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2019年01月07日

第160回直木賞直前予想① 『童の神』


では候補作をみていきましょう。
今村翔吾さんの『童(わらべ)の神』です。

今村さんは1984年生まれ。時代小説の世界で今乗りに乗っている期待の星です。
『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』『くらまし屋稼業』などの作品がいずれも好評で
シリーズ化されるなど、ブレイク間近な注目作家といえるでしょう。

これまでの作品をもとにした今村さんの印象は、
佐伯泰英さんのように文庫書き下ろしを基本に江戸を舞台にした
シリーズものを書き継いでいくのだろうな、というものでした。

ところが『童の神』は堂々たる長編、
しかもあまり他の作家が手を出さない平安時代を舞台にした作品です。
これがとてつもなく面白い!
いや、マジ面白すぎて、興奮のあまり鼻血が出るかと思いました。
この作家はまだこんな物凄い小説を書く能力を秘めていたのか!

……とはいえ、本当はこんなふうに「面白い」を連発していてはダメです。
プロの文芸批評であれ、当コラムのような素人の稚拙な書評であれ、
およそ批評と名のつくものは、この「面白さ」がいかなる要素から
成り立っているかを、言葉を尽くし説明するものでなければならないからです。

でもそれでも、それはわかっていても、「面白い!」と連呼したい。叫びたい。
「この作品はとんでもなく面白いぞーーーー!!」

なんの芸もなく、ただただ「面白い!」とだけ叫びたくなるのは、
ここで言う「面白さ」が、ぼくたちの原体験に近いものだからです。
ほら、あなたにもありませんか?
子どもの頃に「この物語、めっちゃ面白い!」と感じた経験が。

「次はどうなるんだろう?」とワクワクしながらページをめくったこと。
「ご飯だよ」と呼びかけられても気がつかないくらい物語に没頭したこと。
「もういい加減に寝さない」と叱られても、本を手放せなかったこと。
こんなふうに物語の魅力にとらわれてしまった経験が誰にでもあるはずです。

『童の神』はそんな物語に夢中になった感覚を思い出させてくれる作品です。
ぼくが思い出したのは「水滸伝」。
英雄や豪傑がこれでもかと登場するあの無類に面白い物語を引き合いに出したくなるくらい、
この小説は「面白い」のです。

簡単にストーリーを紹介しておきましょう。
舞台は平安時代。この時代、世の中は大きくふたつに分かれていました。
ひとつは京の都に住む京人(みやこびと)、
そしてもうひとつは、鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥などと呼ばれる人々でした。
彼らは「まつろわぬ人々」、つまり朝廷に従わない人々です。
京人からはあたかも人でないような名前をつけられ蔑まれていますが、
もともと独自の文化のもとに暮らしていたところを京人に侵攻された人々でした。
「童」というのは彼らの総称です。

ある時、安倍晴明(彼も重要な登場人物)が「有史以来の凶事」とした
皆既日食が起きます。日中にもかかわらず、世界が暗闇に覆われた
この凶事の日に生まれた桜暁丸(おうぎまる)が本作品の主人公。

身体が大きく目の色や髪の色が他の者と違う桜暁丸は、
邑人から時に“禍の子”などと陰口を叩かれていますが、
頭が良く、武術にも飛び抜けた才能を発揮する若者に育ちました。
そんな桜暁丸の故郷も京人の襲撃を受けてしまいます。父と故郷を奪われ、
ひとり落ち延びた桜暁丸は、さまざまな仲間たちとの出会いを経て、
彼らとともに朝廷への戦いに挑むのでした……。

平安時代を舞台にしながら、非常に現代的なテーマが反映された作品です。
現代的なテーマ、それは「社会の分断」です。
自分たちとは異質の文化を持つ人々に対していたずらに恐ろしげなイメージを
付与し、恐怖心を煽るという光景は、現代でも普通に見ることができます。
(たとえば移民に対してEU各国の極右政党がやっていることがそうでしょう)

社会に分断をもたらす差別の問題は、本作を貫く太い背骨になっています。
皆が手をたずさえて生きられる世の中を熱望して戦いに挑む桜暁丸に、
あなたもきっと深く心を動かされることでしょう。

それからもうひとつ、本作が舞台としている平安時代について。
平安時代を舞台にしたメジャーな作品は、夢枕貘さんの『陰陽師』シリーズなど
数えるほどしかありません。おそらく史料が少ないからだと思いますが、
本作を読んでこの時代は意外と鉱脈かもしれないと思いました。
歴史の空白部分が多い時代だからこそ、史実をきっかけに
作者の想像力を自由に飛躍させたぶっ飛んだ物語が書けるのではないか。
(いま思い出したのですが、まさにこの時代を素材にぶっ飛んだ物語を書いた
先例が氷室冴子さんの名作『なんて素敵にジャパネクス』ではないでしょうか。
なにしろこの作品は宮廷を舞台にしたラブコメなのですから)

作者はまだ小説を書き始めて2年半ほどだと聞きます。
にもかかわらず、これほどスケールの大きな作品を書いてしまうのは凄い。
この先、歴史時代小説の世界を背負っていく逸材であることは間違いなし。
いまからチェックしておくことをおススメします。

それにしてものっけからこんな迫力ある作品と出会えるとは。
今回の直木賞レース、とんでもないことになるかも……。

投稿者 yomehon : 2019年01月07日 05:00