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2006年07月31日

今年の防災特番は「あなたにできること・・・」  (担当☆高橋)

報道部最年長の高橋民夫です。
同時に防災キャスターであります。

1980年、当時東海地震の発生が近いと叫ばれており、
その対応のために勉強しておくようにと、文化放送から
いわれたのが、防災キャスターのスタートでした。
アナウンサーの仲間たちが主体で、
月岡逸弥アナ、吉田光雄アナ、倉林由男アナらとともに
さまざまな会議などに出席したものでした。

ここ数年は、防災キャスターとして育っていた
衣笠聖也記者が防災スペシャル番組に出演していましたが
彼が異動してしまったので、今年は私が出ることになりました。

帰ってきた防災キャスターのようですが、今、武者震いしています。

きょう昼に、文化放送内メディアプラスホールという多目的ホールで
防災の日スペシャル、ネット全局会議が開かれ、挨拶しました。

ことしは「あなたにできること  ラジオにできること」というテーマで
北は北海道から、南は沖縄まで、全国38の民間放送局を結んで
9月1日(金)午前11時から正午までの1時間と、引き続き
午後1時までの文化放送単独の防災放送となります。

番組進行は、太田英明アナウンサーと女優の工藤夕貴さん。
ゲストが防災アドバイザーの山村武彦さんです。
番組をお聞きいただいた方へのプレゼントもあります。
ぜひお聞きください。


ところで、防災キャスターの私高橋民夫は7月25日、
在京ラジオ防災担当者会議のメンバーとともに
ライフラインのグループのひとつ、NTTドコモの
ネットワークテクニカルサポート&オペレーションセンターに
行ってきました。

東京をよくご存知の方は、品川駅の港南口の
新幹線の線路脇に、この建物があるのを見てらっしゃると思います。

ntt.jpg

そうなんです。これがNTTドコモの東日本部分を中心に管理している
ネットワークテクニカルサポート&オペレーションセンターなんです。

電車の窓から見ていて、不思議な形をしているな!と思いましたが
見学会で少々謎が解けましたので、お知らせします。
ロボットの肩のようにふくらんでいる部分は、レドームといい、
内部にアンテナが収納されているんだそうです。
このような形になっているのは、航空法によって制限されていることと、
地域の中で、景観を守るためで、スッキリした形になっています。

また、建物そのものはダンパーX(エックス)型という手法で
建築されていて、充分な耐震構造になっているということです。

そして、環境問題としても、コージェネレーションシステムという
太陽光自家発電システムを採用し、玄関部分である
1階のエントランスの上部が透明になっていました。

センター内部の写真撮影は禁じられていましたが、
災害が発生した場合の「iモード災害用伝言版サービス」などの
講習を受けてきましたので、折にふれてお話をしたいと思います。

なお、大事なことは「防災とは自分で努力すること」であって
災害用伝言版などの使い方について、営業所などで学んでみてください。

まさに、天は自ら助くる者を助く!!」ですから・・・

投稿者 : 19:01

2006年07月28日

午後は○○おもいっきりブログ! =吹野=

もう二度と動くことのないスタジオ…。
すべてが止まったままです.JPG
大活躍した四谷のJスタです。
社屋移転から一週間が経とうとしています。

今日は国会詰めとして動きがなかったので、
午後はブログにあてようと思い、四谷にこっそり行ってみました。
誰が書いたのかな?.JPG ←5スタで見つけた落書き

きっと誰もいない旧社屋…。
「一人で寂寥感に浸ろう」と思い社屋に入ると…
今日までなんですぅぅ.JPG
あれ?
まだいたん(笑)?

聞けば契約上、今日まで勤務ということでした。
彼女たちは浜松町には来ないんだそうです。
記念に携帯番号とメルアドを交換しました。

それはさておき。
我が報道フロアは…ピッタリ時間が止まっていました。
時間は先週末のまま….JPG
6ミリテープです.JPG
左は最後の『ニューパレ』のラインナップ。右は安倍会見のテープ(しかも6ミリ)。
すべてが7月21日(金)のままでした…。

なんかサッパリした感じ.JPG

自分はこの社屋移転まで、決めていたことがあります。
最後の最後まで「ハサミ編集」をすることでした。
残りの日を数えながら
録音テープをハサミで切る日々。

かつて小俣雅子さんがCMの合間に言った
「残りの人生、何回ご飯が食べられるか分からないじゃない?
 だから吹野くんも美味しいもの食べた方が良いわよ」
というセリフ。
照美さんの
「こんな遠まわしな金持ち発言、本気にすんなよ(笑)」
というツッコミも半分納得しつつ(笑)
やけに刺さったのを覚えています。

この半年はそれと同じくらいハサミ編集を楽しみました。
カリスマ美容師.JPG ←なぜポーズとるのかチミは?
ラジオはハサミひとつで相手を別人に変えます。
ノンビリした話は端的に。
泣いている人を泣き止ますことも、嬉しい表情にすることも可能です。
人数も増やすことだって出来ます。
否定を肯定に変えることだって出来るんです…(まコレは禁じ手ですが)

報道に来て半年になりますが、
どんなニュースでもデジタル機は使わなかった。

もちろんデジタル編集は制作で使っていたから
やろうと思えば出来たんですけど。

なぜなんでしょうか?
ハサミに対する敬意みたいなもんでしょうか?

画像にあるラインナップの最後「ドミニカ移民問題、決着へ」。
この編集が自分にとって最後のハサミとなりました。
官邸エントランスにて.JPG
「死んでいった同胞たちに…伝えたいです…
 棄民ではなく…我々は日本人農業者の移民として…
 50年目を迎えることができた… この事実を同胞に伝えたい…」
何度聴いても泣けてしまう、原告団代表・嶽釜さんの言葉…。
隣でマイクを向けていた女性記者も涙していたこの音声。

最後のハサミを堪能する一方で
自分は“切らない楽しさ”も味わいました。

ラジオで大事なのは人間の呼吸感…

OA時間が少なくても
機材の進化で楽になっても
この気持ち、忘れないようにしていきたいと思います。

(優等生的な文章になってきたので、ここらで止めます)

ちなみに後ろにいる
メガネをかけたダブルの男性は
月曜キャスター・角谷浩一さんです。
「オオサンショウウオに似てますね」と言ったら
オオサンショウウオ的な感じで怒られました(笑)

そしてラストのニュースパレード(左)。
野中さんが最後のキャスターでした.JPG
おちかれさんでした.JPG
(下)一週間後の同じスタジオです…

             変わりますね…。

そのほか社屋で撮った画像を上げておきます。
字体が懐かしい….JPG
  ↑入社後、社員研修の時に見たプレート。
   報道の歴史を感じました。
   NRNというのは文化放送とニッポン放送がキーとなっている
   ナショナル・ラジオ・ネットワークの頭文字です。
センスいいポスターだと思う….JPG
  ↑引っ越しポスターを発見。
   今までQRが使っていなかったトーンなので
   好きです。
外側.JPG
内側.JPG
↑上)名物の教会建築     下)それを内側から↑
制作フロアもこの通り….JPG
  ↑「空爆にあったみたいだなぁ、オイ。」
           by角谷さん、ことオオサンショウウオ(逆か)
           ※これ書いている時に、ヌルッと現れました。
  ↑ちなみに制作フロアです。
   よく爆笑しました。
よく遅刻しました….JPG
DSC00197.JPG
誰が書いたのかな?.JPG

旧社屋から新社屋、
この新鮮な気持ちを忘れずに放送していきたいです。


追伸:
あ、ハサミついでにプチ情報。
8月 3日は芝増上寺で「はさみ供養」があるそうです。
さらに
8月16日からは五反田ゆうぽうとに
ミュージカル「シザーハンズ」が来るみたい。

以上、チョキチョキの江戸っ子・吹野でした。

投稿者 : 14:24

2006年07月27日

こればっかし? (担当☆永野)

すみません、今日は泊まり勤務のため
取材モノがなく、また新社屋ネタです。
せめて今週はご勘弁下さい・・・。


060727_1705~01.jpg


昨日のことでした。 浜松町駅前で信号待ちをしていると
後ろにいたカップルの会話が耳に入ってきました。 

(女子) 『ねえねえ、あのビルにあるQRコードってさあ、
      本物かなあ?』

(男子) 『え~、単なる飾りじゃないか?』

(永野の心の声) 『ち、違うもん。 本物だもん。』 


(カップル) 『でもさあ、もし本物ならすっごいよね~。』

(永野、振り返って) 『本物ですっ。 試してみて下さい。♪』


(カップル) 『・・・・・。』


見ず知らずの方にアピールしてしまいました。 
それはさておき・・・。


GENKAN.jpg


きのう高尾記者も新社屋の紹介をしていたので、
私はちょっとコアな場所のご紹介。


B1.jpg


都営地下鉄大江戸線の大門駅と直結してる
地下1階には「スタッフルーム」があります。 
ここは技術さんや中継車のドライバーさんが詰めてる場所。

  
おなじみ、ドライバーのはりかえさんと、技術のたきちゃん。 


TAKI.jpg


こんなレトロな(?)テレビも。 


TV.jpg


地下から一気に13階へ・・・
と思ったらエレベーターがなかなか来ないので
業務用(?)のエレベーターに乗りました。
まだ荷物を運んだりするため、こんなカンジ。 


EV.jpg


13階にはゴハンを食べるスペースの「ラウンジ」や、
宿直室があります。 


SHUKUCHOKU.jpg


でも男子の宿直室と超近いのが何となく・・・イヤ。
っていうか、そもそも私は基本的に仮眠を取らないので
関係ないのですが。


SHOWER.jpg


13階にはこんなのも ↑ ありますが、使うかなあ。 
これを使わないといけないほど長時間会社にいるとか
過密な勤務って・・・イヤ。


今のところちょっとお気に入りは、ココ。 ↓


CAFE.jpg


2階にある「ジオ オーガニック カフェ」。 
スタバとかタリーズみたいな容器で
コーヒー類を トゥゴー、あ、テイクアウトできるカフェ。 


デリバリーもオッケーなのが便利! でも食べ物系は
出前NGで、コーヒーも3個以上じゃないとダメなんですって。 
ちなみにここは一般の方々も利用できますよ。 


最後に、めったに公開しないであろう女子トイレを。 


TEARAI.jpg


手をかざすと自動で水が出るだけで嬉ぴ~。 ♪
あと、ちっちゃいながらも鍵のかかる小物入れが
1人1個割り振られました。 


WC.jpg


~以上、ちょっとコアな新社屋情報でした。 
 

投稿者 : 21:20

どんぶりものがたり(担当☆石森則和)

僕が高校3年生の時、
初めて一人暮らしをする準備のために
きょろきょろと「上京」した晩。
どこで夕飯を食べていいのかもわからず
宿から近い新宿の繁華街から香ってきた
甘辛い香りに誘われて店に入りました。
憧れの牛丼.jpg

・・・びっくりしたなあ、モウ!(←あ。)
メニューには「牛丼」か「牛皿」しかなく、しかも安い。
子供のころ
うちは「中流」だったと思いますが(いや、どうだったかな?)
すき焼きは「豚肉」が主役だったっすよ。
いや、うちだけでなく
マンガの中でだって、贅沢な食卓の代名詞は
「ビフテキ」(今、言わないねえ)!

なのにだっ!
その牛肉がたっぷりよそわれいて、
確か400円ぐらい(当時)
「おっかしゃん、
とうきょうば、すごかとこですたい!」

・・・と
行ったこともない九州弁で感激したのでした。(浜松出身)

それからというもの、
つらいことがあった夜も
うれしいことがあったときも牛丼!
卵もつけてね。
ああ、「幸せ」

中島みゆきさんの「狼になりたい」の歌詞にもあるように
一日を終えた人と、これから仕事に行く人が
一緒にカウンターに並んだ夜明け前、
牛丼屋さんは「東京の素顔」だと思っていました。

群馬県の放送局に就職したとき
いきつけの牛丼チェーンがないことにショックを受け
埼玉県の鴻巣まで車を走らせたこともありました。(ばかね)

さて、
政府はきょう午後、
アメリカ産牛肉の輸入解禁を正式に決定しました。
輸入再開は1月にBSEの危険部位である
背骨の混入で停止してから半年ぶりとなります。

取材に対し最大手の吉野家ディー・アンド・シーは
9月下旬の牛丼販売再開を目指し、
アメリカの食肉加工工場の視察などを進めるとしていますが、
松屋フーズでは「消費者の心理も見極めたいですし
どのくらいの量が輸入され、価格がどうなるのかがわからないと
再開のめどは立ちません」と話しました。

アメリカは「日本の対応は過剰」と主張してきましたが
日本人としては「背骨入ってたじゃん!今度は大丈夫なの?」と思うのが
正直なところでしょう。

・・・そこで思い出したことがあります。

学生時代、悪友のカツ(人名)のオンボロアパートに泊まりに行くと
なんかいつもガス臭い。

「おい、大丈夫かよ」
「大丈夫だって、
だってさ、

今までなんともなかったもーん」

・・・煙草の火を消して逃げました。
(BGM:夜明けのランナウェイ)

その後,彼の家を訪れたガス屋さんは部屋に入るなり
「うあああああっ!大変だあっ!」と叫んだそうです。
(ああ、あれはパ○マだったかも)
なんだかアメリカの言い分も
「そーゆー論理」に聞こえます。

アメリカにも出店している牛丼チェーンの幹部は
自ら加工工場を見て周り、そのずさんさに驚愕!
もりもり平気で肉を食べるアメリカの人を見て
背筋が寒くなったそうです。

「すき家」を経営するゼンショーの小川賢太郎社長は
肉骨粉の全面使用禁止と、全頭検査がなされなければ
アメリカ産牛肉の販売はしない!と言い切りました。

06-07-27_13-53~00.jpg
「ポリティカル(政治的)な力が働き
急がされたのだ!!命がかかっていることなのに!」と。

あの夜、新宿の牛丼屋さんで
上京したばかりの僕が「幸せ」に思えたのは

あのカラフルなどんぶりから
立ち上る香りと、優しく励ますような味が
歩きなれないビル街に放り込まれた僕に
「ほっとさせてくれる気持ち。安心感」をくれたからです。

「安心、信頼」が前提になければ
食べ物は幸せを運んできてはくれません!
疑いながらものを食べるなんて
まっぴらなのじゃ。

きゃにゅー、あんだすたああん?

投稿者 : 17:44

2006年07月26日

新社屋移転ですが…(担当☆たかお)

こんにちは、「まだ」新人のたかおです。
24日に浜松町の新社屋へ移転したものの、日中は取材先に出ているので、
まだ新社屋内が良く分からない状態です。

というわけで、まずは四谷の旧社屋の写真を何枚かご紹介。
見飽きたかもしれませんが、ご勘弁を…。
四谷社屋正面.jpg
(続きを読んでいくと新社屋の写真もあります)

四谷の社屋、玄関口には「JOQR」とオレンジ色の文字で書かれています。
四谷社屋玄関.jpg
四谷社屋入口.jpg

四谷の報道部はグチャ×2した感じがありました。
デスクとワーキングスペースです。
四谷のデスク席.jpg
四谷の報道部の机.jpg

四谷で放送した最後の昼ニュースの様子です。
スタジオ内にいる吉田涙子アナ、副調で指示を出す宏枝デスク。
Jスタの吉田アナ.jpg
Jスタ副調.jpg

新社屋に来たばかりなのに、四谷の社屋がすでに懐かしく、
「レトロ」な感じさえします。


やって来ました、浜松町の新社屋。
逆サイドから見た新社屋.jpg

JR浜松町駅と社屋をつなぐ「ペデストリアンデッキ」こと歩道橋。
いわゆる歩道橋.jpg

「ペデ」の上から見ると新社屋はこんな感じです。
駅からつながっている新社屋.jpg

玄関(2階)手前から1階を見てみると…。
まもなくゲスト登場.jpg
18時から日替わりでイベントをやっています。
夕方のイベントに集まるお客さん.jpg
「サテライトプラス」で「おつきあいセッション」。
書いている本人もよく分からなくなって来ました。

玄関を入ると…。
受付とロビーは四谷に比べ圧倒的に広いです。
受付の警備さんがスーツ?.jpg
広いロビー.jpg

エレベーターもきれいです(当たり前か)。
エレベーター3基.jpg

そして、エレベーターを降りて報道部へ。
いよいよ報道部へ.jpg
↑入口はこんな感じです。

取材先から戻って来ると、ニュースパレードが終わったばかり。
デスク・内D・アナウンサー席はごった返していました。
新社屋デスク席.jpg

ニューパレ放送後、広々とした場所で台帳に書き込む鈴木びんデスク。
締めのデスク業務中.jpg

いつもよりも人が集まっていますので、撮ってみました。
密度が高い報道部.jpg

報道部のフロアはスポーツ部と一緒なので、
2つ上の先輩の原ディレクターも撮影(MO編集中)。
スポーツ部はお隣さん.jpg
Vサインはスポーツデスクの中谷さん。
今まで他の部と一緒のフロアで働いたことがないので、
うまくやっていけたらなあと思います。

「ペデ」を報道のあるフロアから見ると…。
9階って高いです.jpg
歩いている人が小さく見えます(点です)。
四谷の報道部は2階にありましたが、
それに比べ浜松町の報道部は高いです。


いっぱい撮り過ぎてしまいましたが、
思ったことは「浜松町の社屋は白い」ということです。
これからどんな色に染まっていくのか、染めていくのか。
いろいろな意味で楽しみです。

四谷とは街の雰囲気も社屋の様子も全く違う浜松町。
慣れるには多少時間が掛かるかもしれませんが、
今まで通りやるべきことをやって、
さらに新しいことにも挑戦できたら最高です。

ちなみに、ニュースパレードが終わってから撮影したので、
仕事をサボっていた訳ではありません。
あしからず。

「まだ」新人☆たかお

投稿者 : 19:16

2006年07月25日

八王子スーパー強盗殺人事件・・あれから11年 忘れないで!! ☆扇一平

平成7年7月30日 夜9時15分 痛ましい事件は起きました。

八王子市大和田町のスーパーナンペイ大和田店の事務所内で、パート女性(47歳)と17歳と16歳のアルバイト女子高校生が頭を銃で撃たれ死亡。犯人は金庫をこじ開けようとしましたが売上金などはそのまま残されていたという事件・・・覚えていらっしゃるでしょう・・

この事件、あと5日で11年が経ってしまうのです。

あれから今日までの4013日、のべ11万2000人の捜査員を導入、現在でも24人体制で情報収集、聞き込み、被害者の身辺の洗い直しなど捜査を続けており、これまでに寄せられた情報は740件です。
しかし時の流れとともに次第に情報が減っていき、八王子防犯協会が立ち上がり、「大和田町スーパー事務所内強盗殺人事件の捜査に協力する会」を発足させ、7月30日を機に300万円の懸賞金を付けて捜査の協力を呼びかけることになりました。

同時に3200枚のポスターを貼り、八王子駅周辺では7月30日の13時から14時にかけて事件の情報提供を呼びかける特製のメモ帳を配布します。

八王子事件ポスター小.JPG

この事件は11年が経過するものの、未だにご遺族の心の苦しみは癒えてなく、今日警視庁捜査一課長からも取材に関してのお願いがありました。
私が警視庁のキャップをしている以上は被害者、遺族、さらにもう一方の被害者とも言える加害者の家族に対しての取材には反対の立場をとっています。今までの警視庁班もそうでしたし、これからも文化放送警視庁斑はこの考えを貫き通すでしょう。(向こうから記者会見等をする場合は除きますが)そっとしておかなければならない人たちの心を踏みにじったり、場合によっては犯罪捜査に大きな支障を来たすからです。
ですから何が何でもマイク、カメラを向ける一部マスコミには大きな疑問を抱いています。


この事件のみならず、遺族の方々の心が新たなスタートを切れるきっかけは、事件の解決以外にありません。


このブログをご覧になっているあなたも、この事件を忘れずに、何か心当たりがあったならば八王子警察にご連絡をお願いいたします。

警視庁担当 扇一平

投稿者 : 16:12

2006年07月24日

最後の泊まり さよなら四谷 <国会担当★鈴木びん>

ついに新社屋へ引っ越し。
私は昨日から報道部最後の泊まり勤務担当。
しかも今日の午後1時、浜松町からの放送に切り替わるまで
四谷に残って待機しなければならないということで
文字通り「四谷、最後の人」となってしまいました。

まさかそんな役回りで今日の日を迎える事になるとは
18年前に入社した時には思いもよりませんでした。

では普段は多弁な私が、今日は言葉で語らず写真で語る
「さようなら四谷社屋ドキュメント」です。

7月23日、夕刻 泊まり勤務のため会社に向かう

四谷2丁目小.bmp
四谷2丁目の交差点、この角を曲がるのも今日が最後


社屋小.bmp
会社の前にはカメラを持った方が沢山いらっしゃいました。ありがたいことです。

玄関.bmp
週末は正面玄関ではなく横の扉から

ちゃった君.JPG
「ちゃった君」君はこれからどうなるのでしょう

邦丸さんの写真のみ.JPG
1ロビにはなぜか邦丸さんの写真だけが取り残され

労働組合.JPG
3年間副委員長をやりました。エイエイオー!

喫茶Q.JPG
喫茶Qも閉店 カップのQの字が好きでした

野中さん.JPG
報道部に来ると野中アナがニュースの下読み中

DONDONの打ち合わせ.JPG
ここは「本気でDONDON」の打ち合わせスペース よく怒鳴り合った..

1スタ.JPG
1スタ 
「あっぱれワイド」「全日本歌謡選抜」「夕焼けワイド」「ダイナミックレーダー」
        名番組が放送されていました

ブラ下がり健康器.JPG
1スタ名物 さだまさしさんがいつも使っていた「ぶら下がり健康器」はこれだ!


2スタ.JPG
2スタ 
 「てるてるワイド」や「ミスDJリクエストパレード」の時代はもっとボロ〜いスタジオ


宇多田ヒカルのサイン.JPG
2スタの落書きボード  実はこの中に宇多田ヒカルさんの書いた落書きがあるのです。
   どれでしょう?

3スタ.JPG
3スタ 
 週末用のニューススタジオ 寝ぼけまなこで読んでました 

7スタ.JPG
7スタ 走れ歌謡曲のパーソナリティー、ガンで亡くなった成田敦子アナの物語
 「チーちゃん、ごめんね」(木下恵介監督)はこのスタジオで撮影されました

5スタ.JPG
5スタ ここが元礼拝堂 新人アナの頃、毎朝発声練習した場所
 お掃除のおばさんに励ましてもらってました

地下.JPG
初公開かもしれません? 怪しくも魅惑的な地下室です

ビートルズ.JPG
レコード室からビートルズの来日会見テープを発見! 感動

らせん階段.JPG
白井キャスターが酔っぱらって転落したことのある、らせん階段


トイレ.JPG
狭くて悪名高かったトイレ 安倍官房長官も使った事があります

段差.JPG
新館と旧館の間には段差が有るんです

消化器.JPG
旧館に設置された消火器とホース レトロでしょ 

仮眠室.JPG
報道の仮眠ベッドもさようなら

仮眠室に部長の警告.JPG
こんな張り紙もありました

たかよしワイド.JPG
「吉田たかよしプラス」に出演 四谷でしゃべるのも最後..

止まったテレコ.JPG
今はデジタル時代 テープレコーダーもその役目を終えて電源をオフに

誰もいない制作部.JPG
制作部員はすでに浜松町に出社 誰もいない、寂しー

誰もいない報道部.JPG
そして報道部も私が最後なので当然誰もいない、寂しー

寺島さんと.JPG
と思っていたら四谷最後の放送を終えた寺島アナがやって来た!

受付嬢.JPG
念願の受付嬢との写真 彼女たちもお別れです
 


玄関を出る.JPG
そしてついに玄関を出る

雨の正面玄関.JPG
最後に正面玄関を見上げると雨が...

四谷駅.JPG
四谷駅で降りる事もあまり無くなるだろうな

新しい報道部.JPG
道中を割愛し、突然新社屋の報道部です。 扇記者、仕事中

ニューパレ.JPG
無事にニュースパレードも放送(角谷浩一さんと水谷アナ)ほっと一息

前の日から結構感傷的になっていた私ですが、
浜松町に来るとあまりの騒々しさに一気に現実に引き戻されました。

何と旧社屋からゴミ箱を持ってくるという重責を失念していたことが発覚!
早速、明日再び四谷に行く事になりそうです。チャンチャン♪

         国会担当 鈴木びん


投稿者 : 23:59

2006年07月23日

今日は臨時登板。<担当★健司>

四谷から、いよいよ引越し!

引越し直前.jpg
引越しを数時間後に控える荷物の山。

健司にとっては「四谷」最後の朝がきた。
本当に「最後の夜」は今晩宿直担当の敏ちゃんだ。

さすがに感慨深いものがある。
今日は最後の「特番」もある。
しかし、感慨に浸ってばかりはいられない。
何か忘れてはいないか。
引継ぎは大丈夫か・・・・。
新社屋の準備はきのうから
どこまで進んだろうか・・・。
もはや心配しても仕方ないけど。

とにかく「四谷」よ、さようなら。
そして、有り難う。


投稿者 : 06:38

2006年07月21日

初登場です。宜しくお願いします。(★哲)

久しぶりの報道勤務となりましたら、
ブログを書くなんつう仕事ができていました。
時代は移り変わるなあ。
その昔、若かりし頃はソウルオリンピックに、
そして2度目の報道ではシドニーオリンピック!
オリンピック.JPG
それはそれは楽しい取材でした。
先輩方が取材の登録作業や
取材対象の下調べ、
送った音の編集、
放送枠の社内調整等々
全面協力をして下さっていたのを
もちろん頭ではわかっていましたが、
現場の興奮に身を置くと
ともすると忘れがちに・・
今回私がそんな調整役にまわることになって
その作業の大変さとつまらなさを実感しております。
また現場に出たいな~
でもやはり役目も移り変わらなければいけないんですね。
若い記者が意欲を持って取材に突進できるよう、
精一杯経験を活かし想像力働かせあらゆるシミュレーションに
対応していく所存であります。
特に新社屋に移転で職場環境も大きく変わる時期ですから・・
そこで私がしたのは新社屋に出前してくれるお店探し!!
メニュー.JPG
まあそんなことばかりしている訳ではないんですが。
ラジオは放送の送り手と聴いてくださる方
この1対1の信頼関係が基本です。
私たち報道は長い年月の積み重ねで
みなさんの信頼を獲得してきていると自負しておりますが、
逆に一瞬にして総てを失うという危険性はあるんだということを
肝に銘じたいと思います。
だからこそ常にしっかりとした信念と偏重しない姿勢
ニュースに対する真剣さを持ち続けていたいものです。
そんな風に文化放送報道の舵取りをしたいなと考えています。
頑張るつもりです。
そのためにも若い記者の胃袋はちゃんと満たさなきゃ!!

投稿者 : 18:07

2006年07月20日

公開!これが報道部<担当★健司>

今日は殆ど、新社屋で引越しの準備で終った。
放送局の引越しは放送を続けながらしなければならないので
とにかく大変なのである。
今、どんな風になっているかというと、こんな感じ。
編集機.JPG
ここは編集機が置かれる所。
今はまだ2台。
上はテレビモニター。

報道部の司令塔たるデスク周辺がここ。
デスク周辺.JPG
各通信社の外部回線が今日繋がった。
気象協会の端末も移設された。

何が大変かというと・・・・
バックアップの回線がこの数日間必要。
四谷と浜松町2ヶ所に。

その他変わることを挙げてみると・・・
*社員の通勤経路
*社内LAN等のシステム
*オフィス(部屋)環境
  スポーツと同部屋になる
*OA機器が一新
*スタジオ仕様

変わらないのは放送内容ぐらいかも。
事前の各関係先への連絡も必要だ。

明日からの3日間で完了できるか・・・。
もし24日、無事に今まで通り放送できたら
みんなと拍手喝采だ!
それまで技術部員や制作担当は
夜も落ち着いて眠れない。


投稿者 : 20:53

時がいくつ流れても。(担当☆石森則和)

きょうは2部構成、
(長めですんません)

「第一部:オリンピックは誰のため?」

きょう、東京の日比谷公会堂では
「2016年東京オリンピック都民集会」が開かれました。
都民のみんな、関心度はどう?
集会.jpg

東京都の招致本部に取材すると
「都民の関心の低さ」は認めていますが
「他の国と競争する段階でボルテージが頂点になるようにしたい、
今無理に盛り上げる必要はないですわ」・・・と苦しい発言!
「ええっ?そうなんですか?」
「はい。きょうの集会がアピールのキックオフですわ」と
主張しています。

でも会場で参加者にインタビューしても
殆どは気まずそうに身分を隠すのです。
「なにゆえ?」と思ったら
多くは何らかの関係者や広告代理店の人たちでした。
うーむ。キックオフになるのか?これで。

思えば
1964年の東京オリンピックは
高度経済成長の中で
敗戦から立ち直った国民の熱気が反映され
東京の風景を一変させました。
(まだ生まれて無いけど)
「高速道路が空を切り裂き、
川の流れは暗渠に隠れた」と嘆く方は多いですが、
地方出身の僕にとっては
夢のスタート地点、
最初の東京の姿です。

・・・では今回
もしも東京でオリンピックが開かれたら、
いったい何が変わるのか?

高度経済成長のときのような
「ほかの国と肩を並べたい!
焼け野原からここまできたんだ!」
というモチベーションはもうありません。

経済面からみましょう。
今回の経済波及効果について東京都は
1兆2677万円の「需要増加」があるとしています。
内訳は観客などの移動、宿泊のほか
一般家庭の電気機器購入費となってます。

・・・あれれ?この「電気機器」
オリンピックを見るためのテレビなどを
想定してんのかなあ?

でもな?
5年後に今のテレビが使えなくなるために
皆が一斉に「地上波デジタル対応TVなど」を
買うタイミングを考えると
果たしてオリンピックのために買い換えるかな?

移動費だって「コンパクトな大会」なのに
そんなに高くなるもんなの?
都内の移動は便利だぞ?

じゃあ風景はどう変わる?

今回は湾岸地区(晴海)に
10万人収容のメインスタジアムが作られたり
築地市場跡地にメディアセンターが作られたりしますが
江東区の選手村を中心に半径10キロ以内の
「既存の施設」を使います。
神奈川のサッカー場、
江ノ島のヨットハーバーなども活用される見込みですが

つまり東京の風景が一変する
・・・ということはなさそうです。


東京都の招致本部では
「前回の大会は「つくる大会」だったが
今回は「継承する大会」だ」としています。

・・・何を継承するのか?
「有形無形の財産を次世代に継承する大会」だって。


「ぅわかりにくいわ!」
禅問答か。


オリンピックにおいて
「誰のために、何のために」というのは
実は非常に大切な問題だぞ!

あのね
「前畑リード,前畑がんばれ,
前畑がんばれ,リード,リード!! 勝った,勝った…」
というNHKの河西三省アナウンサーの
歴史的な実況をご存知ですか?
僕らアナウンサー経験者は
大抵先輩から聞かされるエピソードです。

しかし、
この大会はもうひとつ歴史上、
重要な意味を持つオリンピックでした。
1936年の「第11回ベルリン大会」
これは民族の祭典と呼ばれ、
ヒトラーがナチスを率いて、
「ドイツ民族の偉大さ」を世界に知らせるために
利用されたのです。

更にこの大会の「閉会の言葉」は,
「4年後に東京でまた会いましょう」でした。


気がついた?
「あれ?東京オリンピックって1964年だよなあ。
計算合わないぞ?」
そう、実はこれは
「幻のオリンピック」

日中戦争の激化で日本は開催国を返上,
1940年の東京オリンピックは
“幻”となったのです。


だから東京でオリンピックが行われる計画は
2回目ではなく、
今回で「3回目」

どうか2016年の大会は
どこで行われるにせよ
平和のもとに
選手が生き生きと活躍し

家族や恋人や友人と
幸せに楽しめるものに
なりますように。


「第2部 憧れ」

もし、あなたが
大好きな野球チームに入団し、
ふと見回したら
子どものころから憧れていた名選手たちと
一緒のグランドでプレーできたら
どんな気持ちだと思う?

もしあなたがSM○Pの大ファンで
突然メンバー入りが決まり
憧れのナニタクに、
お疲れ!って肩を叩かれたらどう?

僕は仕事をするとき
それに近い気持ちに
今でもなることがあります。

周りを見回せば

少年時代の僕らにとって「アニキ」だったDJさん、
こんなに「美しく、伝わるニュース」を読むのかと
憧れたアナウンサーさん、
「これこそラジオだよっ!」と
ドキドキした番組のプロデューサーさん、
現場でしかわからないことを克明に表現するレポーターさん、
伝説の番組のディレクターさん、
大好きだった女性パーソナリティーさん、
「あのニュースを伝えたのかっ!」という記者さん、
etc、etc・・・
(ああ、誰かとめてくれえ)


「あはい」
あ、
たかおくん止めてくれてありがとう。
robi-.jpg

そんな「名選手」と
一生懸命ニュースを取材したり番組を作ったり
「すんません
交通費の精算お願いします」とか
お願いしたり(笑)

一生「ラジオ少年」の僕には
一緒に番組を作っていることが
夢のようだと素直に思うし、
その感謝を忘れずにいたいです。

・・・ただなあ、
僕もこの世界でおよそ15年。

自分の番組の、かつてのリスナーたちが
今やスタッフになったりして
時折こっそり
(なんでこっそりなんだよっ!)
「あのころ受験勉強しながら聴いていました」
なんて言われると
もう、


「うーん、・・・注意しづらい」(苦笑)

また、嬉しい反面、
「むむ、僕も歳をとったものだ」と
ヘコむこともあるので
自分も先輩がたには敢えて
そういうことは言いませんけど。

でもね。

僕には
もうひとつ憧れの存在がいます。

在京局が次々に移転、建て替えられる中
文化放送では
創業当時の社屋で放送が行われてきました。


あの憧れのパーソナリティーも
制作者も、営業マンもみんなみんな
ここにいたのです。

ここで育って、
ラジオマンとしての青春を過ごして、
時には戦って。

そして・・・
僕が幼いころ祖父にもらった
トランジスタラジオから聞こえた「大人の世界」も、

少年時代、大事なラジカセで「エアチェック」した歌も

高校を卒業して初めて東京で
ひとり暮ししたアパートで
さびしさを紛らわせてくれたDJも

みんな「この場所」から語りかけてくれました。

だから僕にとっては
ここで働けるようになって10年に満たなくても
この社屋そのものが憧れで、
願いを叶えてくれた
愛しく大切な存在です。


まもなく
この建物は歴史の中へ帰っていきますが

僕はここで一時期でも番組作りに関われたことを
ラジオマンとして、心から誇りに思います。

今でも

少年時代に
ここから届いたあの声や音楽が
僕の背中を押してくれるから。


機会が有れば
最後にもういちど
この建物を見てみませんか?
文化放送.jpg

こんなに優しい佇まいの建物は
そんなにないぜ。

投稿者 : 17:59

2006年07月19日

そこからの人生 (担当 ★宏枝)

夕方5時からの「ニュースパレード」では今週から
「団塊の主張2006」というシリーズ企画を放送しています。

見てください、この生き生きした姿。

ふくしま.jpg

何だか西山弘道キャスター(文化放送を定年退職された名物キャスター、
クラリネットの名手)を彷彿とさせるような趣味人。
去年、定年を前に福島県内の町役場を辞め、
和太鼓やジャズバンドでふるさとを盛り上げようと活躍する
渡辺徳太郎さん、56歳です。

おとといの吹野記者のブログにもあるように
夕方5時からの「ニュースパレード」では
「団塊の主張2006]を放送しています。

多くの団塊世代が、来年から定年退職を迎え、
いわゆる2007年問題が目前に迫る中で、
一足先に、第2の人生を切り開いている団塊世代の方達を
紹介しようというもの。

毎年夏に「ニュースパレード」をネットする32局すべてが取材し
1テーマで1ヶ月間放送している企画もののシリーズですがーー。

今年のテーマは、報道部のデスク陣が企画を出し合った結果、
部内のコンペを経て、
私の提案した“団塊の活躍を描く”というテーマが
晴れて採用されました!(僅差での最多票だったけど)。

なぜ今、団塊なのか?
もちろん、2007年問題という大きな社会的なテーマが
あるからですがーー。

実は私自身にも思いいれが多分にあるのです。

社会人になってから
団塊世代の先輩達は、いつも私の前を歩いていました。
生き生きと仕事をし、思いっきり酒を飲み、ハチャメチャに遊んでいました。
会社での存在感も抜群!
無意識のうちに、仕事の仕方や遊び方、毎日の生活のあり方に
影響を受けてきました。

その世代が、今、過渡期です。

60歳という人生の節目を先輩達はどんな風に受けとめ、
“それから”の過ごし方を切り開いていくのかーー、
そのあとを歩く私にとってもヒトゴトではないテーマについて、

今回のシリーズを聞く人が、
何らかの答えを見つけられたらステキだと思います。

放送は今日で3日め。
職務質問ナンバーワンのベテラン警官や、サラリーマンから漁師に転身、
民宿を経営する男性(さっそくリスナーから、民宿に泊まりたいとの電話あり)、
個人動物園をつくった元おまわりさんなど、
聞いていて思わずうなってしまう人生の達人が次々と紹介されています。
マイクを向ける各局の記者さん達の優しい視線にも、
温かな印象が残ります。

静岡.jpg

 (静岡で伝統の和紙を「裂き織」という織物に織り込む松谷和子さん)

8月29日まで放送中です。聞いてください。

投稿者 : 22:51

2006年07月18日

気温が1℃あがるとどんなことがおきるのか?夏の気温 に ちょっとだけDONDON!(担当おたんこなす)

世界の王監督が,一昨日、手術をして大成功だったとのこと。
昨日、慶応病院の医師団が会見を行った。
他の内臓への転移も無く、開腹せず、腹腔鏡手術で済み、
王監督もとても元気とのこと。
良かった!良かった!
家族でも親戚でもないけど
わがことのように心配し、そして、安堵した。
世界の王監督は、またもや、
日本中の皆を幸せな気持ちにしてくれた・・・
沢山の勇気をくれた・・・

「早期に発見すれば、ガンだって怖くない!」

ありがとう!王さん!
やはり、あなたは世界の王さんです!!

「王さん!無理をせずに
これからも元気に過ごしてくださいね。」

雨の毎日、うっとうしい日が続いていますが
そんな気持ちをいっぺんに晴らしてくれるような
出来事でしたね。

梅雨明けももうじき。
暑い夏がやってきます。
そこで、
今日は、気温にまつわる興味深いお話をすこし。

「夏の気温に、DONDON!」

Q. 気温が1℃あがるとどんなことがおきるのか?

A.気温が28度ぐらいから、1℃上がる毎に、ビール会社1社で一日、
大瓶にして230万本多く売れ、大手4社の合計で
およそ900万本も消費量が増えるということです。

また、ビールの売れ行きが伸び始める気温は、
22℃以上 といわれています。

「ならば、気温の上昇で、
他にも儲かるものがあるはず。」
と思ったら?・・・・
   
20℃以上は、エアコン。
21℃以上は、半袖シャツ。
23℃以上は、浴衣 
24℃以上は、水着、サンダル
25℃以上は、清涼飲料、麦茶 
26℃以上は ハエ、蚊の殺虫剤。
27℃以上は、スイカ、アイスクリーム。
28℃以上は、うなぎ蒲焼、日焼けクリーム。
29℃以上は、日傘。
30℃以上は、カキ氷。 

なんですって??
面白いですね。
どうぞ、ビールを飲むときにでも
薀蓄たれてくださいませ。

(えっ?!おまえは、飲むことしか考えていないのかって?!)

そうなんです。

(新社屋移転は、梅雨明けと一緒かな?)
では、次回は新社屋から!

投稿者 : 23:13

2006年07月17日

カウントダウンが始まった!(★担当 野中)

あと、1週間したら、つまり、来週の金曜日は
私たちは、みんな浜松町にいる。
新生文化放送のスタートだ!
なんだか信じられないけど、
どんどんその日が近づいている。

報道部は、先週の金曜日に(7日に続いて2度目)
新社屋に持っていく物と、四谷にゴミとして
捨てていくものの、選り分けと、荷造りを、
その日いるメンバー総出で行なった。

永野さんは、泊まり明けにもかかわらず、
夜、再び、出社して
この、ほこりまみれの引越し作業に参加。 エライ!!

早出(朝6時出社)の高尾さんは、
「引越しのアルバイトしてたの?」と思うくらいの
手際の良さ。
ズボンの裾を捲り上げ、白いシャツの袖を捲り上げ、
百科事典、ニュース辞典、新聞の縮刷版が
ギッシリ詰まった箱を、細身の体でヨイショと持ち上げ、
キビキビと積み上げていく。

≪何と、働き者で、気持ちの良い後輩たちなんだ!≫

ほれぼれと、みんなを眺める。

私は、腰痛もちで、重たい物は持てないの。
高尾さんが持ち運ぶ箱に張るレッテルに、
その箱の行き先と、内容物を書いて、
箱に、次々に貼る役目。
例えば、
「報道 B2倉庫 / 新聞縮刷版 / 
 朝日 / 1999年1月~12月」という具合。

ラクな仕事だと思うでしょ?
ところがドッコイ、今、私は腰がひどく痛い。
コマネズミのように働く高尾さんのスピードに
合わせて、3時間も、立ったり、しゃがんだり、を
繰り返していたら、腰痛悪化。
なんと、ヤワな体。 情け無い。

とにかく、埃まみれになった作業が終わって
みんなで飲んだ缶ビールのおいしかったこと!
(オッと、報道部の冷蔵庫には、缶ビールがいっぱい
冷えていたのだ。)

こうして、報道部の部屋には、
浜松町に持っていく青い箱が積み上げられ、
新聞の縮刷版が積み上げられていた棚は空になり、
【われわれは、引越しするんだ!】
という雰囲気が盛り上がってきた。

私個人の荷造りは、まだしていない。
何事にも、エンジンがかかるのが遅いのだ。
小学校のときから、宿題は、いつもギリギリだった。

30年以上通った四谷を去ろうとしている今、
特に感傷はない。
でも、きっと、浜松町に移ってから、
ずっと胸の深いところで
四ツ谷を恋するように、懐かしむだろう。
そんな気がする。

私は、23日日曜日まで、報道部で仕事をする。
ありがたい。
一番最後の日まで、四ツ谷で仕事ができるなんて。
でも、一番のシンガリを務めるのは、
小枝子さんも書いていたように、鈴木ビン記者だ。
まさに、文化放送が【四ツ谷】から【浜松町】へと
生まれ変わる、歴史的瞬間に立ち会える。
まさかのときは、後方支援する重要な役目がある。

今、まさかのことが起きないように、みんな祈っている。

どうか、スムーズに、四ツ谷から浜松町へ、
電波が飛び移れますように・・・・・・
(そういうことじゃないのネ)


投稿者 : 17:15

ぜひもの告知   =吹野=

QRをキーにお送りしている『ニュースパレード』では
今日(7月17日)から“夏のシリーズ企画”として
「団塊の主張2006」を放送します。

団塊の世代が一斉に定年退職を迎える
“2007年問題”を前に、
ニュースパレードのネット32局が
「がんばる団塊世代」を毎日紹介していきます。

んでもって
なんで吹野が書いているかと申しますと
初日はQRの担当で、
今年は下っ端の吹野が制作担当となっているんです。

題材は「職務質問の達人」。

職務質問から検挙につなげた件数で
警視総監賞を53回も受賞した
警察庁指定広域技能指導官の
佐藤英(まさる)さん<58才>をクローズアップしました。

東京が全国に、いや全世界に誇る
職務質問のプロ、職質マイスターです。
放送時間は今日の17時から17時15分の間。

ぜひ!   温和なお顔でも心はコブラ…↓
警視庁のまん前で.JPG温和なのに心はコブラ.JPG
ひぜひ!
たまたま今回は講義にも同行取材…警官がどこを観察しているか分かりましたょ.JPG地域課のまん前で.JPG
ぜひお聴きくだっさ~い!

(強調する場所、違うし)

投稿者 : 10:33

2006年07月14日

つまらないことなどを~その14~★柳澤和三

 新社屋に移転まであと10日
引越しも忙しいけれど

ニュースは毎日厭きもせず発生します。

サッカーのワールドカップも終わり
バカ騒ぎも一段落したと思ったら
ジタンの頭突き騒ぎで
まだまだワールドカップの
話題はつきない。

そこでジダン騒ぎですが
ジダンとマテラッティの言い分は
言った言わないのまるで藪の中

そこでお節介なマスコミ=テレビが
件の試合中のマテラッティが
なにを言ったか読唇術で明らかにするという。

でもこの“読唇術”がラジオにとって曲者なんです。

“読唇術”。
これを目で読めば
意味は良く分る
そう口(唇)の動きによって
その人が喋っている内容がわかるというもの。

しかし、ラジオでアナウンサーがニュースで読むと
<ドクシンジュツ>となる
これは広辞苑で引くと読心術となり、
意味は全く違ってしまう。
広辞苑的にいうと、読唇術は<トクシンジュツ>と読まねばならない。

かくいう筆者も読唇術はドクシンジュツと思い込んで読んでいました。
しかし思い込みというのは報道部員としては決して許されるものではない。

思い込みで思い出すのは一年前、ちょうど今ごろ
土用の丑の日ネタで「うなぎのチェーン店、登亭の読み方を
水谷アナウンサーに聞かれ<ノボルテイ>と伝えてしまい、
オンエアで加奈ちゃんはそういう風に読んでしまいました。
申し訳ないことをしてしまいました。
思い込みはイケマセン
何事も確認また確認です。

これは読み方だけに限ったことではありません。
我々報道部員は先入観はいけません。
何事も疑ってかかって
物事を検証する姿勢が必要と思います。

世の中ほとんどが同じ論調になった時にこそ
もう一度振り返って物事を疑ってかかるべきと思います。

“テポドン問題”では
なんでもかんでも感情的に北朝鮮を糾弾するのではなく
初心に返って検証する謙虚な姿勢がもとめられるのではなかろうか。

ミサイル発射実験などアメリカを始め大国は日常に行っています。
北朝鮮が実験することに恐れるのは国交が正常化していないことであり、
国交とはお互い様です。
片方が一方的に片方を非難していたら友情は生まれません。
それ故、北朝鮮が一方的に悪いと決め付ける姿勢は
バカな政治家が言うのはしょうがないが
報道機関にあってはならないことではないでしょうか。
国交が正常化することがまず、前提ではなかろうか。

先入観を捨て、色々な本や、識者の意見を聴いて
物事の本質を理解して、伝えていきたいものです。内D 
WAZO


投稿者 : 12:51

2006年07月13日

飛行機雲の行方(担当☆石森則和)

子どもの頃、
青空に飛行機雲が何本も描かれているのも
友達や先生との会話が途切れるのも
不思議には思いませんでした。
だって、
爆音は一日に何度も響いていたから。

僕の故郷の近くには自衛隊の基地があり
そこにはブルーインパルスという飛行隊が
何度も訓練を繰り返し、
銀色の機影が空を幾つに切り裂いても
それは、ただの日常でした。

そんなこと暫く忘れていたのですが・・・
神奈川に引っ越してきて
厚木に住む知人を訪ねたとき
最新マンションの窓ガラスをもビビらせる爆音に
ギョッとしました。
爆音の程度は僕の記憶の比ではありませんでした。
・・・・でも。

子どもは何事もない顔で下校し、犬も吠えず、
お年よりもため息ひとつつかない。

気がついたのです。

ああ、この街の子供たちも老人も、みんな

「声が大きい」と。

過去には騒音のため
踏み切りで電車の音に気がつかず
事故にあった人もいたといいます。
爆音の中で言葉を交わすうち、自然に声が大きくなっていく。
06-07-13_13-36.jpg

きょう
厚木基地の騒音被害を巡り、
周辺住民4865人が国に総額131億円を求めた
第3次厚木基地騒音訴訟の控訴審判決がありました。
これは一審で裁判所が国の責任を認め
27億円を支払うよう求めたのに対し国が控訴していたものですが
今回、東京高裁は改めて国の責任を指摘し
「40億円を住民側に支払え」としています。

住民らはこれまでの裁判では「飛行の差し止め」を請求してきましたが
今回初めて請求しませんでした。・・・なぜか?

これまでの裁判で「騒音被害への賠償は認めてはおきながら」、
「飛行の差し止めについては、退ける!」という
司法判断が繰り替えされたためです。
原告団の中にも葛藤がありましたが
メンバーの高齢化が進む中、結論を急ぎたかった事情がある。

そんな中、
一審判決後の今年5月、在日米軍再編の日米最終合意で、
厚木基地の空母艦載機59機が
山口県の岩国基地に移転することが決まりました。
では、これで騒音問題は解消するのか?

今回のレポートでは触れませんでしたが
大和市の基地対策課などに取材したところ
「楽観はできない」ようです。

あまり知られていませんが
米軍の空母艦載機59機が移転した先の岩国基地からは
「海上自衛隊機」17機がやってきます。
また岩国に行った飛行機もメンテナンスなどでは戻ってくるし
厚木基地に現在およそ20機ある自衛隊のプロペラ機を
「ジェット機」にする動きまであるのです。
こうしたことから、大和市では取材に対し
「自衛隊機もありますから
騒音が0になるわけではありません」と答えました。
06-07-13_13-15.jpg


最初の提訴から30年、今回の3次訴訟だけで8年以上。
これまでに100人以上もの仲間(原告)が
鬼籍に入られているとのこと。
79歳になる原告団長の真屋さんは、勝訴しながらも
「・・・時間の浪費だった!」と吐き捨てました。

「金が欲しかったんじゃない。
高額な賠償金請求をすることと、
5000人もの原告の数で
国に事態の深刻さをわかって欲しかったんだ」

賠償請求は認められ、金は払われるというのに
飛行機は飛び続け、騒音はやまない。
住民が求めていた、
「将来についての賠償」は認められなかった。
普段なら温厚な「おじいさん」であろう原告団長は
拳を握りました。
 
「金さえ払えばいいってもんじゃねえんだ!」


裁判所の外でずっと判決を待っていたおばあさんは、
「長かったわ。本当に嬉しい。
きのうだって電話さえできないし
眠れない。むしろひどくなってるの」と
話してくださったけれど

・・・おばあさん、ごめん。
あとで弁護団から説明を聞くだろうけど、

飛行機は飛び続けるんだ。

4次訴訟の計画は
今のところはなく、もし結審してしまえば
厚木から「騒音」でなく

「騒音訴訟」が消滅する。


原告団、つまりそこに
長い間暮らしてきた人は高齢になり、
真屋原告団長も、まもなく80歳。
不整脈、心臓病、白内障・・・軽い脳梗塞まで患い
きょうの判決で引退すると決めていました。

でも、きょうの判決を受けて
こうつぶやいたのです。        


「まだ戦えっていうんか」と。

投稿者 : 18:44

こりゃなんだ  ♪高橋小枝子♪

お暑うございます。

くらげ.jpg


くらげでーーーす。
ふーわり ふーわり 水の中は涼しいです。
とはいうものの、最近は温暖化とやらで、水温も少々
上がってきましたが・・・


さてさて、地上では、文化放送が四谷から浜松町に
引越しとやらで、新宿通りは大渋滞(うそうそ)
でも、引越し荷物が半端じゃない、
日通さんもご苦労様です。

で、7月19日のお披露目、内覧会を前に、
総務部、編成管理部などは既に引越し
営業さんも、17日の海の日に引越し
では、報道部は?どこに い る か

いるかくるり.jpg

はい。まだまだ四谷で営業中
7月24日から浜松町の新社屋です。
ってことは、7月23日の泊まりは?
四谷で泊まって、浜松町で明け。
人間 八つ裂き状態・・・
まー泊まりは鈴木敏記者ですから、
上手に対処するでしょう。

白いるか.jpg


なーーんて他人事みたいに言ってますが、
24時間放送しながらの引越しは、そりゃーもう大変

亀.jpg


かめへん けめへん
なんとかなりますって。

熱帯魚.jpg


いまさら、こちょこちょ動いてもしようもないし・・・

まー順調に、7月24日の月曜日「お昼のニュース」
5時からの「ニュースパレード」が放送されましたら、
拍手喝采のほどを・・・

白いるか4.jpg


では、さよなら さよなら さよなら


白いるかしっぽ.jpg

協力は、八景島シーパラダイスの皆さんでした。
ありがとうございます。


ところで、双子の大統領と首相が誕生しそうです。
ポーランドのレフ・カチンスキ大統領と、
ヤロスワフ・カチンスキ首相。
マルチンキエビッチ首相の辞任を受け、
レフ・カチンスキ大統領が、双子の兄で与党「法と正義」の
ヤロスワフ・カチンスキ氏を首相に指名しました。
双子の兄弟が、大統領と首相を勤める国家は、
世界でも初めて。
当然そっくりです。

とりかえばや物語
何か、予期できちゃう出来事が起きちゃう気がしませんか?

高橋小枝子でした。

投稿者 : 13:22

2006年07月12日

都営地下鉄の各駅にAED  担当★高橋

報道部最年長の高橋民夫です。
防災キャスターであり都庁クラブのキャップでもあります。
石原慎太郎都知事の会見の様子をMXテレビで見ている方は
中央付近、かなり前の席に座っていますので、どうぞよろしく。

いいえ、そういうことを言いたかったのではありません。
東京都交通局は、先月6月末までに、自らが管理している
都営地下鉄四線の合わせて101駅に「AED」を設置したのです。

そして、この写真は、都営大江戸線・都庁前駅の「AED」です。
都庁前駅に設置されたAED.jpg

実は、この都庁前駅の「AED」が大変な働きをしたのです。

東京都は今年1月20日、大江戸線の都庁前駅と新宿西口駅の2駅に、
「AED」を試験的に設置しました。

「AED」とは、「自動体外式徐細動器」というもので、
突然心臓が止まった状態になった時、
心臓に電気ショックを与えて正常な状態に戻す医療機器で、
一昨年の7月、一般市民の使用が解禁されました。

当然、試験的に設置された都庁前駅の職員らは
その使用法について、研修を受けました。
職員の中には、さらに上級救命技能認定のための
講習を受けていた人もいました。

それは、今年の3月16日のことです。
改札口外の階段上で、男性が倒れ女性が助けを求めていました。
急を聞きつけた都庁前駅の職員らは、その様子から「AED」を
持って、男性のもとに駆けつけ、「AED」のガイダンスにしたがって
人口呼吸と「AED」の操作をくりかえしました。

救急隊員が駆けつけるまで、この作業を繰り返した職員のおかげで
65歳の男性は息を吹き返し、救命活動を行った4人の職員は
消防総監賞を受けました。

なんということでしょう。
「AED」が試験的にとはいえ、設置された駅構内で倒れた男性は
その研修の成果と、チームワークで命が救われました。

東京都では、大江戸・三田・浅草・新宿の都営地下鉄四線の
合わせて101駅に「AED」を設置しましたが、
職員のみならず、利用する多くの人々が、その使用法に
精通していたいものです。

ちなみに、文化放送新社屋の地下、大江戸線の大門駅にも
この「AED」=自動体外式徐細動器が設置されています。

投稿者 : 10:00

2006年07月11日

ミサイル発射と報道フロア(ノーカット版)=吹野=

“その日”は気懸かりな事を抱えたまま、泊まり勤務に入りました…。
泊まりの日は昼食を遅めにとります.JPG
炊飯器、「保温」にしてきちゃった…。  まいっか、朝イチで帰れば。

その日は何事もなくQRに着き、いつもの「泊まりメンツ」と合流。
“発生もの”がなかったので
「ケンタでも取るぅ?」…的なノリで始まりました。

7月4日の夜勤務…。
ミサイルが発射されたあの夜、吹野と石森記者に何が起きたか…。
時系列で書いてみます。

 20:00 ケンタ届く (←そこから書くかフツー?)
 21:00 朝用ニュースの原稿書き始め  (↓のんきにケンタ)
               チキンうんめ.JPGクッキうんめ.JPG
 03:50 ディスカバリーの発射ノイズをニュース音声にUP
 04:00 W杯の準決勝キックオフ
 04:10 速報「北朝鮮より日本に向けミサイルが発射された」
               凍りつく石森記者と吹野。
マジ?.JPGマジすか?.JPG
放送中の『走れ』のAD君が報道にすっ飛んできました。
「詳しい情報が入ったら教えて下さいっ!」

(この時点ではNHKしか速報を打ってない。これが誤報だったら…)

石森記者と手分けして(…ぃゃ、多少かぶりながらも)
内閣府や防衛庁、外務省に電話しまくっていると…民放テレビが一斉に速報
 04:30 「北朝鮮から日本に向けてミサイルが発射されたもよう」

         「ま、マジっすかーーーーーーーーーっ!?」
マジっすか~~~~っ!!!!????.JPG
このあと、怒涛のミサイル騒ぎに巻き込まれていく2人でした!↓

報道部の秘密ずきる秘密兵器は私です….JPG報道部の労働(ノドン)Ⅰ号は私です….JPG
一気にエンジンがかかる報道フロア。
カップめん咥えたまま凍りついていたバイト君とバイトの古川くん.JPG
秘密すぎる秘密兵器・石森記者、
そして報道部の「労働一号」吹野が
情報収集と指示のための電話大会となりました…。
報道部のモニターたち.jpg

             <報道部>                      <政府の動き>
 04:10 速報入電「北朝鮮が日本に向けミサイル発射」  関係閣僚による判定会議スタート
 04:30 速報入電「ミサイルは日本海に着弾したもよう」
 04:30 北海道で休暇中の部長に連絡
 04:30 嶺岸記者(都内在住)に官邸カバーを要請
       速報原稿書き上げ
 04:50 時事と共同から速報配信スタート
 04:56 『走れ』で石森記者速報レポート
 05:00 『なま朝』で速報ニュース
 05:15 速報入電「ミサイルは2回発射か?」    防衛庁・防衛会議スタート
       峰岸記者総理官邸到着
 05:20 速報入電「着弾地点は稚内の西南西500キロ」
 05:40 速報入電「ミサイルは4回発射か」
 06:00 速報入電「テポドンⅡも発射か」          外務省・緊急対策本部設置
       速報入電「ミサイルは3回発射」
       『なま朝』定時ニュースで速報
 06:15 『なま朝』会見生立ち上げ →            安倍官房長官・緊急記者会見Ⅰ
 06:25 速報入電「テポドンⅡ含む3発の発射」
 06:30 『プラス!』嶺岸記者官邸レポート         小泉総理官邸入り
 07:00 『プラス!』定時ニュースで続報
       『プラス!』石森記者続報レポート          総理官邸・安全保障会議スタート
 07:30 速報入電「4発目の発射を確認」
 08:00 速報入電「5発目のノドンを発射」
       『プラス!』石森記者続報レポート
       高尾記者が早めの出社→官邸カバーへ
 08:25 『プラス!』石森記者続報レポート         安倍官房長官・緊急記者会見Ⅱ
 08:30 高橋小枝子キャスター出社
       『ごぜんさま~』石森記者続報レポート
       定時ニュース原稿書き上げ
 09:00 速報入電「さらに2発を発射できる状態」
       文化放送ニュース(続報)
       高橋記者を防衛庁の会見カバーに配置
       高尾記者を外務省の会見カバーに配置
       吹野引き続きフラッシャー(原稿書き)に
 09:30 速報入電「6発目のミサイルを発射」
       高尾記者を警視庁カバーに変更
       石森記者を外務省カバーに変更
 09:40                               麻生外務大臣・緊急会見
 10:00 文化放送ニュース(続報)
 10:10                               額賀防衛庁長官・緊急会見
 10:15 バイト君アップ      
                     ←もうこのへん覚えてないっス
 12:00 文化放送ニュース

あいにくこの日は3人の記者が休み。
パズルを解くように、少ない人数で関係省庁をカバー。

通信社から送られてきたニュース素材は100本以上。
同時に
韓国の海洋調査船がEEZに侵入してきたり、
緊急会見の情報が入ってきたり…。
「情報整理」と「原稿書き」と「編集」、そして「ジャッジ」を同時に迫られる朝でした。
もう疲れまひた.JPG
もぉ疲れまひた…
ほかの記者が出社してきたとき、どんだけホッとしたか…。

一段落したのは午後イチです。
戦闘状態だった報道フロアを出ると、
四ツ谷やJRには「日常」が広がっていました。
四谷駅.JPG
着弾した後のニュースだけ見ている人は
「大騒ぎするほどではないんでない?」と思うかも知れませんが
発射速報をリアルタイムで受けていると
今まで感じた事のない“恐怖感”を覚えましたよ。

日常の駅を抜け、日常の自宅に着きました…。
部屋に着弾してなくてよかった…。

    ハッ!

のんびりしている場合ではありませんでしたっ!
事件は日本海で起きてるんじゃない!うちの炊飯器で起きてたんだっ!

  「おそいよぉぉ…」

息も絶え絶えで迎えてくれたのはマイ炊飯器でした。
ドラマ「24」みたい….JPG
ワオ、見たこともない数字が。↑  ※見えにくいけど「保温:24時間」

そして見事に黄ばんだマイご飯…。
あれ?黄ばんでるように見えないすか?.JPG
中田ヒデよろしく、天を仰ぎながら泣きました。キッチンで(嘘)。

内勤デスクとしての“洗礼”を、テポドンから受けたこの日。
なんか悔しいので鉄火丼作りました。
テッカドンⅡ.JPG
          テッカドンⅡ

泊まりデスクとしてもう怖いものはありません。

いや、多少すべっても。


業務連絡:
7発目、知りませんでした…爆睡っス。

投稿者 : 23:59

2006年07月10日

悪臭=公害らしい。 (担当☆永野)

前々から世間、というか正確には中野区の一部を騒がせていた
『異臭男』がついに逮捕されました。 

マーク.bmp

(※ 中野区のマーク・イメージ画像)


自宅の庭などに排泄物を撒いたり洗面器に入れて放置したり、
残飯などを鍋で煮込んだり。 その悪臭は強烈なもので、
近隣住民からも苦情が相次いでいました。 


たらい.bmp

(※ イメージ画)


平成16年4月頃から始まったこの謎の(?)行動、
再三にわたって保健所から注意を受け、中野区からも
文書などで改善指導を受けていたものの、いっこうに
やめる気配なし。 そこで中野区は都条例に基づく
行政命令に切り替えましたが、これも無視したということです。


今回逮捕された容疑は「都民の健康と安全を確保する環境に
関する条例」、略して「環境確保条例」違反。 この条例で
悪臭に関して個人を立件するのは初めてということです。 


検査のため、汚物の一部(ガラスビン40本分)を押収、
残りはバキュームカーで処分されましたが、その量
なんと120キロ! 排泄物のほか、腐敗した野菜クズ
などもあり、庭のほか室内からも押収されました。


そして、汚物を煮込んだ中にタオルを浸し、そのタオルを
室内に干していたそうで、その様子も写真で見せてもらいました。


ぞうきん.bmp

( ※ 再現イラスト)


ちなみに捜査員が捜索に入った時、本人は食事をしていた
そうですが、『腐っちゃうといけないから』と、その食事は冷蔵庫に
きちんとしまったそうです。 これには生活環境課長も苦笑いでした。

しかし、今回の逮捕で近隣住民の方はひと安心です・・・か? 

投稿者 : 17:20

2006年07月07日

引越し秒読み<担当★健司>

文化放送が移転する。
四谷で局舎が建ったのが昭和26年11月。
55年間、この地で放送を続けてきたことになる。

玄関前には御覧の通り垂れ幕が。
ありがとう四谷JPG.jpg

報道部も今日は引越しを控えて
ほぼ全員で大掃除第1弾を実施。
七夕の日だというのに。

ゴミが出るわ出るわ・・・。

自宅の引越し同様、躊躇せず捨てるのが鉄則。
1年間使わなかった物は捨てろのコンセプトに則り
一気に捨ててしまったけど、
氣が付いたら、カレンダーも捨てられていた!
まだ2週間は居るのだ!

整理好きの人間は何でも捨てられる。
捨てる勇気と取っておく慎重さは
時として衝突する。
僕は捨てる方に従う。

個人的な話だが
この6月でいわゆる「役職定年」を迎えた。
55才になった。

そうなんです!!
垂れ幕の文字は
僕の気持ちでもあるんです。
有難う四谷。
有難う文化放送。


投稿者 : 19:14

2006年07月06日

どんな人生も(担当☆石森則和)

きょうの報道部は、
「北朝鮮のミサイル発射問題取材班」と
「拉致問題(国内)取材班」の
2班に別れて飛び回りました。

・・・僕は「拉致問題取材班」っ!


ひとりだけど。
くすん・・・


さて、
北朝鮮のミサイル発射問題で緊張が高まる中、
日本人拉致被害者、横田めぐみさんの夫とされる
金英男(キムヨンナム)氏が、

きょう午前、平壌市内で
「初めて」日本人記者団と会見しました。

前回はヒトゴトのように
手元のファイルを読み上げる会見でしたが
今回は別人のように「愛を語った」会見。
娘のウンギョンさんまで後半ドラマチックに登場しました。

めぐみさんの父親、横田滋さんはこの豹変ぶりについて、
「北朝鮮は、前回の説明で日本を納得させられるだろうと思ったのに
むしろ逆に日本の人々を怒らせてしまった」
・・・だから、
「敢えて英男さんのキャラを変えたのでは?」
と苦笑いしていらっしゃいました。苦笑いする横田滋さん。.jpg

しっかし
英男氏、
キャラ作りが両極端だなあ。

でも、キャラは変えても
金英男氏の会見は、相変わらず、
「これまでの矛盾点を取り繕うような発言」が目立ちました。

例えばね。

「めぐみさんの死亡時期」を、93年から94年に訂正
死亡してから2年後に火葬したと言っていたのに
きょうはまた変わって
97年に火葬したと発言。

ありゃりゃ。

そもそも「妻が亡くなった年」って忘れるものなの?
結婚記念日を忘れることはあってもさ。(どきっ!)

少なくともそんなに何度も強調するほど
「幸せな結婚生活」で愛していたなら

また、幼い娘がいたなら

愛する人との別れは
あなたの人生をも変えるでしょう?


(だいたい97年は初めて日韓で大々的に報道され、
国会でも取り上げられた年だぞ?
・・・ということは?

滋さんは
この年、北朝鮮が
「誰かを焼いて骨を作った(!?)」という
可能性を指摘。怖っ!)

でもね

皆が怒りでヒステリックになりがちな中、
当事者の滋さんは、
僕らに
驚くほど冷静に話しました。

めぐみさんが夫に
「父は銀行員なの。
弟がほしい!とせがんだら
双子の弟ができたわ。」と
話したとされることについては


横田さんは、
「それは本当ですよ」
・・・と前置きしながら

「ちょうど、ここのところ
めぐみの写真展を各地でやっていたんです。

幼いころのめぐみと家族の写真もあってね、
その写真に、「そういう文章」が添えてありましたからね」
と笑いました。


・・・あらら。

ほかにも「矛盾の取り繕い」と思われても
仕方のない発言が。

金英男氏の家族が、
再会したときに英男氏から聞いたという
「火葬場でほかの人の骨がまじったかも」という言葉。

これを英男氏
自ら、あっさりと否定、

同様に家族に再会した時、
「めぐみさんは幼いころ交通事故にあい
それがもとに鬱になった」と語ったとされることについても

それを受けてその後、
横田夫妻が
「めぐみは交通事故にあっていない」
と証言すると、

一転して
「交通事故だったかどうか、わからない」
と翻す発言。

(でも金英男さんのお姉ちゃんは
「あんた、あの時確かにそういったじゃんよ!」と
怒らないのかな?)


さぞ、横田さんはお怒りかと思ったら

「間にワンクッション、家族が入っているのだから
話が正確に伝わらないこともあるのでしょう」と、
微笑みを湛えておっしゃった。

大人だ。大人すぎる・・・・
なぜ、こんなに泰然と構えていられるのか?


実はね、

今回の金英男氏の会見は、
もともと北朝鮮サイドから数社のメディアに対し、
「会見できるよ、やらない?」と
「提案」してきたものなのです。


つまりね。「拉致問題は解決済みだ」とする北朝鮮が、
従来の姿勢を
「金英男氏の口を借りて、重ねて強調した」可能性が高い。

だから
「それについて一喜一憂すること自体が無意味」だと
滋さんご自身が、一番よくおわかりなのでしょう。

うんざりするほど
矛盾点ばかりが明らかになるこの問題。

でも、それは悪いことばかりでは
ないかもしれません。

なぜなら、
これらを検証することで、
日本政府としては
北朝鮮側を追求する根拠が増えたとも言えます。

きのう発動された経済制裁の根拠に
「ミサイル発射」だけでなく
「拉致問題」が加えられたことで
「解決なくして制裁解除」なしという強行姿勢になりました。

それについて

「滋さん御自身はあっ!
制裁の根拠に拉致問題が加わったことをっ!
どう思いますかあっ?!」と

会見場の一番後ろから(マイクのコードの関係なの・・・)
石森の腹式呼吸で(でけえぞ)シャウトすると

「ミサイルだけを根拠に制裁したらっ!
むしろマイナスだったと思います!」と
滋さんとしては珍しく
「大きな声」で
答えてくれました。


会見場を出たところのロビーで
救う会の幹部に

「でもねえ、
制裁を発動することで
対話をする場が失われ、
解決が遠のくのではないかと思うと
心配じゃありませんか?」
と伺うと

「うん・・・
でも、もともとね。
もう対話だけで解決するとは
誰も期待していないんだ」

そしてふと表情を緩めて

過激に聞こえた?というように

「子どもを誘拐されたのに
身代金を払い続けても
解決にはならないでしょう?

そういうことなんですよ」

「拉致」というけれど、
これは
「誘拐事件」なんですと。


ミサイルは本当に脅威。

あの日、宿直だった僕と吹野記者(デスク)は
チームワークで
一報が飛び込んでから
ニュース速報や解説をなんども入れながら

2人とも正直、
心の片隅に
「もし本土に飛んできたらどう対処しようか?」
という考えがありました。

でも、発射40秒後に海の藻屑と消えた
テポドンもアレだけど、

かけがえのない家族の未来を
「粉砕」したこの問題の罪深さを
僕らは知らなければならないと思います。


ところでさ、

突然だけど
これを詠んでいるあなたは幸せですか?


子どもの頃に
望んだ大人になれましたか?
(・・・僕は60点かなあ?)     

  

  

  
         

めぐみさんは当時13歳。


          


    


 

どんな人生も
選べたのに。


投稿者 : 20:12

渋谷・女子大生誘拐事件から10日 ドキュメント   担当☆扇一平

東京・渋谷区に住む医師、池田優子さんの娘さんである大学生、池田果菜子さんが誘拐され、身代金を要求された事件、きょう捜査一課長の会見があり、監禁容疑で逮捕されていた3人の容疑者が身代金目的略取誘拐容疑で再逮捕したと発表されました。
取調べで3人の容疑者から「大金が欲しかったのでやった」との供述が得られ再逮捕となりました。


・・・事件から今日でちょうど10日・・・


6月26日(月)昼 12:25ごろ
私はその日はニュースパレードのデスク。
昼のニュースの放送が終わってほっとしている時間でした。
・・・その時、渋谷区鉢山町のバス停近くで果菜子さんが3人の容疑者たちに拉致されていました。


誘拐現場.bmp


そして・・犯人たちからは母親の優子さんに3億円を要求する電話があり、果菜子さんは川崎市内のマンションに監禁されました。 


監禁マンション.bmp


私は夕方のニュースパレードを放送し、社屋引越しの荷物整理をし、20時ごろ会社を出ました。
帰宅途中、知り合いと会って、家に着いたのが22時少し前、着替えてほっとしていると携帯が鳴りました。
・・・・警視庁広報の係長からでした。

「警視庁にキャップはすぐにお集まりください。重要な件です」

私が家にいた時間はわずか5分。警視庁へと向いました。

23時00分
警視庁ではクラブ加盟の全マスコミのキャップたちにこの事件の説明があり被害者の生命に危険が及ぶ恐れがあるため、その後各社は報道自粛を決めます。

・・・いわゆる報道協定です。
 
その間、事件は解決に向けて大きく動いていました。
 
翌27日(火)0時40分
「川崎駅前でワゴン車の2人を拘束」の第一報が入りました。


午前1時20分 事件の経過説明の会見が行われました。

誘拐記者発表縮小.JPG


午前1時25分、「被害者の身柄を無事保護」の一報がもたらされました。
会見場にもほっとした空気が流れます。


誘拐記者団縮小.JPG

そして午前2時前、各社は一斉に誘拐事件の報道を始めたのです。
文化放送でも、2時から、深夜の放送、早朝のワイド、午前のワイドと放送、警視庁からもずっとレポートや会見内容を喋り続けました。
不思議と気が張り詰めていたせいか疲れなどはまったく感じませんでした。
(そのあとが大変でしたけど・・)


午前4時15分 
刑事部長が総括会見を行いました。


誘拐刑事部長縮小縮小.JPG

・・・逮捕された3人の容疑者

3人はきょう「営利目的誘拐」容疑で再逮捕されましたが、容疑をすべて認めています。
中国国籍の李容疑者と韓国国籍のチェ容疑者は、伊藤容疑者を通じて実行日の数日前に知り合ったばかりだったということです。
またこの誘拐は4月下旬ごろに計画し、5月には探偵社に依頼し、果菜子さんの行動をつぶさに調べ上げていました。

そして伊藤容疑者は知人から監禁の舞台となったマンションを1週間だけの契約で借り、伊藤容疑者が果菜子さんの監禁、チェ容疑者がレンタカーを借りて運転、李容疑者が電話をかけるといった役割分担を決めていました。

警視庁は8日にも送検する予定で、拳銃を撃ったことによる殺人未遂、拳銃の不法所持についても
立件を目指して検討中だとしてます。


ところで、今回の誘拐で強く思ったこと・・・
「被害者が自分から犯人を呼び寄せてはいないか」
「メディアが誘拐事件のきっかけを作ってはいないか」・・ということです。

さすがにラジオはほとんどそんなネタを扱いはしませんが、
「たくさんお金を持っている」と、実名でマスコミに登場している有名人がいかに多いことか!
そしてそれを取り上げるワイドショーや雑誌もいかに多いことか!!

今回の容疑者たちもそんなメディアの情報で知ったとも言っています。
自分を大きく取り上げてもらえるということで、仕事に関しては宣伝にもなるでしょう。
しかしそれに反比例して、同時に悪い作用もあるということを肝に銘じておくべきです。
犯罪を行う者が悪いのは当たり前のことです。

・・・多くの方が、今回の事件でそう感じたと思います。


世の中には「犯罪のきっかけ」がたくさん見えます。
きっかけが無ければ犯罪は起こりません。
衝動的・・これも瞬間的なきっかけによるものです。
過失・・これも心のスキがきっかけです。

そんな「きっかけ」をひとつでも多く摘み取っていきたいものです。

警視庁キャップ 扇一平

投稿者 : 17:44

2006年07月05日

ミサイルが飛んで来た <担当★鈴木びん>

飛んできました、北朝鮮のミサイル。
私は今日、ニュースパレードのデスクとしてバタバタしました。

率直に思うのはアメリカや日本を怒らせるのは
北朝鮮常套の瀬戸際外交としても(今回はやり過ぎですが)
どうしても気になるのが、着弾地点。

地図の上ではどう見ても日本海というよりもロシア沿岸。
軌道を追えばアメリカに到達するコースとの事ですが
ロシア当局も怒りのコメントを発表しています。
加えて六カ国協議の議長国、中国の顔も潰しました。

どちらも事前に北朝鮮からの通知が無かったとのこと。
もちろん、国際情勢は不可解なので、
ロシアや中国が本当に知らなかったかどうかは
怪しむ余地も大いに残されていますが(特にロシア)。
とにかく国際的枠組みの中で北朝鮮の兄貴分だった
ロシアや中国が表立って弟を擁護しずらくなるのは事実。

邦丸ワイドの中でも「ロシアが気になる」と発言したのですが、
水曜コメンテーターの日刊ゲンダイの二木編集長も
大きく頷いてくれました。

「ミサイルを飛ばせるぞ」とアピールすることが
ひとつの外交カードと見ることもできますが、
経済制裁の引き金をも引いてしまえるだけの
国内の安定は本当にあるのか?はなはだ疑問です。

2年前に日朝首脳会談の取材で平壌を訪れました。
明かりの無い真っ暗な地下道。
燃料不足で止まってしまった地下鉄。
日本人メディア向けにセッティングされたと思われる
突然前から歩いてくる幸せそうな新婚カップル達。
一般市民は買う気配の無い屋台が並ぶ。
車も人も少ない人工的な侘しく乾いた町並み。
埃っぽい基幹道を延々と歩き続ける老人達(自転車も無いのか)。
ショーウィンドウ都市の平壌にしてこれです。
正直言って思っていた以上の貧しさでした。
地方都市の困窮はいかほどのものか。

いやー韓国も辛いでしょう。
京畿線と東海線の縦断鉄道の開通も先送り。
金大中氏の訪朝も不透明。
何度もラブコールを送って(しかもこちらの方が器量良しなのに)
毎回、愛しの恋人に袖にされてきた韓国にとって、
裏切られたという思いは強いでしょう。
日本の経済制裁以上にダメージの大きい、
韓国の食料支援の見直しが始まりそうです。

インサイドラインの歳川隆雄さんにもご出演いただきましたが、
燃料を機体に入れたままでいられる限界を迎えてしまったので、
軍部の判断でやったとの見方でした。同感です。
アメリカの独立記念日を意識したとはあまり思えない
というのも私と同意見です。

拉致問題で平壌を訪れている日本記者団に対し、
北朝鮮の外交官も「軍のやることは外交官は分からない」
と言っていました。ある意味、本音かも知れません。
とすれば、全てが金正日の判断で国が動いていたはずの北で
何か変化が現れようとしているのでしょうか?

2年前の事で思い出すのは、
バスの中からみんな笑顔で手を振ってくれた明るい女子生徒たち。
悪いのは政治体制であって人民ではありません。
困窮が人心の荒廃を招くことはあるかもしれませんが、
それも政治の責任です。どこの国でも同じです。
罰せられるべきは為政者であって、国民であってはなりません。
イラクにしても然りです。

それにしても今回の日本政府の対応は迅速でした。
すぐに麻生大臣はライス国務長官に連絡して
国連安保理にはかってもらう事になりました。
シーファー大使も即談話を発表。何て心強いアメリカ。
まさに日米同盟ここにありきです。
流れてくる情報はアメリカと強く連携し
今回の問題に対処するという姿勢ばかり。
ロシアや中国や韓国にはどんな話をしているのか
あまり具体的には出てきません。
為政者には常に思惑がありますので注意も必要です。

心痛めるのは、家族会の受け止めの温度差。
増元照明さんたちが、どんな形であれ経済制裁は
有効と感じているのに対し、横田滋さんは
「こんな形での制裁は望まない
(らちとは違うベクトルでものが動いてしまう心配もあります)
と複雑な胸中を覗かせています。
どちらが正解で不正解ということはありません。
どちらも正解なのです。

今回のミサイル騒動で改めて実感したのが
小泉総理の影の薄さ。
アフガニスタンのカルザイ大統領ら要人との会談などで
一日追われた訳ですが、
こういった危機管理における総理のリーダーシップというものは、
実は阪神大震災の時の村山総理から
ほとんど進歩していないのかも知れません。
総理の立場としてあえて冷静に振る舞っているのであれば
ずいぶんイラクの時とは違うではないですか。

国のピンチには官房長官と防衛庁長官と外相の連携で
着実に対処が進むのであれば、
やはり小泉さんはスタータレントであって
リーダーでは無かったのかもしれません。

8発目は打つなよ、北朝鮮!!

                国会担当 鈴木ビン

投稿者 : 22:11

2006年07月04日

健司さんの代打です(担当☆たかお)

どうも、「まだ」新人のたかおです。
健司さんがどこかへ行ってしまったので、
この前書いたばかりですが、今日の担当となりました。

昨日の夜、サッカー日本代表の中田英寿選手が
現役引退をHPで発表しました。

そのとき、私は会社にいたのですが、本当に驚きました。
泊まりの民夫さんは「○○く~ん。中田の会見音、探して」
宏枝デスクは「明日は1本目のニュースになるわ」と
報道部も一時騒然となりました。

中田の引退発表から一夜明けた今日、
私は港区・北青山にある「nakata.net Cafe」に行きました。
外観.jpg

10時過ぎからお店の周りにいましたが、
開店の11時少し前からお客さんが徐々に集まって来ました。
お客さんにインタビューしてみると、
「今日はたまたま仕事が休みで、ここに来れば何かあるかも」
「ヒデの活躍ぶりを思い出しながら、昼食をとろうかな」…。
目印.jpg
↑「nakata.net Cafe」の目印です。
 でも後ろにある看板の方が目立ってしまいました。

今日の「ニュースパンチ」「ニュースパレード」では
「驚きました。残念ですね。まだプレー出来るのに…」
「今後はピッチ以外のところでも活躍してほしい」
「ヒデの生き方に魅力を感じ、サッカーが好きになった」
などの声を