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2006年08月17日
お盆を故郷や行楽地で・・・ 担当☆高橋
1970年(昭和45年)、アナウンサーで入社し
現在報道部のデスク・記者の高橋民夫です。
誰しも、日々の生活の中で、ある言葉を聞くと何かの画面が
鮮明に浮かび上がってくるという言葉があります。
私にとっての、その「言葉」は、
「お盆を故郷や行楽地で過ごす人たちを乗せた・・・」
という言葉です。
1985年8月12日、当時ニュース担当のアナウンサーだった私は
いつもより遅くまで、アナウンス室に残っていました。
やがて7時になろうかという時、報道部員が駆け込んできて
緊急事態発生を告げ、「只今入りましたニュースです」と
伝えたのが、あの日航ジャンボ機墜落事故でした。
午後6時羽田発大阪行きのジャンボ機の機影がレーダーから
消えた、というのが第1報で、その後しばらく続報を伝え、
午後9時には、報道のG記者とともに四谷の文化放送を出発。
山の中に「火の玉のようなもの」が落ちるのを見たとの情報で
中央高速、須玉インターを出て北上を続け
長野県の北相木村、南相木村に急行しました。
天気は晴れ、空に星が見える山また山の目的地には
次から次に、報道スタッフが集まり、長野県警の対策本部も
設置されましたが、詳しい情報が一切得られません。
ジャンボ機の行方がわからないまま時間が過ぎ、翌早朝になって
長野県警の対策本部から発表されたのは、
隣の群馬県、御巣鷹山で飛行機の部品が見つかったとの内容で
いっせいに記者たちが移動をはじめました。
群馬県上野村の役場に墜落事故対策本部が設置され
発表は、群馬県警に変わりました。
私たち現場取材班は、情報収集とともに長期戦に備え、
近くの民宿に宿を確保、村役場内に文化放送の
臨時線を引き、現場取材本部を立ち上げました。
日本の航空史上最悪の事故となってしまった
日航ジャンボ機墜落事故から21年が経過し、
今年も「お盆を故郷や行楽地で・・・」という
言葉が使われる時期が過ぎようとしています。
投稿者 : 2006年08月17日 20:00