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2006年06月29日
いつか祈りが届くまで(担当☆石森則和)
「待つ」ということは即ち
「いつか会える」と「信じる」こと。
でも、
「信じ続ける」ためには途方も無いパワーがいります。
ただでさえそうなのに、
心を乱すような情報が断片的に伝えられるとしたら・・・

横田めぐみさんの夫とされる金英男氏とその母親が
韓国で「感動の」再会を果たし、きょう、会見が行われました。
北朝鮮は「めぐみさんが死亡した」という主張を
元夫に語らせることで日本を納得させようとしたと見られています。
記者会見場にならぶ
拉致被害者の家族会のかたがたの姿を見慣れてしまって
今や「テレビやラジオの出演者」ぐらいに
感じているかたがいるかもしれません。
・・・でも、それは違う。
僕は、数年前の今頃の季節
新潟港で
北朝鮮の船、万景峰号の入港を複雑な思いで待つ
家族会のかたがたと話しました。
海上保安庁の船ばかりが目立つ港は、広く殺風景で
そのまんなかに、こぢんまりと固まったように見える影。
「ここには抗議するつもりできました。
でもね、家族で朝ごはんを食べながら、
『もしかしたらあの船に
乗って帰ってくるかもしれないね』とつい出てしまうんです」
その時に横田早紀江さんが
打ち寄せる波に目をやったまま話してくださったのは
「ここにこうして
あなたがたみたいな報道陣の中にいられることが
まだ信じられないの。
だって、前に来たときには殆ど誰もいなかった。
この問題を、もう長いこと
信じてすらもらえなかったんですから」
・・・体調が悪くても頻繁にメディアに出る背景には
そんな想いもあるのでしょう。
さて、
都内で拉致被害に関する会見が行われる場合、
よく使われる会場が数箇所あります。
そうするとね、会見が終わるでしょう?
壇上で会見するかたがたには、
メディアにはでていない子供や、孫たちもいて
一緒に上京してロビーで待っていることがあります。
みんなに迎えられると
お父さん、お母さん、
おじいちゃん、おばあちゃんの顔に戻ります
「おじいちゃん、会見ご苦労様、疲れたね。
いつものところで
おそば食べて帰ろうね」
・・・ねえ、
この
いつも食べて帰る「おそば」
家族のかたがたにとって
どんな味がするんだろう。
いつも、本当の家族の数より
ひとつだけ足りない「おそば」は。
先日、取材を終えて歩いていると
僕のすぐそばで
横田早紀江さんが
病気が回復したばかりで咳きこむ夫の滋さんに
ハンドバッグから「のどあめ」を渡していました。
その姿は
僕らの父母と変わらない、
あまりにもよくある夫婦の一場面でした。
「もうお加減はいいんですか?」
「はい」
茂さんははにかみ、
早紀江さんは微笑んで、
滋さんのかわりに
「まだ数値はちょっと。
・・・でもおかげさまで良くなって」と。
僕のおかげ・・・じゃないです。(あたりまえじゃ)
体調が回復してきたのは
夫婦の愛情と、
めぐみさんへの親としての愛情の力。
痛々しいというよりも、
尊い微笑みに見えました。
「願い」と「祈り」は似ているけれど
「祈り」は、
たとえ今は光が見えなくても
決して疑わず信じ続けること
僕は、
年老いた手を合わせ
あの海に祈った逆光のシルエットを
今でも忘れません。
あの家族のことを
どんなにメディアで見慣れ
『あたりまえの日常のニュースのひとつ』と思ったとしても
あの家族にとって
「当たり前の日常」なんて
一日もなかったんですから。
投稿者 : 2006年06月29日 19:30