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2014年01月14日

祝!第150回直木賞 直前予想その③


(前回からの続き)

残るはあと3作。

次は姫野カオルコさんの『昭和の犬』(幻冬舎)にまいりましょうか。

柏木イクという昭和33年生まれの女性の半生を描いたこの小説は、
今回の候補作の中では、もっとも玄人受けする作品ではないかと思います。

というのも、何か大きな事件が起きるわけでもなく、物語が淡々と進行する、
言ってみればものすご~く地味な本であるにもかかわらず、
誰もが記憶にあるような風景がちゃんと描かれていて、
実に味わい深い読後感をもたらしてくれるからです。

ぼくらもニュースで知っているような
ロッキード事件だのバブル景気だのが時代背景として描かれつつ、
イクの身に起きた出来事が語られていく。
それは犬に咬まれただとか、母親から愛されないだとか、
はっきりいって世間ではありふれた出来事ばかりです。

だからといって読んでいて退屈かといえばそんなことはありません。
それはここに書かれているのが、ぼくたちの人生そのものだからです。

この小説の副題に、
「Perspective」
という言葉が使われていることに注目しましょう。
「遠近法」を意味するこの言葉に、
ぼくは作者がそっとメッセージを忍ばせているように思うのです。


世の中では日々いろいろな事件が起きています。
起きた事件を並べてみれば、
思わず「激動の昭和(平成)史」とかキャッチコピーをつけたくなるくらい、
ほんとうにいろいろな大事件が起きている。

そんなふうに激動する社会を遠景に置きつつ、
一方で足元に目を転じてみると、毎年着実に年をとっていく自分がいる。

自らの来し方を振り返った時、
おそらくほとんどの人が、
激動というほどの変化はなかったけれど
それなりに大変なこともあって、
でもそこそこに幸せだったな……というような
感慨を抱くのではないでしょうか。

激動する社会との対比のもとに描かれた平凡な人生、とでもいいましょうか、
ここに描かれているのは、まさしくぼくら自身の姿だと思うのです。


木村多江さんとリリー・フランキーさんが夫婦を演じた
橋口亮輔監督の傑作『ぐるりのこと』という映画を
ご覧になったことはあるでしょうか。

生まれたばかりの子どもを失った夫婦が長い時間をかけて
立ち直るまでを静かに見つめた作品ですが、リリーさん演じる夫の職業が
法廷画家で、地下鉄サリン事件や東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件などの
裁判の模様を効果的に織り込むことで、激しく変化する時代と、
その中で営まれる夫婦の日常とのコントラストを見事に浮き彫りにしていました。


「ぐるりのこと」とは日常生活で起きるさまざまな出来事のこと。
この小説で描かれているのはまさに「ぐるりのこと」であり、
そこに込められた作者のメッセージは、「平凡な人生の肯定」なのです。

別に難しいことが書いてあるわけではありませんが、
この小説はガキが読んでもよくわからないかもしれませんね。
世間の荒波に揉まれた大人の読者が読んでこそ、
その真価がよくわかる作品ではないかと思います。


ただ直木賞としてはどうだろう?
姫野さんはこれまでも4回(今回で5回目)候補になっていますが、
個人的には傑作『ツ、イ、ラ、ク』でとってほしかった。
(第130回。受賞は江國香織さんと京極夏彦さんですからスゴイ戦いだったのですね)

伊東潤さんと同様、受賞すべきタイミングで受賞できてない感あり、です。


さて、お次は万城目学さんの『とっぴんぱらりの風太郎』(文藝春秋)です。

現時点での万城目さんの最高傑作といっていいでしょう。

いきなり大上段に振りかぶったところから話を始めますけれども、
日本文化には「奇想」というキーワードで括れる流れがあります。

美術史家の辻惟雄さんは、伊藤若冲や曽我蕭白、岩佐又兵衛など、
それまでの美術史の正統からは無視されていた画家たちに
「奇想の画家たち」という括りで光を当て、
日本美術史に新たな1ページをつけくわえました。
(詳しくは大名著『奇想の系譜』をどうそ)

辻さんの見立てに倣って、文学の世界で「奇想の系譜」を探すとすれば、
真っ先に名前をあげなければならないのが、故・山田風太郎です。

『魔界転生』であるとか『甲賀忍法帖』であるとか、
奇抜な発想のもとに物語を自在に操ってみせた娯楽小説の巨人ですね。

ぼくは万城目学さんこそ、山田風太郎の衣鉢を継ぐ作家であると思うのです。

鬼や式神を使った怪しげな競技をでっちあげてみせた『鴨川ホルモー』、
鹿が偉そうに話しかけてくる『鹿男あをによし』、
実は大阪は独立国だったという『プリンセス・トヨトミ』などなど、
楽しい法螺話を書かせたら、当代でこの人の右に出る人はいないのではないか。

では今作ではどんな法螺を吹いているのかを見てみましょう。

主人公は伊賀を追い出された忍者の風太郎。
忍者としての高度な教育は受けたけれど、職はない。
まさに現代の「ニート」のような無為な日々を送っていた風太郎ですが、
ある時、しゃべる「ひょうたん」と出会います。
そしてひょうたんに導かれ、豊臣と徳川の決戦の地へと飛び込んでいくのです。

ひょうたんがしゃべるなんてまさに万城目ワールドなわけですが、
ぼくはこれまで万城目作品にひとつだけ物足りないものを感じていました。

山田風太郎にあって、万城目学になかったもの。
それは「悪」の描写です。

これまでの万城目作品では、
凄惨な殺しの場面などが書かれることはありませんでした。
そこが唯一、物足りない部分だった。

ところが本作では、殺人を正面から描いている。
風太郎が誤って子どもを殺すシーンが出てきます。
もちろん読んでいて気持ちのいい場面ではありませんが、
戦国の世にはこなんふうに無辜の民が虫ケラのように殺されることなんてのは
普通にあったわけで、こういった悪の描写にも挑戦することで、
本作はこれまでの万城目作品にはない奥行きを獲得することに成功しています。


ニートの若者がいかに人生を賭けるに値するものを見つけるかという
現代社会にも通じる問いもみてとることができる。
時代小説の皮をかぶってはいるけれど、
この小説はすぐれて現代小説でもあるのです。

とはいえ、やはり戦国時代を描いた作品ではあるわけで……。

それでいえば、この小説で使われている登場人物のしゃべり言葉が
正統な時代小説の言葉遣いからはかけ離れたものであることは、
もしかすると選考委員のマイナス評価につながってしまうかも!?


さあようやく最後の候補作に辿り着きました。


柚木麻子さんの『伊藤くんAtoE』(幻冬舎)です。

これはですね、顔もスタイルも洋服のセンスもよくて、
実家も金持ちで生活に不安がなく、夢は脚本家とのたまう
自意識過剰な伊藤誠二郎くんという男を取り巻く5人の女性の物語です。

タイトルにあるAtoEというのは女たちのこと。
Aが、彼のことを好きなのに邪険に扱われているデパート勤務の女性で、
Bが、伊藤に好意を抱かれつきまとわれるフリーターで……という具合。

伊藤くんは、ホントにイタイ奴で、
空気の読めない非常識な振る舞いや言動が当たり前なキャラ。
女たちは彼に振り回されるわけですが、
伊藤くんに振り回されるうちに、女性たちがしっかりと自分の進むべき道を
見出していくところが物語のキモです。


実はこの小説を読みながら、ずーっと既視感があったんですけど、
あれですね、この小説は第131回直木賞を受賞した奥田英朗さんの
『空中ブランコ』と物語の構造が似ているところがありますね。

性格が破たんした伊良部という精神科医のもとを訪れた患者たちが、
破天荒な伊良部に振り回されながら、勝手に治っていくという。

もっとも伊良部が完全なトリックスターの役割だったのに比べ、
本作では傷つくことを極度に恐れる伊藤くんの内面もしっかり描かれていて、
まったく同じというわけではありませんが。

視聴率用語でいえば、F1層(20歳~34歳の女性)にウケそうな小説。

テレビドラマで伊藤くんの姿をみるのも
そう遠くない日のことのような気もしますが、
はたして現実に伊藤くんを演じることができる俳優がいるんでしょうか。
(ものすごくカッコいいのに、ものすごくイタくてウザいわけですから。難しいですよね)

文字では成立するけれど、映像化となると難しい。
ちょっとしたことですけれど、こういう部分こそ小説の強みだったりします。


さあ、これですべての候補作のチェックが終了いたしました。

はたして記念すべき第150回直木賞は誰の手に!?

それは・・・・・・1/15(水)の『福井謙二グッモニ』をお聴きください!!

(まだまだ続きます)


投稿者 yomehon : 2014年01月14日 14:58