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2015年10月26日

コールセンター 電話の向こう側にいる人々

あれはいつ頃のことだったでしょう……
フリーダイヤルの問い合わせ電話をかけた際に、
電話の向こうのオペレーターの口調にかすかな訛りがあることに気がついたのは。

家電製品の修理に関する問い合わせだったか、
住所変更などの手続きに関する問い合わせだったか、
用件なんてもうとっくに忘れてしまったけれど、
オペレーターの言葉の端々のちょっとしたアクセントに訛りがあったことはおぼえています。

ただ、そのときは「地方出身のオペレーターさんなんだな」くらいにしか思いませんでした。

それがある時、就職活動で内定を得ることができなかった日本人学生の中に、
中国の大連にあるコールセンターで働いている人たちがいるという話を耳にするに及んで、
ようやくぼくは「コールセンターは首都圏にあるわけではない」という事実に気がついたのです。


「そんなの考えてみれば当たり前じゃん」と言われるかもしれませんね。

でも、そうだろうか?とも思うのです。
ぼくたちは電話の向こう側にいる人たちのことを、本当に知っていると言えるでしょうか。


『ルポ コールセンター 過剰サービス労働の現場から』仲村和代(朝日新聞出版局)は、
1年間の離職率が実に9割ともいわれるコールセンターの実情を取材した一冊。

コールセンターだなんて一見ニッチな取材テーマのように感じられますが、
読めば実はコールセンターを通して現代社会の本質がみえてくることがわかる。
実に有益な一冊です。

コールセンターは、1985年にフリーダイヤルサービスの開始とともに拡がりをみせます。
90年代にインターネットが一般的になってからは、
たくさんのコール数を自動的に振り分けるなどさまざまな機能も登場して利便性が増しますが、
まだこの時期は「コールセンター」という名称ですら一般的ではありませんでした。

コールセンター設置の動きが加速するのは2000年代になってから。
自治体や公的機関などが行政サービスの向上のために設置するようになり、
コールセンターは一般にも認知されるようになるのです。

工場などに比べると広い敷地がいらないうえに、
てっとり早く雇用が生み出せることから、
いまでは全国の自治体が積極的にコールセンターを誘致しています。

なかでも突出しているのは、沖縄県。

本書によれば、2014年1月現在、沖縄県に進出しているコールセンターの数は80社。
それによって1万7千人の雇用が生み出されたといいます。

沖縄へ進出する企業側のメリットはやはりコスト削減です。

本書の冒頭で、ある量販店のコールセンターの様子が描かれていますが、
800人分の靴箱と500人分のロッカーを備えるほどの巨大なオフィスに、
セキュリティー対策などのためにパーテーションで細かく仕切られた席が並び、
電話対応を待つ客の数や最長の待ち時間がスクリーンに表示されるなか、
オペレーターたちは、閑散期は一日4千~5千件、繁忙期には一日10万件もの電話をさばきます。

職場環境は決して良いとはいえません。

パーテーションで仕切られているため換気が悪く、
しかもしゃべりっぱなしのため、のどを痛めやすい。
そのうえ「1時間あたりに8・5件の電話を処理する」などの目標が課せられ、
客とのやりとりがつねに上司によってモニターされるなど、精神的なストレスも多い環境です。

1時間で8・5件を処理するとなると、
1件あたりは7分ほどで切り上げなければなりませんが、
問い合わせ内容が多岐にわたるため、それ以上の時間がかかるのが現実。


また電話をかけてくる人間のなかには悪質なクレームをつけてくるものもいます。

「おれはオペレーター3人を泣かせたことがあるんだ」とすごむ人間や、
名前を訊ねただけで「なんだその失礼な態度は」と激高する人間など、
本書でいくつか紹介されている実例を読むと、
これほどまでの悪意と言葉の暴力にさらされる仕事のストレスは、
いったいどれほどのものなんだろうと考えさせられます。

社会学に「感情労働」という概念があります。

労働者の感情に大きく負荷をかける労働のこと。
ごく簡単にいえば、みずからの感情を商品として売らなければならない仕事のことです。
笑顔になれる気分ではなくても笑うことを強いられるような仕事のことですね。

コールセンターのオペレーターたちは、まさにこの感情労働に携わっています。


しかも雇用形態は不安定、非正規雇用の人が多い。

客とのやりとりを常に上司にモニタリングされるなど、
個人の裁量の度合いが低い仕事をさせられ、
「自分はこの職場に欠かせない人材だ」という誇りが持てないままに、
いつ仕事を失うかわからない恐怖心を抱えている・・・・・・。

ぼくたちが電話をかけるその向こう側では、そういう人たちが働いているのです。

本書を読み進むにつれて読者は、
「コールセンター」という労働現場に、
現代の非正規雇用の問題が集約されていることに気がつくはず。

ただ、本書がいわば現代版の女工哀史のような内容にとどまっていたのならば、
ここでこのようにみなさんにおススメしようとは思わなかったでしょう。

本書の素晴らしいところは、さらにその先にまで取材を進めているところです。

コールセンターの中には、成功例とでも呼びたくなるような成果をあげているところもあります。

たとえば食品大手のカルビーの「お客様相談室」は、
単なる苦情処理ではなく、消費者の声を聴く最先端の場所という位置づけになっている。

驚かされるのは対応の迅速さとプロセスの透明性。

消費者から問題を指摘する電話があると、
15分以内に全国7か所のお客様相談室で情報が共有され、
消費者の都合があえば、2時間以内に直接商品の回収に出向きます。
そしてその後の進捗具合は小まめに連絡し、
最終的には文書できっちり回答する、という仕組みをつくりあげているのです。

「ヘビーユーザーはある意味、究極の検査員である」という考えが、
このような消費者の声に耳を傾ける姿勢のベースにあるようですが、
だからこそ逆に、電話の相手が「お客様ではない」と判断した場合は
毅然とした対応をとることにもつながっています。

コールセンターに集まる情報を有効に活用している好例といえるでしょう。

ところが大阪にはさらに先を行く企業があります。

大阪の淀川区に本社を置く「情報工房」という会社では、
オペレーターが得た情報を「資産」ととらえ、新しい商品を産み出しています。

創業者の宮脇一(まこと)社長はNTT出身。

この会社ではオペレーターのことを「コミュニケーター」と呼び、
ひとつの会社を受け持つと、その会社のことを知るために最低でも3年は担当を続けるそうです。

宮脇社長によれば、
コミュニケーターが1時間に5人と会話したとして、1年間で約1万人と会話したことになる。
これは「ものすごい資産」だと。

そしてこの会社では、
コミュニケーターがたくさんのユーザーから得た情報をもとに、
「これからの顧客になり得る人物像」をストーリーとして描き出してみせるのです。

「ペルソナデザイン」と名付けられたこの手法によって導き出された
ある水の宅配会社の顧客イメージの事例が本書では紹介されていますが、これが目からウロコ。

「娘が生まれて3ヵ月」という「29歳の専業主婦」という設定で、
「もっとこんなサービスがあると嬉しい」という視点、
「ウォーターサーバーにこんな工夫があると助かる」というアイデアが
わかりやすくストーリーとして可視化されている。

企業からすれば、まさに「そんなニーズがあったのか!」と驚かされるような情報でしょう。
(どんなことが書かれているかはぜひ本を手に取って確かめてください)


怒りや感謝の気持ちといった消費者のナマの感情がこめられた
膨大な声に耳を傾けている人たちだからこそ掘り起こせた隠れたニーズ。

それは決してマーケティング調査などからは導き出せない情報ではないでしょうか。

まさに情報工房は、コールセンターに寄せられる情報を、「宝」に変えているのです。


これからの日本はどうやっても人口が減っていきます。

そんな中で新しい顧客を次々に獲得することで売り上げを増やしていく成長モデルは、
もう機能しないのではないか。
既存の顧客を大切にして、一人ひとりにどれだけ商品を長く愛用してもらえるか――。

そんな時代に入っているのではないかと宮脇社長は問題提起します。

つまりそのためのヒントが、
コールセンターに寄せられる消費者の声には詰まっているということです。

ここへきて、ぼくたちはとても重要なことに気づかされます。


いまストレスフルな環境のなか働いているオペレーターさんたちは、
もしかすると時代の最先端にいるのではないか。

過酷な労働現場だと思われているコールセンターには、
実は未来の扉を開く鍵となるとんでもないヒントが転がっているのではないかと――。

ノンフィクションが読まれないと言われるようになって久しいですが、
最近よく、「希望のノンフィクション」とでも呼ぶべき新しいジャンルがあるのではないかと考えます。

そのようなことを考えるようになったのは、
藤吉雅春さんの『福井モデル』(文藝春秋)を読んだことがきっかけなのですが、
それについては稿をあらためることにいたしましょう。

ともあれこの『ルポ コールセンター』も、
過酷な労働現場の向こう側に、
期せずしてぼくたちの未来を指し示す一筋の希望の光を見出しているように思えるのです。


投稿者 yomehon : 2015年10月26日 12:46