« 第161回直木賞直前予想③ 『トリニティ』 | メイン | 第161回直木賞直前予想⑤ 『美しき愚かものたちのタブロー』 »

2019年07月11日

第161回直木賞直前予想④ 『落花』


次は澤田瞳子さんの『落花』です。

澤田さんといえば時代小説、中でも舞台となるのはあまり手がける人のいない奈良平安時代、
ということで、この作品の舞台も平安中期。平将門の乱が主題となっています。

主人公は仁和寺の僧・寛朝。歴史上実在した人物です。
宇多天皇の孫で仁和寺の僧となった寛朝は、朗々たる梵唄(声明)でも知られています。
彼はかつて衝撃を受けた「至誠の声」の持ち主である豊原是緒の後を追い、従僕の千歳とともに、
当時は荒ぶる辺境の地だった坂東へと下ります。そしてこの地で平将門と出会うのでした。

都から忽然と行方をくらました是緒の行方、そして千歳の秘めたる目的など、
ミステリーの要素も散りばめられていて読みやすいストーリーになっています。
船団を組んで沿岸部をまわり春を売る傀儡女や盗賊などの個性的なキャラクターも登場して物語はにぎやか。
たまに時代小説が苦手という人がいますが、本書は大丈夫です。ぜひ手にとってみてください。

本書で描かれるのは、まずひとつは「音楽」です。
梵唄の他に琵琶や篳篥など、当時の人々を虜にした音楽の魅力を言葉で描き出すことに、著者は挑戦しています。

そしてもうひとつが、「坂東のならず者」の自由な生き方です。
都の硬直した身分制度のもとで生きてきた寛朝は、坂東の地に響く合戦の声にさえ「至誠の声」を見出すようになります。

寛朝は平将門の乱を調伏するために坂東へと下り、
その際に祈祷をした不動明王を本尊として創建されたのが、成田山新勝寺だとされています。
この史実をもとに著者は「寛朝と将門との間にもし交流があったら」というフィクションを拵えたのでしょう。

後に大僧正になるほどの人物と天下の謀反人との間に魂の交流があったとするなら、
これほど面白い話もないと思いますが、意外とそのあたりの描写は淡白です。

もう少し、互いの本音をぶつけ合った後に生涯の友情を結ぶ、といった
ベタな描き方をしても良かったのではないでしょうか。その方が将門が討ちとられる場面が際立ったと思います。
というか、いまの読者には抑制的な書き方だとあまり響かないような気がするのです。
ベタでいいのかという問題はありますが、もっとドラマチックに行っても良かったかと。

また音楽の描写も、もう少ししつこく描写しても良かったかもしれません。
音楽小説といえば、ぼくたちはすでに『蜜蜂と遠雷』という素晴らしい先例を知っているわけですから。
本作は新聞の連載小説だったので、もしかしたら延々と音について描写したりすることが難しかったのかもしれませんが。

澤田瞳子さんは、大学院まで進んで奈良時代の仏教制度などを専門に勉強しただけあって、
本作でも膨大な専門書や論文が参考文献として挙げられています。

ぼくは素人ですので判断できませんが、おそらく歴史考証などは完璧なのだと思います。
ただその作品にどこか学者っぽい生真面目さを感じてしまうのも事実。

並の作家では敵わないような知識をお持ちなのですから、もっと暴れればいいのに、と思います。
それこそ「ならず者」のように自由に筆をふるって、血沸き肉踊る物語を書いて欲しいと思いました。

投稿者 yomehon : 2019年07月11日 07:00