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2007年03月30日
変わります ☆哲
文化放送報道部が制作している全国ニュース、
「ニュースパレード」
文化放送と全国31の放送局がネットワークを結び、
一足早い1日のまとめのニュースをお伝えしています。
きょうは「パレード例会」という会合がありました。

毎月最終金曜日に各社代表者が集まって、
1ヶ月の報告、今後の連絡、企画の相談、
略してホウレンソウをしているのであります。
本日の重要テーマは統一地方選。
各局の地元の状況を報告していただきました。
来週ニュースパレードでは
統一地方選の特集を企画していて
注目の選挙区は地元放送局から
レポートが送られてくる訳です。
会場は銀座某所、

花の銀座
人事異動の時期ということで、
新たなメンバーにご挨拶いただいたのですが、
24年ぶりの出戻りの方が会議の場所が
変わっていなくて驚いたとのこと。
へえーそうなんですか。
確かにずーっとそこでやっているとは聞いていましたが。
何とも工夫がないというか・・
でもそこまで続くと変えるのは大変なので、まいっか。
社に戻ってくると大変なことになっていました。

ラジオの一時代を築いた「吉田照美のやる気MANMAN」
本日20年の歴史に幕をひく最終回。
エンディングではスタジオを覆う人々から
大きな拍手が起こりました。

直接番組に携わった人多数。
中継やイベント等々関わった人無数。
放送終了後はちょっとしたパーティがあり、
照美さん、小俣さんに挨拶をしたい人で行列が出来ました。

リスナーからの多くの惜しむ声が聞かれ、
変えることは文化放送にとってある意味冒険、
大変なエネルギーが必要です。
しかし、まいっか、ではなく、
より良い新たな道を求めて
スタートを切ることに文化放送は決めたのです。
来週からの大改編に文化放送は非常に燃えています。
わが報道部は吉田照美さんの朝の情報番組、
「吉田照美 ソコダイジナトコ」で毎日記者が出て
ニュースをお伝えします。
ご期待ください!!
投稿者 : 18:22
2007年03月29日
CAN YOU HEAR ME?(担当☆石森則和)
「いいからだまって食え」
・・・って言っているようにしか聞こえません。
ブッシュ大統領が28日、日本と韓国に対し、
「生後何年の牛に限って輸入・・・なんて条件をつけずに
完全に市場を開放しろや」と発言したのです。

きょう、東京の西友・LIVIN錦糸町店で
大手スーパーの先陣をきってアメリカ産牛肉の販売が再開されました。
西友は31日から関東の20店舗で販売再開することにしていますが
きょう、アメリカのシーファー駐日大使を招いて先行販売したのです。
今回、西友は担当のバイヤーが
アメリカの食肉処理場などをまわって安全を確認したそうで
安全と言われる「生後20か月の牛」に限って販売することにしました。
そのバイヤーのかたに
「ブッシュが、
生後何年、という条件無しで
完全市場開放せよと言ってるけど、
生後20か月という条件は、はずすのですか?」と伺うと
「うーん、当面は20ヶ月の牛に限って販売しますが
・・・今後はわからない」と、かなり困惑した様子でした。
それにしてもほかの大手スーパーが
「消費者の不安がぬぐいきれていない」と販売を見合わせている中、
なぜ西友だけが販売再開に踏み切ったのでしょうか?
まず、事前調査で「ちょっと食べてみたい」と
みんなの考えが変わってきたことがわかったというのです。
(そうかなあ?どんな調査だろう?)
このため
「買う買わないの選択肢を消費者に委ねてみる」狙いがあるそうです。
じゃあ、どれだけのかたが「買う」を選択するのでしょうか?
昼時に取材に言ったのですが、試食コーナーの女性に聞いたら
「2~3パックしか売れてません」とのこと。
まあ、取材時は「マスコミが多くて買いにくい」としても
後で見に行っても、売り場に近づく人すら稀でした。
しかたないかもしれません、だって一言で言えば
今回「アメリカ産牛肉を買う、わかりやすいメリット」がないのです。
確かに国産牛に比べて価格は3割ほど安いのですが
オージービーフ(豪州産)とほぼ同じ水準です。
ならば安心な分だけオージーのほうがいいと考えるかもしれません。
アメリカ産のほうが「柔らかい」
「味が違う」というかたもいますが、
少なくとも錦糸町の西友において聞いた限りでは
そこまでこだわっているかたはいませんでした。
取材した2時間のあいだに
試食コーナーのひとくちステーキに口をつけたのは
おっちゃん2人とシーファー大使と、僕くらい。

しかし、西友ともあろう大手の会社が
そのあたりのマーケティング感覚がないとは思えません。
ここからは想像ですが、
西友の親会社は、今やアメリカ大手のウォルマート(!)です。
しかしバイヤーに取材すると
「アメリカの親会社からの要請」があったわけではなく
「あくまで独自の判断」で「ウォルマートにはあとで報告した」と言います。
でも、例えそうであっても
「親会社との関係」を意識しなかったとはちょっと考えにくいのです。
事実関係はともあれ
企業がこちらを向いて経営しているのか、「別のほう」を向いているのか、
流通業界に限らず消費者、顧客は敏感に感じ取るものです。
そのあたりも承知の上なのでしょうか。

唐突ですが、日本語には外来語というのがあります。
でも逆に日本語が外国語になった例も少なくありません。
TUNAMI(津波)や
KARAOKE(きゃーら、おーきーと聞こえる)なんかは有名です。
たとえばKOBAN(交番)は、今減りつつありますが
「見習うべき良い制度」として名前が定着しました。
またノーベル平和賞受賞のマータイさんが
「MOTTAINAI」という言葉を推奨したのも
日本人として誇らしいです。
(きょう余った牛肉どうするのだろう?MOTTAINAI!)
じゃあ「SATSUMA」ってなんだかわかります?
・・・芋じゃないのさ。なぜか「温州みかん」なんよ。
みかんの産地、静岡出身の僕としては少々不満ですが、
まあ、日本のみかんが人気ということならよしとします。
(映画ハリーポッターにも出てくるし)
一方で嫌な言葉もあります。
KAROUSI(過労死)とか、
KOUGAI(公害)もそう。
これらは日本にとって不名誉なことが伝わったようで
なんとも悲しい。
ただ、僕には
ブッシュ大統領に愛をこめて
敢えて教えて差し上げたい日本語があります。
それは、
「0SHI-URI!」
投稿者 : 18:11
桜、満開なれど<担当★健司>
イギリス人英会話女性講師が
千葉県市川市のマンションで
遺体で見つかった事件で、
来日している父親が
遺体と悲しみの対面をした。
来日して半年程で
事件に巻き込まれたリンゼイさん。
父親を去年末には日本を
誇らしく案内したという。
日本の文化や生活習慣なども
紹介したことだろう。
リンゼイさんが数ヶ月間
日本人を教えていた教室。
(撮影:永野記者)

日本の春を一度も
満喫することもなく
亡くなってしまった。
今日は関東地方、
夏日となったところもあり
桜が満開となった。
先日、散歩していたら
桜の木に珍しい鳥を発見した。
ワカケホンセイインコと見られる。
真中あたりに黒くみえるのがそれ。

10日程前、北海道で
一時絶滅が懸念された
たんちょうを見てきた。
20羽程に激減したのを
地元の人達の尽力で
今は1000羽まで増えたという。

知床周辺で移動するバスから
見つけたエゾシカ。

レーザー光線で再現された
オーロラ。

リンゼイさんは
こうした日本の自然も
日本の四季も
殆ど触れずに亡くなった。
白鳥は悲しからずや・・。

投稿者 : 18:03
2007年03月28日
千の鳥になって ♪高橋小枝子♪
植木等さんが亡くなった。
27日午前10時41分呼吸不全のため・・80歳・・
今朝の文化放送報道部、植木等さんの思い出話に
花が咲いている。

文化放送の最長寿番組「朝の小鳥」の収録・構成を
53年間続けられた、蒲谷鶴彦さんが
1月15日、亡くなった・・80歳・・
3月17日「天国の蒲谷鶴彦さんと野鳥の声を聞く会」が
東京、市谷で開かれた。

蒲谷さんのご自宅、2階には
蒲谷さんが録音した野鳥たちのテープが
整然と並んでいる。

きちんとナンバリングされて、年代順に
並んだ野鳥達の声

子供のころから、鳥が大好きだった蒲谷鶴彦さん
機械に詳しい弟さんと、手作りの録音機で
初めて録音した声は「このはずく」
昭和26年7月19日の御岳山
夜、社務所の前の電柱から電気をもらって
テープを回したら、マイクの近くで
「このはずく」が鳴いてくれた。
ブッポーソー ブッポーソー ブッポーソー・・・
再生したら、声が流れた。
まるで奇跡のようだった。
それから野鳥の声の録音にのめりこんでいった・・

蒲谷さんのご自宅の2階は
まるで放送局のよう

ここで、奥様の久代さんも手伝って
編集を続けた。

これは、番組が始まった当初の台本

今のようにパソコンでコピーではなく
手書きで印刷、表紙もついて立派
蒲谷さんが、丁寧に保存。
お部屋には、様様な写真やマイク

「朝の小鳥の放送を通じて、野鳥保護に尽くした」と
昭和56年5月10日に、野鳥関係のグランプリ
日本鳥類保護連盟総裁の常陸宮賞を受賞

小さい頃は体が弱かったという蒲谷さん
鳥を愛して野山を駆け巡っていたら
いつのまにか丈夫になっていた。
鳥のおかげ 鳥のおかげ
「朝の小鳥」が始まったのは
文化放送が開局した翌年の昭和28年
文化放送が四谷から浜松町に引っ越した
去年7月まで「朝の小鳥」の収録・構成を
続けられた。

体重が35キロほど、小柄な蒲谷さんは
この大きな椅子に座って
「朝の小鳥」の原稿を書きつづけた。
蒲谷鶴彦さんの追悼番組
「千の鳥になって・蒲谷鶴彦の遺したもの」
4月8日 15日 22日 29日の日曜日の朝
5時45分~55分 4回にわたってお届けすべく
今、準備をしています。

高橋小枝子でした
投稿者 : 17:57
2007年03月27日
増上寺の夜桜(担当★野中)
毎度、能天気なブログですみません。
きのう、増上寺の夜桜見物に出かけました。
この前ブログに書いたように、お花見のロケハンをして、
増上寺の境内を通り抜けて東京タワーの足元まで
行ってみようと思ったわけで、実行してみました。
会社を出て増上寺が近づいてきたとき、ハッとした。
増上寺の境内が暗い。
門が閉じている・・・?夜は入れないのか?
目を凝らしてみると、門は開いているようだ。
でも、中が暗い。
門の前には、ハードル位の高さの置き柵が置いてあって、
なるべくなら中に入ってほしくないよ!という
お寺の意思が感じられる。
やっぱり、中へ入っちゃいけないのかな~。
不安な気持ちで、さらに近づくと、
暗い境内の中を、時々動いている人影が見える。
中に入ってもいいのかな~。
正面の大きな門の下までたどり着いて、ようやく
暗がりの中を、結構沢山の人影が蠢いているのが見えた。
境内は暗くて、
肝心の桜の花がどのくらい咲いているのか全然わからない。
真冬の木のように枝だけのようにも見える。
木に近づいて上を見上げ目を凝らして、ようやく、
桜の花が5~6分咲きであることがわかった。
かばんを手にしたお勤め帰りのサラリーマンやOLが、
しきりに携帯電話やデジタルカメラを上に上げて
桜を写している。
(あとで、デジタルカメラで桜を接写した人の画面を
見せてもらったら、肉眼では暗くてよく見えないのに
結構きれいに咲いているのがわかった)
暗がりの中で桜を見るのはあきらめて
広々とした境内を見渡すと、
増上寺本殿の屋根の黒々と大きなシルエットの向こう、
オレンジと黄色にライティングされ、煌煌と光を放ちながら
すっくとそびえ立つ東京タワーが
なんとも堂々として素敵だ。
今回発見したこと。
増上寺の桜は、ライティングされていない。(当たり前だ。)
夜店も出ていない。
だから、夜桜見物には適当ではない。
今まで、四ツ谷の土手の桜を見慣れていたので、
夜桜見物は、桜の花がライティングされ、
木の下には、夜店が出ているのが当たり前だと、
わけもなく思い込んでいた。
やはり、夜見る桜は、近くに街灯とかないと楽しめない。
しかし、境内の暗がりの中で見た東京タワーはきれいだった。
夜桜見物は、不発だったけど、
増上寺の桜は、今度時間があったら、昼間、見ることにしよう!
投稿者 : 16:48
2007年03月26日
ピンクのランドセル(担当☆石森則和)
「おわっ!」「すずっ・・・・」
とてててててて。とててのて。
これは今朝の、東大和市の保育園前の様子。
きょうは青木鈴花ちゃん(6)の卒園式があったのです。

鈴花ちゃんは「喉頭(こうとう)軟化症」という病気のために
気管切開手術を受けて管を挿入していて
1~3時間に1回、管から痰を吸い出す必要があります。
東大和市は
これを理由に「適切な保育を確保することが困難」として
保育園への入園を拒否していました。
しかし鈴花ちゃんと御両親が
市に入園の承諾などを求めて提訴。
東京地裁は去年10月「拒否は違法」として
市に入園を認めるよう命じました。
これに先立って
地裁が入園を認めるよう仮決定をし、
去年2月から市立保育園に通えるようになりました。
きょう晴れて卒園のはこびとなったわけです。
でもって報道陣が、朝も早よから
鈴花ちゃんの登場を待っていたのですが
到着した鈴花ちゃんは、喜びのあまり
笑顔のまま全力で保育園の正門に突進!
カメラマンも間に合わず、
記者も声をかける暇が無かったのです。
(とててて・・・は
僕のディスクに録音されてた鈴花ちゃんの足音)
待つこと1時間半・・・
鈴花ちゃんはおしゃまなワンピースにブレザー姿、
後輩?の男の子に手を振り
正門前にぴょこんと姿を現しました。
「卒園したよー!」

「きょうね、桜の花がひとつだけ咲いてたよ」
・・・君の笑顔はもう満開だよ。

報道陣に自画像を自慢する鈴花ちゃん。

「以前は顔から手足が生えているような絵でしたが
じょうずになりました」とお父さんは笑います。
・・・あ、これ自画像だったのか(笑)
鈴花ちゃんのお父さんは
「描く絵だけでなく、話す内容も成長してきました。
きょう保育園でこんなことがあったよ!と
毎日言ってくれるのがうれしくて。
応援してくださった皆さんへの感謝にたえません。」と
話してくださいました。
いやあ、それにしても元気、、元気。
親子を囲んでの取材が
お昼のニュース直前まで終わらなかったため
音声を送信する準備で、ひとり
ハラホロヒレハレになっていたとき
・・・妙な気配に気がつきました。
ふと顔をあげると
TV局や新聞社のカメラが一斉にこちらを狙っています。
・・・おわ!?僕ってば何かしでかしちゃたの!?
「すみません、何だか知りませんが私がやりました」と
自供しそうになったとき
近くをなにかが掠めました。
「ぴょーん!」
鈴花ちゃんが喜びのあまり・・・
僕の周りをぐるぐる回っていたのでした。
置いてあったマイクを持って歌手の真似、
カメラに物怖じすることもありません。
でもね。
いつもは苦虫を噛み潰したような顔で
とことん事件を追及する記者たちの顔まで
みんな笑顔にとろけていました。
「ふうん、あんたそんな顔もするんだあ」
鈴花ちゃんは来月から
市立小学校に入学し、普通学級で学ぶことが決まっています。
市は医者らで構成する就学指導委員会委員会で入学を決定、
小学校、学童保育所にも看護師の資格を持つ介助員を配置し、
鈴花ちゃんに付き添わせる方針です。
痰の吸引が必要な子が
普通学級に入学するケースは珍しいそうで、
医療と教育の両面からお墨つきが出されたことは
同じ病気の子や保護者のかたにも
いいニュースだったのではないでしょうか。
かつて市が入園を拒否していた理由は
「鈴花ちゃんのことを思って」というよりも
単に「責任を回避したかった」ように思えます。
こうしてきちんと調べて、
問題に真剣に向き合えば
すんなり入学させてあげられるのですから。
個人の人生や将来がかかっている問題に対して
「責任の所在がぼんやりした組織が
検討する手間を惜しんで決定をだしていく」という構図は
実はよくあります。
例えば「薬害問題」もそうでしょう。
大変残念なことだと思います。
お父さんは
「まだまだ大変なこともあるでしょう」とおっしゃいます。
そうかも知れません。
ただ、そんな中でも子供が成長しようとする姿には
胸を打たれるとも。
「ずっとこのままの笑顔でいて欲しいけどなあ」と
目を細めている記者もいましたが
そんなこと言ってる場合でなく(笑)
「この笑顔を守れる社会」でありたいものです。
鈴花ちゃんの笑顔は
そんな未来を作れるように
明るく励ましてくれているような気がします。
鈴花ちゃんは
ランドセルの色に最近まで迷いつづけ
最後に残った2つから
「ピンク」を選びました。
やがて咲き誇る
桜の花のよう色でした。
投稿者 : 17:56
2007年03月24日
つまらないことなどを~その27~★柳澤和三
世の中はいよいよ桜が開花して春爛漫。
昨日から能登は大揺れでしたが
8日、日曜日には東京もゆれるでしょうか?
首都決戦~都知事選挙の投開票です。
都知事選挙というと私は8年前報道部に配属されて
初めてデスクから
「青島都知事(当時)の知事選再出馬宣言の言葉を録音して来い」
といわれ夕刻、中野のブロードウェイに出かけ、山のように集まった報道陣をまえに
青島さんが「今回の都知事選挙に出馬しま・・・・・せん」と発言した途端、
報道陣が蜘蛛の子を散らすように
中野ブロードウェイを飛び出していったのがことことが
まるで昨日のことのように思い出します。
都知事選挙の開票速報番組のディレクターを命じられ
様々な場合のシュミレーションを想定していたんですが
あっさり、“後出し”石原さんが完勝してしまい、数々のシュミレーションが無駄になりましたっけ・・・
当時各候補者法廷投票数に達せず再選挙かという声もでていたのです。
なにしろ有力候補者として石原さんのほか民主党推薦の現衆議院議員鳩山邦夫さん
現参議院議員舛添要一さん、自民党公明党推薦の元国連事務次長の明石康さん、その他大前研一さん、上田哲さんなど今回並に沢山立候補してくれました。
我々報道陣には申し訳ないんですがこれって結構迷惑なんですよ。
先々週告示前の各氏の立候補会見とかマニフェスト発表会見に
我々東京都庁記者クラブ詰の記者は勿論全部付き合わねばならないんですが
これが結構辛いんです。記者という立場でなければ聞き流してもいいんですが・・・
でもこちとら一応報道の人間です。その真意を正確に理解して報道せねばならい。
まあそれを言っちゃあいけないんですが
「だいたい選挙に出ようなんて人はちょっと常人離れしていますから・・・」
有力候補者といわれている人のなかにも何人か・・・
特に泡沫候補と呼ばれる人たちの言っていることなど真面目に聴いていたら
当方の精気が吸収されるような気がするのは私だけでしょうか?
本気でこの人こんなこと真面目に考えているのかしらと思っちゃうんです。
ある候補は「北朝鮮のミサイルをUターンさせることができる。]とか
また、ある候補は「石原さんに是非勝ちたい。でも勝算はまったくない。」とか
だったら立つなよ。
さて話は変るんですが、
昨年の東国原宮崎県知事誕生の原因となった
前の改革派知事の汚職事件
それも福島、和歌山、宮崎と続いた改革派知事の“つまずき”
この改革派からの転落という今日的テーマの映画が
都知事選の前日7日から公開されます。
是非観ることをお勧めします。
その映画とは『オール・ザ・キングスメン』
“善は、悪からも生まれる”
主演は『ミスティック・リバー』のショーン・ペンと
『ホリデイ』のジュード・ロウ
共演『羊たちの沈黙』のアンソニー・ホプキンス、
『タイタニック』のケイト・ウィンスレット
実話に基ずいた物語で
時の米大統領に「最も危険な男」といわれた
社会変革の理想に燃える叩き上げの政治家が
権力を持つと次第に自分が以前最も忌み嫌っていたはずの
汚職とスキャンダルにまみれていく・・・そして最大の悲劇が・・・
ショーン・ペン演ずるたたきあげの政治家、その存在感は見ものです。
彼の初めての選挙演説が妙に生々しく私の心を打つのは何故だろう。
「連中は今まで我々を騙してきた。
私が連中を手玉に取る。
知事になってみせる。
沼地やワニを越え、道路を作る。
ノート、鉛筆、教科書はタダにしよう。
その目を開き、神に祝福された崇高なる真実を見つめろ。
誰も田舎者を助けない。
自ら目覚めるしかない!」
~ソニーピクチャー、『オール・ザ・キングスメン』プレスパンフレットより~
投稿者 : 15:24
2007年03月23日
首都決戦は4月8日 担当☆高橋民夫
報道部で都庁担当の高橋民夫です。
平成11年の選挙で都知事に就任した石原慎太郎氏。
二期8年が経過しようとしていますが、その石原氏は
去年、2016年の夏のオリンピック国内候補地として
東京が選ばれた直後、はやばやと三選出馬を表明しました。
4年前の選挙には、まさにギリギリまで態度表明をしなかったことを
考えれば、まさに意表をつく行動でした。
そして3月22日、北海道、岩手、神奈川など13都道県知事選が告示され
統一地方選挙がスタートしました。

東京都知事選では、告示日の22日、
都庁の中で、午前8時半から午後5時までの間、
立候補の受付が行われ、あわせて14人が届出を済ませました。
届け出順に、
1、不動産鑑定士の山口節生さん(57歳)
2、歯科医師で元足立区長の吉田万三さん(59歳)
3、ストリート・ミュージシャンの外山恒一さん(36歳)
4、現職の石原慎太郎さん(74歳)
5、大学教授で元宮城県知事の浅野史郎さん(59歳)
6、建築家の黒川紀章さん(73歳)
7、国際創造学者のドクター・中松さん(78歳)
8、タクシー運転手の高橋みつるさん(61歳)
9、勝訴証拠評論家の佐々木崇徳さん(64歳)
10、タレントの桜金造さん(50歳)
11、易学者の高島龍峰さん(71歳)
12、風水研究家の内川久美子さん(49歳)
13、ディレッタントの鞠子公一郎さん(33歳)
14、作家のおがみおさむさん(65歳)
(東京都選挙管理委員会発表)
文化放送報道部では、
永野景子記者と私が都知事選挙担当記者として
取材・レポートを行っているほか、
投開票日の4月8日の夜には
報道部員総出で放送します。
都庁の次の主は誰になるのか?
首都・東京を誰にまかせるのか?
有権者は投票という権利を放棄せず
ぜひ、投票所に足を運んでください。
投稿者 : 15:50
2007年03月22日
最近、偶然は必然と言うんだとか =吹野=
先日、都内を歩いていたら
元赤坂の首都高で宙吊りとなってしまったトラックが
目の前を通り過ぎていきました。

亡くなった運転手の方のご冥福をお祈りします。
この事故で特に悲しかったのは、
トラックから転落してしまった運転手のそばに
同じく運転台から落ちたワンちゃんが寄り添っていたということ。
結局このワンちゃんも死んでしまったらしいのですが、
ご主人のそばに寄り添って動こうとしなかったそうです。

二人とも天国で仲良くドライブしていると思います。
お二人のご冥福を祈ります。
次の日、取材現場に向かう途中、偶然にもこの現場を通りました。
事故のあったコーナーに入る直前です(↓)
コーナーイン(↓)
そして事故現場…(↓)
確かに首都高にとってはあり得ないほどの急カーブです。
ここで事故が頻発しているのにも頷けます。
道路に問題があるなら国が早急に対策を講じるべき。
同時にドライバーも安全運転を心がけなくてはいけませんが…。
合掌をして、取材現場に向かいました。
話変わって
とある泊まり勤務の日、珍しい光景を目にしました。
一直線にボートが並んでいて綺麗ですが…(↑)
…水上デモです。
車道を練り歩くデモ行進は見たことありますが
ボートが並んだデモは初めて見ました。
何のデモ行進かは分かりませんでしたが、
水の上であろうとデモ隊には警察が随行するんですね(↓)。
んで今日も偶然に出くわしました。
下の写真。
自衛隊の富士火力演習の時の画像ですが
右端で敬礼する人、覚えていらっしゃいますでしょうか?
今年の始めにもこのブログで“人となり”を紹介した男性…(↑)
北朝鮮にいる拉致被害者に向けて放送する
短波ラジオ「しおかぜ」のディレクター、村尾さんです。
今日、この「しおかぜ」が
無線局としての免許を総務省から正式に交付されました。
(海外向けの周波数を政府が任意団体に交付するのは異例です)
安倍政権の発足…、拉致議連の菅さんが総務大臣に就任…
だからこそスピーディーに実現したんだと思います。
これはとっても良いニュースです。
政府が認めた無線局に北朝鮮が妨害したら
政府とともに抗議が出来るワケです。
そしてNHKが独占して使っているKDDIの通信施設を
格安でレンタルせよと要請…。
政治家の醍醐味ってここだなと思いました。
やるぜ、菅(すが)。
やるぜ、しおかぜ。
で何が偶然かと言いますと
『吉田たかよしプラス』の中で毎週金曜、
報道記者が担当する「特集プラス!」というコーナーがありまして
明日は自分が当番の日なんです。
毎回ネタを決めるのに苦労するんですが、
今まで「しおかぜ」を取り上げてきた自分にとって、
今日・認可~明日・レポート当番の、この偶然はアリ!
さっそく取り上げることにしました。
話は逸れますが
最近ではテレビ番組の影響で
“全ては偶然ではなく必然”だそうですね…うちの母も言うとりますワ。
明日は村尾ディレクターにも電話出演してもらおうと思ってます。
これも縁です。
OA時間はあさ7時15分から7時半まで。
ぜひお聴き下さい!(聴けなかった方はコチラをクリック!)
それにしても6ヶ国協議。
北朝鮮は勝手に帰国しくさりましたが、
そろそろこんな茶番に付き合うのはやめにしませんかねぇ(怒)
北朝鮮は早く日本人を返せっての。
「しおかぜ」は一日も早い終了(=被害者の全員帰国)が望ましいんだから。
あ
あと「偶然」ついでに…
国会に向かう途中、気になるダンディを見かけました。
番傘を差し、スーツでスニーカー…
このダンディにめぐり会えたのも偶然ではなく、必然でしょうか?
そして長々と書いてきましたが
「特集プラス!」を担当する前日に、
プチ手間のかかるこのブログの当番なのも必然てか!(怒)
まいっか、これ書くの好きだから。
…とフォローがキマッたところで、さささっと帰ります。
明日は6時起き…zzz
投稿者 : 21:33
・・・につける薬(担当☆石森則和)
インフルエンザの治療薬「タミフル」
これを飲んだ若者が、相次いで
「転落死する」などの異常な行動をしたため、
薬の副作用ではないか?と因果関係が疑われています。
しかし、厚生労働省はこれまで、因果関係に否定的でした。
ところが先月末には、医療関係者に対し
保護者に「少なくとも2日間観察する必要がある」と
説明するように求めました。
さらに21日未明には、わざわざ深夜に会見を開き
これまでの方針を一転、
「10代の患者への投与中止」を打ち出したのです。
これに前後して、気になるニュースが入ってきました。
ひとつは、厚生労働省の研究班の主任研究員の講座に
タミフルの輸入販売元である中外製薬から
1000万円の寄付があったこと。
厚生労働省はこの研究班の調査結果を元に
因果関係を否定してきたのです。
そして、厚生労働省のOBが中外製薬に「天下り」をしていたこと。
もっとも製薬会社に厚生労働省のOBが天下りするのは
珍しいことではありませんが。
なんか、いやーな「ニオイ」がします。
そしてきょうの厚生労働省の事務次官の定例会見。

事務次官は会見で、こう言いました。
「否定的という判断を取ってきたが、新たな事実が出ている中で、
思い入れ、勝手な考えを持たず虚心にデータをもって
専門の審議会で検討し、決めるべきものと思う」
・・・わかりる?上の文章。
ラジオの仕事をしている我々から見れば、とんでもない悪文です。
本社ビル地下13階にある反省室に入れられます。(うそ)
難しい言葉を並べると高度なことを言っているような気がしますが
ものごとを簡潔な言葉でまとめられない人は、正直アレです。
当然、僕らはつっこみました。
「ええと、つまり否定的な立場を白紙撤回するということですね?」
「いいえ、白紙撤回というわけではなくて、
否定的だったが、検討を進めるうえで、
判断が変わり得ることを明確に認めるということでして・・・」
ねえ、お星様?
僕がアホなのん?
おっさるのかごやだほいさっさ。
・・・もとい。
おっしゃることの意味がわかりまへん。
その後は記者との間で
「白紙撤回なのか否定のままなのか」の繰り返し。
次官は「いやあ、そう言葉尻をつかまえられても・・・」とのたまう。
言葉尻でもなければ桃尻でもないわっ!(←取り乱してる?)
「方針を全面的に見直すこと」を「白紙に戻す」といいます。
次官はとうとう白紙撤回とは明言しませんでしたが
結局、各社のニュースには
「白紙撤回」の言葉が並びました。ああ、ちかれた。
そんなアホなやりとりはともかく、
会見で最も驚愕したのは、
厚生労働省が、「否定的」な見方を一転させた「根拠」です。
「何を根拠に見解を変えたのですか?」
「タミフル服用後に死亡した事例の調査をもとに否定してきましたが
新たな事例がわかったのです」
この「新たな事例」とは
「子供が転落し、骨折する事故が新たに2件起きたこと」
・・・これまでの異常行動と何が違うのか?
それは、被害者が「死亡していない」ということです。
《これまでは「転落死した事例」を根拠に
そんなに数が多くないから因果関係を否定してきたんですけど
正直「落ちたけど死ななかったケース」については知りませんでしたわ》
・・・というのです。
そんなばかな!?2004年以降に「死亡したケース」は7件ですが
「死亡してないケース」は15件もあるのです。
しかもこれら22件は飛び降り(転落)ばかり。
ほかにも「トラックに飛びこんでいった事例」
「突然笑い出す事例」などがあるのに
これらの異常行動は計算に入ってない!
さらに、今回なぜ「10代の患者に限って」服用中止なのかというと
「高齢者と幼い子は服用しないほうが死亡率が高くなる」からだって。
ちょっとまって?!おかしくないか?
僕は今年、天才バカボンのパパと同い年になるけど
「高齢者」ではありません。
事実、異常行動をとった22人のうち、7人は成人です。
30代や40代のかたもいます。
ただし、誤解しないで頂きたいのは
僕は「タミフルと異常行動には因果関係がある」
と言っているのではありません。
(もちろん「ない」とも言ってません)
一緒に番組をやっている
現役医師の吉田たかよしさんとも話をしたのですが、
これらの行動は「インフルエンザ脳症」などの典型的な行動であり
タミフルが使われる前からこうしたことはあった、といいますが
やはり因果関係は断言できないそうです。
最も問題なのは、厚生労働省が
因果関係を否定するにしても否定しないにしても
「ちゃんと根拠となる研究調査をしていない」ことなのです。
因果関係がよくわからないまま
厚生労働省が保身のために「いいかげんな対応」をすることで
「本当に必要としている人」が
服用できなくなって、死亡する恐れもあります。
せめて今は
命の大切さを思いだせる
薬をください。
投稿者 : 21:09
2007年03月21日
ステージ衣装。 (担当☆永野)
春分の日。 お墓参りに行く人たちで都内の道路は意外と渋滞・・・
~と教えてくれた扇記者はマスク姿。
体調が悪いのに出社しなくちゃいけないのは、
祝日で人が足りないから。 今日の日勤報道部員はこれで全員。

テレビでは、新居に移ったレッサーパンダの風太くんと、
金属ドロボーを捕まえた女子高生が頻繁に登場。
そんな中、今日の私の仕事は都知事選挙がらみ。
先週から(いきなり)都知事選番に任命されたため、
集中取材に加えて泊まりと明けの日以外は毎日、
14時50分から 『やるマン』 のニュース枠でもレポートしてます。
今日はジャーナリストの須田慎一郎さんに都知事選の情勢を
インタビュー。 ~と思ったら、テレビに引っ張りだこの須田さんは
大阪出張中で、電話インタとなりました。

須田さんは桜金造さんの出馬に注目しているそうです。
会見で桜さんご自身も話していましたが、公明党の票を
集められる可能性の高い桜さん。
影響は結構大きいというのが須田さんの説です。 つまり・・・
自公連立の関係で石原さんにいくと思われていた公明党票
↓
桜金造さんに流れるかも?
↓
石原票が減る?
~という構図。 でも逆もあるかも。
公明党の票、石原さんに確実にいくかは実は不透明
↓
浅野さんに流れる可能性もある公明党票が桜さんに?
↓
じゃ、浅野票が減る?
~という流れも。
公明党票は都内で100万票あると言われているので、
桜さんの出現は実は大きいかも?
いずれにせよ、東京では6~7割を占めるとされる無党派層の票が
今回も勝敗の行方を左右するようですね。
で、こういう話をしようかなと思って『やるマン』のスタジオに・・・
行ってみたら、今日は(も)公開生放送。

ステージに登場しただけで拍手喝采をいただける雰囲気と、
小俣さんの潔いお姿に、思わず柔らかい話にとどめた私でした。
東京都知事選挙は、あす告示です。

投稿者 : 18:11
2007年03月20日
幸せって何だろう(新人☆たかお)
こんばんは、「まだ」新人のたかおです。
「新人」と言えば、今年4月に入社予定の新入社員が
研修を兼ねて報道部にやって来ました
(3月13日の哲部長の記事参照)。
先週水曜、その1人を連れて行きました。
技術希望のIくん、大学時代は音楽に明け暮れていたようです。
行った場所は日本海外特派員クラブ。
日本に駐在する海外のメディア・記者向けに会見や講演を行うところです。
ここにやって来たのは…

東国原英夫・宮崎県知事。
タレント時代を彷彿とさせる話し方で、会場は終始、笑いの渦。
お笑いの師匠・ビートたけしさんとのエピソード交えるなど、
日本のメディア・記者に対してはなかなか見せない一面が垣間見えました。
知事は小学校のときの将来の夢について
「政治家と芸人の両方になりたかった。
その共通点は『人々を幸せにすること』」と述べました。
人々を幸せにすると言えば…

これも先週の話で恐縮ですが、不二家の埼玉工場が操業を再開しました。

再開前日、マスコミも含めて一般初公開ということで見学しました。
もちろん白衣を着て行きます。

(一緒に取材した技術の大谷さん)
洋菓子の販売は今週末に再開される予定ですが、
失われた信頼を回復するには時間がまだ掛かりそうです。
お菓子やケーキを通じて、子どもたちを幸せにする。
「幸せにする」ということは社会一般に見て、
すべての企業活動・仕事に当てはまると思います。
でもこの人は違った?
「時代の寵児」と呼ばれたホリエモンこと
ライブドア前社長・堀江貴文被告。
先週末、東京地裁は証券取引法違反の罪だけでは
異例の懲役2年6ヶ月の実刑判決を言い渡しました。
※詳細は石森のりえもん記者(3月16日)の記事を参照。
実刑判決から4日、今度は被告人としてではなく証人として
同じ法廷にやって来ました。
村上ファンドの前代表・村上世彰被告の証人尋問。
堀江被告はニッポン放送買収をめぐって
検察官からメールを見せられますが、
「記憶にない」「覚えていない」を連発。
ただ、ニッポン放送については「時間外取引が出来ると聞いて、
(800億円の)資金調達に踏み切ったことは覚えている」と証言。
記憶ってそんなものでしょうか…?
ニッポン放送さんに対する想いって、その程度のものだったのでしょうか…?
同じ法廷で傍聴していた記者の中にニッポン放送さんの方もいました。
ラジオって、堀江被告が思っている程度のもでしょうか…?
もっと言うと、買収検討先の従業員の幸せを
経営者として考えたことあるのでしょうか…?
他社ではありますが、同じラジオ局で働く1人として、怒りを禁じ得ません。
ちなみに、今週末にはライブドア元取締役の宮内亮治被告ら幹部4人、
会計士2人、法人2社に対する判決が言い渡され、
来週初めに村上被告の被告人質問が始まります。
今日は全国に先駆けて東京で桜の開花宣言がありました。
桜を見ているうちにそんな怒りが少しでもなくなれば良いな。
束の間の幸せだとしても…。
「まだ」新人☆たかお
投稿者 : 19:00
2007年03月19日
今日はデスクの日 ☆扇一平
考えてみればデスクの日に、このブログ担当は初めてだと思います。
それだけ警視庁か外に飛び歩いていることが多かったんですね。
デスクというのはその日のニュースを決める役です。
外に散らばっている記者たちの動きを決めたり
中継車の手配、もちろんニュースも書きます。
さらに日本全国で起きた事件事故の取材やレポートを
ネット各局に発注したりもします。
事件が進行していたり大きな事故が起こったり、
記者会見などがあるときには・・・胃が痛くなったり熱も出てしまいます。
パズルのように記者と現場を組み合わせたり、
決められた放送時間にネット局からのレポートをうまく入れ込んだりと
とってもとっても気を遣ってしまう役なんです。
今日のニュースパレードのラインアップは
・原発トラブル発覚
・不二家の飲み物販売再開
・北海道積丹岳で雪崩にスノーモービルが飲み込まれた事故
・6カ国協議再開
・都知事選に桜金造氏出馬会見
・堀江被告が明日村上公判に証人で出廷
・船越英二さん死去
・・・・などでした。
その中で嬉しいニュース!
不二家のネクターの販売が再開されたこと・・
もちろん賞味期限切れの素材を使っていたことは非難されるべきことです。
およそ50日ぶりの飲料の販売再開、洋菓子も今週中とか
不二家には今後、不祥事で失った消費者の信頼をいかに回復していくかという
大きな課題が残っています。
それは不二家に任せるとして、
僕はネクターの販売再開が嬉しいのです。
はっきり言いましょう。
とがめられても言いましょう。
僕はどんな飲み物よりも「ネクター」が好きなのです。

あの桃の甘さ
適度のとろとろ感の喉ごし
特に湯上り後に、腰に手を当てがってネクターを飲むのが大好きなのです。
再開の喜びは、吉野家の牛丼のときもありました。
しかし吉野家の牛丼には不満があります。
僕の大好きな「ネギだく」がまだないということです。(2週間ほど前の取材?で)
つゆだくネギだくを食べながらネクターを飲む
変ですか????僕って???
いいじゃないですか!好き好きなんだから!!!
扇一平
投稿者 : 17:59
2007年03月16日
罪と罰(担当☆石森のりえもん)
朝8時、地下鉄の階段を上がって東京地方裁判所の前に出ると
裁判の2時間も前だというのに63席分の傍聴券をもとめて
行列ができていました。
「少ないな」
遅い初雪が寒々しさを殊更感じさせました。
1年2ヶ月前、初公判の朝も僕はここにいました。
残暑の中並んだ人数は2002人。
それがきょうは1679人と、随分減ったなと思いました。
(ちなみに一連のオウム事件における松本死刑囚の初公判では、
歴代1位となる1万2292人が並びました)
それでも多いじゃん?って思うかもしれません。
でも、実は前のほうの数人は「傍聴マニア」や
「有名人(?)を見たい」という人が多く、
だからといって列の中盤の人にマイクを向けると
照れくさそうに
「どーぎょー、どーぎょー」と言われたりするのです。
どういうことかというと
マスコミ各社が記者が傍聴できるように
アルバイトや手のあいている社員を並ばせているわけです。
(文化放送は記者席を確保しているので並ばない)
・・・こんな人たちもいるし。
それにしても
なぜ傍聴希望者が少ないのでしょう?
まず投資をしていない人は、そもそも関心が低いのです。
粉飾の手口が複雑で、内容がわかりづらいですし。
一方、個人投資家の興味は、もはや
「損害賠償をしっかりしてもらえるのか?」
・・・というほうにあるわけです。
有罪と認定されれば、賠償の可能性は高まりますが
民事裁判の結果と、刑事裁判の結果は必ずしも一致しません。
しかし、人々の興味が薄れても
この事件が日本の市場経済に
苦く、重い教訓を残したことは事実です。
例えばこの事件をきっかけとして証券取引法が改正されました。
粉飾決済などの不正に対する罰則について、
最高刑が懲役5年から10年に引き上げられたのです。
それを考えますと
「軽い刑で済まなかったのも当然か?」とも思えてきます。
業績不振を苦し紛れに誤魔化す従来の粉飾決済とは異なり
株価を吊り上げようと積極的に投資家を騙したことは
市場にとって「想定の範囲外」であり、
今後このようなことが蔓延しては困るのです。
今回、異例の出来事がありました。
判決読み上げ後、小坂裁判長が堀江被告を正面に呼び
こんな話を始めました。
「ハンディキャップを持った子供の母親からの手紙が裁判所に届いています」
障害を持った子供が、夢のように成功していく堀江被告を励みにし
障害を克服して働いて買ったライブドア株を
「今も捨てずに持っている」というのです。
裁判長はこの手紙を紹介したあと
「判決では有罪と認定したが、
あなたの生き方すべてが否定されたわけではない。
勇気づけられた人がいることに思いを抱き、
罪を償って再出発することを期待します」と
エールともとれる発言をしたのです。
僕には
裁判所が「苦悩の決断」をしたのではないかと
思えてきました。
事件の重さと、検察側の証拠の弱さの狭間で。
1月の最終弁論で堀江被告は
「(検察が)どんな手法を用いても
実刑にしようとする意志を感じた。
捜査機関がターゲット決めて「あいつをつぶす」という状態では
新しいことにチャレンジするこれからの起業家が萎縮してしまう」と
涙で声を震わせました。
確かに「出る杭は打たれる」世の中ではいけませんし
古い者たちは「変わりゆくもの」を恐れがちです。
自分が培ってきたものが意味をもたなくなり
かと言って新しいものを受け入れることもできず
過去に置き去りにされる恐怖からです。
しかし、バブル経済崩壊後の
「就職氷河期」に社会に出た25~35歳の世代
いわゆる「ロストジェネレーション」は
自分で道を切り開いていくことが運命付けられています。
従来の考えに捉われない彼らのチャレンジを
つぶしてはなりません。
ただし、
だからと言って狡猾に法の網を潜って
多くの人を騙していいという理由にはなりません。
それとこれとは「別問題」です。
堀江被告は前回の保釈を2億円上回る
「5億円もの保釈金」で保釈されましたが
その巨額な保釈金も悪質な手段で稼いだお金だとしたなら
怒りというよりも虚しさを感じてなりません。
なお、この事件をずっと追い続け
来る日も来る日も遅くまで頑張ってきた
高尾記者に敬意を表します。
ちゅ。
投稿者 : 17:32
2007年03月15日
兵士の消息(担当☆石森則和)
僕はその日、横須賀の
在アメリカ海軍・横須賀基地に向かっていました。
冷たい雨粒が海に帰っていくほどに、潮の香が立ち上り
僕は閉じた傘を持て余していました。
屈強な兵士が守るゲートから先は、
傘をさすことも、
イヤホンを耳に入れることも禁じられているのです。
司令部広報の杉田さんは、
肩を濡らしたまま前を歩いていきます。
僕がベース(基地)を訪ねたのは
カリフォルニア州から届いた
1本のカセットテープを受け取るためでした。

声の主は82歳になるアメリカ海軍の退役軍人
アラン・シングルトンさん。
シングルトンさんは1950年の朝鮮戦争の時に来日し、
横須賀基地で配車管理の担当に配属されましたが
このとき友人になった仕事の相棒「わくいさん」を
50数年たった今、探しているというのです。
地元横浜・横須賀・湘南全般がテリトリーの僕は
この話を耳にし
在日アメリカ海軍・横須賀基地司令部の協力で、
カリフォルニア州にいるシングルトンさんに連絡をとったのです。
送られてきたテープには
低く、ゆっくりとした口調で語るシングルトンさんと、
僕の質問状を読み上げる息子さんの声が入っていました。
「あれは1950年の9月でしたか。
わくいさんのお宅に招かれ、互いに人生を語り合ったとき、
わくいさんはメダルを持ってきて、
帝国陸軍の軍曹?だったときの話をしてくれました」
それは南の島でアメリカ軍に包囲された極限状態の中で
土の中の虫まで掘り出して食べ、耐えたという話でした。
イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」が思い起こされます。
・・・シングルトンさんは続けます。
「私は同じ軍人として、~あなたのその精神を尊敬します~と
素直な気持ちで言っていたんです。
少し前まで敵同士だったはずなのに。
すると、それを聞いていた「わくいさん」は、
そのメダルを私に下さると言ったのです」
どんな表情でメダルをくれたのかは聞きそびれました。
このメダルの正体はなんだったのか?
50年前と違い今はネットで、アメリカからも調べられます。
「勲八等白色桐葉章」(くんはっとう・はくしょくどうようしょう)
日本政府が軍人に贈った勲章でした。
シングルトンさんは驚き、
そんなに大切なものだったのかと悔やんだのです。
「命がけで愛する人々を守ろうとした証じゃありませんか。
これはやはり、わくいさんが持っているべきものです。
考えたくは無いが、わくいさんがもし神様のもとに召されていても
ご家族を探して、私自身がきちんとお返ししなければならない」
横須賀基地司令部が、所属していた部署の人に協力を求めたところ
「わくい」さんは当時、2人いたことがわかりました。
そこで司令部はこれをもとに社会保険庁に問い合わせたのですが
そこからは「個人情報なので」と調べてもらえませんでした。
「わくい」さんは当時奥さんと
「横須賀市追浜」に住んでいたそうですが
きょう現在、この名前を横須賀市には見つけられていません。
そこで電話帳に載っているすべての「わくい」さんに
無礼を詫びながら取材したのですが
皆さん本当に親身になって聞いて下さり
「まってね、親戚に聞いてあげる」と
おっしゃってくださるかたも少なくありませんでした。
しかし「心当たり」は無いかたばかり。
一度、そのうちの一件の「わくい」さんから
「埼玉にいた、亡くなったおじいちゃんかも?」と電話があり
連絡したのですが別のかたでした。皆さん、ありがとうございました。
シングルトンさんによれば過去に
日本のある新聞社のかたがこの話を司令部広報から聞き、
地元版に掲載して下さったことがあったそうですが
今のところ有力な情報は聞いていないとおっしゃっています。
もはや地元からのアプローチは難しいのかもしれません。
・・・では地元以外からのアプローチは無いのか?
映画「硫黄島からの手紙」の冒頭に
「硫黄島協会」と書かれたヘルメットをかぶった人たちが登場します。
この協会は遺骨収集や遺品の返還]、慰霊追悼式を行っているかたがたです。
もしかしたら?と思い、協力を求めて探してもらっていますが
ただヒントが少なく、さらにこのように極限状態に追い込まれた南方の島は
硫黄島以外にもいくつもあり難しい状況です。
シングルトンさんは、もしも「わくいさん」が見つかれば自ら来日し、
直接会ってメダルを手渡したいと言っています。
終戦まもない頃、基地で働いた人々の心情は特別でした。
少し前まで、「戦いあって」いた相手と一緒に働く毎日。
しかし「何だ、おなじ人間じゃないか」ということがわかり
「殺そうとしていた」自己との矛盾に悩んだのです。
そしてその裏返しで、
米兵と横須賀の日本人の間にはある種の「友情」が生まれたのです。
テープのケースに書かれた
「Order of The Rising Sun」の
生真面目そうな文字。

「Order of The Rising Sun」とは「旭日章」という意味です。
シングルトンさんは、こう話します。
「わくいさんはどのようにして、
南の島で指導的立場を与えられたのか言ってはいませんでしたが、
そんな状況下で
皆が生き残るために尽力したであろうことは容易に察しがつきます。
・・・彼はそんな人物なのです」
息子さんがラジカセを操作し、
いっしょうけんめい語るシングルトンさん、
「50年たっても、あなたは大切な友達だ。
ああ、言葉では、こんな想い、とても伝えきれない」
カチャリ、と
そこでテープは途切れました。
「わくいさん」についての少しでも心あたりのあるかたは
横須賀基地の司令部広報の杉田さんまでFAXを。
司令部広報のFAXは046-816-7911です。
投稿者 : 16:40
マイアミを取材して ☆ 宏枝
身の回りで“臓器移植の手術をした”とか、
“手術費用のための募金をしている”
とかいう話を聞いたことがありませんか?
私の場合でいうと、アメリカで臓器移植手術を受けるため
成田を出発する子供さんの取材に行ったら、
見覚えのある女性(私の通う健康関連施設に勤める女性)に声をかけられ、
渡米して手術を受ける男の子は
その女性の甥っ子であることがわかったとか・・
放送業界に身を置く人たちの中にも
すでに腎臓移植を受けた人とか、
募金を集めている人とか、複数存在するんですよね。・・。
それだけ、臓器移植って意外に身近な医療になってるってことですね。
ただ、もうご存知の方も多いと思いますが、
日本の法律では、15歳未満の子供の脳死での
臓器移植はできません。
ですから、脳死段階での移植手術しかできない
心臓疾患のお子さんなどは、
募金を集めて海外に手術の場を求めます。
そんなお子さんの患者らを
マイアミの病院で受け入れて
多くの移植手術を成功させているのが、
日本人医師の加藤友朗さん、43歳です。
前置きが長くなりましたが、
今年は、脳死による臓器移植が可能となる
「臓器移植法」が施行されて10年を迎えることもあり、
加藤医師の仕事ぶりや
アメリカの移植医療の現状を取材しに
はるばるマイアミまで出かけてきました!
それにしても、海外で生き生きと仕事をし、
現地で尊敬されている日本人の姿を見るのは
晴れがましく、うれしいものですねーー。
取材現場は、
フロリダ州マイアミ市にある
マイアミ大学ジャクソン記念病院。
年間の移植手術数が400例を超えるという
移植医療の中心的な存在です。
その中で、「医者は天職」と言い切り、
患者たちの間を駆けめぐりながら
診察、手術、アドバイス、声かけなどに
全力で取り組む加藤医師。
土日の休みもなく、朝4時から手術に呼び出されるなど
メチャクチャ忙しい生活を送っているにもかかわらず、
はるばる日本から取材に来た私に
できるだけアメリカの医療現場を見せようと、
個人情報保護のため厳しくなっている
病院の取材規制をかいくぐり、
患者や家族、医師らに会わせてくれます。
病院内での取材が終わると、
食事をしながらの情報交換・・
ご自身、疲れきっているにもかかわらず
(確か最後の取材日の晩は、病院を出たのが夜10時を過ぎていました)
加藤さん自身の考えや意見を披露しつつ、
私に、日本の現状を聞いたり、意見を求めたり、
実に精力的です。
今回の取材テーマは「なぜ日本で脳死による臓器移植が進まないのか」。
日本ではこの10年間でわずか52例。
アメリカでは1年間で7000例。
何故こんなに違いがあるのか・・
そもそも私にしても、
ドナーカードは持っているものの、
脳死の場合も、心停止の場合も、
いずれも、臓器提供はNO!です。
それは、父の死にあたっての主治医の
あまりにも心ない態度が忘れられないためで・・
こんな医師に、生死をゆだねることができようか・・
なんていう、いわゆる医療不信が根付いてしまっているからなんですね。
わぁ、すっかり重い話になってしまいましたね。
でも今回の取材で、
自分なりにその考えを改める答えを
見つけたよう気がします。
放送は3/27(火)から3/30(金)までの4日間。
夕方5時からの「ニュースパレード」で。
良かったらぜひ聴いてください。
投稿者 : 10:57
2007年03月14日
航空機事故と開花予想。<担当★健司>
ホワイトデーの今日
我が報道部でも女性部員に
ささやかなプレゼントが行われた。

バレンタインデーのお返しとして
相場はどうなっているのか
我々は余り知らないので
合同でお返しすることになったものである。
春先の記念日として日本で
いつから定着したものかは
わからないけど
日本中で、この日を迎えるにあたって
一喜一憂する若者は多いことだろう。
春先に一喜一憂すると言えば
もうひとつ「桜の開花予想日」。
花見の準備の都合もあるので
日本中が毎年、開花予想日には
注目している。
その開花予想が
何と間違いだったと、
気象庁が訂正し謝罪した。
前代未聞のことである。
当初、「予想日」だった静岡で
全く開花の兆しがないため
気象庁がデータを確認したところ
計算プログラムに取り込んだ気温データに
ミスがあることに気づいたという。
航空機の運転も今や(とっくに)プログラム化され
人間が操作することは余りない。
しかし、緊急時はパイロットの判断や
操作テクニックが重要になる。
高知空港で起きた「胴体着陸」事故でも
最後に頼るのは人間の判断と行動だ。
航空機事故と開花予想日のミス。
コンピュータが大容量になり
いかにデータ量が増えても
人間の出番はまだまだ多い。
デジタル社会に突入した今、
アナログ的な機転は益々
求められているように思える。
投稿者 : 18:14
2007年03月13日
報道を希望する? ☆哲
文化放送は意外と、いや結構、いやいやかなり
人使いの荒い会社でありまして、
来年度新入社員が早くも
3月から1ヶ月にわたる研修に
来ております。(早く役に立ってね!)
で、
先日は「文化放送報道部は・・うんぬんかんぬん」
と会議室で講演をぶち、
きょうは2人の実地研修の面倒をみることに。
借りてきた猫状態の2人

この写真を撮っているころは余裕があったのですが・・
何と言ってもきょうは高知空港の胴体着陸。
午前10時20分、
「全日空1603便の前輪が下りず旋回中」
この一報が入ってきた途端、
彼らはほっときっぱなし、と言うより邪魔。
速報の送り出し、
高知放送へ、国交省へ、全日空へ、専門家へ連絡、
人の手配・・
それでも国会はもめているし、
官邸で官房長官が会見しているし、
裏金問題で12球団代表者会議は開かれているし、
ふくろう博士は都知事選出馬会見するし、

村上ファンドの裁判はあるし、
永野記者のシリーズ都知事選情報は
よりによってきょうからスタートするし、
そんなときに限ってJR高崎線がストップするし・・
(なんなんだ、踏切に竹が散乱って!)
それはともかく、全日空のパイロットに感謝。
本当に良かったと思います。
正直TVモニターに食い入るように
見入ってしまいました。
良かったのですが、ボンバルディア製の飛行機に
これまでトラブルが頻発していることが判明。

結果オーライでは済まないニュースへと発展しました。
今後責任の追及を
しっかり見極めなければいけません。
・・と言うことで
すっかり忘れ去られた彼らに気付いたのは
ニュースパレード終了後。
後ろ振り向いたら見学していました。

いや実はちゃんとミッションを振りまして
原稿を書かせました。
彼らが一所懸命考えて、いっぱい時間使って、
できた原稿すっかり元がわからないくらい直されて
20秒のショートニュースとして全国に流れました!!
彼らの感想は聞いていません。
というよりまだお客様の彼らは時報とともに解散、
今度改めて取材し報告しましょう。
いつにもましてドタバタと緊迫した1日、
無事ニュース送出を終わってみると
報道の醍醐味という思いとともに疲れた・・
彼らが是非新しい文化放送報道マン報道ウーマンに
なりたい!と思う1日であれば・・と願います。
では、文化放送報道の伝統
(というより古き悪しき習慣)
ニュースが入った時のための待機!
赤ちょうちんへいざ!!
投稿者 : 20:43
2007年03月09日
桜は、まだかいな?(担当★野中)
おととい、サクラの開花予想が出されて、東京は、3月18日頃だという。
暖冬だと、梅の花は、平年より早く咲くけど、
桜の花は、逆に平年より遅くなる、という説があって
(確か、11月~12月頃暖かいと、サクラの開花スイッチが
入らなくて開花が遅れるとか)
今年は、どっちなんだと、気をもんでいたら、
どうやら、平年より早くなりそうですね。
文化放送が四谷にあった頃のお花見は、
大概が「四谷の土手」と決まっていたけれど、
浜松町に移ってから初めてのお花見、
さぁ~て、今年からは、どこにしよう?と、
お花見ポイント探しに
(目が回るほど忙しい他の報道部員からは、またまた白い目で見られそうだけど)
浜松町探検に出かけました。
目ざすは、増上寺、芝公園あたり。
増上寺は、もう行ったことがあるので、とりあえず、芝公園に行こう!ってんで、
増上寺を左に曲がったけど、どこが芝公園かわからない。
芝東照宮の隣りで工事をしている、そこのガードマンさんに、
「芝公園は、どこですかぁ~?」って尋ねると、
「この辺一帯が、ず~っと、芝公園ですよ!」という。
「(ナハ・・)」
東京に生まれて、50年以上たつのに、知らなかったァ~。
(ま、私は、知らないことが多過ぎるんですけどネ)
帰ってから、あとで、インターネットで調べたら、
芝公園は、日本で最も古い公園の1つで、
明治6年、太政官布達で
上野、浅草、深川、飛鳥山、それに芝の5ヶ所が
日本で最初の公園に指定され、
最初は、増上寺の境内を含む広い公園だったけど
戦後の政教分離で、境内を除く、外側の環状部分が公園となった、
ということです。
先ほどのガードマンさんに、
「お花見ポイントのロケハンに来たんですけど、
この辺で、桜の見所はどこですか?」と聞くと、
「赤羽橋あたりの公園に、毎年人が集まっているようですよ!」とのこと。
そこを目ざして歩いていくと、
途中に、小川の流れる梅林、発見!
まだ、可愛らしいピンクや白の梅の花が咲いていて、
ここは、2月、満開の頃に訪れると最高だな!と思う。
梅林の中を、そぞろ歩いていると、その先に、
今回のロケハンで最大の発見!こんな所に小高い山が・・・!
皆さん、ご存知でしたか?
芝公園には、古墳があったんですよ!
≪丸山古墳≫といって、
東京都指定史跡の前方後円墳。
全長110メートル、後円部径およそ64メートルの
都内では最大級の古墳だそうです。
で、その小高い山は、大きな木がうっそうと生えて、
昼なお暗い、不気味な感じ。
こんな都会に、こんなうす暗い山、信じられな~い。
登ってみよう、上に桜の木があるかもしれない、と思って、
急な石段を上っていく。
頂上が近くなり、上を見上げると、
うす暗い藪の中から、なにやら黒いトラのような石像が
妖気をはらんで、こちらを窺っている。
今にも飛びかかってきそうだ。よく出来ている。
これは、夜になったら絶対動くぞ!と思う。ホントに、恐い!
恐いもの見たさで近づいて見てみると、
政治家大野伴睦さんをたたえる句碑で、
その上に置かれた、トラの像。
誰が作ったんだろう、本当にウマイ。コワイ。
≪丸山古墳≫のてっぺんは、平らに整地されているけど、
石碑と、ベンチと、木以外、ガラ~ンとして、何もない。
ここは、絶対、『ホーンテッド・パーク』だ。
夜になったら、妖怪、幽霊、お化けが集まる社交場になるんじゃないかな。
生えている木も、年代もの。大きくて、うっそうとしていて、
朽ちた木のベンチが4~5個置いてあるけど、
座ったら、粉々に砕けそうで、座る気にもならない。
東京タワーや、東京プリンスホテルや、貿易センタービルや、
そんな都会的なものが、すぐ近所にあるとは信じられない
≪忘れ去られた場所≫。
午後3時を過ぎてはいるけど、
うす暗くて、うす寒く、死んだように静かだ。
女一人で来る場所ではなさそうだ。
この静けさは、3~4人で来てこそ楽しめるというものだ。
サクラの木もあまりなさそうだし、
早く降りようと、今来た道とは違う道を下っていくと、
あら、コワイ。
山の途中のうす暗い斜面に、朱塗りの鳥居が・・・。
赤いのぼりがはためいて、白い一対のキツネが番をしている。
稲荷神社だ。
やっぱり、コワイ。キツネに化かされないように、足早に降りた。
でも、この≪丸山古墳≫は、オススメ。
増上寺まで来たら、一度は行ってみよう!≪丸山古墳≫
一人じゃ恐いけど、グループでね。
今回の「お花見ポイント」ロケハンの結論としては、
増上寺の境内を抜けて、東京タワーの足元の公園まで
そぞろ歩きするのは、どうでしょう。
増上寺の境内はもちろん、増上寺から東京タワーに抜ける道は
桜のトンネルになっているから、ここは、いいんじゃないかな。
ガードマンさんが言っていた赤羽橋あたりの公園は、
少し狭くて、場所取りして花見をするのは、ちょっと大変そう。
さぁ~て、皆さんの花見の計画は、いかがですか?
今回のロケハンでは、まだ、サクラのつぼみはぜんぜん膨らんでなくて、
開花の気配は全くなかったけど、梅のあとは、桜でしょう?
私は、サクラの咲く季節が、大好き。
年をとればとるほど、年々好きになりました。
やはり日本人のDNAでしょうか?
本居宣長の歌に、
『敷島の大和心を人問はば 朝日に匂ふ山桜花』とあるように、
サクラの澄んださわやかさ。潔さ。
夜桜の、なまめかしい静かな華やかさ。
咲き始めも、満開も、花吹雪も、
朝も、昼も、夜も、すべてのシーンでさまになる。
わずか1週間ほどの短いドラマにうっとりします。
この、<日本の春の恵み>を、今年もいろんな形で楽しみましょうね!
投稿者 : 18:46
2007年03月08日
境界線(担当☆石森則和)
畳の香と
エキゾチックなお香が渾然となって
鼻腔をくすぐりました。
世田谷にある「アーレフ(旧オウム真理教)」の施設。
その中で、「上祐元代表らによる脱会会見」は行われました。

(会見の様子)
今回はおよそ60人が脱会し、
上祐氏は早ければ来月にも新団体(名称未定)を
立ち上げるとしています。
いつものハイテンションではなく、
言葉を選びながらの会見となりました。

(脱会届)
上祐氏は「本来は無いほうがいい団体」と自らを表現し
「解散も考えた」と言いました。しかし解散させなかった理由として
「今でも松本死刑囚を妄信し、反省していない信者が多く難しい」ことや
「(被害者らへの)賠償契約があること」
「信者の高齢化が進み、
身寄りのないお年寄りの生活扶助ができなくなる」ことなどを
挙げました。
また、今後も任意で観察処分をうけることと
管財人と新たな賠償契約を締結し
元の団体における構成比率に基づいて2割弱を賠償目標額とすることを明らかにしました。
「増収、拡大してはいけない状況の中で賠償するのも今はこれが限界」といいます。
今回注目すべきは「麻原色を完全に払拭した」ことのアピールです。
施設内に麻原(松本死刑囚)の絵や写真、書籍などは見当たりません。

(道場)
食事も「水煮」が中心の、いわゆる「オウム食」ではなく
普通の食事に近いものになります。
(厨房)
ヘッドギアも無く、ユニフォームも新たなものになるといいます。
修行も叫んだり、とびはねたりもしないと。
(新ユニフォーム)
会見後、本部施設内にある上祐氏の居室に入りました。
(石森の質問に答える上祐氏)
「いつもの会見と口調が違いますね」
「ええ、こういう内容ですから」
苦笑いした上祐氏は
紺色のスーツに白いワイシャツ、薄紫のネクタイ姿。
「改装したんですか?」
「以前は道路側の窓は狙撃防止のために板をはっていたんですが、
剥がしました」眩しそうに外をみます。
「新団体には教祖はいないと?」
「はい、いません」
・・・新団体は「特定の人間を神格化せず、
すべての人の中に神を見出す」としています。
では、住民や被害者は今回の「脱会」を
どのように捉えているのでしょうか?
「本部の場所は変わらないし、
上祐代表の本音が見えないので不安は変わらない」と口を揃えます。
また、麻原色を払拭したのは「監察逃れではないか」との見方もあります。
(法律上は監察されなくてもよくなるが、当面は任意で協力する方針)
さらに、松本死刑囚の死刑執行後のことを心配する声もありました。
上祐氏は会見の中で「現在は松本死刑囚の家族とは断絶している」としていますが
「反上祐派が松本死刑囚の死後、妻や娘を教祖にする」ことを恐れていると言いました。
その意味でも、少しでも反上祐派を「改宗」させて上祐側にとりこみたいのです。
・・・しかしこの動きに「反上祐派」がどう反応するのか?
実は去年の夏ごろから、本部(複数のマンションで構成)は
狭い道を挟んで片側が上祐派、もう片側が反上祐派となっていて
すでに経理関係も別になっていました。今後も、このままとなります。
上祐派は「暴力的な行為」を否定していますが
「道を挟んで緊張状態が続くのではないか?」
「何が起こるかわからない」と心配する人もいるのです。
この本部があった場所には、昔は幼稚園があったそうです。
昔から人情の厚い地域で、
本部前で待機していると通行人から「風邪引くなよ」と声がかかります。
「昔は何も心配せずに暮らせたのに」という年配の女性の肩には
黄色いタスキがかけられていました。
そう、上祐派と反上祐派のマンションの間を通る道、その「危うい境界線」では
今でも毎日、年配のかたを含め住民による監視活動は続いているのです。
年配の住民のひとりは
「これからは、反対運動も
両方にいかなくてはならないんだよ、苦労が倍になるね」と
ため息をつきました。
投稿者 : 19:14
タンポポと雪だるま ♪高橋小枝子♪
本日は晴天なり

家の近所の「白木蓮」も美しく咲き始めました。

花には鳥が集まります。

アパートの横のちょっとした隙間には「花大根」

花屋の店先もにぎやかです。

でも、今日私が向かった先は、ここ。

昔治療したところが、また痛んできました。
「あー穴があいてますね。虫歯になってますよ。」
とりあえず、レントゲンをとって、
「はい、またいらっしゃい」
あーーーーー、また通わなくちゃーーーーー

歯医者さんには、患者さんの他に、2人の男性
スーツにかばん、「新しく担当いたします○○です。
先生今後ともよろしくお願いいたします。」
治療の合間に、先生も忙しい。
浜松町、建築中のビルの囲いのまわりに「たんぽぽ」

春が早い。
東京のソメイヨシノの開花予想は、3月18日
東京では、今年の冬、一度も雪だるまを作ってない。

おなじみ、浜松町名物、★★★★小僧
雪だるまといっしょ(これは2月に撮影)
後姿は、このブログでは初お目見え?

後ろ姿も、なかなか可愛い。
勿論、元気にやってます。

さて、本日の「ニュースパレード」
ハノイで行われている日本と北朝鮮との
国交正常化問題に関する作業部会
拉致問題の解決要求に、北朝鮮が反発して
45分間で終了。
福岡 一家4人殺害事件の中国人に、2審も死刑判決
上祐史浩代表らが、アーレフから脱会、住民の不安は続く・・
歯茎が腫れていて、読みにくい。
聞きにくかったら、ごめんなさい。

そうだ。
5時の「ニュースパレード」前
「玉なび」のなかで、ちょこっとコメントをしているのも
聞いてくださってますか?
特に、月曜日の角谷浩一さんの「ちょこっとコメント」は
好評につき、お聞きのがしなく。

高橋小枝子でした。
投稿者 : 17:46
2007年03月07日
つまらないことなどを~その26~★柳澤和三」
私、PEDANTIC WAZOは
先月2月いっぱい
気象庁の記者クラブの幹事業務で
報道部の本分である取材活動をあまりせず、
ひねもす気象庁記者クラブに詰めていましたが
その間2件報道取材もしました。それも近場ですがね。
取材先は気象庁に極近いところばっかです。
一回目は2月16日「確定申告」初日ということで
気象庁の隣のビル大手町 合同庁舎内の東京国税局に
キャンペーンキャラクターのタレントのベッキーのeーTax広報取材。
二回目は2月23日これまた気象庁のご近所、
向側の竹橋 パレスサイドビルの「毎日新聞」
『取材記録漏出事件』毎日新聞社幹部釈明会見取材
・・・これは他人事ではありませんヨ~。
毎日新聞の取材記録漏出事件とは・・・
「南青山の土地の地上げに絡み
米ファンドの子会社が組関係者に手数料を渡したのではないか」
という疑惑を国会で質問した国民新党の糸川代議士を
暴力団関係者が脅迫した事件が昨年5月福井であり、
その事件の詳細を毎日新聞記者が糸川代議士本人にインタビュー取材したんですが、
そのインタビューを録音したICレコダーを知人に渡し、
その知人がそのレコーダーをまた第三者に渡し、
その第三者がそのインタビューの内容を自分のブログに掲載してしまった事件です。
そのブログは気がついてすぐ削除してもらったのですが、
その情報がネット上に広まってしまった。
これが事件のあらましです。
皆様ご存知のようにインターネットにのせるとネット上で
際限なく広まってしまうものなんです。
一旦ネット上に広まってしまうといくら削除をしようとしても
もうそれを完全に削除することは宇宙的に不可能ですね。
教訓!!皆様お気をつけあそばせ、ブログ(インターネット)をなさる方は特にね!!
著作権・プライバシー権など結構悩ましい問題にひっかかりますからご用心!ご用心!
ブログなどネット上にはよそさまの発表している文章等引用するのはダメダメヨ!!
でもまあ、私の場合“つまらないことなどを”ですから・・・
たいしたこと書いていませんから・・・
でも心配性な・・・PEDANTIC WAZO
投稿者 : 08:58
2007年03月06日
スキマとスイッチ (担当☆永野)
『勝算がなくて選挙に出る人はいない。 当然勝ちます』

今日、正式に都知事選への出馬を表明した浅野史郎氏は、
石原都知事との対決での勝算を聞かれ、きっぱりとこう答えました。
この話をメインに書こうかと思ったのですが、
今週の、吉田たかよしワイド内 『特集プラス』コーナーで
高橋民夫記者が解説レポートをする予定とのことなので、
金曜朝に聴いてください。
【 ~と思ったら、今日になって(3月7日)急遽
ネタが差し替えになったそうです、スミマセン。 】
さて昨日、50日ぶりにペコちゃん焼きが販売再開。
東京・神楽坂のフランチャイズ店には朝から並ぶ人
& 大勢の取材陣。

(撮影 : 高尾記者)
ペコちゃん焼きはこの店のオリジナル商品。
原料も独自で調達しているため
一連の不祥事と関係ないと言えばないものの、
『ペコちゃん』というブランドを使っている以上は
不二家と同じということで、販売が自粛されてました。
『ピッピッピッ・・・12個と6個で。1890円になりま~す』
販売再開を喜ぶお店の方やお客さんの表情が
目に浮かんでくるような「音」は、高尾記者がとってきました。

↑ これが店頭に帰ってくるのは、もう少し先になるようですが。
ところで、私は犬と生活してます。 いきなりですが。
(詳細は、文化放送トップページ → アナウンサーコンテンツ →
『永野景子と度々タビー』 をご覧下さい。)
朝晩欠かさず散歩に行きます。 もちろん今朝も・・・。
散歩から帰り、エレベーターから部屋のあるフロアに
降りようとしたその瞬間!!
『 あっっっっっっっ!!!!!!!???』
部屋のカギが手からスルッと落ち、隙間へと・・・。
エレベーターと床の隙間に見事に。
次の瞬間、遠く地下のほうで
『チャリ~ン・・・』
という音が。 ワタシ、涙目。
ジタバタする愛犬のリードを握り、
慌てて1階へ・・・無駄とわかっていながら。
当然、1階の床にカギの姿はなく、私にとっては奈落の底と化した
エレベーターの「ハコ」の下 = 地下を隙間からのぞくばかり。
そして私の中の厭世モードにスイッチが入りました・・・。
大家さんの部屋をピンポン。 ・・・応答なし。
愛犬はウロチョロするばかり。 まずは会社に電話だ。
完全に遅刻するもん。 私もウロチョロ。
あ、会社の前に管理会社だ。 え? マンションの?
じゃ、ダメだ。 まだ不動産会社は始まってない時間だし。
あそっか。 エレベーターの中の緊急ボタン・・・

~を押すのはいかがなものかと。 閉じ込められたわけじゃないし。
電話マークのボタンを前に、しばし躊躇。
あ・・・エレベーターの管理会社の電話番号があるじゃん。
これだ!!!
そして廊下で待つこと1時間。 管理会社のお兄さん到着。
エレベーターの「ハコ」を2階に上げた状態で、1階のドアをオープン。

犬の毛にまみれたカギ、無事にピックアップ完了。
同じフロア-に住んでるレトリバーの毛が
地下スペースでなびいてました。
ワタクシゴトを長々と書きましたが、エレベーターに乗る時は
要注意ということが言いたかったわけで。 隙間に。
投稿者 : 20:20
2007年03月05日
ヨサンとボクと、時々、ウトzzzン =吹野=
♪消ーえそーォにー
これは朝5時の東京タワー。
先週金曜、自分は早朝まで国会に詰めていました。
初めて体験した「徹夜国会」。
消えそうでした… 自分が。
帰宅したのは土曜の朝。
案の定、日曜日も使い物にならず、
書いてる今(月曜)もなんか眠いです。
『国会!零時またぎっ!』
…元気よく書いたところで、まだダルい。
今回の国会、自分の印象で書きますと
「あーすりゃーこーする」という状態を目の辺りにした感じです。
揚げ足取りとも言いますか。
しかし、突然「風」が吹く政治の世界で、
いつまでも“切り札”を絶やさない政治屋は
才能だけではなく「運」も強くなきゃダメだと思いました。
(角田さんクビにして「産む機械」が舞い込んだ小沢さんは強運かも)
さて。
徹夜で繰り広げられた「政治将棋」。
今宵は与野党の棋譜をちょちょちょと書いて、
お紅茶を濁したいと存じます。
先手:与党
後手:野党
国会開幕を前に事務所費の不正疑惑で伊吹・松岡両大臣が槍玉に(野党側も)
後手) 角田参院副議長を解任して態勢固め(辞任ですが)
先手) 柳沢大臣「産む機械」発言
後手) 柳沢の罷免か辞任を求めて補正予算審議をボイコット。愛知、北九州で街頭演説。
先手) 野党欠席のまま補正予算が衆院通過
愛知・北九州の2つの首長選挙で一勝一敗
先手) 柳沢大臣「健全」発言。補正予算が参院で可決成立。
後手) 野党3党が柳沢の罷免を官邸に申し入れ。柳沢への集中審議を条件に審議復帰
07年度の予算委員会がスタート
後手) 柳沢への糾弾スタート。小沢が事務所費公開。
先手) 公聴会実施(キャノンの偽装請負発覚)
後手) キャノン御手洗氏の参考人招致を要求(御手洗氏は安倍さんの経済財政諮問会議メンバー)
先手) 財務金融委で強引な日程をセット(所得税法改正案の審議など)。
後手) 財金委で野党反発。与党からの電話を切る有り様。予算委も開けない状態に。
先手) 委員長職権で予算委を開く。与党だけで午後質疑。
後手) 松岡・伊吹両大臣への集中審議を引き続き要求。
先手) 年度内成立のため委員長職権で予算委の開会を決定。
後手) 反発して理事会を退室。
んでもって3月2日の徹夜国会当日…
後手) 午前中の協議でも審議継続を主張。交渉が決裂。
先手) 委員長職権で予算委を開会。総理と全閣僚が出席して締め括り総括。
後手) 職権乱発に抗議し、出席したものの質問拒否(3時間も)。
先手) 予算委員長が質疑終了を宣言。単独採決。本会議の開会を決定。
後手) 予算委員長など3人の解任決議案を連発。2時間近い趣旨説明で時間稼ぎ
先手) 日付をまたいで本会議を続けられる「延会」手続き実施。趣旨説明を15分に短縮するよう動議。
先手) 委員長解任決議案を与党反対多数で否決。予算案も採決。参院へ送付。
終局…
法律によれば予算案は衆院通過後30日経っちゃうと自然成立するそうですから
最悪ホッたらかしにしていても、一般会計82兆9088億円は年度内に固めるテンプルだそーです。
(※延会による2日付成立+即日起算で30日後=3月31日)
みなさんそれを分かっていて戦うからタヌキですよね(笑)
にしてもで・す・よ。
向こうに見える時計は「午前3時40分」。
予算案が通過したのは午前3時52分ッス(怒)。
自分たちも眠かった…のですが、一番堪えたのは年配タヌキ…ぃゃ年配議員に違いありません。
次の日に地元で講演とか予定していた議員さんはどーしたんでしょうね?
予算を通過させて一安心の安倍総理は今後、
「教育再生」とか「国民投票」「日本版NSC」とか
自分が公約に掲げた改革を進めていくとと思います。
仕事の成果が人を育てるよーに
今まで頼りなかった印象の安倍総理も
一皮剥けて“ゴリゴリ行く人”に変わっていったりして…。
衛藤氏の復党も、そんな兆しじゃないっすか?
強気な安倍ッチの姿、楽しみです。 支持率も上がると思うけどなぁ~
今回の将棋ついでに…
ん問題っ!(ズチャ!)
_______________________________________________________________________________________
問:次の手が打たれた場合、あなたはどのような手を打ちますか?
先手) 松岡大臣の事務所費不正処理が露呈
先手) 衛藤前議員が復党
※統一地方選や参院選に向け国民にアピールも必要です
※閣僚の不信任案、内閣不信任案というカードもあります
※小沢代表はすでに事務所費の内訳を公表しています
※会期は6月23日までです
どう解きますか?
投稿者 : 20:56
2007年03月02日
プロ中のプロ(担当☆たかお)
こんばんは、「まだ」新人のたかおです。
今日の『吉田たかよし プラス!』、聴いて下さいましたか?
結局、「企業が不祥事を起こした時に必ず出て来る
『コンプライアンス=法令順守』って、本当に大切なのか?」という
テーマでまとめてみましたが、どうだったでしょうか?
「Podcast QR」の「たかよしの特集プラス!」ならば、
今すぐにでも聴けます(期間限定なのでご注意)。
よろしくお願い致します。
コンプライアンスは当然大切で、あらゆる業界にあてはまります。

(記者会見を終え、会場を後にする不二家の櫻井社長)
今日の「特集プラス!」で取り上げた東京電力や不二家だけではなく、
自らの存立基盤を揺るがしかねない状況は
放送業界にも起きています。
関西テレビの『発掘!あるある大辞典Ⅱ』で
捏造問題がまた新たに判明し、
放送電波を管轄する総務省は放送法改正も視野に、
罰則規定などの強化を検討しています。
「人の振り見て我が振り直せ」と肝に銘じなければなりません。
さて、「特集プラス!」のテーマとなった不二家の記者会見に行く前、
別の取材関係で、タクシーに乗りました。
たかお「○○党本部まで、お願いします」
運転手「どこですか?分かりません」
たかお「分かりました。違う車を探します」
このやりとりを2度おこなって、3台目のタクシーに乗り込み、
たかお「○○党本部まで、お願いします」
運転手「分かりました」
乗って、5分後…
運転手「△△党ですよね?」
たかお「違います。○○党です!」
運転手「えっ?分からないです」
たかお「分かりました。こちらから道順を教えます」
運が悪いのか、今日も2台目のタクシーで、
都庁から都内のあるホテルへ直行しました。

(都知事選へ出馬?前宮城県知事の浅野氏)
都知事選への出馬を決めつつある前宮城県知事の浅野史郎氏。
「決めつつある」ということで「まだ決意を固めてはいない」し
「出馬表明ではない」し「記者会見ではない」と…。
「ないない尽くし」の浅野氏でしたが、会場は都内のホテルの一室。
各局のマイクがずらりと机の上に立てられている。
本人は「囲み取材の延長」と位置付けていますが、
外見上は誰が見たってまさに「記者会見」!
政策などについて「勉強中」で「来週までにまとめたい」と考えている浅野氏にとって、
今日の段階では「出馬会見にはなり得ない」というわけです。
「出馬するのか、しないのか」を「黒白はっきりさせる」形では出来ないということです。
でも、あれだけ各社に追い駆けられ、テレビ各局にも出演している状況で、
出馬の決意は固まりつつあるものの、覚悟は表明できる段階ではない。
やっぱり、シックリ来ないですよ。
石原都知事が「(政策論争の相手を喩えて)いい嫁さんが出来た」と言ったことに対し、
「ボクシングの対戦相手だったら分かるけど、(喩えが)シックリ来ないですね」と
浅野氏本人が言ったように…。
民主党の対立候補の擁立が難航したなどという状況はさておき、
都知事選に「出馬しない」から来週には「出馬する」に一転させる予定です。
個人的な感想ですが、「宮城県知事を3期務めた『プロの政治家』だけあるな」と。
「出馬の姿勢が徐々に固まっていくほど、その動向が気になるマスコミに追い駆けられ、
浅野氏支持に追い風を起こそうとしているのではないか」とまで勘ぐってしまいました。
そういえば、「村上ファンド」の前代表・村上世彰被告は
コンプライアンスを含む「コーポレートガバナンス=企業統治」の徹底を掲げて、
「モノ言う株主」として次々に提案をしていきました。
東京地検特捜部に逮捕される前に「私は証券市場の中で『プロ中のプロ』を自認しています。
『プロ中のプロ』が万が一にでも法律を犯してもいいものか」と述べていました。
電力・菓子業界の人、タクシーの運転手、政治家、ファンドマネジャー、
そして一記者として放送業に携わる私も、経験の差はあれ、
自分の仕事に誇りを持ち、やるべきことや出来ることを全力で取り掛かっているはずです。
「プロ中のプロ」って、何ですかね…?

(神戸出張からの帰路、新幹線にて)
少なくともブログ担当日にきちんと更新出来なかった私は「プロ中のプロ」にはまだ遠いようです。
申し訳ありませんでした。
「まだ」新人 たかお
投稿者 : 21:23
卓球少年も還暦に 担当☆高橋民夫
平成19年2月21日(水)の夜、東京新宿区高田馬場にある
「BIG BOX]で落語家の三遊亭小遊三師匠杯争奪
ボウリング大会が開催されました。
これまで幾度か行われているボウリング大会で、
このブログでも取り上げたことがありますのでご承知の方も
多いと思いますが、今回は特別の意味をもつ大会でした。
そうです、小遊三さんの還暦を祝う大会でもあったのです。
そして、優勝の栄誉に輝いたのは

そうです、なんと同じ昭和22年に生まれた私、高橋民夫だったんです。
でも私は、昭和22年4月2日生まれですから、師匠より1学年下でした。
さて、この会の主役、三遊亭小遊三師匠の誕生日はそう、きょう3月2日!
みんなで声をそろえて「オメデトウ ゴザイマス!」
先日のボウリング大会のときには、みんなで赤いスポーツシャツを
プレゼントしました。そしたら、試合のあとの居酒屋で着てくれたんです。
小遊三師匠は、昭和22年3月、山梨県出身で、少年時代は卓球少年でした。
昭和39年、あの東京オリンピックが10月10日に開催されましたが、
その直前、全国各地を聖火が大勢の人たちの手によってリレーされました。
その中の一人が、小遊三少年だったのです。
あれから52年後の2016年に、再びオリンピックが東京で
開催されるかも知れないという話が持ち上がっている中、
もし実現し、元気だったら、聖火ランナーをやりましょうか?
と、目と目で会話した団塊の世代同士でした。
スポーツ万能で、古典芸能を伝え続ける小遊三師匠に
いつまでもエールを送り続けたいと思っている、
まもなく還暦を迎える、私、高橋民夫なのでした。
投稿者 : 19:24
2007年03月01日
担当日ですが…(担当☆たかお)
こんばんは、「まだ」新人のたかおです。
報道部の中では『吉田たかよし プラス!』内の
「たかよしの特集プラス!」で話すことになっています。
現在6人回しで、明日の担当はナント私です。
今、その準備のため、追われています。
どういう形でまとめようか、出口の見えない作業になっています。
頑張りますので、聴いて下さい(泣)。
というわけで、明日、「特集プラス」のことも触れながら、
改めてブログを更新致します。
よろしくお願い致します。
投稿者 : 23:27
これからも生きていくのだから(担当☆石森則和)
線路に入った女性を救うため
電車にはねられて亡くなった宮本邦彦警部に対し
政府はきょう、緊急叙勲として旭日双光章を授与しました。

板橋警察署の講堂。
警察庁の小野審議官から
宮本警部の妻、礼子さんに勲章が手渡されますと
礼子さんは微笑むでもなく、涙するでもなく
勲章を両方の手のひらの中に包み込むようにし
静かに体にひきつけました。
厳しいといえば厳しい面持ちで
「ありがとうございます」と唇だけで言った声を
マイクは拾いませんでした。
テレビの画面では盛大な授与式のように見えたかもしれません。
でも会議室ほどの講堂の、前半分のスペースだけで行われ、
20人ほどの報道陣と警察の広報官だけが見守る中
わずか数分で終わったのです。
警察官が勲章を受章する場合、
警察庁が、まず本人の功績や受章対象となる事実の内容によって
どのぐらいの勲章にするか決めます。
それを内閣府の賞勲局というところが審査し最終決定するのです。
これまで殉職によって勲章を得た警察官は毎年2~3人います。
宮本警部のほかにも多くの名も無き警察官が命を投げ出し
みんなを守ろうとしてきたのです。
さて。
勲章とともに渡される勲記という文書は
安倍総理の名前でおくられます。
(勲章は天皇陛下からおくられるかたちになる)
でも、当の安倍総理は先月、板橋警察署に「異例」の弔問をした際、
宮本警部の名前を何度も「ミヤケさん」と言い間違えました。
テレビではバラエティー番組のようなテロップで
揶揄するように間違いを指摘していました。
でもね。これ笑い事じゃありません。
アゲ足をとるつもりはありませんが
この場で名前を間違えるということは、・・・いや「確認しなかった」ということは、
命を投げ出した人の存在は安倍総理にとって
「多くの人のうちのひとり、ぐらいの意味しかなかった」
・・・というのは言いすぎでしょうか?
先月、安倍総理が言い放った
「私は今、権力の頂点にいる」という言葉と
だぶってしまってしかたないのです。
世間が注目し、マスコミも数多く集まる場では異例の弔問をしながら
自ら閣僚懇談会で「緊急叙勲に値する」と称えて見せた安倍総理は
きょうの「わずか数分の授賞式」に姿を現すことはありませんでした。
妻の礼子さんのコメントがここにあります。
「この度は夫に対して叙位・叙勲をいただきありがとうございました。
改めて夫の行為を誇りに思いますとともに、
これまで全国から寄せられたお見舞い、激励、弔意など
温かいご芳情に心から感謝しております。
この場をお借りいたしまして
失礼かとは存じますが御礼申し上げます」とあります。
受章の言葉ではありますが、多くの人々への感謝の言葉が殆どです。
誤解されたくないのですが
僕は宮本警部は「受章に相応しい」と思っています。
でも副賞も賞金もいっさいない「名誉」は宮本警部ご本人に贈るとして
奥さんと息子さんの「生活」や「心」への援助を継続的にして欲しいと思うのです。

そして宮本さんのほかにも数多くいらっしゃる殉職者の遺族の
「おとうさんは誇りだ」としか言えなかった言葉の陰に座り込んだ
「不安」と「寂しさ」と「痛み」を置き去りにしてはいけません。
投稿者 : 19:16