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2009年12月06日

年にいちどのお楽しみ♪リンカーン・ライム・シリーズの最新作が届いた!


こんな場面をちょっと想像してみてください。

あなたはふとしたきっかけで知り合った異性とカフェでお茶をすることになりました。

カフェに入り、簡単な自己紹介を済ませ、
まずはここ数日で急に冷え込んだ天気のことや
クリスマスの予定といったあたりさわりのない会話をしているうちに、
なんとふたりの間には共通の趣味があることがわかりました。
思いもよらない偶然に会話は盛り上がります。

話を続けるうちにさらに共通点が見つかります。
その人は、あなたが最近ハマっているミュージシャンに同じようにハマっていて、
あなたも行く予定のライブのチケットを購入したばかりだというではありませんか!
偶然の一致が重なり、ふたりのテンションはますます上がります。

けれども驚きはそれだけにとどまりませんでした。
その人は、あろうことかあなたと行きつけの飲食店、好きな洋服のブランド、
贔屓にしているホテル、夏休みの海外旅行先、支持政党にいたるまで
ことごとくが被っていることがわかったのです。

目の前に座るその人は、ライフスタイルはもちろん価値観までも共有できる相手でした。

「これって運命の出会いかも・・・・・・」。

あなたがそう思ったとしても無理はありません。


ところが、一見すると運命の赤い糸で結ばれているようにみえるこの出会いも、
ある前提条件を変えるだけで、まったく違った見え方となります。

たとえば、これが偶然の出会いではなかったとしたら?

つまり、「出会いは偶然ではなく仕組まれたもの」で、
「あなたに関する情報はすべて事前に知られていた」としたら?

ドラマティックに思えた出会いは
たちまちグロテスクな悪夢へと一変します。


ジェフリー・ディーヴァーのリンカーン・ライム・シリーズ最新作
『ソウル・コレクター』池田真紀子・訳(文藝春秋)に登場するのは、
そのような恐ろしい殺人鬼です。

新作が出るたびに当欄でご紹介するリンカーン・ライム・シリーズ。
天才科学捜査官として将来を嘱望されながら、鑑識作業中の事故で
首の骨を折り、四肢麻痺となったものの、その持ち前の知識と深い洞察力で
ベッドに横たわったまま次々と難事件を解決していくリンカーン・ライムは、
ミステリー小説史上もっともユニークな主人公といえるでしょう。

今回の物語は、ライムのいとこアーサーが殺人の罪で逮捕されるところから始まります。
証拠は完璧に揃っており、誰もがアーサーの有罪を確信していました。
けれども、ただひとりライムだけがいとこの殺人に疑いの目を向けます。
なぜか――。あまりにも完璧に証拠が揃いすぎているからです。

アーサーは罠にかけられたのではないか。
いつものように相棒かつ恋人のアメリア・サックス刑事と捜査をはじめたライムは、
アーサーのケースと同様の殺人事件が複数起きていることを突き止めます。
そして捜査チームはやがて、ある大手データ会社の存在を知ります・・・・・・。


リンカーン・ライム・シリーズには毎回個性的かつ残虐な犯罪者が登場しますが、
今回の犯人をひとことで形容するならば、「シリーズ史上もっとも卑劣な犯人」
ということになるでしょうか。
なにしろ電子技術を駆使した「のぞき」によって集めた情報をもとに犯行に及んだ上、
犠牲者の個人情報を改竄し、証拠を捏造して他人に罪をなすりつけてしまうのですから。
その手口は卑劣としかいいようがありません。

けれども卑劣漢であると同時に、
こいつはシリーズ史上もっとも手強い敵でもあります。
なぜなら犯人は他人の個人情報を自在に操ることができるからです。

あらゆる人間の個人情報を手中におさめ、これを操り、書き換え、奪う。
本作でライムが戦う相手は、情報社会における「神」のごとき人物なのです。

息もつかせぬストーリ運び、巧緻なプロットなどは相変わらずですが、
この「個人情報のセキュリティー」というきわめて今日的なテーマを持ってくるあたりが、
さすがミステリー小説界の最前線を走るディーヴァーならではという感じがします。

ディーヴァーの代名詞ともいえる「どんでん返し」は本作ではやや控えめなものの、
そのかわりリンカーン・ライムの少年時代がたっぷりと描かれており読み応え十分です。


さて、ディーヴァーが勤勉なおかげで、ぼくらは年にほぼいちどのペースで
新作を手にできるという恩恵にあずかっていますが、訳者の池田真紀子さんによれば、
短編集『クリスマス・プレゼント』に続く短編集第二弾や、ライム・シリーズからのスピンオフ、
キャサリン・ダンス・シリーズの第二弾の邦訳刊行も予定されているとか。いまから楽しみでなりません。

ディーヴァーの小説はどれを読んでもまったくハズレなし!
未読の方はぜひこの機会に手に取ってみることをオススメします。

投稿者 yomehon : 2009年12月06日 23:28