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2006年05月23日

さようなら FM2号車    担当★高橋

報道最年長の高橋民夫です。

私は、1970年(昭和45年)入社で、
当時の日本は大阪万博が大きな話題でした。
また、入社式の前日は「よど号乗っ取り事件」のあった日でした。

そして忘れられないのが、昭和44年の入社試験のときには
四谷の文化放送に「都電・新宿線」で試験を受けにきましたが、
その新宿線も入社前に廃止となったことで、
当時、すでに車の数が増えて道路混雑が始まっていました。


アナウンサーで入社した私は、
当時の大人気番組、グレープのセイ!ヤングの中で
毎週、ニュースを担当していました。
さだまさしさんから、ではここでニュース、高橋さんです。
と紹介されていました(アァ、今は昔)。

また、街角リポーターとして、FMカーに乗って
あちらの街、こちらの街に出かけて取材し、
それらをリポートしました。

当時のFMカーは冷房なんてありません。
アメリカ・フォード車のステーションワゴンで、
夏シーズンのとき、番組が終わるころには
お尻にベットリ汗をかいたため、替えのズボンが
必需品だったことを、なつかしく思い出します。

その後三十数年間で、文化放送のFMカーも
何代も移り変わり、歴史を刻みました。
あっ、そういえばFMカーというのは取材先など
出かけた場所から放送をする中継車のことです。


そして先日、無事に務めを終えたのが
このFM2号車です。

さよならFM2号車.jpg

そばに居るのは、名ドライバーのH氏。
内緒ですが、H氏は間もなく還暦を迎えるとは思えない若々しさ!
もっともこれは、男にとって誉め言葉ではありませんね。

彼は、報道の取材にかけてベテランで、ニュースの動きに
精通しているばかりか、取材現場の駐車スペースなどについて
すばらしい嗅覚の持ち主で、若手の報道マンにとっては
とっても頼りになる人生の大先輩なんです。(ゴマをスリスリ)


さて今回の主役であるFM2号車は、
平成10年1月から、この任についたもので、
平成18年5月の務めを終えるまで(途中2年間を除く)に
5万4989Kmを走り続けました。

その印象は、誰もが口々に「クッションが悪い」でした。

車そのものは廃車となりますが、アンテナなど機器類は
当然、次のFMカーへと引き継がれます。
その務めにありがとう。そしてご苦労様でした。
というのが、報道部員全員の意見です。

投稿者 : 2006年05月23日 06:19