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2008年10月24日

豪華絢爛!琉球大河ロマン


あれはたしかゴールデンウィークの頃ではなかったかと思います。
朝刊をめくっていてちょっと変わった書籍広告が目にとまりました。

どこがどう変わっていたか。
そこに掲載されていたのは、数ヶ月も先に発売される小説の発売予告だったのです。

お正月の新聞紙面で各出版社がその年の出版企画などをお知らせしている広告を
目にしたことはありますが、単独の小説がこんなふうに発売に数ヶ月も先駆けて
宣伝されているのを見るのは初めてです。

こりゃ余程の傑作かもしれないゾ、と作者の名前をみると、

「池上永一」

とあるではありませんか。
その名を目にした途端、この小説は余程の傑作どころか
「とてつもない傑作」に違いない――そう確信したのです。


池上永一とは何者か。
ぼくは彼のデビュー作を初めて読んだ時の衝撃をいまでもよく覚えています。

その記念すべきデビュー作にして日本ファンタジーノベル大賞受賞作
『バガジーマヌパナス わが島の話』は、それまで読んだことのない類の小説でした。

神様のお告げでユタ(巫女)になることを強制されたいまどきの女の子を主人公に、
琉球文化独特の霊的な世界が自由奔放に描かれたこの小説は、戦争と結びつけて
描かれがちだった、従来の沖縄文学のくびきから解き放たれた画期的な作品だったのです。

その後もデビュー作の豊穣な物語世界をさらに発展させた『風車祭(カジマヤー)』、
混血の少女が琉球の守護神・聞得大君となり地球の危機を救う『レキオス』など
沖縄の伝承世界と現代とが独創的に結びついた物語を相次いで発表し、
池上さんはあっという間に実力派作家の仲間入りをしました。


そんな現代を代表する物語作家・池上永一さん渾身の力作が、
『テンペスト』上 若夏の巻 下 花嵐の巻(角川書店)

これが凄いんです!
これまでの池上作品の中でも群を抜く面白さといってよい。
さすが数ヶ月前から発売が予告されるだけのことはあります。


舞台となるのは幕末期の琉球です。

琉球の地には、尚巴志(しょうはし)王が
最初に琉球を統一した1429年から
明治政府による「琉球処分」が行われた1879年まで、
約450年間にわたって栄えた琉球王朝がありました。

清国と薩摩藩という2つの脅威にはさまれて
つねに綱渡りの外交を行わざるを得なかった琉球王朝の武器は、
類い希な美意識と教養を持った優秀な人材でした。

そのスカウト機能を担っていたのが「科試(こうし)」という
中国の科挙に似た官吏登用試験です。

物語の主人公は、学問に秀で高い志を胸に秘めながら
女であるがゆえに科試を受けることができない美少女・真鶴。

彼女はやがて運命のいたずらから、おのれの性と出自を偽って
超難関の科試を突破した後、宦官・孫寧温として王宮へと登ることになります。


物語は、この〈孫寧温=真鶴〉の波瀾万丈の人生と
時代の波にほんろうされる琉球王朝の運命が
重ね合わせたかたちで描かれるのですが・・・・・・
ああ!でもこの物語の圧倒的な面白さをどう伝えればいいんだろう!!


なにしろこの『テンペスト』には、
誰もが面白いと感じてしまう
「物語のツボ」を刺激するあらゆるアイテムが
いっさいの出し惜しみなしで詰め込まれているのです。

王宮にうずまく陰謀、御内原(ウーチバラ)と呼ばれる大奥における女の闘い、
大国との知恵比べ、男女の叶わぬ恋、BL(ボーイズラブ)的世界――。

作者がこれでもか!と繰り出す必殺テクに
「物語のツボ」を刺激されまくってさんざん身悶えしたあげく、
気がつくと物語を読む快楽に全身が打ち震えてしまっている・・・・・・。
あえて描写するならそんな感じでしょうか。


けれども面白いだけの物語なら世の中にゴマンとあります。
『テンペスト』がそんじょそこらの「ただ面白いだけ」の物語と一線を画しているのは、
ジェットコースターのようなアップダウンの激しい物語の向こう側から
やがて「時代の変革期に人や国はいかにあるべきか」という
巨大なテーマがゆっくりと姿を現すところにあります。

この小説を読んだ人は例外なく、首里城の美しさにため息をつくはずです。
琉球を屈服させてやろうと「上から目線」で乗り込んできた外国人たちは、
丘の上で朱色に輝く王宮を目にして息を飲みます。
そしてもうひとつ。王宮の役人の洗練された物腰にも彼らは驚かされます。
なにしろ諸外国の事情に通じた上、該博な知識を持ち、外国語を自由に操る役人が
自分たちの交渉相手としていきなり出てくるのですから。

そう、このように南洋の小国である琉球王朝の唯一の武器は「美と教養」なのです。

読者は、「美と教養」を武器に大国の脅威と懸命に向き合う
孫寧温(真鶴)の姿を見守りながら、ふと考えさせられるはずです。
「いまの日本の外交に欠けているのはなんだろう?」、
「島国の日本が生き残るにはこれからどうすればいいんだろう?」

『テンペスト』で描かれる琉球王朝は、
常に諸外国の脅威にさらされています。
考えてみれば、江戸幕府がのんきに鎖国をしている最中に
琉球はすでにグローバリズムの問題に直面していたことになります。

そしてグローバリズムの大嵐(テンペスト)が吹き荒れる中で
大国に呑み込まれまいと懸命に奮闘する琉球の姿は、
そのまま現代の日本にも重なる部分があります。

この小説が、物語を読むヨロコビに心地よく浸らせてくれる一方で、
ぼくらの心に訴えかけてくるものを持っているように感じられるのは、
「時代の変革期」という、ぼくたちがいま直面している切実な問題に
アプローチしているからに他なりません。

その意味で、19世紀の琉球を描いた『テンペスト』は、現代を生きるぼくたちの物語でもあるのです。


珊瑚礁の海に花開いた美しい王朝は、
1879年(明治12年)、その長い歴史に幕を閉じました。
『テンペスト』では、それぞれの登場人物が
その時にどんな運命を選び取ったかということも描かれています。

新しい時代に背を向ける者。
新しい時代に向けて一歩踏み出す者――。

そのどちらにあなたは未来の自分を見るのでしょうか。

投稿者 yomehon : 2008年10月24日 01:15