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2021年07月08日

直木賞候補作③『テスカトリポカ』

次は佐藤究さんの『テスカトリポカ』にまいりましょう。

想像力という名のボールを、どれだけ遠くに飛ばせるかを競う
ゲームがあったとしたら、すべての候補作の中で、
もっとも遠くまでボールを飛ばしているのがこの作品です。

なにしろ、古代文明と現代の資本主義の暗黒面とを結びつけ、
見たこともない犯罪小説に仕立て上げてみせたのですから。
まるで豪快な場外ホームランを目にしたような衝撃です。

この作品も初めて読んだ時に、直木賞の候補になるだろうと思いました。
海外ドラマの『ナルコス』や映画の『ダークナイト』が好きな人は、
きっとどハマりするでしょう。

メキシコの麻薬カルテルに君臨していたバルミロ・カサソラは、
対立組織との抗争の果てに国を追われ、東南アジアへと逃亡します。
潜伏先のジャカルタで、日本人の臓器ブローカーと出会ったバルミロは、
日本を拠点に新たな臓器ビジネスを立ち上げます。

やがてバルミロは、土方コシモという少年と出会います。
メキシコ人の母と日本人のヤクザとの間に生まれ、
人間離れした膂力を備えたコシモに、
バルミロは殺し屋としての才能を見出します。
バルミロはまた、古代アステカの神を信じる祖母に深く影響を受けていて、
古の神々の中でもっとも大きな力を持つとされる「テスカトリポカ」の信奉者でした。
ふたりは父と子のような関係となり、コシモはバルミロからアステカの神についての
教えを授かります。

臓器密売ビジネスという資本主義の暗黒面と、古代アステカの神がこの日本で出会う時、
壮絶な暴力の悪夢が幕を開けるのでした……。

作品を読むと、古代アステカの神々や宗教儀式の話がディープに
描かれていることにまず驚かされます。古代の神を信じる人々は、
生贄の人間の心臓を取り出して「テスカトリポカ」に捧げるのです。

テスカトリポカはナワトル語で「煙を吐く鏡」を意味します。
作者はここで、古代の神に捧げられる心臓に対置して、
現代の資本主義の暗黒神に捧げられる心臓を持ってきます。
心臓移植を必要とする世界の富裕層のために、
行き場をなくした子どもたちから取り出した心臓を売るビジネスです。
臓器の密売の中でも、心臓はダイヤモンドと呼ばれ、高値で取引されるといいます。

古代の神話と資本主義のダークサイドを合わせ鏡のように対置させ、
そこに幼児虐待や無戸籍者、中国黒社会、イスラム過激派、
麻薬、半グレなどの要素をぶちこんだら、誰も見たことのない
異形の暗黒小説が生まれてしまった、という感じでしょうか。

ただただ、読む者を圧倒する小説です。
凄まじい暴力描写の連続に耐えきれず、
選考委員の誰かの心臓が止まったりしないか、心配です。

投稿者 yomehon : 2021年07月08日 05:00