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2022年01月12日

直木賞候補作② 『新しい星』

次は彩瀬まるさんの 『新しい星』です。

彩瀬さんは『くちなし』が直木賞候補になり
(この時の受賞作は門井慶喜さんの『銀河鉄道の父』でした)、
またこの作品で高校生が選ぶ高校生直木賞を受賞しています。

『くちなし』は幻想的な作風でしたが、この『新しい星』は
うって変わってオーソドックスな小説です。『くちなし』の奇想の印象が
強かったので、「ほんとに同じ作家の作品?」と思わず作者プロフィールを
確かめてしまったほど。

この作品は、大学の合気道部で一緒だった男女4人の人生を描いた
連作短編集です。各短編に共通しているのは、「人生はうまくいかない」
ということ。

たとえば表題作の主人公、森崎青子は、生まれたばかりの娘が
保育器の中で急死し、そのことがもとで夫と別れてしまいます。
実家の母親ともうまくいかず家を出ることになって、
塾講師をしながら独り暮らしを始めますが、
仕事では生徒の親に理不尽なクレームをつけられ……という具合。

青子の親友でもある茅乃は乳がんになり、
受験を控えた娘との向き合い方に悩んでいるし、
玄也は就職した後に引きこもりになったことを周囲に言えずにいます。
家庭をもった卓也も、第二子の出産を機に実家に帰った妻が
コロナで戻れなくなり、夫婦仲がぎくしゃくし始めます。

茅乃ががんを患ったのをきっかけに4人は合気道を再開し、
それぞれの人生が交わるようになります。
その中で起きる出来事を静かに丁寧に描いた作品です。

とても繊細な小説です。誤解を恐れずにいえば、
この小説で描かれているのは、ありふれた出来事です。
配偶者とのすれ違いも、子どもとうまく向き合えないことも、
職場でのパワハラも(もちろん本来あってはならないことですが)。
がんですら日本人の死因第1位ですから珍しくはありません。

普通はこうしたありふれた出来事を描こうとすると、
作品を際立たせるために思いっきり小説的な仕掛けを施します。
主人公を極端なキャラにするとか、物語の舞台設定にひねりを加えるとか。
でもこの小説はそうしたギミックとは一切無縁なのです。

かといって、この作品が平凡かといえばそうではありません。
ありふれた出来事でも作家の鋭い感性が切り取るとこうなるのかと
感心させられたところがいくつもあります。
直木賞の選考委員も実作者なので、よりいっそう彩瀬さんのうまさが
わかるかもしれませんね。その意味では玄人好みの作品かもしれません。

ただ、直木賞でこのような一見普通にみえる小説が
受賞するだろうかと考えると……どうでしょう。
今回の候補作なので中ではもっとも派手さや華やかさとは遠いところにある作品です。

投稿者 yomehon : 2022年01月12日 05:00