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2005年12月30日
頑張るネット局
32局の共同取材で作られる「ニュースパレード」。
きょうは今年最後の放送――ということで、2005年3大ニュースのリレーリポート。
取材した各局から、貴重な写真とメッセージが届きました。
このブログを夕方5時前にご覧の皆さん、
ブログ画面を見ながら番組(文化放送他31局でPM5時から放送)を聞くと、
臨場感が2倍伝わります。(嶺岸)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「愛・地球博」取材
(東海ラジオ 安蒜豊三アナウンサーよりメッセージ)
10月24日の写真です。
民間のガスパビリオンとスペイン館と隣接の
ブルガリアです。
仕事の面のみならず、自宅に外国館スタッフが
ご飯を食べにきてくれたり、旅行にいったりと
家族で万博の分け前を頂いただけに
かなり、切ない思いにかられました。
現在、協会によると
民間パビリオンほぼ撤去終了。
北・西ゲートも撤去済み。
外国館の部材はリユースに向け作業中も
難航。リユースを受け入れる市場が
ないという課題があるようです。
ゴンドラの引き取り先も交渉中。
来年もよろしくお願いします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「JR福知山線脱線事故取材」
(ラジオ大阪 志知直哉記者)
ご本人より無理やりご自分の写真を提供していただきました。

志知記者は今年「空襲警報を録音していた少年」の取材で
「ニュースパレード賞・最優秀賞」
(ニュースパレードで最も優れたニュース記事を
制作した人に贈られる賞)を受賞するなど、大活躍でした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「耐震強度偽装事件」取材
(文化放送 高尾益博記者)
耐震偽装事件だけでなく、事件現場をくまなく飛び回る新人記者。
今日のレポートは、あたためた取材を高橋民夫先輩の指導のもとに制作。
耐震擬装が発覚した都内のホテルです。

このように全国の記者がニュースパレードにニュースを届けています。
各局記者さん、来年もよろしくお願いしまーす。
投稿者 : 16:28
2005年12月29日
仕事納めとは言うものの・・・
「ニュースパレード」の高橋小枝子です。
5時12分 今「ニュースパレード」が終了しました。
文化放送的には、昨日が仕事納め
でも、報道、制作、スポーツなど現場は、年末年始も大忙し
特番があると、かえって忙しいのです。
さて、今週の「ニュースパレード」
トップ項目は、ずっと25日の日曜日に起きた、JR羽越線の脱線、転覆事故
JR福知山線の事故いらい、二度と起こしてはいけないと言われ続けた事故が、年末の慌しい中
また起きてしまいました。
犠牲となった方、悔やんでも悔やみきれません。
でも、今日になって、先頭車両に、子供を連れて乗っていたという女性が
「行方不明とされているのは、私たちでは」と名乗り出ました。
秋田県内に住む、41才の女性と6才の女の子
この事故では、うちの高尾記者が、日曜日の夜、現場に飛び、
月曜日に凍てつく現場から、日本海病院からレポートしました。
そのあとは、山形放送の佐藤泰子リポータが、
雪混じりの突風が吹く中、レポートを続けてくれています。
それにしても、2005年の「ニュースパレード」
うきうきするニュースが少なかったな。
想定外の解散総選挙
子供を巡る凄惨な事件
株を巡って、TBS,フジテレビ、ニッポン放送もてんやわんや
報道部の記者たちは、東奔西走でした。
あっこの一連は、30日金曜日の夜9時から9時半
「マイクの1年・2005年ニュース編」でお送りします。
ディレクターは永野景子記者です。
おせちを作りながらでも、聞いてください。
さてこれは、歌舞伎座で売っている来年の干支の戌のハンカチ

全国交通安全母の会の表彰式が、毎年歌舞伎座で、12月に行われます。
その仕事の合間に購入しました。
なかなか可愛いでしょう。

2005年もあと2日
ここにきて、どかんと大きなニュースが起きませんように
では良いお年を
高橋小枝子でした
投稿者 : 17:30
鉄火丼に埋もれたい・・・。
石森則和です。
きのうは仕事納め。
もう都内のビル街は静かですが、
靖国神社近くの
学校やマンションが集まる一角だけ
紅白の横断幕が張られ、
魚河岸よろしく売り声が響いています。

「まぐろだよー!」
まるで異空間に迷い込んだかのよう。
これは
毎年恒例の、
まぐろや、かつおなどが安く買える
日本鰹鮪(かつお・まぐろ)
漁業協同組合連合会による
「歳末謝恩セール」です。
この連合会は
全国の遠洋かつお・まぐろ漁業を経営する
中小漁業者を主体に構成された生産者の団体。
今年で31年目を迎える、
知る人ぞ知るこのセール。
一般の店より3割も安く買えるとあって
毎年楽しみにしているかたが多く、
都内だけではなく、近県からも
わざわざやってくるかたもいらっしゃるのです。
文化放送の記者として取材にいくのは
2回目なのですが
夫婦や子供づれで訪れ、
おせち料理の材料など
年末年始の買い物をしている方々をみていると
なんだかコタツに入っておせちをつついている
団欒の風景が浮かんできて
都会暮らしの中にも
「日本の正月風景」は息づいているのだなあと
勝手に感心したりして。
でも、まぐろに関わる業者の皆さんの間には
今、深刻な問題があります。
放送では紹介し切れませんでしたが、
海洋資源としてのまぐろは年々減ってしまい、
供給量が減っているのが現状です。
それに加えて業界が悲鳴をあげているのは
「原油価格の高騰」
「ん?まぐろと石油なんてカンケーあるの?」
一見関係なさそうでしょう?
ところが、これが
おおあり!
漁船の燃料を買うお金がなく、
なんと、やむなく「廃業」している
漁師さんまでいるのです。
魚の価格も低迷し、漁業組合によっては
1隻あたり1億5000万円の売上があっても
採算がとれるかわからないというところもあるというのです。
・・・・にも関わらず、今回のセールでは
天然ミナミマグロの中トロが100gあたり
580円・・・うわあ。
うれしいけど、だいじょうぶ?
輪郭の鋭い冬の光の中
つやつやとした赤いまぐろが並ぶのを
人々の肩越しに眺めていたら
苦しい経営の中、
必死に操業を続けている姿が思い浮かび、
消費者に
「それでも、できるだけ安くよいものを提供したい」という
「生産者」のみなさんの気持ちが
痛いぐらい伝わってきました。
あと・・・・

とても
おなかがすきました。
ぐー。
投稿者 : 15:56
2005年12月28日
風邪・・ひいちゃいました!・・直子
みなさん、お元気ですか?
・・・私は、風邪をひいちゃいました!
喉がパンパンに腫れて、ツバを飲み込んでも痛いのです。
夕べは喉があんまり痛くて眠れませんでした。
耳鼻咽喉科に行ったら扉を開けて驚きました!!
待合室の椅子に座れない人がたくさんいて
混んでるバスみたいにみんな立っているのです。
長時間待ったおかげで余計具合が悪くなりました。
それくらい今風邪が流行っているわけで、
この時期お医者さんも、看護婦さんも、トイレに行く暇もないほど大変です。
ご苦労様! ありがとう!!
だけど患者になって薬をもらうのもラクじゃない。大変です。
だから風邪をひかないよう、みなさんよくよく注意しましょうネ。
私は会社の行き帰りにはマスクをして、手洗い、うがいを励行していたのに
このていたらく!(風邪はかなり重症だと言われました)
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さてちょっとだけ仕事の話しをしましょう。
案の定と言うか・・私・・まだ一度も・・MOの練習をしていません。
(前回の私のブログを見てください)
大きな宿題を抱えて年を越すことになっちゃいました。
来年・・1月中には、なんとかマスターしたいと思います。
私は今年は大晦日まで仕事で、1月1日と2日は休みをもらって
3日は箱根駅伝のスタジオ受けの仕事から始動です。
それまでには絶対に風邪を治します。
どうかみなさんもくれぐれも体には気をつけて
元気に、良い年をお迎えください。
野中直子
投稿者 : 17:49
2005年12月27日
はなしの辻褄
こんにちは。報道部の那須です。
お元気ですか?寒いですね。
東京でも氷点下ですよ。
冬至をすぎたのに、「日の出」はどんどん遅くなっている昨今、
「ふしぎだなあ」と思っていたら、
夕方の「日の入り」が延びているので、辻褄があっているそうな・・・
なあんだ・・・世の中、結構辻褄って、あうものなんですね。
と、前ふりが長いときは中身に苦労しているときです。
先に謝ります。ごめんなさい。
今日の「ニュースパレード」のニュースラインナップによりますと、
1、JR羽越線事故で 未だ3人不明
2、JR西日本 垣内社長ら引責辞任!
3、「犯罪被害者基本計画」を閣議決定!
4、大黒将志選手が海外移籍 ほかでした。
「ニュースパレード」は、正味10分30秒。
うち、上記の項目について、今日のデスクは、8分30秒を費やそうと判断。
ニュース原稿と「音」を入れて8分30秒。
「音」の尺 ・・長さのことを「尺」とよく言います。
「デスクー!!この音の尺はどのくらいに?」と
われわれ編集マンは、よくデスクに判断を仰ぎます。
今日は、3番目のニュースの関連で、デスクが電話取材をしました。
8~9分くらいあったでしょうか?
そのなかから使用するのは1分強という目算。
デスクの指示に基づいて、録音したテープを編集。
デスクの意向にそわないことも。
「今日の編集は難しい・・・」
「もうだめだ、間に合わないー!ついに、始末書か・・??」
不安を抱えながら、無言で手を動かした。
出来上がったのは、オンエア5秒前。
スタジオに駆けていった・・・
あ。。。今日も終わった・・・
「はなしの辻褄はあっていたのだろうか???」
投稿者 : 19:24
2005年12月24日
“内D”WAZOのつまらないことなどを~その2~
今年もあと一週間
今年世間を騒がせたニュースの中の言葉で
『ジョジ』というのがある。
我々ラジオニュースに携わるものにとって
この『ジョジ』というのが曲者である。
この『ジョジ』とは何である??
この『ジョジ』を耳で聴くだけで『女児』と理解できる人は
ナカナカのニュース通である。
文字で『女児』とあれば
そんなにニュース通でなくとも理解できるであろう。
『女児』とはつまり『女子児童』をつづめたものである。
それ故、通信社から配信されてきたニュース原稿を
ラジオニュース用に起こすときは
『女児』を必ず『女子児童』あるいはもっと平易に『女の子』と
書き直さなければならない訳で。
ラジオとテレビは同じ電波媒体ではあるが
ニュース伝達の方法においては
深くて暗い溝がある~
テレビには“テロップ”という小賢しい技がある。
極論すると、この一点では
テレビは活字媒体に近いとも言える。
ニュースを配信してくる通信社は
その成り立ちからどうしても新聞記事に近い原稿を配信してくる。
流石に昨今はないが、
7,8年前はちょくちょく「短銃発砲事件」というのが配信されてきたものだ。
これをラジオで聞くと『胆汁発砲事件」ときこえてしまうのは私だけだろうか?
「胆汁で人が殺せるか~あ~」
「ライフル銃を長銃と言うか~あ~」
「あ^責任者出てこ~い」ってか。
とまあ、報道部のデスクに終日(ひねもす)
“座敷童子”然とただ座っているだけはでなく
それなりに考えているんですよこれでも・・・
明日の担当はお・た・の・し・み今日の担当は柳澤和三でした。チャンチャン。
投稿者 : 16:17
2005年12月23日
高橋民夫です。
高橋民夫です。
きょうは天皇誕生日、
東京は良いお天気ですが、東北から西日本にかけては荒れ模様のようです。
きのうから今日にかけて、大雪と風によって停電が発生。
ライフラインに大きな影響がでました。
そう、私は、文化放送の防災キャスターなんです。
ライフラインにかかわる、私の防災3点セットを見てください。

これを、いつも持ち歩いているのですが、よかったらこの続きを読んでみてください。
また、1月17日が近づいてきました。
あの「阪神・淡路大震災」から間もなく11年です。
未明の突然の揺れで倒壊した建物の下敷きになった人々は、
救いを求めて、大きな声を出しつづけました。
やがて、声帯がやられます。
時間が経過し、救助隊が重機とともにきたときには、声が出ませんでした。
救助隊は、誰か居ますか?と声をかけますが、答えはありません。
すると、隣に移動してしまいます。
居るか居ないかわからない家に、時間はかけません。
しかし、居るとわかったら、屋根に穴を開けてでも救出します。
「ここに居ますよ」と知らせるために、身近に持っていたい 「笛」
地震災害は複合災害です。
停電で暗闇に包まれたりすると、恐怖感に襲われます。
手元を照らすだけでも、落ち着きを取り戻すことができます。
普段から持ち歩きたい 「ミニライト」
停電では、家庭用電源のテレビは見られません。
いったい何がおきたのか?どんな状態なのか?
情報がないと不安ですし、デマのもとにもなりかねません。
旅行先にも持っていきたい 「携帯ラジオ」
備えあれば憂いなし!
きょうは、高橋民夫の防災ひとくちメモでした。
投稿者 : 12:30
2005年12月22日
警視庁から衣笠記者がお伝えします
前回は「デスクのきぬがさです」と名乗った衣笠です。
きょうは、警視庁記者クラブからお伝えします。
実はわたくし、警視庁を担当する記者でも、
あるのです。
文化放送のニュースで、
「では、警視庁から○○記者がお伝えします」と
アナウンサーが呼びかけることがありますが、
呼ばれた○○記者は、
このマイクでレポートをするのです。

なんかさびしい写真です。
時代を感じさせるグレーの事務机に、
これまた、年代モノのFAX付き電話、
さらに、意味なく置かれた蛍光灯。
付け加えると、赤い物体はスティックのりで、
ピンク色のものはホッチキス(ホチキス?)です。
はっきりいって、放送の現場という感じがしませんが、
それもそのはずで、
この机は、普段は作業机として使われています。
そして、レポートをするときだけ、
マイクを引っ張り出してくるのです。
もちろん、終わったら元に戻します。
警視庁記者クラブから、お伝えしているので、
警視庁関係の話題をひとつ。
マンションなどの耐震データが、
偽装された問題は、
警視庁の生活安全部の中にある、
保安課という部署を中心に、
捜査が続けられています。
これまで3日間にわたって行なわれた、
関係先の家宅捜索で押収した段ボール箱は、
あわせて、約4100箱。
「構造設計概要書」などの建築関係書類からパソコンまで、
600以上の品目があるそうですが、
これだけ多いと、置き場所にも困るようです。
何たって、段ボール箱4100個ですから。
これから、こうした資料の「分析」が進められるわけですが、
きょうのところは、捜査員は資料の「分類」に、
追われているようです。
明日から3連休、そのあとは、正月休みが控えていますが、
この事件を担当する捜査員にとっては、
慌しい年末年始となりそうです。
もちろん、文化放送の報道部員も、
年末年始にかかわらず、がんばって働きます。
投稿者 : 19:11
遠い消息。
今、ニュースパレードの
レポートから戻りました。
石森則和です。
午前10時、ホテルのロビーに姿を現した
スカム・パンジョイさん(59)の唇は
気の毒なほど
細かく震えていました。
外国で報道陣に囲まれ
マイクを出されながら、
これから明らかにされる事実への不安と
極度の緊張に耐えていたのです。

しかし、ジェンキンスさんが
姿を表すと満面の笑みで
固い握手を交わしました。
スカノさんの妹アノーチャさんは
1978年11月、
妹と一緒にマカオで働いていた女性から
「5月21日にアノーチャさんから
『2、3時間姿が見えなくなったら警察に伝えて』と
言われたきり、連絡が取れなくなった」と伝えられたまま、
行方がわからなくなっています。
一方、拉致被害者曽我ひとみさんの夫ジェンキンスさんが
著作などで「アノチャ」という名のタイ人女性が、
ジェンキンスさんと同様に南北の非武装地帯を越えて
北朝鮮側に渡った元アメリカ兵と結婚。
そして曽我さん夫妻と
一時、同じアパートで暮らしていたことを証言したことから、
兄のスカムさんとスカムさんの息子さんらが、来日
曽我さん夫妻から直接話を聞いたのです。
私は会談後に会見が行われる
議員会館へむかったのですが
会見の開始は遅れ、
このままでは
お昼のニュースの中継レポートに間に合わない。
そこで、嶺岸記者に会見場にいていただき、
身一つで飛び出し、
中継が出来る建物の表に出たのでした。
トップニュースなので
CMがあければ、すぐ出番、
今、手元にある情報を伝えようと
マイクを握って
息を整えているときに
・・・・電話が!
嶺岸記者が
会見を待たず、
現れた関係者に
取材した内容でした。
しかし、その内容は
大変衝撃的なものでした。
まず、
スカムさんの持参した写真をみた曽我さん夫婦は
本人に間違いないと認めた!ってこと。
そして、
ジェンキンスさんが
2003年に曽我ひとみさんが日本に帰り
一人北朝鮮に残されていたとき、
北朝鮮当局から
「もしおまえが日本にいくのを断れば
アノーチャをパートナーにしてやる」と言われたと!
・・・なんてことだ!
自分に与えられた時間は1分15秒!
手にもった取材メモを書き直す時間はない!
でも、
「今一番伝えるべきことはこれなのだ!」
そこでレポート内容を頭の中で構成しなおし、
できるだけ冷静に
頭の中に「伝え手」と「聞き手」の自分を同居させながら
嶺岸記者に感謝しつつ
この最新の情報を入れ込んだのです。
これ、最初聞いたときに湧き上がるのは
「人間」を、「家族」を、なんだと思っているんだ!
という怒りですよね。
でもね。スカノさんはやっと心からの微笑みを見せました。
会談が終わってのスカムさんの表情は
緊張から開放され、
ちょっと疲れたようには見えましたが
柔らかいものでした。
スカノさんにしてみれば
おととしの時点では健在だったということになるわけで
とりあえずほっとしたということなのでしょう。
しかし
消息がわからないことにはかわりありません。
日本の被害者同様、
一刻もアノーチャさんがスカノさんのもとに帰れることを
祈るばかりです。
北朝鮮による拉致は
世界中で可能性が指摘されていますが
一番熱心にとりくみ
一定の成果がでているのは
現在、日本でしょう、
韓国も、この日本の動きが世論を動かして
救出への動きが活発になりつつあるようです。
外国の大臣であるにもかかわらず
麻生外務大臣と握手するスカノさんの手には
「想い」と「力」が込められていました。
世界中の拉致被害者がスクラムを組むことで
日本から
おおきなうねりが起こるかもしれません。
24日から日朝協議、
わずかでも成果を期待したいものです。
投稿者 : 18:31
2005年12月21日
裁判もの。
永野です。 今回は裁判がらみのお話を。
東京地裁と東京高裁が入った建物の中に、司法記者クラブがあります。
各社、司法担当記者が詰めているんですが、ウチやニッポン放送さん、
MXテレビさん、ジャパンタイムズさんなどは「非常駐社」、つまり毎日
いるわけではないので、同じ部屋の中にデスクなどがあります。

デスク横にあるロッカーの中はこんなカンジ。 これがほとんどすべての
備品と言っても過言ではありません?! 司法クラブには公判や会見が
ある時などに来るのですが、今週は月曜日、小林(現在は石島)泰剛被告の
初公判の傍聴レポートでした。
「監禁王子」などと呼ばれる小林被告。 女性4人を監禁。 首輪や鎖で
逃げられないようにし、自分のことを 「ご主人様」と呼ばせていた、あの事件です。
「まさかあの長い髪は切ってくるよなあ」。 そんな法廷画家さんたちの会話を
耳にしつつ、法廷に入ってきた小林被告を見て、正直驚きました。
逮捕当時と同じ長い髪に、上下真っ白のスーツ姿。 インナーのタートルも白。
ズボンのしわを神経質そうに気にしつつ着席した後も、垂れ下がった前髪を何度も
払いのけていました。 そして検察側の起訴状朗読が終わると、小林被告の
独演会が始まりました。
起訴状の否認する部分を一つひとつ、あらためて引用しながら、「このようなことは
一切ありません!」などと大きな声で否認。 読み間違えると「あ、失礼」と言いつつ
左手を大きく広げ、身振り手振りを交えての演説口調。 オマケに女性を脅したと
される部分のセリフのところでは、感情移入をして抑揚のある読み方をするなど、
まるで舞台稽古を見ているようでした。
長くなるのでこのくらいにしておきますが、裁判の時には色んな資料が
配布されます。 初公判の時には冒頭陳述(「ボーチン」と呼んでます)の要旨、
判決公判の場合は判決要旨など。 そのため、司法クラブのデスク横はこのように
資料の山ができています・・・。

投稿者 : 16:13
2005年12月20日
冬のスポーツについて(スケートではなく…たかお☆)
12月も半ばを過ぎ、「師走」という言葉通り、1年は早いものです。
こんにちは、新人のたかおです。
一昨日、ラクロス全日本選手権の決勝戦を取材しました。
そして、昨日の「ニュースパレード」(通称、「ニューパレ」)で、その内容を放送しました。
一昨日や昨日のことなので、ニュースとしての新鮮さはないかもしれません。
しかし、放送内容のフォローをブログで出来ると考えるならば、
それはいわゆる「放送と通信の融合」の、最もシンプルな例かもしれません。
前置きはともかく、というわけで、今日は報道部ブログで紹介します。
「(関東の)学生日本一じゃなくて、もっと上の大会で決勝進出したらね」。
今回の取材の端緒は、東大が先月23日関東学生リーグで優勝した後、
後輩たちの活躍を世間話程度に伝えたときの、デスクの言葉でした。
その後の全日本選手権でも1回戦と準決勝を突破し、取材も現実になりつつあり…。
準決勝後の週明けに、衣笠デスクに相談したところ、
「来週の月曜にやってみるから、考えておいて」と言われました。
「後輩たちが日本一に近付けば近付くほど、私が取材出来る可能性が高くなる」というか、
出来の悪い先輩からすれば、まさに「後輩様様」だったわけです。
ところで、「ラクロス」やら「全日本選手権」やら出ていますので、簡単に説明を。
ラクロスは"la crosse"、つまり、フランス語が語源。
17世紀頃、大航海時代にヨーロッパ各国から新天地を求めて、
北米大陸へ移民してきたフランス系の人たちが、
先住民・ネイティブアメリカンの戦闘訓練を見て、
自らのルールに置き換えたものが発祥と言われています。
古代からの狩猟の訓練か、領土を守るための訓練か?
その当時の様子に思いを馳せます。
それにしても、スポーツの由来は結構、面白いなと感じます。
例えば、スキーのジャンプ。
元々は断崖絶壁へ落ちるよう、死刑を執行するためのもの。
ある囚人が上手に飛んで生き残ったから、競技となったとか…。
話を戻すと、男子ラクロスは、激しい体当たりや
最大時速150キロを越えるシュートなどがある球技。
ディフェンスなどのとき、頭や足は危険プレーとしてファールになりますが、
相手をスティクで叩くこともありです。
スカート姿で華やかなイメージのある女子ラクロスとは異なると言っても良いかもしれません。
まさに、「陸上版アイスホッケー」とも言えます。
ちなみにあのスティクですが、ボールをキャッチする部分はプラスチックと化学繊維のメッシュです。
そして、棒自体は金属製なので、叩かれると痛いです。
ボールも硬く、スーパーボールみたいにはねます。
これも当たると本当に痛いです。


次に、全日本選手権とは、全国各地のリーグ戦を勝ち抜いた大学やクラブチームが
日本一を狙うトーナメント戦です。
具体的には、関東と関西地区の学生・各1位と2位、東海の学生1位、
4地区(北海道、東北、中国・四国、九州)の代表、クラブチーム1位と2位、の計8チームです。
決勝の試合会場には、およそ6,000人の観客が集まりました。
スタンドは、青いシャツを着た人や青いタオルや旗を振る人などで、
チームカラーのブルー一色に染まりました。
さて、気になる試合結果ですが、8対5で負けてしまいました。
青く染まったスタンドからは、惜しみない拍手が選手達に送られました。
しかし、準優勝とはチーム結成以来の快挙で、悔しい気持ちはあるものの、
試合後の集合写真はみんな笑顔でした。

新人たかお
投稿者 : 20:57
2005年12月19日
ニュース原稿、書く手を休めて・・・一平
現在泊まり勤務中の扇です。
24時間放送のラジオは夜何かが起きた場合は
すぐにニュースを入れなければなりません。
速報性が命のラジオは夜勤の人間が必要なのです。
そして朝のワイド番組のためにもニュース原稿を書く。
夕方出社の泊まりデスクはその日あったことを把握していることが大事なのです。
そんな訳で、出社するとまず溜まっている文化放送報道部記者のレポート、
取材音、昼デスクの原稿、通信社からのニュースなどのチェックをします。

そして深夜から翌朝の番組にはどんなニュース原稿を書くべきかを考えます。
昼間のニュースで確定している事柄(裁判の判決や、行われたイベントなど)は
夜の早めに原稿を書くことが出来ますが、
動いているもの、発生中の事件などは
朝の番組ギリギリに書き上げることが多いんです。
せっかく書いても内容が変わったら使えなくなってしまいますからね。

僕の場合多いんですよ。・・・深夜から早朝にかけて何かが起きることが!
ヨハネ・パウロ2世の時は毎週僕の泊まりの日に限って容体が急変し、
そして僕の泊まりの日に亡くなりました。
さらに新しい法王が決まったのも僕の泊まりの日。
このように日本は深夜であっても昼の海外からは
事件のニュースなどがどんどん入ってきますので
まったく気が休まりません。
海外の飛行機事故なども僕の泊まりの日に集中しています。
大きな地震も僕のときが多いし・・・
一体僕の泊まりの日は何なんでしょう?!
呪われているとしか・・・
だから今夜は何もないことをひたすら祈ります。
それでなくても原稿に書きたくない忌まわしい事件が多すぎますから。
世の中が、楽しく笑顔がこぼれるニュースに満ち溢れて欲しいと願います。
夜が明けて僕の泊まり勤務が終わる頃、
出社してきた気象予報士の伊藤佳子アナウンサーの
「扇さん!今日は何もなくてよかったですね」という優しい一言が
![ito_b[1].jpg](http://www.joqr.net/blog/news/archives/ito_b[1].jpg)
徹夜明けの僕にとって癒される瞬間なのです。
投稿者 : 19:51
想定外の大雪です。
大寒波の影響で12月としては異常な
積雪を記録した新潟県津南町に
行ってきました。
一昨日は晴れ間ものぞき
穏やかな一日でした。
寺のお地蔵さんもご覧の通り
寒そうです。

地元の人によりますと、
12月にこんなに降ったのは
記憶にないそうです。
屋根に上り雪降ろしをする姿が
方々で見られました。
庭に積もった雪を除雪車で
雪かきする男性です。

雪国の人は
冬、雪降るのは覚悟していますが、
12月中旬に2メートルもの雪は
「想定外」のことです。
あわてて、自宅の周辺を
板を張るなどの処置を
しなければなりません。
都会で生活していると
必要としない「作業」が
雪国では沢山あることが
わかります。
大地震に見舞われた
新潟県中越地方の人たちの苦労は
想像を絶します。
健司より。
投稿者 : 13:33
2005年12月16日
建築偽装の証人喚問について思うこと
毎日お寒うございます。
通勤電車の中でもマスク姿の人が目立ちます。ご自愛下さい。
閉会中の国会ですが、今週の水曜日は久々にごったがえしていました。
建築偽装問題の証人喚問です。
国会周辺は辻々にカメラマンや記者が立ち、上空にはヘリコプターが
飛んでいます。みな姉歯氏の到着を待っているわけです。
文化放送ブースのすぐそばに国土交通委員会の証人喚問が
行われた第1委員室があります。
その隣が、第2委員室で、ここが姉歯元建築士の控え室になりました。
私が第2委員室の前を通りがかったところ、ドアがそおーっと開き、
何と姉歯氏が顔だけを突き出してキョロキョロしているではありませんか!
姉歯氏は衛視さんの「大丈夫です!」の声に促がされ安堵の表情で
トイレに小走りで向かいました。
私としては当然「連れション取材」を狙うわけですが、
総理以上の厳重な警備でトイレにすら近づけませんでした。
姉歯氏はずいぶん顔もふっくらして疲れた様子は
あまり感じませんでしたよ(少なくとも表情からは)。
それにしても議員、特に自民党議員の質問の長いこと。
この日だけの話ではなく、自民の議員には(全員とは言いませんが)、
質問をしているのか自分の自慢話をしているのか区別のつかない人が
多すぎます。
日本テレビが計っていましたが、トップバッター渡辺議員は40分中、自分の質問
時間に35分を使い続け、姉歯氏の答えた時間がたったの5分。
生で聞いていると本当にイライラしました。
私も委員会最中にスタジオの白井キャスターから
「渡辺議員から姉歯氏にずいぶん厳しい質問が飛んでますね」と
聞かれて「質問では無く、お説教をしているだけです」と答えしました。
この違い大きいですよ。
1人の証人に7~8人の議員がそれぞれの政党から質問者が立つ訳ですが、
前の人を同じ質問をする野党議員も数多く貴重な時間の無駄使いを痛感します。
それでもさすがに民主党の馬淵澄夫議員(清水アキラに似てる)は
内部資料も準備して、迫力はありました。
しかし、国会答弁は難しいものです。馬淵氏の専門的な質問や
細かい数字の確認はテレビやラジオを聞いていても理解しずらい部分があります。
そこのところの橋渡しをするのが我々の役目なのですね。
それにしても私も建築はずぶの素人。
「我々は経営コンサルタントであり、建築に関しては素人」と
総合経営研究所の内河所長が居直りました。
その総研の例の四箇所メモ、私も手に入れました。

手書きの数式、図面の羅列です。

読んでていて頭が痛くなってきます。
しかし、建築の素人の私が見ても、これだけは断言できます。
「この詳細なメモは素人では絶対書けません」

「もう少し経済的に収めようとする気持ちで構造担当者は設計してもらいたい」
「タバネ配筋にすれば4本は減らせる」など
戦慄の文言が流暢な手書きで淡々と並びます。
姉歯建築士もコンピューターの入力設定で
いともたやすくデータ偽造を行っていたわけです。
戦場を舞う敵の爆撃機の操縦士は自分の真下に
子供たちの笑顔や家族の団欒や恋するカップルが沢山あることの
実感が無いのと同じ。
一生ものの買い物で偽物をつかまされた人たちの切実な叫びの前に
「自分の妻の病気」で同情を誘われてはマスコミの役目は果たせないのです。
それでも姉歯氏の証言で少しは実態が見え始めました。
これからは国の責任、公共の検査機関の責任も問われるのでしょう。
そして、本当に自分のマンションも大丈夫なのか?
私は神奈川県に住んでおりまして、グランドステージマンションの
折込チラシを眺めては「広くて無駄が無いこのマンションを買えば良かった」と
何度思ったことか?
家族団欒の場で、私が眺めた同じチラシを囲んで
マンション談義に花を咲かせたのでしょう。
土曜や日曜にみんなで車や電車に乗って、
マンションの下見に行ったでしょうね。
そして夫婦が夜中に子供たちが寝静まってから
「このマンションを終の棲家にしよう!」と決断した。
明くる日子供たちも賛成し「この部屋は私の部屋にする!」
なんて言う会話も交わされたかも知れません。
その裏で当の工事担当者らが「鉄筋もっと減らせ」「鉄筋もっと細くしろ」
と言っていたのですよ。事件でしょ、これは!
偽装問題では無く偽装事件なのです。
捜査当局の動きに注目します。
(国会担当 鈴木)
投稿者 : 23:24
2005年12月15日
はじめまして、健司です。
今日から来年の年賀状の受付がスタートしました。
街はクリスマスムードが漂い、
暦は確実にお正月に向かっていきます。
少年時代、年末から徐々に正月にかけての
街の移り変わりが好きで、今でも時々、思い出します。
冬は日が落ちるのが早いので、
子供同士で遊んでいるとあっと言う間に
夜になっちゃうんですね。
その代わり帰りが遅いと、
親から怒られ尻を思い切り叩かれました。
しかし今はそのような風景は余り見かけなくなりました。
大体、近所に野原もグラウンドもないですし・・。
昨今のニュースにもあるように
子供が巻き込まれる事件が多発すると、
大人が子供を監視する仕組みが確かに必要です。
社会全体で対策を考える必要があります。
対策といえば
建物の「耐震強度偽装問題」。
早急に真相究明と同時に
対策が求められます。
実は、私、訳あって
「宅地建物取引主任者」資格をとりまして、
若干ですが建築基準法の概要を学びました。
「建築確認」は根幹を成す項目でもありました。
長くなりますので、次回に続きを。
明日は国会チーフ鈴木びん記者の登場です。
投稿者 : 18:00
誰もがみんな知っている。
石森則和ですもの。
先ほどレポートから戻りました。
・・・さて、
子供のころ道草を食って叱られた・・という経験をお持ちの方もあるでしょう。
私は近所の駄菓子屋さんで
2時間以上プラモデルの箱をうっとり見つめ続け、
心配して探しに来た親に叱られ、
・・・うっとりしたまま帰った思い出があります。
しかし今
「子供たちに、あえて登下校時に商店街のお店に顔を出させよう」という
考え方があります。
これは広島や栃木で小学生の女の子が相次いで殺された事件を受けて、
きょう開かれた
千代田区の「緊急子ども安全対策区民会議」で提案されたもの。
つまり家に帰るまでの「チェックポイント」を作ろうというのです。

放送でも一部をご紹介しましたが、
緊急に開かれたにもかかわらず130人以上が終結。
学校関係者や保護者、警察関係者・・・だけではないのです。
商店街のお店のご主人さんや、
町内会のおじさんおばさんの代表まで出席しました。
自営業のおっちゃんなんか
仕事もあるだろうに、
平日のまっ昼間だよ!
子育てを終えた方も独身のかたもいて、
かならずしも学校と関係のない生活をしているかたも
少なくないはず。
・・・にもかかわらず、
放送の中では紹介しきれませんでしたが
およそ2時間に渡り、
まさに「口角泡を飛ばす」といった
活発な議論の場となりました。
・・・・ちょっと感動しました。
東京、捨てたもんじゃないじゃん!
先日、
子供が一人で歩いているので心配して声をかけたら
「知らない人に声をかけられたら逃げろ!」
と教えられていたらしく、
ぴゅーっと、一目散・・・
・・・・ひゅううううううううう。
どぼぢで?
・・・しかし。
そんなことでメゲてはだめです、大人の皆さん!
地域みーんなの目は本当に大切。

↑・・・ちょっと充血してますが。(寝不足)
子供は社会の中で道草を食うたびに
おそらく大切なものを
(・・・大切ではないものまで)
学んでいきます。
そのためには
「小さな主人公」たちの人生にとって
街の登場人物である私たち大人は
「隠れた正義の味方」であるべきなのですよ。
変身はしなけいけどな。
投稿者 : 16:54
2005年12月14日
「喚問に始まり喚問に終わった一日」
ニュースパレードデスクをピンチヒッターで担当した嶺岸です。
本当は衣笠デスクの日だったんですが、急遽警視庁の仕事が入ったため
私が代わりました。
それが今年一番という程めまぐるしい日となろうとは!!!
そうです。今日は国会で耐震強度偽装問題の証人喚問。
朝9時半から夕方5時半まで国会から送られてくる音声を録音し
編集しまくり、原稿書きまくりの1日でした。
報道の文化放送はさらにワイド番組でも特別ニュース枠を作り、
いつもよりはるかに多い報道の仕事量でした。
証人喚問の音は出来るだけ新しいものをと、
昨日那須さんが書いたように
録音を取ってすぐに編集してオンエアする「取って出し」がほとんど!
終わってみれば写真のように山積みになった
証人喚問のテープの山。山。山。

でも定時ニュースは白井アナ、ニュースパレードは高橋小枝子アナが
音を上手く織り交ぜながらしっかりと伝えてくれましたよ。
さらに国会の鈴木ビン記者。ビンちゃんのブログにもあったように
今月は記者クラブの幹事業務で身動きが取れないのに、毎時間のレポート。
さすが「国会キャップ」は頑張ります。
下の写真は白井静雄さんのニュースの原稿メモ。
要所要所を的確にメモをしてニュースで伝えてくれました。

証人喚問は姉歯証人がすべてを認めたのに対し、
他の証人たちとは証言の食い違いがあり、
まだまだ真実は闇という感じですが、
今後司法の手で明らかになっていくものと思われます。
私たちも真実をいち早く伝えていきますのでよろしくお願いいたします。
投稿者 : 18:31
2005年12月13日
数秒のドラマ
はじめまして。
私は、報道部 の 那須 と申します。
主に、音の編集を担当しているへんしゅ う~まんです。
報道記者たちが、社外で取材してきたインタビューやイベントの音、
それに国会の議員さんたちの声をニュース用に短く編集する仕事です。
「短い」とは、どのくらいを想像されますか?
10秒から、20秒、長くても3~40秒くらいなんですよ。
一本のニュースが1分や2分くらいのものが多いので
その記事の中にいれる音は、出来るだけコンパクトでなければいけません。
40秒だと「長~い!」とデスクから怒られること、常です。
「取って出し」といって、入ってきた音を即座に編集して
ON AIRに出すことは日常茶飯事です。
そういう場合は、技量と言うより、度胸が必要です。
生放送が数秒後に控えていても動じないことが必要です。
でも、心臓によくありません。
私の寿命が短かったらそのせいです・・・。
「音が立つ!」と言う言葉があります。
短いセンテンスなのに、人の耳に際立って聞こえ、端的な表現で
内容が伝わる音のことを私たちはよく言います。
小泉総理の最近のコメントは、「音が立ちません!」
ここ数年、「ぼそぼそ」していて、編集する気にもなりません。
声も、ノイズも、音楽も「おと」と言います。いい声もだみ声も。
「おと」で、その人の性格や気持ちやそのコメントの背景もわかります。
映像では見られない、隠れた部分、真相がよりわかります。
ラジオならではの 世界です。
中でも編集しがいがあるのは、街頭インタビューものです。
数秒のなかに、その方のお人となりや人生が出ていたりして・・。
まるで、短いドラマを作っているようです。
ということで、早速、
今日の「おと」について、是非ご紹介したかったのですが・・・
残念。今日は掘り出し物がなくて・・・
次回に期待を!
投稿者 : 17:31
2005年12月12日
兼務の野中で~す!!
ど~もお元気ですか?野中直子です。
現在アナウンサーと報道部員とを兼務しています。
1990年1月から1998年7月まで8年半ほど
報道部専属で記者として取材を続けていました。
ペルーのフジモリ大統領の選挙や、
ブラジルでの地球サミットではいい思い出です。
ラジオの報道部は実は小所帯なんです。
新聞記者などと違って一人で各分野の取材を
担当しなければならないので大変です!
本当に一日のうちに警視庁、裁判所、国会を回って
仕事をすることもあるのです。
新聞記者のように時間をかけて深くひとつのテーマを
掘り下げることは日々のニュースではかないませんが
その現場の一番ビビッドなエッセンスを掴み取って出す、
頭で考えるより体で感じたことを瞬時に掴んで出す瞬発力は
ラジオの記者は優れていると思います。
ラジオのニュースは“音”が「いのち」!!
私も冷や汗をかきながら「ギリギリギリ」と音がするような
時間との戦いを、かつて8年半ほど続けていました。
報道部の記者の人数もその頃より減った今、
後輩達はあちこち現場に飛んでよく頑張っていると思います。
私は今、報道部での仕事としては火曜日と金曜日の午前中、
そんな現場に飛んだ記者が息せき切って送ってくる貴重な音を
受け取って、昼のニュースに間に合うように編集する仕事をしています。
(それからアナウンサーとして月曜の昼ニュースと
金曜日のニュースパレードを担当しています)
編集は現在オープンテープでやっています。

このテープでの編集の時代も
あとわずか!!
オープンテープはもう生産していないのでテープがなくなったら
終わりなのです。
あと1~2ヶ月もしたらMO(エムオー)とやらで編集しなければ
ならなくなりました。

MOなんて触ったこともない!携帯電話やパソコンもうまく使えない私が
急遽、MO編集をマスターしなくてはならないのです!!!
これは大変なことです!!!
ぐぁんばらねば!!頑張るぞ~~~!!!!
今のところ掛け声ばかりが高いのですが、機械が苦手なので
オシリが重たい私です。
それじゃ・・・マタネ
投稿者 : 17:10
2005年12月09日
ニュースパレードの高橋小枝子です
文化放送アナウンサーの高橋小枝子です。
「ニュースパレード」(月)から(木)を担当しています。
夕方5時01分30秒「こんばんは、高橋小枝子です・・・」
全国32局をネットして「ニュースパレード」がスタート。
しかし、その前の30分間、報道部は修羅場と化しています。
国会から、事故現場から、警視庁から、その日発注した各局さんから、
素材の音が次々と入り、それを受けて編集、
原稿を推敲するデスク
下読みしてタイミングする私。
5時12分終了までの中身10分30秒間
ぴたりとおさめる作業が、本番1分前まで続き、時報とともに本番。
いや、我ながら、連日よく無事に終わるものだと感心しちゃいます。
報道部から本番のスタジオ1スタまでは、
原稿とストップウォッチとお茶のカップとイヤホンを持って、
走らずにすり足で歩きます。
走ると息が切れちゃいますからね。
1スタへは、横にスライドする扉、手前にひく扉、
向こうに押す扉と3枚の扉をあけてようやく入ることができます。
なんせ、スタジオは防音効果を高めるため、厳重に密室化されているのです。
まーしかし、入りずらいこと、このうえなし。
本番30秒前、タイミングがまだ合わない。
本番。
顔をひきつらせ、声は落ち着いて、今日も「ニュースパレード」が始まります。
えっ、失敗?
そりゃ何回かはしてますよ。
その話は、また今度。
あっそれから、文化放送「2006アナウンサーカレンダー」ができてます。
アナウンサーそれぞれが、お気に入りのポーズをとってます。
なかには裸のアナウンサー、寝ているアナウンサーも・・・
来年のカレンダーなので、興味のある方は、どうぞ今年中におとり寄せくださいませ。
詳しくは、文化放送のホームページからお入りください。
高橋小枝子でした。
投稿者 : 17:50
2005年12月08日
ジョンレノン没後25年に。
はじめまして、
報道部の
「秘密すぎる秘密へーき」こと
石森則和です。
1980年12月8日、
ニューヨークの自宅ダコタハウスの前で
ビートルズのメンバー、
ジョンレノンが凶弾に倒れてから
きょうで25年。
今もなお、世代を越えて
ジョンの残した音楽やメッセージは
人々の心に生き続けています。
今年は、ジョンの曲ベストアルバムが初めて
ネット配信されたり、
暗殺事件をテーマにした映画の製作が決まるなど
世界的にもジョンを偲ぶ動きがありますが
埼玉県さいたま市にあるジョンレノンミュージアムでも
命日のきょう、
「ジョンレノンメモリアルデイズ25」と題された
追悼イベントが行われ、
その取材に行ってまいりました。
実は、放送では言いませんでしたが
私もジョンレノンのファン。
担当日がジョンの命日にあたったことに
運命を感じます。
8年程前、ラジオの勉強のため
ニューヨークのラジオ局などを回っていた頃、
時間が出来たときに
地下鉄で真っ先に
ジョンの自宅で事件現場となった
ダコタハウスへかけつけたのでした。
ところがそこには
全く「ジョンについての表記」はなく
悲劇のかけらも、
そこには残っていませんでした。
初めてのニューヨーク、
何もないその街角で
一人、想いを馳せたものです。
警察が到着するまで「ライ麦畑でつかまえて」を読む犯人の足元で
ジョンにすがりついて泣き叫ぶオノ・ヨーコさん。
救急車は間に合わず、
パトカーで運ばれたといいます。
あの日も
こんなに寒かったのか・・・?
音楽活動を休止しての育児中
息子のショーン君に「パパはビートルズだったの?」という言葉から
この年、アルバム「ダブルファンタジー」で
音楽シーンに復帰したばかりでした。
現場近くのセントラルパークの地面には
妻であるヨーコさんが寄贈した
「イマジンの記念モザイク」というものがあり
世界中から訪れるファンが花を手向けています。
きょうのジョンレノンミュージアムには
それが再現され、
沢山のファンが花を手向けていました。
わずか5歳で父か母を選ばなければならず、
結局、おばさんに預けられ、
多感な季節にさしかかり
やっと和解した矢先に
母を事故でなくしたジョンにとって
オノヨーコさんは、妻でもあり
母のような存在でもありました。
ジョンは、そのヨーコさんの祖国、日本を愛し、
何度も訪れています。
レノン夫妻がよく訪れた軽井沢万平ホテルの小澤孝道さんに、
思い出話を伺いました。
カフェの担当だった小澤さんは、ある日
ジョンからロイヤルミルクティーを頼まれます。
しかし、メニューにそれはなく
ジョンが作り方を教えてくれたそうです。
それ以来、カフェのメニューに加わった
このロイヤルミルクティ。
実は軽井沢までいかなくても
ミュージアムのカフェで飲めるのですが、
ほんっとうにおいしかった。
これがロイヤルミルクティなら
今までのはなんだったの?って感じです。

放送には乗らなかったエピソードはまだあります。
ここのホテルは木造なのですが
ある日壁の隙間から「にゃー」と声がする。
外出から帰ってきたジョンが「あれはにゃに?」と聞くので
小澤さんが
「子猫が隙間に落ちてしまったようなんです。
明日にでも助けますから」と答えると、
ジョンは・・・・
「だめだよ、子猫だから助からないかもしれない、
僕の隣にいる彼はカーペンターだから(真偽不明)
今、助け出そうよ。
もし壁を壊してしまったら
僕が責任を持つよ」
夜もふけるのに
・・釘を一本一本抜く作業が続き、
ジョンも小澤さんもそれに立ち会う・・・
長い時間をかけて助け出すと
子猫は3匹いたそうな。
「本当はあまりロックのことはわからないんだけど」と
頭を掻きながら、小澤さんは
「でもね、いっしょに猫を助けた
あの不思議な夜。
あのかたの人柄を見たようです」と
にっこり!
・・・・あなたの人柄も素敵ですよ、
小澤さん。
ジョンレノンと聞くと
とかく平和を歌うカリスマのイメージが先行します。
真心ブラザーズは
「拝啓、ジョンレノン」という歌の中で
「現実見てないひと」なんて歌っていたけれど
そう思っている人も多いのだろうな。
「帰ってきたよっぱらい」に出てくるよーな
「神様」みたいなイメージだろうか。
でも。
GODという曲でジョンは
「僕は神もビートルズも信じない、
自分の信念だけを信じる。
僕にはそれが現実だから」
・・・と歌っています。
決して理想を夢見るばかりではなく、
本気で「歌は世界を変える」と信じた強さを感じます。
彼が「想像してごらん」と歌った平和は
まだ遠いけれど、
横浜から来た高校生は
「平和への道は、
僕ら一人一人が
考えることから始められると思う」と
話してくれました。
「或いは」「もしも」なんて考えるのは
ナンセンスかもしれないけれど、
もし、今もジョンが生きていたなら
どんな歌をきかせてくれるのでしょう。
ニューヨークの摩天楼を思わせる
クリスマスのイルミネーション輝く新都心を見上げ
襟を合わせて
中継車に乗り込んだのでした。
投稿者 : 19:50
“内D”WAZOのつまらないことなどを~その1~
文化放送の報道部員は兼務者を含めてもたった14人。
この少人数でラジオ局のニュースを
24時間365日カヴァーしているわけで偉いでしょう。
ラジオニュースを送り出す報道部の仕事は
多数の分かれた役割を持ったスタッフが仕事をしている訳で、
業界用語ではないだけど、文化放送の報道部だけに通じる用語のひとつに
この“内D”というのがあるんです。
では。、この“内D”とは何である??
“内D”とは内デスクの略であって「内気なデスク」ではないで~。
内デスクとは「主に各通信社から配信されるニュースや
各公共機関からファックス等で送られてくる生活情報を
原稿化しアナウンサーに読んでもらい
文化放送のニュースとして送りだす。」ことなんだ。
私WAZOは理由あって日常勤務の殆どがこの“内D”勤務であります。
この“内D”かつてはフラッシャーと称して
ニュース原稿をラジオニュース原稿に書き直すという
結構熟練の技を要求されたものだが、
昨今は共同通信がリライト原稿を配信してくるので
大分時間的にも物理的にも作業は軽減されていると言えよう。
でも朝から晩まで一日中デスクに釘付けになり
極端に言えばオシッコタイムだけ交代で席をはなれるといった有様。
なんと言っても『ラジオは音が命』
そんなわけで“報道の華は取材記者”であることは否めない。
どんな名文のニュース原稿もどんな名リポートも
実音の真実には適わない。
そんな実音の真実を取材する記者のサポート役が実は“内D”の真の姿なんです。
明日は“ニュースパレードのミューズ”高橋小枝子キャスターです。
いつもスタッフを影で支えていたいWAZO 文化放送報道部 柳澤和三(かずみ)
投稿者 : 12:21
2005年12月07日
今日も無事に明け勤務を終えました。
昭和45年4月に入社した私、高橋民夫はいつのまにか報道部の最高齢者になってしまいました。
なんていったって入社式の前日の3月31日は、よど号ハイジャック事件が起きた日です。
その後、三島由紀夫割腹事件や浅間山荘事件など世の中を震撼させる大きな出来事が相次ぎました。
もともとアナウンサーで入社した私ですが、黄桜デラックス歌謡ショーやダイナミックサンデーなどの芸能番組を担当しながら先輩アナウンサーの誰もがそうであったように(みのもんたさんの御法川法男アナは例外)、ニュースをも担当しました。
その入社当時から私たちは宿直勤務があり、アナウンサー時代はニュースを伝え、報道部に異動してからは、ニュース原稿を書き続ける作業となっています。
その間には、重要な記者会見などがあった場合の録音内容を編集したりもします。
ちなみに昨夜から今朝までに作業した音声の編集は、殺害された栃木県今市市の小1女児の告別式の様子や再発防止の決意を語った小学校校長の話、建物の耐震強度偽造事件で該当するマンションの住民らへの国の支援策が決まったことで「ほっとしました」と語った住民代表の会見、さらには同問題で建築基準法の罰則にまで言及した小泉総理の声などでした。
無事、昼間の担当デスクに引き継いでホッとした完徹明けの高橋民夫です。

昔は、明けの勤務を終えたあと時間を有効につかおうと、スポーツセンターに通ったり、ボウリング場によって10ゲームぐらい汗を流したり、映画館でロードショーを見たりしました。
今ではなくなってしまった渋谷のプラネタリウムで星座などを眺めたときには、気がついたら居眠りもしていましたっけ・・・。
入社35年目の今でも、明けのときには試写会場にでかけたり、幹事社の役目があるときには都庁に寄ったりもしています。
自分で言うのもなんですが、体は丈夫だし、スタミナもありますので、まるで「鉄人」だとよく言われます。さて、これまでの取材の中から印象に残っていることをこれから少しずつ触れてみたいと思っていますのでどうぞお楽しみに。
あしたの担当は、同世代の柳沢和三記者の担当です。
投稿者 : 09:19
2005年12月06日
デスクのきぬがさです
報道部日記を読んでいただいている皆さん、
はじまして、報道部のきぬがさです。
週に2日、「ニュースパレード」のデスクをしています。
「ニュースパレード」とは、
文化放送をキーステーションに、
全国32局をネットするニュース番組で、
月曜日から金曜日の17時から15分間放送しています。
45年以上の歴史がある長寿番組です。
その「ニュースパレード」のデスクとは・・・、
わかりやすくいえば、その番組のニュース出稿の責任者です。
もう少し、具体的にいえば、
本人は、会社の中にいながら、電話一本で現場の記者に対し、
「どこへ行け!」「あそこで(当事者の)声を録ってこい!」などと
指示する役割です(楽でいいなぁ・・・の声もあるでしょう)。
その感想の声は、当たっています。
本当に現場は大変なんですよ。
私も、以前は、国内外のさまざまな現場を経験してますし、
日によっては、今も現場に立っています。
取材対象に肉薄するため、文化放送報道部の記者は、
炎天下でも雪まじりの雨の中でも、
日夜、取材を続けているわけです。
それはさておき、デスクの机(デスク)は、
こんな感じです。

携帯電話のカメラなので、あまり鮮明ではありませんが、
クリーム色の電話は、
各記者クラブやネット各局などの取材拠点からの、
連絡用電話です。
ニュースが動いているとき、この電話は鳴りっぱなしです。
もうひとつ、
青いボタンの電話は、さまざまな連絡用です。
社内の内線電話としても使われますし、
先々の予定や、それほど急ぎではない予定について、
現場や各局と打ち合わせするために使われます。
もちろん、昼飯用の出前を取るためにもつかいます。
デスクは基本的に、トイレ以外に、
自分の席を離れることができないのです。
トイレも「個室」に入ることは、
できるだけ、避けることが望まれます。
遠くから見るとこんな感じです。

まぁ、どちらにしても整理整頓はされていません。
ところで、
明日7日(水曜日)は、耐震データ偽装問題で、
大きな動きがあります。
注目の姉歯秀次・一級建築士が、国会に参考人招致されます。
「ニュースパレード」でも、この模様を
詳しく、お伝えする予定です。
投稿者 : 09:16
2005年12月05日
永野サブです
報道部の永野景子です。 名前がサブとかサブローなのではなく、
警視庁のサブキャップやってます、これでも・・・。
先週末、高尾記者から「教育係」として指名されましたので、
(いつからそうなったんだよっ?!) 今回、書かせていただきます。
今日は警視庁内の職場である、「記者クラブ」を少々ご紹介させていただきます。

警視庁記者クラブには、文化放送のほかに、ニッポン放送さん、産経新聞さん、
時事通信さん、NHKさん、MXテレビさんが入ってます。
記者クラブが一番古いクラブで、この後に加盟したテレビ各局さんは「ニュース記者会」、
新聞各社は「七社会(当時、7つの社が加盟したので)」と名づけられています。

中に入るとこんなカンジ。 結構ゆったりしていて、自販機もあります。
これを右奥の方に進むと、仮眠ベッドゾーンや喫煙スペースも。
禁煙スペースは奥まっていて死角?になるためか、たまにカップラーメンを食べている
記者の人を見かけます。
向かって右側のカーテンを開けると、文化放送のブースへ。

ブース内に入ると正面は大きな窓。 そこからの眺めは結構なもので、
皇居の杜とお堀が一望できます。

ブース内の広さは6畳くらい。 窓に向かってデスクが2つ、部屋の右側にソファ、
(最近買い換えたばかり!) そして部屋の中央にあるテーブルには、最低でも
1ヵ月以内の各社新聞を保管してあります。
余談ですが、私が来るまでネットはダイヤルアップ(!)でしたし、ソファは足が壊れて
古い電話帳を支えにしてあるような年代モノ。 いくらなんでもこれじゃあと、光を導入したのと
ほぼ同時進行でソファも買い換え、ネット環境&住環境の整備をしました。
肝心の警視庁でのルーティンワークについて触れていませんでしたね。
長くなってきましたので、これにつきましては次回にまた。
投稿者 : 13:37
2005年12月02日
第3回はFMカーを…はじめまして☆たかお
どうも、新人のたかおです。フォー!!
会社で「フォー!!」とか叫ぶキャラではありませんが、
昨日、今年の流行語大賞が発表されましたので、言ってみました。
大賞は「小泉劇場」と「想定内(外)」だったようです。
扇記者から「頑張っている新人」と書かれ、想定外の喜びも束の間。
自分の番が回って来て、何を書いて良いやら迷っています。
新人なので、小泉チルドレンの1人、杉村太蔵議員バリの爆弾発言も許されるものと思いつつも、
初回からそれはマズイかなと…。
というわけで、時間に沿って、今日の仕事を振り返りたいと思います。
09:10 出社。今日のデスク(ニュース編集の責任者)・宏枝さんから指示を受け、
警視庁記者クラブへ。
10:00 デスクより「栃木で小学1年生の女の子が行方不明。
事故か事件か分からないけどとりあえず現場へ」との指示。
一旦、本社へ戻って放送機材などを積み込み、FMカーで今市市へ。
13:30 今市警察署に到着。副署長に広報内容を聞く。
<昼ご飯でリフレッシュ>
14:00 女の子の通う小学校へ。緊急保護者会に集まった親御さんを取材。
14:30 小学校の校長と教頭が会見。
16:00 小学校付近で、MDで録音した親御さんと校長の音声を編集して、本社へ送信。
その後、17時の「ニュースパレード」に向けて生中継のレポート内容を考える。
16:30 再び今市署に戻り、生中継に備える。
<いよいよレポート、ドキドキ>
17:00 「パレード」放送開始。
17:01 デスクから「茨城県常陸大宮市内の山林で小学校低学年と見られる女の子の遺体を発見」
との一報を聞き、慌てふためいたまま、生中継へ(1分半程度)。
17:15 「パレード」放送終了後、デスクより「『電リク』のニュース枠『今日の現場から』で
生中継を入れてほしい」とのこと。
<再びレポートに備えて、テンパリ気味>
18:10 「パレード」では早口になってしまったことを反省し、ゆっくり話すことを心がけ、
「電リク」の生中継へ突入(2分半程度)。
18:30 デスクより「警察の捜査がまだ行われているが、とりあえず本社へ戻って」と。
FMカーに乗って撤収。
20:30 本社へ。
今日は「想定外」の遠出もあって、こんな感じでした。
そして、現場では一昨日から始まったブログのこともすっかり忘れていました。
つまり、現場(今市署や会見場など)の写真を撮り忘れました。
びんさんや扇さんのように写真の豊富な記事を期待していた方、本当にごめんなさい。
罪滅ぼしに今日頑張ってくれたFMカーの写真を載せます。
走行距離は364キロ?だそうです。お疲れ様です。
ガソリン満タンで回復中です。

そして、私と一緒に栃木へ行ったスタッフにも感謝。
右がドライバーのはりかえさん、左が技術のおおたにくん。
ありがとうございました。

それでは、退社します。
次回は私の教育係でもある永野記者がお届けします。
新人たかお
投稿者 : 21:45
2005年12月01日
12月1日(木)再び国会 記者の一平
文化放送報道部ブログが昨日から始まって第2回、昨日は国会キャップの鈴木びん記者がオープニングを飾りましたが、今日も国会担当の私、扇一平がお送りします。
昨日のびんちゃんは国会紹介をお届けしましたが、昨日ご紹介できなかったところを私が引き続きお届けいたしましょう。
例年だったら今の時期、国会の委員会、本会議、各党の取材、国会前にある総理官邸、霞ヶ関の各省庁、各大臣の取材と文化放送国会記者たちはめまぐるしく動き回っています。しかし今年は珍しく国会は休会中のためひっそりとしています。
議員さんたちのネームパネルには登院ランプがほとんど点いていません。

でも見学者たちは多いいのです。

初めて国会に足を踏み入れた時、私はエレベーターとトイレの豪華さに驚いたものでした。
金ピカ・・そして大理石張りなんです。



こんな国会の中で日夜取材活動を続ける報道部員たち、しかしここで仕事をするためには
このような国会取材パスが必要なのです。

しかし私は間抜けにも先週このパスを落としてしまったのです。
途方にくれていたところ、親切にも拾って警察に届けてくれた方がいらっしゃいました。
この場をお借りし改めて御礼申し上げます。
衆議院本会議場最上部の外側に、記者たちが集まる一角があります。
廊下にはいつでも出動できるようテレビカメラがずらりと並んでいます。

そして文化放送のデスクのある民放クラブです。

私の取材道具たち。
MD・ラジオ・ICレコーダー・取材音やレポート、記事などを送るモバイルパソコン・
そしておなじみ22センチの「黒光りする文化放送のマイク」です!!

各記者たちはそれぞれのスタンスやアイディアで取材を続けています。
それは音にこだわる文化放送のニュースによく表れているのではないでしょうか。
昨日今日と国会をお送りしましたが、文化放送はさまざまな記者クラブに所属し、
また記者たちは毎日のように、事故・事件などの現場に行き取材、レポートを行っています。
明日からはこのブログでも、さらに多くの文化放送報道シーンをお届けしていくつもりです。
記者の嘆きの一言などもきっと書き込まれるんじゃないでしょぅか。
明日の担当は頑張っている新人「たかお記者」ですよ。
国会 扇一平
投稿者 : 12:04