« 2008年05月 | メイン | 2008年07月 »
2008年06月30日
MAMOR?/♪ひでを
6月26日(木)の毎日新聞の朝刊に
自民~府省の広報誌廃止 「無駄撲滅PT」が提言へ
という記事が掲載されていました。
要はもう「耳タコ」議論のどうどうめぐりですが、
増税(消費税含む)議論の前に
お役所の「ムダ遣い」を徹底的に排除せよ、
ということ。
まぁこれは
国民共通普遍の感情ではあります。
いろいろありました。
**
マッサージチェア
タクシー券
ミュージカル協賛
居酒屋タクシー
・・・
議論するまでもなく排除しなくてはならない「無駄」
は速やかにイレーズしてもらいたい、と
ひでをも思う。
で、「広報誌」。
ひでをのところには毎日おびただしい数の
郵便が届きます。

そのほとんどが文化放送報道部宛の
ニュースリリース、イベント情報(取材オファー)
各種団体・一般木企業からの広報誌、
そして「府省の広報誌」です。
外務省
厚労省
農水省
防衛省
・・・
さまざまですがそれぞれ結構立派な装丁で、
製作されています。
その中で毎号唸らされるのが
防衛省の広報誌
「国民とともに防衛を考える情報誌~MAMOR」です。

毎号表紙はニッカリ笑う女性自衛官。
しかも巻頭カラーグラビアで表紙の女性自衛官の
「特集」。
タイトルが“防人たちの女神”
う~ん。女神かぁ。
(死神と書かれた大臣もいたっけ…)
もちろん、防衛省オフィシャルの広報誌だから、
この7月号の特集記事には
・人命救助の最後の砦~航空自衛隊新潟救難部
・空のトランスポーターCH-47J
・速報!しらせ寄港+新しらせ進水
・109号日記~防衛大学校第55期学生の青春
といった、
直球系の記事が殆どですが、中には
「隊員御用達のお店~三宿駐屯地・池尻大橋」
な~んてタウン情報系のものもある。
自衛官ご推奨の店、ほほえましい。

「牛乳プリン」は
うまそう。自衛官とプリン、いいじゃないか。
かと思えば、
悪いけど笑えるのが
「ミリキャラ占い」。

毎月連載です、人気コーナーか?
ひでをはMAMORを否定はしません。
むしろ広報するんだ!という努力が感じられる。
でも書店で見たことがありません。
毎日新聞の記事にはこうある。
自民党の無駄撲滅PT(プロジェクトチーム)は
各府省の広報について「実効性に乏しい」と判断し、
▼広報誌・広報グッズ廃止
▼ホームページ管理は内閣で一元化
を提言に盛り込む。
「広報」の優劣甲乙って評価が難しいものです。
でも、かんたんに否定する前にもう一考は
必要です。
特に省庁は国民に向けて発信しなくてはいけない情報が
山ほど、ある。
問題は広報手段、伝播の仕方、内容の真剣な検討です。
小泉総理も安倍総理も手を着けられなかった、
公務員改革にやっと着手、しかもほんの数ミリの
第一歩といった感じ。
山県有朋がつくった文官任用令から100年のしがらみ
に束縛されている官僚制度。
本当の意味での「ムダ排除」は
抜本的な官僚制度の改革
が第一義と
ひでをは思う。
投稿者 文化放送報道部 : 10:22
2008年06月27日
岩手宮城内陸地震を取材して(担当☆石森則和)
奥山記者がブログに書いていたのは
石森の別人格、「バラエティー石ちゃん」が
グラビア・アイドルと「本気で恋愛を語ってきた」番組
「ガールズパーティー」の打ち上げのことです。
別れはさびしいですが
トークが苦手だったグラビアアイドルたちが
「ラジオが好きになった!
番組が終わるのってドッキリですよね」と言ってくれたのが
嬉しかったです。
聴いてくださっていたみなさん、
ありがとうございました。
さて、
ここからは「報道バージョン」石森に戻って
お送りします。
最初に申し上げておきますが今回は長いです。
ご了承ください。
14日、土曜日。
ニュース速報のメールで起こされました。
先週、秋葉原の事件で
飛び出したばかり。
また何か事件か?と思いつつ
寝ぼけ眼で携帯電話を見て、
反射的にYシャツをつかみました。
震度6強。
文化放送の報道制作部では
「全員出社」のレベルです。
取材に必要なものがたいてい入っているリュックを手に
報道部に向かいました。
ほかの社員も続々と出社してくるなか
しばらくは情報収集や電話での録音取材にあたっていたのですが
まもなく報道部長から「石ちゃん、行って!」と指示が出ました。
車が用意できるまでの間、
バイトくんに、できるだけの水と食料、
それから携帯電話の電池式の充電器などを買ってきてもらいました。
カーナビの目的地を「奥州市役所」に設定しますと
到着時間は6時間後、と音声が流れました。
しかし、これは「高速道路が走行できる場合」のタイムです。
途中、古川―築館の区間で通行止めに。
やはり遠回りになりました。
刻々と入る被害の情報から、行き先を「一関」に変更、
途中、東京消防庁や新潟県の消防本部の車両にも会いました。
一関につくや否や、
「現在、ヘリコプター6機で
次々に孤立した人の救助作業が行われている」という情報を得ました。
救助された人が運ばれている本寺小学校に向かいます。
しかし、カーナビを使っても場所がよくわかりません。(建物が無いため)
真っ暗な山道を走っていくと
闇の中に、しゃがみこんでいる3人の姿を見つけました。
「ヘリで運ばれてきて、ここまで歩いてきた」といいます。
おかげで小学校が近いことはわかりましたが
「危険ですよ」と伝えました。
するとそのとき、
異変に気が付きました。
雷のような音が
空からではなく、地を這うように聞こえ、
その唸るような音に、
まわりの山々が響きあっていました。
そのうち、突き上げるような揺れがきて
全員が固まりました。
ぐらぐらとかゆらゆらではなく、
山そのものが、ぶるぶるっと身震いするような余震でした。
10分ごとに襲う余震、それほど大きくなくても
地盤がゆるくなっている山道では緊張が走ります。
ゆれがおさまったころ
頭上、低空をヘリが過ぎていきました。
「あっちだ!」
山間の小さな学校が暗い明かりに浮かび上がっていました。
子供の姿のない夜のグラウンドに
もうもうと土煙を巻き上げながら自衛隊のヘリが降りてきます。
咳き込みながら実況し、避難所の中へと入っていきました。
対策本部では
「ヘリは暗くなると着陸が危険、日が暮れる前に、
毛布や食料&水を現地に投下する」と聞いていましたが
ぎりぎりまで救助を続けたようです。
体育館にはすでに30人ほどのかたが避難生活を始めていました。
不気味に襲う余震に怯え、
インタビュー中、座り込んでしまう女性もいました。
その後、拠点を宮城県に移すことにしました。
駒の湯温泉が倒壊て7人が生き埋めになったのも
また工事の作業員3人が流されて死亡したのも宮城県内です。
震源地に近い「栗駒山」のふもとにある避難所につくと
避難したかたがたが過ごす和室の大広間は
報道陣立ち入り禁止になっていました。
それでもロビーにいると
若いお母さんが2人でてきて
ロビーにある簡単な図書室のようなところで
子どもに絵本を読ませ始めました。
その間に自分は携帯電話を取り出し
余震があるたびに
誰かに電話しているようでした。
・・・電話の相手は
現地に残してきた家族でした。
現地に畑がある、養殖場がある
お年寄りがいる、様々な理由で
避難しないかたがたが現地には残り
小さなお子さんのいるお母さんだけ
ここで過ごしていたわけです。
避難民のかたは
積極的に取材に応じる元気は残っていませんでした。
取材陣もどうせ取材に応じないだろうと深追いはしません。
でも、この母親は
僕の取材には応じてくださいました。
母親は「パパに会いたいねー」
「パパに会いたいー!」と子どもに言わせていましたが
それは、
文化放送と書かれたマイクに子どもの声を乗せ
その声を届けたい相手が、
ヘリでなければ行くことのできない我が家にいるからです。
涙をこらえた赤い目を見れば
すぐにわかりました。
その日は、そのまま
県道42号線を走っていくことにしました。
その先には
7人が生き埋めになった「駒の湯」があります・・・。
夏らしい濃い緑の山々は、どれも3分の2ほどが崩れ落ち
生々しい山肌を見せていました。
その濃い緑と、茶色が残酷なコントラストに思えました。
途中、通行止め個所がありましたが報道車両は通行できました。
しかし、やがてすぐに先へ進めなくなりました。
2車線の道を塞ぐように、高さ数メートルの土砂の山がありました。
その山の上で、自衛隊のカーキ色のショベルカーが数台作業をしていましたが
大型のシャベルカーが小さく見えました。
付近の民家は、ひしゃげ、屋根が落ち、
あたりにはなんともいえない下水のにおいが立ち込めていました。
危険で住むことが出来ないことを示す赤いが貼られ、
いずれも人の気配はありません。
すると、数人のお年寄りが歩いているのが見えました。
他の記者たちは気にとめていないようでしたが
僕はどうしても気になり、どうしたんですか?と聞きました。
すると・・・
「これから陶芸家のいとこの家にいく」ということでした。
心配で見にきたという親戚のかたでした。
「え?まだ人が住んでいるんですか」と聞くと
「一緒にくるかい?」といいます。
「え?いいんですか?」・・・とついていくと
土砂崩れの10メートルほど手前に
森に隠れた工房がありました。
「栗駒焼」と書かれています。
「あがりなさい」・・・中から出てきたのは、
写真家のアラーキーさんによく似た陶芸作家、小柳さんでした。
長年作りつづけてきた作品だけでなく
煉瓦造りの焼き釜は、跡形も無く崩れおちていました。
「しょうがねえだろ」
無理につくった笑顔で
人生をかけた焼きがまを見つめます。
「おちこんでたって、しょうがねえだろ」
「元気出すしか、しょうがねえだろ」
沢山の消防車が列をなして走ってきました。
降りてきたのは地元消防団のかたがたで
荷台のポンプを解体し
深刻な顔で話あっています。
そばによっていくと
マイクは車に片付けてしまったので
近寄っていくと
気さくに話し掛けてくれます。
「駒の湯温泉の捜索現場に行って
俺たちのポンプを提供したんだ。」
「でも次々に壊れちまってな、
これで3台目なんだが、
こいつも調子が悪くなっちまった」
消防のポンプは
本来、防火用水から水を吸い上げて
勢いよく放水するためのもの。
しかし駒の湯の現場で
泥水を吸い上げるだけに使われ
焼きついて壊れてしまったのです。
私がお疲れ様ですというと
「お疲れ様はまだ早いよ」とつぶやくように言っていました。
・・・避難していたかたを含め
取材期間中
「疲れた」という言葉を聞きませんでした。
被災者を思ってのことはもちろん
被災者も捜索チームのことを思いやっていました。
17日の朝8時40分すぎ。
生き埋めになった人の生存率が著しく下がるといわれる
72時間が経過しました。
その日の朝
「吉田照美、ソコダイジナトコ」のオープニングで
最新情報を入れたあと
1時間後にもう一度生レポートを入れることになっていました。
そこで、オープニングが終わったあと、急遽
もっと被災地に迫ることにしました。
「国道398号線」(地元ではサンキュッパと呼ぶ)
この道は秋田県の湯沢に続く山道で、バスが土砂に巻き込まれ転落した現場も
作業員が土砂崩れで行方不明になった現場も、この先にあります。
道路には地割れや段差が多く、車両通行止め。
ただし、徒歩でなら通行できるため、
そこから山に登りはじめました。
切り立った崖と谷に挟まれた道、
一緒に歩いていたドライバーと
「もし、今大地震があったら、最後かな」と話しながら上ると
数百メートルにわたって崩れ落ちた山の斜面がありました。
途中地鳴りとともに余震がおき、
道端に停めてあった大型のショベルカーが
左右に大きく揺れ続けました。
そうだ、予定を変更して
ここを上りながら中継しよう。そう決めました。
100数十メートルにわたって
くずれ落ちた山肌。
文字通りの土や砂ばかりではありません。
大きな岩、それをどければ倒木、その繰り返しです。
よく見ると巨大な岩が落ちそうになっています。
脇の「けものみち」のようなところから
行けなくもなかったのですが、危険すぎるので回避しました。
ここで気をつけたことがあります。
テレビのようにヘリに乗らないかわりに
被災地の人々の声をできるだけ伝えたい、
あくまで至近距離における地震の被害を伝え
被災するというのはどういうことかを
リアルに感じていただこうと思っていました。
ですから、いたずらに危険な地域に入り
あたかも地震に興奮しているようなとられられかたはしたくない。
・・・しかし被害の恐ろしさは、素直に驚きをもって伝えたい。
その加減に気を配りましたが
どう受け止められるだろうかという気持ちもありました。
しかし
リスナーのみなさんから
現地のかたを気遣う内容のメールを頂きました。
先ほどのレポートについての反応で
現地の人や、捜索活動をしてるかたがたへの想いが
レポートの感想などとともに書かれていました。
僕への気遣いの言葉も。
邦丸さんの番組の三中ディレクターは
わざわざ電話口でこうしたメールを読んでくださいました。
ああ、伝わったんだな、少しは役にたったかな?
そう思うと、とても励みになりました。
レポートを終えて気が付くと
あんなにたくさん停まっていた警察車両が
ほとんどいなくなっていました。
最初は、あす福田総理がくるから
その警備のため、という情報も現地では流れたのですが
・・・それは誤りでした。
生き埋めになった命のリミット、
「72時間分の装備」しか持っていない11の県警が
帰らざるをえなかったのです。
いたずらに時間が経過してしまったことを
感じさせる出来事でした。
最後になりますが
テレビの場面では
崩れ落ちた茶色の山肌や
倒壊現場ばかりが映し出されます。
でも
あの町は
本当は美しい町でした。
道端には
色とりどりの花が植えられ
人の心のやさしさを思わせました。
土砂崩れを借景に
犬を連れたおばあさんが
のんびりと農作業をしていました。
黄昏の水田は
鏡のように夕焼けを映して
自衛隊のヘリのシルエットが
雁の群れがゆくように見えました。
被災者のかたが、
安心してくらせる日常が戻ること、
そして
亡くなったかたのご冥福をお祈りしたいと思います。
被災地でお世話になったみなさん
ありがとうございました。
投稿者 : 19:34
2008年06月26日
ブランド品もリサイクル(担当☆アイコ)

朝会社に行くと
S井サブデスクが嬉しそう
「今日は質屋まつりです」
周りの人も「あー知ってる知ってる」「すごいよね!」
わらわら集まってきました
そんなスゲーイベントを私は知らなかったのか、と反省

会場に着くとブランド品がわんさかわんさか
ブランドバッグが山積み
すごい量のヴィトンのモノグラム 茶色い山です
若干テンションあがるドライバーH替さんと私
「おい、アイコ、1万4千円の指輪あるぞ!買えよ」
と140万円の指輪を指すH替さん おじいちゃんは大人しくしてましょうねー

メインイベントのワゴンセールは1日3回
制限時間が設けられ
網の中でかばんの山に向かって一斉に突進
去年はケガ人がでたとのこと・・・
「いい音取れるよ・・・」皆がニヤりとした意味がわかり憂鬱に
オリから出たくなってきた

カバンをまさぐりあう波に押され押され
めっきりやる気を失う私
カバンが床に落ちまくってます
あーあ 高かったろうに
大学生の男の子二人組みにインタビュー
「彼女にグッチのカバン買いました!付き合って1周年記念なんです~ えへへ」
彼女は鬼の形相をした人々と戦って獲たバックとは知らずに受け取るんだろうな
知ったほうがいいのか、知らないほうがいいのか
私には判断できないので
そこはカットいたしました!
投稿者 : 17:21
2008年06月25日
泊まり勤務中!(拓也記者)
毎週火曜日は泊まり勤務です。
翌朝の番組の為にニュース原稿を一晩掛けて作っています。
報道部にはニュースパレードの取材予定を書いておくホワイトボードがあります。
これも参考にしながら朝用の原稿を作ります。

昨夜、このボードを見てみたらこんなことが!

給料日!
そうです。
きょう、25日は給料日です。
一ヶ月間待ち続けている給料日です。
給料日以外に書いてあったのは、好評 On Air 中の夏企画のみ。
参りました。
泊まり勤務で、頭が働かなくなっていた私は、楽しくなってしまい、こんなことも書き加えておきました。

これ、本当です。
石森記者が出演している番組の打ち上げだそうです。
それにしても羨ましい。
こちらの模様は石森記者が今後のブログで書いてくれることでしょう。
お楽しみに。
泊まり勤務も終わりましたので、築地にでも朝食を摂りに行ってきます。
お疲れさまでした。
投稿者 : 09:30
2008年06月24日
反省したこと(担当★野中)
私のマナーについて、反省させられた話を書きます。
今日、5~6年ぶりに、大学時代の友人(男性)から
電話がありました。
クラブ(英語会で、K・E・S・Sといいます)の同窓会のお誘いでした。
彼は、電波状況の悪いところにいて、話は、途切れ途切れに
なったのですが、大体の話は通じて、
「それじゃあ、元気で、さようなら」と、普通に電話を切ったのですが、
1分もするか、しないかのうちに、また、彼から電話がかかりました。
彼は、
「やぁ、ラジオをよく聞いているけど、曲紹介して、すかさず、ドンと
曲が入るの、スゴイな、といつも思ってるんだけど・・・」
私・・・・?
彼が何を言おうとしているかわからなくて、
彼が、私と林家正蔵さんがやっている日曜朝の『サンデー・ユニバーシティー』を
時々聞いていると言っていたのを思い出して、
「あれは、録音番組だからよ」などと、トンチンカンに答えると、
「そうじゃなくて、生放送でさ、そういうやり方に慣れてるんじゃないの?
ああいう電話の切り方は、ないと思って、
ああいうお別れの仕方は、イヤだと思って、電話をかけた」
と言われました。
彼の口調は怒ってないけど、おなかの中では怒っている感じでした。
彼が言いたかったのは、
「それじゃ、元気で、さようなら」
そこで、ドンと曲が入るタイミングで、すかさず私が、
ガチャッと、電話を切った、というのです。
ガ~~~~ン!!
言われるまで、気がつかなかった。
もう、お話が終わったと思っていた。
そうだった。相手が電話を切ったのを確認してから、
こちらが電話を切る。
相手も同じ事をしたら、電話の向こうとこちらで
お互いシ~ンと耳を澄ますことになりそうだが、
そこは、あ・うんの呼吸ということで・・・・
電話を切るときは、一呼吸置いて、耳を澄まそう。
それが、相手への思いやり。心配り。
こんなの常識なんでしょうね。恥ずかしい。
いかに、自分が、雑に人に対していたか、今日は、思い知らされました。
穴があったら、入りたいとは、このことです。
よくぞ、彼は言ってくれました。
今日、指摘されたことは、とてもありがたいことでした。
そうじゃなかったら、ずっと気がつかないままでした。
むずかしいですね。沢山の人間がいて、
それぞれ聖人君子じゃないから、お互いいろいろ失敗は避けられないけど
「それ、違うんじゃないの?」と、言い合える関係を
ふだんからまわりに築いていけたら、しあわせなんじゃないかな・・・
今日の反省は、これで終わり。
それじゃ最後に・・・
今は梅雨のシーズンで雨降りのうっとうしい日が多いけど
町には、くちなしのいい香りが漂っています。
その香りをおすそ分けしましょう。

できるわけないか・・・でも、<気持ち>です。
梅雨には、梅雨の楽しみが・・・
皆さん、健康に気をつけて、元気に過ごしましょう!
* あとで、彼に<ごめんなさい>ってメールしたら
「電波状況の悪いところにいたのは、こっちなんだからなに気にしてるの?」
と返事がきました。全然怒ってなかった。ちょっと、今日の私は、トンチンカン。
でも、ズシンとありがたい指摘だったのは事実です。ありがとう!
投稿者 : 17:15
2008年06月23日
あっやっちゃった ♪高橋小枝子♪

いつかはやると予言した人がいました。
お昼のお弁当がデスクに届く頃
必ず国会担当の、とある記者から
連絡の電話がかかってきます。
片手に受話器
片手はお弁当
そのお弁当のふたを開け、
デスク横の冷蔵庫の上の電子レンジに入れ
電子レンジのスイッチ オン。
今までは失敗しませんでした。
しかーーーし

がっちゃーーーーーーん
大きな音がしました。
何事か・・・少ない部員が振り向きます。
まだ、一口も食べていない、お弁当の全てが
宙を舞いました。
あーーーーーーー
電話の相手は、何の頓着もなく話を続けています。
デスクの耳には受話器
視線は、床に散らばった美味しそうなおかずの数々に・・・
「大丈夫ですか、敏さーーん」
「OK OK OK だいじょうぶ 僕 自分で かたづける」
本来なら、こんなに美味しそうなお弁当

それが

「MOTTAINAI」
様々なこと、繰り広げつつ
今日も「ニュースパレード」は
発信されるのです。
さて、先週の水曜日 6月18日から
恒例「ニュースパレード 夏企画」が始まりました。
今年のテーマは、
洞爺湖サミットの主要テーマでもある「環境」
「環境 待ったなし ○○の場合」と題して
全国32局の制作、放送が始まりました。
初回は、文化放送 吉野亜衣子記者の取材で
「東京 都市鉱山」と題して
希少金属がいっぱいの携帯電話リサイクルや
入れ歯リサイクルの現状をお伝えしました。
その後、KBS京都さん、山陽放送さん
そして今日は山口放送さんの「環境 待ったなし」が
放送されました。
7月7日からの「洞爺湖サミット」をはさんでの
「ニュースパレード 夏企画 環境 待ったなし」を
ご期待くださいませ。

6月21日の土曜日には
国立環境研究所の公開シンポジウム2008
「温暖化に立ち向かう~低炭素・循環型社会をめざして」が
開催され、温暖化を抑止するための低炭素社会の実現の
仕組みづくりの重要性を感じてきました。
その夜は、電気を消して、キャンドルナイトも
行われたんですよね。
夜、電気を消してお風呂に入ると
なーんか、露天風呂の気分になってくるんですよ。
お試しあれ。
高橋小枝子でした。
投稿者 : 19:57
2008年06月20日
バーチャルなコミュニケーション 担当☆高橋民夫
家の中から、ちゃぶ台が消えて久しい。
夕方、どの家の台所からも夕餉のしたくの音が聞こえ、
やがて、母親が子どもを呼ぶ声が聞こえる。
「○○ちゃーん、ごはんよ!」
「はーい、いま行く。」
「○○ちゃーん、何してるの?」
「はーい、今行くってば・・・」
東京秋葉原の無差別殺傷事件の加藤智大(ともひろ)容疑者は
少年のころ、こういう会話を交わしていたのだろうか?
小さいころは、さすがにこれらの会話はあったかも知れないが、
やがて、「うるさい!ご飯は食べたいときに食べるよ!」となり
一切、会話の成立しない状態に変わっていったのではないだろうか?
携帯からインターネットに殺人プログラムを送信し、
「気が付いた誰かが止めてくれると思った」と言う。
「甘えるんじゃない!」と思った。
その一方で「それほど話し相手が欲しくなったのか?」とも思った。
推測に過ぎないが、家庭内の会話を断ち切ったのも、
面倒くさいことは、我関せずでいこう!と思ったのも自分じゃないのか!
機械を使ったバーチャルなコミュニケーションは、体温が感じられず
相手が喜んでいるのか、不快感を表しているのか表情をつかめず、
結局、依存しすぎると本質的に孤独になっていくに違いない。
その、加藤智大容疑者がきょう、殺人容疑で再逮捕された。
毎日、職員から食事を知らされるとき、
感謝の気持ちをもって会話をしているのだろうか?
あの事件がきっかけで、秋葉原の歩行者天国がしばらく休止に。
町が判断することで、私が是非を論ずることではないと石原都知事。

現代の日本の社会が豊饒で、先端技術が急速に進み
便宜性に満ちていても、悲しいかな本当のコミュニケーションを阻害する。
これだけ便利になった世の中なのに、想定外の出来事が多く発生。
町の中を歩いていても、何が起きるかわからない。
そんな中「何がなんだかわからなかったが救命の講習を受けていたので
気持ちを切り替えて、倒れていた人に駆け寄りました。」という女性。
「何から手をつけてよいかわからなかった。パニックでした。」
と語る、たまたま通りすがりの医師。
呆然と立ち尽くしたり、写真を撮るなどしていた多くの人たちの中で
被害者を救護した人たちにきょう、感謝状が贈られた。
果たして、そこに居合わせていたらできただろうか?
自問自答しながら、亡くなった方々に合掌するとともに、
救護に協力した人の多さに、救われた思いがした。
2008年06月19日
永田町 大相似形 =吹野=
コチラはおなじみ民主党・小沢代表(↓)
コチラもご存知、民主党・菅代表代行(↓)
あれ?目元…
どこかで見たような…気のせいですかね?
もっと寄ってみましょうか?
ズズ、ズイィ~ィ
↓
↓
↓
↓
やっぱし! (マウスのっけて)
投稿者 : 11:34
2008年06月18日
広角機動犬システムの考案 (担当☆永野)
岩手・宮城内陸地震。
弊社からも発生日から石森記者がHドライバーとともに現地入り。
そのレポートにもありましたが、今回も警備犬が出動、
捜索に当たっています。
テロ対策や救助活動などに従事する警備犬。
その能力をさらに有効活用できないか。
実はそんな開発が警視庁で進められているんです。
「広角機動犬システム」。

※ 写真提供 : 警視庁
このシステムを考案した警視庁・警備部によりますと、
システムについてるものは 「警察無線」。
犬に負担がかからないような小さな無線機が搭載されてます。
これにより、警備犬の担当者は離れた安全な場所からでも
犬に指示を出すことができるのです。
でも、警備犬は普段、 「目と耳で」 訓練を受けています。
肉声の指示を聞き、担当者の表情などを見て指示に従いますから
無線機を通した声の指示では従わないそうなんです。
そこで、試作品のモデルを警備犬 「ハデバルト号」 にお願いし、
システム用の特別な訓練を受けてもらいました。
最初のうちは、ハデバルト号のすぐ近くで
肉声と無線機両方で指示を出します。
そしてだんだんハデバルト号との距離を離していきます。
担当者の姿が見えなくなると少々不安になるものの
そこは厳しい訓練に耐え抜いているハデバルトくん、
徐々に順応していき、ついには無線機の声だけでも
ちゃんと指示に従うようになったそうです。

※ 写真提供 : 警視庁
また、このシステムは、犬がいやがらず
活動しても外れにくい装備にする必要もあります。
ハデバルトくんが違和感なく動ける装具を考案するまでには
実に2年を要したそうです。
さらに今後はGPSをつけるなどの可能性も。
そうすれば警備犬の位置情報と音声・画像を
リアルタイムで指揮所などの遠隔地に伝送できるため、
大地震の被災現場だけでなく、人質立てこもり事件の犯人制圧や
山岳遭難者の捜索など、幅広く活用できます。
まだ考案段階とのことですが、実用化されればいいですね!
投稿者 : 17:14
2008年06月17日
区切りなのか?(担当☆たかお)
けさ、国土交通省で記者会見を終え、
国会に戻ろうとしたところ、メールに気付きました。
びんデスクから
「宮崎勤死刑囚が死刑執行」。
驚くと同時に衝撃が走りました。
事件発生から20年。
私は当時、7歳。
宮崎元死刑囚が逮捕される前に、
私と同年代の女の子が連続して失踪。
失踪現場も当時、住んでいた場所から遠くもないため、
家族や小学校の先生などから
「知らない人に声を掛けられても、付いていっちゃダメだよ」と
よく言われたものでした。
この時期からでしょうか?
上のような注意喚起が繰り返されるようになるのは…。
さらに宮崎元死刑囚が女の子の誘拐や殺害を自供した、
その日のテレビ報道は今でも記憶が鮮明に残っています。
毎年、健在だった祖父母を含め家族6人で
神奈川県下の海岸へ旅行していましたが、
19年前の8月、その旅行からの帰路は雨が土砂降りでした。
自宅に着いて、何となくテレビを付けると、
このニュースが各局とも流れていました。
時の流れは早いもので、あれから19年弱。
時代にまた1つ区切りが付いたように思いました。
しかし、あのときの女の子4人も生きていれば、
成人していて、社会人として活躍し、
あるいは明るい家庭を築いていたわけで、
その未来を奪われたことを考えると、やり切れない気持ちになります。
一方、先週、発生した秋葉原の無差別殺傷事件をはじめ
「あり得ない」と思うような事件は後を絶ちません。
20年前の事件を境に「オタク」という言葉が広まり、
事件の「質」が変わったという専門家の指摘もあります。
しかし、元死刑囚の事件当時の年齢は26歳で、
秋葉原の事件の容疑者は25歳とほぼ同じです。
2つの事件が20年経っても、オーバーラップして見えます。
つまり、区切りは私の意識の中だけなのかもしれません。
裁判員制度を見据えて、報道の在り方も変わってくると考えますが、
「あり得ない」事件を減らす、無くすために何が出来るか?
改めて考える1日となりました。
たかお
投稿者 : 21:55
2008年06月15日
生放送中に地震が
自分がめまいを起こしたのかと思いました。
4月から高木美保さんのアシスタント(相方?)を
務めている「クロス・トゥ・ユー(毎週土曜日午前7時半~10時)」
生放送中の6月14日午前8時44分。
エコロジーに関する話題を易しく紹介していこう
というコンセプトの「グリーンワークス」というコーナーに
入る直前のことでした。
最後のCMを聴きながら、
ディレクターのQを待っていたときの事。
突然、体と頭がふらーふらーと揺れる感じを覚えたのです。
「やばい、めまいを起こしたか?睡眠不足が続いてるからな。」
気分も悪くなってきました。冷や汗が出ます。
すでに、コーナー出演者のハッタ・ケンタローさんも
隣の椅子に座り、緊張状態に入っています。
ところが、何とかめまいを我慢しようと思ったところ、
前に座るパーソナリティの高木美保さんの様子も
何となくおかしいのです。
彼女がポツリと「地震かしら」とつぶやきました。
「えっ!」と私が文化放送の震度計をにらんだ瞬間、
その震度計が鳴り始めました。
直後に目線をスタジオの外に戻すと、ディレクターからQが。
瞬間的に
「地震です。震度計は2を指しています」と
マイクに向かって口を開いていました。
その間、恐らく数秒間だったと思います。
ビルの構造も関係しているのか、
ゆらりゆらりと横に揺れるのでは無く、
遠心力でゆっくり振り回されている感じ。
高木さんも他のスタッフも私と同様
「めまいを起こした」と感じていたようです。
そんな揺れ方でした。
揺れが長く続き、話している間も止まりません。
私だけでなく、高木さんもスタッフも皆、
「東京は震度2でも、震源地の揺れは
はるかに大きいのではないか」と本能的に感じました。
そしてスタジオに飛び込んできた野中さんの手には
「東北で震度6強」の速報の紙が握り締められていました。
電話の向こうで待っていた出演者や、
スタジオのハッタさんに「ごめんなさい」を連呼しつつ
当然、レギュラーコーナーは中止。
十数分間、速報を復唱し続け、番組は「地震速報一色」に。
東京の震度は3であると正式に気象庁から伝えられ、
高木さんの住まいの那須は、東北に近いこともあって震度4。
ゲストの武田美保さんの実に興味深い話も、
時間の関係ですべて聴き終えること無く、
「また来て下さい」と詫びながら送り出し。
エンディングも地震速報の連呼で、
10時の時報を聴いて放送終了。
番組の反省会はおろか、
新幹線が止まり那須に帰れず途方にくれる高木さんにも
ろくに挨拶もできないまま、至急報道部に直行。
狭いスペースに人だかりができていました。
ほとんどの部員が集合して、
受話器を握り締めて現地に電話取材攻勢中。
思えば阪神大震災以降、
「地震が起きたらまずラジオ」との世論の高まりが、
我々ラジオ局で働く人間に逆にフィードバックされてきた気がします。
横浜から駆けつけた石森記者は、
お茶を飲む間もなくドライバーの張替さんとともに
中継車に乗って被災地へ出発。
地元局に連絡を取る者。
石森記者の宿確保で電話する者。
編集する者。
電話取材する者。
そして放送に出てしゃべる者.......
時折、大きな声を出して喧嘩もしながらも
我々の仕事は進んで行ったのでした。
もちろん吉井歌奈子さんの
「ミュージックトリップ」の中でも速報。
午後に入ると、「ウィークエンドをつかまえろ」は、
パーソナリティのみのもんたさんとともに特番体制。
一瞬、スタジオを飛び出したみのさん。
何と最大の被災地となった宮城県栗原市の
市長の携帯電話に連絡して
現地の最新情報を入手してスタジオに戻ってきたのでした。
さすが!
報道では相変わらず編集の音が
ガンガンに響きつづけています。
時間が経つと、取材音や通信社の情報を
時系列に整理する事が大変な仕事になってきます。
行方不明者の数なども情報が混乱してきますので
間違いが許されません。
転落バスの乗客は、怪我をしながらも全員救出。
こういうほっとする情報も入ってきますが、
悲しい速報もあるわけで、一喜一憂しながら
とにかく「絶対間違えないこと」が必須となってきます。
石森さんからの連絡も頻繁になってきました。
東北自動車道も交通封鎖などになっていたりするので、
上の道に乗ったり降りたり。
そんな状態で夜まで怒涛の一日が過ぎました。
そんな土曜日でした。
さて日曜深夜の今、鈴木ビンは
現地に向かった石森さんに代わり、
泊り勤務に入ってこのブログを書いております。
明日は、現地から石森さんのレポートが続きます。
ラジオはスペクタクル映画のように
「こんなにひどい現場です」と絶叫し続けるのが仕事ではありません。
東北出身や単身赴任などの方が
東京にもたくさんお住まいです。
心配のことと思います。
音で伝える情報は何が大切なのか?
ということに集中して現地からの石森レポートをお届けします。
鈴木ビン
投稿者 : 23:21
2008年06月12日
祭りのあと/ ♪ひでを
少し前の話をします。
去る
6月1日(日)。
第75回日本ダービーが東京競馬場で行われました。

ひでをは第59回の日本ダービーから
17年連続で
府中の東京競馬場のスタンドで
ファンファーレを聞いています。
第59回は
ミホノブルボンが逃げ切ったダービー。
枠連7-7(万馬券)
2着は、ライスシャワーでした。 あぁ・・・。
そのダービーのあと出席した後輩の結婚披露パーティで
祝辞を述べました。
「きょう日本ダービーが行われました。結果は、
おめでたい、ラッキーセブン×ラッキーセブン!
*しかも(2着)ライスシャワー! ~
なんとおめでたい決着!?
おふたりは
今日のこの日を忘れることなく
お幸せに」
**
ひでをはダービーのファンファーレを聞いて、
1才年をとります。
ファンファーレを聞きながら、
あと何回日本ダービーを観戦できるのだろう?と、
考える。
第100回(25年後)までは
元気に興奮したい。
祈るような気持ち、それでいて
なんだか胸おどる高揚感に浸れる、それがひでをにとっての
日本ダービー。
来年も元気に、ここ東京競馬場にやってくるぞ、
と今年も誓ったのでありました。
**
大混戦と言われた第75回日本ダービー、
ひでをは
クリスタルウイングという大外枠の8枠18番の馬
の勝利を信じました。
半年分の小銭貯金を投入して
単勝7500円。

**
結果は馬群に沈み6着、
(勝ったのは1番人気のディープスカイ)
でも、
ひでをは
10万人を超える観衆の熱狂的な声援と
勝負に賭けるジョッキー、調教師、すべての
競馬関係者たちのたぎる思いを
感じながら
ダービーファンファーレを聞いたのであります。

かくして
祭りは終わり、ひでをは1才年をとった。
新たな気持ちで
また1年頑張れる。
よし。
投稿者 : 19:14
2008年06月11日
地下鉄に乗って(担当☆石森則和)
浜松出身の僕が、生まれて初めて地下鉄に乗ったのは
大学受験のために上京したときでした。
隣のシートに、
どこかで見たようなかたが座られたと思ったら
「三木のり平」さんでした。
「おお!
『江戸む☆さき』が隣にいるだら!
さすが江戸だにぃ!」
・・・と、遠州弁で変な納得をしたものです。
地下鉄といえば先日、
浅田次郎さん原作の映画
「地下鉄(メトロ)に乗って」をテレビでやってました。
僕はこの小説が好きで
「へえ、原作に忠実だなあ」と思いながら見ていたら
喫茶店のシーンで
奥の席でコーヒーを飲んでいるオジサンは、
どう見ても浅田さん!(笑)
・・・お茶目です。
この作品は
主人公が「地下鉄が開通したばかりの東京」に迷い込むところから
物語が動き出すのですが、
確かに「地下鉄」って、
異世界と繋がっている気もします。
ともあれ地方出身の僕にとって、地下鉄は
「東京を象徴する乗り物」のひとつです。
さて、今週の土曜日。
東京メトロ、「最後の地下鉄」が開通します。
東京メトロ9番目の路線、「副都心線」。

「最後の」というのは、
未来永劫地下鉄を作らない!という意味ではなく、
「東京に計画されてきた地下鉄は
延伸も含めてすべて完了する」という意味です。

副都心線は東京13号線として
昭和47年に、原型となる構想が示されました。

学生時代に僕が一人暮らしをしていた池袋の近くでも
ずうううっと関係する工事が行われていて、
あまりに工事が長いものだから
「そこにあって当たり前の風景」として感じていました。
思い出の中には、
いつも「あの工事現場」があります。
それだけに副都心線開業には
感慨深いものがあります。

きのうはマスコミ向けの試乗会が行われ、
僕も200人の報道関係者と一緒に参加しました。

地下鉄・副都心線は「池袋―渋谷間」を11分で結ぶほか
埼玉県の和光市駅で東武東上線、
小竹向原駅で西武有楽町線・池袋線と、相互に乗り入れます。
更に4年後には、渋谷で東急東横線と直通運転、
「副都心を中心に、埼玉、横浜が繋がることになります」

明るく開放的なホーム、
吹き抜けのある駅もあります。

車両は、未来的なフォルムですが
路線カラーがブラウンなので
渋いというか、落ち着いたイメージを持ちました。

(↑営業一の鉄道ファン!見よ!この幸せそうなお顔を!)
シートは明るい山吹色、
車両と車両をつなぐドアは大きな強化ガラスでできていて
治安の面でも配慮されています。

(モデル:はしやまなみさん)
大江戸線など、最近の車両はコンパクトなものが多いですが
この10000系(すごい名前だ・・・)は幅も広く、
天井も通常より20センチほど高くて
混雑時でも窮屈さは薄まりそうです。

今回は「新宿三丁目駅」から乗ったのですが、
ここはかつての宿場「内藤新宿」をモチーフにしており
壁には縁の「藤色」があしらわれています。
また、通路の真ん中は、
ガラススクリーン(透明な壁)で仕切られているのですが
よく見ると、宿場町を行き来する江戸の人々の姿が施されています。
開通すれば、
「21世紀の乗客と、江戸時代の人々の姿が重なる」という趣向でしょう。
車両もホームも、すっごく未来的ですが、
雑司が谷の駅の出口を出たら
目の前に豊かな緑が広がっていました。
数分前まで
新宿のデパートの下にいたのにね。
初夏の日差しの中、
目の前に
幅の狭い線路が横たわっているのに気が付きました。
視線をあげると、
昔ながらの都営荒川線が、
のんきにトコトコ走ってきました。
あは、
学生時代と
なあんにも変わってないや。
本当に
タイムスリップしたのかと
思っちまったぜ。
投稿者 : 00:00
2008年06月10日
都庁(担当☆アイコ)

中学時代から都庁周辺が好きで
夜の都庁周辺をうろうろしてたんですが
ようやく初めて都庁内へ!やったー
すかさずマーキング!トイレはあまりきれいではなかった
タリーズがあったからヨシ
2階では全国観光PRコーナー この日は秋田でした
ひとつ400円位が3つ買うと1000円!と方言混じりに口説かれ
「秋田蕗」
「いぶりがっこ」
「花ずし」
なんのことやらわからないまま購入
上から、ふきの煮物 タクアンいぶったもの 茄子の漬物 でした
燻製きらいなのにー

記者クラブはとっても綺麗で広くて快適
都民なら都庁入れるとは思ってましたが
ここまでノーチェックで入れるとは
おじいちゃんおばあちゃんが記者クラブの近くを散歩していました こんちわー
投稿者 : 23:26
2008年06月09日
ふざけるな!(拓也記者)
6月8日日曜日。
東京・秋葉原の歩行者天国で悲惨な無差別通り魔事件が発生しました。
発生したのは昼過ぎ。
秋葉原に遊びに来ていた人たちの誰がこんな凄惨な事件が起こると予想していたでしょうか。
この事件で7人の男女が犯人の身勝手な動機により無念にも尊い命を奪われました。

午前中は本当にたくさんの人でにぎわっていたでしょう、秋葉原の中央通りです。
300mほどに渡り、警察により封鎖されています。

現場で殺人未遂の現行犯で逮捕された加藤容疑者は、この写真の左側から右側へトラックで突っ込みます。

このトラックで。
その後、車を降り歩行者を次々と刃渡り13cmのサバイバルナイフ(ダガーナイフという種類らしい)で刺していきます。
「人を殺すために秋葉原に来た。世の中が嫌になった。誰でも良かった。」
ふざけるな!
事件現場には、今日10時に警視庁により献花台が設けられました。

中には、事件に対する怒りと犠牲者への冥福を祈る手紙が添えられている花もあります。

花を手向ける人は増え続け、午後にはこれだけの数になっていました。

「みんな、こんなところで死ぬために生まれてきたんじゃないのに・・・」
涙を流しながら語る犠牲者の友人の言葉が頭から離れません。
「これからやりたいことたくさんあったと思うんですよね。」
その通りだと思います。
昨夜、捜査本部が置かれている万世橋警察署には身内の安否を確認するための電話が途切れることなくかかっていました。
「そのお名前は、有ります。」と答える警察官の気持ちはどんなものだったでしょうか。
どんな理由があったとしても許せません。
投稿者 : 19:09
2008年06月06日
ちょっとしたトリビア(担当★野中)
今日の閣議は、福田総理以下、全閣僚が
沖縄の正装「かりゆしウエア」を着て臨みました。
今年も、6月1日~9月30日まで、
地球温暖化対策としての≪クールビズ≫を
政府全体として励行しようということで、
閣僚全員が「かりゆしウエア」を着ることになったものです。
一番注目されたのは、≪福田総理≫
2005年に、政府や国会で≪クールビズ≫が始まったあとも、
ずっと、「ネクタイ派」で通してきたものですから、
沖縄県の仲井間知事から贈られたという
黒い、ちょっと地味目の柄の「かりゆし」を着た福田総理が姿を現すと、
「お~っ」と、どよめきが起きたそうです。
私は、このシーンを、テレビのニュースで見たのですが、
個人的に私が、「お~っ」と、声をあげたのは
渡辺喜美大臣の「かりゆしウエア」が映し出されたとき・・・
黄色い地に、赤い金魚が沢山踊っているような・・・
福田総理とは対照的な、超ド派手なデザイン。
折しも、今日は、「国家公務員制度改革基本法」が成立した
記念すべき日ですから、
公務員制度改革を担当する大臣として、孤軍奮闘し
苦労が実を結んだその喜びを、
金魚が舞い踊るような図柄の「かりゆし」で
表わしたかったのかもしれませんネ。
(でも、クールビズというより、暑~い感じでした)
福田総理の写真は撮れなかったので、
文化放送報道部のMs.クールビズをご紹介しましょう。
≪白井さん≫です。

なんと、フォトジェニックな微笑み!
こちらのほうが、≪クールビズ≫ 堂に入っているでしょう?
さて、ブログのネタに困ると、芝離宮庭園に行くのですが、
今日も、ありました。
『サツキの花まつり』 6月8日(日)まで開催中です。

庭園の受付入り口前に、見事なサツキの鉢植えが置かれていました。
銘花「山の光」という名前がついています。
ところで、いつも、「サツキ」と「ツツジ」は、どう違うの?と
気になっていたので、係りの人に聞いてみました。
「ツツジ」も「サツキ」もツツジ科の植物なんですが、
一番簡単でわかりやすいのは、
4月~5月頃に咲く(サツキに比べて早く咲く)のが、「ツツジ」。
そのあと、今頃、旧暦の5月頃、咲くのが「サツキ」。
これでも、わかりにくければ、
『咲き分け』といって、
「サツキ」は、一本の木に赤・ピンク・白などいろいろな色の花が咲くのに対し、
「ツツジ」は、赤なら赤、白なら白、と、一色で統一されて咲く。
<論より証拠>
今日、芝離宮庭園で見た「サツキ」たちをご覧下さい。


盆栽をやる人たちにとっては、
「ツツジ」は、松の盆栽のように枝に互い違いに段差をつけて
風情ある姿にできないけど、「サツキ」は、それができる。
だから、「サツキ」は、盆栽で楽しめるんだそうです。
わが報道部長の、ひでお氏は、ランの栽培が趣味と聞いたけど、
「盆栽」は、やらないんだろうか?
ランの盆栽なんて、あるのかな?
昼休み、ネタ探しに、芝離宮にちょっとしたトリビアを仕入れに行ったお話。
何か、役に立ったかな?
投稿者 : 18:53
2008年06月05日
毎日がアースデイ! インディも ♪高橋小枝子♪
今日は環境の日

CO2フリーって?
「カーボンオフセット」の考え方は
じわりと浸透してきましたが、
CO2の排出量をゼロにする・・いえ
それ以上「カーボンマイナス」の実現に向けて
「CO2フリー」を打ち出したのが
オープンしたばかりの「港区立エコプラザ」です。

今まで虎ノ門にあった「港区立エコプラザ」
なーんと、今度は文化放送のすぐ近く
浜松町駅から歩いて3~4分
神明小学校跡地に、木の香漂う「エコプラザ」が完成。

玄関前では、風力発電装置が
出迎えてくれます。
この日は雨だったため、暗いですが・・
中に入ると、木のハコがいっぱい

あきる野の「みなと区民の森」から
切り出した間伐材や
取り壊した神明小学校で使っていた
椅子や工作台を再生。

椅子も、木は勿論、大小の段ボールいすが
お行儀よく積まれて収納され
沢山の人が集まる、いざという時に並びます。

天井だって
杉の木がアクセントとして使われ・・

オブジェも鉋屑で作られていました。

「港区立エコプラザ」の3つのテーマは
CO2フリー オーガニック 森づくり
オープニングミーティングでは
「なぜ私たちは森をつくるのか」というテーマで
ワンガリ・マータイさん 宮脇昭さん
安藤忠雄さんによる、スペシャルトークが行われました。

グリーンベルト運動などにより、ノーベル平和賞を
受賞したマータイさん。MOTTAINAI運動提唱者として
会場でも大人気。

講演が終わった後は、沢山の人達に囲まれ
話の輪を広げていました。

スペシャルトークの後は、レセプション

♪ 私達の地球 このままじゃ枯れていく
このままじゃ消えていく
僕らの地球は守らなきゃ失われていく ♪
まだタイトルが決まっていない歌が披露され

オーガニックな料理が並びました。

毎日がアースデイの「エコプラザ」
文化放送からも近い「エコプラザ」
今後もお世話になりそうです。

さて昨日は、こんなとこにも行って来ました。

「インデイ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国」
来日記者会見
ハリソン・フォードは相変わらず静かなたたずまい
製作総指揮ジョージ・ルーカス
製作フランク・マーシャル キャスリーン・ケネディ
27年ぶりに登場のカレン・アレンと
皆さん、この作品を作ることができて
うれしくてたまらないという感情に満ち満ちた
実にアットホームな記者会見でした。

でも私は、録音のため
広―い会見場のいちばん後ろにいたため
ハリソン・フォードのいい顔を
身近には見られませんでしたの・・

いいわいいわ
劇場でたっぷり見ますから・・・
あっ この模様は、昨日の「ニュースパレード」で
お伝えいたしましたわよ。
ちなみに、今度の作品の見所は?という質問に
フランクは「虫のファンなので、ありのシーンが気に入ってる」
キャサリンは「滝のシーン」
ルーカスは「倉庫の中・・パンチシーンも」
アレンは「沢山あって・・でもひとつと言ったら
砂に入り込んでしまうところ。ハリソンがどんな風に
救い出されるか・・・」
そしてハリソンは「インデイとマリアンの再会のシーン。
笑えるし、とてもよくできている」
ということでした。

さらにちなみに、6月5日の「環境の日」は・・
1972年6月5日 スウェーデンのストックホルムで
「国連人間環境会議」が開催されたのを記念して
6月5日が「環境の日」と定められました。
日本では、1993年11月 環境基本法が制定され
6月5日を「環境の日」と定めています。
ということでございます。
毎日がアースデイ
毎日を環境の日に。

高橋小枝子でした。
投稿者 : 17:18
2008年06月04日
教訓の継承 担当☆高橋民夫
1970年入社の高橋民夫@防災です。
入社以来、数々のニュース現場に居合わせたり、
現場のその後を訪ねたりしています。
きょうの報道部日記を担当するにあたり、
17年前の6月3日のことを思い出し、
書くことにしました。
「雲仙普賢岳・大火砕流で43人死亡」です。
長崎県の雲仙普賢岳の頂上付近で
噴火によるものとみられる白い煙が上がったのは
その前の年の確か11月でした。
火山学者らは198年ぶりの噴火の様子に驚くとともに
厳重な注意を払い始めました。
頭の中に「島原大変、肥後迷惑」の文字が浮かんだからです。
しかし、約2世紀ぶりの噴火は、別な意味で多くの尊い命を奪い、
行政、学者、マスコミに大きな教訓を残しました。
普賢岳の裾野周辺は時間の経過とともに降灰が覆い、
強い雨が降るたびに、巨石などを巻き込んだ土石流が相次ぎました。
やがて噴火が続く普賢岳では、特徴である溶岩ドームが形成され、
土石流とは違う災害、火砕流が発生し始めました。
この噴火災害に見舞われた地域に住む住民らに避難するよう
指示が出され、火砕流の規模が大きくなるにつれて、
警戒地域が設定され、鐘ヶ江市長は立ち入り禁止を出しました。
連日の火山活動に国内のマスコミは取材を続けていましたが、
この雲仙・普賢岳の火山活動を注目したのが、世界的に有名な
火山学者の夫婦で、その活動を観測するのに最も良い地点を選び
研究を続けました。
その場所がこの写真の三角地点です。

なぜ、三角地点が?
それが、今から17年前の1991年6月3日の大火砕流で
43人の命が奪われた場所を示している碑となっているからです。
立ち入り禁止となっていた地域内ですので、
誰もいないはずでした。
ところが、あの火山学者夫婦と取材中の記者・カメラマン、
さらに警戒にあたっていた消防団員や警察官それに
タクシー運転手ら合わせて43人が午後4時過ぎ、
一瞬にして大火砕流に飲み込まれ命を奪われました。
この噴火災害に文化放送報道部の記者も連日、
現地で取材を続けており、この日もM記者がいました。
ところが、当日報道部のKデスクが、4時前のニュースで
最新情報を電話レポートせよ!と指示を出したため
それまで三角地点で取材をしていたM記者は、
島原市内へ移動して、生放送で状況を伝えました。
レポートを終えて、また取材地点へ戻ろうとしていた
午後4時3分、大火砕流があの三角地点を襲ったのです。
結果的にKデスクが、M記者の命を救いましたが
立ち入り禁止となっていた警戒区域で、
多くの人命が奪われたことを鐘ヶ江市長は悔やんでいました。
被災地では、火山との共生を合言葉に治山・砂防対策を進め
住宅地の再開発なども進められました。
17年前の火山噴火災害で、地元の住民らからは、
留守宅に勝手に入り込んで電源コンセントを使用した、
被災者たちの気持ちを十分に考慮しないで取材したなどの
批判の声があがりました。
取材する側としては基本的に守らなければならないことです。
また、危険が予測できる地震や噴火の被災地での取材や
原子力事故、さらには鳥インフルエンザでの取材などでは、
安全を考慮した取材を指示するのもデスクの役割です。
きのうの6月3日で17年、
現場や過去の取材は多くの教訓を残してくれています。
投稿者 : 20:37
2008年06月03日
速報の息遣い =吹野=

6/14 15:35 気象庁は関東甲信地方が梅雨入りしたと発表
…これは去年受信した時事通信のケータイ速報です。 (↑)
早いですね。もう1年です。
自分も記者っぽく(笑)通信社の速報を契約したりしてまして
携帯いじっていたら昔の速報がいろいろ出てきました。
5/28 13:03 松岡農水相が自殺を図る
7/30 06:51 参院選の議席確定。民60、自37…
8/01 11:28 赤城農水相が辞表を提出
9/03 09:27 遠藤農水相が辞表を提出
9/12 12:58 安倍首相が辞任するとの情報
9/12 14:02 安倍首相は緊急記者会見で辞意を表明
9/23 15:12 福田康夫氏が自民党新総裁に
11/2 20:21 福田首相が小沢氏に連立を打診
11/2 21:40 民主党役員会は連立を拒否
11/4 14:43 小沢代表が辞任の意向を固めた
11/7 16:44 小沢代表が党両院議員懇談会で続投を表明
11/1513:48 同席は久間元防衛相、額賀元長官 守屋前次官
12/1413:35 会期が31日間延長された
1/11 10:44 新テロ法が参院本会議で否決
1/11 14:02 新テロ法が衆院本会議で再可決、成立
1/17 12:11 給油再開のため海自に派遣命令
(以上すべて時事通信 ※サイズの都合上若干推敲)
懐かしいですね。
並べて読むと少しドキドキしませんか?(あれ?しない?)
太平洋戦争に突入していく様子を本で読んでいた時に感じた
‘興奮’とか‘焦り’に似てる感じがするのは…自分だけ?
北朝鮮のミサイル発射実験の時とか速報届くの怖かったですよ。
速報は現場の息遣いです。
速報を並べると記者が見た風景になります。
6/03 06:44 川越市で拳銃を持った男が立てこもり
あっ
悠長なこと書いてたら、また1本届きました。
ほんじゃ! ←ちなみに泊り勤務中
投稿者 : 07:01
2008年06月02日
警視庁のヒミツ♪ (担当☆永野)
今回は警視庁の建物がらみの話題を。
(秘密でもなんでもないでしょう)

記者クラブの窓から外を見ると、ひさし部分に ↑ こんなモノが。
前から何だろうと思ってはいたのですが・・・
何に使うものだと思います?
ちょっとアップで撮ってみましょう。

アップにされたって、わかんないですよねぇ。
答えは窓ふき。 高層ビルの窓を拭く時の図を想像してください。
カゴに乗ってロープをつけて、というパターンが多いですが、
警視庁の本庁舎の窓は、上から下まで平らではありません。
1階ずつ段があるため、窓の外の 「足場」 に乗って作業をします。

でも、足場って言ったって幅は1mもなく、しかも外へ向かって
傾斜してます。 そこで登場、命綱。 作業をする方は
腰につけたロープ状のものを写真のフックにひっかけるのです。
だからこのフックはすべての窓の外についてるようです。
慣れた手つきでフックをかけ (当たり前か)、手際よく窓をふいていく・・・
PCで原稿を書いてる目の前なので、ちょっと恥ずかしいながらも (?)
その手つきにホレボレ。

↑ 次にこれ。 これも前から気になってました。
警視庁の総合庁舎、外観です。 最初は工事の途中かと思ってました。
でも何年たっても 「工事中」。 なぜ窓の外に鉄筋がクロス状に?
見た目、あんまり良くないじゃん。

ご想像通り、耐震強度のためです。
総合庁舎はかなり古いため、耐震性を補強するための
処置なのです。 建てかえるより安い、そういう見通しで
補強したものの、諸般事情で結局、建て直すのと
あまり変わらないほどのコストがかかってしまったとか・・・。
でも解体するコストも考えると、やはり補強の方が
安くすんだという説も。
そして本庁舎の地下には 「あるモノ」 が存在しますが、
これはまたの機会に。
(もったいぶってるわけではなく、ブログで紹介して良いとの
確認が取れてませんので・・・スミマセン)
投稿者 : 16:24