お便り募集!
皆様からおたよりお待ちしています。 毎日番組ではメールとファックスのテーマを設けています。 採用されるとドコモのモバイラーズチェック1000円分や華屋与兵衛の食事券1000円分、このほか ごぜんさま~オリジナルグッズをもれなくプレゼント!! このほか豪華プレゼントもたくさんありますからはがきを用意して番組をお楽しみください。

くにまるワイドごぜんさま~
自然体、その大きな包容力と優しさで多くのファンを持つ邦丸が様々な出来事に分け入り、リスナーの「知りたい」に応えます。もちろんグッチ裕三、谷村新司ら強力コーナーも引き続きお送りしています。

邦流

2008年10月05日

10月6日~10月10日の邦流は、松下由樹さん

今週の「邦流」のゲストは、松下由樹さん

10月6日≪月≫:松下由樹、女優デビュー
愛知県ご出身の松下由樹さんは15歳の時に映画『アイコ16歳』のオーディションに合格して上京したのですが、最初は名古屋弁が抜けきらなくてとても苦労されたんだとか。
また、デビュー後のダンスレッスンでは生まれつきの体のかたさが災いして…。
月曜日は、松下由樹さんが女優デビューしたばかりの頃のお話です。

10月7日≪火≫:憎まれ役を演じて
テレビドラマ『想い出にかわるまで』で、姉の婚約者を色仕掛けで奪う妹という「憎まれ役」を演じて話題となった松下由樹さん。当時は役柄のイメージと本来の松下由樹さんとをごっちゃまぜにして冷ややかな目で見る人も多かったそうです。
火曜日は、憎まれ役を演じていたときの心の葛藤、また、20代後半に行ったという「心の大掃除」などについてのお話を伺っています。

10月8日≪水≫:虚構の中に真実が見える
「ドラマは虚構だが、その中に真実が見える事がある」
これは、シリアスなドラマから時代劇、さらにはバラエティーのコントまでも演じきる松下由樹さんの言葉。
水曜日は、この言葉について深く掘り下げます。

10月9日≪木≫:プライベートについて
一般的には「アクティブな女性」と見られがちな松下由樹さんですが、はたして実際はどうなのか?
木曜日は、松下由樹さんのプライベートに斬り込んでみました。
「車の助手席」と「朝食のパン」がお気に入りだそうです。

10月10日≪金≫:松下由樹さんの結婚観
松下由樹ファンの皆さん、お待たせいたしました!
金曜日は、松下由樹さんの結婚観について伺っています。
加えて、現在出演中の人気ドラマ『上海タイフーン』の裏話や、ナレーションを担当されて今月13日に放送される中国・西太后のドキュメンタリー番組の見所などもお話して頂きました。
要チェックです!

matsushita-kunimaru.jpg

<松下由樹>
1968年愛知県出身。
83年、映画「アイコ十六歳」のオーディションに合格、映画デビュー。
88年、映画「この胸のときめきを」に出演。
89年のTBS「オイシーのが好き!」で連続ドラマに初主演。
これまで出演した主なドラマは「想い出にかわるまで」、「ナースのお仕事」シリーズ、「29歳のクリスマス」、「週末婚」、「大奥」など。
バラエティー番組「ココリコ ミラクルタイプ」ではコメディエンヌにも挑戦。


※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 16:00

2008年09月28日

9月29日~10月3日の邦流は、マギー司郎さん

今週の「邦流」のゲストは、マギー司郎さん

9月29日≪月≫:貧しいながらも楽しい我が家
茨城県下館市(当時)で、9人兄弟の7番目として生まれたマギー司郎さん。
子供の頃の生活は決して楽なものではなかったそうです。
次々と新しい商売に手を出してはことごとく失敗するお父様と、パワフルなお母様。
月曜日は、マギー司郎さんの子供の頃のお話です。

9月30日≪火≫:上京物語
小学校3年生の夏におもちゃ屋さんで見つけた「知恵の輪」が
手品師としてのルーツだと語るマギー司郎さんは
17歳の時にバラ色の東京生活を夢見て家出を決意しました。
しかし、先立つものが無い。
そんな時、マギー司郎さんはお兄さんとともに「ある行動」に打って出るのですが…。
火曜日は、マギー司郎さんが手品に興味を持ち始めてから上京するまでのお話を伺っています。

10月1日≪水≫:おしゃべりマジック誕生秘話
マギー司郎さんといえば「おしゃべりマジック」。
水曜日は、マギー司郎さんがマジック・スクールに通い始めてから
プロデビューするまでのお話。
更には、現在の「おしゃべりマジック」のスタイルが誕生するに至った
意外な経緯などをお聞きしています。

10月2日≪木≫:感動の再会
テレビ番組「お笑いスター誕生」に出場したのが33歳の時。
マギー司郎さんは、この番組で7週連続勝ち抜いたことがきっかけで
徐々に人気が出始めました。
すると、17歳の時に家出して以来連絡を絶っていたお母様から
テレビ局に問い合わせが…。
木曜日は、お母様との感動の再会を果たした時のエピソードに加え、
マギー一門のチョット変わった師弟関係などについて伺っています。

10月3日≪金≫:マギー司郎さんの人生観
「自分に自信が持てなくても生きていていいんだ。周りが生かしてくれる」
「弱くて強い人間にならなきゃダメ」
マギー司郎さんの言葉です。
最終日は、マギー司郎さんに自らの人生観を熱く語ってもらいました。
尚、マギー司郎さんが芸のピークを迎えるのは今から13年後、75歳の時だそうです。

magee-kunimaru.jpg

<マギー司郎>
昭和38年17才で上京。マジックスクールでマジックを学び20才でプロのマジシャンとして活動を開始する。
ギャグのセンスにあふれる新しいタイプのマジシャンとして注目を集める。
昭和56年、57年放送演芸大賞ホープ賞連続受賞。
平成16年に出演したNHK『課外授業ようこそ先輩』が第31回日本賞教育番組国際コンクール最優秀番組東京都知事賞受賞。
同年、同番組で第38回「アメリカ国際フィルム・ビデオ祭」にてシルバースクリーン賞受賞。
平成17年ゆうもあ大賞グランプリ受賞。2008年第24回 浅草芸能大賞 奨励賞受賞。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年09月21日

9月22日~9月26日の邦流は、布施明さん

今週の「邦流」のゲストは、布施明さん

9月22日≪月≫:布施明さんの少年時代
小さい頃の布施さんは歌手ではなく、別の憧れを抱いていたようです。
ところが高1のとき、仲間が参加する番組についていった事から
布施さんの人生は変わってゆきます。
今日は布施さんの少年時代を伺っています。

9月24日≪水≫:デビューそして紅白歌合戦
テレビ番組をきっかけにプロになる事になった布施さん。
ところがデビューから二転三転してしまいます。
そして当時話題になった紅白歌合戦、「愛は不死鳥」のウラ話も伺っています。

9月25日≪木≫:名曲『シクラメンのかほり』との出会い
歌手を辞めようかと迷っていた布施さん。
事務所に相談した所、意外な返答が帰ってきたそうです。
今日は「シクラメンのかほり」との出会い、そしてレコード大賞にまつわるウラ話を伺っています。

9月26日≪金≫:結婚生活のお話 そして NEWアルバムの聴き所
オリビア・ハッセーさんとのアノ結婚式ウラ話、そして息子さんは今どうされているのか?
そして今回のNEWアルバムの聴き所を伺っています。

fuse-kunimaru.jpg

<布施明>
1947年 東京都生まれ。
1964年 「ホイホイミュージックスクール」合格。
1965年 「君に涙とほほえみを」にてレコードデビュー。
1967年 「霧の摩周湖」にて「第9回 日本レコード大賞」作曲賞受賞。
1967年 「第18回 NHK 紅白歌合戦」初出場。
1970年 「愛は不死鳥」にて「ヤング歌謡フェスティバル」最優秀賞受賞。
1974年 「積み木の部屋」にて「第16回 日本レコード大賞」歌唱賞、「第7回 日本有線大賞」特別賞。
1975年 「シクラメンのかほり」にて「第17回 日本レコード大賞」大賞、「第6回 日本歌謡大賞」大賞。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年09月14日

9月16日~9月19日の邦流は、かしまし娘さん

今週の「邦流」のゲストは、かしまし娘のみなさん

9月16日≪火≫
「うちら陽気なかしまし娘~♪」でおなじみのかしまし娘の皆さん。
3人の年齢を合わせて220歳を超える今でも大変元気でいらっしゃいますが、
その3人に、改めて他の姉妹をどう思っているかを本音で語っていただきました。

9月17日≪水≫
旅回り一座のなかで育った「かしまし娘」の皆さん。
小さいころから舞台で踊ったり、歌ったりしていたそうですが、
「かしまし娘」結成以前には、なかなか3人そろって仕事をする
ということはなかったそうです。
そこには長女・歌江さんの恋のエピソードがあるそうなのですが、
歌江さんの仰っていることと、ほかの2人の仰っていることが、
かなりの食い違いをみせております。
一体どちらが本当なのか・・・。
真実は、ぜひ聴いている皆さんが判断してみてください!!
かしまし娘結成以前のお話です

9月18日≪木≫
長女・歌江さんが家族の元を離れ、富山に行っている頃、
次女・照枝さんと三女・花江さんは2人で漫才をやることになりましたが、
残念ながら全く売れず、かなりご苦労をされたそうです。
そんな時、3人でやるよう助言を与えてくれたのが、
あの超大手芸能プロダクション「松竹芸能」を創立した
伝説の人物・勝忠男(かつただお)さんだったのだそうです。
「かしまし娘」誕生秘話をお伺いしています

9月19日≪金≫
次女・照枝さんのところに嫁としてやってきたのが、皆様ご存知の
タレントの磯野貴理さんです。
長女・歌江さんと三女・花江さんは貴理さんのことを、
とても素敵な頭のよい女性と認めてらっしゃるのですが、
姑の照枝さんだけは、「なめられてはいけない自分の敵」だと
考えていらっしゃるのだそうです。
そんな「かしまし娘」から見る磯野貴理さんと、
芸能生活50年を超えた「かしまし娘」の今後についてお伺いしました。

kashimashi-kunimaru.jpg

<かしまし娘>
長女歌江、次女照枝、三女花江で、『かしまし娘』を結成。「♪うちら陽気なかしまし娘~」のテーマソングと共に、老若男女を問わず全国的に親しまれ、不動の人気を得る。近年は、それぞれ女優としてテレビドラマやトーク番組、舞台演劇、映画、講演など幅広く活躍。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年09月07日

9月8日~9月12日の邦流は、蛭子能収さん

今週の「邦流」のゲストは、蛭子能収さん

9月8日≪月≫
お父様が遠洋漁業の漁師さんであった蛭子能収さん。
長期の漁に出るため、普段お父様と一緒に生活することが
できなかったそうですが、蛭子さんはそんなお父様のことが嫌いで、
あまり家に帰ってきて欲しくなかったのだそうです。
その理由は何なのか・・・。
そんなお父様の思い出と、蛭子さんのギャンブラー人生のスタートとなった
子供の頃の遊びについてお話を伺っています。

9月9日≪火≫
将来は無難に事務員になりたいと商業高校へ入学した蛭子能収さん。
その後当時、一世を風靡したグラフィックデザイナーの横尾忠則さんに憧れ、
自身もグラフィックデザイナーを目指すようになるのですが、
高校卒業後たどり着いた先は、本人の希望とはちょっとズレていたようで、
悶々とする日々のなか、ついに蛭子さんは上京を決意するのでした。
蛭子さんの上京を決意するまでのお話をお伺いします。

9月10日≪水≫
長崎の看板屋を失踪同然で逃げ出し、上京した蛭子能収さん。
東京に着いて最初に向かった先はやっぱりアレ関係でした。
その後、蛭子さんは厳しい東京での生活に揉まれながらも、
ついにあの伝説の漫画雑誌へとたどり着くのでした。
蛭子さんの上京後の生活についてお伺いしています。

9月11日≪木≫
伝説の漫画雑誌「ガロ」でデビューを果たし、念願の漫画家人生を
スタートさせた蛭子能収さんでしたが、現実はそれほど甘くなく、
漫画家の収入だけではとても暮らしてはいけないような状況が続きました。
一度は漫画をあきらめ、サラリーマンとして生きることを決意した
蛭子さんでしたが、そんな蛭子さんを救ったのは、蛭子さんの漫画を
こよなく愛した沢山のファンたちでした。
そして、そのファンのなかに蛭子さんのタレント性を見抜いた大人物がいたのです。
それは一体、誰だったのか?
蛭子さんの芸能界入りについてお話を伺っています。

9月12日≪金≫
蛭子能収さんには2人の奥様がいらっしゃいます。
1人は上京後、同棲生活をしながら若き蛭子さんを支えた前の奥様。
もう1人は、今の蛭子さんを影ながら支える現在の奥様。
お二人とも大変魅力的な方々で、今の蛭子さんがあるのは、
どうやら、このお二人の力によるところが大きいようです。
蛭子能収さんに、かけがえのないご家族についてお話を伺っています。

ebisu-kunimaru.jpg

<蛭子能収>
1947年、長崎県生まれ。看板屋を経て上京後、73年に雑誌『ガロ』で漫画家デビュー。
その後、漫画が売れずにダスキンの社員として8年勤務、売り上げは営業所内でトップだった。現在は漫画のほかにタレント、俳優、映画監督と、多ジャンルで活躍中。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年08月31日

9月1日~9月5日の邦流は、中村敦夫さん

今週の「邦流」のゲストは、中村敦夫さん

9月1日≪月≫
お父様が地元福島の新聞の支局長で、その支局の2階が我が家だったという中村敦夫さん。
子供の頃から、情報の最前線である新聞社が遊び場で、新聞記者が遊び友達だったという
少し特殊な環境で育てられたのだそうです。
一見、華やかな暮らし振りをしていそうにみえるこの家庭、
じつは金銭的にも精神的にもかなりボロボロな状態で中村敦夫さんは、
若い頃から相当苦労をなさったのだそうです。
中村敦夫さんの家庭環境についてお伺いしています。

9月2日≪火≫
両親の離婚後、中村敦夫さんはお母様の期待に応えるべく、東京の難関進学校へ
入学します。しかしその学校の競争社会の前哨戦を行っているような雰囲気に
絶えられず、その後、南の島でのんびりと暮らしたいという想いから、
外国語を学ぶ目的で東京外国語大学へ入学します。
しかしそんな外語大の授業も、ご本人の希望とは程遠く、
中村さんは授業をよくサボるようになったそうです。
そんななか出会ったのが、「語劇祭」という演劇のコンクールで、
これが中村敦夫さんの役者として生きていくきっかけになったのだそうです。
中村敦夫さんの役者人生への道をお伺いしています。

9月3日≪水≫
大学を中退し、俳優座に入った中村敦夫さん。
若手のリーダー的存在で、将来を有望視されていましたが、その一方で、
旧態依然とする俳優座上層部と衝突するなど、少し厄介者的存在でもあったそうです。
そんななか、中村敦夫さんに演劇の奨学生として、アメリカ留学に行くチャンスが訪れます。
このアメリカ行きが、中村敦夫さんの人生観を変えるきっかけになったのだそうです。
中村敦夫さんのアメリカとの出会いについてお伺いしてます。

9月4日≪木≫
中村敦夫さんの代表作といえば、皆様ご存知の「木枯らし紋次郎」です。
最初、中村敦夫さんはこの「木枯らし紋次郎」への出演は、
単に「食べるための手段」と考えていたそうなのですが、
監督の市川昆さんの厳しい演出のなかで、いつもケガと紙一重の撮影を
行っていたのだそうです。名作「木枯らし紋次郎」についてお話を伺っています。

9月5日≪金≫
ドラマ「木枯らし紋次郎」で一世を風靡した中村敦夫さん。
絶頂期のなか俳優活動を休止し、ジャーナリズムの世界、
そして政治の世界へと飛び込むことになりますが、
その真意とは一体なんだったのでしょうか? 
中村敦夫さんの今、現在の想いについてお伺いしました。

nakamura-kunimaru.jpg

<中村敦夫>
1940(昭和15)年、東京生まれ。東京外国語大学を中退し、俳優座に入団。
65年のハワイ大学留学後、米全土を渡り歩いて演劇を勉強する。
71年に俳優座で自主公演を行い脱退。
72年にドラマ「木枯し紋次郎」で大ブームを巻き起こす。
多数のドラマに出演しながら文筆活動を開始。
処女小説「チェンマイの首」がベストセラーに。
84年にニュースキャスターへ転身。
98年に参議院議員選挙に初当選し、政界へ進出。
04年に引退。現在、俳優業に復帰しつつ著述、講演などを行う。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年08月25日

8月25日~8月29日の邦流は、児玉清さん

今週の「邦流」のゲストは、俳優の児玉清さん

8月25日≪月≫:文学少年だった子供時代
現在74歳の児玉清さんは戦争中、学童疎開先でいじめられ
孤独を紛らわすため本を読みふけっていたそうです。
その後も色々な本を読み続け、文芸評論家になろうとも思っていました。
児玉清さんのそんな文学少年時代の話です。

8月26日≪火≫:思いがけない俳優への道
学習院大学に進んだ児玉清さんは、後に学習院大学教授になり
「クイズダービー」で活躍することとなる篠沢秀夫さんに出会い
役者に誘われ、舞台で主演を務めました。
それをたまたま見に来ていた篠沢さんの知り合いの目に留まり
東宝ニューフェースの面接を受けることになりましたが
実は本人は嫌々面接を受けたんだそうです。
ところが結果的にはそれが児玉さんの運命を変えました・・・。

8月27日≪水≫:あの世界の黒澤明監督にとんでもないことを・・・
新人俳優時代に、新人だろうがベテランだろうが「人間としては対等だ」と
思っていた児玉清さんは、エキストラ同然の役で出演した黒澤映画で
あの世界の黒澤監督を前にとんでもない態度をとってしまったそうです。
しかしそれが黒澤監督には気概のある新人だと映ったことが後に分かります。
児玉清さんのはねっかえりの新人時代の話です。

8月28日≪木≫:奥様との出会い
駆け出しの俳優だった時代に児玉清さんは、当時東宝の女優だった
北川町子さんと出会い、結婚しました。
その結婚は、スター女優と大部屋俳優の今で言う「格差婚」で、
周りの反応には厳しいものがあったそうです。
奥様との結婚と、俳優として頭角を現す頃のお話です。

8月29日≪金≫:『アタック25』の司会
児玉清さんと言えば、放送開始から30年以上経つ「パネルクイズ アタック25」
の司会を思い浮かべる方も多いと思いますが、児玉さんいわく
「一度も満足が行く出来がない」のだそうです。
司会ぶりについて奥様からダメ出しもされるということで
最終日は「アタック25」や近況について伺っています。

kodama-kunimaru.jpg

<児玉清>
1934年、東京生れ。学習院大学独文科卒。東宝映画を経て1967年フリーに。
NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」やTBS「沿線地図」、フジテレビ「HERO」をはじめ多くのドラマに出演。
朝日放送「パネルクイズアタック25」、NHK・BSII「週刊ブックレビュー」の司会も務める。
著書に『たったひとつの贈りもの―わたしの切り絵のつくりかた』『負けるのは美しく』など。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 09:54

2008年08月17日

8月18日~8月22日の邦流は、邦流セレクション

今週は、邦流セレクション!
これまでに放送した「邦流」をスタッフが厳選し、もう一度振り返ります。

8月18日≪月≫:石立鉄男さん

8月19日≪火≫:松坂慶子さん

8月20日≪水≫:志村けんさん

8月21日≪木≫:藤原紀香さん

8月22日≪金≫:水谷豊さん

お楽しみに!

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 17:30

2008年08月11日

8月11日~8月15日の邦流は、市川亀治郎さん

今週の「邦流」のゲストは、歌舞伎俳優の市川亀治郎さん

8月11日≪月≫:歌舞伎の名門の御曹司
歌舞伎の名門の御曹司として生まれた市川亀治郎さん。
将来の歌舞伎界を支える人物になるため、小さい頃から、
さぞかし、辛く厳しい毎日だったろうと想像したのですが、
お父様には、歌舞伎がイヤならやめてもよい・・・と言われていたそうです。
市川亀治郎さんの子役としてのデビューのころから、
大学生時代までのお話を伺っています。

8月12日≪火≫:厳しい歌舞伎の世界
4歳で歌舞伎役者として初舞台にあがった市川亀治郎さん。
やはり芸の道は厳しく、子供の頃から一人前の扱いをされて、
特に礼儀は、厳しく教えられたそうです。
市川亀治郎さんに、厳しい歌舞伎の世界についてお話を伺っています。

8月13日≪水≫:大河ドラマ『風林火山』
昨年の大河ドラマ『風林火山』で、子供の頃からの夢だった
武田信玄役を演じることになった市川亀治郎さん。
テレビドラマを演ずる際には、なるべく自然体を心がけた
亀治郎さんですが、セリフに関しては、歌舞伎の世界に
伝わる「ある教え」に従ったそうで、その結果、大先輩の緒形拳さんに誉められ
て大変気分が良かったのだそうです。
大河ドラマ『風林火山』について伺っています。

8月14日≪木≫:プライベートについて
芝居をやっている時とラスベガスで遊んでいる時が、
一番の幸せだという市川亀治郎さん。
結婚について伺うと、またまだ先のことだけど、相手には原節子さんのような
素敵な人がいいと仰っていました。
市川亀治郎さんのプライベートについてお話を伺っています。

8月15日≪金≫:「亀治郎の会」について
自主公演「亀治郎の会」を目前に控えた市川亀治郎さん。
演目選びから裏方のフォローまで、主催者として現在、大忙しなのだそうですが、
亀治郎さんは、「本当に面白いことは、自らに責任が圧し掛かって来る
ものでないといけない」と仰っています。
まもなく行われる「亀治郎の会」についてお話を伺っています。

kamejiro-kunimaru.jpg

<市川亀治郎>
1975年生まれ。市川段四郎の長男。80年『義経千本桜』で初お目見得、
83年『御目見得太功記』で二代目市川亀治郎を名のり初舞台。
多種多様な役柄に挑む若手花形きっての実力派。
歌舞伎座での活躍以外にも、「新春浅草花形歌舞伎」や
自主公演「亀治郎の会」における意欲的な舞台で高い評価を得る。
05年に『NINAGAWA十二夜』蜷川幸雄演出、06年に『決闘!高田馬場』
三谷幸喜脚本・演出と話題作に立て続けに出演。
06年ロンドン公演市川海老蔵と共演の『かさね』でローレンス・オリビエ賞にノミネート、
07年3月パリ・オペラ座公演と海外公演でも重要な役どころを勤めている。
2007年NHK大河ドラマ『風林火山』に武田信玄役で映像初出演。
02年松尾芸能賞新人賞。
06年浅草芸能大賞奨励賞、朝日舞台芸術賞寺山修司賞。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 10:44

2008年08月05日

8月4日~8月8日の邦流は、橋田壽賀子さん

今週の「邦流」のゲストは、橋田壽賀子さん

8月4日≪月≫:おしん
大ヒットした「おしん」。
実はある方へのメッセージがこめられているそうです。
他にもおしんにまつわる裏話をきいています。

8月5日≪火≫:脚本家になるきっかけ
大学に入った橋田さん。
この仕事に入るきっかけはなんと女優をなさったからなんだとか。
その後、松竹へ入られた橋田さんは一行も書かせてもらえなかったそうです。

8月6日≪水≫:テレビのお仕事
松竹で仕事させてもらえなかった橋田さんは、当時「ランク落ち」
といわれたテレビの仕事をすることになります。
「七人の刑事」「東芝 日曜劇場」など、当時のお話をうかがっています。

8月7日≪木≫:結婚生活
橋田さんがご主人と結婚を決意したのはオドロキの理由でした。
今日はご主人との結婚生活、そしてご主人の入院など、
当時のエピソードをうかがっています。

8月8日≪金≫:橋田流、夫婦のあり方
ホームドラマを書く上で、たくさんのご夫婦を見てこられた橋田さんは、
たいていのご夫婦を「もったいない」とおっしゃっていました。
橋田流夫婦円満の秘訣、夫婦のあり方をたっぷりうかがっています。

hashida-kunimaru2.jpg

<橋田壽賀子>
1925年、京城生まれ。
日本女子大学卒業後、早稲田大学文学部芸術学科入学、中退し、松竹に入社。
その後フリーの脚本家に。橋田文化財団理事長。
「となりの芝生」「おんな太閤記」をはじめ、数多くのTVドラマの脚本を手がける。
なかでも「おしん」は大反響を呼び、90年スタートの「渡る世間は鬼ばかり」は
続編が制作され続けている。菊池寛賞、紫綬褒章、勲三等瑞宝章ほかを受勲、受賞。
著書に『夫婦の時間』(知恵の森文庫)、『ひとりが、いちばん!』(大和書房)ほか。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 11:48

2008年07月27日

7月28日~8月1日の邦流は、榎木孝明さん

今週の「邦流」のゲストは、榎木孝明さん

7月28日≪月≫:九州男児の家庭に生まれて
4人兄弟の末っ子で、上3人が全てお姉さまだった榎木孝明さん。
それは大事に育てられたそうなのですが、
そのせいか、事あるごとに泣いてしまう、
ちょっと女々しいお子さんだったそうです。
そんな榎木さんを心配してか、九州男児を地でいくお父様は、
榎木さんに、かなり厳しい教育を施すようになるのですが、
これが我々の常識を超えた壮絶なものだったようです。
榎木さんの厳しかった家庭環境について伺っています。

7月29日≪火≫:演劇との出会い
小さな頃から絵を書くことが好きだった榎木孝明さん。
東京の武蔵野美術大学へ入学するため上京したのですが、
九州の片田舎からやってきた青年にとって、東京はあまりにも刺激的で、
『ここなら何でもできるのでは…』、と感じるようになります。
そんな折、榎木さんは、ある雑誌に書かれた
「明日のスター」という言葉に惹かれ、
俳優オーディションに出向くのですが…。
榎木さんの演劇との出会いのお話を伺っています。

7月30日≪水≫:日本男児と白タイツ
演劇を続けるために、バイトに勤しむ毎日の榎木孝明さんでしたが、
その後ある舞台がきっかけとなり、
日本を代表する劇団のひとつ、「劇団四季」を目指すことになります。
しかし当時、榎木さんはまだ劇団四季がミュージカルの劇団だと知らず、
オーディションの際、様々な苦労をされたそうです。
榎木さんの劇団四季時代についてお伺いしています

7月31日≪木≫:俳優としての転機
劇団四季を退団後、榎木孝明さんは、その舞台をテレビや映画の世界に移すこと
になりますが、
その俳優としての転機となったのが、内田康夫原作の人気ドラマ「名探偵・浅見
光彦シリーズ」の浅見光彦役でした。
榎木さんは、やはり今でもこの作品には特別な想いを持っていらっしゃるそうです。
榎木さんの俳優としての転機についてお伺いしています。

8月1日≪金≫:俳優・榎木孝明の夢
九州は鹿児島・薩摩のお生まれの榎木孝明さん。
いつかは故郷に恩返しを・・・と考えていた矢先、
激動の明治維新を駆け抜けた、ある伝説の人物と出会います。
その人物の魅力に惹かれた榎木孝明さんは、現在、その人物を
主人公にした薩摩の薩摩による薩摩のための映画を作る構想を練っているそうです。
榎木孝明さんの今後の夢について伺っています。

enoki-kunimaru.jpg

<榎木孝明>
鹿児島県出身。武蔵野美術大学デザイン科に学ぶ。
劇団四季に入団、1981年『オンディーヌ』で初主演。
1983年劇団四季を退団し、
1984年NHK朝の連続テレビ小説『ロマンス』主演でテレビデビュー。
その後、俳優として、映画・テレビ・舞台で活躍。
旅を好み、アジア各地を中心に世界の風景を描き続ける。
毎年全国各地で個展を開催。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年07月20日

7月22日~7月25日の邦流は、高中正義さん

今週の「邦流」のゲストは、ギタリストの高中正義さん

7月22日(火) 「叶わなかった夢」
ビートルズ好きのお兄さんの影響で中学からギターを始めた高中正義さん。
ベンチャーズの曲などをコピーして毎日のように弾いていたにも関わらず、
学校の勉強も怠ることはありませんでした。当然、成績も優秀。
そんな高中正義さんは、名門校である日比谷高校への進学を夢見ていたのですが、
ある理由でその夢は叶わぬものとなってしまったそうです。
果たして、その「理由」とは…。
月曜日は、高中正義さんの中学校時代のお話を中心に伺っています。

7月23日(水) 「サディスティック・ミカ・バンド」
デビュー時は何故か「ベーシスト」だった高中正義さんは、
1972年、伝説のバンド「サディスティック・ミカ・バンド」に参加。
当時は髪を緑色に染め、ド派手なファッションに身を包んでいたそうです。
その後、バンドはイギリスへも進出し、その音楽活動は、
一見、順風満帆に思えたのですが…。
火曜日は、高中正義さんが所属していた「サディスティック・ミカ・バンド」での
裏話などを伺ってみました。

7月24日(木) 「南の島とトロピカルサウンド」
サディスティック・ミカ・バンド解散後にソロになった高中正義さんが初めて気付いたこと。
それは、「自分が歌う歌は売り物にならない」ということだったそうです。
そのため、その後は専らインストゥルメンタル中心に活動してきたというのは、
ご本人の御謙遜なのでしょうか?
水曜日は、高中正義さんがソロになってからのお話と、
一時期住んでいたバハマでのエピソードを伺っています。
名曲「ブルー・ラグーン」は、あんなにもトロピカルなサウンドなのに、
東京・広尾の散らかったワンルームマンションの一室で作られたそうです。
信じられません…。

7月25日(金) 「ウォーキング・ギター」
高中正義さんは、現在、軽井沢にお住まいです。
周りには夜遅くまでやっている飲み屋などが無いため、非常に健康的な生活を送っており、
毎朝6時には起床。ランニングマシーンでウォーキングをしながらギターを弾くのが
日課になっているそうです。
桑名正博さんやTOKIOの松岡君も興味を示したという、この「ウォーキング・ギター」。
今後、流行る…かも?
最終日は、高中正義さんの軽井沢での生活模様と、
間もなく行われるライブに向けての意気込みなどを伺っています。

takanaka-kunimaru-small.jpg


<高中正義>
1953年東京都生まれ。71年、17歳のときにピンク・フロイド初来日となった
伝説の大型野外コンサート「箱根アフロディーテ」にフライド・エッグのベーシストとして登場。
72年サディスティック・ミカ・バンドにリードギターとして入り、75年の解散後、
サディスティックスを結成しほぼ同時にソロ活動を始める。
代表曲に『BLUE LAGOON』、『ALONE』 『渚・モデラート』『エビダウロスの風』
『BLUE STRIPE』などがある。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 17:00

2008年07月13日

7月14日~7月18日の邦流は、モト冬樹さん

今週の「邦流」のゲストは、モト冬樹さん!

7月14日(月):音楽との出会い
産婦人科のお医者様の家庭に生まれたモト冬樹さん。
中学校3年生までは、全く音楽に興味はなかったのですが、
ある「世界を代表するバンド」の音に触れたことがきっかけで、
それ以降、ギターの練習に明け暮れる毎日になったそうです。
モト冬樹さんの音楽との出会いを伺っています。

7月15日(火):ビジーフォー結成秘話
20代も半ばのころ、モト冬樹さんは、当時、活動していたバンドを解散し、
悶々とする日々を過ごされます。
そんな時出会ったのがウガンダ・トラさんでした。
ウガンダさんのドラムに惚れ込んだモト冬樹さんは、ウガンダさん、
そして小学校時代からの知り合いであるグッチ裕三さんらとともに
あの伝説のバンド「ビジーフォー」を結成します。
「ビジーフォー」結成のお話です。

7月16日(水):モノマネ四天王時代
純粋な音楽を目指し結成したビジーフォーですが、
メンバーの間での方向性の違いにより、
一度、メンバーはお互い距離を置くことになります。
そんなビジーフォーの人気に再び火がつくのが、
テレビ「モノマネ王座決定戦」での活躍でした。
モノマネ四天王時代のビジーフォーについてお話を伺っています。

7月17日(木):モト冬樹さんの結婚しない理由
モト冬樹さんは、芸能界でも交友関係が広いことで知られ、
多くの女性たちとも、お付き合いをしてきたそうなのですが、
結婚を意識するあまり、どうしてもそこまで踏み切れなかったそうです。
モト冬樹さんの結婚しない理由についてお話を伺っています。

7月18日(金):モト冬樹さんの上手な人付き合いの方法
モト冬樹さんは、人、とくに女性を楽しませる技術に関しては天才だと自認されておりますが、
実は、そうした「人との付き合い方」を良くするには、
あるポイントを押さえておくことが必要だと仰っています。
モト冬樹さんの上手な人付き合いの方法をお伺いしました。

moto-kuni-small.jpg

<モト冬樹>
中学時代、ベンチャーズに憧れギターを弾き始める。
高校卒業後、小学校から同級生だったグッチ裕三、実兄であるエド山口とバンドを組み、
銀座・六本木界隈でクラブを中心に活動開始。
その後、「ローズマリー」「ジュテーム」などのグループを経て1977年、
グッチ裕三、ウガンダ・イタッケ島田とともに「ビジー・フォー」を結成、
ライブハウスを中心に活躍。1983年、「ビジー・フォー」解散。
のちに「ビジー・フォースペシャル」を結成、ギター兼ボーカルを担当。
フジテレビ『ものまね王座決定戦』の出演をきっかけに“モノマネ四天王”ブーム
を巻き起こし人気を博す。
個性的なキャラクターを活かし、テレビドラマ・CMにも多数出演。


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年07月06日

7月7日~7月11日の邦流は、松平健さん

今週の「邦流」のゲストは、松平健さん!

7/7(月) 「子供の頃のお話」
7人兄弟の末っ子として生まれた健さん。小学生の頃はひょうきんだった健さんですが、
中学校に入りシャイになっていきます。初恋トークについても伺っています。

7/8(火) 「家出、そして下積み時代」
高校へ行かずに家出をした健さんは名古屋でアルバイトを始めます。
バイトをしながらある映画を見た健さんは、俳優になる決意をし上京します。
そしてその映画の主演の家を勝手に訪ねます。そして、劇団に入るんですが…

7/9(水) 「師匠・勝新太郎」
劇団に入団して4年目、師匠となる勝新太郎さんと出会い、テレビデビューすることになります。
健さんが勝さんに教わった事やプライベートの勝さんについて伺っています。

7/10(木) 「暴れん坊将軍のお話」
1978年からスタートした「暴れん坊将軍」。健さんは24歳の若さで大抜擢されます。
将軍を演じるために健さんは勝さんにあるところへ行くようアドバイスを受けます。
健さんが役作りに通い続けたある場所とは?

7/11(金) 「マツケンサンバⅡのヒット~暴れん坊将軍の打ち切り」
マツケンサンバⅡの大ヒットの裏で「暴れん坊将軍」が打ち切りになってしまいます。
ショックを受けた健さんは、逆に将軍にこだわらずいろいろな役にチャレンジしたそうです。
家での健さんのお話も伺っています。


matsudaira-kunimaru.jpg


<松平健>
1953年、愛知県豊橋市出身。
17歳で上京し、劇団フジに入団。その後、勝新太郎の勝プロに移籍し、
75年フジテレビ「座頭市物語」第23話~心中あいや節~でデビュー。
78年、代表作である「吉宗評判記 暴れん坊将軍」がスタート。
以降、2003年まで830回放送される長寿番組となる。
1980年、アルバム「黎明」で歌手デビュー。
2004年リリースのCD「マツケンサンバII」で紅白歌合戦に出場。
また、同年には黒沢明監督の映画「用心棒」を舞台化し、菊田一夫演劇賞を受賞。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年06月29日

6月30日~7月4日の邦流は、内館牧子さん

今週の「邦流」のゲストは、脚本家の内館牧子さん

●6月30日(月)「相撲好きの原点」
内館牧子さんは、小さい頃は一人でトイレにも行けない超・気の弱い子供で、
いつもイジメられていました。でもそんなとき助けてくれたのが、
金井くんという力道山そっくりの巨漢の男の子だったそうなのですが、
どうやらそれが内館さんの巨漢好きになるきっかけになったようです。
月曜日は、内館さんの相撲好きの原点を伺っています。

●7月1日(火)「相撲好きのOL時代」
小・中・高・大学と相撲への情熱が尽きることの無かった内館牧子さん。
三菱重工のOLとなってもそれは変わることなく、
ついには念願の北の冨士とのツーショット写真を取ることに成功します。
会社の同僚に自慢したかった内館さんは、
その写真を使ってあることをするのですが、
それが大騒動を引き起こすことになります。
火曜日は、内館さんのOL時代のお話です。

●7月2日(水)「脚本家・内館牧子誕生秘話」
相撲の世界で働きたい・・・
だけど、三菱という大企業からは離れられないという気持ちの間で、
悩み苦しむ内館牧子さん。
そんな時、ふと、シナリオライター養成所生徒募集の新聞広告を目にし、
軽い気持ちで受講します。
でもそれまで内館さんは、全く映画など見たことなく、
精々見たと言える映画といえば、やっぱりアノ関係の映画だけでした。
水曜日は、脚本家・内館牧子誕生秘話です。

●7月3日(木)「内館さんのなんて素敵な人生」
TBSの名作ドラマ「想い出にかわるまで」以降、次々とヒットを飛ばし、
ついには「相撲好きの女の子が主人公」のNHK朝の
連ドラ「ひらり」を書くまでに至ります。
その結果、取材という名目で、相撲部屋に行き放題となった内館さんは
「こんな人生ってあるのか」と、しみじみと思ったそうです。
木曜日は、内館さんの素敵な人生のお話を伺います。

●7月4日(金)「朝青龍・・・愛ゆえに・・・」
現在、横綱審議委員として活躍中の内館牧子さん。
その発言は様々な物議を醸してきましたが、
内館さんはアスリートとしての朝青龍は本当に大好きだが、
国技としての相撲を愛する者として、絶対に譲れないところがあると仰っています。
それが何なのか・・・金曜日は、内館さんの惚れ惚れする相撲愛をお聞きください。

uchidate-kunimaru-small.jpg

<内館牧子>
1948年9月10日生まれ、秋田市出身。武蔵野美術大学卒業後、三菱重工に入社。
13年間のOL生活を経て脚本家に。
代表作には『都合のいい女』(フジテレビ)、『週末婚』(TBS)、『汚れた舌』(TBS)、
『ひらり』(NHK朝の連続テレビ小説)、『私の青空』(NHK朝の連続テレビ小説)、
『毛利元就』(NHK大河ドラマ)など。
93年には『ひらり』で第1回橋田寿賀子賞受賞。
また女性初となる日本相撲協会の横綱審議委員を務める。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 17:00

2008年06月23日

6月23日~6月27日の邦流は、中尾ミエさん

今週の「邦流」のゲストは、中尾ミエさん!

6/23(月) 「ひねくれていた子供時代」
九州・小倉で生まれた中尾ミエさんは子供時代、
ご本人いわく、相当ひねくれた女の子だったそうです。
周りがみんな手を焼いたという数々エピソードを伺いました。

6/24(火) 「デビュー曲『可愛いベイビー』」
今日は、中尾ミエさんのデビュー曲にしていきなりの大ヒット曲、
「可愛いベイビー」に出会うまでの話です。
当時15歳の中尾ミエさんは、家族の生活のため、食べるために
働こうと決心したそうです。

6/25(水) 「三人娘の笑顔の裏には・・・」
中尾ミエさんがデビュー後、伊東ゆかりさん・園まりさんと組んだ「三人娘」は
当時はラジオやテレビで大人気でした。
しかし当の本人たちは嫌で嫌でしょうがなかったそうです。
「三人娘」の本音を伺っています。

6/26(木) 「どうしてもダメな結婚」
これまでずっと独身の中尾ミエさんは、「結婚」という言葉には
寒気がするくらい拒絶反応があるそうです。
中尾ミエさんの恋愛観についてです。

6/27(金) 「玄人はだしの水泳」
中尾ミエさんは実は本格的に水泳に取り組んでいて
ウーマンズマスターズ世界大会にも出場経験があるそうです。
最終日の今日は水泳と、公開間近の中尾ミエさん出演の
ミュージカルのお話です。

nakao-kunimaru-small.jpg


<中尾ミエ>
昭和37年、「可愛いベイビー」でデビュー。
その大ヒットで、一躍スターとなる。
そして、伊東ゆかり、園まりと共に「三人娘」としてトリオを組み、一時代を築く。
デビュー当時から、歌だけでなく映画やテレビドラマでも活躍し、
昭和38年に歌手では初めて映画製作者協会から新人賞を受賞。
また、表現力の豊かさ、洒落たおしゃべりには定評がある。
森山良子との絶妙なコンビで行っていたトーク番組「ミエと良子のおしゃべり泥棒」では、
その魅力を発揮し長い間人気を博していた。
バラエティーでも大いに活躍しており、中尾ミエのキャパシティーの広さを物語っている。


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 10:48

2008年06月15日

6月16日~6月20日の邦流は、筧利夫さん

今週の「邦流」のゲストは、筧利夫さん

●6月16日(月)「肉と魚が大嫌い」
子供の頃の筧利夫さんは肉と魚が大嫌いで、毎日、お菓子ばかり食べているような少年だったそうです。そして、その偏った食生活のため、ついには栄養失調にまでなってしまったんだとか…。
月曜日は、わがままし放題で協調性には欠けていたけど集中力には自信があったという、少年時代の筧利夫さんにスポットを当てています。

●6月17日(火)「地獄の少林寺拳法部」
漫画『 嗚呼!花の応援団 』のような硬派な世界に憧れていた筧利夫さんは、俳優を目指して入学した大阪芸術大学で少林寺拳法部に入部しました。長ラン(詰襟が高くて、丈が長い変形学生服)を着られるし、先輩たちも優しそうだったからという軽い気持ちでの入部だったそうなのですが、先輩たちが優しかったのは最初の一週間だけ。その後には、理不尽な規律や、想像を絶するハードな練習が待ち構えていたといいます。
火曜日は、少林寺拳法部での地獄の日々を振り返ってもらいました。

●6月18日(水)「劇団☆新感線から第三舞台へ」
筧利夫さんの大学時代の風貌はといえば「パンチパーマにヒゲ」という厳ついモノ。筧さんはこのスタイルのまま大学の授業でシェークスピア劇を演じ、また、当時は学生劇団であった『劇団☆新感線』に参加していたそうです。
そして、その後、鴻上尚史さんが率いる『第三舞台』のオーディションに合格。ここで、「自分で演技を考える」ということを初めて学んだんだとか…。
水曜日は、筧利夫さんが所属した両劇団でのエピソードなどを伺っています。

●6月19日(木)「スランプだった頃」
恋人役の女優さんを現実の世界でも本気で好きになってしまうほど役にのめりこむという筧利夫さん。そんな一本気な性格が災いしてか、テレビドラマに出始めた頃は舞台での演技との違いに戸惑いを感じてスランプに陥り、一時は引きこもりに近い状態にまでなってしまったそうです。そんな時、筧さんは映画を見まくり、「映画日記」を付け始めるのですが…。
木曜日は、筧利夫さんがテレビに出始めた頃の苦労話を中心に伺っています。

●6月20日(金)「ミス・サイゴン」
筧利夫さんのモットーは「嫌いな仕事はしないで楽しいことだけやっていきたい」というもの。そのせいなのか、お酒を飲みに行っても周りに愚痴ることはほとんど無いんだそうです。私、野村邦丸のように泥酔して道端で眠ってしまったこともないそうです。「そんなはずはない!記憶に残っていないだけだ」」と、私は思うのですが…。
さて、そんな筧利夫さんが7月からミュージカル「ミス・サイゴン」に出演します。
最終日の金曜は「ミス・サイゴン」の見所などを伺いました。
また、密かに歌手デビューもしていたそうです。詳しくは放送で!

kakei-kunimaru-small.jpg


<筧利夫>
1962年8月10日生まれ。静岡県出身。主な出演作品として、舞台『幕末純情伝』『飛龍伝』、『エビ大王』『何日君再来-イツノヒカキミカエル-』、ミュージカル『ミス・サイゴン』、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』、『22才の別れLycoris-葉見ず花見ず物語』、『キャプテン』、ドラマ『Dr.コトー診療所2006』など。


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年06月08日

6月9日~6月13日の邦流は、津川雅彦さん

今週の「邦流」のゲストは、津川雅彦さん

6月9日(月) 「津川雅彦、華麗なるデビューについて」
日本の映画界を支えた芸能一家に生まれた津川雅彦さん。
生まれた時からハンサムで、お母様に、それはそれは溺愛されて育てられたそうです。
その後、そうした環境に反発し、新聞記者を志すのですが、
やはり周囲は、津川さんをほっておいてはくれませんでした。
津川さんの映画デビューまでのお話です。

6月10日(火) 「松竹への移籍、そして挫折・・・」
映画「狂った果実」で一世を風靡した津川雅彦さん。
街を歩けばキャーキャー言われてとてもいい気持ちだったそうなのですが、
日活から松竹へ移籍したのをきっかけに、
全てがうまくいかなくなってしまいました。
そんな状況を津川さんは落ち込むことなく、
ある逆転の発想で乗り切ったそうなのですが・・・
それは一体何だったのか。その頃のお話です。

6月11日(水) 「伊丹監督との出会い」
松竹へ移籍して以来、全てがうまくいかなくなった津川さんですが、
「もう、いい子ちゃんはやめて悪役になろう」という逆転の発想の結果、
次第に人気を取り戻していきます。
そうしたなか出会ったのが、伊丹十三監督。
津川さんは伊丹さんから様々なことを学んだそうです。
そんな津川さんの伊丹監督への想いを伺っています。

6月12日(木) 「津川雅彦ラブシーン講座」
日本映画界で「ラブシーンをやらせたら右に出るものはいない」
と呼ばれている津川雅彦さん。
そうそうたる女優さん達とラブシーンを演じてうらやましがられることも多いそうですが、
津川さん曰く「ラブシーンは女性を美しく見せるための殺陣(たて)」なんだそうです。
津川さんのラブシーン講座です。

6月13日(金) 「津川雅彦、遊びの哲学」
津川雅彦さんは「命を削ってでも遊ぶ」というほど、
「遊ぶ」という行為を大切になさっています。
そこには津川さんの「遊び」に対するこだわりがあります。
津川さんの「遊びの哲学」と、その遊びのひとつである映画作りについて
お話を伺っています。

お楽しみに!

tsugawa-kunimarusmall.jpg


<津川雅彦>
俳優。演劇一家に生まれ、5歳から子役として活躍。
1956年の映画『狂った果実』で一躍トップスターに。
以後、ブルーリボン助演男優賞を受賞した映画『マノン』、
日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した映画『プライド・運命の瞬間』など
数々の話題作に出演。
映画・テレビ・舞台のあらゆる役柄をこなす日本演劇界の代表的存在。
2006年から映画監督「マキノ雅彦」としても活動開始。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年06月01日

6月2日~6月6日の邦流は、前川清さん

今週の「邦流」のゲストは、前川清さん

6月2日(月)「米軍基地にて」
長崎県の佐世保に生まれた前川清さんは、子供の頃、
野球をするために出入りしていた米軍基地でアメリカ人と日本人の違いを
まざまざと見せつけられたそうです。
月曜日は、そんな前川清さんが音楽に興味を持ち、
歌を歌い始めるまでの話を中心に伺いました。
当時は、直立不動の姿勢でローリングストーンズを歌っていたというから笑えます。

6月3日(火)「荒んだ生活」
若い頃は友人の家を転々とし、貧しくて荒んだ生活を送っていたという前川清さん。
19歳の時、知り合いの店で歌っていたところをクールファイブのメンバーにスカウトされ、
多少は生活が楽になるかと思われましたが、実際にはなかなかボーカルをとらせてもらえず、
給料も思ったほどではなかったと言います。
そして、メンバー全員に「デビューして有名になってやろう」という気はまったく無かったんだとか…。
火曜日は、前川清さんの下積み時代の話です。

6月4日(水)
「直立不動の前川スタイル」
スタンドマイクの前で直立不動で歌う前川清さんの歌唱スタイル。
あのスタイルはどこでどのようにして生まれたのでしょうか?
この日の放送を聞けば、その謎がスッキリと解けるはず。
でも、実は一度だけ振りを付けて歌ったことがあるとのことなのですが…。

6月5日(木)
「欽ちゃんの教え」
それまで「無口で真面目」のイメージが強かった前川清さんをお笑い番組に
起用したのが欽ちゃんこと萩本欽一さん。これが大当たりして番組は高視聴率。
前川清さんはお笑いに関する多くのことを欽ちゃんから学んだそうです。
木曜日は、前川清さんの別の一面を引き出してくれた萩本欽一さんに
関するエピソードを中心に伺っています。

6月6日(金)
「馬主としての顔」
昨年、前川清さん所有の牝馬「コイウタ」がGⅠレース・ヴィクトリアマイルで
優勝して話題となりました。
金曜日は、その時の裏話をたっぷりと伺ってみました。
レース当日、前川清さんが「九州で仕事」と周りにウソをついて北海道で
ゴルフをしていたのは何故なのか?
なお、前川清さんの今後の活動予定につきましては公式HP「清にゾッコン!」をご覧下さい。

お楽しみに!

maekawa-kunimaru-small.jpg

<前川清>
1969年内山田洋とクールファイブのヴォーカルとして 「長崎は今日も雨だった」でデビュー。
その後「そして神戸」・「中の島ブルース」 ・「東京砂漠」などが大ヒット。
1987年よりソロ活動を開始し 「花の時・愛の時」・「男と女の破片」のヒットを飛ばす。
2002年テイチクレコードより福山雅治プロデュースによる新曲「ひまわり」を発売。
現在、ソロでの活動のほか、前川清&クール・ファイブとしても活動中。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:26

2008年05月25日

5月26日~5月30日の邦流は、渡辺正行さん

今週の「邦流」のゲストは、タレントの渡辺正行さん

●5月26日(月) 「学生時代のお話 剣道部から落研へ」
中学高校と剣道に明け暮れていた渡辺正行さん。
芸能界での仕事など、みじんも考えていなかったそうです。
なぜ落研に入ったのか? なぜ芸能界のお仕事を考えるようになったのか?
それはある方との出会いがあったからなんだそうです。
学生時代のお話を伺っています。

●5月27日(火) 「小宮さん、石井さんとの出会い、そしてコント赤信号結成」
大学で落研に入った渡辺正行さん。落語も友人もカルチャーショックだったそうです。
急に色々なことに興味を持った渡辺正行さんは、俳優の勉強もはじめられます。
そしてあることに疑問をもたれた渡辺さんは、あの二人とお笑いの道を目指すことになります。
コント赤信号を結成するまでのお話を伺っています。

●5月28日(水) 「コント赤信号、下積みからブレイクまで」
当時バイトで生計を立てていた3人。
ストリップ劇場で仕事をしだすようになります。
そんな中「マンザイブーム」がやってきますが、コント赤信号はさっぱり売れませんでした。
これを最後にとある先輩に誘われて、テレビでネタを見せることになります。
コント赤信号、下積み時代から、テレビに出るようになるまでをうかがっています。

●5月29日(木)「渡辺さんと女性のお話」
さまざまな雑誌がテレビや週刊誌で騒がれていた頃、もちろん本命の彼女がいました。
当時のびっくりするお話や、ひょうきん族でのウラ話など女性のお話中心にお届けします。

●5月30日(金)「娘さんのお話」
8歳になられた渡辺正行さんと娘さんのお話です。
爆笑お受験トークから、ちょっとウルウルしてしまう話など、
渡辺さんの煩悩ぶりをお聞きください。

お楽しみに!

nabe-kunimaru-small.jpg

<渡辺正行>
1956年、千葉県生まれ。
明治大学卒業後の77年、落語研究会で出会った小宮孝泰、
劇団テアトル・エコーで知り合った石井章雄との3人で「コント赤信号」を結成。
東京・渋谷のストリップの「道頓堀劇場」でコント修業を積む。
フジテレビ「花王名人劇場」でテレビデビューし、人気お笑いタレントの仲間入り。
80年代後半からソロ活動が多くなり、バラエティー番組を中心に活動。
99年に18歳年下のフルート奏者の敦子夫人と結婚、翌年に長女が誕生。


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:01

2008年05月18日

5月19日~5月23日の邦流は、高木美保さん

今週の「邦流」のゲストは、女優・エッセイストの高木美保さん

●5月19日(月)
小さい頃からワンパクで男の子とばかり遊んでいた高木美保さん、
礼儀作法に厳しいお父様からは、「女の子らしい服装をしろッ」と叱られていたそうです。
でも高木さんは、そんな父の心配をよそに、外を遊びまわっていたそうです。
その頃のお話をお伺いしています。

●5月20日(火)
お父様の脱サラにより、生活が一変。
一時期、家が傾くほどの貧困生活を送った高木美保さんですが、
ご自身の青春時代も男っ気のない残念なものだったそうです。
しかしそんな折、友人の付き添いとして行った女優のオーディションで、
高木さんは転機を迎えることになります。
その頃のお話です。

●5月21日(水)
主演ドラマの大ヒットで、一躍スターの仲間入りを果たした高木美保さんですが、
絶頂期に女優を辞めてしまいます。
そこには高木さんの「役を演じることへの苦悩」があったのだそうですが、
そんな折、高木さんは日本の自然に触れ、その素晴らしさに惹かれていきます。
その頃のお話をお伺いしています。

●5月22日(木)
那須での田舎暮らしを始めた高木美保さん。
現在は、東京と那須との往復生活を続けていらっしゃいますが、
高木さんは田舎暮らしの魅力を、「人づきあいの温かさ」と考えていらっしゃいます。
そんな高木美保さんの田舎暮らしについてお話をお伺いしています。

●5月23日(金)
ハリウッドスターのキアヌ・リーブスが大好きと公言して憚らない高木美保さんですが、
高木さんの求める男性像には主に3つのポイントがあるそうです。
今日は高木さんの理想の男性についてお話を伺っています。

お楽しみに!

miho-kunimaru-small.jpg

<高木美保>
1962年生まれ。東京都葛飾区出身。
1998年、自然とともにある生活を求めて栃木県那須郡に移住し、
自ら有機農業にも従事。
テレビのコメンテーターとしても活躍中で、
飾らない自然体で発せられるコメントは広く一般に受け入れられている。
好きな人物はキアヌ・リーブス、五木寛之、イル・ディーボ、サラブライトマン。

「SATURDAY HUMAN SQUARE 高木美保 close to you」
http://www.joqr.co.jp/closetoyou/

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:15

2008年05月11日

5月12日~5月16日の邦流は、中村メイコさん

今週の「邦流」のゲストは、中村メイコさん!

5月12日(月)
ユーモア作家のお父様と元新劇女優のお母様の間に生まれた中村メイコさん。
ご両親は当時、時代の最先端をいくモボ・モガだったそうで、
その生活ぶりが他とはちょっと違っていたそうです。
今日は、中村メイコさんのご両親についてお話を伺っています。

5月13日(火)
当時、すでに名子役として大活躍だった中村メイコさん。
「普通の女の子の生活がしたい」という願望から、
当時若者の間で流行っていたアルバイトを始めます。
そして、そこで出会ったある人にメイコさんは恋をしてしまいます。
さてそのお相手とは・・・
今日は、中村メイコさんの初恋についてお話を伺っています。

5月14日(水)
中村メイコさんは、仕事現場で、当時、音大生だった神津善行さんと出会い、
その後、結婚します。
でもそれを聞いて号泣する男が一人・・・
その人は、そんなメイコさんへの想いを込めて、
今では世界中で歌われる名曲となった、あの曲を作り出します。
今日は中村メイコさんの結婚についてお話を伺っています。

5月15日(木)
中村メイコさんのご家族は、夫で作曲家の神津善行さんを筆頭に、
優れた芸能一家でいらっしゃいます。
女優業をこなしながら、家族を切り盛りするのは、
並大抵のことではなかったようですが、
そこは、独自のルールと絆で乗り越えていったそうです。
今日はメイコさんの家族についてお話を伺っています。

5月16日(金)
中村メイコさんの大の親友であった美空ひばりさん。
メイコさんは、ひばりさんのことを思い出すあまり、
あの名曲「川の流れのように」を今でも聴くことができないのだそうです。
今日は親友だった美空ひばりさんの思い出をお伺いします。

お楽しみに!

meiko-kunimaru-small.jpg

<中村メイコ>
女優。作家・故・中村正常の長女として東京に生まれる。
2歳8ヶ月で映画「江戸っ子、健ちゃん」でデビュー。
1957年、作曲家・神津善行氏と結婚。
長女・十月(カンナ)、次女・八月(はづき)、長男・善之介の一男二女の母。
現在も舞台、ドラマ、映画、ラジオ、執筆と幅広く活躍中。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:14

2008年05月04日

5月7日~5月9日の邦流は、玉川美沙さん

今週の「邦流」のゲストは、玉川美沙さん!

●5月7日(水) 「大阪から東京へ」
生まれ故郷である大阪でラジオのパーソナリティーなどをしていた玉川美沙さん。本人は地元で気楽にやっていくつもりだったらしいのですが、周りの人たちがあまりにも東京進出を進めるため、その流れに身を任せてみたところ、トントン拍子でラジオ・テレビの仕事が決まっていったそうです。
唯一の悩みといえば地元に残してきた当時の彼氏のこと。果たして恋の行方は?

●5月8日(木)「オートバイと焼酎」
高校生の頃、「走り屋」に憧れてオートバイに乗り始めたという玉川美沙さん。お酒を飲むようになってからは焼酎にハマり、自宅には150本もの焼酎が常備されているそうです。
「オートバイ」と「焼酎」。玉川美沙さんにとって大切なこの2つのモノについてアレコレ伺っています。

●5月9日(金)「恋の話」
初恋。バレンタインデーでの苦い思い出。親友である藤原紀香さんの結婚。
「たまなび」でもあまり話さないという、玉川美沙さんの恋愛感について執拗に迫ってみました。

お楽しみに!

misa-kunimaru-small.jpg

<玉川美沙>
1971年生まれ。大阪府出身。
FM大阪でラジオパーソナリティーとして番組を担当。
以後東京へ活躍の場を移す。
現在、文化放送『玉川美沙たまなび』(月~金)のパーソナリティーとして活躍。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 15:37

2008年04月27日

4月28日~5月2日の邦流は、山本譲二さん

今週の「邦流」のゲストは、山本譲二さん!

●4/28(月) 「苦労してこぎつけた初デート」
高校球児として甲子園にも出場した山本譲二さんは、
当時あこがれだった「みっちゃん」とデートをしたいがために
ある方法を使って厳しい部活をさぼりました。
月曜日は、山本青年の思い出の初デートの話です。

●4/30(水) 「新宿駅での野宿がスタートだった上京物語」
山口県から上京して、行くあてのないまま新宿駅にたどりついた
山本譲二さんは新宿駅前での野宿が東京生活のスタートだったそうです。
水曜日はデビューのきっかけとなった恩師・浜圭介さんや
師匠の北島三郎さんとの出会いのお話です。

●5/1(木) 「実は他人の曲だった『みちのくひとり旅』」
大ヒット曲となった「みちのくひとり旅」は当初、違う歌手の歌として
つくられたもので、あることがきっかけで山本譲二さんの歌になったそうです。
木曜日はそんな「みちのくひとり旅」とのめぐり合いのお話です。

●5/2(金) 「最後の女・悦子夫人の話」
最終日は、山本譲二さんの「最後の女」悦子夫人のお話です。
金曜日は涙無くしては聞けない、娘さんの出産エピソードです。

お楽しみに!

joji-kunimaru-small.jpg

<山本譲二>
1950年、山口県下関市出身。
歌手を夢見て上京。デビューするも下積み時代が続く。
北島三郎の門をたたき修行を重ね、
山本譲二として1978年「北ものがたり」で再デビュー。
『みちのくひとり旅』でミリオンセラーを記録し、名実ともの夢を叶える。
テイチクエンタテインメントへ移籍後、
しあわせ演歌で新境地を開拓、連続ヒットを記録している。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 16:00

2008年04月21日

4月21日~4月25日の邦流は、水谷豊さん

今週の「邦流」のゲストは、水谷豊さん!
お楽しみに。

<水谷豊>
1952年生まれ、北海道出身。
68年にTV「バンパイヤ」(CX)で主演デビュー。
少年時代からドラマを中心に活躍する。
その後チンピラ役を演じた74年「傷だらけの天使」、
熱血先生役を演じた78年「熱中時代」で、若者を中心に多大な影響を与える。
76年の映画「青春の殺人者」では、キネマ旬報主演男優賞を受賞。
今年5月1日から公開される「相棒 -劇場版-」は
25年ぶりの本格的な映画出演となる。
また、歌手としては、79年「カリフォルニア・コネクション」など
数々の大ヒット曲を持ち、
今年5月14日にセルフカバーのCDアルバム「TIME CAPSULE」を発売。

mizutani-kunimaru-small.jpg

月曜日
北海道の大自然のなかで生まれた水谷豊さん。
子供の頃、テレビがなぜ映るのか不思議でしょうがなかったそうです。
そんなテレビの魅力に惹かれていったことが、
今日(コンニチ)の俳優・水谷豊ができあがるきっかけだったように私は思えました。
今日は、水谷さんの少年時代の話をお伺いしています。

火曜日
近所のおばさんの紹介で児童劇団へ入団した水谷豊さん。
岸田今日子さんら、諸先輩方にかわいがられながら順調に、役者をこなし、
ついに念願のテレビに出演します。
しかし、あれだけ楽しみにしていたテレビ出演も、
思春期の水谷さんには、思ったほどの感動はなく、
ついに役者をやめてしまいます。
今日は、その頃のお話です。

水曜日
俳優をやめた後、大学受験の失敗から家出を繰り返すようになった水谷豊さんは、
お金を稼ぐ手段として再び俳優の道に戻ることになります。
しかし、俳優を続けることへの迷いが消えることはなく、
名作「傷だらけの天使」を演じているなかでも、その葛藤は残っていたのだそうです。
今日は、そんな水谷さんの俳優への迷いを伺っています。

木曜日
水谷豊さんが主演したドラマ「熱中時代」。
これは水谷さんのこれまで求められていたチンピラ役のイメージを打ち壊すものになりました。
演技ではなく、本当の先生と生徒として接しようと心がけた水谷さんと、
それに応えようとする生徒たちの力が、あの卒業の名場面を作ったのだそうです。
今日は、熱中時代のお話です。

金曜日
水谷豊さんの奥様といえば、ご存知、伊藤蘭さんです。
おふたりは、夫婦喧嘩をすることがほとんどないんだそうですが、
それは水谷さんが奥様の出産に立ち会ったことがきっかけだったそうです。
今日は、奥様とのエピソードと最新映画「相棒」についてお話を伺っています。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 15:34

2008年04月11日

4月14日~4月18日の邦流は、山田邦子さん

今週の「邦流」のゲストは、山田邦子さん!

●4月14日(月) 「幼少~高校時代のお話」
学校では大人気だった邦子さん。
家ではおとなしい女の子だったそうです。
その理由や爆笑のお父様のエピソードをうかがっています。

●4月15日(火) 「芸能界に入ったきっかけ」
学校で人気者だった邦子さんですが、芸能界デビューしたら退学という学校でした。
もちろんお父様も大反対。
デビュー当時のお話をうかがっています。

●4月16日(水) 「大ブレイクの毎日」
当時週に16本ものレギュラーをこなしていた邦子さん。
一度辞めたいと思ったことがあったそうです。
水泳大会やひょうきん族のウラ話も飛び出します。

●4月17日(木) 「結婚生活」
2000年に結婚なさった邦子さん。
旦那さんとは何十年も前から知り合っていたんだそうです。
結婚生活そして乳がんのお話をお聞きしています。

●4月18日(金) 「舞台の仕事への憧れ」
来週から公演される「アニー」。
座長までつとめた邦子さんが今回はかなり苦労なさっているんだそうです。
アニーのウラ話をうかがっています。

お楽しみに!

kuniko-kunimaru-small.jpg


<山田邦子>
昭和56年5月、TBSドラマ『野々村病院物語』でデビュー。
同時に『皆様右手をごらんくださいませ。一番高いのが中指です。』など
一連のギャグを織り込んだバスガイドネタでデビュー。 
翌年度末のバラエティ部門新人賞を総嘗めし、一躍テレビ界の寵児となる。
以後、司会・ドラマ・講演・執筆等の分野にマルチぶりを発揮し、
平成1年から8年迄NHK“好きなタレント”調査では8年連続第1位 を記録した。
執筆分野では既に13タイトルの小説を上梓し、その他多数のエッセイ本も出している。


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 11:48

2008年04月06日

4月7日~4月11日の邦流は、秋川雅史さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の秋川雅史さん!

●4月7日(月)音楽とともに成長した日々
高校の音楽教師で声楽家の父を持った秋川雅史さん。
機嫌が良いときは、ところかまわず歌をうたっていたという父親のもとで育った秋川さんのまわりには、常に音楽がありました。今日はその頃のお話をお聞きしました。

●4月8日(火)失恋とイタリア道中記
東京の音楽大学に進学し、大学院を修了後、秋川雅史さんは、予てからの目標だったイタリアへの留学を決意します。
でもこれは当時、ひとめぼれした後輩の女の子に振られたことがきっかけでした。
今日は、そんな失恋の思い出と、イタリア語を一切学ばないで訪れたイタリアでのエピソードをお聞きしています。

●4月9日(水)扁桃腺との戦い
イタリア留学から4年が過ぎた頃、秋川雅史さんは突然、歌声に変な音が交じるようになります。
検査の結果、それが扁桃腺肥大とわかった秋川さんは、自らの美しい声を取り戻すため、扁桃腺の手術をしてくれる病院をアルバイトしながら探します。
今日は、そんな扁桃腺との戦いの日々をお聞きしています。

●4月10日(木)千の風になってとの出会い
今の秋川雅史さんの確固たる地位を築き上げたのが、この曲「千の風になって」です。
秋川さんは、この曲の歌詞から、突然この世からいなくなってしまったある人のことを思い出すそうです。
今日はそんな秋川さんの「千の風になって」についてのエピソードをお伺いしています。

●4月11日(金)祭りとシュークリーム
「テノールの貴公子」「秋様」なんて呼ばれる秋川雅史さんですが、実は毎年地元の祭りに参加し、一年のストレスを解消しているそうです。
今日は、そんな祭りのエピソードとコンサートのまえに必ず食べるシュークリームのお話、そして最新アルバムについてお話をお伺いしています。

お楽しみに!

akikawa-kunimaru-small.jpg

<秋川雅史>
1967年愛媛県西条市生まれ。
4歳よりヴァイオリンとピアノを始める。
後に声楽家である父の指導のもとに、声楽の道へと転向。
国立音楽大学・同大学院にて中村健氏の指導を受けた後、
4年間イタリアのパルマでデリオ・ポレンギ氏に師事。
帰国後、第九のソロや数々のコンサートに出演。
1998年カンツォーネコンクール第1位、
日本クラシック音楽コンクール最高位をそれぞれ受賞。
2001年CDデビュー。
そして、2004年、JOC(日本オリンピック委員会)
公式応援ソング「輝け日本」(作詞・作曲:遠藤実)の歌手として任命され、
今後オリンピック開催毎にその美声が披露される。
現在、最も注目を浴びる若手テノール歌手として話題を呼んでいる。


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 15:47

2008年03月30日

3月31日~4月4日の邦流は、綾戸智恵さん

今週の「邦流」のゲストは、ジャズシンガーの綾戸智恵さん!

●3月31日(月) 「音楽の原点」
3歳からホテルのラウンジなどでピアノを弾いていたという綾戸智恵さんは、通っていたミッション系の幼稚園で初めてゴスペルに触れ、そこに「音楽の楽しさ」を見い出したといいます。その後もピアノのレッスンを続けた綾戸智恵さん。高校生の頃には大阪・ミナミのジャズクラブで弾き語りをしてギャラを貰うまでになっていました。当然、プロにならないかとのスカウトもあったそうですが、本人に全くその気はなかったそうです。1日目は、綾戸智恵さんの「音楽の原点」についてお話を伺っています。

●4月1日(火) 「アメリカでの生活」
高校3年生の時に憧れのアメリカを初めて訪れて以来、渡米を繰り返していた綾戸智恵さんは、ある日、ニューヨークのCDショップの店員に「教会に連れてってやるよ」と声をかけられたのがきっかけで「本場のゴスペル」と出会い、そのパワーに圧倒されたそうです。そして、その後、教会で知り合った外国人男性と結婚。しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。2日目は、綾戸智恵さんがアメリカで生活していた頃のお話を中心に伺っています。

●4月2日(水) 「デビューまでの軌跡」
1歳にもならない幼子を抱えてアメリカから大阪に戻ってきた綾戸智恵さん。しばらくは子育て中心の生活を余儀なくされますが、しだいにライブ活動を再開。そして40歳の時、知り合いに頼まれてたまたま出演したジャズフェスティバルで「ドクタージャズ」と呼ばれる大先生にスカウトされることになります。そんな時、必死に口説くスタッフに綾戸さんはある条件(給料補償)を突きつけました。その条件とは…? 3日目は、綾戸智恵さんが40歳でデビューするまでの軌跡を伺っています。

●4月3日(木) 「家族への思い」
「まず家族があって、次に歌がある」と語る綾戸智恵さん。歌手活動で忙しい中でも息子さんのお弁当とお母様への食事は毎朝欠かさず作っていたそうです。そんな家族思いの綾戸智恵さんですが、息子さんが小学校1年生の時に担任の先生と意見が衝突。以降、息子さんは不登校になり悩んだ時期もあったんだとか…。4日目は、綾戸智恵さんの家族に対する思いを伺っています。

●4月4日(金) 「これからのこと」
綾戸智恵さんは昨年の9月に名前の表記を本名(「綾戸智絵」 → 「綾戸智恵」)に戻して活動をしていますが、これにはいろいろな意味があるそうです。現在は10周年記念全国ツアーの真っ最中。昨年の10月にはニューアルバムも発売されています。このアルバム、女性を口説くにはもってこいですよ!(邦丸 談) 最終日は「これからのこと」について伺っています。

お楽しみに!


<綾戸智恵>
1957年、大阪生まれ。
3歳からピアノの勉強を始め、両親の影響でジャズ、そしてアメリカに興味を持つ。
10代で渡米。結婚、離婚を経て34歳で帰国。
数々の仕事を経験して40歳でCDデビュー。



※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 16:30

2008年03月24日

3月24日~3月28日の邦流は、朝丘雪路さん

今週の「邦流」のゲストは、女優の朝丘雪路さん!

●3月24日(月) 「朝丘雪路さんのお嬢様伝説」
大正から昭和にかけて一世を風靡した画家の伊東深水さんの一人娘として
生まれた朝丘雪路さん。
お父様に、それはそれは大切に育てられたそうで、
小学生時代は、ばあやさんと一緒に人力車で学校に通っていたのだそうです。
今日は、そんな朝丘雪路さんの驚くべきお嬢様伝説をお聞きしています。

●3月25日(火) 「宝塚入団、そしてジャズとの出会い」
中学まで何不自由なく、育てられた朝丘雪路さん。
そのあまりの過保護ぶりを見かねた父親の友人達に薦めにより、
朝丘さんは宝塚歌劇団へ入団することになります。
生まれて初めての家事や厳しいレッスンに悪戦苦闘している中、
朝丘さんはジャズに出会い、そのジャズのおかげで
初舞台の年に主役に抜擢される快挙を成し遂げます。
その頃のお話をお聞きしました。

●3月26日(水) 「11PMとボイン誕生秘話」
ジャズの才能を見出だされ、「神風タレント」と呼ばれるほど、
超売れっ子になった朝丘雪路さんは、
宝塚を退団後、伝説の深夜テレビ番組「11PM」に出演することになります。
でも11PMへの出演は、朝丘さんを溺愛する
お父様のススメによるものであったのだそうです。
そんな朝丘さんと11PMとの出会い、そしてボイン誕生までのお話です。

●3月27日(木) 「津川雅彦さんとお姑さんとの生活」
朝丘雪路さんは、28歳の時に1度ご結婚をなさっています。
相手には全く不満はなかったのですが、
当時、舞台で共演した津川雅彦さんのある一言が原因で、
結局、離婚してしまいます。
その後、朝丘さんはその津川さんと再婚することになるのですが、
朝丘さんはその結婚生活においてお姑さんとの生活が
今も忘れられないと仰っています。
津川さんとの再婚とお姑さんについてお聞きしています。

●3月28日(金) 「40数年ぶりジャズについて」
朝丘雪路さんのお父様、伊東深水さんは朝丘さんがお付き合いする人に対しても、
かなりうるさかったそうで、よく朝丘さんに「男はボーフラだ」と仰っていたそうです。
そんなお父様のお話や、40数年ぶりに歌ったジャズの話など、
朝丘さんの近況についてお話をお聞きしています。

お楽しみに!

yukiji-kunimaru-small.jpg

<朝丘雪路>
昭和10年生まれ。3歳のころより日本舞踊を花柳三之輔に師事。
洋舞を矢田茂、音楽を服部良一に師事。
山脇学園卒業後、昭和26年宝塚音楽学校に入学。
在団中にジャズ歌手としてデビュー、数々のステージを踏む。
宝塚歌劇団退団後、松竹映画と専属契約。
その後フリーになり、舞台で活躍。
映画、テレビ、 歌、に各方面、多くのファンを持つ。
日本舞踊深水流家元 深水美智雪。
夫は俳優の津川雅彦、長女は女優の真由子。
義兄長門裕之、義姉南田洋子など芸能一家である。
父親は、日本画家・故伊東深水。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 08:30

2008年03月17日

3月17日~3月21日の邦流は、コメディアンの志村けんさん

今週の「邦流」のゲストは、コメディアンの志村けんさん

●3/17(月)「志村けん初体験の話」
朝から恐縮ですが、若き日の「コタツ」での秘め事や、意外?にもロマンティックな志村けんさんのエピソ-ドを伺っています。
●3/18(火)「ドリフの笑いのヒミツ」
ドリフターズでの「8時だョ!全員集合」のコントにはある鉄則があったそうです。ドリフのコントについて伺います。
●3/19(水)「ギャグが生まれる瞬間」
志村けんさんのコントやギャグがどうやって出来てきたか掘り下げて伺っています。「人間観察」がキーワードです。
●3/20(木)「志村けんさんの好きなタイプは?」
志村けんさんの女性のタイプなど恋愛感について伺っています。恋愛にはいつも真剣で、相手の親御さんに会う事もしょっちゅうだとか・・・そんな志村けんさんの恋愛体験をたくさん披露してもらいます。
●3/21(金)「志村けん一座の舞台『志村魂』の話」
生で「バカ殿」が見られる志村けんさんの舞台「志村魂」の話題です。コント以外にも志村けんさんの意外な一面が見られます。

お楽しみに!!

<志村けん>
1950年、東京都東村山市生まれ。
1974年にザ・ドリフターズの正式メンバーに。
「東村山音頭」「ひげダンス」「カラスの唄」などで、瞬く間に人気となる。
1985年「8時だよ!全員集合」終了後は単独でも活動をスタート。
「バカ殿様」「変なおじさん」など、次々に人気キャラクターを発表。
主な著書に「変なおじさん 完全版」「志村流」「志村流遊び術」がある。

ken-kunimaru-small.jpg


※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 08:30

2008年03月10日

3月10日~3月14日の邦流は、歌手の和田アキ子さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の和田アキ子さん
柔道の師範をしている厳格な父親のもとで育った和田さん。
事あるごとに“シバかれていた”そうで、
中学時代、和田さんは反発して家出を繰り返していました。
その時は“ミナミのアコ”として大阪で名前をとどろかせ、
ケンカに明け暮れる日々。
「顔が気に入らない」という理由だけで
ケンカをふっかけた事もあったそうです。
「1日10回はケンカしないと気がすまなかった」という
和田さんの武勇伝をお聞きしています。
その後、ゴーゴー喫茶で歌っているところを
「世界に通用する歌手に育てる!」と、ホリプロの堀会長が自らスカウト。
直々にスカウトされたのはホリプロの歴史の中でも
和田さんだけなんだそうです。
結婚してすぐに子宮ガンである事が発覚。
子宮を摘出することになり、
子供に対する思いが人一倍強かった和田さんは、
何度も自殺を考えたそうです。
そんな時、夫の飯塚さんは付きっ切りで看病して、
和田さんを支えました。
“夫婦愛”について語ってもらっています。
1月17日に発売された本「おとなの叱り方」が現在好評発売中。
「人を叱る」とはどういうことなのか?
“和田さん流の叱り方”を伝授してもらっています。
お楽しみに!!

wada-kunimaru-small.jpg


<和田アキ子>
1950年、大阪府生まれ。
1968年「星空の孤独」で歌手デビュー。
以来、「どしゃぶりの雨の中で」「笑って許して」
「あの鐘を鳴らすのはあなた」など、数々のヒットを飛ばす。
その後も、”ゴッド姉ちゃん”とよばれ、
ラジオやテレビ番組の司会などで活躍中。
現在、2月27日発売の新曲「幸せのちから」が好評発売中。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 11:00

2008年03月02日

3月3日~3月7日の邦流は、川中美幸さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の川中美幸さん!
大阪・吹田で生まれた川中さんは、
小さな頃からご両親の笑顔見たさに数々のちびっ子のど自慢大会に出場。
当時から歌の上手さは評判だったとか。
そんな川中さんのデビューは17歳。
しかしそこに待っていたのは、華々しい世界ではなく挫折の日々。
そんなつらい毎日を送る川中さんを救ったのはお母さんでした。
川中さんを救ってくれた一言とは?
2枚のシングルをリリースして挫折して大阪に戻った後も、
歌手の夢が捨てられず、地元の人に後押しされて再びデビューすることに。
5作目のシングル「ふたり酒」で初のミリオンセラーを記録。
しかし、この曲は最初は乗り気ではなかったそうです。
その当時のウラ話をきいています。
そのほか紅白歌合戦やヒット曲のエピソードを
たっぷりとお話ししていただいています。
お楽しみに!

kawanaka-kunimaru-small.jpg


<川中美幸>
1955(昭和30)年、大阪府吹田市生まれ。
73年春日はるみの芸名でデビユー。
77年川中美幸に改名、「あなたに命がけ」で再デビュー。
80年「ふたり酒」がミリオンセラーとなり、
日本レコード大賞金賞など、各賞受賞。
81年NHK紅白初出場。
84年大阪梅田コマ劇場初座長公演。
以後、大阪、東京、名古屋で精力的に公演を続け、
「越前岬」「豊後水道」「二輪草」などのヒットで不動の人気を得る。
レギュラー番組、文化放送「人・うた・こころ」(月~金)が人気。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 11:00

2008年02月25日

2月25日~2月29日の邦流は、永島敏行さん

今週の「邦流」のゲストは、俳優の永島敏行さん!
ご実家が旅館を経営していたため、
従業員の大人たちに囲まれて育った永島さん。
ブルドックだけが友達だったという永島さんの少年時代とは?
1977年、映画「ドカベン」でデビューされますが、
そのきっかけは父親が勝手に申し込んだオーディション。
俳優になるとは考えてもいなかったとか。
つづく「サード」は自らオーディションを受けて大抜擢。
その意外な理由とは?
また主演男優賞を受賞した「遠雷」での石田えりさんのアノシーンのウラ話も
お聞きしました。
永島さんと言えば、農業についてもプロ級の知識をお持ちで有名ですが、
農業にのめりこんでいったきっかけや、
その魅力などについて熱く語っていただいています。
お楽しみに!


nagashima-kunimaru-small.jpg


<永島敏行>
昭和31年、千葉県生まれ。俳優。
専修大学文学部卒業。
大学在学中の昭和52年、映画「ドカベン」でデビュー。
昭和53年、主演映画「サード」で
ブルーリボン賞新人賞など数々の新人賞を受賞。
昭和