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2007年10月15日

泣ける相撲小説!


忙しさにかまけて、更新が1ヶ月以上も滞ってしまいました。
忙しさの原因は、半年に一度やってくる番組改編期というやつで、
この時期、営業マンは少しでも多く番組をセールスしなければならないのです。
けれどもぼくのような劣等生はなかなか思うように成績をあげることができず、
上司に叱られっぱなしで、ブログの更新まで手が回りませんでした。


さて、最近なにかと話題の相撲界ですが、
今回ご紹介するのは相撲を題材にした小説です。

『渾身』川上健一(集英社)は、
帯に北上次郎さんが「今年いちばんの号泣本だ」と推薦文を寄せていますが、
まさに「泣ける相撲小説」ともいうべき一冊。


舞台は日本海に浮かぶ隠岐の島。
島には千年余の歴史を持ち、出雲大社に次ぐ格式を誇る
水若酢神社という神社があるのですが、この神社では
20年にいちど社殿の屋根の葺き替えがあり、その完成を祝って
神様に奉納する古典相撲が夜を徹して行われます。

相撲は、水若酢神社のお膝元の地区が「座元」となり、
それ以外の地区が「寄方」となって対抗戦を行います。
座元側と寄方側からそれぞれ力士を出して戦わせるわけです。

クライマックスは最高位の大関同士の決戦。
(古式相撲の最高位は横綱ではなく大関なのだそうです)
なにしろ20年に一度の行事ですから、大関に選ばれることは
本人にとっても地区の人々にとってもたいへんな名誉となります。


『渾身』は、この古典相撲が行われた一夜に
ある家族に起きた奇跡を描いた小説です。

その奇跡とは何か。


古典相撲で寄方の大関として選ばれたのは、坂本英明という男性でした。
英明には多美子という妻と琴世という娘がいます。

けれどもこの3人は普通の家族ではありません。
物語が進むうちに読者にはこの家族が抱える複雑な背景が明かされていきます。

島の老舗旅館の息子だった英明にはかつて婚約者がいました。
ところが英明はある日、麻里という女性に出会い一目惚れしてしまいます。
二人はそれぞれの交際相手と別れ結婚することを決意しますが、
当然のことながら両家は激怒し、英明は勘当、麻里も家出同然のままの結婚となります。

古い因習の残る島で二人は肩身の狭い思いをして暮らし始めます。
夫婦にはやがて琴世という娘が生まれますが、
なんとその後、麻里は病に臥し亡くなってしまうのです。

多美子は亡くなった麻里の親友でした。
遺された英明と琴世を不憫に思った多美子は、
なにくれとなく二人の世話を焼いていたのですが、
やがて英明に惹かれるようになり、迷った末に後妻となります。

ここまでの説明でおわかりいただけるように、
英明、多美子、琴世の3人は「まだ家族になりきれていない家族」なのです。
(この「まだ家族になりきれていない」という設定が、物語後半で大きな感動につながっていきます)

そもそも英明が相撲を始めたのは島の人々に認めてもらうためでした。
相撲を始めるということは、その土地に腰を据えるという意思表示でもあるからです。

努力の甲斐あって英明は名誉ある寄方の大関に選ばれ、
20年に一度しか機会のない、まさに一世一代といっていい勝負の夜を迎えます。


その後のストーリー展開は言葉にすると拍子抜けするくらいにシンプルです。

要するに勝負がなかなか決せず、なんどもなんども取り直しや水入りになるのです。


でも、ここからの川上健一さんの筆力が素晴らしい。

白熱する取り組み。
取り組みを重ねるちに変わっていく英明に対する島民の視線。
そういった一連の出来事を見事に描写していきます。

おそらくこの小説を読む誰もが、
全力で強敵にぶつかっていく英明の姿に胸を打たれるはずです。
そして家族になりきれずにいた3人のうえに最後に起きる小さな奇跡にも
心を動かされずにはおれないでしょう。


川上健一さんはもともと青春小説の名手として知られています。
(まだ読んだことがない人には『翼はいつまでも』という作品をオススメします)

小説の内容と作者の人格とを結びつけるのは、本来は意味のないことですが、
川上さんの青春小説を読むたびにぼくは、濁りのない澄んだ心の持ち主でないと
このような小説は書けないだろう、と思うのです。

そんなピュアな心を持つ青春小説の名手が「家族」をテーマに選んだら
『渾身』のような誰もが涙腺を刺激されてしまう作品が誕生しました。

「気持ちよく泣ける小説が読みたい!」という方はぜひどうぞ。

投稿者 yomehon : 10:00