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2006年07月13日
飛行機雲の行方(担当☆石森則和)
子どもの頃、
青空に飛行機雲が何本も描かれているのも
友達や先生との会話が途切れるのも
不思議には思いませんでした。
だって、
爆音は一日に何度も響いていたから。
僕の故郷の近くには自衛隊の基地があり
そこにはブルーインパルスという飛行隊が
何度も訓練を繰り返し、
銀色の機影が空を幾つに切り裂いても
それは、ただの日常でした。
そんなこと暫く忘れていたのですが・・・
神奈川に引っ越してきて
厚木に住む知人を訪ねたとき
最新マンションの窓ガラスをもビビらせる爆音に
ギョッとしました。
爆音の程度は僕の記憶の比ではありませんでした。
・・・・でも。
子どもは何事もない顔で下校し、犬も吠えず、
お年よりもため息ひとつつかない。
気がついたのです。
ああ、この街の子供たちも老人も、みんな
「声が大きい」と。
過去には騒音のため
踏み切りで電車の音に気がつかず
事故にあった人もいたといいます。
爆音の中で言葉を交わすうち、自然に声が大きくなっていく。

きょう
厚木基地の騒音被害を巡り、
周辺住民4865人が国に総額131億円を求めた
第3次厚木基地騒音訴訟の控訴審判決がありました。
これは一審で裁判所が国の責任を認め
27億円を支払うよう求めたのに対し国が控訴していたものですが
今回、東京高裁は改めて国の責任を指摘し
「40億円を住民側に支払え」としています。
住民らはこれまでの裁判では「飛行の差し止め」を請求してきましたが
今回初めて請求しませんでした。・・・なぜか?
これまでの裁判で「騒音被害への賠償は認めてはおきながら」、
「飛行の差し止めについては、退ける!」という
司法判断が繰り替えされたためです。
原告団の中にも葛藤がありましたが
メンバーの高齢化が進む中、結論を急ぎたかった事情がある。
そんな中、
一審判決後の今年5月、在日米軍再編の日米最終合意で、
厚木基地の空母艦載機59機が
山口県の岩国基地に移転することが決まりました。
では、これで騒音問題は解消するのか?
今回のレポートでは触れませんでしたが
大和市の基地対策課などに取材したところ
「楽観はできない」ようです。
あまり知られていませんが
米軍の空母艦載機59機が移転した先の岩国基地からは
「海上自衛隊機」17機がやってきます。
また岩国に行った飛行機もメンテナンスなどでは戻ってくるし
厚木基地に現在およそ20機ある自衛隊のプロペラ機を
「ジェット機」にする動きまであるのです。
こうしたことから、大和市では取材に対し
「自衛隊機もありますから
騒音が0になるわけではありません」と答えました。

最初の提訴から30年、今回の3次訴訟だけで8年以上。
これまでに100人以上もの仲間(原告)が
鬼籍に入られているとのこと。
79歳になる原告団長の真屋さんは、勝訴しながらも
「・・・時間の浪費だった!」と吐き捨てました。
「金が欲しかったんじゃない。
高額な賠償金請求をすることと、
5000人もの原告の数で
国に事態の深刻さをわかって欲しかったんだ」
賠償請求は認められ、金は払われるというのに
飛行機は飛び続け、騒音はやまない。
住民が求めていた、
「将来についての賠償」は認められなかった。
普段なら温厚な「おじいさん」であろう原告団長は
拳を握りました。
「金さえ払えばいいってもんじゃねえんだ!」
裁判所の外でずっと判決を待っていたおばあさんは、
「長かったわ。本当に嬉しい。
きのうだって電話さえできないし
眠れない。むしろひどくなってるの」と
話してくださったけれど
・・・おばあさん、ごめん。
あとで弁護団から説明を聞くだろうけど、
飛行機は飛び続けるんだ。
4次訴訟の計画は
今のところはなく、もし結審してしまえば
厚木から「騒音」でなく
「騒音訴訟」が消滅する。
原告団、つまりそこに
長い間暮らしてきた人は高齢になり、
真屋原告団長も、まもなく80歳。
不整脈、心臓病、白内障・・・軽い脳梗塞まで患い
きょうの判決で引退すると決めていました。
でも、きょうの判決を受けて
こうつぶやいたのです。
「まだ戦えっていうんか」と。
投稿者 : 2006年07月13日 18:44