« 直木賞予想 敗戦の弁 ついでに芥川賞も……。 | メイン | 「第3の万能細胞」の衝撃! »

2014年01月20日

最高の選手 最低の選手


「Don't think. feel ! 」(考えるな。感じるんだ!)

直木賞を大外ししてからというもの、
この言葉を胸に刻んで日々の精進を続けております。

ブルース・リーこと偉大なる李小龍が、
ただ一本だけハリウッドと組んだ功夫フィルム
『燃えよドラゴン』の中で口にしたこの言葉。

感じたままに動けば、道はおのずから示される。
心の声の前に小理屈は不要である。

なんて深い言葉なんだろう!

・・・・・・と思っていたのですが、
野村克也さんの『私が見た最高の選手、最低の選手』(東邦出版)を読んで、
はたしてこの言葉は正しいのかどうか、確信が持てなくなくなってしまいました。


ご存知の通り、球界を代表する知性の持ち主である野村さん。

ノムさんからすれば、配球にはすべて「根拠」がなければなりません。

ぼくが前々から疑問に思っていたのは、
「ノーボール、ツーストライクのカウントで、なぜ一球外すのか」ということ。

野球中継を聴いていても、


アナウンサー 「カウント0-2と追い込みました!」
解説者     「次は一球外して、様子をみるんじゃないですかねー」


みたいなやり取りがしばしばみられますが、
ピッチャー有利のカウントで、なぜお約束のように一球外すのかというのが
かねてから疑問だったのです。

この本を読んでようやく疑問が解けました。

野村さんによれば、これは
「V9時代の巨人が0-2から打たれたら罰金というルールを作ったために広まった、
日本プロ野球の悪癖」だそう。

セオリーなどでは全然なくて、要するに慣習に過ぎなかったわけですね。


野村さんはかつての教え子である田中将大投手にも、
0-2から捕手に一球外せと要求されたら、
そのサインには首を振るべきだとアドバイスしたことがあるそうです。
(本の中では、ここからピッチングにおける「遊び」の大切さという深い話になるのですが、
そこはぜひ本をお読みください)

漠然と常識だと考えられていたことが、
実は何の根拠もないことだったわけです。

さすが球界ナンバーワンの頭脳派だけあって、
本書にはこの手の目からウロコの話がたくさん出てきます。


たとえば野村さんは、近年の野球は判で押したような戦術選択ばかりだと嘆きます。
ノーアウト一塁となれば、迷わずバント。
守る側もセカンドでアウトをとろうとせず、確実にファーストでアウトをとる、というふうに。
この結果、何が起きたか。
一塁手に守備力が求められなくなって、名一塁手が育たなくなったのです。
(他にも理由が挙げられていますがそれは本書で)


あるいは、近年の野球でセンターラインが重視されるのはなぜか。
かつて花形だったのは「ホットコーナー」と呼ばれたサードでしたが、
近年では「二遊間コンビ」が重要な役割を果たすことになりました。
その背景にある時代の変化とは何か、などなど。

まさにすべての話に根拠が示されていて実に面白い。


そんなノムさんの手にかかれば、ピッチングの要諦も至極明快。

「間違っても本塁打は打たれない」という外角低めへの投球を「原点投球」、
またそこに投げることができる制球力を「原点能力」と名付け、
その理論を軸に歴代現役の投手をたちまちにしてマッピングしてみせます。

意外だったのは、その理論からすると、松坂大輔投手があまり評価できないとされていること。
球速、球威にこだわって原点能力を磨かないのは「努力の方向性を誤っている」と
野村さんは断じています。

この本には理論的な話だけではなく、
野村さんがご覧になってきた数々の歴代の名選手のエピソードも出てきます。
むしろ野村さんの鋭い観察力が堪能できるのはこちらのほうかもしれません。


野村さんといえばバッターの心理を乱す「ささやき」が有名ですが、
それがまったく通用しなかった打者が榎本喜八さんだそうです。

これまで対戦した中でも選球眼はナンバーワン。

外角にビシッとコントロールされた球が来て、球審が「ストライク!」とコールする。
すると榎本さんは前を向いたままボソッと「ボール半個ぶん、外れてるよ」。

実際、ほんのわずか外れていることを野村さんもわかっていて、
背筋がゾッとしたことが何度もあったとか。

選球眼でいえば王貞治さんもよかったけれど、
それでも王さんは際どい球にはバットがピクッと反応したそう。

一方の榎本さんのバットは絶対に動かず、頭も動かず、表情も変わらない。

「王のほうがよほど扱いやすかった。あれほどに恐ろしい打者には、
あとにも先にもお目にかかったことがない」

という野村さんの述懐には、
長く野球界の第一線で活躍してこられた名選手ならではの重みがあります。


歴史あるジャンルには、決まって語り部がいるものです。
野村さんは1935年(昭和10年)生まれ。
この年に大日本東京野球倶楽部が初めてアメリカに遠征し、
帰国後、東京巨人軍と大阪タイガースが生まれ、
翌1936年からプロ野球のリーグ戦が始まりました。

野村さんご自身の人生は、
まさにプロ野球の歴史そのもの。

この本には、野村さんが現役時代に直接対戦した選手と、
引退後から現在に至るまでに活躍している選手の2つのカテゴリーで
「プロ野球最高の選手」が選び出されていますが、
でもそれは野村さん個人の、ひとつの見方に過ぎません。

「ノムさんはこう書いているけれど、自分の考えは違う」と言ってもらって
大いに結構、とご本人もおっしゃっています。

ならばお言葉に甘えて、この本を題材に大いに語ろうではありませんか。

誰もが評論家になれる。

誰もが口角泡を飛ばして朝まで語り明かせる。

それこそがプロ野球の歴史の厚みの証なのですから。


投稿者 yomehon : 2014年01月20日 11:46