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2015年07月13日

直木賞候補作を読む(5) 『流』


ふだん勤勉とは程遠い人間が、
なぜかこの時ばかりはコツコツと読書にいそしむ直木賞予想も5作目となりました。

東山彰良さんの話題作『流(りゅう)』(講談社)です。


たとえて言うなら、今回の候補作の中では、
バッターボックスに入った時の「構え」がいちばん大きな作品。

なにせ台湾の近現代史ともリンクした物語ですから。

そんなこともありますので、まず初めにストーリーをご紹介したほうがいいでしょう。


1975年。
台湾の初代総統・蒋介石が没したこの年、
主人公の葉秋生(イエ・チョウシェン)は、17歳にして大切な人の衝撃的な死を目撃します。

祖父の尊麟が、何者かに惨殺され、その現場の第一発見者となったのです。

祖父は誰に殺されたのか。

この謎解きが、まず物語を貫く縦糸となります。


秋生は、台北イチの進学校に通っていたにもかかわらず、
その後、悪友に唆され替え玉受験の片棒を担いだことが露見してドロップアウト。

「名前さえ書けば誰でも入れる」高校に編入してからの喧嘩に明け暮れる毎日、
不良仲間との友情や、幼馴染の年上の女性との初恋、大学受験の失敗や、
軍隊での最低の体験などなど、秋生の青春の日々が活き活きとした筆致で描かれる。

これが物語を彩るもうひとつの横糸となります。


このあたりの躍動感にあふれ、しかも瑞々しい青春の日々の部分を読んで、
在日朝鮮人の青年を主人公にした(正確には在日韓国人に国籍を変えた青年、ですが)
金城一紀さんの直木賞受賞作『GO』を思い起こす人もいるかもしれません。

でもこの『流』は、そのようなポップな青春小説の要素も備えながら、
片方では、重厚な歴史小説の顔もあわせもっているのです。


ご存知の通り、台湾は、
戦前は日本の支配を受け、
戦後は国民党と共産党との内戦によって、
大陸から切り離されるなど、複雑な歴史的背景を負った地域。

祖父の殺害にも、大陸での抗日戦争や国共内戦が深く関わってきます。

祖父を殺した犯人探しは、やがて主人公のルーツ探しとも重なってくるのですが、
こうした台湾の近現代史に刻まれた負の記憶も、しっかりと描かれていて読み応えがあります。


ポップにして、重厚。
鮮烈にして、ノスタルジック。

この振れ幅の大きさが、この作品の魅力でしょう。


台湾ヤクザの生態であるとか、
日本とはくらべものにならないくらいデカいゴキブリがいるとか、
幽鬼がどんなふうに恐れられているかとか、
そこかしこに撒き散らされた檳榔(びんろう)の真っ赤な噛み汁とか、
台北の街が匂い立つような描写の数々も素晴らしいし、
そのうえで、戦争がいかにその人の人生に暗い影を落とすかということも
しっかりと描かれていて、これまたお見事。


ひとつの作品の中に、
これでもかというくらいに複雑な要素をぶちこんだにもかかわらず、
物語が空中分解することなく、クリスタルカットされた宝石みたいに
ここまで多面的な輝きを放っているというのは、ほとんど奇跡的出来事といっていいのでは。

ちなみに著者の東山彰良さんは、台湾で生まれ、9歳の時に来日しています。
実際にお祖父さんが国民党の遊撃隊だったりといった史実をもとにしているところも多いそう。


すぐれた作家には、
その人が一生に一作書けるかどうかといった渾身の傑作があるものです。

『流』はまさにそのような作品ではないか。


ただし、直木賞の選考会では、
初エントリーの作家が、「次作もみてみたい」という理由からスルーされることもしばしば。

さあ、選考委員のみなさん!

これほどまでの力作を前に、
今回もそういう呑気なこと、言えますか???

投稿者 yomehon : 2015年07月13日 10:35