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2011年08月08日

高校野球の夏がやってきた!


「夏休み」という言葉にはどこか甘く懐かしい響きがあります。
ひと夏のあいだ毎朝通ったラジオ体操や、
扇風機の心地よい風を感じながらの午睡や、
口元から喉へ伝い落ちていくスイカの汁の感触など、
誰にでも忘れられない夏休みの一場面があるのではないでしょうか。

夏休みと聞いて決まって思い出すのはこんな光景です。

その日ぼくは、家の目の前にある中学校のグラウンドへ行き、
木陰のベンチに寝そべって本を読んでいました。
読んでいたのは梅崎春生の『桜島』で、ふと顔をあげると、
真夏の強い太陽に照らされた影ひとつないグラウンドと、
その向こうにむくむくとそびえる入道雲がありました。
視界には人っ子一人おらず、
景色全体が白く発光して静止しているかのようでした。
どこからともなく高校野球中継の歓声が聞こえてきました。

あの時に感じた
「このまま永遠に夏休みが続くのではないか」
という感覚を、いまでも思い出すことがあります。
きっかけは高校野球。
高校野球の中継が聞こえてくると
きまって記憶のスイッチが入り、あの時の感覚が甦ってくるのです。

今年も高校野球の季節がやってきました。

1915年に始まった全国高校野球選手権は今年で93回目。
その間、優勝した投手を数えると89人となります。
長い甲子園大会の歴史の中で、89人の「選ばれた人間」がいるわけです。

『永遠の一球 甲子園優勝投手のその後』
松永多佳倫 田沢健一郎(河出書房新社)
は、
高校生にして甲子園優勝投手という栄誉に輝いた男たちの、
その後の人生を追ったスポーツノンフィクション。

取り上げられているのは、6人の優勝投手と、
番外編として1名の準優勝投手。
鳴りもの入りでプロの世界に入ったものの、
紆余曲折のプロ生活を送った後に戦力外通告を受け、
第2の人生を歩む男たちの姿が描かれます。

個人的に胸に迫ってきたのは、
1984年に行われた第66回大会の優勝投手、
取手二高の石田文樹投手。

この年の大会が野球ファンの記憶に刻まれているのは、
取手二高が決勝で対戦したのが、
かの桑田・清原のKKコンビを擁するPL学園だったからです。

豪雨のため試合開始時間が延びたうえに、試合は延長戦に突入。
延長十回表にホームランが飛び出し、
取手二高が劇的な勝利をおさめるという展開は、
名勝負として長く語り継がれるのにふさわしい試合でした。
取手二高のキャッチャー中島選手の大根切りの豪快なホームランや、
石田投手が清原選手に投じた人を食ったような超スローボールなどのシーンは、
当時ぼくは中学生でしたが、いまだに覚えています。

組み合わせ抽選会ではボンタンに剃り込みと細い眉。
グラウンドに出れば自由奔放なのびのびプレー。
腕白な取手二高ナインは鮮烈な印象を残して甲子園を去りました。

石田文樹投手は卒業後、名門早稲田大学に入学しますが、
わずか十ヶ月で退学。
その後、社会人の日本石油に拾われ実績を残し、
横浜大洋ホエールズにドラフト5位で指名されます。
プロでは実働6年、通算成績は25試合登板、
投球回数33回3分の1、1勝0敗、防御率4・59。

現役引退後は、打撃投手として球団に残り、
14年間にもわたってチームを支え続けた
石田さんの体に異変が生じたのは、
2008年2月の春季キャンプのときでした。
病院の診察の結果は大腸ガン。それもすでに手遅れの状態でした。

石田さんが41歳でお亡くなりになった時、
スポーツ紙が一面で大きく報じたことを覚えている方もいるでしょう。
その時の日刊スポーツの見出しは、
『清原・桑田を倒した取手二v腕 石田さん四十一歳急死』
というものでした。

野球ファンにとっては、
石田文樹という名前は何年たってもやっぱり
「あの優勝した取手二高のエースの・・・」
という形容とともに語られるものなのでしょう。

けれども、この『永遠の一球』で描かれる石田さんの姿は、
彼のピッチングに魅了された多くのファンがおそらく知らなかったもので、
特にガンとの戦いの日々は涙なしには読めません。

甲子園優勝という、いわば人生の絶頂を
高校生で極めてしまった彼らを待っているのは、
その後の長い長い人生です。
人間、長く生きていればやっぱりいろいろなことがある。
でも『永遠の一球』を読んでていて思うのは、
さまざまな人生の苦難に立ち向かう彼らを支えているのが、
あの甲子園での経験だということ。
あの夏、完全燃焼した経験が今を支えているのだということです。

甲子園での戦いは、彼らの中に確実に何かを残すようです。
その成長のプロセスを丹念に追ったノンフィクションが
『佐賀北の夏 甲子園史上最大の逆転劇』中村計(新潮文庫)。

2007年の夏。
前年に県大会初戦で敗れ去っていた公立高が、
甲子園常連の強豪校を次々に撃破して全国制覇をなしとげます。
スター選手はひとりもいない。
全国的には無名の公立進学校。
そんな高校がなぜ頂点にまでのぼりつめることができたのかを、
本書は監督や選手への綿密なインタビューで解き明かしています。

佐賀北の優勝は当時「奇跡」と言われましたが、
この本を読むとそれは決して奇跡などではなく
「必然」だったことがわかります。
その裏にあったのは、生徒の潜在能力を最大限に引き出す指導法。
甲子園での戦いをくぐり抜けていくうちに、
子供たちは眠っていた能力を開花させ、驚くほどの成長をとげるのです。

すぐれたスポーツノンフィクションとしてのみならず、
教育論や組織論としても鋭い示唆を与えてくれる一冊です。
『永遠の一球』とあわせてぜひどうぞ。

投稿者 yomehon : 2011年08月08日 00:35