2008年11月30日
ZIDORI物語(担当☆石森則和)
いやあ、もう
早いもので今年も残すところ
あと一ヶ月ですね。
報道部では今、
通常のニュース取材に加え、
恒例の「マイクの1年」など
今年1年のニュースを振り返る企画を進めています。
わたくし石森と、吹野記者は
文化放送のオンエアで不定期に流れる
1本40秒ほどの
「ニュース プレイバック2008」を制作中。

(↑編集中の吹野記者)
12月、後半から
20本ほどが流れる予定ですが
今年も
絞り込むのに苦労するほど
様々なニュースがありました。

(↑思い入れのあるニュースを40秒にまとめるのは難しくて
何度も書き直しました)
自分たちが現場で録音してきた音を
聞き返していると
あのとき
「取材に答えてくださった
大地震の被災地のかたがたはどうしているかなあ」とか
「事件の被害者や遺族のかたがたは
どんな想いで年末を迎えるのだろう」と
様々な想いを抱きます。
「ニュースプレイバック2008」
どうぞお聴きください。
では、今回の本題。
「地鶏」
宮崎で炭火焼を食べたときには
香ばしくて美味しかったなあ。
僕にはちょっと
脂が多い気もしたけどね。
・・・そのジドリではない。
この場合の「ジドリ」は、
事件現場などで、近隣の人々から
目撃情報や地域の事情などを聴いてまわる取材のことです。
以前、ジドリで入った老夫婦の家で
「お手洗いを使っていきなさい。
外の仕事はつらいだろう」
・・・とおっしゃっていただきました。
おろろーん。
先日も
ある事件現場で取材をしていたのですが
なかなか有力な情報が得られない。
テレビで頻繁に流されている目撃情報は
実際に現場で聞いてみると
さほど信憑性がないのです。
どーしよっかなー、と佇んでいると
現場のすぐ近くから
おばあさんがトコトコと出てきました。
昔話に出てくるような
優しそうなおばあさんです。
聞いてみると
このおばあさんは、
体を悪くしていて、ここ数日ずっと寝込んでおり
事件が発生したことも
家の人に聴いて知ったとのこと。
でも夕方の時間だけは報道陣が少ないので
(注:各社、ニュースの準備をする時間だから)
新鮮な空気を吸うために外に出てきたのだと。
僕はなんだか
申し訳ない気持ちになりました。
「・・・すみません。
こんなに静かな街なのに報道陣が押しかけて、
落ち着いて休めないですよね?
ご迷惑でしょう?」
すると、おばあさんは、
「いいえ、迷惑なんておっしゃらないでください。
外での取材、寒いでしょう?
記者さんも頑張ってくださいね。
私は情報は何も持っていませんが、
皆さんの報道が
少しでも早く犯人逮捕につながることを
願っているのよ」
おろろーん!
ばーちゃーん!
ありがとう、おばあちゃん。
あ、そういえば
ポケットにフリスク(超強力ミント)が。
・・・食べないやね。
さらに古いアパートの前では
5~6才の男の子が
ひとりで自転車(補助輪つき)に乗って遊んでいる。
この付近には規制線が張られ
通学路は通行止め。
集団下校も行われており
遠くまで遊びにいけないのです。
子供にしてみりゃ
ぷんぷん!だろうなあ。
すると
男の子の自転車(補助輪つき)が
マイクを持った僕のほうへ
近寄ってきました。
なんだなんだ?
「おじさん、あっちいけー!」
とか言われちゃうのか?
(経験に裏付けられた被害妄想)
すると男の子は
僕を見上げ、
こう言ったのです。
「ぼくのおはなしは
きいてくれないの?」
えーと、
日曜日には
パパがブロックで遊んでくれるんだそうです。
また、怪獣ごっこでは
いつもパパが「怪獣パパゴン」で(以下略)
・・・以上、現場からお伝えしました。
ひゃー、
かわいいなあ。
あ、そういえば
ポケットにフリスク(超強力ミント味)が。
食べ・・・ないって。
悲惨な事件現場として
連日テレビに映し出される街にも、
まっとうに心を痛めた、
優しい人々が暮らしているんさね。
投稿者 文化放送報道部 : 16:14
2008年11月14日
これが現実になりませんように(担当☆石森則和)
まず、ニュースパレードアネックス
お聴き頂きましてありがとうございました。
番組内では読みきれませんでしたが
たくさんのメールをいただきまして感激です。
石森が担当した日は
東京地裁の判事をお招きして
裁判員制度についてお届けしました。
せっかくの「アネックス(別館)」ですから
わかりやすいことを前提に
スタッフとも話し合って
あえてDJ調のしゃべりでお届けしました。
ニュース番組としては異色の手法だったと思いますが
お聴きいただいたかたの感想を聞いたり
お寄せいただいたメールを読みますと
多くの方には好評でほっとしています。
・・・では、
今回のブログ、はじまりはじまり。

これは
東京都が中心となって行った
1000人規模のテロ対策訓練。
先ごろ、東京ビッグサイトで行われたものです。
今回の特徴は
「ダーティー・ボム」が
テロに使用されたという想定で行われた
国内初の実動訓練だったことです。

(人々が吹き飛ばされた現場に駆けつけた自衛隊車両)
ダーティー・ボムとは
爆発によって放射性物質を撒き散らすという爆弾で
核兵器ではありませんが、
深刻な放射能被害をもたらすものです。
このため、警視庁や東京消防庁、自衛隊だけではなく
放射線や原子力の専門機関も参加していました。

ビッグサイトの受付付近には
模擬爆弾が用意されました。
東京都の担当者は朝早く集まった我々報道陣に対し
注意事項を伝えます。
「えー、今回の模擬爆弾は
爆発の際、非常に大きな爆音がします。
また、銃撃戦の訓練も皆さんの間近で行います。
鼓膜が破れるという可能性がありますので
私たちには耳栓が配られていますが
皆さんのぶんはありませんので
ご注意ください」
早く言えー!
こっちはヘッドホンをしていて
耳を塞ぐわけにはいかんのじゃ。
どかーん!
ばきゅーん!ばんばんばん!
・・・じいいいいいいいん。
なんとか鼓膜は無事でした。
被害者役の人たちが
一斉に倒れこみます。
訓練は
体についた放射性物質を除去するための
特殊車両が使われたり
リモートコントロールで動く
無人のレスキューロボット
「ロボキュー」が登場したりと
大変興味深いものでした。
このレスキューロボ。
キャタピラ付の大きな蟹みたいな感じ。
ガンタンク(わかる?)的なイメージです。
倒れている人のもとに近づいていて
2本のはさみで体をつかみます。
いったいどうやって運ぶのだろう?と思ってみていると
口がぱかっと開いて
その中に飲み込んでいきました!
ビジュアル的に
すごいものがありました。
思わずその技術に感心。
ただ、音を録音するのが忙しく
ロボキューの画像は撮ってません。
興味のあるかたは
東京消防庁の「消防装備」のページをどうぞ。
ところで。
なぜ、こうした訓練が行われるのか。
有事などを想定したいわゆる国民保護法では
各自治体が人々の救助にあたる、としているためです。
なぜかというとテロや戦争が起きた場合、
警察や自衛隊などは
テロリストや「敵」と戦うことに集中するため
実際に人々を避難させたり救助するのは
自治体主導でやることになるためです。
指令本部のボードに貼られた地図を見ると
お台場付近を中心とした同心円が
東京全域に広がっていく様子にぞっとしました。
・・・それは放射能の飛散地域を示していました。
かねてから言われていることではありますが
不審なものや不審な人がいないか
気をつけることの重要性を改めて思いました。
※12日が担当日だったのですが本日UPしました。
投稿者 文化放送報道部 : 12:57
2008年10月27日
悲しいネックレス(担当☆石森則和)
まずはお知らせから!
永野記者のブログにもありましたが・・・
文化放送報道部では
あす28日~30日までの21時~22時
「 ニュースパレード ANNEX 」を放送します!
3夜連続のスペシャルで
28日は永野景子記者、
29日は、石森が、
30日は鈴木敏夫デスクがキャスターを勤めます。
石森の担当する29日(水曜日)の
「スペシャルアネックス」のテーマは
「あなたも裁判員!・・・というけれど」
まもなく始まる裁判員制度。
・・・しかし、正直な所
「呼ばれたくないなー」と思ってる方が
国民の7割といいます。
仕事休めないんだよな~?
育児が大変なのよ~?
法律のことなんか知らない俺が
裁判員やってもいいの~?
疑問や不安は沢山あるはず。
そんな疑問を
スペシャルゲスト(超スペシャル)とともに
解消していきます。
つきましては
あなたからのメールを大募集。
具体的な質問や
ご意見をお寄せ下さい!
抽選ですが図書カードも差し上げます。
あてさきは
iken@joqr.net
・・・です!
では、本題。
今回は「振り込め詐欺」の話を。
(ちなみにニュースパレードアネックス初日は
永野景子記者が、この問題に深く切り込みます!)
警視庁の
振り込め詐欺撲滅キャンペーン。
僕は島倉千代子さん、
堺正章さんが出演する啓蒙イベントを取材しました。
↑島倉さんはどこでしょう。
こちらは堺さん。

参加者のお年寄りに聴いて驚くのは
実際に振り込め詐欺の電話がかかって来たというかたが
多いこと多いこと。
気をつけてねというと
「だいじょうぶ、わしゃひっかからん!」とケタケタ笑う。
・・・いやいや
電話がかかってきたら
これはもしかしたらと思ったほうがいいですよ。
先日
警視庁内で
振り込め詐欺の被害をまとめた
「地図」を見せてもらいました。
白地図に
いろんな大きさの丸が並んでいます。
丸の大きさは
そのポイント(地域)の
被害者の数や犯行に使われたATMを表しています。
ふと気がつくことがありました。
大きな丸が東西に連なっているのです。
まるで大玉のネックレスのように。
なんですか?このネックレスみたいなのは?
「中央線沿線で被害が大きいのです」
なるへそ!
そのほか
京王線など
都心と多摩方面をつなぐ路線沿いに
被害のラインが出来ていました。
つまり。
古くからの住宅地にあり、
お年寄りがよく使うであろう
駅のそばの銀行が犯行に使われるのです。
そして
都心部の上のあたりと
多摩地区のある区域にも
集中して大きな丸が集まっています。
まるで
からまったネックレスのように。
これは?
「なぜこの地域に多いのかはわからないのです」
・・・いえいえ、わかりますって。
この地域は
「光が丘」、「高島平」、「多摩ニュータウン」じゃありませんか。
いわゆる高度経済成長後に出来た
かつての巨大団地。
いわゆるニューファミリーの住んだ地域です。
子どもが大きくなって街から離れ
住民は高齢化し、独居老人も増えています。
僕も様々な取材で訪れたことがありますが
多摩方面などでは「廃墟化」が進んでいました。
ここには相談できる人も身近におらず
家族も遠くに住んでいる方が多いのです。
つまり孫などが
今どういうことをしているかも知らない。
いや、教えてもらえない。
未だにオレオレに騙されるお年寄りが多いのは
孫思い・・・ということもあるでしょうが
それだけではなく
疎遠になっている孫が「自分を頼ってくれてる」という
切ないほどの想いが
「頼むから、ふりこませてくれ!」と
行員を怪我させるほど
暴れることにつながるのかも知れません。
日頃から
家族同士で声をかけあう。
それも大事な
振り込め詐欺対策だと思うのです。
投稿者 文化放送報道部 : 18:36
2008年09月08日
「ソコダイジナトコ」(担当☆石森則和)
今、朝の5時前なんですけど
さっきブログの当番表を見て
実は4日が僕の担当だったことがわかり
「懺悔の意味」で書いてます。

↑反省している姿。
・・・もうすぐ「ニュースデリバリー」本番の時間です。
さて、
最近は大相撲の麻薬問題と
福田総理の辞任に伴う
自民党の総裁選の話題を取材することが多いです。
(幅広いでっしゃろ?)
どちらの現場でも共通するのは
ずーっと待機することが必要なんだけど
かといって常に周りの様子注意していないと、
どこでどんな会見や出来事が起こるかわからないということ!
トイレに行くタイミングを選ぶのも緊張します。
あと、
登場人物に大人気ない人が多い(苦笑)ということ。
どっちも自分勝手な言い分が多いんだよ!
「一般の社会では通用しないわがまま」が
「政界」と「角界」では通ってしまうのでしょうか?
というわけで、夏も終わりだというのに
「取材で日焼け」してる石森なのでしたー。
顔だけね。
そうそう。
せっかくの機会を頂きましたので
お知らせさせてください。
不詳、じゃなかった
不肖、私、石森則和。
今度の金曜日(12日)「吉田照美ソコダイジナトコ」で
照美さんの夏休みピンチヒッターとして
パーソナリティーを担当させていただくことになりました。

少年時代から親しんだ文化放送で
少年時代から好きだった照美さんのピンチヒッターということで
正直、とても光栄です。
関係者の皆様に感謝です。
番組では、その朝のタイムリーなニュース、話題はもちろん、
取材の裏話、「大好きな音楽」の話などもする予定です。
本業は記者ではありますが、
その日だけは立場にとらわれす
1人のパーソナリティとして楽しい番組にしたいと思っています。
もちろんメールも読みます。
どーぞ皆様、
(助けると思って・・・笑)番組にメッセージをお送りください。
宛先は、メールなら、soko@joqr.net
お手紙なら〒105-8002 文化放送『吉田照美ソコダイジナトコ』です!
番組URL:http://www.joqr.co.jp/soko/
どうぞ
暖かい目で見守ってください。
そうそう、「暖かい目」といえば
先日の「サテライトプラス」における
鈴木純子アナと石森が組んだユニット「どまどま」のライブ。

まさかの大盛況(?)でした。ありがとうございました。
「今度いつやるの?」という意外な声もたくさんいただき
本人たちは喜んでおります。
いろいろご感想もございましょうが
きちんと本業の記者としても
今後も精進しますので
どうぞ
ながああああああああああい目で
見守ってください。
投稿者 文化放送報道部 : 04:50
2008年08月18日
夏のモノローグ(担当☆石森則和)
第一部『ふるさと』

2008年8月15日の空です。
僕は今、
ある出来事を追いかけて
旧日本軍の兵士だったかたを取材しています。
「私はね。
なまじっか生き残ってしまったために
後ろめたさの中で生きてきたんです」
うめくように語った元兵士は、
取材の合間に、
呟くように言いました。
「靖国神社に閣僚が参拝するのしないのと
今年もマスコミは取材するんでしょう?」
ただ、その是非については何も語らず、
記憶の糸をたぐるように続けました。
「戦闘に加わったものとして
伝えておかなくてはいけないことがあるんです」
「伝えておかなくてはいけないこと?」
「あす、いよいよ全員戦死、という日。
上官はこう言いました。
いいか。
みんな、
死んで魂になったら
ふるさとへ帰ろう。
あの時、
少なくとも私たちは
大事な両親や妻、子供たちのために戦っていたんです。
あの兵士たちの
ふるさとの村や町、我が家を思って命を投げ出したその想いは
どこに行ってしまうのでしょうか」
8月15日
靖国神社での取材。
心を掻き乱すような蝉時雨の中で、
もし自分が兵士だったら
何のために戦うだろうと思いました。
そのとたん、
昔話のように教えられてきたあの『戦争』が
体温のある生き物のように
生臭い息を吐いたような気がしました。
僕なら。
第ニ部『余興魂』

今週の金曜日(※8月22日)
文化放送の正面広場で開かれている「サテライトプラスライブ」に
鈴木純子アナと組んだ音楽ユニット「どまどま」で出演します!

入場無料だよ~ん。
結成は、十数年程前のこと。
オリジナル曲を中心に
イベントやストリートでライブを行ってきました。
幻のCD「ラムネ色の空」もリリース。
作曲にはプロミュージシャンのSHIMEさん
編曲にはクレヨン社さん(加藤さん)も参加してくださいました。
(※この曲も久々にやる予定です)
でも、ここ10年は
充電状態だったのです。(何をだ)
参考までに
それぞれの音楽歴は・・・
石森:
小学5年生からコントラバス、翌年からギターを開始。
高校の時、オーケストラの先輩からバンドに誘われ、
人生で初めて自分の声(歌)がラジオから流れたのは
ヤマハのポプコンの応募曲をかける某番組でした。
鈴木アナ:
実は、なんとサックスが吹けます。
ウクレレも弾けて、
番組で披露したことがあります。
このとき、ラジオの前に犬が集まったとか、
壊れた時計が直ったとか、
長年悩んだ肩こりが治った人もいるらしいです。
2004年11月21日には
「キツネとタヌキ」(夜明けの惑女)でデビュー。
テレビの歌番組への出演も果たしています。
あとビールをすごく飲んで
ふにゃふにゃになります。
ライブスケジュールは
以下のとおりです。
18時ライブ開始
1組目:どまどま
2組目: Ragdollさん (ダンス系!)
3組目 クノシンジさん
(文化放送オリンピック中継のテーマソング「ヒカルミライ」)
※ただし、石森の本業は報道記者。
当日、その時間に事件や記者会見などがあった場合には
鈴木アナのソロになります。
また、天候によってはライブが行われない場合もあります。
果たして、石ちゃんは本当に登場するのか?
それは「蟹の味噌汁!」
もとい。
「神のみぞ知る!」
そのあたりも含めて(笑)お楽しみに。
投稿者 文化放送報道部 : 17:10
2008年07月31日
暑いけど元気?(担当☆石森則和)
「第1部:風化させない」
「現場に寄ってもいいですか?」
八王子駅前に向かっていた中継車のドライバー・HARRYさんに
3人の尊い命が奪われた現場に向かってもらいました。

1995年7月午後9時15分ごろ。
東京八王子市にあるスーパー「ナンペイ大和田店」の2階事務所で
パートの稲垣則子さん(当時47歳)と、
アルバイトで高校2年の前田寛美さん(当時16歳)、
矢吹恵さん(当時17歳)の3人が
至近距離から頭などを撃たれて死亡しているのが見つかりました。
また、金庫にも弾1発が撃ち込まれていましたが、
売上金など500万円は手付かずでした。
鍵はささっていましたがダイアルが開けられなかったようです。
時候まで、あと2年。
この事件は犯人逮捕に結びつく有力情報の提供者に、
懸賞金を出す「捜査特別報奨金制度」の対象となりましたが
(報奨金の額は、上限300万円)
1年たっても有力情報は寄せられず、
もう1年延長となっています。
捜査本部では30日、八王子駅前で
町の人々らとともに80人体制で、
情報提供を求める文章が印刷されたメモ帳や
クリアファイルを配布しました。
これを取材するため、駅へ向かったのです。
そこから1~2キロの住宅街に
「スーパー・ナンペイ」跡地はありました。
本当にここなのか?
・・・そう思うほど、そこは「日常」で、
現在は平地の駐車場になっていました。
(※98年に閉店)
向かいのジーンズショップの脇に
情報を求める立て看板はあったものの
駐車場周辺には特に事件の痕跡はありません。
僕以外に取材記者の姿もありませんでした。
死亡した3人のうち、
2人の遺体は粘着テープで縛られていましたが
銃を手にした犯人が縛れるはずもなく
おそらくは、3人の被害者のうち残る1人に縛らせたのでしょう。
そしてその1人も殺害。
なんて残酷なことをするのでしょう。
鍵がささっていたところをみると
被害者から鍵を奪ったものの目的を果たせず、
顔を見られたこともあって
理不尽な怒りから引き金を引いたのかもしれません。
しかし、捜査は現在も続いています。
これまでに投入された捜査員は13万人。
今年になって現場に残された足跡に、
溶接作業の時などに飛散する鉄粉が
付着していたことなどが明らかになっています。
メモ帳を配っている人の中に
被害者の学校の先生の姿がありました。
「きょう、町の人と接して、
事件が風化しつつあることを感じた」と涙ぐんでいました。
その一方で
根気よく街頭取材を続けていたところ
被害者に関係する人にも複数出会いました。
きっと何らかの情報を持っている人はいます!
スーパー跡地は大通りからは一本奥にあるものの
住宅に囲まれていて決して寂しいところではありません。
あの夜は、夏祭りの盆踊り大会でした。人通りもあったはずです。
いつも記者らから
「いっかちょ!情報を教えてくださいよ」と言われている
警視庁・捜査一課長が姿を見せ
自ら配布に参加しました。
「きょうは僕が君らにお願いする番だ。少しでも情報を届けてくれ」
そしてマイクのない場所で
「一刻も早く、犯人を見つけて
被害者家族にご報告したいんだ」と語りました。
情報提供先は、捜査本部=電042(646)4240=です。
「第2部 お。重い・・・」
「無駄なものは入っていないんだけどな?」
自分の「取材用バッグ」を持つたび、そう思います。
「笑っちゃうほど重い」のです。
しかも、どこに行くのも持ち歩いているのです。
休日に買い物に行くときも髪を切りに行くときも。
だって、いつ災害や事件で出ることになるかわからないから。
「あ、荷物お持ちしますよ」と
バッグを預かってくれたスレンダーな美容師さんが
そのまま静かに前に倒れました。(本当)
でもこのあいだ
「鈴木敏夫デスク」こと「びんさん」(あ、逆だ)のバッグを運んだら
更に重かったのでびっくりしました。
そういえば、吉野亭アイ子記者のカバンもヘビー級。
よく見ると、どの現場記者のカバンもでっかく、
デイパックや肩からかけるタイプのものが多いのです。
「子なきじじい」のように重い記者のカバン。
いったい何が入っているのでしょうか。
恥ずかしいけど、見せちゃうわ。
この耐衝撃袋には、
おなじみ「文化放送の黒いマイク」やら
録音機やら各種コードやらが詰まってます。
たとえば・・・
これなんあんだ?
中から「げそ」が!
こうして広げると・・・
記者会見用のマイクスタンドに!(軽いのよ)
ほかにも
さまざまな時間計算のできるストップウォッチ
「サウンド・プロデューサー・バージョン2」
これは、初めて文化放送に登場したときに
朝の番組のスタッフから頂いた「エアモニ」(モニター用のラジオ)
昔の文化放送のロゴが泣かせます。
これは先輩や後輩の皆さんから頂いたミニバッグ。
お泊りセットのほか、予備の電池、携帯電話の充電器が入っていて、
実際に被災地で重宝しました。
これはお守りね。(笑)
これは無差別殺人の取材や災害の取材で役に立ったボイスレコーダ。
マイクの準備が間に合わないときに使い、
PCにつなぐとそのまま音声ファイルをコピーできます。
ほかにも入ってるけど
企業秘密だから教えない。(うふ)
何より
このカバンの最大のメリットは
・・・体を鍛えられるということかもしれません。
「第3部:のりかずの、お・す・す・め」
ラジオ好きな、あにゃたにお知らせです。
絲山秋子さんの「ラジ&ピース」という小説が
講談社より出版されます。
芥川賞作家でありながら、
現役のハガキ(?)職人であるイトヤマさんが
愛するラジオをテーマに描いた作品です。
僕も実名でチラッっと出ていますので、よかったらどうぞ。
投稿者 文化放送報道部 : 23:00
2008年07月14日
隔世の感。(担当☆石森則和)
携帯電話、どんな風に使っています?
「刻々と変わる通信社の配信をその場で確認」できたり
「住所しかわからない場所へ
ナ○ターイム!で駆けつける」ことができたり
「記者会見中でもメールでなら連絡」をとりあえたり
今や取材には必須アイテムです。
「そんなの普通じゃん!」と思うかも知れませんが・・・。
16年前、
初めて記者(アナウンサー兼記者)になった頃
最初に持たされたのは、「ポケベル」でした。
・・・しかも「ディスプレイ」がついてないやつ。
ベルトのところに「黒いそいつ」がついていて
何をしてようが、いつだろうが
「ぴーぴーぴー」と鳴っちゃうのです。
するとね、
とにかく会社に電話しなければいけません。
ところが車で移動中だったり、山間部で取材中だったりすると
なかなか公衆電話が見当たらなかったり、
あっても「ぴんく電話」(Hな電話ではない)だったりして
テレカも、コレクトコールも使えなかったりするのです。
そーなると、石森は心配性だから。
「なんの用だ!?大事件じゃないか?」と
電話が見つかるまで気が気じゃあないわけです。
新人時代、僕は群馬県警担当の記者でした。
地方なら事件は少ないんじゃないの?と思われそうですが
群馬では「大久保清連続殺人事件」、
「巧明ちゃん誘拐・殺害事件」などの凶悪事件のほか
「あさま山荘事件」、「御巣鷹山への日航機墜落事故」など
歴史的な事件や事故が発生してきました。
デスクはおっかないし、県警担当記者の意識はかなり高いのです。
しかも結構頻繁に呼び出されていました。
・・・で、電話してみて実際事件だったら
現場に飛ぶわけですが
メールで原稿を送る、なんてことはできないわけで
常に「ニュース用原稿用紙」を持ち歩き(自宅にも置いてある)
可能ならば現場で書いて
コンビニからFAXで送る!なんてことやってました。
でもコンビニすらなかったりする田舎の場合、
なんと電話での口述筆記。
「えー、きょう未明」
『えー、きょう未明』
「前橋市の民家に男が」
がちゃぷーぷーぷー。
あああっ!もう10円玉が無いっ!
・・・大変だったのです。
そういえば
ある有名な報道キャスターは
会社を辞めてフリーになるとき
海に向かってポケベルを投げた!という伝説があります。
(リースじゃないのか?)
その後、
僕も携帯電話を使うようになったのですが
初期の携帯電話は、でっけえ弁当箱みたいなのを肩からかけ
そこからびろりろり~んと受話器を引っ張って使うタイプ。
もう片方の肩にはデンスケ(録音機)がかかっているのですが
この2つを近づけちゃうとテープにノイズが入っちゃう場合がある。
このため、やじろべーみたいになりながら
取材レポってこともあったのです。
さらに音素材を送るための無線機を背負っていたこともあり
取材相手に「だ、大丈夫ですか?」と心配されたこともありました。
ああ、
便利な世の中になったものです。(笑)
なんつったって軽いもん。
らりほー。(←壊)
さて、11日、アメリカ・アップル社製の携帯電話
「iPhone 3G」を世界22カ国で発売されるっつーんで
そのカウントダウンイベントに取材に行ってまいりました。
たくさんの報道陣!&お客さんの長蛇の列!
すごい人気です。
ビッグカメラ有楽町店で行われた
カウントダウンイベントにはiPhoneを販売する
ソフトバンクモバイルのCMキャラクター、
上戸彩さんも登場しました。
iPhoneは全面タッチパネルの携帯電話でipodの機能もあり、
指で直接、画面に「触れたり」「はじいたり」することで
感覚的に操作できるのが特徴です。
おサイフケータイやワンセグなどの機能は無いものの
一言で言って、小さなパソコン。
使いこなせるようになれば
「携帯電話」という概念もひっくり返すかもしれません。
またタッチパネルでの操作は
「片手でのブラインドタッチに慣れた日本の若者に
受け入れられるか?」との声もありますが
画面に触れるという感覚的な操作は
むしろ、お年よりなどには使いやすいのかも知れません。
ただ、タッチパネルの場合、
視力が弱いかたへの配慮はいるかもしれませんが。
僕は最近、
ラジオ関係者全員が持ってる(?)と言われた「ラジデン」から
新しい機種にしたばかりなので
iPhoneのニュースリリースを読んでも
あまり「欲しい」という感覚は持っていなかったのですが・・・
実機を上戸彩さんが操作しているのを目の当たりにして
ちょっと「いいかも」って思ってしまいました。
いいわ・・・上戸さん。(←目的が変わってる)
あ、肝心の
iPhoneの写真撮ってこなかったわ。
投稿者 文化放送報道部 : 15:52
2008年06月27日
岩手宮城内陸地震を取材して(担当☆石森則和)
奥山記者がブログに書いていたのは
石森の別人格、「バラエティー石ちゃん」が
グラビア・アイドルと「本気で恋愛を語ってきた」番組
「ガールズパーティー」の打ち上げのことです。
別れはさびしいですが
トークが苦手だったグラビアアイドルたちが
「ラジオが好きになった!
番組が終わるのってドッキリですよね」と言ってくれたのが
嬉しかったです。
聴いてくださっていたみなさん、
ありがとうございました。
さて、
ここからは「報道バージョン」石森に戻って
お送りします。
最初に申し上げておきますが今回は長いです。
ご了承ください。
14日、土曜日。
ニュース速報のメールで起こされました。
先週、秋葉原の事件で
飛び出したばかり。
また何か事件か?と思いつつ
寝ぼけ眼で携帯電話を見て、
反射的にYシャツをつかみました。
震度6強。
文化放送の報道制作部では
「全員出社」のレベルです。
取材に必要なものがたいてい入っているリュックを手に
報道部に向かいました。
ほかの社員も続々と出社してくるなか
しばらくは情報収集や電話での録音取材にあたっていたのですが
まもなく報道部長から「石ちゃん、行って!」と指示が出ました。
車が用意できるまでの間、
バイトくんに、できるだけの水と食料、
それから携帯電話の電池式の充電器などを買ってきてもらいました。
カーナビの目的地を「奥州市役所」に設定しますと
到着時間は6時間後、と音声が流れました。
しかし、これは「高速道路が走行できる場合」のタイムです。
途中、古川―築館の区間で通行止めに。
やはり遠回りになりました。
刻々と入る被害の情報から、行き先を「一関」に変更、
途中、東京消防庁や新潟県の消防本部の車両にも会いました。
一関につくや否や、
「現在、ヘリコプター6機で
次々に孤立した人の救助作業が行われている」という情報を得ました。
救助された人が運ばれている本寺小学校に向かいます。
しかし、カーナビを使っても場所がよくわかりません。(建物が無いため)
真っ暗な山道を走っていくと
闇の中に、しゃがみこんでいる3人の姿を見つけました。
「ヘリで運ばれてきて、ここまで歩いてきた」といいます。
おかげで小学校が近いことはわかりましたが
「危険ですよ」と伝えました。
するとそのとき、
異変に気が付きました。
雷のような音が
空からではなく、地を這うように聞こえ、
その唸るような音に、
まわりの山々が響きあっていました。
そのうち、突き上げるような揺れがきて
全員が固まりました。
ぐらぐらとかゆらゆらではなく、
山そのものが、ぶるぶるっと身震いするような余震でした。
10分ごとに襲う余震、それほど大きくなくても
地盤がゆるくなっている山道では緊張が走ります。
ゆれがおさまったころ
頭上、低空をヘリが過ぎていきました。
「あっちだ!」
山間の小さな学校が暗い明かりに浮かび上がっていました。
子供の姿のない夜のグラウンドに
もうもうと土煙を巻き上げながら自衛隊のヘリが降りてきます。
咳き込みながら実況し、避難所の中へと入っていきました。
対策本部では
「ヘリは暗くなると着陸が危険、日が暮れる前に、
毛布や食料&水を現地に投下する」と聞いていましたが
ぎりぎりまで救助を続けたようです。
体育館にはすでに30人ほどのかたが避難生活を始めていました。
不気味に襲う余震に怯え、
インタビュー中、座り込んでしまう女性もいました。
その後、拠点を宮城県に移すことにしました。
駒の湯温泉が倒壊て7人が生き埋めになったのも
また工事の作業員3人が流されて死亡したのも宮城県内です。
震源地に近い「栗駒山」のふもとにある避難所につくと
避難したかたがたが過ごす和室の大広間は
報道陣立ち入り禁止になっていました。
それでもロビーにいると
若いお母さんが2人でてきて
ロビーにある簡単な図書室のようなところで
子どもに絵本を読ませ始めました。
その間に自分は携帯電話を取り出し
余震があるたびに
誰かに電話しているようでした。
・・・電話の相手は
現地に残してきた家族でした。
現地に畑がある、養殖場がある
お年寄りがいる、様々な理由で
避難しないかたがたが現地には残り
小さなお子さんのいるお母さんだけ
ここで過ごしていたわけです。
避難民のかたは
積極的に取材に応じる元気は残っていませんでした。
取材陣もどうせ取材に応じないだろうと深追いはしません。
でも、この母親は
僕の取材には応じてくださいました。
母親は「パパに会いたいねー」
「パパに会いたいー!」と子どもに言わせていましたが
それは、
文化放送と書かれたマイクに子どもの声を乗せ
その声を届けたい相手が、
ヘリでなければ行くことのできない我が家にいるからです。
涙をこらえた赤い目を見れば
すぐにわかりました。
その日は、そのまま
県道42号線を走っていくことにしました。
その先には
7人が生き埋めになった「駒の湯」があります・・・。
夏らしい濃い緑の山々は、どれも3分の2ほどが崩れ落ち
生々しい山肌を見せていました。
その濃い緑と、茶色が残酷なコントラストに思えました。
途中、通行止め個所がありましたが報道車両は通行できました。
しかし、やがてすぐに先へ進めなくなりました。
2車線の道を塞ぐように、高さ数メートルの土砂の山がありました。
その山の上で、自衛隊のカーキ色のショベルカーが数台作業をしていましたが
大型のシャベルカーが小さく見えました。
付近の民家は、ひしゃげ、屋根が落ち、
あたりにはなんともいえない下水のにおいが立ち込めていました。
危険で住むことが出来ないことを示す赤いが貼られ、
いずれも人の気配はありません。
すると、数人のお年寄りが歩いているのが見えました。
他の記者たちは気にとめていないようでしたが
僕はどうしても気になり、どうしたんですか?と聞きました。
すると・・・
「これから陶芸家のいとこの家にいく」ということでした。
心配で見にきたという親戚のかたでした。
「え?まだ人が住んでいるんですか」と聞くと
「一緒にくるかい?」といいます。
「え?いいんですか?」・・・とついていくと
土砂崩れの10メートルほど手前に
森に隠れた工房がありました。
「栗駒焼」と書かれています。
「あがりなさい」・・・中から出てきたのは、
写真家のアラーキーさんによく似た陶芸作家、小柳さんでした。
長年作りつづけてきた作品だけでなく
煉瓦造りの焼き釜は、跡形も無く崩れおちていました。
「しょうがねえだろ」
無理につくった笑顔で
人生をかけた焼きがまを見つめます。
「おちこんでたって、しょうがねえだろ」
「元気出すしか、しょうがねえだろ」
沢山の消防車が列をなして走ってきました。
降りてきたのは地元消防団のかたがたで
荷台のポンプを解体し
深刻な顔で話あっています。
そばによっていくと
マイクは車に片付けてしまったので
近寄っていくと
気さくに話し掛けてくれます。
「駒の湯温泉の捜索現場に行って
俺たちのポンプを提供したんだ。」
「でも次々に壊れちまってな、
これで3台目なんだが、
こいつも調子が悪くなっちまった」
消防のポンプは
本来、防火用水から水を吸い上げて
勢いよく放水するためのもの。
しかし駒の湯の現場で
泥水を吸い上げるだけに使われ
焼きついて壊れてしまったのです。
私がお疲れ様ですというと
「お疲れ様はまだ早いよ」とつぶやくように言っていました。
・・・避難していたかたを含め
取材期間中
「疲れた」という言葉を聞きませんでした。
被災者を思ってのことはもちろん
被災者も捜索チームのことを思いやっていました。
17日の朝8時40分すぎ。
生き埋めになった人の生存率が著しく下がるといわれる
72時間が経過しました。
その日の朝
「吉田照美、ソコダイジナトコ」のオープニングで
最新情報を入れたあと
1時間後にもう一度生レポートを入れることになっていました。
そこで、オープニングが終わったあと、急遽
もっと被災地に迫ることにしました。
「国道398号線」(地元ではサンキュッパと呼ぶ)
この道は秋田県の湯沢に続く山道で、バスが土砂に巻き込まれ転落した現場も
作業員が土砂崩れで行方不明になった現場も、この先にあります。
道路には地割れや段差が多く、車両通行止め。
ただし、徒歩でなら通行できるため、
そこから山に登りはじめました。
切り立った崖と谷に挟まれた道、
一緒に歩いていたドライバーと
「もし、今大地震があったら、最後かな」と話しながら上ると
数百メートルにわたって崩れ落ちた山の斜面がありました。
途中地鳴りとともに余震がおき、
道端に停めてあった大型のショベルカーが
左右に大きく揺れ続けました。
そうだ、予定を変更して
ここを上りながら中継しよう。そう決めました。
100数十メートルにわたって
くずれ落ちた山肌。
文字通りの土や砂ばかりではありません。
大きな岩、それをどければ倒木、その繰り返しです。
よく見ると巨大な岩が落ちそうになっています。
脇の「けものみち」のようなところから
行けなくもなかったのですが、危険すぎるので回避しました。
ここで気をつけたことがあります。
テレビのようにヘリに乗らないかわりに
被災地の人々の声をできるだけ伝えたい、
あくまで至近距離における地震の被害を伝え
被災するというのはどういうことかを
リアルに感じていただこうと思っていました。
ですから、いたずらに危険な地域に入り
あたかも地震に興奮しているようなとられられかたはしたくない。
・・・しかし被害の恐ろしさは、素直に驚きをもって伝えたい。
その加減に気を配りましたが
どう受け止められるだろうかという気持ちもありました。
しかし
リスナーのみなさんから
現地のかたを気遣う内容のメールを頂きました。
先ほどのレポートについての反応で
現地の人や、捜索活動をしてるかたがたへの想いが
レポートの感想などとともに書かれていました。
僕への気遣いの言葉も。
邦丸さんの番組の三中ディレクターは
わざわざ電話口でこうしたメールを読んでくださいました。
ああ、伝わったんだな、少しは役にたったかな?
そう思うと、とても励みになりました。
レポートを終えて気が付くと
あんなにたくさん停まっていた警察車両が
ほとんどいなくなっていました。
最初は、あす福田総理がくるから
その警備のため、という情報も現地では流れたのですが
・・・それは誤りでした。
生き埋めになった命のリミット、
「72時間分の装備」しか持っていない11の県警が
帰らざるをえなかったのです。
いたずらに時間が経過してしまったことを
感じさせる出来事でした。
最後になりますが
テレビの場面では
崩れ落ちた茶色の山肌や
倒壊現場ばかりが映し出されます。
でも
あの町は
本当は美しい町でした。
道端には
色とりどりの花が植えられ
人の心のやさしさを思わせました。
土砂崩れを借景に
犬を連れたおばあさんが
のんびりと農作業をしていました。
黄昏の水田は
鏡のように夕焼けを映して
自衛隊のヘリのシルエットが
雁の群れがゆくように見えました。
被災者のかたが、
安心してくらせる日常が戻ること、
そして
亡くなったかたのご冥福をお祈りしたいと思います。
被災地でお世話になったみなさん
ありがとうございました。
投稿者 : 19:34
2008年06月11日
地下鉄に乗って(担当☆石森則和)
浜松出身の僕が、生まれて初めて地下鉄に乗ったのは
大学受験のために上京したときでした。
隣のシートに、
どこかで見たようなかたが座られたと思ったら
「三木のり平」さんでした。
「おお!
『江戸む☆さき』が隣にいるだら!
さすが江戸だにぃ!」
・・・と、遠州弁で変な納得をしたものです。
地下鉄といえば先日、
浅田次郎さん原作の映画
「地下鉄(メトロ)に乗って」をテレビでやってました。
僕はこの小説が好きで
「へえ、原作に忠実だなあ」と思いながら見ていたら
喫茶店のシーンで
奥の席でコーヒーを飲んでいるオジサンは、
どう見ても浅田さん!(笑)
・・・お茶目です。
この作品は
主人公が「地下鉄が開通したばかりの東京」に迷い込むところから
物語が動き出すのですが、
確かに「地下鉄」って、
異世界と繋がっている気もします。
ともあれ地方出身の僕にとって、地下鉄は
「東京を象徴する乗り物」のひとつです。
さて、今週の土曜日。
東京メトロ、「最後の地下鉄」が開通します。
東京メトロ9番目の路線、「副都心線」。

「最後の」というのは、
未来永劫地下鉄を作らない!という意味ではなく、
「東京に計画されてきた地下鉄は
延伸も含めてすべて完了する」という意味です。

副都心線は東京13号線として
昭和47年に、原型となる構想が示されました。

学生時代に僕が一人暮らしをしていた池袋の近くでも
ずうううっと関係する工事が行われていて、
あまりに工事が長いものだから
「そこにあって当たり前の風景」として感じていました。
思い出の中には、
いつも「あの工事現場」があります。
それだけに副都心線開業には
感慨深いものがあります。

きのうはマスコミ向けの試乗会が行われ、
僕も200人の報道関係者と一緒に参加しました。

地下鉄・副都心線は「池袋―渋谷間」を11分で結ぶほか
埼玉県の和光市駅で東武東上線、
小竹向原駅で西武有楽町線・池袋線と、相互に乗り入れます。
更に4年後には、渋谷で東急東横線と直通運転、
「副都心を中心に、埼玉、横浜が繋がることになります」

明るく開放的なホーム、
吹き抜けのある駅もあります。

車両は、未来的なフォルムですが
路線カラーがブラウンなので
渋いというか、落ち着いたイメージを持ちました。

(↑営業一の鉄道ファン!見よ!この幸せそうなお顔を!)
シートは明るい山吹色、
車両と車両をつなぐドアは大きな強化ガラスでできていて
治安の面でも配慮されています。

(モデル:はしやまなみさん)
大江戸線など、最近の車両はコンパクトなものが多いですが
この10000系(すごい名前だ・・・)は幅も広く、
天井も通常より20センチほど高くて
混雑時でも窮屈さは薄まりそうです。

今回は「新宿三丁目駅」から乗ったのですが、
ここはかつての宿場「内藤新宿」をモチーフにしており
壁には縁の「藤色」があしらわれています。
また、通路の真ん中は、
ガラススクリーン(透明な壁)で仕切られているのですが
よく見ると、宿場町を行き来する江戸の人々の姿が施されています。
開通すれば、
「21世紀の乗客と、江戸時代の人々の姿が重なる」という趣向でしょう。
車両もホームも、すっごく未来的ですが、
雑司が谷の駅の出口を出たら
目の前に豊かな緑が広がっていました。
数分前まで
新宿のデパートの下にいたのにね。
初夏の日差しの中、
目の前に
幅の狭い線路が横たわっているのに気が付きました。
視線をあげると、
昔ながらの都営荒川線が、
のんきにトコトコ走ってきました。
あは、
学生時代と
なあんにも変わってないや。
本当に
タイムスリップしたのかと
思っちまったぜ。
投稿者 : 00:00
2008年05月26日
72時間(担当☆石森則和)
「やり残したことがある、という気がしています」
責任者の隊員は唇をかみ締めました。
「生存者を救出できなかった・・・」
「もっと早く現場に到着できていれば・・・」
悔しさがにじみ出てきます。
中国・四川大地震に派遣されていた日本の国際緊急援助隊が帰国し
去る21日、警視庁で帰国報告をする、
というので取材をしました。
この日、飛行機が1時間ほど遅れた関係で
日本隊が到着するのも遅れました。
でも、警視庁の幹部や報道陣は
早くから、日本隊を待ち受けていました。

今回の「日本隊」は
第1陣32人、第2陣29人のあわせて61人。
警視庁、外務省、海上保安庁、東京消防庁、JICAなどから選ばれた
精鋭たちです。
このうち今回帰国報告を行ったのは
警視庁から派遣された隊員17名と、
「警備犬」3頭でした。

警備犬のうち一頭は、
新潟県中越地震で、生き埋めになった2歳児を発見した「レスター号」。
あの感動的なシーンは
記憶に新しいところです。
「レスター」くん、
帰国報告をする隊員の前に、きちんと座っています。

・・・あれ?「警察犬」じゃないの?と
思った方もいらっしゃるかもしれません。
「警備犬」は
事件の捜査で鑑識にあたる「警察犬」とは別モノです。
警備犬は、人間の数千倍といわれる嗅覚を生かし、
麻薬や爆発物の発見のほか、
災害現場で生存者を探すのが役目。
「遺体」を捜すのではなく
「命」を探すのが警備犬の使命です。
また、凶器を持った犯人に飛び掛ることもあります。
これらの力を兼ね備えていることが求められる
スーパー・ドッグなのです。

アルジェリア地震やモロッコ地震でも
警備犬は派遣されてきました。
派遣は今回で三回目になります。
オールマイティーな能力を誇るレスターは
その中でも優等生。
ほかに2頭が一緒でしたが
いずれも日本隊の「精鋭メンバー」の一員です。
しかし・・・。
今回、日本隊は苦戦しました。
日本隊は今月16日午前、
当初活動を予定していた青川県に到着しました。
ここでは700人が土砂崩れで生き埋めとなっていましたが
日本隊は都市型災害の精鋭チームのため、
がれきに埋まった場所へ移動するほかありませんでした。
しかも被災地入りできたのは、
生存率が大幅に低下するとされる「72時間」が経過した後です。
およそ20人の遺体を見つけただけで、
最新技術をもってしても
生存者を見つけることはできませんでした。
30度を超える気温の中、
陸路の移動だけで約460キロ。
殆どが遺体の収容作業で重労働だったけれど
食事はほとんど「カップめん」(一部菓子パンや、おかゆ)
寝泊りは車中泊で、18日からは仮設テント生活でした。
トイレも小川に板を2本渡しただけです。
疲れとストレスで体調を崩す犬もいました。
日本とは違うコンクリートのため、
足の裏を痛めた犬もいます。
しかし、それでも、必死でがんばったといいます。
日本隊(警視庁)の隊員が
取材に応じてくださいました。

「かすかな命でも見逃すまい」と格闘してきた隊員の言葉を、
リスナーに確実に届けたいと思いました。
上の画像のように
精一杯マイクを持つ手を伸ばして、隊員に近づくと
誇りっぽいにおいが立ちのぼりました。
崩れた学校で
生徒の遺体が見えているのに
出してあげられないまま撤収した悔しさ。
崩れた病院で見つけた母親は
赤ちゃんをかばう姿で死亡していました。
思わず隊員の頬を
涙が伝ったといいます。
身重の妻を日本に残してきた隊員もいたのです。
最近の報道では
初めて海外の救助隊を受け入れた中国側の指示が不慣れで、
情報提供も不十分だったことが指摘されています。
「都市型の日本の援助隊を
山間部の土砂崩れ現場にいかせてしまった」と
中国当局が非難されているのです。
ただ、隊員の一人は
「あくまで個人的な考えだが・・・」とした上で
「あの新潟の災害現場も、
決して自分たちの得意とする現場ではなかった」と言います。

ただ、もっと早く到着できれば・・・・。
せめて「72時間」以内に・・・。
中国側が海外の援助隊受け入れに難色を示し
双方の外務当局が調整を行っているうちに
いったい、
いくつの命が尽きていったのでしょう。
「やり残したことがある」
隊員の言葉は
まるで搾りだすかのようでした。
ただ、
数百人の子供たちが生き埋めになた中学校の倒壊現場では
行方不明になっている子供の親がこう話しました。
「中国当局は余震を警戒してなかなか来てくれなかったんです。
危険を乗り越えて来てくれた日本の人に感謝します。」
ある隊員は帰国後、こう話しました。
「中国語はわからなくても
たくさんの感謝のことばをいただいたんです。
それが、私たちの原動力でした」
高齢者医療の問題、硫化水素自殺の連鎖、
猟奇的殺人・・・
そんなニュースばかりの日本にいると
大事なことを忘れてしまいそうです。
自分の鼓動を確かめて、
命の重さを
もう一度実感したくなります。
(撮影:永野キャップ)
投稿者 : 00:35
2008年05月08日
ランボーが来た!(担当☆石森則和)
きのう、
来日している2人のアメリカ人の会見に行きました。
ひとりは超肉体派。
もうひとりは超頭脳派です。
午前中に行ったのは
俳優のシルベスタ・スタローンさんの会見。
今回の来日は、
ロッキーと並ぶ、スタローンさん監督、脚本、主演の人気シリーズ、
「ランボー」の完結編=「ランボー 最後の戦場」の
キャンペーンのためです。
(5月24日 日比谷スカラ座他全国東宝洋画系にてロードショー)


(C)2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH&CO.KG IV
PRのための来日は「ロッキー・ザ・ファイナル」以来、1年2ヶ月ぶりですが
「ランボー」のPRのための来日は
「ランボー3 怒りのアフガン」以来20年ぶりとなります。
現在、61歳のスタローンさん、
生で見たらどんな感じなんだろう・・・。
かなりわくわくです。
会見場に向かう
中継車の中での会話。
ドライバーの張替さん(60代):「スタローンって誰?」
石森:「ロッキーですよ」
張替さん:「おお、ロッキー好き!」
・・・この会話は、まあ納得。
しかしである。
現在20代前半の技術の滝ちゃん(♀)は
信じられないことを
のたまったのである!
滝ちゃん:「・・・スタローンって誰ですか」
石森:「(ズルッ!)知らないの?」
滝ちゃん:「どんな顔?」
石森:「どんなって・・・
う~ん、マッチョなポールマッカートニーって感じ」
(↑この説明もどうかと思う)
滝ちゃん:「あ、そうですか。
・・・で、ぽーるまっかーとにーって誰ですか」
一同コケる。
石森:「ポール知らないの?」
滝ちゃん:「あたしが知ってる外国人は、
・・・サモハンキンポーだけなんです(←本気)」
なんと滝ちゃんの携帯に
香港映画「燃えよデブゴン!」の主演俳優、
サモハンキンポーさんの画像が!
石森:「ならばジャッキー・チェンは知ってるだろ?」
滝ちゃん:「くまの名前?(←意図不明)」
そのときの僕の気持ちといったら
・・・今これを読んでくださっている
あなたの気持ちといっしょです。
滝ちゃん:「あたし英語だめなんです」
・・・いや、そういう問題じゃないって。
滝ちゃん:「だから、あたしってば
洋楽を聴いていても
どこが『サビ』だかわかんないのですう」
ぶーーーーーーっ!
ちなみに彼女は
某FM局でもミキサーを担当しているのだが
これは致命的ではなかろうか。
・・・話が大きくそれたので
ランボーの話に
乱暴に戻します。(←お?)
スタローンさんが
颯爽と登場!
も、腕なんか
多分、僕の太ももよりも
ぶっとい!
か、かっこいい。
期待を裏切らない姿で
あの声で語ります。
えいどりあ~ん。
「ランボー」は1982年に第1弾が公開された戦争アクション。
85年には第2作の「怒りの脱出」、88年に前作「怒りのアフガン」が公開されました。
(前作ではアフガンゲリラと協力してソ連部隊と死闘を展開)
今回は帰還兵のランボーが、
少数民族の迫害を繰り返すミャンマー軍に戦いを挑み、
軍に誘拐された宣教師らを救出するストーリーで
リサーチに基づいたリアルな迫害や虐殺の場面もあります。
(シリーズ初のR15指定)

(C)2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH&CO.KG IV
迫害を受ける一人一人の『痛み』を
リアルに伝えたかった、
現実のものとして受け止めてほしかったのが
理由だといいます。
スタローンさんは、きょうの会見でも
ミャンマーの軍事政権を強く非難し、
今回のサイクロンで多くの犠牲者が出たことについて
「軍事政権が彼らをないがしろにしたことが
被害を拡大させたんだ!」と
怒りをあらわにしました。
暴力を更なる力で制するキャラクターは、
いかにもアメリカ的とも言えそうですが・・・
ミャンマー国内では、この映画のソフトが
「闇ルートで大変な人気」になっているという情報もあります。
出演したミャンマー人俳優も
軍事政権に脅されながら、出演を決意したそうです。

(C)2007 EQUITY PICTURES MEDIENFONDS GMBH&CO.KG IV
スタローンさん、
プレミア試写会でも
装甲車で高さ5メートルの火柱へ突っ込むなどのアクションを披露!
ここでランボー豆知識。
実はこの映画、第1作の原題は「First Blood」でしたが
「ランボー」という邦題がつけられ大ヒットしました。
アメリカサイドはこれに注目、2作目からは原題もランボーになりました。
日本に感謝してるとのこと
ちょっと誇らしい。
続編では
メキシコで数百人の女性が捕らえられているという情報に基づき
彼女らを救うストーリーを考えていると話していました。
でも、日本にも
他の国に捕らえられたままの人がいるってことを
知ってほしいな。
夕方からはビル・ゲイツさんの会見なんだけどさ。
どうやら滝ちゃんは
・・・アクション・スターだと思ってる模様。
なんとかしてくれ。
ランボー!
それか
サモハンキンポー!
投稿者 : 06:33
2008年04月22日
○○の為の自転車教室?(担当☆石森則和)
先日、滅多に見られない
面白いものを見ました。
それは・・・
警視庁の地域部が作った
「町のおまわりさんに対する
自転車の乗り方教室」という内容の映像です。

注:実物の画像がないので自作しました↑
実はこれ、
全国の警察署が参加する
「パワーポイントを使った教材のコンテスト」
・・・に参加した作品。
よく、交番のおまわりさんが
白い自転車に乗ってパトロールしてますよね。
でも、一般市民から
「自転車の乗り方が悪い、違法だ」という指摘が
意外にあるそうなんです。
そこで作られたのがこの作品(笑)
この作品を見て
実際に「あれ?そうだったの?」と驚く警察官も
少なくないとか。
たとえば・・・!
「自転車は左側通行」です・・・よね?
では、
「路側帯」がある場合は?
「路側帯の中を走る場合に限り
道路の右側の路側帯を走ってもよい」のです。
知ってました?
ただし路側帯の中はキープレフトになります。
もちろん歩行者の通行を邪魔してはいけません。
じゃあ、路側帯の白い線が
二重に引かれていたら?
それは
歩行者専用、
自転車で走ってはいけません。
では自転車で横断歩道を渡るとき、
「横断歩道の外側の
何も描かれていないところを
自転車に乗って渡った」
・・・ってのは違法でしょうか?
いいえ。
そもそも
自転車は「軽車両」(車両のなかま)であり
本来、横断「歩道」では乗ったままで渡らず
自転車から降りて押すべきです。
若しくは
「横断歩道の外側を
横断歩道に沿って横断する」のが正しいのです。
じゃあ、
よく歩道で
白い自転車に乗ったおまわりさんが
横に並んで走っているのは?
・・・あれはダメ。違法です。
(「併走可」のところはOK)
夜、肩の部分に懐中電灯をつけて
暗闇を照らしながら走っているのは?
これもダメ。
自転車の車体にライトが装着されていなければ
いくら道を明るく照らしていても違法なのです。
じゃあ、肩の無線機で
しゃべりながら乗っているのは?
これ、携帯電話の場合は違法なんですが
警察の無線機は違法ではありません。
でも安全上好ましくないので
控えたほうがいい、と教えています。
この映像を見た後、
警視庁地域部の幹部に疑問をぶつけました。
「そういえば・・・東京の交番のおまわりさんは
白い原付バイクよりも
白い自転車に乗ってパトロールしていることが多いですよね?
加藤茶さんのコントでも、金八先生のドラマでもそうでした(笑)
あれ、何か理由でもあるんですか?」
・・・あるんだって。
実は、犯人を捕まえるなど緊急の場合には
自転車のほうが都合がいいんです。
なぜなら
東京のような都会は「一方通行」などの交通規制が多い。
すると(赤色灯の無い)白い原付バイクだと
駆けつけたり追いかけたりするときに
困ってしまうのだそうです。
むしろ自転車のほうが早いとか(!)
知らなかったなあ。
ご存知でしょうが
酔っ払って自転車に乗っている場合、
危険性があったりすれば
しっかり捕まえるとのこと。
自転車に乗っているときにも
どうぞ安全運転で。
投稿者 : 17:00
2008年04月04日
THE MAN IS EVIL!(担当☆石森則和)
去年3月、
語学学校講師のイギリス人、リンゼイ・アン・ホーカーさん(当時22歳)が
首を絞められて殺害され、
千葉県市川市のマンションのベランダで
バスタブに詰め込まれた土の中から見つかった事件。
覚えていますか?
先日、
ご遺族のかたが来日して
改めて情報提供を呼びかけました。

この事件では
この部屋に住んでいた市橋達也容疑者が逃亡、
千葉県警が追跡しましたが
見失ってしまいました。
それ以来、
彼の行方はつかめていません。
死体遺棄の疑いで指名手配された市橋容疑者、
いったいどこに行ってしまったのでしょう。
巷には死亡説も流れてはいますが
噂に振り回されてはいけません。
警察は「生きている」と確信しています。
捜査人員を大幅にアップし、
追跡の手を緩めてはいません。
捜査本部は先月19日、
警察OBらでつくるNPO法人「POLICEチャンネル」で
情報提供を呼び掛ける動画の配信を開始しています。
http://www.police-ch.jp
また、女装姿まで掲載したポスターを制作し
全国に貼ることにしています。
これは彼の部屋から
女性用のかつらが見つかったためですが
裏を返せば、
それだけ有力な情報が集まっていないということです。
リンゼイさんのお父さん、ウィリアムさんは、きょうの会見で
「ここまで見つからないのは
誰かが、かくまっている可能性がある。
もしかくまっているならその人も同罪です。
第2の殺人が起きる可能性もある」
・・・と感情を押し殺して語りました。
そして市橋容疑者の家族から
事件後すぐに手紙をもらったものの
その手紙には、英語で
「息子は英語を学んで、アメリカで講演をしたかったようだ。
リンゼイさんについてはregrettableである」
・・・という趣旨のことが
書かれていたことを明かしました。
「Regrettable」とは「遺憾に思う」という意味です。
決して謝罪ではありません。
リンゼイさんのご両親は
この日本でよく使われる曖昧な表現を
「この言葉は適切ではない」と切り捨てました。
また、リンゼイさんが殺害されたあと
ホーカーさん一家も
市橋容疑者の家族に対して手紙を出しましたが
返事はなかったといいます。
時折涙をぬぐいながら
努めて冷静に語っていた父親のウィリアムさんですが
一度だけ堪えきれないように
「THE MAN IS EVIL!」
・・・とはき捨てるように言いました。
「ヤツは、邪悪だ!」
リンゼイさんのご家族が情報提供を求めて来日したのは
今回が初めてではありません。
去年6月にも来日して会見しています。
また、去年夏には、ヒースロー空港で
日本に向かう乗客に対し、
情報提供を求めるなどしました。
ご家族を
理不尽に失った悲しみは万国共通です。
まして遠い外国で愛する娘が、
大切な家族の命が奪われたのなら・・・
ご家族は行かせてしまった自分たちを責めるかもしれません。
僕ら日本人は
その痛みがわかる
優しい国民だと信じたいです。
市橋容疑者は
ごく身近にいるかもしれません。
匿名でも、
例え、わずかな疑念でもいいので
気が付いたことがあれば情報提供したいものです。
それが
第2の事件を防ぐことになるかもしれません。
去年6月に
警察庁がこの事件を公費懸賞金制度の対象に指定、
市橋容疑者逮捕につながる情報を
今年6月28日までに提供した人に対しては
最高100万円を支払うことを決めています。
変装をしている可能性もありますが
かなり目立つはずです。
身長180センチ、
上の画像のように特徴的な顔立ちです。
情報提供は
捜査本部
電話047-397-0110
gyoutoku-police@docomo.ne.jp
携帯電話メールのアドレスですので
おや?と思ったら
どこからでもメールしましょう。
投稿者 : 17:17
2008年03月19日
春がきたー!(担当☆石森則和)
春の花が咲き始めました。
鎌倉では梅がきれいです。

このころになると
学生時代の友人たちを思い出します。
僕はバブル期の末期に
大学を卒業しました。
その頃の就職活動ってのは
そりゃあもう売り手市場もいいところ。
もっとも僕は
超高倍率のアナウンサー志望だったので
まったくそういうお祭り騒ぎとは関係ない状況でしたが。
どのぐらい売り手市場だったのかというと
アパートの床が抜けそうなくらい。
なんで床が抜けそうなのかというと・・・
企業の資料がギッシリ詰まった段ボール箱が
大量に、且つ一方的に送りつけられてきたから。
その中には
今では信じられないのですが
会社説明会に来れば海外旅行に行けるだの
フェラーリに乗せてあげるだの・・・
なんだかいろいろ
福袋のように景品が詰まっている箱もありました。
さらに驚きなのは
ある流通関係の企業などは
資料請求したら
資料の代わりに
採用通知が届いた(!)のです。
そんなのにつられて入社した人が
どれくらいいたのかはわかりませんが
世間では「バブル入社組」などと呼ばれ
「実力を伴わないもの」として
揶揄されたりしたといいます。
実力のある人たちも
多かったというのに。
さて、
ここ数年も「売り手市場」と言われています。
これは景気の回復も一因とされていますが
それに加え、
団塊世代の大量退職時代を迎え
企業が
「技術低下への危機意識」を持っていることもあるでしょう。
したがって
今回も売り手市場ではありますが
優秀な人材を見極めようという姿勢が強く
取材してみますと
必ずしも就職活動は楽ではなかったと聞きます。
就職氷河期が終わりを告げますと
新入社員のモチベーションは上がります。
なぜなら
就職先の選択肢が拡がることによって
「なりたい仕事に就ける」可能性が高まるからです。
ただし
本当の仕事のやりがい、モチベーションは
実際に仕事について
初めて知るものです。
そこにいる仲間、上司など信頼・尊敬できる人々と
ひとつの目標に向かって闘うこと
その成果を喜び、分かち合うこと
そこに
「やりがい」を見出していくのだと思います。
本当に人とのめぐり合いは大切。
この春、僕自身も改めてそう思います。
僕が取材した大手流通グループの入社式で
そこの会長は、
「今、あなたがたが持っている
お客さんとしての目を無くさないでください」と挨拶しました。
これはラジオ業界にも言えます。
ぼくらは作り手の論理で放送するのではなく
元ラジオ少年・少女だったころの気持ちを無くさずに
永遠のリスナーでいたいと思います。
投稿者 : 21:14
2008年03月03日
砕ける波(担当☆石森則和)
最近は、イージス艦と漁船の衝突事故の取材で
防衛省に詰めたり、
新勝浦市漁協へ行ったりしています。
漁協の岸壁に打ち寄せて砕ける波は
もう春の光を
撒き散らしていました。
僕も海の近くで育ったので
・・・なんとなくだけど
季節の訪れがわかるのです。

防衛省側を取材して思うのは
とても考え方が「幼い」ということです。
たとえば、
事故直後の海保側への虚偽報告が
ぼろぼろ明るみに出ていますが
それに対しての釈明が
「だましたと言われたら謝るしかない」だって。
なんだその言い方。
だましたのじゃなかったら、なんなのだ?
でも、これ、
「どっかで聞いた、言いまわし」です。
館山での清徳丸の船体が親族に公開されたとき、
横須賀地方総監部幕僚長は親族に対し
「報道陣がいますが、知らんぷりで通って下さい」と言いました。
これに怒った記者に対する釈明が
「そう聞こえたなら誠に申し訳ない」
・・・あのね(笑)
ほかにどう聞こえるんだ。
「おわああっ!
間違えてミサイルのボタン押しちゃった」
ちゅどーん!
「えーと・・・
誤爆だと言われたら謝るしかない」
謝ってすむか。
防衛省内ってのは、
こんな謝罪(?)の仕方で許されるほど
寛容な組織なのでしょうか?
閉鎖された社会なので
コミュニケーションの基礎が
できていないのでしょうか。
コミュニケーション能力の有無が
何によって決まるかというと
実は「想像力」だったりします。
「こういったら相手はどう思うだろう」
「こういう行動をとったら相手はどう動くだろう」
そうした考えが根本にあってこそ
コミュニケーションは成立します。
これは
ラジオの基本でもあります。
いずれバレるような嘘をつくのも
「想像力の欠如」によるのではないかと思います。
ただし。
例外として
相手のことを思いやる想像力が無くても
どうにかなる場合があります。
・・・それは。
相手が
どうにかしてくれる場合です。
「だましたと言われたら謝るしかない」
「そう聞こえたなら誠に申し訳ない」
という釈明に共通するのは
「相手任せな言い回し」だということです。
相手任せ。
そう、だから
漁船が沢山浮かんでいようと
自分たちは
「自動操舵でいい」
なぜなら
~どうせ相手がよけてくれるから~
イージス艦の乗組員らは
そう思っていたような気がしてなりません。
せめて。
防衛省に自ら
捜索打ち切りを申し出た親族の胸の内や
艦長が謝罪に訪れたとき
「頭を上げずに謝りつづける人を責められんよ」と
力なく許した漁協のかたがたの想いを
あの波が砕ける瞬間だけでも
想像してくれないか。
投稿者 : 17:00
2008年02月14日
恐怖の「都市伝説」報道部版(担当☆石森則和)
(注:今回はくだらない)

世の中には、まだまだ
科学では解明できない
不思議な出来事が存在する。
「都市伝説」
あなたもひとつぐらいはご存知でしょう。
実は、
ここ浜松町の文化放送報道部にも
知られざるミステリーがいくつもある。
信じるか信じないかは
あなた次第ですがね・・・
ふふふふふふ。
次のうち
本当なのはどれだと思いますか?
まずは中継車編・・・・。
伝説①
「中継車のナンバープレートは
文化放送の周波数と同じ1134である」
伝説②
「中継車(新車)の上についている巨大なアンテナは
四谷時代に長年に亘って活躍した旧中継車
《通称、オレンジ色のにくいヤツ号》から
そのまま移植されたものである」
伝説③
「中継車の後部には数々の中継機材が積まれているが
これらの機材が整頓されている棚は、
ドライバーの張替さんが
日曜大工で自作したものである」
なんと
以上の中に真実があります。
どれかというと・・・
全部ほんと(!)
以下、解説。
伝説①・・・本当に1134である。
ちなみに他社だけど
「ニッ☆ン放送」さんのラジオカーのナンバーは
「1242」なのだ。
「TB☆」さんのは知らない。
伝説②・・・屋根のアンテナは
旧2号車の形見なのである。
さまざまな現場から
長年レポートを送ってきた
尊敬すべき八木アンテナなのだ。
見かけたら合掌。
親指隠してる君。
リアクション間違ってるじょ。
伝説③・・・ちなみに車の中のカーペットは
意外に器用な技術のタキちゃん(♀)が
丁寧に貼ったものであるが、
最近、非情にも
飲みかけのコーヒーをこぼした記者がいる。
・・・私がやりました。
(急発進するんだもん)
さらに文化放送報道部の
背筋も凍るような「都市伝説」を続けよう。
伝説④
「ちょっと前の話だが・・・
あるニュースで電話取材をしたあと
録音素材を聞いてみたら
なんとバックに
入っていてはいけない筈の
【笑い声】が録音されていた。ぎゃー!
取材から帰って来られた
☆☆さんの楽しげな笑い声であった」
伝説⑤
「泊まり勤務の夜、
異様な気配に振り向くと
ずらりと並んだテレビモニターの全てに
火野正平さんが映っていることがあった(F野記者も証人である)」
伝説⑥
「一日だけ、翌日のニュース予定を書くホワイトボードに
《・・・特になし》と書かれていたことがあった」
伝説⑦
「エレベーターホールから報道部に入ろうとして
入り口にある入館証のセンサーに
何度もsuicaをかざし、
首をかしげていた記者がいるらしい」
・・・僕である
伝説⑧
「スポーツ部にスポーツアナとして
異動されたはずの扇記者なのだが・・・
どうも背後にいらっしゃる気配がする」
伝説⑨
「角谷キャスターが
にやにやしながら
楽しい冗談を僕に語りかけて下さるが
だいたい
遠くて聞こえない」
伝説⑩
「独身の記者が
仕事帰りに合コンに行くことがわかると
報道部全員(&スポーツ部のみなさん)に
万歳と敬礼で送り出される」
伝説⑪「笑っているのに怒った髪型の記者さんがいる」
伝説⑫「吉野記者が、飲んだコーヒーを片付けない」
伝説⑬「吉野記者は、警視庁記者クラブでも片付けない」
伝説⑭「けさなんか僕のコーヒーを間違って飲んだ」
伝説⑮「しかも気がつきゃしねえ」
・・・ほかにも数々のミステリーがあるが
またの機会にご紹介する。
さて、
ミステリー好きのあなたに
ぜひお勧めしたい番組がまもなく放送される。
それは・・・・
来る3月1日(土曜日)
朝、5時50分(早っ!)
全国の民放AMラジオ局が、
共同で制作している番組「録音風物詩」!
この週は
文化放送報道部制作の
「虚無僧の尺八が聴こえる街」
(PD:ひでを部長)
都会のまんなかでありながら、
年に1度
100人もの「虚無僧」が出没するという
謎のスポットを直撃!
歴史のはざまに見え隠れする
謎の「虚無僧」の秘密に迫り
その「浪漫」は
遥かな時代を超えて
現代のビジネスマンの
心を振るわせる内容となっています!
自分の中に
もうひとつの世界を持ちたい。
そんなかたには
是非聴いていただきたいのです。
「全米が泣いた!」
うそ。
泣いてない。
牛込柳町あたりは
泣いたかも。
でも心が癒され、
元気付けられる内容です。
ベッドの中ででもいいからお聴きくだされ。
投稿者 : 23:00
2008年01月29日
あやまれよ。(担当☆石森則和)

↑9階のパソコンのとこにいる「わんこ」
ちょっと和んでいただけましたでしょうか。
さて、
とても不思議に思ったニュースがあるんです。
「某放送局職員のインサイダー疑惑」です。
報道記者らが
「外食大手が回転ずしチェーンを傘下に収める」
というスクープを放送前に端末で知り、
回転ずしチェーンの株を購入したというもの。
こうした原稿は
約1万1000人の職員のうち、
記者や編集担当者ら約5000人が閲覧を認められ、
割り当てられた職員番号とパスワードを端末に打ち込んで
閲覧できたっていうんですけど・・・。
取材した記者は
今、どんな気持ちでいるのよ?
なんの比喩でもなく
ニュースの当事者との間の「信頼」は財産で
スクープやニュースソースは「記者の命」です。
僕にも
過去に取材して以来、
継続的に連絡を取り合っているニュースの当事者の皆さんがいて
何かあればすぐに連絡が取れるようにしてあります。
そういうかたがたは、
「君だから話すけど」
「ほかのところはこう報道してるけど本当はこうなんだ」
などと話してくれるのです。
時に、批判的なレポートになったとしても
互いに「信頼」があるからこそ
また取材に応じてくださるのです。
それは、1日2日で構築できるものではなく
長い時間をかけてできた「絆」だと思ってます。
スクープってのは
偶然転がり込んでくることもありますが
時間をかけた取材の中で
それが報われるかのように
鉱脈を掘り当てるかの如く辿りつくことが多いのです。
僕もこれまでの取材の中で画期的な新薬や
技術開発の情報を得ることもありましたが
オンエアまでは細心の注意を払いました。
インサイダーがどうとか言う前に
正直、ほかのジャーナリストに奪われないためです。
取材活動の中で得たスクープは
取材相手との信頼のもとに見つけられたもので
自分の子供のように愛しく
放送までは大事に守ってあげなければいけません。
そして
何が一番の喜びかといえば、
それが多くの人に向かって放送され
大事な情報がきちんと伝わることです。
それをね?
こそこそ株の売買に使うなんて発想、
記者として考えられないわけです。
ただ、同じ報道部のデスクや仲間の記者とは
チームでニュースを作っているので
情報を共有しないわけにはいきません。
でもお互いプロなので
互いの取材を尊重し、
情報漏れや悪用は発生しないのです。
今回、スクープした記者と
株を買った記者は別人のようですが
少なくとも同じ「記者」を名乗るなら
そんなことはわかってるはずじゃないのか?と
本当に不思議なのです。
視聴者へのおわびも必要ですが
世の中、全ての記者に
「記者という仕事」を侮辱したことを
謝って欲しいのです。
「ごめんなさい」は?
投稿者 : 17:40
2008年01月11日
110番のヒ☆ミ☆ツ!(担当☆石森則和)
きのうは110番の日でした。
僕としては初めて
警視庁の通信司令室に入って取材させていただきました。
ひっきりなしに通報が入ってくる司令室は
正面の大型スクリーンに向かってずらりと機器が並び、
まるで
宇宙船と連絡をとるコントロールルームのような感じ。
ところで。
いつごろ、どうやって110番ができたか
ご存知でした?
調べてみると結構面白いです。
日本最初の110番は1948年、
GHQの勧告がきっかけでした。
東京は最初から110番だったんだけど、
・・・大阪や京都では違いました。
どう違ったのか?というと!
なんと、1がひとつ多い(笑)
「1110」だったのです。
名古屋では、また違うのです。
一時期、「118」になってます。
「イイヤ(118)?」
これは消防の「119」と間違えやすかったかも知れませんね。
ばらばらだった緊急通報電話が
全国で110番に統一されたのは、
1954(昭和29)年になってのことでした。
地方ごとにばらばらだと
人の行き来が多い大都市では
誤りが生じるおそれがあったからです。
考えてみれば
「ひゃくとーばん」という語呂は
実に覚えやすい響きです。
もし「1110」番だったら
どんな風に呼べばよかったのでしょう。
じゃあ、なんで
「ひゃくとーばん」になったのか?
これは
今の若者には
わからんかもしれんがのう。(←急に老けた)
電話機の形状が主な要因なのじゃ。

昔はのう。
電話はボタン式ではのうて
ダイヤルを
指先でジーコ、ジーコ(サッカーとは無関係)と
回してかけてたのじゃ。
ダイヤル式電話のダイヤルにおいて
「1」は、
一番ストッパーまでの距離が近いので
指をちょっとだけ回せばよかったのじゃよ。
つまり、素早くかけられるのじゃ。
(ストッパーというのはダイヤルを回したときに
最後に指がひっかかる金具のことね)
しかし、ここで疑問が残ります。(あ、普通に戻った)
確かに「1」はストッパーに一番短いから
「まわす距離」が一番短いけれど・・・
「0」は、逆に「最も遠い」じゃないか!
・・・あー、ついてこれてますか?
ダイヤル電話を知らない平成生まれのチミたち?
でも、このまま、続けます。
「0」は、
ぐいーんと
ほぼ一周ダイヤルを回転させなければいけないんです。
「それじゃあ、時間がかかるじゃないか!?」と思うかもしれませんが、
「0」が選ばれたのには、やはり理由があります。
その理由とは!?
「間違いをふせぐため」なのです。
つまり、あわてて「1」を2回まわしたあとに
「ああ、最後に、ぐいーんと長く回さなきゃ。
いや、でもその前に
もう一度冷静になってみよう」
・・・と思わせるためなのです!
あーでも
プッシュ式の携帯電話になった今
ほとんど意味をなさなくなっちゃいましたね。
初期のころは32個の電話機を置いて、
どの電話が鳴っているのか
それぞれの電話に耳を近づけていたそうで・・・
「あっ!こっちじゃないぞ」
「おわ!これでもない」
「ああ!切れちゃった」
・・・そりゃあ、まずい。
陣内智則さんのコントにありそうなことが
本当に行われていたのですね。
さて、今は携帯電話を
ほとんどのかたがお使いでしょうが、
注意すべきことがあります。
去年からは携帯電話を使用した場合に、
どの場所で通報したかが
通信指令センターに通知されるシステムが開始されてはいます。
でも電波受信状況により、
誤差が、数キロメートルに及ぶことがあるのです。
ですから
住居表示や自販機に書いてある住所を伝える必要があります。
でも、もしそれらがなくても大丈夫。
交通標識や交通信号、電柱に書いてある番号でも
OKなのです。
覚えておくといいのじゃ。
投稿者 : 00:00
2007年12月31日
よいお年を!(担当☆石森則和)
2007年がすぎてゆきます。
この年末、
番組と番組の間に
「ニュースさよなら2007」が流れていたことに
お気づきになりましたでしょうか。
これは2007年におきたニュースを
報道部が取材した音を柱に
1分間で振り返るものです
高尾記者が原稿を書き、奥山記者のディレクションで
石森がナレーションを担当させていただきました。
日ごろ、ニュースパレードなどで
報道記者がレポートをする場合、
その長さはおよそ1~2分。
ニュース原稿に書くなら
1本につき数十秒といったところでしょうか。
しかし取材するときには
その10倍も20倍もの情報を集めて整理します。
その中から、何が大切なのか
削りだしていく作業をするのです。
取材の方法や量は記者によりますが
高尾記者は「ものすげえ」勉強するタイプです。
だからこそひとつひとつのニュースに思い入れも強いですし
改めて1分間にまとめるのは至難の業だったことでしょう。
反面、そのニュースで何がポイントだったのか把握しているので
的確な原稿になっていたと思います。
また、奥山記者も「伝わる」ことに重きをおき、
BGMやニュース素材、ナレーションのタイミングにこだわり
納得がいくまで練習してから臨んでいました。
ナレーションを収録中、
あらためて今年取材した音を聞いていると
様々な想いが去来しました。
ニュースの当事者に取材したときのこと
そしてその当事者たちは
「あれからどうしているのだろう」ということ
そして今年も1年、記者もデスクも
熱く動きまわったなあということ。
このブログを書くようになって
ラジオ記者なのに、現場にカメラを持っていくようになりました。
ただ、あくまで音を録音するのが仕事ですから
カメラマンと同じようには写真をとることができません。
それでも思い出に残るショットはあります。
いくつか振り返ってみましょうか。
まずは笑顔編。
朝早くから、
保育園の前で待って取材したのがこれ。

かわいい笑顔でしょ?
保育園を卒園して、門を飛び出してきた青木鈴花ちゃん。
鈴花ちゃんは
「喉頭軟化症」というのどの病気で
痰の定期的な吸引措置が必要なことを理由に
東京都東大和市に保育園入園を拒否されたのですが
裁判で入園を認める判決が出され、
夢が叶ったのです。
嬉しさあまって
報道陣の前をダッシュでかけぬけた鈴花ちゃん。
「卒業したよおおおおおおお」
ドップラー効果たっぷりに
嬉しそうな声が響いたのでありました。
今ごろは小学校の初めての冬休み。
楽しくやってるかな?
そしてこれ。

かわい・・・い笑顔?
ニュースパレード月曜日のキャスター
角谷浩一さん。
これは組閣の速報を伝える、官邸の特設テント。
現場では
国会担当の吹野記者が奮闘しまくりました。
石森もその指示のもとレポートをさせていただきましたが
角谷さんのこの余裕の笑顔。
ふてぶ・・・いや、さすが貫禄がおありです。
このときは官邸から
角谷さんとのかけあいでお伝えしました。
吹野記者も、そのあとの番組まで残ってロングレポート。
思い出に残る一枚です。
しかし、今年は選挙が何度もあり内閣改造もあって
この写真を見ても
一瞬、いつの組閣だったっけ?と思ってしまいました。
角谷さんは今年、一時体調を崩されましたが
角谷さんが復帰されるまでの間、
僕はピンチヒッターとして
ニュースパレードのキャスターをさせていただきました。
皆さんからアドバイスや応援をいただき
正直、これは本当に勉強になりました。
ありがとうございました。
まもなく角谷さんは不屈の魂で復帰し、
そのあと
サシで飲みに連れていっていただきました。
そこでいろんな話をしましたが
これは2人の愛・・・もとい
絆が深まった出来事でした。と勝手に思ってます。
取材では、
「これまでなら考えられなかった経験」もしました。
この写真はオウム真理教の元代表、上祐史浩氏です。

これは元オウム真理教の本部内で撮った写真です。
上祐氏はアーレフを脱退し、5月7日に新団体「ひかりの輪」を設立して、
代表の座についたのですが
これはその時、
上祐氏の部屋の中で
本人に直接インタビューした時の写真。
しかしここに教団施設がある限り
周辺の住民のかたは警戒を緩めてはいません。
さて、報道部には
24時間、365日休みはありません。
今も僕の横で
伊藤デスクと
吹野サブデスクが一生懸命原稿を書いていますし
小谷さんも編集に備えています。
新人、吉野記者(女性)は
初めての「アメ横」取材に出かけていきました。
吉野記者、がんばっております。
「営業時代のほうが
美味しいものが食べられた」とかブツブツ言ってるくせに
警視庁の「変なトッピングの蕎麦」を美味そうに食ってます。
あと、おなかはしまっておきなさい。
僕もいつでも取材に出られるように待機中。
(遊んでいるわけじゃないお)
でも平和な年末年始になるといいですよね。
交通事故や火災などには十分気をつけてください。
年末年始も取材は続きます。
帰省や初詣のおともに
楽しいトークと音楽が聴けて
なおかつ、ニュースや交通情報、天気予報など
必要な情報が「なんと無料で」お聴きになれる、
(どこでもそうだけど)
文化放送にぜひ、
すていちゅーん。
※これまでこのブログを
月曜日と、木曜日に書かせていただいていましたが
2008年からは
石森も他の記者の皆さんと一緒のローテーションに入ります。
次回は1月11日です。
投稿者 : 11:03
2007年12月27日
どこまでもいこう(担当☆石森則和)
僕ら記者や技術スタッフを
あらゆる現場に運んでくれる
報道部の中継車。

事件が発生すれば
あらゆる場所にすっとんでいきます。
車の中でも
記者は情報を収集し、
記事をまとめ、編集し、
レポートまで行います。
それどころか災害現場や人質事件などでは
車内に何日も泊り込むこともあります。
アンテナを空高く伸ばせば
犬に吠えられることもありますが
そんなことはなんのその。
報道陣の中で揉みくちゃになったときや
過酷な天候のもとで張り込むとき、
また一人で事件を追いかけているとき
彼方からやってくる銀色の車体に
ほっとさせられます。
「運命共同体」っていうのかなあ?
僕らにとっては
まさに「食べちゃいたい」ぐらい
かわいいやつなのです。
では。
いっただーきまああああす!

・・・なんつって、びっくらした?
文化放送リスナーとして
いつもニュースパレードなどを聴いてくださっている
プロダクト・デザイナーの鈴鹿繁実さんが、
ワンオフ(特別にひとつだけ手作り)で製作した貴重な一台。

すげえっしょ?
鈴鹿さんは大手自動車メーカーで、
車のクレイモデル作りに15年間とりくみ、
オートバイ用品を作る会社でも
「開発マネージャー」として活躍したかた。
取材を通じて知り合ったのですが、
さすがに器用だなあ。
僕なんか、子供の頃プラモデルを作ると
なぜが部品が余ったものです。
中継車の運転手のHさんに見せたら
驚いて絶賛してました。
そんなわけで
きょうも
この車で会見に行ってきました。
あしたも行くでしょう。
(あ、本物の車のほうね)
いつかどこかで
この車体を見かけたら、
文化放送にダイヤルを合わせてくださいな。
あなたの近くから
報道部員がレポートしているかもしれません。
投稿者 : 21:07
2007年12月24日
僅かな光でも(担当☆石森則和)
「吝か」
↑これなんて読む?
答えは「やぶさか」
では、意味は?
「けち」です。
ですから
「やぶさかではない」となると
「けちけちしないでやりますわ」
・・・という意味になります。
福田総理は、きょう記者団に
「(C型肝炎訴訟の原告団と)会って話をすることは
やぶさかではない」と、面談に応じる可能性を示しました。
「努力を惜しまない」と言いたいのでしょうが
なんだか「高いところからの物言い」という感じがします。
福田総理はきのう
一転して、
「被害者全員の一律救済」を含む議員立法を
提出する考えを示しました。
これを前提に
「けちけちしないで会ってあげてもいいよ」と言ったわけですが
きょう会見した「原告・弁護団」には