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2006年07月28日
午後は○○おもいっきりブログ! =吹野=
もう二度と動くことのないスタジオ…。
大活躍した四谷のJスタです。
社屋移転から一週間が経とうとしています。
今日は国会詰めとして動きがなかったので、
午後はブログにあてようと思い、四谷にこっそり行ってみました。
←5スタで見つけた落書き
きっと誰もいない旧社屋…。
「一人で寂寥感に浸ろう」と思い社屋に入ると…
あれ?
まだいたん(笑)?
聞けば契約上、今日まで勤務ということでした。
彼女たちは浜松町には来ないんだそうです。
記念に携帯番号とメルアドを交換しました。
それはさておき。
我が報道フロアは…ピッタリ時間が止まっていました。
左は最後の『ニューパレ』のラインナップ。右は安倍会見のテープ(しかも6ミリ)。
すべてが7月21日(金)のままでした…。
自分はこの社屋移転まで、決めていたことがあります。
最後の最後まで「ハサミ編集」をすることでした。
残りの日を数えながら
録音テープをハサミで切る日々。
かつて小俣雅子さんがCMの合間に言った
「残りの人生、何回ご飯が食べられるか分からないじゃない?
だから吹野くんも美味しいもの食べた方が良いわよ」
というセリフ。
照美さんの
「こんな遠まわしな金持ち発言、本気にすんなよ(笑)」
というツッコミも半分納得しつつ(笑)
やけに刺さったのを覚えています。
この半年はそれと同じくらいハサミ編集を楽しみました。
←なぜポーズとるのかチミは?
ラジオはハサミひとつで相手を別人に変えます。
ノンビリした話は端的に。
泣いている人を泣き止ますことも、嬉しい表情にすることも可能です。
人数も増やすことだって出来ます。
否定を肯定に変えることだって出来るんです…(まコレは禁じ手ですが)
報道に来て半年になりますが、
どんなニュースでもデジタル機は使わなかった。
もちろんデジタル編集は制作で使っていたから
やろうと思えば出来たんですけど。
なぜなんでしょうか?
ハサミに対する敬意みたいなもんでしょうか?
画像にあるラインナップの最後「ドミニカ移民問題、決着へ」。
この編集が自分にとって最後のハサミとなりました。
「死んでいった同胞たちに…伝えたいです…
棄民ではなく…我々は日本人農業者の移民として…
50年目を迎えることができた… この事実を同胞に伝えたい…」
何度聴いても泣けてしまう、原告団代表・嶽釜さんの言葉…。
隣でマイクを向けていた女性記者も涙していたこの音声。
最後のハサミを堪能する一方で
自分は“切らない楽しさ”も味わいました。
ラジオで大事なのは人間の呼吸感…
OA時間が少なくても
機材の進化で楽になっても
この気持ち、忘れないようにしていきたいと思います。
(優等生的な文章になってきたので、ここらで止めます)
ちなみに後ろにいる
メガネをかけたダブルの男性は
月曜キャスター・角谷浩一さんです。
「オオサンショウウオに似てますね」と言ったら
オオサンショウウオ的な感じで怒られました(笑)
そしてラストのニュースパレード(左)。
(下)一週間後の同じスタジオです…
変わりますね…。
そのほか社屋で撮った画像を上げておきます。
↑入社後、社員研修の時に見たプレート。
報道の歴史を感じました。
NRNというのは文化放送とニッポン放送がキーとなっている
ナショナル・ラジオ・ネットワークの頭文字です。
↑引っ越しポスターを発見。
今までQRが使っていなかったトーンなので
好きです。
↑上)名物の教会建築 下)それを内側から↑
↑「空爆にあったみたいだなぁ、オイ。」
by角谷さん、ことオオサンショウウオ(逆か)
※これ書いている時に、ヌルッと現れました。
↑ちなみに制作フロアです。
よく爆笑しました。
旧社屋から新社屋、
この新鮮な気持ちを忘れずに放送していきたいです。
追伸:
あ、ハサミついでにプチ情報。
8月 3日は芝増上寺で「はさみ供養」があるそうです。
さらに
8月16日からは五反田ゆうぽうとに
ミュージカル「シザーハンズ」が来るみたい。
以上、チョキチョキの江戸っ子・吹野でした。
投稿者 : 2006年07月28日 14:24