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2006年08月31日
8月を振り返る(担当☆新人たかお)
お疲れ様です、まだ「新人」のたかおです。
「お疲れ様です」と書く辺りが決まり文句というか
仕事っぽくて嫌ですね。
いやあ、8月も今日で終わりです。
みなさんは夏休みをとりましたか(とれましたか)?
私は1日だけ頂きましたが、
休む日の前日に宏枝デスクから「明日休んでいいよ」と言われ、
「休んでいいのか?」というか「そう言われると休まざるを得ない」というか
疑問と脅迫が入り混じった状態でした。
つまり、急遽休みになったため、ノープラン。
どこも行きませんでした(泣)。
というわけで、今月後半に撮った写真を一挙公開。
どうぞ!!(↓クリックして下さい)
8月15日(火)、靖国神社。
朝4時半に到着。
5時からの中継にスタンバイ中の鈴木びん記者です。

8月20日(日)、大井第2球技場。
大学時代の部活の後輩を応援しに行きました。

8月24日(木)、都庁7階。
甲子園から凱旋した早実が都知事らを表敬訪問しました。
みんなでVサイン。

8月25日(金)、川崎市高津区のミツトヨ本社。
核兵器に転用可能な測定器を不正に輸出していた
大手精密機器メーカーに警視庁公安部が家宅捜索。

8月29日(火)、王子製紙本社。
北越製紙の株式取得でTOBを仕掛けるも難航。
事実上の敗北宣言をし、会見場を後にする篠田社長。

こう見ると、毎日いろいろな場所へ取材しに出ているなあと
実感します。
今日はこの辺でご勘弁を…。
実は明日「防災の日」に徒歩出勤をすることになりました。
しかもかなり急な話で、歩くコースや出発時間は昨日決められたばかり。
いろいろな意味で「大丈夫なのでしょうか…」とだけ言わせて下さい。
しかし、一抹の不安はあるものの、頑張って歩いてみたいと思います。
投稿者 : 19:30
野球小僧を知ってるかい?(担当☆石森則和)
最近ね?実はいい年して
漫画を毎週読むようになりました。
(ちょっと恥ずかしいけどね)
なぜかっていうと「少年マガジン」に
あの「巨人の星」を元に、
「星飛雄馬」でなく、「花形満」を主人公にした
リメイク版が掲載されているためです。
舞台が現代に置き換わっており、今風の絵柄。
飛雄馬や左門が、いつ、どんな姿で出てくるのか?
一徹はこの現代に、どう描かれるのか?・・・楽しみですわ。
さて、きょうで子供たちの夏休みも最後。
(最近はそうでない学校も多いようですが)
宿題に追われている子供さんも
いらっしゃるかもしれません。

東京ドームの中にある
「野球体育博物館」では、
学芸員が自由研究のお手伝いをしてくれる
イベントが行われています。
テーマ決めなどの相談に乗りながら
館内の展示物や本を紹介し
公式記録などのデータ集めを
手伝ってくれる学芸員のお姉さんがたは
本当に「野球生き字引!」
司書の小川晶子さんとお話をしたのですが、
話が面白いの面白くないの!
(どっちなの?)

(写真は小川さん)
面白いの!
「あの、漫画の巨人の星は
荒唐無稽なエピソードばっかり、
って思っているかもしれませんが、
実は本当にあったエピソードが
満載なんですよ」なんて序の口。
ここからは小川さんにお手伝いしていただいてまとめた、、
石森の「この夏の自由研究」です・・・始まり、始まりい!
野球を日本に紹介したのは
かの「正岡子規」です。
(知ってました?)
そのうえ、子規は
「BASE-BALL」を
「野球」に訳したのである!
・・・という話が有名ですが、
これ、正しいような
正しくないような、
「微妙」な話なのです。
なぜ煮え切らないのか?
ここには驚くべき、
脱力するような理由が隠されていたのです!
それはっ!
1890年ごろ、
正岡子規は自分の幼名である「升(のぼる)」を
ベースボールにひっかけて、
「野球」という雅号(俳句の時のペンネームね)を用いたのです!
「え?ノボルとヤキュウって、ちっとも
ひっかかって無いじゃん?」
と思うでしょ?
「野(の)に、球(ボール)」と書いて
「のぼーる」と読ませていた!!
・・・こともある。
(ええええっ?)
だが!
「ヤキュウとは読ませていなかった!」
そう、
実はベースボールを野球(やきゅう)と訳したのはこれより後、
野球選手の中馬庚(ちゅうまん・かなえ)が最初なのですうっ!(1894年)
このかた、ちゃーんと野球殿堂入りしていて、
彼のレリーフの下にも
「野球の名付け親」といったことが刻まれているのです!

(この博物館にある「野球殿堂」)
この野球体育博物館、
夏休みが終わっても、一年中
野球研究の相談にのってくださる司書のかたがいます。
貴重な資料も沢山ありますしね。

(↑日本が優勝した、あの「WBC」の金メダルですよ)
野球離れが進んでいるといいますが、
ここでお父さんが童心に返って
かつてのヒーローのユニフォームやバットを
夢中で見ていたりするとね、
そんなお父さんを見ているのが嬉しくて
野球を好きになる子もいるんです。

(ただいま野球シミューレータ体験中!)
入場料は大人400円、子供200円。
たまにはさ、
秋の気配がする空の下
もう一度、思いっきりバット振ってみない?
投稿者 : 16:52
2006年08月30日
今日警視庁であったこと ☆扇一平
今日は一日中ほとんどが会見でした。
午前中の捜査2課の正規の「投資会社を装った詐欺事件」の逮捕会見を皮切りに夕方5時近くまでほとんど休みなしに様々な会見が続きました。
こんな日って珍しいんですよ。
その中で2つのスローガンが発表されました・・・
まず鑑識課・・・
このポスターです。
「いつか 必ず 家族のもとへ」
そうです、「身元不明者相談所」の開設の会見でした。
都内の身元不明死体の数は、昭和62年以降、今年7月末までに3100体に上ります。
家出人の中には犯罪の被害者になっている例もあります。
息子が、お母さんが帰ってこない・・・
ご家族の心配は計り知れないものでしょう。
そこで警視庁は今年も9月1日から9月30日までの間「行方不明者相談所」を開設することになりました。
場所は警視庁本庁舎1階の身元不明相談室と浅草警察署観音前交番の2ヶ所です。
去年はこの期間で791件の相談があり、42体の身元が確認されました。
もし、自分の家族がいなくなった・・・という方があれば
相談してみてはいかがでしょう。
詳しいことは警視庁ホームページをご覧ください。
身元不明者140人分のデータも載っています。
もう一つのスローガンは・・・交通部
「やさしさが 走るこの街 この道路」
これは交通安全標語です。
現在使われていた「おもいやり 人に車に この街に」が6年経過したということで新たに募集し、応募作品5217点の中から選ばれた作品です。
この標語は平成19年から広く使われるようになります。
本当に「優しさ」があればトラブルなど少なくなると思いますよね。
私はモータースポーツをやっていました。
レースの世界のルールでは、速いマシンが近づいてきたら、譲らなければなりません。
遅いマシンには各ポストから青旗が振られ、後ろから速いマシンが来ていることを知らされます。
ラインを譲ってもらったドライバーが手を上げて追い越していくシーンを良く見ます。
たとえそれが300キロ近い超高速でも・・・
実際、一般道ではどうでしょう。
高速道路の追い越し車線をゆっくり走る車、
後ろから車が近づいてもまったく走行車線に戻る気配はなく
後ろのドライバーはキレてしまう・・・
強引に割り込む車、
他車にブレーキを踏ませるドライビングは×です。
しかも何も挨拶をしない・・
そして割り込まれたドライバーはキレる。
自転車は信号を守らない
子供たちが赤信号で待っているのに、平気で渡っていく大人たち
横断歩道を人が渡っているのに突っ込んでくる車
タバコを吸いながら走るバイク
・・・今の交通社会、キレる要素が満載です。
僕はもう止めました
切れることを
たしかに20年位前までは、運転をしていてカッとすることはありました。
でも止めたんです。
・・疲れるから
自分だけ疲れて、カッとさせた相手はぜんぜん疲れてないんですから。
渋滞でとなりの車線に入りたいときは、早めにウィンカーを出して
窓を開け手を上げます。
雨が降っていてもやります。
入れてもらったらもう一度挨拶をします。
相手も手を上げてくれた時の爽やかさってありませんよね。
横断歩道で止まったとき、渡る子供たちが笑顔で挨拶をしてくれたときの
爽やかさ・・本当に素敵です。
まったく知らない相手と、交通社会の中でコミュニケーションを取れたときの嬉しさは格別です。
そう・・人にどうしろとは言いません。
人の優しさを感じるっていいなぁって思うだけです。
そう思う人も多いんでしょうね。
話し変わって9月1日(金)は午前11時から
「防災スペシャル あなたにできること ラジオにできること」を放送します。
プロデューサーの私は、警視庁の仕事と平行して番組制作に奔走しています。
ゲストに来てくれるハリウッド女優、工藤夕貴さん。
私、扇一平と工藤夕貴さんの関係をご存知の方は「文化放送通」です。
私も夕貴さんに会えるのが本当に楽しみです。
このスペシャルでは、あなたからの防災に関する素朴な疑問を待っています。
文化放送のトップページから「防災スペシャル」を開き、投稿フォームから
メールをお寄せください。
抽選で素敵なプレゼントをお送りします。
明日は進行表、台本のチェックなど「防災スペシャル」の最後の仕込みです。
それも抜けられない警視庁で・・・・
扇一平
投稿者 : 23:52
2006年08月29日
汗っかきなもので <担当★鈴木>
東京は再び暑〜い一日でした。
軽肥満の私は、典型的な汗っかき体質。
家から駅まで15分間小走りした後、満員電車に乗ると、
蛭子能収さんの漫画にでてくる
サラリーマンのようにダラダラの汗。
その上、文化放送で1、2を争う忘れ物王の私は
すぐハンカチを忘れて家を出てしまうので、
駅の売店で高いのを買うことになります。
ところが、最寄りの東急電車の駅売店で売っているのは
なぜか以前から、「タオルハンカチ」のみ。
車中にて熱い視線を感じながら(!?)
「断固言っておくが、俺は決して
斉藤祐ちゃんの真似をしているわけではない!!」
と心の中で叫びながら汗を拭いてます。
ライオンズナイターのブログ
「真理子の部屋」でおなじみの
スポーツ部・真理子ディレクターは
斉藤投手と同じ群馬県太田市の出身で、
地元の盛り上がりも凄いらしい。
彼女のお母さんも、斉藤投手を東京都大会から
注目してきた筋金入りです。
早実優勝の翌日、テレビ各局のワイドショーが
「あのハンカチはどこで売っているのか??」と
煽っているのを眺めながら、
真理子ディレクターに聞いてみたところ、
「たぶん、太田市の○○で売ってるやつですよ」と
軽く答えが帰ってきました。
「ふーん、なるほどね」
でもって、2日後テレビをつけたら何とワイドショーで
「スクープ!!ハンカチ王子のタオルハンカチは
太田市のスーパーで売っていた!!!」
とやっているではありませんか。ドヒャー
私はスクープを逃したのでしょうか(汗)
思えば、文化放送が大平総理の死去を
スクープした時は、文化放送のドライバーさんの
「今日、病院の前を通ったら何だか黒い車が
いっぱい止まってたけど何かあったの」との
素朴な一言から始まったらしい。
日本の政治を変えた立花隆さんの「田中角栄研究」は
読んだ担当記者たちが「番記者なら誰でも知ってる話だったので」
驚いたそうです。
その当たり前の話が当たり前でないことに気づいたのが
立花さんだったというわけ。
そうかスクープとは「汗をかいて探すものでは無く、
落ちているものを見逃さない」ことなのか。
と思って下を見て歩いていても
何も落ちてないんですよね、これが。(暗喩的表現)
落ちるのは自分の額から滴り落ちる汗のみって感じで。
お後がよろしいようで
依然として鼻の骨にヒビの入っている
国会担当 鈴木びん
(詳しくは小枝子さんのブログを)
投稿者 : 23:36
2006年08月28日
文化放送のマークについて ☆担当 哲
ブログを見てくださっている方は当然文化放送のマークが
変わっていることにお気づきだと思います。前のマーク

これは昭和59年(私が入社した年)にスタートしました。
ロサンゼルス五輪の星が流れるイメージのマークを作った
有名デザイナーの作だそうです。
名前は忘れてしまいましたが・・
かっこいいとは思いますが、肝心のQとRをなかなか
読み取ってくれません。
みなさんにお耳馴染みの「きゅっきゅっきゅーQR、
らんらんラジオはQR」の歌、実は野坂昭如作詞、
いずみたく作曲、初代歌ったのがザ・ピーナッツで
文化放送=QRはかなり浸透していると思いますが、
マークを見て文化放送と理解してくださる方は本当に
少なかったです。特に初見では。
そこで新社屋を機に新たなロゴをという動きが起き、
今回のマークが使われることになりました。
ちなみに報道で出張っていく中継車はこんなデザイン

今週にも配車される予定です。街のどこかで見かけることが
あるかも知れません。決して嫌な事件だけで出て行く訳では
ありませんのでヨロシクお願いします。
更にちなみに、最初のころのデザインはこちら

昔文化放送の周波数は1130kHzでした。
世界の放送局は10kHzごとに割り当てられていましたが、
局数を増やすため9kHzごとに切り替えたことがあり、
そのためQRは1134kHzに、
そして全AM放送局の周波数が9の倍数になった訳です。
それはともかく、ついこの間まで喫茶の陶器のカップにも、
ソーサーにもQと大きく入っていました。
物持ちがいいことはエコライフの観点から
良いことですよね。(何年使ってたんだろ?)
早く新しいマークがみなさんに広く浸透してほしいと
願っています。
投稿者 : 20:42
2006年08月25日
訳あってPR。<担当★健司>
毎日、事件や事故のニュースに追われている報道部だが、
今から準備して「当日」を待つものもある。
今回はちょっとPR。
9月1日(金)「防災の日」スペシャル
『あなたにできることラジオにできること』
総合進行は今回も太田英明アナウンサー。
番組では防災・危機管理コンサルタントの
山村武彦氏をゲストに迎え
家の耐震強度など、住まいの安全性を考える。
又、女優の工藤夕貴さん、防災キャスター高橋民夫が
それぞれの立場で
地震に限らず、大雨などによる水害などについても対策を考える。
又、文化放送では、社員が徒歩出勤し、いざという時に備える。
去年から始めた徒歩出勤、今回は社屋も四谷から浜松町に移転し、
新たな防災マップ作りの貴重な資料となる。
更に、その翌週9月6日(水)には
紀子さまのご出産が予定されている。
当日は文化放送の誇る女子アナ並びに
このブログでもお馴染みの敏腕女性記者が
愛育病院や宮内庁、国会周辺、
それに街角からレポートする。
過去の取材音や知られざるエピソードを交えながら
各界から喜びの表情を
余すことなく伝える。
こちらも是非お聞き下さい。
投稿者 : 16:57
2006年08月24日
ーーーーーーーーー ★宏枝
きのうの取材は「新党日本誕生1周年」の記者会見。
しかしここで私は、ラジオ記者として
あるまじき行動をとってしまった!
会見の内容をレポートせよというデスク指令に
応えられなかったのだ。
「レポートになるかも」とのデスクの言葉を
「レポートはないハズ」との自分の思い込みが
かき消してしまったようで、
レポートの準備があまりにも不足していたーー
本社に送った会見音で、デスクの手により
ニュースは難なく放送されたがーー
日頃、デスクを担当する日は、
「ラジオの速報性はレポートだ」と、
記者陣に無理難題のレポートを要請するのにーー
面目ない!猛省!!

(郵政民営化に猛反対した荒井広幸議員~新党日本幹事長
&田中康夫長野県知事)
ところで、そのレポートすべき記者会見が上の写真ーー
千代田区にある新党日本の党本部で行われた記者会見。

(田中知事の右隣には落選中の小林興起前衆院議員の姿もーー)
先日の長野県知事選に敗れた田中康夫知事が
引き続き「新党日本」の代表に選任された。

注目の来年の参院選への出馬には、
「人々に尽くすことが私の人生」と含みを残しーー

(新党日本、1歳の誕生日を祝って、信州のりんごジュースで乾杯!)
民主党との連携では
「民主も自民も大所帯なので、どの一点において集われているのか、
国民に見えにくくなっているのではないかーー」と
距離をおく構えーー。

(田中代表、報道陣に加わって記念写真)
今後は全国を回って“元祖”車座集会を開くというがーー

(記者席わずか12席の小さな会見場に、多くの取材陣が集まった)
存在感をどこまで示せるかーー
投稿者 : 19:40
あ、でい、いんざらいふ(担当☆石森則和)
「きょうはどこに取材にいくのかな?」
先週取材&放送した「惑星の数が3個増える?」の続きか、
それとも「シュレッダーの事故の実態」かな?と
電車の中でニュースを「おさらい」しながら報道部に到着。
・・・・そして高橋民夫デスクから指令が!
「鈴木宗男衆議院議員が、
ロシア当局が日本船を拿捕、銃撃したことについて講演するたみ?
外国特派員協会(いわゆる外国人記者クラブ)に出動たみー!」
というわけで今週のビックリドッキリメカ・・・じゃなく、
石森は出動したもり。

まるでホテルのロビーみたいでしょ?

廊下にはこれまで講演してきた著名人の写真が並びます。

へえ、政治家のほかタレントや時の人がたくさん・・・
あれ?

うーん、どこかで会ったジラ?
さて、
通常こうしたケースでは、
まずランチを登壇者も特派員も一緒に食べます。
(でも僕チンたち日本人記者は希望者以外は食べません)
そしてそのまま会見が始まります。

宗男議員は
「小泉政権下の外務省が北方領土問題に
熱心に取り組んでこなかったことが背景にある」と指摘しました。
宗男議員はかつて、数々の疑惑に問われたのちに
「あっせん収賄容疑」で逮捕され、
去年再び当選して議員になるのですが、
逮捕前まで「深い」関係だった外務省へ、今度は猛烈に批判を開始!
きょうも机をたたきながらの激しい批判でありました。
でもね「自分が一線にいたときはロシアの国境警備隊を呼んで
漁業関係者の事情を根気よく説明し、
安全操業協定が結ばれるに至ったが
今の外務省はこうした努力を怠っている」というように
北方領土問題もほぼタナアゲになっている中での事件。
プーチン大統領の強硬路線は以前からシグナルを出しており
根室沖における漁業の実態を放置していた外務省の責任は
確かに避けられません。
さて、講演が終わり会場を出るとおいしそうなポスターが。
日本の記者クラブでは考えられませんが、
記者用に、こんなんや

こんなんもあるのです。じゅるじゅる・・・

(MASUKOMI SUSHI BARって書いてある)
で、ソッコーで駅の立ち食いそばをかきこんで(涙)
報道部に戻るのでした。
「拿捕」関連をまとめて書くたみ!と指示をいただき
原稿をパコパコ打っていると本番間近になって速報が!
「カムチャッカ沖でロシア当局が5隻を拿捕!日本船らしき名前がある」
うひゃー!ちらっとデスクを見ると本番前の修羅場、
・・・よし、このネタは引き受けましたっ!間に合ったら入れてっ!
で、北海道の漁協に電話しまくり作戦開始!(地道)
一報が入ってスグなのに「ほかの局からもすごい数の問い合わせなんですよ」
・・・他局の記者のかたもがんばっているなあ。
「カムチャッカ沖に行く船なんて、あるとしても底引き網漁の大きな船だね」
「心当たりはありませんか?」
「うーん、釧路あたりの汽船漁協にきいてごらん?」
ありがとうございますっ!でそこにTEL!そして録音開始!
「うーん、船名に心あたりはないし、そこにいく日本の船なんてないはずだけど」
一見、収穫が無いようでしょ?でも逆に、かなり条件が絞られたわけさ。
「ヤマセンマル61」「フクセキマル」「コイエユウマル」
という名前らしいこともわかった。
ところが。平行して外務省、国土交通省、水産庁と、
次々に取材しても該当する船がない。
で、再び外務省に電話をしている途中で、同じ名前の船会社を発見!
逆に外務省から「ええっ!それどこ!何!?」
しかし直後、「船にはロシア人のみが乗っていた」という第2報が・・・・
(ただしブログを書いている時点で外務省はまだ確認中)
海保の隊員のかたが「最近は中古の船が転売され、日本名を消さずに
使っているケースがあるのです」と教えてくださった。
今回のケースの詳細は不明ですが
実は旧ソ連崩壊後「ロシアが主張する領海内」で、
ロシア政府に無許可のロシア漁船自身による密漁が横行してきました。
でもね、その密漁船(自分とこの)が日本領海内に逃げ込むことから、
ロシアは日本に取り締まり協力を求め、
2000年に「双方の拿捕時に銃撃しない」とする
事実上の合意すらできたのです。(調印はなし)
事実、これ以降は威嚇射撃もなかったといいます。なのになぜ!?
きょう武部さんがロシアに抗議にいきましたが、
日本政府はきちっと事実関係を確認し、
日本の立場を説明した上で
今後の為にも安全が確保できるような仕組みを
きちんとつくるべきなのです。
投稿者 : 19:09
2006年08月22日
奇跡 を信じて・・・ ★担当 おたんこ那須
突然ですが
「クーペ&Shifo」をご存知ですか?
だみ声のクーペと透き通るような声のShifo。
ひょんな縁でクーペとShifoに出逢い、
魅力にとりつかれた私・・
林家三平師匠に9回破門され、
酒と賭け事におぼれていたクーペ。
そんなクーペに3年前、
転機が訪れた・・・
一歳で生き別れた娘からの一通の手紙。
福岡の消印しかなく返事が書けず、
返事のつもりで、クーペは曲を作った。
東芝のプロデューサーの目にとまり、
55歳のクーペは、メジャーデビューした。
「25年ぶりの手紙」・・
そして去年、
日比谷野音をいっぱいにした。
「50過ぎたら聴きたいライブ」
若い人たちもいっぱい集まり大成功であった。
再びクーペは、奇跡を信じた。
「私を探さないで」と書いた福岡の消印の手紙を胸に
去年は福岡市内でライブを開いた。
クーペは、気持ちだけでも、福岡の空に伝えたかった。
ライブは成功したものの、娘は現れなかった。
東京へ戻ったクーペは、脳梗塞で倒れた。
病気を聞きつけ、娘の友達から電話があった。
クーペは、リハビリに懸命になった。
福岡の娘から、「ライブに行くね。」と電話があった。
クーペに、奇跡が再び訪れた。
国際フォーラムのライブ。
27年ぶりに、娘と再会した。
前と変わらぬ、唄声とおしゃべり・・・
昔、落語家 今 落伍者
話が落ちずに
自分が落ちたと自分をこけ落とす。
泣かせたり、笑わせたり、
感動のライブ。
いままで、ずっとニッポン放送主催だったけど。
今度は、文化放送主催で行う。
10月20日(金) 夜7時開演。
京王線 調布駅前の 調布グリーンホールで。
チケットは全席 2000円。
今夜、Shioさんと浜松町で打ち合わせをした。
詳細は 042-374-8565 ライフタイムで。
http://shifo.boo.jp/standbyme/index.html
チケットのお問い合わせ先は
近いうちに文化放送ちけっとぽーとになると思います。
秋の夜長、お勧めの逸品ライブです。
投稿者 : 22:54
つまらないことなどを~その16~★柳澤和三
さて8月も末社屋移転からもう一ヶ月、旧のお盆も過ぎ
やっと浜松町にも慣れてきました。
そんな盆休みの最中もデスクワークに勤しんでいると
まず、8/12(土)上野駅付近に落雷・・・山手線内外廻りとも不通。
そして8/14(月)旧江戸川で東電の高圧電線にクレーン船が接触
・・・首都圏大規模停電・交通機関長時間にわたり運転見合わせ。
と、とんだお盆休みになりました。
報道部は通常のニュースだけでなく、
交通機関の情報を放送に入れるのも大事な仕事です。
12日の土曜日は録音番組が多いので
生できれいに情報を入れることができず、
音楽好きのリスナーには申し訳ないんですが
音楽部分をB.G.にして情報を入れました。
14日の月曜日はほとんどが生放送なので
これはドンドン生アナで入れることができました。
しかしこの列車情報を放送にいれるのに
はチョッと面倒なことがあるんです。
生放送に情報を入れることは
思うほど容易いことではないんです。
生ワイドの制作担当者としては与えられた時間に
かなりタイトに詰め物を設定しています。
私も制作の経験もありますから
制作の立場からは突然の情報ものは
演出上チョッとツライんです。
どうしても報道から情報原稿がきても
直ぐに対応できない場合が多いんです。
その場合ある程度時間がたって放送せざるを得ないんです。
そうするとよくある鉄道の人身事故の場合
復旧する時間が短いんです。
すると鉄道が止まったと放送されたら
もう列車が動いていることがあるんです。
こりゃあマズイ
だから報道のほうもこういう列車原稿をだすのには
細心の注意が必要です。
ところで新社屋文化放送メディアプラスの建っているところは
交通の要所です。
JRの線路は窓の下、
都営地下鉄の駅とは地下一階でつなっがっています。
羽田行きのモノレールも浜松町発です。
羽田に降り立つ航空機も直ぐそばを飛んでます。
竹芝桟橋を出航する伊豆七島行きの船も
すぐそばの東京湾に見えます。
湾岸地区のビル群の間をぬってはしる“ゆりかもめ”も見えます。
そんなわけで生スタジオから
先日土曜日の山手線内外廻り不通の時は
浜松町駅構内に山手線の黄緑の車両が
内回り外回り仲良く止まっているのが
スタジオからもよく見えました。
旧社屋では住宅地のど真ん中のせいか
列車情報を生放送で入れてくれるのが現在の浜松町より少なかった
気がするのは筆者のひがみ根性のせいでしょうか???
投稿者 : 13:15
2006年08月21日
お大事に ♪高橋小枝子♪
8月も後半、夏休みはとれましたか?

稲穂も垂れてきました。
順調に実って、収穫の秋を迎えたいものです。

房総半島 夷隅あたり、広域農道を走ると
こんな光景が広がります。

沿道にはコスモスも・・・
まだ満開ではありませんが。

ちなみに、同じ場所を5月に走った時は
こんな感じでした。

満々と水をたたえた田んぼに映る鯉幟。
日本の四季は美しい・・・・はず。
大雨、台風、にめげず、実りの秋が迎えられますように。
さて、文化放送報道部の週明けは
痛い痛いで始まってます。
宿直勤務の鈴木敏記者
こーんな鼻になっちゃいました。

あんまり暑くて、ボーっと歩いていて、ガラスの自動ドアに
思いっきり激突。
鼻が腫れ上がりました。
どうやらひびが入っているとか・・・
でも、泊まり明けをこなし、朝の番組でも、コメンテーターとして、
北朝鮮の地下核実験について、詳細なコメントをしていました。
お大事に。
そしてもう一人、泊まり勤務の山本記者
報道機材を足に落として怪我・・・
と、聞いたのですが、さらに取材を続けたところ
冷蔵庫から麦茶を出そうとして、手がすべり
自分の足に落下・・・
「骨折してるかもしれない」痛さだそうです。

マジに ひびが入っているそうです。
お大事に。
えっつ私?
実は今日、大江戸線に乗り込んだところで
入館証を忘れたことを発見。
やばっ
逆戻り。
浜松町の新社屋は、入館証がないことにゃ
パソコンも開けず、コピーもとれず
もちろん出入りはできず。
つまり仕事にならんのです。

週明け
文化放送報道部は、いろんな痛さで始まっています。
ムシムシ暑さが続くなか、皆々様も十分
ご自愛なさってくださいませ。
ぺこり。
高橋小枝子でした。
投稿者 : 14:31
2006年08月18日
みんな、頑張ってます!(★担当 野中)
今日は、蒸し暑かったですネ。
いつも、元気いっぱいの警視庁チーム(扇デスクと高尾記者)は
取材を終えて会社に帰ってくると、
『気持ち悪い、熱中症だ!』と言って、
しばらく、イスの上でグンニャリと
溶けたアイスクリームのように のびていました。
扇さんは、学生時代、応援団長、
高尾さんは、ラクロスで鍛えているだけに
2人とも体力には自信があるのに、
こんなことは珍しい現象です。
のびた二人を見ていると
中で涼しくしていて、ごめんなさい、
という気持ちになります。
また、今日は、ベテラン、高橋民夫デスクも
外での取材でした。
朝鮮総連施設へ課税することに抗議して
カッターの刃入りの脅迫状が
横浜市や都庁、埼玉県庁などに届いた事件。
初めは、1分10秒ほどを予定していたので、
高橋デスクは、熱烈パワフル取材を繰り広げていたのですが、
時間が経つにつれ、他のニュースも入ってきて
(ニュースパレードの中味は、正味10分30秒ほどしかないので
入りきれなくなってしまい)
最後には、15秒のショートニュースになってしまいました。
こういう時、現場の記者の脱力感、徒労感といったらありません。
私も、9年近く記者をやっていたのでよくわかります。
15秒入るならいいほうで、熱烈取材しても、
ボツになることはよくあるのです。
今日は、タフネス・民夫デスクに会っていませんが、
きっと、巨体を、グンニャリさせてのびていることでしょう。
記者もツライ、けど、
指示を出したのに、ボツの決断をするデスクもツライ。
そばで見ていると、よくわかります。
暑い、涼しい、の違いはあるけれど、
お互い、身を削って、いいニュースをお届けしよう!、
という一点でつながっています。
10分30秒という限りある枠の中で、
世の中の動きをいち早く、コンパクトにまとめて
わかりやすく伝えたい、その一心で、
みんな一丸となって頑張っているんですね。
報道というのは、毎日毎日がチームワークの仕事。
そんな職場珍しいと思うし、
こういう仕事に関われたこと、ありがたいなァ、
と思っています。
(放送時間ギリギリまでニュースが出来ていなくて
心臓がドキドキすることはしょっちゅうで
体に悪い仕事だなあ、とも思いますが・・)
記者やデスクの、こうした頑張りをガッチリ受け止めて
私は、もっと、ビシッと気合を入れてニュースを伝えないと
いけないな、とこの頃反省しています。
今日も、小さなミスをいっぱいしました・・・
話は、変わって、プチ情報。
今、アナウンサーは、来年のアナウンサーカレンダーの
撮影(新社屋と浜松町界隈で)に入っていますが、
私は、近くの浜離宮恩賜公園(芝離宮じゃないですよ!
汐留駅そばの)で写真を撮りました。
オレンジ色のキバナコスモスが満開で
とてもきれいでした。
入場料は、300円と安いので、
こちらのほうへいらした折には
ちょっと寄ってみてはいかがですか?
ちなみに、来年のアナウンサーカレンダーは、
ちょっと、いいかも。
≪乞う、ご期待!≫
投稿者 : 19:50
2006年08月17日
お盆を故郷や行楽地で・・・ 担当☆高橋
1970年(昭和45年)、アナウンサーで入社し
現在報道部のデスク・記者の高橋民夫です。
誰しも、日々の生活の中で、ある言葉を聞くと何かの画面が
鮮明に浮かび上がってくるという言葉があります。
私にとっての、その「言葉」は、
「お盆を故郷や行楽地で過ごす人たちを乗せた・・・」
という言葉です。
1985年8月12日、当時ニュース担当のアナウンサーだった私は
いつもより遅くまで、アナウンス室に残っていました。
やがて7時になろうかという時、報道部員が駆け込んできて
緊急事態発生を告げ、「只今入りましたニュースです」と
伝えたのが、あの日航ジャンボ機墜落事故でした。
午後6時羽田発大阪行きのジャンボ機の機影がレーダーから
消えた、というのが第1報で、その後しばらく続報を伝え、
午後9時には、報道のG記者とともに四谷の文化放送を出発。
山の中に「火の玉のようなもの」が落ちるのを見たとの情報で
中央高速、須玉インターを出て北上を続け
長野県の北相木村、南相木村に急行しました。
天気は晴れ、空に星が見える山また山の目的地には
次から次に、報道スタッフが集まり、長野県警の対策本部も
設置されましたが、詳しい情報が一切得られません。
ジャンボ機の行方がわからないまま時間が過ぎ、翌早朝になって
長野県警の対策本部から発表されたのは、
隣の群馬県、御巣鷹山で飛行機の部品が見つかったとの内容で
いっせいに記者たちが移動をはじめました。
群馬県上野村の役場に墜落事故対策本部が設置され
発表は、群馬県警に変わりました。
私たち現場取材班は、情報収集とともに長期戦に備え、
近くの民宿に宿を確保、村役場内に文化放送の
臨時線を引き、現場取材本部を立ち上げました。
日本の航空史上最悪の事故となってしまった
日航ジャンボ機墜落事故から21年が経過し、
今年も「お盆を故郷や行楽地で・・・」という
言葉が使われる時期が過ぎようとしています。
投稿者 : 20:00
星の隙間で(担当☆☆☆石森則和)
私を月まで連れて行って
星の隙間で遊ばせて
いいえ・・・違う言葉で言い換えましょう
「どうぞ、この手にキスをして」
スタンダードナンバー
「FLY ME TO THE MOON」
聴いたことあります?
(要訳by石森)

太陽系の惑星といえば
「水金地火木土天海冥」の9個だと教わりましたが
一度に3個増える可能性が出てきました。
別にどっかからぽっこぽこ沸いて出てきたわけはなく
プラハで行われているIAU=国際天文学連合の総会で
新たに3つの星が惑星に認定されるかも?ということです。
放送では駆け足で紹介しましたが、もうちょっと裏話を。
冥王星よりもさらに遠いけれどでっかく丸い天体
「2003UB313」を発見した人がいました。
この人が「10番目の惑星を見つけた」と主張したのです。
これを話し合うためには「惑星とはなんぞや?」という定義が当然いる。
ところがびっくり、なんとそんなはっきりした定義はなかったのよ!
そこで新たな定義が提案されたわけです。
簡単に言うと
①太陽(恒星)のまわりをぐーるぐる(「オラ東京さいくだ」のフシで)
②・・・・丸い(爆笑)
すると、当てはまる星がわんさか。(今回の3個以外に12個あるという)
しかし、放送では言いませんでしたが
実は「新定義」を決めた理由はもうひとつある!
・・・という「噂」があるのです。
200もの恒星(自分のエネルギーで輝く星)には、
周りをまわっている惑星があると思われています。
たとえばペガサス51番星ね。
でも周りを回っている惑星を誰かが
「見た」わけではありません。
「ペガサス51番星が揺れているぞよ?
どーやら惑星の影響と考えられるぞよ?
だから、惑星は、たぶんあるぞよ?」
ということになっている・・・
でも、もし、この「たぶんある」惑星を
写真などで撮影できたら
その人は「ノーベル賞」と言われているのです!・・・ぞよ。
だから天文学者は競ってチャレンジ中。
・・・・となるとね?
その認定に何が必要かというと、
やっぱり「惑星とはなんぞや?」という
定義になるわけですわ、奥さん(誰?)
惑星候補生は、新定義のきっかけとなった
「2003UB313」、火星と木星の間の「セレス」のほか
冥王星の衛星だと思われていた「カロン」
この「カロン」、実は周りを回っているのではなく
一緒にワルツを踊るようにまわっていた!
そもそもカロンは冥王星の半分もの大きさがあるのです。
(二重惑星と言われます)
衛星の回転に体を揺らすペガサス、
常に同じ面を向かい合わせ、
まるで見つめあいながら輪舞を踊る冥王星(プルート)とカロン。
夜空は音の無い音楽に満ちているのでした。
たぶん曲は「FLY ME TO THE MOON」なのさ。
(・・・あ、僕なら大丈夫ですから)
おまけのページ「たきちゃん星へ行く」↓
地図を見ながら中継車をナビゲートする
技術の「たきちゃん♀」
地図を見てなにやら悩んでいる。
たき:
「あのお、くにたち天文台でしたっけ?
こくりつ天文台でしたっけ?」
・・・・どっちでもいいよ。
地図には漢字で「国立天文台」ってあるのだから。
(コクリツだけどな)
昼飯を食べたそばやのカウンターで
朝鮮人参の入った焼酎のビンを見て
たきちゃん、
「い・・・いかのホルマリン漬けが
なぜここにっ!?」
ああ、もう、
何から説明していいのかわからない。
投稿者 : 18:15
2006年08月16日
♪部屋と停電と私 =吹野=
「泊まり明け ブログを忘れて 大いびき」
まいどどーも、吹野です。
泊まり明けの今日、爆睡したあと
ヒルズをサイクリングしてたら、偶然にも愛育病院に。
紀子さまの無事のご出産を祈ります。
自分が報道部に配属となった時、
初めて泊まり勤務で書いた原稿が「紀子さま懐妊」。
先月の泊まりで書いた原稿が「前置胎盤」。
昨日の泊まりで書いたのが「きょう準備入院」。
そして偶然にも愛育病院。
もしかしたら生まれてくるお子さまは、自分の子供のフィアンセかも。
…アホ丸出し記者です。
ところでさっきの一文
「ヒルズをサイクリングしていたら」
を検証してみますと…
「ヒルズを」→→→→→→→悪気はないのにセレブ丸出し(うそ)
「サイクリングしていたら」→いかにも近所に住んでます的な感じ
…猛省します。イヤな感じ(笑)
さて、世間は停電も復旧し、参拝も終わりご入院も済みましたが
どれもタイムリーに書けないのが悔しいです。
…というのも
取材した日にブログ担当ではなく
事態が収束した後にブログが回ってくる…
この歯がゆさを、平松愛理さんの曲に乗せてお届けしましょう。
題して 「部屋と停電と私」…
停電の朝(8月14日)、自分は靖国神社にいました。
“モバイル”のくせして重い「モバスタ」を担ぎつつ
開門時間から九段の散歩。
居場所がなくてウロウロしてたら
ケータイにニュース速報が…
8時過ぎ 「東京区部の一部で停電。交通機関に影響」
8時半過ぎ「23区のほとんどで停電。復旧の見通しは立たず」
靖国神社は停電も感じられず静かなままでした。
しかし遠くではサイレンの音…
「61年前の戦争中もこんな感じだったのかな?」…と感慨にふける間もなく
九段下駅でアナウンスとか乗客の声とかを録音。
(こんな時に総理参拝しないよな…叩かれるし…でも来たらどーしよ)
…と心配しつつ、
9時過ぎの速報 「広域停電を受け、官邸の危機管理センターに情報連絡室を設置」
というメールで江戸川の接触現場に行こうと決心。
デスクに提案して中継車と合流し、レッツ江戸川!
東京湾花火大会の余韻ですっかり休日モードの自分にとって
今朝の展開は速すぎる…(早朝から緑に囲まれていたのに…)。
目が西川くんみたいになりながら江戸川に着くと
(↑ギリギリ) 保線マイスターが活躍していました。
上空にはヘリ、川にはクレーン船。護岸には見物客。目には目を。埴輪には埴輪を。
クレーンがこすった電線は「蟹カマ」みたいにほぐれていました。
(見えますかね?↓ズームは限界っス)
カミカミで昼刊のナイスレポートを送ると
次は三国屋建設千葉支社へアタック。
事務所からは電話に対応する声は聞こえてくるのに
ドアには鍵がかけられている…。
ノックをしたら電話も取らなくなっちゃいました。
(そんなに居留守使わなくても…)
なんとかネバって会見がないことを聞き出し
また旧江戸川へ。
ナイスな取材に裏打ちされたナイスな原稿を
またもやカミカミでレポートして、一路東京へ。
レインボーブリッジから見る東京は
数時間前まで機能が停止した感じには見えませんでした。
まるで『日本沈没』のワンシーン。
「自分にも守りたい人がいるんですっ」 う~ん、つよポン最高。(ホモか俺は)
さてさて。
停電した時、私たちは電気代が割引になるをご存知でしょうか?
たとえば1時間以上の停電の場合、
1日につき、「月の基本料金の4%」が割引となるそうです。
次の請求書でご確認ください。
(ちなみに停電が続けば日数の“掛け算”となります)
この4%を東京電力は三国屋建設に賠償請求するんだと思います。大変だ…。
_____________________________
さ~てココで業務連絡。
「ラジオはテレビより機動性がある」とよく言います。
営業もセールストークに使ってます。
報道も行政に対して
「電池で動くラジオは災害時に有効です」と説明してるハズ。
そこで、厳しい質問です。
文化放送は「AC電源で動くテレビ」に負けない取材をしましたでしょうか?
停電した他局に負けない番組展開だったでしょうか?
情報を伝えるだけでなく“機動性”を発揮しましたか?
通信社に頼らない“現場情報”を伝えられましたか?
そして
評論家や目撃者など、発想を広げて取材先を探せたでしょうか?
自分は靖国でテレビ音声をモニターしていました。
ラジオ局に機動性を感じたかというと…う~ん疑問でした。
発想の豊かさは…う~ん、もっと疑問。
「テレビ局とは人数が違うからさぁ」
これはこれは…。毎度の言い訳ですか。
人数が多いからテレビマンの発想が豊かなんですか?
携帯ラジオでテレビが聴けるのは、今や常識です。
とにかく。
ラジオは「乾電池」という聖域でノンビリしてはいけないと思いました。
投稿者 : 19:06
2006年08月15日
61回目 (担当☆永野)
日本武道館は不思議な所です。
武道館なのに、様々な催しが行われる「会場」となります。
先月22日、私はステージ上で
『青い珊瑚礁』を歌っている聖子ちゃんを観ていました。
そして今日は・・・
終戦記念日の今日、日本武道館では
政府主催の全国戦没者追悼式が開かれました。
式典の追悼対象は、戦死した軍人、軍属およそ230万人と、
空襲や原爆で亡くなった市民およそ80万人。
天皇・皇后両陛下をはじめ、衆参両院議長や最高裁長官、
政党の代表、遺族ら約7000人が参列しました。
今朝、靖国神社に参拝した小泉総理。
『総理大臣である、人間・小泉純一郎』が、
『戦没者全員に対して哀悼の意を表するために』参拝したと
会見で語りました。
総理の靖国参拝について広島の遺族の方にマイクを向けると、
『行ってもらえたのは正直うれしい、でも
中国や韓国の人を思うと悲しい・・・』という言葉のあと、
『戦争はするもんじゃない、お互いが悲しい思いをする』。
・・・その後は涙で声になりませんでした。
当たり前の言葉と思われるかもしれません。
でも、これが今日という日、
一番に考えなくてはいけない事のはず。
小泉総理がモーニング姿なのかスーツ姿なのかよりも。
今日は61回目の終戦記念日です。
投稿者 : 19:34
2006年08月14日
大停電の日に考えたこと(担当☆たかお)
アメリカ産牛肉輸入再開。
先週水曜、国内で唯一販売を開始したという
スーパーへ行きました。


肉、肉、肉…。
あれから1週間弱経った今日、
アメリカ産牛肉のニュースを聞きません。
あの痛ましいプール事故に関するニュースも少しだけ。


その時々における最新のニュース、
動いている現場を追うことは記者として「面白い」ですが、
一方で「哀しさ」というか、そんなものも感じます。
今日の核となるニュースは「東京大停電」でした。
↓続きます

↑これは停電の写真ではありませんのであしからず。
夜中に花火が打ち上がるのとは訳が違います。
世の中、電気がないと動かないものって多いことを改めて実感しました。
明日は8月15日、終戦記念日。
「記念」という言葉が少し引っ掛かるのは私だけでしょうか?
61年前に戦争が終わった日。
明日15日に小泉総理は靖国神社に参拝する可能性が濃厚になっています。
ここ最近の総理自身の発言やかつての側近の話などから…。
「心の問題」って何だろうか?少し考えてみました。
日本には「八百万の神」がいると言われ、
その証拠にたくさんの神社があります。
しかも、大宰府天満宮の菅原道真が天神になり、神と仏が一緒になりと、
人間が神様になることもあれば、神様同士が合体することもあるわけです。
靖国神社にも戦争で亡くなった「英霊」が集まって神様として祀られています。
ここで合祀か分祀かが問題になります。
総理が言う「心の問題」ならば、心の中で参拝する人と参拝しない人を分ければ良いわけで、
これは憲法19条で保障されます。
しかし、問題は総理が「公人」であることです。
つまり、「三権の長」の1人が靖国参拝することが日本代表の行動と見なされ、
内心の問題だけでは済まずに、外形の問題も出て来るわけです。
ここが厄介なところで、「A級戦犯を分祀する」
「靖国とは別の追悼施設を創設する」という話になり、
「三権の長」や天皇が参拝出来るようにしようという議論に発展します。
「心の問題」と言ってしまえば、「それもそうだな」と思ってしまいますが、
それでは思考停止になってしまい、根本的な問題の解決にはなっていないのではないかと考えます。
パフォーマンスというか、
何かとメディアの注目を集めて来た小泉総理。
全盛期はこの監督と同じくらいの注目が集まりました。

小泉総理は打ち上げ花火のような、派手なことが好きなようにも見えます。
兎にも角にも明日は注目です。
「まだ」新人 たかお
投稿者 : 20:40
2006年08月11日
遺骨泥棒恐喝未遂事件・・解決!! ☆扇一平
はじめに昨日の警視庁記者クラブの窓から皇居越しに見える夕焼けは実に美しく心が洗われるようでした。
明日は嫌な事件などなければいいなと思い今日来てみると・・・こんな事件が・・・
5月25日、会社役員のA子さん(61歳)が港区にあるご主人のお墓参りに行くと、墓石に張り紙が!
「骨壷を預かっている。警察に通報するな。通報すれば骨壷は永久に帰ってこない」
・・・こう書かれていました。
誰もが自分ちの墓に言ってそんな張り紙が貼ってあったら驚くよね。
しかも警察に通報するなって、通報したら遺骨は永遠に・・・!!!
・・・納骨室を調べるとご主人の骨壷がなくなっていました。
A子さんは迷うことなく麻布署に通報したのでした。
えらい!!毅然とした態度!!
その紙には「ここに電話しろ」と犯人の携帯電話番号が書かれてあり、A子さんは電話をします。
その後、2ヶ月間に27回犯人から電話があり、最終的にこんな要求が・・
「古い札で3000万円用意しろ!」
そして・・
「8月10日に水道橋の黄色いビルに来い」
さらに犯人は
「巣鴨に変更する」
さらにさらに
「大塚に来い」
どんなに行ったり来たりさせても、もう警察が張ってんのにネ!
案の定、犯人は指定した南大塚の路上で原付に乗っているところを発見され現行犯逮捕されました。
しかし供述で
「これは、ある人から頼まれたことで、何も知らない」
他に真犯人が!!??
・・・うそでした。
捕まったのは63歳の自営業のおっさんでした。
骨壷は東池袋のスポーツセンターそばのコインロッカーから見つかり、A子さんの元に返されました。
なぜ、このおっさんはA子さんの家の墓を狙ったのか?????
会見で記者達の質問はその一点に集中しました。
捜査一課長はこう説明しました。
「この男の家の墓が同じお寺の中のすぐそばにあり、A子さんの家の墓が一番豪華だったから」・・・
事件の陰にはターゲットに対する周到な調査も何もありませんでした。
実に簡単な理由でした。
記者達は拍子抜けをし、乾いた笑い声さえ起こりました。
このおっさんの罪名は「恐喝未遂」
それにしても盗んだものが「遺骨」と「生きた人間」ではエラい違いがあるって思いましたね。
もしこれがA子さんのご主人の遺骨でなく生前のご主人だったら・・・
罪名は「身代金目的誘拐」・・大罪です。
しかも間違いなくあの大変な「報道協定」が敷かれます。(7月25日の私のブログ参照)
このA子さんの亡くなったご主人は某グループ企業のトップとも聞く資産家。
資産家は生きている時も、亡くなった後も・・・大変だと痛感し、なぜかほっとしている自分がそこにいました。
A子さんは遺骨が見つかったことについて、
「主人の骨が見つかってとても嬉しい。自宅に数日置いて供養して、再びお墓に納めたい」と話しています。
でも今度は鍵をかけておいた方が・・・いいかと・・・・
ウチの墓は大丈夫、資産家でもないし・・ただオヤジが亡くなった4年前に、僕がデザインしたオシャレな墓だからちょっと心配!
(墓石に写っているのは写真を撮ってる僕ですので怖がらないでください)
いやぁ、ウチのお墓ができてからというものの、扇家の墓を参考にさせてくださいとか言われたり、ウチと同じデザインの墓が霊園の中に沢山できちゃって、警視庁記者出身の墓石デザイナーなんてどうでしょう??
すみません!!えらい話がそれてしまいました。
そう言えば・・今朝の「吉田たかよしプラス」の神出鬼没のコーナーで、僕のレポートは「コンピュータ犯罪」・・・ハッカーの話をしたんだっけ・・「墓」と「ハッカー」・・なんたりして・・
もう一度スミマセンでした。だから吹野記者にバカにされた書き方をされるんだよな。・・反省・・・・・なんかしないもんね。
警視庁担当 扇一平
投稿者 : 01:22
2006年08月10日
人生は「まつりごと?」<担当★鈴木びん>
細菌兵器に使われる恐れのある乾燥真空装置を
北朝鮮に輸出していた男が逮捕!
事件の舞台は私がよく遊びに行く横浜港!
ニコンの社員がロシアのスパイに光通信部品を
手渡していたことが発覚!
舞台は私の通勤沿線、自由が丘!
日本の危機管理意識の低さも去ることながら、
自分の生活範囲でそんなスパイ小説のような事が
起きていることに奇妙な感覚を覚えます。
北朝鮮のミサイルは空に浮かんだ人工衛星からも
確認できますが、安息な生活を脅かす策謀は、
誰も気に留めない日常の空気溢れる街角で、
こっそり進んでいるのですね。
本日、公休日という名のサラリーマンの安息日。
私も危機管理意識が欠けていました。
花火大会があるとも知らずに鎌倉に
のこのこ出かけてしまったのです。

他に娯楽の少なかった昭和初期の湘南の夏は
連日こういう風景だったそうです。
人ごみが苦手な私。まさに倒れそうな状況。
しかし、ミーハーでもある私。
人の流れに飲みこまれながら
一応、写真だけは撮ってきました。
派手すぎず艶やかな良い花火でした。

2年前に隅田川の花火大会の花火師さんに
インタビューしたことがあります。
「花火は主役では無く、脇役だ」と言われました。
家族と、友達と、恋人と...
家の前の川縁にのんびり並んで腰掛けて、
いろんな話をしながら、
遠くの夜空に小さく浮かぶ花火を眺めるのが
粋な江戸っ子の楽しみ方だったのだそうです。
「主役は花火では無く、あなたですよ」
何と粋で深みのあるひとこと....
「今の花火は刺激を求めすぎる」と
苦言も呈していました。
政治も同じ
我々が穏やかな心で花火を眺めることができるように、
温和で平和な日常を過ごすことができるように、
インフラとして、裏方として存在しているはず。
ああ、それなのに
生きる喜びは、政(まつりごと)より祭り事。
祭り事のための政でしょ。
政を祭り事にしてしまった小泉さんの罪はやはり重い。
刺激的な大輪の花火を打ち上げ続けて来た5年あまり。
でも、本当の主役は政治家やメディアではありません。
キマッタカナ!!
国会担当 鈴木びん
投稿者 : 23:10
ぼんぼん、ぼぼぼん(担当☆石森則和)
ぼん、ぼん、ぼぼん。
ぼぼぼんぼん!
盆踊り。
隅田川の両岸に3000人もの踊り手が舞う
「大東京 和踊り」が、今夜
初めての試みとして行われました。

地元のかたがたが観光振興のために始めたものですが
外国人を呼び込もうという、政府の
「ビジットジャパンキャンペーン」のひとつでもあります。
川沿いに流れる3000人の浴衣姿も艶やかですが、
なかには「浅草サンバカーニバル」の常連や
「かっぽれ」の愛好会の方々もいて
服装は実に色とりどり(?)、
いくつもの提灯の明かりが遊ぶ川面から
船を浮かべて見物するかたもいて
江戸情緒が夜風に揺れます。

個性豊かな橋がかかる隅田川を見ていると
東京は「水の街」なのだと気づかされます。

隅田川は、なんだか地方出身の僕には
ちょっとやそっとじゃ認めてくれない
がんこな江戸っ子のように思えることがあります。
東京出身のかたが隅田川を「大川」と呼びながら
「山の手」と「下町」の暮らしについて粋に語るのが
なんだか誇らしそうに見えたりして。
そうかと思えば
アメリカから修学旅行(あるのね、あめりかにも)に来ている
子供たちも浴衣を着てDANCE!
何人かの外国人参加者には
「お盆」の意味を主催者が教えたそうですが
・・・どう伝えたのでしょうね。
「華の都のまんなかで、」はいいけれど
「やーっとなあ、それよいよいよい」って
・・どいう訳せばいいのじゃ?
でもアメリカ人のかたは
「近所の人たちが同じ服(浴衣?)を着て集まって
輪になってパーカッション(和太鼓)を囲んで回るのは
不思議で楽しいデス」
うーん、なるへそ。
確かに「和の風習」は面白い。
「和踊り」の「和」という文字は、
「和風ハンバーグセット」の「和」
・・・・もとい、
もちろん「日本」を意味します。
でも「調和」や「平和」という意味もありますね。
それに加えて「和む」という意味まであります。
今回のイベントも世界平和を祈念しているそうで
国籍や人種や「信じるもの」が違っても
同じ時の流れの「岸辺」で
心和やかに踊ろうよ・・・というところでしょうか。
ジョンレノンの「イマジン」みたいです。
中東の戦闘は続き、
アジアじゃ背中越しにミサイルが放たれ、
ジョンが「イメージ」した世の中はまだ遠く
盆踊りじゃ、いささか呑気すぎる気もしなくもありませんが
そもそも盆踊りは
この世を去った愛する魂に
残された者が
呼びかける踊りでもあったのです。
きのうは長崎に原爆が投下された日、
そしてまもなく終戦の日。
この川は、かつて
どんな光景をみたのでしょう?
たくさんの時を押し流しながら。
インターナショナルな「BONN―DANCE」
今夜は和やかな時間が流れていました。
以上、石森則「和」でした。
↓おまけ、おなじみ「たきちゃんコーナー」
技術のたきちゃん、
現場がどんなに緊迫しても
マイペースで僕らの緊張を解いてくれます。
(ほめているのよ)
きょうもきょうとて
脱力させてくれました・・・
〔しょのいち〕
ハリカエサン:「たき、おまえ目方(体重)増えた?」
たきちゃん:「めかた?
めだかなら知っていますけど・・・」
石森:
「左様!如何にも、メカタである。
メカタという魚は、
めだかに酷似しているものの
ひとまわり大きく、
餌をたくさんたべ
すぐに増えるのが特徴である。
浅草には「めかた庵」という
魯山人も通った
食通の舌をうならせる専門店が存在する」
たきちゃん:「へへへ、おいひそう」
・・・太るぞ。

〔しょのに〕
ハリカエサン:
「お?あの建物の前に行列が。
・・・なにかやっているのかな?」
石森:
「イベントですかねえ?
あそこヤクルト本社ですから、
ヤクルトホールに並んでいるんですよ」
たきちゃん:
「ええっ?あたしもヤクルト欲しいです」
太るってば。
投稿者 : 19:03
2006年08月09日
この日、参拝していた!<担当★健司>
毎年春、「総理と桜を見る会」が新宿御苑で開催される。
その年、活躍した人達が招待される。
4月15日。
小泉総理、得意満面であった。
まさしく「わが世の春」。
一方、安部官房長官は
この日、早朝、靖国神社に
隠密参拝していたことを明らかにした。
安部官房長官も総理に負けず劣らず
女性参加者から熱い声援を受け
握手攻めにあっていた。
きのうの哲部長に続き
少し「靖国」問題を考えてみる。
今日、期せずして2人の人物から
「靖国」が発せられた。
長崎で記者に語った小泉総理。
終戦記念日に参拝する「公約は守るべき」と答えた。
もう1人、安部官房長官は
韓国のバン・キムン外交通商相から
参拝自粛するよう要請されたが
直接は自身の参拝について言及しなかった。
靖国問題の主な論点は
1.小泉総理がいつ参拝するのか。
2.参拝は心の問題として対外的批判をかわせるか。
3.総裁選の争点になるかどうか。
4.次期総裁(総理)の靖国参拝の是非。
~外交的配慮すべきかどうか
5.靖国神社を非宗教法人化できるかどうか。
又は、新たな追悼施設を作るべきか。
等である。
総裁選の有力候補の安部官房長官は参拝強硬派である。
小泉総理と考え方は近いものがある。
靖国改革には慎重であり、
この議論に深入りしたくないように見える。
政府が介入するべきではないとの立場だ。
一方、他の候補者は劣勢挽回のためにも
この問題に踏み込まなければならない。
安部優位を唯一逆転できるとしたら
現時点では「靖国」が争点になるしかない。
論点ではっきりしているのは
心の問題で片付くのであれば「心の中」で
参拝すればいいのであって
次期総裁(総理)が参拝したいのなら
靖国の性格を変えなければならない。
国のために犠牲になった英霊や遺族も
A級戦犯と同じ扱いでは浮かばれない。
日本独特の精神性なども加わり
議論を複雑にしているが、
要はどうスッキリ、性格付けや定義付けするかだ。
外交的配慮以前に
矛盾があれば
自らが改革する姿勢が必要だろう。
もはや棚上げ、素通りは許されない気がする。
自らが自らのために行うべきこと。
今、事故や事件に発展しているニュースは
‘自ら’を放棄して他者に丸投げしている事が
いかに多いことか。
国が自ら、お手本を示さなければならない。
のどに刺さったとげは中々、溶けない。
特に「靖国」は100年経っても
溶けそうにないのである。
投稿者 : 17:13
2006年08月08日
靖国参拝は・・ ★哲

8月15日が近付いてくると、
やはりかまびすしくなるのが
靖国参拝問題。
小泉総理が8月15日に参拝するのは
是か、否か。
5年前の総裁選、
小泉さんは8月15日参拝を公約に掲げました。
これまで国民の支持を背景に
反対する人を押さえつけ、
小泉流を押し通してきた感がありますが、
この公約だけは未だ実現させていません。
だから今年は恐らく・・
ただ、影響は大きいです。
かつての盟友、山崎拓氏は2001年、
小泉さんが8月15日に行こうとしたのを
必死で止めて、
「8月13日にしてもらった」と証言しました。
そして今年についても
「生ずる余波を甘く見てはいけない」と諌めています。
小泉さんの任期もあとわずか。
だから・・? だけど・・?
政治問題・外交問題にする方がおかしい、
これが小泉さんや安部さんの考え方ですが、
もうなっていて
止めることはできない、が現実です。
で、話は微妙に変わるのですが、
A級戦犯分祀は難しい、
靖国神社の非宗教法人化は難しい、
内外要人の参拝が可能な国の追悼施設が必要、
と考えている人たち(特に政治家)の間に
ある案が出ています。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑という昭和34年に
国によって、宗教様式にとらわれない設計で
建設された墓苑があります。

約35万柱のご遺骨が納められています。
昭和天皇御製碑があります。

「國のため命ささげし人々の
ことを思えば胸せまり来る」
ここに追加的に追悼記念碑をつくって、
国の施設に、という案です。
というのも、この墓苑に隣接する立派な建物!


議員宿舎、公務員住宅だそうです!!
(写真の角度で立派な玄関の後ろの建物は違います)
国有財産処分の延長線上でここを取り壊し、
碑を建てる、内外要人が訪問できるスペースを
確保するというものです。
ただこの案に対し麻生大臣は
「千鳥ヶ淵が祀っているのは戦没者であって、
英霊とは異なる」と言い切りました。
暴論だと思います。
麻生さんは
「わんわん言われずに参拝できる、
外国の人が、政府要人が、天皇陛下が
静かに参拝できる環境を整える、
これが私の考え方だ」と続け、
自らの靖国特殊法人化案を説明していますが、
そのこと自体、政治問題・外交問題になっていることを
示していると言えるでしょう。
参拝について個人的にどう考えているかはともかく、
とにかく報道部としては気の張った日々が続きます。
投稿者 : 17:07
知事の交代 担当★ 宏枝
国会担当ではありますが、都庁取材も担当したことがあって、
知事選の結果は気になります。
今回の長野県知事選で3選を果たせなかった
田中康夫知事も、4年前、自身の不信任決議を受けて出馬した
出直し知事選を取材し、対立候補にダブルスコアで
圧勝した、自信に満ちた田中知事の姿を思い出します。
全国で唯一のガラス張りの知事室。
来訪者との打ち合わせの様子を撮影しようと殺到する
テレビカメラに突き飛ばされ、
わき腹の痛みに耐えながら、電話レポートした長野県庁。
「脱ダム宣言」の象徴だった淺川ダムに案内してくれた
熱狂的な田中ファンの女性タクシードライバーさん。
ダムなど必要のない程、水量の少ない川を見下ろしながら、
いかにダムなどが不用であるのか、
いかにダム建設に無駄な費用が使われようとしているのか、
必死で私に訴えかけました。
今回、彼女は誰に1票を投じたのでしょうか。
今回の田中知事敗北の理由として、
「脱ダム宣言」などの政策の成果が見えない、
県議会対策に失敗し、県政を混乱させたーー
などの理由があげられています。
私自身が首をかしげたのは、
知事でありながら、去年の総選挙時に新党日本の代表になり、
国政にも参加したことです。
自治体の首長でありながら、国政にも携わるーー
長野県民にとって、それは県政の建て直しに背を向けたと
映らなかったでしょうか。
ただ、田中知事の政治手法に批判が高まっていたとはいえ、
掲げた政策そのものに、県民の支持は今でも高いと言われます。
知事選から一夜明けた今日、
新知事となる村井仁前衆院議員は、はやばやと
ダム建設の検討やガラス張り知事室の廃止など、
田中知事の政策や手法を全面否定する考えを表明しました。
県民はこれからの県政をどう見つめ、チェックしていくのでしょう。
あのタクシードライバーさんに、ぜひまた会って
今の考えを聞きたいーー
投稿者 : 09:33
2006年08月04日
「何でピーカンの天気って言うの?」ちょっとだけDONDON! ★おたんこなす
今日の発見 その1.
「オシム監督による、
8月9日行われるキリンチャレンジカップのメンバー発表」が
午後2時過ぎにあった。
記者団を煙に巻きながらの会見は
編集マンにとっても、にやりとする面白いものであった。
ジョークに富んだ会話の出来る人は、
魅力的だ。。。
今日の発見 その2.
報道部は、新社屋9階。
今日
初めて8階のフロアに行った。
窓がすごーーーーーーーーく大きく
すごーーーーーーーーーーくいい眺めで
びっくりした。
8階の編成、アナウンス、制作の部屋からの眺め・・・
レインボーブリッジ、お台場のフジテレビ、モノレール・・・
ただ、ただあっけにとられ、
開いた口がふさがらないまま、
報道部の部屋に戻ってきた・・・
落差がありすぎる・・・
同じ会社とは思えない・・・
早く帰りたくなった・・・
(思い切り、愚痴ジャン!)
(だあね。すみません!)
(ま、そういわず・・・今までに比べたら、雲泥の差なんだから・・・)
(そうだね。くっすん・・・)
気を取り直して・・・
長い梅雨が明け、やっと
「ピーカンの天気!」が続き始めましたね。
でも、短い夏だそうな・・・??
さびしい夏になりそうだあね。
ところで、何で、晴れ渡った天気をピーカンの天気というのか
ちょっとだけDONDON!!
気象庁のお天気相談所に聞いた。
「昔、映画撮影をしているとき、雨や曇りの日が
続いて、晴れを待ち望んだそうな・・」
(「そうな」 とはいわないけどね。)
そこで、ヘビースモーカーの
映画監督が、そばにあった煙草の
“ピース缶”をみて
『このピース缶のような“あお空”に
早くならないかなあ・・・』といったそうな。・・・』
(「そうな」とはいわないけどね。)
と、いうことだそうな。
藍と青 色
チョット違うけど
ま、いいか。
もうひとつ、夏らしいお役にたつ情報
「リュックサックの疲れない背負い方」を。
誰も聞いていないって?!
でも、これも大事な情報、報道だと思うから・・・
「上のほうに重いものを入れて、
底に、やわらかくて軽いものをいれる。」
一見、反対のような気がするけどね。
でも、
重いものを下に入れると、リュックが垂れ下がり
どうしても、リュックの上部に、
背中との隙間ができてしまい、
腰や肩に負担がかかるそうな。
底に軽いもの、上に重いものをいれると
バランスの関係で、
リュックが自然と背中にもたれかかってくるそうな。
要は、背中とリュックの間にできるだけ
隙間を作らないことが大事だということだそうな。
腰や肩の負担を減らすか
下の柔らかいものがつぶれることに
目をつぶるか・・
それはお任せするとして・・・
今年の夏は、短いという。
みなさん、疲れないよう
楽しみましょう!
じゃ!
投稿者 : 17:59
2006年08月03日
切っても切れないほうがいいものってなあんだ(担当☆石森則和)
きょうは「8月3日」の語呂あわせで「はさみの日」
・・・知っていました?
東京・港区の増上寺では毎年「はさみ供養法要」が行われています。
もともと「はさみの日」は
1971年、当時国際美容協会の会長だった
故・山野愛子さんが「一生を支えてくれたハサミへの感謝」から
増上寺に観音像を建立したことに始まり
美容師さんたちの「プロ魂」の象徴ともいえます。

(よく見ると観音様の手にハサミが!)
その観音さまのある「ハサミ塚」のまわりに
学生はじめ、美容関係者のかたがたが集まり、
祭壇に山とつまれたハサミを前に
感謝をこめて焼香しました。

最初のころは、
東京のはさみ職人さんたちが
火の中で鋏を叩いてつくる実演をしていましたが
職人さんも減り、
近年は長年つかった「はさみを研いで」くれたりしています。
しかし、今回は不思議な光景が展開されました。
30回目を迎える今年は特別に、
5組のカップルの結婚式が行われたのです!
なぜハサミの日に結婚式なの?
だいたい「切れる」は「禁句」ですよねえ?
実はこれには理由があります。
写真をよくご覧ください!

新郎新婦とも車椅子に乗っているでしょう?
今日結婚したご夫婦は、障害をお持ちの方と、高齢者なのです。
実は山野愛子さんの遺志を継ぐ山野学園では今
これからは高齢者や障害者の介護は、
ただ世話をするのではなく
「きれいでいたい」「美しくなりたい」
という気持ちを持ち続けてもらうことを大切にしようと
介護士と美容師の資格を同時に取る学科を設け、
同時にお年寄りにメークなどをしてあげるボランティア活動を続けてきました。
今でこそ
「口紅をつけてあげただけで
おばあちゃんが微笑みと言葉を取り戻した」例が
よくとりあげられますが、
ここではもう20年以上行ってきたというのです。
今年はそうした施設で愛を育んだ障害者や高齢者のカップルに
美容師の卵たちが精一杯のメイクアップをし
結婚式を用意したというわけです。
「夫も妻も車椅子」の新郎新婦は
やはり車椅子の参列者に囲まれて嬉しそう。
ねえねえ、新郎の良元竜次さん、奥さん見てどう?
「きれいです」
まっすぐな目にこちらが照れてしました。
「・・・長かったです。
僕たち2人でやっていけるのかどうか
自信がついたら籍をいれようと思っていたんです。
やっと仕事ができるようになった今、
こうした機会をいただいて!」とにっこり。
新婦のの君枝さんも
「予定外のことで・・・
ウエディングドレスを着たいという夢はあったんですけど、
現実になるとは。
学生のみんなが一生懸命メイクしてくださり
服も作ってくださって、きれいですよって
持ち上げてくれて。
・・・ふふふ、とっても恥ずかしくて、
幸せで」
長年髪を切り続け、とうとう切れなくなったハサミたちが
切っても切れない人の縁を結びました。
新郎新婦を見守る山野学苑の渡辺さと子教授は
「障害者のかたの家におじゃまし、
打ち合わせを重ねるごとに
表情が明るくなっていったんです」
と語りました。
別の関係者が
「福祉美容なんて言っても
昔は相手にもしてもらえなかったのに、
やっと定着してきましたねえ」
と話しているのも聞きました。
「きれいでいたい」という気持ちが
命に力を与える、
高齢化が進み、
たとえ病気などを抱えても
「できるだけ自分なりの生き方」をあきらめない。
そして介護するプロも
そうした気持ちを大切にしてあげる・・・
つまり、尊敬を忘れず、尊重する。
それは今まで
決してあたりまえのことではありませんでした。
そうだよな、
人は
幸せになるために
生きているんだった!
投稿者 : 19:15
つまらないことなどを~その15~★柳澤和三
新社屋に引っ越してほぼ10日。
階段の踊り場に置いてある四谷から運んできた6ミリテープ用の再生機に
いとおしく、ほほ摺りしたくなるのは私だけでしょうか?
新社屋は全て新しいスキルが必要です。
もちろん旧社屋でもPCが必需品であり
かつて、鉛筆で原稿用紙に放送原稿を出稿してたのが
PCで原稿を書いていますが、便利は便利なのですが・・・困ったこともおきます。
PCで原稿を書くのに
漢字があやふやでも変換キーをたたけば
正確な漢字で原稿がかける。
(もちろん変換ミスをチェックする必要がありますが・・・)
しかしそのために漢字を書く能力が著しく落ちることです。
ますます筆不精になりますなあ~。
そういえば携帯電話も筆者は最後の最後まで持たなかったのですが
先の報道部配属で会社の携帯を持参させられることになり
都庁の石原知事会見で失態を演じました。
会見中もちろん音の出ない
マナーモードにしてはいたんですが
電源を切っていなかったのが悔やまれます。
真面目に最前列に陣取って録音機を回していたんですが
それも後になるとまずかったとわかるんですが、
石原知事が何時ものように独壇場の会見が山場に差し掛かった時、
筆者の前の机の上の携帯がブルったんです。
電話の声「白井さんですか?」(もちろん私しか聴こえません。白井さんというのはそうですあのダジャレニュースの白井さんです。この携帯の直前の所持者でした。)
私「違いますよ」(会見場に目立ってました)
とうとうと持論を述べる石原知事「何が違うんだ!」
バッチリDATに録音されてました。
でもその証拠のDATテープはこの引越し騒ぎで
幸か不幸か紛失してしまいましたけどね。
いや~冷や汗ものでした。
新しいスキルを使いこなすことは大変です。
投稿者 : 14:37
2006年08月02日
「蟻の兵隊」 ♪高橋小枝子♪

ご存知 ★★★★小僧です。
浜松町駅の、3番線4番線ホームで、元気にやってます。

夏バージョン
浮き袋抱えて、勢いいいですね。

浜松町 そうです。文化放送 新社屋は浜松町駅そば。
引っ越してから10日たち、だいぶ慣れてきました。
とはいっても、アナウンス部のある8階と報道部の9階を
ちょくちょく間違え、階段を上ったり下りたりしています。

今、蘭の花たちがきれいです。
お祝いにいただいた花たちです。
入り口にも置いてあります。
でも、この花を見ると、国会議員さんのお部屋を
思い浮かべてしまいます。
必ずおいてありますものね。

さて、8月。
15日 小泉首相は靖国参拝をするのでしょうか。
8月は想いを深くする月です。
今「蟻の兵隊」という映画が、渋谷の
「シアター イメージフォーラム」で公開されています。

上官の命令に従い、蟻のようにただ黙々と戦った兵士たち
しかも、終戦後も、中国の山西省にいた
陸軍第一軍の将兵5万9000人のうち
約2600人が、ポツダム宣言に違反して
武装解除を受けることなく
中国国民党系の軍閥に合流。
戦後なお4年間、共産党軍と戦い、約550人が戦死、
700人以上が捕虜となったという。
国は「自らの意思で残り、勝手に戦争を続けた」と
戦後補償を拒み続けている。
昭和20年「初年兵教育」の名の下、
罪のない中国人を刺殺するよう命じられた
今、80歳になる奥村和一さんは、
自分は加害者であり、また自らも戦争被害者であると、
「日本軍山西省残留問題」の真相を解明しようと
孤軍奮闘を続けています。

実は、4月22日に代々木公園で開かれた
「アースデイ」イベントで
この「蟻の兵隊」のパンフレットを配っていたのが、
監督の池谷薫さんでした。

何気なく受け取って、その問題の深さに愕然。
しかも、終戦後も中国に残り、
共産党軍と戦わされていた日本人兵士たちがいたことを、
今まで知らなかったことに申し訳なさを感じました。
7月末から「イメージフォーラム」で公開されている「蟻の兵隊」
8月15日には、監督と奥村和一さんを迎えて、
ティーチインも行われることになっています。
「このままでは死んでも死に切れない」
中国を訪れ、謝り、また真相を追い求める奥村さんの姿
池谷監督が、寄り添いながらフィルムにおさめています。
奥村さんの体内には、無数の砲弾の破片が残っているそうです。
蟻の兵隊として、命令のまま戦闘を続行した奥村さん
昭和23年、戦闘で重症を負い、人民解放軍の捕虜となり
炭鉱での強制労働など、抑留生活を6年以上にわたって送り、
帰国したのは昭和29年。
しかし、終戦翌年には軍籍を抹消されていたそうです。

「蟻の兵隊」は、靖国で楽しげにお弁当を食べる少女らに
奥村さんが話し掛けるシーンから始まります。
今年8月の靖国は、どんな思いの人たちが集うのでしょうか。
高橋小枝子でした。
投稿者 : 10:54
2006年08月01日
Verry Good! (★担当 野中)
今日から8月だっていうのに、今日はなんて涼しいの!
でも、サラッとして気持ちいいッ!
ところで、24日のビンちゃんのブログは、
文化放送のファンの皆さんにとって
最高のプレゼントになったと思う。
四谷でのお別れの日が近づいて
文化放送前にカメラを手に
別れを惜しむファンが増えていった頃、
私は、そんなファンの1人から
『入りたいなァ。中に入ってみたいなァ。
もう、これで、無くなるんでしょ!
普段、放送してたところが、どんなだったか
絶対、見てみたい。
ネェ、野中さんの顔で、入れてよ!』
と、甘えるように、すがりつかれた。
『私は、文化放送の顔じゃないし、
あなただけ特別待遇できないのッ!!』
私は、にべもなく断ってしまった。
でも、こんな手があったのですねぇ。
私だって、滅多に行かない地下室の様子や、
1STに置いてあっても、もはや、全然
目にも入らなくなっていた「ブラ下がり健康器」、
(その昔、高嶋忠夫さんが、ぶら下がっていたのは
知っていたけど、さださんもだったんですネ)
そして、トイレの扉・・・
あの、中を映さないところが、ビンちゃんの紳士たるところ。
社員ばかりでなく、出入りのタレントさんからも
評判が悪く恥ずかしかった、あの、クラシックタイプのトイレ。
なぜか、四谷を去るにあたって、「あのトイレが懐かしい」と
タレントさんたちの間で、評価が急上昇した、あのトイレ。
今、振り返ると、あのトイレこそ、文化放送の≪象徴≫だった。
でも、中を公開するのは、しのびない。
扉の手前でとどめたビンちゃん、大正解。
胸の奥に、とどめておきましょう・・・・
さて、時は流れて、24日から、浜松町。
みんなブログで、ジャンジャン紹介してますから、ご存知ですね。
そうです。明るくて、綺麗なんです。
9Fの報道部の窓からは、
残念ながら、前のビルしか見えないんですが、
8Fのアナウンスの部屋からは、
東京湾を行く船や、羽田に向かう飛行機、
お台場の観覧車や、フジテレビの建物、
モノレールや、芝離宮の緑が、
机の前にいながらにして見えるんですよ!
ネェ、考えても見てください。
船と、飛行機と、モノレールと、公園の緑が、
いっぺんに、目の中に入ってくるんですよ!
≪Verry Good!≫
これは、景色のご馳走です。
私は、24日、浜松町初日の日、
午後1時、「やるマン」の放送が始まって
無事に、四ツ谷から浜松町に電波が飛び移った(?)のを
確認してから、早速、町の探検に出かけました。
まず、行ったのが増上寺。
「これからお世話になりますので、よろしく!」と
ご本尊に挨拶して、お守りのシールを買ってきました。
帰りに、港区役所芝地区総合支所がお寺の近くにあったので
〈港区の案内図〉をもらってきました。
それには、港区のあらましが少し書いてあって、
港区で、一番標高の高いところは、
北青山3丁目3番の海抜34メートル。
一番低いところは、JR浜松町駅前のガード付近で
海抜0.08メートル、と書いてありました。
ということは、文化放送の建っているところが、
港区の中で一番低い所、≪最低のところ≫だっていうこと?!
なんと海抜8センチですって!
そういえば、7月29日(土)の引越特番で、
文化放送の目の下にある「芝離宮」は、
昔、海だったところを埋め立てて作ったと言ってました。
新しいところに越してきて、毎日毎日が発見です。
お昼休みに、どこに食べに行こうかと
お店探しするのも楽しいです。
四ツ谷から浜松町へと環境が変わって、1週間余り。
まだまだ、バタバタとして気持ちが落ち着きませんが、
今日から8月。
そろそろ気を引き締めて、
この夏を乗り切って行こうと思っています。
(ものすご~く長くなってしまいましたが、
最後まで読んでくださって、ありがとう!!!)
投稿者 : 15:07