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2006年09月12日

料理の奇跡

得体の知れない食べ物に遭遇したとき、人はいったいどういう行動に出るか。   
みなさんは知っていますか?

答えは「まずニオイをかぐ」です。

海外を旅したときのことを思い出してください。
言葉もわからないまま注文して出てきた料理を目にしたときのことを。
ごく自然と前屈みになり、鼻を皿のところにもっていって、くんくんとかいだはずです。    
これはもう、人間に備わった自己防衛本能みたいなもの。
おそらく太古の昔から人間はこの本能によって
命を危険にさらすような食べ物を回避し続けてきた違いありません。


その日の夜、ぼくが目の前にしていたのも得体の知れないシロモノでした。
ヨメが目の前にドン!と置いた器のなかをのぞきこむと、
なんだか白っぽい色をした刻んだ野菜のような物体が表面を埋め尽くしており、
そのあいだからにょきにょきとフランクフルトのようなものが顔を出しています。

本能的にアマタのなかで警告アラームが鳴ったので、
くんくんとニオイをかいでみました。
すると猛烈に酸っぱいニオイがするではありませんか。
な、なんなんだ、これは!!

ヨメが得意げにのたまうには「ポトフ」だという。
冗談ではない!これは断じてポトフなどではない!!

ポトフ(pot-au-feu)とは、フランスの家庭料理のひとつで、
肉や野菜を長時間じっくりと煮込んだ料理のこと。
肉は牛のすね肉や骨付きの鶏モモ肉、
野菜は大ぶりに切ったじゃがいも、にんじん、かぶなどが定番。

いっぽう目の前にある料理はそれとは似ても似つかぬもの。
これのどこがポトフなのでしょうか。


聞けば、白っぽい物体の正体は
酢漬けのキャベツ(ザワークラウトってやつですね)で、
スープの具は他にベーコンとフランクフルトだけなのだとか。
しかも、コンソメを使わず、それらの具からでる出汁だけで作ったのが
ミソなのだとか(ミソって・・・・)。

それにしてもいったいどんなところからこんな料理を発想したのやら。


同じスープでも、こちらの美味しそうなスープとはえらい違いです。


【柘榴(ザクロ)のスープ】
大きな深鍋にオリーブオイルを入れ、玉ねぎを金色になるまで炒める。
グリーンピース、米、水、塩、黒こしょう、ターメリックを加え、沸騰させる。
火を弱めてふたをし、30分煮る。
パセリ、コリアンダー、ミント、ワケギを加え、さらに15分煮る。
その間、ラムのひき肉で中ぐらいの大きさのミートボールをつくる。
ミートボールとザクロの果汁、レモンの絞り汁を鍋に入れ、ふたをして45分煮る。


『柘榴のスープ』マーシャ・メヘラーン 渡辺佐智江・訳(白水社)は、
料理をモチーフにした、読むと幸せな気持ちになれる小説です。

ある日アイルランドの田舎町に美しいアラブ系の三姉妹が越してきます。

天才的な料理の腕を持つ長女マルジャーン。
神経質で偏頭痛もちの次女バハール。
すらりと伸びた美しい脚を持つ三女レイラー。

彼女たちは夫が亡くなって閉店していたパン屋をエステルおばあさんから借りて
ペルシア料理店「バビロン・カフェ」を開店します。

田舎町に突如現れたペルシア料理店をめぐってすったもんだがあります。
アラブ人への差別や嫌がらせがあるかと思えば、運命の出会いと恋もある。
そして物語を読み進むうちに読者は、
三姉妹が革命を前にした流血のテヘランから逃げてきたこと、
その過程でどんな苛酷なめにあったか、
どうやって生き延びてきたのかということを知るのです。

なにより素晴らしいのは、
美味しい料理が人々の心にどんな化学変化をもたらすかということが
巧みに描かれていること。  

異邦人を差別する人間がいるいっぽうで、好奇心から「バビロン・カフェ」の扉を開け、
マルジャーンの作るペルシア料理の虜になってしまう人々も続出するのですが、
小説の各章の扉で紹介されるペルシア料理のレシピをみるとそれも納得。

スパイスやハーブ、フルーツなどをふんだんに使ったペルシア料理の
なんと官能的で香り高く、そして美味しそうなことか!


作者のマーシャ・メヘラーンについても触れておきましょう。
彼女はテヘラン生まれのイラン人作家で、この小説がデビュー作になります。
彼女のこれまでの人生も三姉妹のように波乱に満ちたもので、
1979年のイスラーム革命のさなか、二歳で両親とともにアルゼンチンへ脱出し、
その後、マイアミ、オーストラリア、ニューヨーク、アイルランドなどを転々として
今日にいたっています。

訳者の渡辺佐智江さんの解説によれば、メヘラーンが本書で表現したかったのは、
人々がイランという国を思い浮かべるときにイメージする暴力的な印象とは違う、
美しい祖国の姿だそう。
でも、その目的はじゅうぶんすぎるくらい達成されているのではないでしょうか。
なにしろこの小説で主人公の思い出とともに語られる「古き良きイラン」は、
宝石のような美しい輝きに満ちているのですから。

「思想」とか「革命」とかみたいなくだらないものよりも
温かい一杯のスープのほうが信じるに値する。
読み終えたとき、ふとそんなことを思いました。

料理が引き起こす奇跡を魅力的に描いたとてもチャーミングな小説。
ぜひ読んでみてください。

投稿者 yomehon : 2006年09月12日 10:00