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2014年07月18日

柴崎さんと黒川さん


第151回芥川賞と直木賞が決まりました。

芥川賞は柴崎友香さんの『春の庭』(文学界6月号)が。

直木賞は黒川博行さんの『破門』(KADOKAWA)が選ばれました。

おめでとうございます。

直木賞はダブル受賞を予想していましたので、予想を外したということで、
全候補作を『グッモニ』の中でプレゼントさせていただきました。

たくさんのご応募ありがとうございました。


あのーでもたくさん応募していただいたのは嬉しいんですけど・・・・・・
みなさん出来るだけ本は本屋さんで買ってくださいね。

みなさんからいただいたメールやFAXを拝見していると、
「本はめったに買いません」とか「図書館利用がもっぱらです」といった内容が多くて、
ちょっと出版の未来が心配になってしまいました。

本はみなさんの人生を支えてくれる心強いパートナーになり得ます。
毎日とは申しません。週にいちどは本屋さんに足を運んで新しい本と出合いましょう!

さて、それぞれの受賞者についてですが、
芥川賞の柴崎友香さんは「ようやく」の感があります。

柴崎さんがどんな作家か、乱暴に一言で申し上げると、
「街」を描くのが抜群に上手い作家、ということになるでしょうか。

ぼくが柴崎さんを初めて読んだのは、『その街の今は』(新潮文庫)でした。

2006年11月16日のエントリーで、
ぼくは「この人はもうすぐ芥川賞をとるに違いない!」と題して、
この本のことを紹介しました。

あの時「もうすぐ芥川賞」と太鼓判を押して、
あれから8年もたったのかと思うと、
「柴崎さんはその間、ずうっと書き続けてきたんだ。よかったなぁ・・・・・・」
と、自分のことではないのに、胸に万感迫るものがあります。


当時の文章の中で、ぼくは柴崎さんの街の描き方について、
「あたかも遠くにすえたカメラをゆっくりとパンさせるかのようにして、
変わり続ける街と、その街を舞台に繰り返される人間の営みをうつしとっている」
と紹介しました。


そうなのです。
基本的にその印象はいまも変わっていません。

ただ、当時の舌足らずな評言にちょっと付け加えるとすれば、
柴崎さんは目の前にある街を描くだけではなくて、
同時に目の前にない街、歴史の彼方にある街も、あわせて描いてみせるのです。

自分が立っている「いま・ここ」だけではなくて、
自分が生まれる前のその場所の景色ですらも描いてみせるというか。

ただ眼前の景色を映し出すだけならば、人間の目は精巧な光学カメラには敵わないでしょう。
でも柴崎さんのカメラ・アイは、目の前の景色だけでなく、
その向こうにある過去の光景ですらも透かし見てしまうほどの驚くべき性能を持っているのです。

その特長がいかんなく発揮されたのが、
たとえば近年のベストである『わたしがいなかった街で』(新潮社)でしょう。

ここでは「昔の街」と「今の街」という対比すらも超えて、
場所も時間も違う光景が幾重にも重ね合わせられています。

おそらく手法的には、作者のキャリアの中でひとつの達成といえる作品ではないでしょうか。

柴崎さんの作品はどれも魅力的ですが、
作者の素顔を垣間見ることができるエッセイ
『見とれていたい わたしのアイドルたち』(マガジンハウス)もおススメ。
大好きな女優や歌手についての著者のガールズ・トークはとてもかわいいです。

これらの本を読みながら、受賞作が発売されるのを楽しみに待ちましょう!


一方、黒川博行さんは、記者会見でもやはり貫禄がありますね。

なんといってもキャリア30年。
これまでの膨大な旧作もこれを機に売れるとなれば、
出版社のみならず本屋さんもウハウハです。
直木賞を受賞したことによる出版界への貢献度は想像以上に大きいといえましょう。

受賞作とあわせてぜひ読んでいただきたいのは、
なんといっても『国境』(講談社文庫)です。

ヤクザを騙した詐欺師を追って、
ヤクザの桑原とカタギの二宮の「疫病神コンビ」が
北朝鮮に潜入するというあり得ないストーリー。

ふたりのやりとりに爆笑させられながら、
国と国との境界線とは何かということについても考えさせられる傑作です。

「いっそ金大中に金つかませたれ」なんてセリフも飛び出す
ピカレスク・ロマン(悪漢小説)でもあり冒険小説でもあり、という娯楽大作。
読み始めたら止まらなくなること請け合いです。


この他、記念すべき「疫病神シリーズ」の第一作
『疫病神』(新潮文庫)も傑作なので、ぜひお読みください。


あるいは渋いところでは『二度のお別れ』(創元推理文庫)もおススメ。

この本は、あの「グリコ・森永事件」と前後して出版され、
脅迫文の調子や身代金の受け渡しの方法などに事件と似た部分が多く、
黒川さんが兵庫県警と大阪府警茨木署に事情聴取されたというのは有名な話。

「この本を書くにあたって、誰かにアイデアや筋書きを話した憶えはないか」などと
しつこく聴かれたあげく、しまいには「おたくが犯人やったら簡単やのに」とまで言われたそう。

黒川さんは「なかなかに得難い経験ではあったが、わたしはいつか茨木署に
石を投げてやろうと心に決めた」と、この本のあとがきに書いています。

だから、というわけではないでしょうが、
黒川さんの小説には悪い警察官がたくさん出てきます。

とはいえ、そういう悪い奴らをただいたずらに断罪するわけではありません。

悪いことに手を染めてしまうのは心が弱いからでもあります。
そういう誰の心の中にでもある「弱さ」にもしっかり目を向けているからこそ、
これだけの長い間、作品が支持されているのではないでしょうか。

強面だけど気は優しい。
そんな黒川さんの「大阪のおっちゃん」ぶりを知るには、
『大阪ばかぼんと ハードボイルド作家のぐうたら日記』(幻冬舎文庫)もおススメですよ!


投稿者 yomehon : 2014年07月18日 10:43