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2008年05月26日

72時間(担当☆石森則和)

「やり残したことがある、という気がしています」

責任者の隊員は唇をかみ締めました。

「生存者を救出できなかった・・・」
「もっと早く現場に到着できていれば・・・」

悔しさがにじみ出てきます。

中国・四川大地震に派遣されていた日本の国際緊急援助隊が帰国し
去る21日、警視庁で帰国報告をする、
というので取材をしました。

この日、飛行機が1時間ほど遅れた関係で
日本隊が到着するのも遅れました。

でも、警視庁の幹部や報道陣は
早くから、日本隊を待ち受けていました。
レスター1.jpg

今回の「日本隊」は
第1陣32人、第2陣29人のあわせて61人。
警視庁、外務省、海上保安庁、東京消防庁、JICAなどから選ばれた
精鋭たちです。

このうち今回帰国報告を行ったのは
警視庁から派遣された隊員17名と、
「警備犬」3頭でした。
レスター2.jpg

警備犬のうち一頭は、
新潟県中越地震で、生き埋めになった2歳児を発見した「レスター号」。
あの感動的なシーンは
記憶に新しいところです。

「レスター」くん、
帰国報告をする隊員の前に、きちんと座っています。
レスター3.jpg


・・・あれ?「警察犬」じゃないの?と
思った方もいらっしゃるかもしれません。

「警備犬」は
事件の捜査で鑑識にあたる「警察犬」とは別モノです。

警備犬は、人間の数千倍といわれる嗅覚を生かし、
麻薬や爆発物の発見のほか、
災害現場で生存者を探すのが役目。

「遺体」を捜すのではなく
「命」を探すのが警備犬の使命です。
また、凶器を持った犯人に飛び掛ることもあります。

これらの力を兼ね備えていることが求められる
スーパー・ドッグなのです。
レスター4.jpg

アルジェリア地震やモロッコ地震でも
警備犬は派遣されてきました。
派遣は今回で三回目になります。

オールマイティーな能力を誇るレスターは
その中でも優等生。
ほかに2頭が一緒でしたが
いずれも日本隊の「精鋭メンバー」の一員です。

しかし・・・。
今回、日本隊は苦戦しました。

日本隊は今月16日午前、
当初活動を予定していた青川県に到着しました。

ここでは700人が土砂崩れで生き埋めとなっていましたが
日本隊は都市型災害の精鋭チームのため、
がれきに埋まった場所へ移動するほかありませんでした。

しかも被災地入りできたのは、
生存率が大幅に低下するとされる「72時間」が経過した後です。

およそ20人の遺体を見つけただけで、
最新技術をもってしても
生存者を見つけることはできませんでした。

30度を超える気温の中、
陸路の移動だけで約460キロ。

殆どが遺体の収容作業で重労働だったけれど
食事はほとんど「カップめん」(一部菓子パンや、おかゆ)

寝泊りは車中泊で、18日からは仮設テント生活でした。
トイレも小川に板を2本渡しただけです。

疲れとストレスで体調を崩す犬もいました。
日本とは違うコンクリートのため、
足の裏を痛めた犬もいます。
しかし、それでも、必死でがんばったといいます。

日本隊(警視庁)の隊員が
取材に応じてくださいました。

レスター5.jpg

「かすかな命でも見逃すまい」と格闘してきた隊員の言葉を、
リスナーに確実に届けたいと思いました。
上の画像のように
精一杯マイクを持つ手を伸ばして、隊員に近づくと
誇りっぽいにおいが立ちのぼりました。


崩れた学校で
生徒の遺体が見えているのに
出してあげられないまま撤収した悔しさ。

崩れた病院で見つけた母親は
赤ちゃんをかばう姿で死亡していました。

思わず隊員の頬を
涙が伝ったといいます。
身重の妻を日本に残してきた隊員もいたのです。

最近の報道では
初めて海外の救助隊を受け入れた中国側の指示が不慣れで、
情報提供も不十分だったことが指摘されています。

「都市型の日本の援助隊を
山間部の土砂崩れ現場にいかせてしまった」と
中国当局が非難されているのです。

ただ、隊員の一人は
「あくまで個人的な考えだが・・・」とした上で

「あの新潟の災害現場も、
決して自分たちの得意とする現場ではなかった」と言います。
レスター6.jpg

ただ、もっと早く到着できれば・・・・。
せめて「72時間」以内に・・・。

中国側が海外の援助隊受け入れに難色を示し
双方の外務当局が調整を行っているうちに
いったい、
いくつの命が尽きていったのでしょう。

「やり残したことがある」

隊員の言葉は
まるで搾りだすかのようでした。

ただ、

数百人の子供たちが生き埋めになた中学校の倒壊現場では
行方不明になっている子供の親がこう話しました。

「中国当局は余震を警戒してなかなか来てくれなかったんです。
危険を乗り越えて来てくれた日本の人に感謝します。」

ある隊員は帰国後、こう話しました。

「中国語はわからなくても
たくさんの感謝のことばをいただいたんです。

それが、私たちの原動力でした」

高齢者医療の問題、硫化水素自殺の連鎖、
猟奇的殺人・・・
そんなニュースばかりの日本にいると
大事なことを忘れてしまいそうです。


自分の鼓動を確かめて、
命の重さを
もう一度実感したくなります。


(撮影:永野キャップ)

投稿者 : 2008年05月26日 00:35