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2008年07月09日

第139回直木賞直前予想! (前編)


また夏がやってきた。直木賞の夏が――。

というわけで、半年にいちどの直木賞予想の季節がやってまいりました。

文藝春秋から一般向けに候補作が発表されたのが7月3日。
選考委員会が開かれるのが7月15日。
このわずかな期間にすべての候補作を読み直して予想をたてるのは、
毎度のこととはいえ正直しんどい。なかなかに骨の折れる作業です。

もうちょっと早くラインナップを知ることができたら
余裕をもって候補作を読み込めるのになあ。
いったい直木賞の候補作はどんなふうに決められているんだろう??

そんな疑問を抱いていた矢先、面白い本を発見しました。


『あなたも作家になれる』高橋一清(KKベストセラーズ)は、
芥川賞や直木賞の舞台裏などのエピソードがふんだんに盛り込まれた一冊。
著者は文藝春秋の名物編集者として数多くの作家を育てたほか、
事務方として実際に芥川賞・直木賞の運営にも携わった経験もお持ちです。

高橋さんによれば、候補作は以下のようなプロセスで選ばれているようです。


まず下読み委員会による下読み。

4人編成のチームを5チーム用意し、それぞれで作品を読んでいきます。
対象となるのは、文芸誌や同人誌(直木賞の場合は単行本も)の中から選ばれた
「候補作」候補の作品たち。

まずチームでふるいにかけ、さらに残ったものを全チームで読んで絞り込みます。
チーム編成も似たようなタイプの組み合わせは避け、ベテランと新人を組み合わせたり、
好みの作品が違っている者を組み合わせたり、あるいは男性や女性だけのチームを
作らないようにするなど気を遣うというのですから大変です。


下読みで「予選通過作」が絞り込まれると、次に待っているのは作家への連絡。
要するに候補作にあげてもいいかという意思確認をとるのです。
(そんなことしないでもOKに決まってるじゃんと思いきや、断る人もいるというのですからオドロキ)


そして候補作が出そろい選考委員のもとに作品を届けられるのが選考会の約1ヶ月前。
(うちにも届けてくんないかなー)

ある人から聞いた話ですが、某有名書店のPOSデータをみていたら、
同日同時間帯に、いくつかの作品がそれぞれ20冊ずつきれいに売れていて、
(要するに同一人物がそういう買い方をしたということですね)
「変な買い方をする人がいるな~」といぶかしく思っていたら、
文藝春秋から発表された直木賞の候補作の中にそれらが入っていたそうです。
選考委員など関係者用に一括購入したのかどうかはわかりませんが、
その人の記憶では「2週間以上前」ということでしたから、なんとなく時期はあいます。


こうして候補作が選考委員会に諮られ、栄えある受賞作が選ばれるわけです。
受賞後の記者会見はニュースなどで見慣れた光景ですね。

ぼくが好きなのは、山本一力さんのエピソード。
名作『あかね空』で受賞の報せを受けた山本さんは、
家族全員で自転車に乗って記者会見場に向かうのです。
奥さんと小さなお子さんたちとせっせとペダルを漕いで
江東区から千代田区の東京會舘まで。
一家はどんなに晴れがましい表情で隅田川を渡ったのでしょう。
これだけでも一本の短編小説になりそうなエピソードではありませんか。


ところで高橋さんは、芥川賞と直木賞は日本の文芸の流れを決めていく
たいへん重要な賞だとして、各賞をこんなふうに定義しています。


「時代の歯車を回すエポック的な作品に与えられるのが芥川賞。
直木賞は、後々まで大衆小説家として作品を生み出し、
世の中に楽しみを与えてくれる作家の作品に与えられていく」(11ページ)


簡にして要を得た定義です。
そのような文芸の今後を担う重要な作品を選ぶ場であるにもかかわらず、
実は高橋さんはわざと選考委員会が揉めるように仕向けていた、
というのですから面白い。

つまり選考委員が目移りして判断に迷うように、
毎回あえてさまざまな傾向の作品を候補作に選んでいたというのです。

高橋さんは、候補作がある傾向に偏ってしまった結果、意図せぬかたちで
新しい文学の流れが生まれてしまう危険性をこんなふうに言います。


「たとえば三、四人くらいの狭い人間関係の中での葛藤を描いた小説が
受賞した場合、次は二人で葛藤するような作品が受賞し、その次は一人で葛藤する。
ほとんど精神病理学のテキストのような小説が受賞するといった、ある傾向に拍車が
かかったような文学の流れが誕生してしまうのだ。川は蛇行しているほうがよく、
ストレートに流れると、スピードは速いけれども、或る日突然、決壊する。
つまり、その受賞作とそれへの評価は、次の芥川賞・直木賞の選び方に影響を与える。(略)
私たちはまさに文学の流れの中にいて、芥川賞直木賞のような大きな賞は、
その川の流れと幅を決め過ぎないように決めていく役割を担っている。
今年選んだ作品が、来年の、再来年の文学の方向を決め、書店に並ぶ小説の
傾向を決め、日本の文学のこれからをゆるやかに決めていくのだ」(19ページ)


おお!受賞作の予想におおいに役立ちそうな秘密が明かされているではないか!
受賞作は、これまでの芥川賞や直木賞の歴史の影響下で決められる。
高橋さんはそう明確に語っています。


さて、前置きが長くなりました。
そろそろ第139回直木賞の話に戻らなければなりません。
今回の候補作は以下の6作品です。


『切羽へ』 井上荒野 (新潮社)

『愛しの座敷わらし』 荻原浩 (朝日新聞出版)

『あぽやん』 新野剛志 (文藝春秋)

『鼓笛隊の襲来』 三崎亜紀 (光文社)

『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』 山本兼一 (文藝春秋)

『のぼうの城』 和田竜 (小学館)


いずれ劣らぬ力作揃い。
ではあるものの、前回あれだけ芥川賞直木賞の受賞作が
大きな話題となっただけに、今回の予想は難しいというのが正直なところ。

でも糸口はあります。

ぼくは「直木賞らしさとは何か」ということが
今回の予想の大きなキーワードになると思うのです。

                            (つづく)

投稿者 yomehon : 2008年07月09日 01:18