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2013年10月09日

「半沢直樹」がいなくても君の人生は変えられる


いやはや凄い人気でしたね。
最終回の平均視聴率が42・2%ということは、
テレビを観ていた人のほとんどが
『半沢直樹』を観ていた計算になるわけで、
早くも続編を望む声があがっているのもうなずけます。

本好き、小説好きとしては、
ぜひ原作も手にとっていただきたいと思います。
ドラマのラストで半沢に下された出向人事に
納得がいかないという人も多いようですが、
原作にはちゃんとその理由も書いてありますから。

ちなみに、まだドラマ化されていない3作目『ロスジェネの逆襲』では、
系列の東京セントラル証券に出向した半沢が、IT企業の買収をめぐって活躍します。

また、いま雑誌で連載されている第4作『銀翼のイカロス』では、
大手航空界社の経営再建を託された半沢がついに大臣と対決します。
関係者によれば、来春以降に出版されるとのことですので、楽しみに待ちましょう。


ところで今回、『半沢直樹』へのハマりっぷりが
もっとも印象的だったのが、友人の女性でした。

そのハマりっぷりは尋常ではなく、
毎週テレビの前に座っては、半沢に対する上司の仕打ちに本気で怒り、
半沢の頑張りに涙ぐみ、半沢の「倍返し」には快哉を叫ぶという生活を送っていました。

なんでそこまでハマるのだと聞いてみたことがあります。
すると彼女はこう答えました。

「だって悪い奴らを徹底的に叩くじゃん。だから観ていて胸がすくんだよ」

ドラマのほうは原作に比べると
よりストーリーが単純化され、勧善懲悪の色合いが強くなっています。

たしかに悪い連中がやり込められるのは観ていて気分がいい。
勧善懲悪は時代劇などのドラマツルギーの常道です。


でも僕は思うのです。
現実の世界はドラマとは違うんじゃないかと。
現実社会で問題なのは、むしろ悪者の姿が判然としないことなのではないでしょうか。

次々に安全面の欠陥が明らかになっているJR北海道でもいいし、
福島第一原発の汚染水対策がまったくうまくいかない東京電力でもいい。
いつも感じるのは、いちばんの責任者は誰かということが見えづらいということです。

哲学者の國分功一郎さんは、
若手社会学者の古市憲寿さんとの対談本『社会の抜け道』(小学館)の中で、
自らも参加する小平市の道路建設に反対する住民運動を例に挙げながら、
行政側の責任主体が曖昧なまま、計画だけが進められていく気持ち悪さを指して、
「こいつを倒してしまえばあとは大丈夫だっていえる悪者なんて、
現代の社会においてはどこを探してもいない。問題はシステム」と言っています。
(國分さんが参加する住民運動については
『来るべき民主主義——小平市都道328号線問題と近代政治哲学の諸問題』をぜひお読みください。
身近な問題を糸口に政治哲学のエッセンスを知ることができる良書です)


要するに、半沢直樹のように戦うべきボスキャラが
あらかじめ見えているなんてことは、現実社会では稀だとということです。

世の中は複雑です。
もしここに腐りきった組織があって、
そこにリアル半沢直樹がいたとしても、彼は真の敵を見極められず、
持ち前の倍返し精神も発揮出来ずに終わってしまうのではないでしょうか。


では、組織を変えるにはどうすればいいのか。
そのカギを握るのは「習慣」であるということが最近の研究でわかってきました。

『習慣の力』チャールズ・デュヒック著 渡会圭子訳(講談社)は、
人間の日常行動の半分近くを占める「習慣」にスポットを当てた一冊です。

この本のコンセプトが端的に理解できるエピソードをひとつ挙げましょう。

アルコアという企業があります。
アルミニウム・カンパニー・オブ・アメリカ。
ハーシーのキスチョコを包むホイルから、コカコーラの缶、
それに人工衛星のボルトまで、あらゆるものを製造している
アメリカを代表する企業のひとつです。

この巨大企業の新しいCEOに
ポール・オニールという男が就任したのは、1987年10月のことでした。

就任挨拶には多数の投資家たちが集まり、
ウォール街では誰もその名を聞いたこともない
この元官僚の男が、いったいどんな人物なのか見極めようとしました。

この手の挨拶はたいがいありふれた内容になるのが常でした。
ジョークを交えた自己紹介をし、利益の増加とコストカットを約束する……。
けれどそこでオニールは驚くべき発言をします。

いきなり社員の安全について話し始め、
「アルコアをアメリカいち安全な会社にする」と宣言したのです。

ある投資家は、ロビーの公衆電話から顧客20人に電話をかけ、
取締役会が頭のおかしい人間をCEOに任命したと告げ、
いますぐ株を売るようにアドバイスしました。

けれどこの投資家は、後にそれが最悪のアドバイスだったと振り返ることになります。


オニールのスピーチから1年もたたないうちにアルコアは記録的な利益をあげ、
2000年にオニールが引退する頃には、
会社の年間利益は彼がCEOに就任する前の5倍になり、株価も5倍、
時価総額も270億ドルに達しました。

それだけの成長をあげると同時に、アルコアは世界有数の安全な会社になりました。
オニールが来る前は、どの工場でも1週間に1度事故があったのに、
彼の安全計画が実行に移されると、何年も事故ゼロを続けるような工場が現れました。


なぜポール・オニールはこのような成功をおさめることができたのでしょうか。

実は、オニールの掲げた社員の怪我をゼロにするという目標は、
アルコア史上もっとも大きな改革につながるものだったのです。

なぜなら、社員の安全を守るためには、
なぜ怪我をするのか、その理由を突き止めなければなりません。
そして怪我の理由を知るためには、
製造過程にどのような欠陥があるかを知る必要があります。
そして欠陥をなくすためには、社員を教育し、品質管理を徹底する必要があります。

つまり怪我人ゼロを目指すことで社員の意識や姿勢が劇的に変わり、
アルコアは世界でもっとも合理化されたアルミ製造会社へと変貌したのです。


このように、ひとたびあらためると、
それが広範囲に影響を及ぼすような習慣を、
「キーストーン・ハビット」と言います。

オニールがやったことは、
誰も見つけることが出来なかったアルコアの
キーストーン・ハビットを見出し、それを変えようとすることだったのです。

余談ですが、アルコアを引退したポール・オニールは、
ジョージ・W・ブッシュ大統領に請われて財務長官に就任します。
「そういえば」と名前を思い出した人もいるでしょう。


キーストーン・ハビットがもたらす影響はあらゆるところで観察できます。

たとえば10年ほどにわたって行われた、
毎日の日課に運動を組み込む影響について調べた研究では、
定期的な運動をはじめると、たとえそれが週1回だったとしても、
食生活が向上したり、職場での生産性があがるなど、
生活のいろんな場面への好影響がみられることがわかりました。
定期的に行う運動がキーストーン・ハビットになったのです。


これらはほんの一例に過ぎません。

この本には、組織であれ個人であれ、習慣を変えれば
未来を劇的に改善することができるという実例とその方法が、
これでもかというくらい出てきます。

半沢直樹のようなヒーローがいなくても組織は変えることができる。

それは逆に言えば、誰もが半沢直樹のようになれるとういうことでもあります。

人生を変えたいと願うすべての人に一読をおすすめしたい好著です。

投稿者 yomehon : 2013年10月09日 22:14