
あまり突っ込んで聴かなかった可能性があります。
・・・もっとも内部告発者の場合、
多くを語らないこともあるので
難しいところですが。
推測で申し訳ないのですが
「楽な道を選んだ結果、
突っ込まれたときに反論できなかったのかなあ?」
と思えてしまうのです。
自分も気をつけなければと素直に思いました。
もっとも取材にあたったのは「製作会社」だそうで
報道記者の皆さんは悔しい思いをされているかもしれません。
報道色の濃い「情報バラエティー番組」が、
今、視聴率競争を繰り広げています。
もちろん放送局も企業である以上
「数字の取れる番組や出演者」は財産です。
しかし、「地道に、裏づけを重ね」
「誠実に取材対象と向かい合い」
わかりやすい言葉で「伝わるようにしゃべる」
そうしてリスナーから得た「信頼」こそが
放送局の「財産」でもあることを
忘れてはなりません。
毎日聴こうって思うものね。
投稿者 : 19:45
2007年08月02日
「青春時代が夢なんて」(担当☆石森則和)
暑いですね。

僕は子供のころ「ピンポンパン体操」で
キャッキャと、はしゃいでいました。
だって「トラのパンツはシマシマパンツ」なのだが、
「はいてもはいてもすぐ落ちる」んだぜ。
そのあと「がんばらなくちゃー×2」と歌詞は続きます。
精神論で「パンツをお尻に留めよう」というのです。
しかもこの「トラ」はプロレスラーなんだそうです。
シュールにもほどがある!
初めて自分の小遣いで買ったレコードは
沢田研二さんの「勝手にしやがれ」。
ジュリーの真似をして投げた帽子は
屋根に乗って取れなくなりました。
母さん、僕のあの帽子
どこにいったんでしょうね(←歌が違う)
「WANTED」「サウスポー」って言葉はピンクレディーで覚えました。
・・・実はここだけの話ですが
「渚のシンドバッド」のB面の
「パパイヤ軍団」は非常にHな歌で
ぴくぴく悶絶しながら(?)聴いていました。
フィンガー5の「アキラ」くんにあこがれて
サングラスをかけて妹(妙子ちゃん役)と
「個人授業」「学園天国」を歌いました。
サングラスが大きすぎて昆虫人間みたいでした。
「恋のアメリカン・フットボール」でかぶっていた
あのアメフトのヘルメットが欲しかったなあ。
青春ドラマでは森田健作さんが竹刀を持って
砂浜を走り「さらば涙と言おう」を歌いあげ、
「ムー一族」では
郷ひろみさんと樹木希林さんが
「林檎殺人事件」を歌っていました。
石野真子さんは僕が始めて可愛いと思ったアイドルです。
「狼なんか怖くない」「わたしの首領」「失恋記念日」
「日曜日はストレンジャー」「プリティー・プリティー」
「ワンダー・ブギ」などは、今でも全部歌えます。
(角谷キャスターと居酒屋で歌ったりする)
実は石野真子さんは最近歌手に復帰し、
横浜ランドマークタワーでインストアライブがあったのですが
握手して欲しさにCD2枚買っちゃった。
・・・誰にも言わないでください。
「宇宙戦艦ヤマト」は僕らの世代の応援歌。
ちなみに僕のケータイの着メロでもあります。
数年前、ラジオの公開番組に
ささきいさおさんをお招きして「生」で歌っていただいたら
同年代であろう観客の主婦が、感涙していました。
「デビルマン」の歌はニヒルでカッコよく
「ウルトラマンタロウ」や「ウルトラマンレオ」の歌も
希望に満ちていたなあ。
演歌なんか大人のものだと思っていたけれど
石川さゆりさんの
「津軽海峡冬景色」は全部歌えました。
「能登半島」は今、歌うと歌詞が心に沁みこむよう。
そういえばあのころの僕は「青春以前」で
歌詞の意味を深く考えることはありませんでしたが
森田公一とトップギャランの
「青春時代」を改めて今聞くと切なくなります。
西部ライオンズの球団歌
「地平を駆ける獅子を見た」は
上京して初めて暮らした部屋で
文化放送から頻繁に流れてきました。
当時はライオンズファンではありませんでしたが
いつのまにか覚えて口ずさむようになり
知らず知らずのうちに
ライオンズに親しみを持つようになりました。
スポーツ関連の歌を言えば
「ふり向くな君は美しい」からは
涙と汗と放課後の匂いがします。
サッカー少年(元少年)にはたまらないのでは?
最初に就職した会社の部長は
「たたき上げ」の記者で怖かったのですが、
酒を飲むと必ず
ペドロ&カプリシャスの「五番外のマリーへ」を歌っていました。
・・・みんなは「また始まったよ」と苦笑いでしたが、
僕はこの歌が好きでした。
以上の歌はすべて
「阿久悠」さんの作詞です。
すごいなあ。
ほとんど歌えるわい。
・・・ただ、僕はある時期から
阿久悠さんの詞を
あまり聴かなくなりました。
それは、
世の中に「ニューミュージック」が台頭し
シンガーソングライターが主流になっていったから。
アイドル歌手や演歌歌手の歌でさえ
ミュージシャンが作詞したり、
楽曲を提供するようになっていきました。
・・・でも、世代を超えて誰もが歌える歌が
今どれだけあるでしょうか。
今にして思えば「プロの作詞家」というのは
素晴らしい能力の持ち主なのだと感心します
ほかにも「名作詞家」の名前は何人か思い浮かびますが、
皆、ただ言葉を連ねるのではなく
総合プロデューサー的な才能も持ち合わせているように思えます。
世の中にフレーズひとつでムーブメントをおこしてしまうような才能を。
・・・あとに続く人といえば
秋元康さんに思いあたりますが
秋元さんよりも更に若い世代の「作詞家」が
思い浮かびません。
「言葉ひとつで世の中を元気付ける」
そんな阿久悠さんのような作詞家は、
もう出ないのでしょうか?
投稿者 : 15:45
2007年07月30日
感じて欲しいの。(担当☆石森則和)
報道部はじめ、文化放送の総力戦で放送した
参議院選挙開票特番、いかがでしたか?
報道部の記者や技術スタッフらは
何日も前から準備に奔走しました。
各放送局との調整に尽力した国会班の記者さんや技術さんらに
手前みそながら心から敬意を表します。
では、本題。
石森は、今回
自民党本部からの中継を担当させていただきました。
しかし、早々と惨敗の気配。
あまり大きな声は出しづらい
沈痛な雰囲気に満ちていました。

当選確実の出た候補者の名前に花をつけるときにも
安倍総理や、党幹部に
一切笑顔はありませんでした。
午後10時半ごろ、
自民党本部の開票速報場に姿を見せた安倍総理。
テレビ中継がない時間は
まるで開票速報が流れるテレビモニターから
目をそらすように
宙を見つめていました。
両手は爪が食い込むほど堅い拳を握り
ひざの上に乗せたまま。
その姿勢を崩すことはありませんでした。
その傍らの
中川幹事長は
中継が途絶えると身体を大きく横に傾け
今にも椅子からずりおちそう。
青木参議院議員会長も
背中をまるめ小さく見えました。
この両氏は辞意を表明しましたが
安倍総理は続投を表明。
しかし、今回の選挙は
事実上、国民から不信任を突きつけられたかたち。
「参議院選挙は政権選択選挙ではない」などと言わず
真摯に民意を受け止めるべきです。

安倍総理は内閣改造や党の役員人事を行う考えを示していますが
安倍政権の失敗は、そもそも
発足直後の「人事」から始まっていました。
「論功行賞人事」「お友達内閣」
そう呼ばれた人事が、ここにきて
ほつれていったのです。
政策遂行能力と
クリーンさを今度こそ見極めて
実行力のある人を選ばなければならず、
早期に行われるであろう内閣改造の内容が
注目されます。
「成長を実感に」
これが自民党が打出した
今回の選挙のスローガンでしたが
・・・この「実感」が問題なのです。
身内で固めたものの
機能していない人事、
更に不祥事が起きても民意を省みることなく
その身内を守りきろうとする姿勢。
「美しい日本」という漠然とした
保守思想を追い求める姿勢と
国民が「今解決して欲しいこと」とのギャップ。
国民は拉致問題における行動力を期待したのに
選挙戦ではあまり「拉致問題解決」を
主張してこなかったことに対する失望感。
これらのことについての
国民の「がっかりだよ!」感は、
ダイレクトに総理に伝わっていたのか?
それとも
周りの人々に「はだかの王様」に
仕立て上げられてしまっていたのか?
現実を「実感すべき」なのは
安倍政権のほうなのです。
投稿者 : 11:16
2007年07月26日
どうするどうする?どこにする?(担当☆石森則和)
参議院選挙の投開票日が近づいています。
いよいよ今度の日曜日!(29日)
・・・でもでも
僕は明日、投票に行ってきます。
選挙の当日は、特別番組の準備などで忙しいので
「期日前投票」にいくのです。

最近の選挙におきましては
ワタクシメ、
期日前投票を利用することが多いのです。
国政選挙の投票日には選挙特番のために
広島や新潟に中継レポートに行くことが多かったためです。
どうもまだ「期日前投票」を
かつての「不在者投票」と混同しているかたも多いのですが
・・・違いますぜ!
一言でいうと簡単でいいぞ!
投票日に行かなくていいのは同じだが、
基本的な考え方が違う。
そこで、その違いを
教えてほしくなくても教えちゃうぞ。
不在者投票の場合は封筒に投票用紙を入れ、
署名などをしつつ選挙管理者に託すかたちでしたが
期日前投票の場合は自分の住んでいる自治体なら
選挙期日の前でも投票日と同じように,
自分で投票用紙を直接投票箱に入れることができる。
つまり、
封筒に入れて署名する手続きも不要だし
当日、投票にいけない理由については
仕事や学校、病気や出産の場合はもちろん
「レジャーや旅行にいく」という理由でもOKなのです。
(宣誓書の提出は必要だけど、面倒ではありません)
便利、便利。
もっとも不在者投票が
無くなったわけではありません。
名簿登録地の市区町村以外の遠くにいて
期日前投票にもこられない場合や
指定された病院に入院していたり
老人ホームにいる場合などは不在者投票ができます。
ケースに応じて選べばいいのです。
さて、
今回、政府関係者などは
「参議院選挙は政権選択の選挙ではない」などと
与党が過半数割れを起こすことなどを睨んでの
発言をしてます。
いやー、
選挙期間を残しているのに
そんなこと言われたら
テンション下がりますわー。
そりゃあ、確かにこれは総選挙(衆議院選挙)ではないけれど
安倍政権にとって
「初の本格的な国政選挙」ではあり、
国民にしてみれば、初めての
安倍政権に対する「意思表示の機会」なのです。
そもそも現実問題として
あれは「衆議院選挙だから」
これは「参議院選挙だから」と、
投票の意味合いを「別」に考えている国民が
どれくらいいるでしょうか?
与党に入れるにせよ
野党にいれるにせよ
僕らの1票には
重い意味があります。
社会保障の分野で、教育の分野で
憲法問題で、政治とカネの問題で
僕らは今、
大変重要な選択を迫られています。
よく考えて
きちんと、意思を示しましょうよ!

投稿者 : 20:43
2007年07月23日
友からの忠告(担当☆石森則和)
「うわあ、こんなでっけえ県庁舎
必要あるのか?」

文化放送の銀色の中継車が
前橋インターを降りる前、
高速道路から唐突に聳え立つ
巨大な建物が見えました。
群馬県知事選挙の投開票が、きのう行われ
自民党公認の新人で元県議会議長の大沢正明氏が
無所属で現職の小寺弘之知事を破って
初当選しました。
しかし2位の小寺知事とは「わずかな差」
保守王国の群馬で「大差をつけられなかった」ことは
自民党にとってもショックでしょう。
今朝の各新聞の何紙かは
これが「参議院選挙の前哨戦」であるかのような
書き方をしています。
・・・しかし、ここにメディアの落とし穴が。
実は僕は投開票の前日から
友人で、同期の地元放送局の記者に
電話で地元の深い事情を
いろいろ教えてもらっていました。
そしてきょう、実際に群馬(前橋)に行き、
あの選挙が意味するものを
取材することになったのです!
現職の小寺知事は、以前は「自民党推薦」でした。
しかし、自民党はこの参議院選挙の公約として
知事が「多選」されることを禁じようとしています。
これまでのように推薦するわけにはいきません。
・・・というのも小寺知事はは4期16年勤め、
今回の選挙は5期めへの挑戦だったのです。
これが自民党が
大沢氏を「異例の公認候補」にたてた
ひとつの理由です。
また、小寺知事は16年前、
少数派の中曽根系の支持で当選したのですが、
その後、会派が統一されたため
福田系が大多数をしめる中で「孤立状態」になったのです。
このほかにも副知事人事にからむ問題など
いろいろ事情があって「分裂選挙」となったわけで、
・・・つまり「自民のお家事情」なのです。
実際に県民の声を取材すると、
「どちらも保守の人どうしでしょ?
小寺=自民というイメージが強いなあ」
「自民VS野党ではなく
自民党公認VS自民党に推薦されてきた人
・・・という構図だから、
自民党への逆風が吹いている、ということでは
ないんですよ」というような答え。
皆さん、よく分析していらっしゃる。
今回の知事選で
勝った「自民公認」の大沢候補が
「保守王国」なのにも関わらず
無所属の小寺知事に「大差をつけられなかった」のは
「年金記録もれ問題」や
「閣僚の相次ぐ不祥事」が
ダイレクトに影響したわけではないようです。
現在、「保守王国・群馬」においても
自民が長年、議会を独占することに
「嫌気」がさしている人は多いようで、
町の中心商店街で聞くと
「不祥事による逆風が吹いている」というよりも
「硬直した県政に変化を求める」声が
若い世代を中心に噴出していました。
同期で僕と昔から仲のよい記者から「忠告」されました。
「石森が群馬まで取材にきたのはさ、
ほかの全国紙のように、
この結果が参議院選挙の行方を暗示するように
思えたからかもしれない。
けれど
必ずしもそうじゃないな。
おまえは
ミスリードすんじゃないぜ」
地元の記者たちが冷静に分析し、出稿しても
本社で「参議院戦の行方を占う・・」的なことを
つけ加えられてしまうこともあるようです。
ですが、先入観を持って取材することは
公正さを欠く可能性があります。
報道機関が
「自分の想定する結論に向けて取材」するのは
危険を孕んでいます。
取材者の一人として「気をひきしめなければ」と
思い知らされた1日でした。

投稿者 : 18:57
2007年07月20日
報道部元気でチュー!(担当☆石森ボケモン則和)
わーい、わーい!
きょうから夏休みだーい!
・・・て子もいるんでしょ?
きょう、多くの小学校などは
終業式なんだとさ。
で、おりしも、きょう。
「ポケモンセンタートウキョー」が
文化放送の(線路を挟んで)お隣に
リニューアルオープンしたのでした。
今や世界的に知られる
「ポケットモンスター」
そのありとあらゆるグッズが
2000点も売られているのです。
実は「ポケモンセンタートウキョー」
以前は日本橋にありました。
今回はイベントスペースなどもあわせて90坪
通路に余裕をもたせるなど格段に広くなって
ベビーカーでも
悠々と楽しめるようになっていました。
初めてポケモンセンターが日本橋にできたのが
1998年、もう9年になるんだそうです。
エントランスを入ると、
ピカチュウの両側に
最古のポケモンと最新のポケモンが
仲良く並んでいます。
取材の窓口になってくださった宇都宮さんは
「あと10年もしないうちに
初期のポケモン世代が
お父さん、お母さんになります。
いつか親子でここにきて
ポケモンの話をしてくださるのが夢なんです」と
話してくださいました。
子供さんにインタビューするのは
面白いです。
石森:「ポケモングッズで何がほしいの?」
男の子:「・・・ティッシュ」
おはながでてました。
石森:「夏休み嬉しい?」
男の子:「うれしー!」
石森:「通信簿もらった?」
男の子:「(急に暗い表情で)あ、今持ってませんから」
・・・ごめん。
聞いて悪かった。
もっとも今は2学期制で
「きょうは通信簿もらわなかった」という子もいました。
昔とは違うんだなあ。
でも宿題はしっかりあるそうで、
「夏休み新聞の製作」や
(面白そうじゃん)
「夏ドリル」などがあるそうな。
旅行に行く!という子もいたけれど
「箱根」「京都」などの「しっぽり派(?)」
意外と近場です。
「映画(ポケモンや仮面ライダー電王など)」
・・・って子も目立ちました。
「はじめての夏休みなのー」って
にっこりする女の子も。
みんな、
楽しい夏休みになるといいね。
よし、なんとかピカチュウの似顔絵を描こう!

うーむ。
なんだこりは?
下のほうは
いがらしみきをさん風になってしまった。
悪戦苦闘しているのを見かけた
報道部長が・・・
「黄色いペンと四角い紙を用意しなさい」
(?)
みるみる折りあげたのが・・・

おおっ!?
さすが(何が?)部長!
同じ年頃のお子さんを持つ同僚同士で
折り方を教えあったことがあるそうです。
ほ、ほほえましいですね。
投稿者 : 19:25
こ、この落差はなんだ!?
「きたぞっ!」
何が?
鳥だ!飛行機だ!・・・・いや
高尾記者だっ!

きょうは
村上ファンド前代表・村上世彰被告の判決公判。
報道部は特別な取材体制を組んでいます。
石森は8時台に裁判所に到着、傍聴券を希望する人の列に取材し
(驚くほど少なかったのは
普段なら傍聴席を確保するために
社員やアルバイトを並ばせる雑誌などのメディアが
新潟の被災地などに人員を送り込んだためらしい)
村上被告や、検察官が入廷する様子を取材すると午前、9時50分。
ニュースの時間は「午前10時」に迫っています。
僕は取材メモを手に、急いで裁判所の外まで出て行きました。
裁判所内からの中継が
禁じられているためです。(テレビでも外でやってるでしょ?)
実は、判決公判が始まる時刻も「午前10時」
大抵は最初に判決が読み上げられます。
つまりニュースの時間と重なっているのです!
しかし法廷内からレポートすることは禁止。
そこで、石森はスタジオの白井静雄デスクの呼びかけに応じて
村上被告の朝の様子や、
事件やこれまでの裁判についてのレポートを開始、
同時に法廷の中で、
「判決の言い渡し」を確認した高尾記者が裁判所を飛び出し、
人ごみをぬって広い駐車場を縦断!
最高スピードで門を通過、左に曲がったところにいる石森と合流!
(このコーナーリングが難しい)
石森はそのままマイクを高尾記者に渡し、
判決をいち早くお伝えする・・・という作戦です。
ニュースのために用意された時間は「3分間」
果たして高尾記者は間に合うのか!?
午前10時、時報が鳴り、
白井デスクのビロード・ボイスが聴こえます。
「東京地裁の石森さーん?」
「はい!まもなく判決がでますので、
法廷で取材中の高尾記者が戻りましたら、
このレポートが途中であっても、判決内容を報告してもらいます」
さてけさの村上被告ですが・・・」
「きたぞっ!」
一緒にいたドライバーの「ハリカエ王子様」が叫ぶ。
よかった!倒れこむように到着した高尾記者に
マイクを渡す!
「はあ、はあ、はあ」
苦しそうだ。息をひとつ飲み込んだ。
僕は高尾記者の耳を見てぎょっとした!
福耳だったのである。
うそです。
耳の穴!
向こうからも誰かが覗いている!
もちろん冗談です。
「イヤホーンをつけていない」のです!
「高尾君、エアモニ
(スタジオからの呼びかけなどを聴くためのラジオ)持ってるの!?」
「あっ!?ないっす!」
NICE?
「いえ、ないです!エアモニ・・・」
僕の胸ポケットのラジオからイヤホンをひっぱり出し、
そっと耳の穴に入れてあ・げ・る☆
(男の耳の穴に指をつっこんだのは
後にも先にもこのときだけであろう。
もう他人ではない・・・。)
では、高尾記者に判決を伝えてもらいましょう。
「はあ、はあ、はあ、
むっ!村上世彰被告に対し、とっ・・・東京地裁は
懲役2年、及び罰金300万円の実刑判決を言い渡しました。
まっ、また追徴金は・・・
インサイダーにおいて史上最高額をはるかに上回る
11億4900万6326円ですっ・・・・
・・・・はあ、はあ、はあ(言葉にならない)」
うむ。
・・・え!?あと2分以上余ってる!?
そう、予想外に早いご到着だったのです。
でも大丈夫。
石森が高尾記者に
話を聴くスタイルに移行。
厳しい判決に至った経緯と理由が
比較的わかりやすく伝わったのではないでしょうか。(自画自賛)
この事件をずうっと追いかけてきた高尾記者には
何をきいても的確に答えが返ってくるのです。
村上被告は、
ライブドア側から、
「ニッポン放送株を大量に買い集める決定をした」という情報を手にし、
193万株を約99億5千万円で購入したとして、
証券取引法違反の罪に問われていました。
村上被告らは、これらの株を売り抜け、
30億円に上る利益を不正に得たとされています。
(裁判後、村上被告は
保釈保障金7億円で保釈されました)
午後からは、石森は高尾記者と離れて
きょうから発売される「サマージャンボ宝くじ」売り場へ!

「1等前後賞あわせて3億円」
西銀座チャンスセンター前の前には長い行列が。
おお、村上裁判のあとでは
「○億円」についての価値観があやふやになりそうです。
「億、億、億」
・・・なぜか、きょうの取材には「億」が」ついてきます。
よく見ると並んでいる人は
お年寄りばかり。
まあ、平日の昼間ということもありましょうが・・・
当たったらどうします?と聞くと、
「借金を返したい」
「家を買いたい」
・・・そんな声を聴いていたら
せつなくなっちゃいます。
なんだか午前中の話題との落差が激しいな。
高尾記者は食事中も熱心に話します。
「石森さん、村上被告にとって
11億円という金額はダメージかというとですね!」
「あ、それはそうと高尾君、
今夜の飲み会の参加費3000円は誰に払えばいいのかな」
「・・・3000円っすか」
・・・ああ、ぼくちゃん小市民。

あとで領収書まわします。
投稿者 : 00:21
2007年07月16日
祈りのメロディ(担当☆石森則和)
「第1部:新潟での地震発生について」
まずはじめに、
きょう新潟で発生した大地震に見舞われたみなさんに
お見舞い申し上げます。
取材を進めるたびに
亡くなったかたや
けがをされたかたの人数が増えることに、
報道部一同、胸を痛めております。

(↑スタジオを介さなくても各方面とのインタビューを収録できる装置
大きな事件や災害時に活躍します)
柏崎刈羽原子力発電所でおきた火災について
取材をしたのですが
夕方近くになっても、電力会社は
「火災と地震の因果関係」も把握しておらず
「4人の作業員の、けがをした状況やけがの状態」も
わからないとしています。
そんなあ。
最も不安に思ったのは
「火災が発生してから消防署員がかけつけるまでに
1時間もかかっていること」です。
記者会見した担当者らは
「消防の到着が遅れた理由」すらも把握していませんでした。
「これは消防署側の問題ですから」と発言する広報担当者もいましたが
日ごろから消防署との連携をしっかり確認したのでしょうか?
これが「もっと大規模な爆発や火災だったら」と思うと
背筋の凍る思いがします。
電力会社は「重要でない(?)施設の損傷」についても
記者が質問するまで明らかにせず
「不信」という言葉が浮かびます。
さて現地ではガス漏れが多発したため
ガスは止められてはいますが、
ガス管の中にはまだガスが残留しているため
火の元には厳重な注意が必要です。
また土砂災害など二次的な災害の恐れもあります。
現地でこれを読まれているかた、十分にご注意ください。
大きな余震も発生していますし
不安な日々を過ごしていらっしゃるかと思いますが
せめてラジオが機動性のあるメディアとして
情報収集に役立ち、
また「いつもどおり」の音楽やトークが
少しでも
心和ませる役目を果たせますことを。
改めて
心よりお見舞い申し上げます。
.jpg)
「第2部:バーボンストリートに捧ぐ」
先日、20年ぶりに僕のバンドが復活しました。
メンバー全員そろうのは高校以来です。
僕は小学生のころから
「コントラバス(ウッド・ベース)」をやっていたので
高校時代、
ベースが足りなかった先輩たちの「ジャズ・バンド」に
引き入れられたのです。
・・・当時、高校生が「ジャズバンド」を組むのは
珍しかったと思います。
レパートリーは幅広く、
「MJQ」をやったかと思えば
「渡辺貞夫さん」をカバーしたり、
また知る人ぞ知る「ウェザーリポート」のナンバーをライブでやったりしました。
・・・この「ウェザーリポート」には
「ジャコパストリアス」という
超絶技巧のベーシストがいて、
先輩たちに徹夜特訓を強いられたこともありました。
現在、ドラムスは京都大学の教授になり
ピアノは有名な雑誌を立ち上げた編集者、
サックスは浜松の楽器メーカーの社員。
ベースの僕チンは、このとおり。
だから時間的にも場所的にも
集まるだけで大変だったのですが、
不思議なもので「せーの!」でセッションすると
20年の時を超えて、あのころ以上に
自然に音が合ったのです。
ジャズとは不思議な音楽です。

思えば、僕が初めて訪れた「アメリカ」の都市は、
ジャズの聖地「ニューオーリンズ」でした。
世界中のラジオマンが集まる国際会議が
ニューオーリンズで開かれたためだったのですが
合間をぬってフレンチクォーター、バーボンストリートに紛れ込み
現地のジャズ・ミュージシャンや
ゴスペル・クワイヤたちと触れ合いました。
デキシーランド・ジャズの響き遥かに
ミシシッピを何度も渡りました。
「高校時代の僕自身」にこの話をしたら
さぞ、うらやましがることでしょう。
さて、そのニューオーリンズが生んだ巨匠、
味のある「しゃがれ声」と底抜けに明るいトランペットといえば
「サッチモ」ことルイ・アームストロング。
ジャズファンじゃなくても
「聖者の行進」に「この素晴らしき世界」はご存知でしょう。
そのサッチモに魅せられ、
「サッチモ祭」を立ち上げたのは
ニューオーリンズでジャズを学んだトランペッター
外山喜雄さんと、妻の恵子さんです。

27年めを迎える今年も
東京の恵比寿ガーデンプレイスを会場に
にぎやかに行われました。
外山さんは「日本ルイ・アームストロング協会」を組織して、
「銃にかえて楽器を」をスローガンに
ジャズマンや愛好家から寄付された
「使わなくなった楽器」を修理しては、現地の学校に寄付、
10年で650本もの楽器を送ってきました。
外山さんは語ります。
「サッチモは、少年時代、少年院で
小型のトランペットとでもいうべきコルネットと出合い、
ジャズの巨匠になりました・・・」
「銃や麻薬の危険にさらされている貧しい子どもたちに、
サッチモがそうだったように、音楽という希望を与えたいのです」

それだけではありません。
ニューオーリンズは一昨年、
巨大タイフーン・カトリーナに襲われました。
身内や楽器を無くしたミュージシャンもたくさんいます。
外山さんらは臨時のイベントを開き、その援助も行ってきました。
共感したミュージシャンは総勢200人!
楽しみにしているファンは総勢3000人!
夕方5時からは、
その全員が“ニューオリンズの子供達へ楽器を贈ろう”と
寄付金を集めるためのパレードをしました。
実はきょう、
その模様をお届けするはずだったのですが
新潟の地震の発生によりレポートは中止になりました。
しかし、きょうまでに頻繁に外山さんと連絡を取り合い
その熱意に打たれました。
外山さんはじめ、ここに集まった皆さんは
ジャズを教えてくれた街「ニューオーリンズ」に
ジャズを愛する人々のパワーで
恩返しをしようとしているのです!
かの地、ニューオーリンズでは
日本から送られた楽器を抱きしめて
「未来のサッチモ」が笑顔を見せているかもしれません。

(画像提供:日本ルイ・アームストロング協会)
投稿者 : 17:23
2007年07月12日
のぼり旗の謎!(担当☆石森則和)
さあさあ、参議院選挙がきょう公示されました。
警察庁によれば、
きのう現在、早くも選挙違反で警告された件数は
全国で672件!
(3年前の前回に比べ32件減)
内訳を見ますと
「違法な文書の頒布や掲示」が657件で、
全体の97.8%を占めています。
ええっ?
「違法な文書」って
そんなに掲示されてるう?
見かけないよねえ?
・・・と思われるかもしれません。
実は、ここで言う「違法な文書」には、
よく街頭演説で用いられている「のぼり旗」が
含まれているのです!
「ええっ?
結構見かけるよ?のぼり旗!
あれ、違法なの???」
はい・・・そのとおり。
では簡単にこの「謎」をご説明しましょう。

そもそも公職選挙法では、
立候補予定者が
個人の名前を不特定多数の人に見えるように「掲示」できるのは、
ポスター以外では
「そこが後援会事務所であることを示す看板」や
「演説会場であることを示す看板」などに限られています。
よく「あら?こんなところにも後援会事務所が?」
と思うことがありますが、
・・・・そーゆー事です。
しかしこの看板は
「あくまでも事務所の看板」という位置づけなので
道端など、事務所からかけ離れたところに置いてあったら、
もちろんアウトです。
しかも出していいのは3枚までと枚数が決まっていますから
あっちゃこっちゃで見かけたら、そりゃおかしい。
で、問題の「のぼり旗」の話になりますが、
この「のぼり旗」は
実は「看板と同じ扱い」になります。
だから街頭などに立てたら即アウト!
これは選挙期間中であっても期間中でなくてもダメ。
「だけどさー、
よく駅前とかで旗を立てて演説してるじゃん?」
・・・そう、あれ「違反」です。
(ただし選挙カーの上に設置している場合はOK)
でも、彼らは
「それを承知の上で」やっているケースもある!
実は全国各地の選挙管理委員会が注意を呼びかけたところ
新人や当選回数の少ない候補予定者らから
逆切れされたのです!
実は選挙管理委員会に苦情を持ち込んだ人の中には
「名前の売れているベテラン議員」らもいます。
このため、
どうにか名前を覚えてもらいたい「無名の新人候補」は
「俺たちを、いじめるなあ!不公平だぞ!」となったわけです。
でも、それは違います。
そもそも、「この規定」は
「新人らのために作られた」と言ってもいいのです。
地元の有力者などが
金ものを言わせて、たくさん旗や看板を立てまくったら
お金持ちばかりが有利になりますよね。
そこで「看板」に制限を設けたというわけです。
だいたい、
のぼり旗は一般の人の通行を妨げるし
トラブルになって実際にけが人が出た例もあります。
「法律を決める議員」になろうという者が
「勝手な理屈で堂々と法律違反をする」ことが
許されるはずがありません。
「私は法律を軽視している候補です」と
言っているようなものです。
ただし、確かに
「この法律が現実にそぐわない」という声もあります。
でもそれなら、議員になってから改正すべきなのです。
僕が新人のころ、ある選挙の取材中
関係者から
「公職選挙法なんか守ってたらさあ、
選挙なんてできねえんだよ!」という声を聞き、
ショックをうけたことがあります。
きっと僕が新人だったから油断して
本音が出たのかもしれません。
今度の選挙で当選した議員は
「憲法改正」などに関わってくる人々です。
議員や閣僚の不正が目立つこの頃ですが
私たちも慎重に選ばなければいけません。
選挙運動の様子も、そのヒントになります。
(・・・この話は実はまだまだ奥が深く「裏話」も多いので
機会がありましたら放送でもお話したいと思っています。
その話、ブログで読んだよ~?なんて言わないで聴いてちょ)
参議院選挙の投開票は今月29日!
文化放送でも
特別番組を放送します。
ぜひお聞きくださいね。
投稿者 : 18:14
2007年07月09日
夕焼けの実(担当☆石森則和)
きょうの浅草寺は一段とにぎやか。
200年続くという「ほおずき市」が
開かれているから。

きょうとあすは、
「参拝すると四万六千日分のご利益がある」
そんな都合のよ・・・もとい
ありがたい縁日なのであります。
境内には、
250店にのぼる露天が軒を連ね
無数の「ほおずき」の鉢が売られています。
真っ赤じゃないんだ、
夕焼け色。
一つ一つの鉢には
色とりどりの風鈴がセットになっていて
夕空を渡る風に遊んでいます。
石畳の上にカランコロンと下駄の音。
威勢のよい売り声。
しゃんしゃんしゃんと手打ちの響き。
「これ買わなきゃ夏がこないのよ」
仲のよい老夫婦が幸せそうに笑う。
「今年もここにこられた。
それだけでご利益なの。
まだ青いほおずきを買ったの。
ずっとずっと長く楽しめるから」
「ほおずきは、昔は薬だったんだよ」
というのは、鉢巻姿の売り子のおじさん。
「ほおずきを水で鵜呑みにすれば
大人は癪を切り、子供は虫の気を去る、とね」
ちなみによく時代劇で
「持病の癪が・・・」というシーンがでてきますが
これは「胃痙攣」のことのようです。
風鈴が鉢についているのにも理由があって
「風鈴の澄んだ音には
夏に流行りやすい疫病を、遠ざける働きがある」
と信じられていたんですって。
実は別の説もあります。
(どうじゃこの取材力!
・・・なんつって
最古参の「ほおずき業者」の
名物おばあさんに聞いた話)
源頼朝が奥州征伐の時に
浅草に露営したのですが
このときの兵隊たちは
なんと!
「誰も蚊にさされなかったのです!」
・・・何よ。
ほら、もっとテンションあげて読んでよ。
「蚊かよ!」って言わないで。
でね?
調べてみると
このあたりは無数の野生のほおずきがあり
「蚊は人間の血よりも
熟したほおずきの汁が好きなので
虫刺されの被害が少なかった」
と結論付けられたそうな。
それが「ほおずき市」の起源だとの説も。
うーん、そんなに虫さされが嫌だったのね。
逆に当時の人々をリアルに感じます。
さて、そんなことを石森が取材中、
ドライバーのハリカエ王子様と
技術のたきちゃん♀は何をしてたか!
ってゆーと
「ほおずき市」を満喫していました。
あんず飴も仲良く食べたらしいっす。
(※言っておきますが二人とも仕事に関してはプロ中のプロ)
お客さんへのインタビュー中に
人ごみのなかから僕の前に現れた2人は
浅草名物「あげまんじゅう」を
差し入れしてくださいました。
ごちそうさま。(おいしい)

たきちゃん♀は
露天のおじさんに、
「いやー、ゆうこりんに似ているね」と言われて上機嫌。
(さすが商売人・・・)
前回、取材にきたときに
おみくじで「凶」を引いたたきちゃんも
今回は「吉」でした。・・・ご利益あったかな?

でも、そんな20代前半の
たきちゃん♀は
「ほおずき」を知りませんでした。
露天に並ぶ「ほおずき」を見て、
「柿の干したの?」(干し柿のことか?)だと思ったそうな。
うーん、まあ似てるっちゃあ似てるかなあ?
さらに、あの
ほおずきの中には「玉」のような
可愛い実が入っているのですが
・・・中は空洞だと思っていたそうです。
うーむ。
僕の頭の中が空洞になりました。
でも、知らないのかもね。
最近の子は。
「じゃあさ、たきちゃん、
ほおずきの実って
音が鳴るのを知ってる?」
・・・って聞いたら、
(きゅきゅって鳴るんですよね)
「ああ、
ぱーーーーーーんっ!って音ですよね」
にぎやかだろうね。
そんな「ほおずき市」だったら。
ぱんぱんぱぱーん!
ぱぱぱんぱん!
投稿者 : 17:28
2007年07月05日
大問題!(担当☆石森則和)
きょうは、取材のために
いつもより1時間はやく出勤。
・・・と思ったら、1時間半早くついてしまったので
文化放送のビルの2階にあるカフェで
朝ご飯を食べることに。

おいひー。
じゃがいもがサクサクのパンなのさ。
食事はモチベーションに関わります。
僕らの仕事は、
昼ご飯を食べる時間もまちまちだし
食べそびれることもあります。
ひとつの取材が終わり、
中継車のとめられるファミレスを見つけて入る。
メニューを広げ、お冷を一口飲む。
どれにしよっかな?
餃子定食にしようかな?
あ、でもタンタンメンも捨てがた・・・
「ぱらりーらーぱりぱっぱっぱー」
(着メロ:ファイナル・カウトダウンBYヨーロッパ)
石森:「はい2号車ですっ!」
デスク:「竜巻が発生した!現場に急行せよ」
さようなら。
僕のタンタン麺。
(BGM:哀愁のヨーロッパBYサンタナ)
生まれ変わったら一緒になろうね。
・・・てなこと言ってる場合じゃなく
既に、ドライバーのハリカエ王子さんは
中継車のアクセルを踏み
石森は車内から電話で取材を開始して
ペンを走らせ
技術のたきちゃんは
涙で小坂明子の「あなた」を歌いだし、
またしても中継車を蛇行させていたのであった。
事件の取材の場合
僕ら記者は、とにかく現場にかけつけ
証言を集めたり、現場の状況を詳しく調べます。
また地元の警察署に行って話を聞いたりもします。
これらの時間は
ドライバーと技術さんは休憩できるので
この時間に食事に行っていただくようにしています。
僕の場合、食事は抜いています。
ただ、先日の事件を除いては・・・。
先日起きた事件では
事件の当事者のことを知っているかたがあまりに少なく
僕は途方にくれていました。
でも、ふと見ると
事件現場となった民家の裏に
一軒のちょっと高級な「おそば屋」さんが。
しかしあまりに現場に近く、
営業にも「捜査の影響」がでていそう。
そもそもこの店が
他社の取材に答えている気配がない。
でも、僕は「賭ける」ことにしました。
お店に入って「月見とろろそば」を注文。
案の上、捜査の影響で
ほかの席は空いていましたが
敢えてカウンターに座りました。
カウンターにはテレビがあります。
テレビではまさにこの事件の報道が。
テレビを見ながら
お店のかたと言葉を交わします。
しかし無口で、
あまり事件については踏み込んできません。
うーん、進展なしかあ・・・。
月見とろろそばが届く。
「心ここにあらず」のまま一口。
「!」
爽やかな「そば本来」の香り、
するっと入っていく「のどごし」
ひそやかな甘さと深みあるダシの風味が
やさしく「そば」にからみ、
舌の上で、軽やかに散っていく「つゆ」
自分でも思いがけなく
自然に口をつきました。
「何これ?おいしい・・・」
そのとき、お店のかたが
初めて目を合わせてくれているのに気が付きました。
本当に嬉しそうに「ね?」って。
夢中で食べちゃった。
会計の時に
遠慮がちに「取材に答えていただきませんか?」
・・・と言いかけると
お店のかたのほうから話してくださいました。
「犯人が、よくこの店にきていたこと」
「しばらく前から急に様子がおかしくなったこと」
etc.etc・・・
人から話を聞きたいときは
自分から素直に心を開くことかも。
「賭けてよかった」
これがホントの
「かけそば」
現場が住宅街や、山間部などの場合
食事をしたくても、お店がないこともあります。
急遽向かうことになった事件現場の地名を見て
ハリカエ王子:「うーむ、知らん土地だが、きっと食べるとことないぞ」
たきちゃん:「ひぎいっ!(断末魔?)」
ハリカエ王子:「仕方ない。近くのマク○ナルドで買っていくか」
たきちゃんは店まで走り、ダブルチーズバーガーのセットなど
3人前を抱えて帰ってきたのです。
そして車の中でもそもそ食べました。
「ほんとうはお店で食べたいねえ」
きょうの現場は2時間近くかかる地方。
ほかの放送局の中継車が並ぶ道路沿いに車を止めた
そして3人が見たものは!
「マク○ナルドの看板と広い駐車場」でした。
「・・・。」

泊まりデスクの夕食用の出前メニューは
浜松町に移転してからの短期間に
膨大な量に!
このファイルは永野記者の
「きょうは和風ハンバーグっぽいものがたべたいの」の
「ぽい」の部分に悩むバイト君の「強い味方」なのである。
投稿者 : 20:30
2007年07月02日
男の乳首にだまされるな!(担当☆石森則和)
映画「ブレイド・オブ・ザ・サン」という映画をご存知でしょうか?
・・・と、書いてはみたものの一般公開されてはいません。
(上の画像も無関係です)
大神源太主演、ジェフ・スピークスマン共演のアクション映画です。
僕は、きょう、この「大神氏」に会いました。
ええっ?これがあの人?という印象でした。
あのランボーばりの筋肉を誇っていた肉体も痩せ
顔つきも「おどおど」しているように見えました。
しかし、その眼差しが厳しくなった瞬間があったのです。
それは、「懲役18年の実刑判決」が言い渡されたときでした。
はっ!として、次の瞬間
自分の弁護士をにらみつけましたが。
弁護士は顔をあげず
大神被告と目をあわせようとしませんでした。
高配当をうたい、
通信販売事業などへの投資名目で
資金を集めていた「ジー・オーグループ」による巨額詐欺事件で、
詐欺などの罪に問われた元会長、大神源太被告(44)に対し
東京地裁はきょう、求刑どおり
懲役18年の実刑判決を言い渡しました。
大神被告らは「通信販売事業への投資で高配当が得られる」などと
会員に嘘の説明をし、
1997年から2002年にかけ
135人から総額13億4000万円をだまし取っていたものです。
具体的には
会員が販売商品のカタログの中から
売れそうな商品を選び、
テレビなどへのの広告費名目で、一口2万円から数万円投資します。
その商品の販売実績に応じて、
出資金に配当金をプラスした額が振り込まれるというものでした。
・・・が、結局振り込まれない。
会員への債務残高は少なくとも百数十億円に上り
実質的な被害は起訴された金額の十倍を越えることになります。
制作費5億円をかけ、自分で主演したこの映画
「ブレイド・オブ・ザ・サン」は
全世界で180億円の興行収入を見込んでおり
その収益で会員らにお金を返そうとした・・・というとりますが
まあ、現実的ではないですよね。
「つーか、やりたかっただけだろう!?」
と、つっこみたくなります。
すっごく「自分大好き」なんだろうなあ。
彼のことを思い出すとき、
まず頭に浮かぶのは
あの黒いシースルーのシャツでしょう。
人それぞれでしょうが
・・・男の乳首は苦手です。
あのスケスケシャツはベルサーチで30万円もするそうです。
でも、苦手なものは苦手です。
大神被告は10億円以上を不正に手に入れ、
ブランド品の服を着て高級外車を乗り回すなど
贅沢の限りを尽くしていたといいます。
また、めくってもめくっても自分の写真が出てくるカレンダーを作ったりと
そのナルシストぶりには驚かされます。
・・・でもねえ。
被害者のかたは本当に気の毒ではありますが
率直な感想として
「なんでこんな明らかに珍妙な人物にだまされてしまうのだろう?」
と不思議でたまりません。
なぜ、彼を安易に信じようと思われたのか???
どうぞ皆様、慎重に。
おいしい話には裏があります。
自分だけは大丈夫・・・だと思ったと
よく聞きますが
そんなかたに限って、ひっかかっちゃう。
楽してお金はもうかりましぇんぞよ。
投稿者 : 18:38
2007年06月28日
清く正しく(担当☆石森則和)
ネットとメディアの融合なんて
今ではとっくに当たり前になって
「懐かしい」気すらします。
さて、本日は株主総会の集中日。
TBSでも株主総会が行われました。

(注:これは文化放送報道部のブログです)
この取材に行ってきたのですが
実はラジオで経済の問題を伝えるのは難しいのです。
グラフや表を使うことはできないし
細かい数字の羅列だと、聞いているかたにもわかりにくい。
そこで、とにかく、わかりやすくわかりやすく
伝えなければいけません。
でも逆にこれ、勉強になります。
難しいことを簡単に伝えるのは難しいのだ!
焦点は筆頭株主である楽天が
TBS株を20%超まで買い増すとしているなかで
「TBSの提案する買収防衛策が
株主の支持を得られるか?」ということでした。
両者はそれぞれの提案に賛成する株主から委任状を集める
「争奪戦」(プロクシー・ファイト)を繰り広げましたが
結局、系列局など関係する法人株主から数多く取得し
「行使された議決権の77%が賛成」という
圧倒的勝利をおさめたのです。
出席した株主らにも取材したのですが
楽天側は三木谷社長も出席せず、
会場の雰囲気は、TBS側に完全に傾いていたそうです。
なぜ三木谷社長が出席しなかったかについて
国重副社長は
「本人は出たいといったが、私が止めた。
なぜ三木谷社長が社外取締役になるのが嫌なのか、を問いたく、
そのためには本人がいないほうがよかった」と言っていました。
(国重副社長)
「楽天を応援しようと思ってきた」という株主は
「がっかりした。社長は自分の考えを明確に述べるべきだった」として
票を入れなかったと話していました。
他にも何人にも聞きましたが
「三木谷社長が出席しなかった」ことは
立場を問わず、株主の目にはかなり印象が悪かったようです。
圧倒的大差でTBSが力を見せつけたかたちになりましたが
実は、勝負はこれで終わりではないのです。
株主の皆さんは承認してくれたけど
じゃあ、
いつから「買収防衛策」を発動するの?
・ ・・ということになりますが
① TBSの第三者機関が、楽天を「乱用的買収者」と認定するかどうか。
② それを踏まえて9月12日までに決断、
③ 臨時株主総会を開いて株主の判断を仰ぐ。
となるわけですが、きょうの結果を見る限り
上の流れは実行される可能性が高いでしょう。
ところが楽天もだまっちゃいません。
もし発動されれば法廷闘争に持ち込む構え。
そうなると長期化する可能性もあります。
そもそもなんで、
一方のIT企業がなぜ放送局の株を欲しがるのかというと
簡単にいうと「コンテンツ」つまり
番組などのソフトが欲しいからです。
それをビジネスにつなげることができると考えている。
ただユーザーとしての立場で冷静に考えると、
これはネットで過去の番組を見たりできるなどの
便利さがあったとしても
「番組の質の向上」とはあまりつながらない気がします。
まず、質のいいコンテンツをつくり続けること
それが一番大事。(なんかこんな歌あった?)
なのに。
放送局が大株主を持つと、ある危惧が生まれます。
それは「放送の公平性」が妨げられるから、と言われます。
大きな株主の存在や意向は放送の内容に影響し
偏りがおきてしまう恐れがあるのです。
(ただ、もっと生臭い企業の論理が働いていると
指摘する声もありますが)
・・・なんて書きながら
番組を送り出す立場として
うーむ。
質のいい番組を、公平に伝えなければと
襟をただすのでした。
Tシャツだけど。
投稿者 : 20:51
2007年06月25日
無くした想い(担当☆石森則和)
奥山記者は優しい。
裁判所での取材を終え、雨に濡れながら警視庁の記者クラブに行くと
奥山記者がご飯をたべながら仕事中。
僕も食事を取ることにして、傘と鞄を置いて食堂に行きました。
食事から戻ると窓際のエアコンの傍に
僕の傘が広げてあり、
「乾かしておきましたよ」
・・・うっかり結婚を申しこむところでした。
男同士ですけど。
えー、何が言いたいかといいますと
人間、
「相手を思いやる気持ち」が大切だということ。(おお)
午前中に会見したのは
「袴田事件の一審で死刑判決を書いた元裁判官」でした。

袴田事件は1966年に一家四人が殺害された事件。
元プロボクサーの袴田死刑囚が逮捕され
すでに死刑が